ナイトローグの再評価を目指す話   作:erif tellab

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「前回までのナイトローグ。日室弦人が作戦行動中行方不明になった中、織斑千冬は自分も出撃すると決意。なんやかんやで凰鈴音に発破をかけられてやる気を取り戻した篠ノ乃箒も、織斑一夏たちと共にナイトローグの仇討ちに臨むのであった。一方で旅館の方に異変が起きているとは知らずに……」

「サヨコ、大変だ! 急にWi-Fiが繋がらなくなった! ラジオとテレビもだ!」

「えぇ? そんなはずは……あ、ホントだ」

「ん? これは……アンデッドの反応だと!? いけない!」

「サクヤちゃん、どこへ!? 部屋で待機してって先生に言われてるんだよ!?」

「旅館にいる皆を傷付けるなど私が許さん! 変身!」

《ターンアップ》

「サクヤちゃあぁぁぁん!?」




銀の福音フェーズ5

 ここは不思議な草原地帯。立っているだけでも心地よく、大きな木の下でナイトローグが俺を膝枕していた。日陰によってナイトローグのアンダースーツが黒く染まっている。よくよく観察してみると、ナイトローグの身体のラインはどこか女性的だった。

 まぁいいや。きっとこのナイトローグは装着者云々関係なく、ナイトローグそのものを体現しているのだろう。だからこそ、敢えて女性的になる事でナイトローグの固定観念を破壊し、極めて理想的な偶像に近くなろうとしているに違いない。

 

 ……いや、これに似た状況を以前に夢で見た事あるぞ。

 

 すると、おもむろにナイトローグが話し掛けてきた。

 

「あなたは、どうして私を使い続けるの?」

 

 どうしてって……ナイトローグが人一倍好きだからに決まっているからだ。好きでなければ、再評価なんてせずに暮らしていた。ナイトローグが捨てられて憤慨する事もない。スーツ改造論には反応しない。

 

「でも、あなたは何度も負けてる。性能の低い私を使い続けたら、いつかは戦いの中で命を落とす。それが、戦闘力の再評価も決めたあなたの運命。今だってそう。あなたは氷漬けにされて、いつ死んでもおかしくない」

 

 あぁ、そう言えばそうだ。ギガントスクエアはおろか、Rカイザーに一矢報いる事すらできなかった。誰よりもナイトローグであろうと目指しているのに恥ずかしい限りだ。変身するのがエボルトなら、まず負けてなかったな。……自分で言ってて悔しすぎる。

 

「私に再評価なんて必要ない。どうせ誰も認めてくれないもの。人々が見るのはローグ、マッドローグ、プライムローグ。私よりも強い人がいるのに、わざわざ弱者を見る必要はない」

 

 どうしてそんな簡単に自分を傷付ける? お前まで自分の味方をしなくなったら、それこそ絶望がゴールになる。自分から辛い目に遭うなんて馬鹿げているぞ。

 

「私を使った人は、どちらも最終的には死んでしまった。これもきっとナイトローグに定められた呪い……手遅れになる前に私を捨てるのが合理的よ。ビルドドライバーがあるのでしょ? 大丈夫。捨てられるのは慣れたから」

 

 いいや、俺はナイトローグを捨てない。一度決めた事を放り出して中途半端に終わらせるのは、ライダーシステム欲しさでナイトローグを捨てた氷室幻徳以上の最低な行いだ。そんな事をすれば、ナイトローグが余計に傷付く。俺も悲しい。

 それに一方で、コブラロストフルボトルはバットロストフルボトルを差し置いて仮面ライダーブラッドへと出世を果たした。歩んだのは王道の道だ。普通のフルボトルを使っているマッドローグとは違う。結局、あちらは一度も捨てられずに使い続けられた。こうしてみると、負けっぱなしのままは悔しくないか? 泣き寝入りなんてやってられるか?

 

「でも死んだら全てが終わる。志し半ばで倒れれば、本当に誰も覚えてくれなくなる」

 

 そうなったら、所詮はそこまでの男だと完結できる。もしもの時は受け止めるしかないだろう。ナイトローグ戦闘力最弱というレッテルを剥がせないまま、死んでいく。全力を尽くしてもそうならば、諦めがつきやすい。

 

「……そう」

 

 ナイトローグは項垂れるようにして俺の顔を覗く。すると、突拍子もなく人工フルボトルが俺の腹の上に落ちてきた。取ってみればエンジンフルボトルだとわかったので、無造作に投げ捨てようとする。

 瞬間、ナイトローグがその手を掴んで止めた。握力は尋常ではなく、このまま握り潰されそうな勢いだ。まるでエンジンフルボトルを守ろうとしているように見える。

 

「……死ぬのが怖くないの? 死んで未練はないの? 何か……ないの?」

 

 ナイトローグにそう問われ、エンジンフルボトルの事も忘れて答えに悩む。

 死ぬのは……怖い。近い死期を悟れているなら尚更だ。そのままナイトローグごと皆に忘れ去られるのも、ずっと怖い。出来れば死にたくない。未練もある。

 ナイトローグを人助け・戦闘力の両面で再評価したい。最初は人助けやボランティアばかりしていたのは、もはや負け癖に定評のあるナイトローグを戦わせるのを恐れていたからだ。ファウスト時代の栄光は泡沫に消え、内海に至っては十全に性能を引き出せていない。というより戦うのが下手くそ。なら俺の場合はと聞かれれば、自信なんてこれっぽっちもなかった。

 俺のせいで負け恥を晒してしまえば、ナイトローグに今まで以上の汚名を被せる羽目になる。しかし、戦わずして人助けをしていけばナイトローグの名を落とす事はまずない。楽な逃げ道があるのだから、そちらの方に進んでしまうのは仕方なかった。

 おかげでそのツケは、再評価活動二ヶ月目辺りでの織斑先生との鬼ごっこという形で支払う羽目になった。あの日が人生の分岐点だと容易で決めつけられるし、あそこで負けなければズルズルと人助けの道に逃げていた自信がある。

 

 だからこそ、こんな肝心なところで負けたのかもしれない。何も成せず、何も守れず……否、弱ければ当然の結果だ。強さに飢えなければ、助けられる者も助けられない。

 数ヵ月前から本格的に鍛えたにしては、そこそこ強くなった方だと思う。それでも限度はあったが、一人だけでは無理だったな。一夏や京水、皆がいてくれたおかげだ。

 織斑先生との鬼ごっこで醜態を晒して、捕まって、IS学園に強制的に入れられたのに皮肉な話だ。ナイトローグを兵器として見られて、それを個人のいいようにしておくのは政府的によろしくないのは理解できるけど。

 ナイトローグを作ったのは俺ではなく、葛城巧だ。だけど、今のナイトローグの姿は俺と皆が作った。それは幻でもなく、仮初めでもない。

 

 あぁ、死にたくないなぁ……。せっかくの高校なんだから、もっと一夏たちとバカしたかった。 波動球を百式まで極めたかった。京水に音撃の達人のリベンジをしたかった。ナギさんが俺の知らないところでネビュラガスを浴びていた事について、説教はなぁなぁにしていたな。しっかりお話ししないと。

 

「なら、なおさら生きなくちゃ」

 

 知らない人の声。ふと視線をやれば、そこにはストロングスマッシュの幻影を纏っているエンジンフルボトルの姿があった。……え?

 

「彼は罪滅ぼしをしたいと望んでいる。兵器としての衝動に呑まれて、人間を襲ってしまった事を悔やんでいる。そして……」

 

 ――あなたと一緒に戦いたいと、訴えている――

 

 ……そうか。エンジンフルボトルの元、お前の成分を回収したスマッシュボトルだったんだな。テープぐるぐる巻きにしていたけど、まさか生まれ変わっていただなんて。思いも寄らなかった。

 

 

 同時に思い出す。あの辛くも途中から楽しくなった無人島生活を。スマッシュなのに料理に挑戦し、焚き火が怖くて魚の丸焼きすら億劫になっていた姿が懐かしい。力の加減が難しくて家作りのツルを何度もうっかり千切っては、すっかり落ち込んでいたよな。それを俺が隣で慰めて、そこで初めてストロングスマッシュに涙腺がある事に気づいた。本当なら怪人が静かにポロポロ泣くのはシュール極まりないはずなのだが、その時の俺はどうも変だと思えなかった。むしろ、こいつには心があるのだと察した。心には種族の壁は存在しないと、改めて認識させられた。

 

 

 なら、エンジンを毛嫌いするのもバカバカしい。お前は五年来の友だ。蔑ろにする訳には行かないな。

 今度はエンジンフルボトルを優しく握り締める。辺りは光に包まれ、俺の意識が覚醒した。

 

 

 ※

 

 

 氷漬けになったナイトローグを見て、Rカイザーはゆっくりと背中を向けた。アイススチームによる致命的なダメージを受ければ、待っているのは凍結死。数秒経っても氷を内側から破ろうとしないナイトローグに、彼は落胆しながらもこの程度かと納得した。

 やがて試作ジャマーの機能を停止させ、仕舞っておく。もはやこの島でするべき事はなく、後は帰るだけだ。それでもナイトローグが氷もろとも砕け散る様を見届けようと、気だるげに振り返る。

 

 《Engine》

 

 その時、不思議な事が起こった。氷によって完全に身動きが取れていないはずなのに、どうしてかナイトローグの握るトランスチームガンにエンジンフルボトルがセットされていた。音声が氷越しに震えて、外にいるRカイザーにまで伝わる。そして――

 

 《スチームドライブ! Fire!》

 

 氷が真っ赤に爆ぜた。普通に考えて中のナイトローグは無事ではすまないのだが、生じた爆煙が晴れていくと五体満足に仁王立ちしている姿が見て取れる。また、シルエットやゴーグル等にも変化があった。

 コウモリを象った頭部と胸部の黄色いゴーグルは真っ赤に染まり、両腕に装備されている二対の小さなコウモリ羽はなくなっていた。代わりに赤い腕甲が生まれ、脚部にも装甲とスラスターが追加されている。端的に言って、全長に変化はないがロボット感が増した。アンダースーツも日に当たっているにも関わらず、黒色を維持している。

 一先ず、新しいナイトローグの姿を爪先から頭まで眺めたRカイザーは、一つの推論を立てた。

 

(奪ったネビュラスチームガンから、カイザーシステムの合体プログラムを取り入れたか。拡張性が低いのによく詰める)

 

 それも束の間、ナイトローグが一気に間合いを詰めてきた。ゼロ距離でトランスチームガンを数発撃ち、先ほどとは随分と威力が増しているそれにRカイザーが後退る。続けて、渾身の左ストレートを放たれた。

 今度は両腕でガードするRカイザー。防いだ拍子に衝撃波が走り、軽く浮き上がってしまう。この隙にナイトローグは、自身が落としたスチームブレードを回収。それを右手に、トランスチームガンを左手に切り替えて、改めてRカイザーと向き合った。

 そして、目に留まらぬスピードで両者は激突する。ブレード同士がぶつかる金属音が何度も鳴り響き、やがて戦いは空中にまで広がった。各自の飛行能力は使用しておらず、あくまで空気を蹴っている。それでいて三次元機動を実現し、高速移動による残像はないに等しい。ISと違って常識的な推進力に頼っていないのが、この戦いの異様さを物語っている。

 

(ハザードレベルが3.7から4.1へ急上昇している。強化変身した影響か……!?)

 

 初期スペックではカイザーシステム系列の方が上。ハザードレベル成長によるスペックの伸び幅も、基本的にトランスチーム系列は兄に敵わない。しかし、剣戟の最中でRカイザーは冷静に相手の分析を行うが、先ほどのように単純パワーのごり押しが通じなくなっている事に舌を巻いた。

 やがてナイトローグがRカイザーに一太刀入れて、相手のスチームブレードを蹴り飛ばす。次いで地上と水平にした身体を回転させながら、ブレードの峰でRカイザーを真下に叩き落とした。

 Rカイザーが不様に砂浜に落ちた頃、ナイトローグはトランスチームガンを仕舞って彼のスチームブレードを拾い、二刀流となって降り立つ。しかし突然、ナイトローグの身体に電流が走る。

 

「うぐっ!?」

 

 追撃を掛けようとした足が止まった。ゆっくりと立ち上がったRカイザーは、それを見て自分なりの答えを導き出した。

 

「初変身故の抵抗だな。だが二つのボトルを掛け合わせた力がここまでとは……サンプルデータにちょうどいい。嬉しい誤算だ」

 

「うぅっ……! ハァ……ハァ……! サンプルなんかにするな……これは、俺とアイツの力なんだよっ!!」

 

 Rカイザーの何気ない言葉が、ナイトローグの琴線に触れた。剣の柄を握る力が強まり、その感情を知らしめすようにバイザーが発光。全ての煙筒から真っ白な蒸気が強く噴出される。

 刹那、腰部スラスターを展開したRカイザーが真上へ大きく急上昇した。ナイトローグもそれに反応して、四枚に増えた翼を広げて跳躍。Rカイザーは片足蹴りの姿勢に、ナイトローグはドリルのように翼を纏って、一斉に衝突。スラスター噴射を用いたライダーブレイクと、赤熱している飛翔斬がせめぎ合う。

 その結果、力勝負に勝ったのはナイトローグだった。押し負けたRカイザーに飛翔斬が命中し、爆発が起きる。それからナイトローグが着地した後ろの方で、Rカイザーが大の字になりながら倒れ落ちた。

 ナイトローグは振り返るが、Rカイザーにもはや戦う力は残っていない。ぐったりと両手両足を放り出し、笑い声を漏らす。

 

「フッフッフ……そうか。ナイトローグがここまで強くなるのなら、ヘルブロスやバイカイザーも期待できる……」

 

「お前は、やっぱり……」

 

 ヘルブロス、バイカイザー。その名に聞き覚えのあるナイトローグは、とうとうRカイザーを問い詰めようと近づく。

 だが、それは突如として割って入った立体映像によって妨げられる。今度の内容は、複数のISと交戦状態に入っているギガントスクエアであった。

 

「歯車は動き出した。後は……」

 

 ナイトローグの目を盗んだRカイザーは、それだけ言い残してはネビュラスチームガンで姿を眩ました。彼を覆った霧が収束し、跡形もなく消え去る。

 

 

 ※

 

 

 血色に似たワインレッドのアンダースーツに特徴的な装甲。宇宙服を彷彿させるデザインだが、既存のものと比べればずっとスリムだ。首回りや肩回りは蛇の胴体のようで、とりわけ頭部のゴーグルと胸部のクリアパーツはコブラを象っていた。ただし、ここから限りなく近く果てしなく遠い世界にも存在していたものとは少し異なり、それらは毒々しい水色ではなく明るい緑色であった。

 

 ――誕生、愛と平和を知るブラッドスターク――

 

 辛うじて博打の変身を成功させたナギは、肩口でミラージュスマッシュ分身体の双剣を受け止めていた。頭の中が真っ白になるのも一瞬だけで、双剣を跳ね除けるや否や相手のみぞおちを殴る。容赦ない拳に分身体を吹き飛び、後方にあった木にぶつかって消滅。その拍子に木は真っ二つに折れた。

 

「……あれ、変身できてる」

 

 変身を自覚して真っ先に出た言葉がそれだった。いきなりの事態にミラージュスマッシュたちの動きが止まり、先ほどまで蹴られていたホールドルナもスタークへ視線をやる。

 付け入る隙が出来上がった。彼らと顔を見合わせたスタークは、訪れる静寂を破るようにしてトランスチームガンを連射した。横薙ぎに銃口を移動させ、ミラージュスマッシュたちをホールドルナからどかす。願ってもない助けにホールドルナはハッとし、急いで立ち上がる。

 

「やったわね、ナギ! 遂に……遂にあなたも……!」

 

「うん! 何かよくわかんないけど!」

 

 そうして握手を交わした二人は、持ち前の明るさのまま怪人たちと対峙する。立て続けに分身が二体も撃破されたミラージュスマッシュは、スタークの誕生に警戒して出方を窺うばかりだ。数的優位は覆っていないが、スタークばかりは戦闘力が未知数のためである。

 そんな利口な判断を下している彼らの心理は露知らず、ホールドルナとスタークはすぐに決着をつけようと構えていた。ホールドルナは全身に力を込め、スタークはコブラフルボトルを再度トランスチームガンにセットする。

 

「そーれっ!」

 

 《Cobla》

 

 ホールドルナが両手を上げて顕現させたのはマスクを被った黒服の傀儡たち、幻想のマスカレイド十人隊だ。骨とムカデを合わせたデザインのマスクが実に印象的だが、肝心の生産元が本来とは違うためか、怪人スマッシュのように全身が装甲化している。さながらアンドロイドだ。

 

「イッテらっしゃああぁぁぁぁぁぁい!!」

 

 《スチームブレイク!》

 

 ホールドルナの掛け声に応じて、マスカレイド十人隊は手のひらと足裏から炎を噴射して上昇。スタークの放った特殊弾とタイミングを合わせ、猛スピードで突撃する。瞬間、奇想天外なマスカレイド十人隊に茫然としていたミラージュスマッシュたちは直撃を受け、大爆発した。後に残されていたのは、力尽きて仰向けに倒れる本体のみだった。

 

「やったー!」

 

「よっし! それで……」

 

 クネクネした動きで喜びを示すホールドルナ。スタークも一件落着と胸を撫で下ろしたかったが、依然として倒れるミラージュスマッシュを不安げに見ては隣の彼女に質問する。

 

「この後どうすればいいの? もう動かないっぽいけど、放置は不味いよね?」

 

「あっ、ワタシとした事が。ウッカリウッカリ♪ でも、コンクリ詰めにして東京湾に沈めるのは違うわね。ドーパントって訳でもないし……」

 

「ドーパント?」

 

「ううん、こっちの話」

 

 あろう事か、二人は目の前の怪人がどんな生態なのかをよく理解していなかった。エンプティボトルでスマッシュの成分を回収するだけで済むのだが、そもそもスマッシュとの遭遇自体が二人にトランスチームガンを託した者は想定しておらず、そこの説明はろくにされていない。スチームブレードの開発がまだできていない上、習うよりも慣れろを実行されていた。

 そのため、ホールドルナとスタークは互いに頭を抱えた。ともにスマッシュ戦は初めて・トランスチームシステムを使ってから日が浅すぎる故の停滞だ。目の前にいるのがスマッシュとわかっていない辺り、知識に乏しいのは明白だった。

 すると、その場に一人の戦士が早歩きで彼女たちの横を素通りしてきた。左半身に青い歯車が装着されているリモコンブロスの色違い、Lカイザーだ。あまりにも静かすぎる登場に二人はきょとんとし、Lカイザーが代わりにミラージュスマッシュの成分を回収してくれるまでボサッと見ていた。

 

「……へ? そうやるの?」

 

 ふとスタークが呟き、Lカイザーの使ったエンプティボトルがないか自身の懐を探る。この間にもLカイザーはネビュラスチームガンをあらぬ方向へと向けて、どこかへ霧ワープしていった。

 こうして残ったのは、スマッシュ化が解けて気絶している見知らぬ男性ただ一人。それで何か思い至ったホールドルナは、弾けるようにして声を上げた。

 

「さっきの人、中身イケメンの予感がした」

 

 割とどうでも良かった。

 

 

 ※

 

 

 海上に立つギガントスクエアは、指揮するようにエリアカットペンを振る。その一動作だけで広範囲の空間が抉られ、弾幕用のブロックが無数に生産される。おまけにこのブロック、当たれば炸裂する仕様である。

 その扱いは自由自在。懐にさえ潜り込まれなければ、機動兵器に対して従来のオールレンジ兵器を上回る凶悪さだ。さらにワープゲートをバリアのように張る事で、相手の遠距離攻撃を実質無効化できる。

 加えて、随伴の味方も存在すれば完璧な布陣だった事だろう。ギガントスクエアの致命的な弱点と言えば、自身の死角を補ってくれる味方がいない事・機動力が大幅に低下した事に尽きる。連携と数を以てして挑めば、まず怖くなかった。

 

 全方位からばらまかれるブロックを、射撃武器を持つ人たちが専念して撃ち落とす。一発落とせば、その後の連鎖爆発で一辺に弾幕を片付けられる。ここで一番役に立ったのは、鈴音だった。

 パッケージ装備『崩山』で衝撃砲が計四基に増え、それを火力抑えめ・極低燃費で広範囲に乱射する事により、ブロックの迎撃を簡単なものとした。僅かな衝撃だけで炸裂するブロックの特性を利用した形だ。さらに甲竜の性能も遠近バランスの良さから、前衛から中衛を難なくこなせる。そのままギガントスクエアに突っ込む事など、訳ない。

 ギガントスクエアがワープゲートをバリア代わりに使う事で、真耶のラファールを主軸とした重火器による遠距離撃破プランは頓挫した。しかし、デカイ的になったギガントスクエアの近接対応力の低さは一目瞭然であり、ブロック弾幕や時折放たれるピラーを乗り越えさえすれば、勝利の芽は十分に残されている。

 

「真耶、援護!」

 

「はい!」

 

 先陣を切ったのは千冬だった。打鉄を駆り、近接ブレードとアサルトライフルを持ってギガントスクエアに肉薄する。次々と迫り来るブロックをギリギリでかわし、進路上を邪魔するブロックは手元の自動小銃で撃破。それでも厳しい場合は、真耶のロングライフルによる的確なエイム力で援護する。

 また、ブロック弾幕は近い順で濃度の差はあれど、ギガントスクエアに敵対している全員に降り注がれていた。これら全てを避けきりながら千冬の援護をするなど至難の技なので、真耶は無難にセシリア、一夏とペアを組んで対応している。自分たちの背中はお互いに守っていく。

 なお、一夏は白式の機体特性の都合上、千冬と同じように突撃させるのはきついので、真耶から借りたアサルトライフルで素直に中衛~後衛へ。箒は鈴音と背中を預け合っていた。

 

 やがて弾幕が千冬へと大きく偏り、とうとう取り付かれるのを許してしまう。ギガントスクエアの意識が千冬に集中し、他への対処がおざなりになる。

 

「遅い」

 

 五本の指が鋭くなっている左手を千冬へ伸ばすギガントスクエア。それより早く彼女はスラスターを全開にし、遠心力を最大限まで利用した回転斬りをエリアカットペンへ放つ。耐久力の足りなかった近接ブレードが折れるが、ほんの少しの傷と亀裂は出来上がった。

 同時に、ギガントスクエアの攻撃の手が止む。ならばとセシリア、真耶の射撃が一点に集まった。

 レーザーに貫徹弾、ミサイル。慌ててワープゲートで防いだギガントスクエアだが、更なる敵の接近を許してしまう。箒、鈴音、遅れて一夏だ。

 

「ハァッ!」

 

「こんのぉー!」

 

 展開装甲による急加速を得て、紅椿が突進。エリアカットペンの亀裂を狙い、右刀の雨月で打突。刀身から攻性エネルギーが鋭く発射され、亀裂は更に深まる。

 甲竜は双天牙月を持ち、ギガントスクエアの左手へ。衝撃砲も撃ちながら相手の注意を分散させ、その細長い指を思い切り斬り付ける。両断まで行かないが、ひしゃげる程度には損傷を与えた。

 次に白式が弾切れになるまでアサルトライフルを撃ち、ギガントスクエアの頭部へ向かう。途中でライフルを投げ捨て、千冬と合流して左右に散開。千冬は二本目の近接ブレード、一夏は雪片弐型を取り出して、両目を刺し貫く。脆い箇所をやられてギガントスクエアが頭を振る前に、とっととその場を離脱する。箒と鈴音も後に続いた。

 

 ここまでは順調。身体をブンブンと動かすギガントスクエアに構わず真耶がガトリング砲を撃つと、負荷に耐えられなかったエリアカットペンが遂に半分折れた。ペン先はそのまま海に沈み、ギガントスクエアの目の色が変わる。

 赤い稲妻が一瞬だけ全身に走るや否や、背中から一対の輝く純銀の翼が生えた。同時に全身から赤黒い衝撃波を放出し、さながら天に咆哮するかのように顔を挙げ、拳を握り締める。

 次の瞬間、半壊したエリアカットペンが執拗に前へと突き出された。それに合わせて空間が一直線に切断され、空飛ぶ斬撃が大量に生まれる。

 

「全員、当たるなよ! 予測しやすい攻撃だ! 特に織斑!」

 

「俺だけ名指し!?」

 

 千冬の指示の元、ギガントスクエアの空飛ぶ斬撃を回避する全員。発狂したギガントスクエアはその巨体に似合わない美しいスピンも披露し、竜巻の如く空間が裂かれる。その衝撃でギガントスクエアを中心に海が荒れ、大きな水柱が発生する。

 

「一体なんですの!? これでは怪獣ではありませんか!?」

 

「オルコットさん、落ち着いてください! 傷が与えられるなら、勝ち目はあります!」

 

 乱舞するギガントスクエアの姿は、遠くにいるセシリアにも満足すぎる恐ろしさを感じさせた。隣で真耶がセシリアをなだめるが、その表情は覚束ない。

 無理もない。全長二十メートルほどの巨大な物体が、移動以外での一挙一等足の速度が並外れているのだから。動作の素早さだけなら、ISにも劣っていない。繰り出す剣檄によって身体が激しくぶれているのに顔だけはじっと固定されている様は、不気味の一言に尽きる。

 

「だが、死角はちゃんとある!」

 

 そう意気込んだ千冬が、もう一度ギガントスクエアへ接近していった。海面スレスレを這い、そのままギガントスクエアの足元に潜り込む。見た目の攻撃は派手だが、ISならではの柔軟な機動によって斬撃を掻い潜るのは可能だった。

 次に股下へと上昇し、武器の高速切り替えで接着式の爆弾をつけさせる。今さらながら爆弾一つでギガントスクエアを倒せるとは思っていないが、やらないよりはマシというもの。急いでギガントスクエアから離れて、爆弾を起動させた。

 その時、ギガントスクエアの下半身が丸々爆発に飲み込まれた。爆音は辺り中に轟き、ゼロ距離から受けたギガントスクエアは身体をよろめかせた。海に向かって倒れ込む寸前に足場を拡大させる事で溺れずに済むが、不様に倒れた事に変わりはない。

 

 それでも、ギガントスクエアを活動停止にさせるまでには及ばなかった。無造作にエリアカットペンを海中に浸からせたかと思いきや、上空にて複数のワープゲートが出現。戦闘区域いっぱいに旋回を始め、ゲートから膨大な量の海水がなだれ込んできた。重力に引っ張られた海水は水面に接し、延々に続く暴力的な滝となって彼女たちを襲う。

 ワープゲートの移動速度自体は恐ろしくない。肝心なのは、遥か天空から落ちてくる水の塊だ。ここまでの規模だと、威力は隕石にぶつかるのと変わらない。

 ギガントスクエアの生み出した光景は、視覚的効果が抜群だった。少なくとも人智を越えている技に、戦場にいる誰もが勝てるのかと疑念を抱いてしまう。

 しかし――

 

「いや、こんなんで諦められねぇ!! 諦められるかぁ!!」

 

 啖呵を切った一夏が、伏せたままのギガントスクエアへと駆けた。あっという間にうなじへと到達し、何度も斬る。首を動かしたギガントスクエアに振り落とされるが、必死に食い下がる。

 初戦でのブロック攻撃は滅多に使われなくなった。攻撃の規模こそ跳ね上がっているものの、付け入る隙も格段に大きくなっている。この瞬間こそが、乗り越えるべき山場だった。

 おもむろに立ち上がろうとするギガントスクエアだが、足に力が入らない。そうこうしている内に、一夏の奮起に感化された他の人も攻勢に出た。

 

 一斉攻撃が始まり、大滝の移動も追い付かない。ギガントスクエアが自滅覚悟で大滝を集結させるが、それよりも一夏が脳天に零落白夜を落とす方が早かった。高出力のエネルギー刃が深々と突き刺さる。

 そして、魔境の海をもたらす四角形の怪人はその身を痙攣させた。エリアカットペンを天へかざし、膝から崩れ落ちる。そのまま仰け反り、ようやく敗北の兆しを見せた。

 

 ただ一つ。ワープゲートを自身に透過させるという悪あがきをして――

 

 

 ※

 

 

「ぐぅっ……!?」

 

 一夏はとてつもない衝撃に揺さぶられ、白式の各部が悲鳴を上げるかのように軋む。先ほどの零落白夜の分も足して、残りのシールドエネルギーが大幅に減った。機体の損傷レベルも高く、ホログラフ化された計器がレッドゾーンを示す。

 そのままきりもみ落下しそうになるのを堪えて、何とか姿勢制御に成功する。そして足元のすぐそこに地面があるのに気付き、咄嗟に辺りを見渡す。

 場所はどこかの自然公園だった。広い草原の中に木が疎らに立ち、少し歩けば森が見える。

 

(ここ……どこだ? もしかして!)

 

 さらに遠くを見れば、いくつかの高層ビルが確認できた。夢ではない。意図せずワープしてしまった事に戸惑いを隠せず、視界の端でたまたま捉えた巨大物体が否応なしに彼の思考を働かせる。

 

「マジかよ……」

 

 そこには、満身創痍ながらも依然として立ち上がるギガントスクエアの姿があった。あれほどまで攻撃を加えたにも関わらず、戦闘不能に至っていないのがつい感心してしまう。

 見るからにあと一息で倒せそうだ。しかし、ここまで来て白式の稼働状態は最悪。ウイングスラスターも破損しており、ブースト移動ができない。また、近くに自分以外の味方が見つからなかった。

 

(ワープしちまったのは俺だけか!? くそっ、何がどうなってんだ!)

 

 まさしく絶対絶命のピンチ。ギガントスクエアがエリアカットペンを向けてくるのを目にし、その場を跳ぶ。直後、先ほどまで立っていた場所が勢い良く弾けた。土砂が激しく飛散する。

 

「うっ!?」

 

 移動手段が脚だけでは回避にも限度がある。ワープゲートに巻き込まれたのが原因か、通信障害も出ている。これでは救援要請すらできない。正直に言って、手詰まりだった。

 やがて、一夏の頭上に巨大なピラーが落ちてくる。とてもではないが、避けられるものではなかった。

 空間を削って作ったもののため、ピラー自体に色は存在しない。精々、写真のように景色がボヤけて写っているだけだ。端から見れば凶器とは思えないが、真上から凄まじい勢いで落下してくるなら話は別。来たるべき柱状の質量兵器に一夏はダメ元で雪片弐型を構え、防御の姿勢を取った。

 

「――一夏!!」

 

 その時、横から箒が割り込んできた。ピラーを受け止める負担が分散される。

 白式と同じくボロボロになりながらも、まだ機能が生きていた展開装甲をスラスター代わりにしていた。だが、その勢いはあまりにも弱々しい。ピラーを押し退けるには力不足だった。

 

「箒……!? ダメだっ、逃げろ!!」

 

「そうはいかん! また誰かを見捨てるなど、私自身が許さない!」

 

「だけど!」

 

 即座に飛び出た一夏の願いも虚しく、箒は頑なに首を縦に振らない。このままでは二人ともピラーに押し潰されるのは明白だった。

 

(こんな……こんなところで……)

 

 歯軋りする一夏。その際に脳裏に甦ったのは、曲がりなりにも殿になってくれたナイトローグの最後の姿だった。

 それだけではない。クラス代表決定戦での敗北や、リモコンブロスに一蹴された時の記憶も駆け巡ってくる。敗北を喫した後は強くなろうと決意するのは良いが、実際にはどうか。学園で唯一同性の友は守れず終い、クラスメイトの同じ専用機持ちよりも実力に劣る、紅椿を手にして浮かれていた箒を制する事にも失敗した。自分はまだ何にも変わっていない。

 

(俺は……俺は……)

 

 悔しさが滲み出る。こんなはずではなかったと。今まで仲間と一緒に特訓を積んできたのは、こんな風にやられるためではない。暴力、不条理、色々な事から仲間を守るためだ。一緒に戦う仲間を。

 

(あぁ、俺ってそんな風に思ってたのか)

 

 この瞬間になって、一夏は己を再認識する。未だに目の前の絶望は払えていないが、箒もまだ諦めていない。ならば心の火を燃やし、この化け物をぶっ潰すだけだ。もっと身体から力を振り絞らせるつもりで、心の底から叫ぶ。

 

「ぜああぁぁぁぁぁぁ!!」

 

 箒も負けじと大声を出す。

 

「うおおぉぉぉぉぉぉぉ!!」

 

 その時、不思議な事が起こった。いきなり二人の機体が輝き出したかと思いきや、白式の損傷がゼロに戻ったのだった。奇跡はそれだけで飽きたらず、白式の全体像が変化。土壇場で第二形態移行を果たし、増設スラスターと左腕の複合兵装《雪羅》を手に入れた。雪羅の砲口を上にして、強力な荷電粒子砲を放つ。青いビームがピラーを完全に貫き、粉々に吹き飛ばす。これに驚いたギガントスクエアは尻餅を着いた。

 また、残っていないはずの白式のシールドエネルギーが回復していく。それを実現していたのは、彼の隣にいる箒だった。偶発的に紅椿の単一能力《絢爛舞踏》を開花させ、白式にエネルギー回復をもたらせた。最初は唖然としていた彼女も、程なくして真剣な眼差しとなる。

 そして次の瞬間、二人の後ろにナイトローグが現れた。ハイパーセンサーでその存在をきっちり掴んだ彼らは、一瞬だけ呆けた顔をしながら視線をそちらに動かす。足はきちんとある。細部に変化があるが、幽霊ではなかった。

 ナイトローグの生存に喜ぶのも束の間、彼が一歩前に出るや否や感動の再会は置いておく事にした。それからは阿吽の呼吸でギガントスクエアにトドメを差す。

 

「これで……」

 

 《アイススチーム》

 

「最後だああぁぁぁ!!」

 

 空裂・雨月二刀流、凍気を纏った飛翔氷斬、全力の零落白夜が放たれる。それら全てを真正面から受けたギガントスクエアは大爆発し、粛々と成分回収されて福音の搭乗者を解放するのであった。

 

 




Q.ナイトローグ強化体

A.やっとスパークリングど殴り合える感じ


Q.移動経路

A.情報を得るためにナイトローグは一度旅館へ帰り、ギガントスクエアの位置情報を把握してから霧ワープ。



ブラッドスターク「弦人くん無事だったんだね!!」

ナイトローグ「スタァァァク! スタァァァク! スタァァァク! スタァァァク!」

ブラッドスターク「キャアァァ!?」

ホールドルナ「落ち着いて弦人ちゃん! その子はナギよ!」

ナイトローグ「へ?」




ナイトローグ「……タコ焼き奢るよ。タコの入った鯛焼きも」

ブラッドスターク「本当に? やった! ありがとう!」

ナイトローグ(あっ、こいつエボルトじゃないや)



Q.発狂スクエア

A.参考にルルサスの戦士【2】の暴走状態と戦おう。



Q.ジェミニ

A.他にもスマッシュが攻めてきていたが、そちらはタチバナさん、ナゴさん、葛城博士がきっちりと倒しました。

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