「……って、いつもとやる事変わってないじゃない! むしろエスカレートしてるし!」
「待て鈴。お前は知らないかもだけど、これでも最初のテレビで騒がれた頃と比べれば大人しくなってるんだ」
「どこが?」
「本物のナイトローグに変身しないところ。弦人が“臥薪嘗胆”連呼してたの、今でも思い出す……」
「へ? へ? じゃあ、あれとかあれとか……うっそぉ……」
七月下旬。本日よりIS学園は終業式を終え、長期夏期休暇を迎えた。ある者はそそくさと実家に帰ったり、部活動に励んだりと事情は様々だ。
そんな中、一年一組の生徒である布仏本音も大した事ではないが一つの事情を抱えていた。学生寮のルームメイトである弦人が頭痛を訴えて病欠したため、終業式後に教室のHRで配られたプリント等を届けに寮部屋へと戻っていた。
一夏と同じ男性であるにも関わらず依然として彼と同室になっていないのは、本人とトランスチームシステムの出自の特殊性故だ。保護という名目でIS学園に入れさせているのだから、霧ワープという身も蓋もない手段で二人同時に脱走されるリスクと機会を僅かでも減らすためである。結果としては有事を除いて杞憂に終わっているが、人道的に対処すればどうしても爪が甘くなるのは仕方ない。
もしも弦人を実験用モルモット扱いして某所の研究施設に監禁・拘束すればどうなるか。日本全国に住むナイトローグの支持層から日本政府に対して非難の声を浴びせるだけに留まらず、下手すれば政権交代は待ったなしである。国会の討論は白熱し、政府ぐるみでの非人道的な所業にナイトローグに助けられた事のある人たちの怒りが爆発する。既に静かに隠し通せる程の存在ではなくなっているのだ。
なお、現在の弦人の処遇は端的に表すと『酷い事しないから俺たちの言う事を大人しく聞いて』という司法取引の形に収まっている。特にナイトローグがやらかしても悪事ではなく人命救助とかだったりするので、この約束はギリギリのところで常に守られている。
そんな弦人と同じ屋根の下でのほほんと暮らす少女は、一応は特異性全開な生徒会庶務として、IS学園内最強と謳われている暗部な生徒会長の指示の元、彼が何か盛大にやらかさないように見張る任を与えられていた。それすらも大体が杞憂に終わっているが。
また、それ以前に本音は弦人を監視対象ではなく、一人の友だちとして接してきた。こればかりは彼女元来の性質から来るものだった。
「ふんふーん♪ ヒムロン具合はどお~?」
鼻歌も奏でながら、本音は弦人の渾名を呼びながら部屋へと入る。室内は冷房が効いており、病人が休むには適した気温だ。
のんのんと弦人が寝ているベッドへ歩いていく本音。しかし、その肝心の男の姿がどこにも見当たらない。
ならトイレにいるのか。そう思いつつ辺りを見回せば、弦人が使っている勉強デスクの上にナイトローグTシャツと腕輪が置かれているのを見つける。前者は弦人の手作りで、後者は彼の位置情報を常に掴んでおくための代物だった。
本音はついつい訝しみながら、プリントの束を置いて呑気にそれらを手に取る。腕輪はあっさり外せるものではないはずなので、まず何かが起こったのだろうと察する。次にナイトローグTシャツを確認すると――
『ちょっとナイトローグとしての役割を果たしてくる。必要ならケジメも。夏休みの自由研究はそれでいいよね?
追伸、ナイトローグの辞書に自制・自重という単語が追加されたので心配しないでください。探さなくていいです。免許・知識がないし勝手な医療行為で罰せられるから胃薬までは出せないけど、織斑先生とか色々な人の胃は遠くからできる限り守ります。穴が空かないように。もしかしたら、富士山を世界文化遺産から自然遺産へと昇格させるために不法投棄物をスチームブレイクとかで駆逐してくるかもしれない』
以上の事が白文字で書かれていた。
これに本音は言葉を失い、しばらくその場に佇む。本当ならすぐにでも千冬に報告すべきなのだが、例のごとく予想外な真似をしてきたので思考回路がショートしている。見た目に反して優秀な頭脳が復活するのは、まだ時間を要した。
※
今年の夏は例年にも増して酷暑の連続。西欧出身のIS学園生徒はまっすぐ故郷に戻っていくであろうレベルだ。この危険な暑さはどんなにハザードレベルが高くても脅威で、真っ白な帽子にタオル、水筒の常備が強いられている。外でのアイスはすぐ溶けるので、できればかき氷を選びたい。
こんな真夏日に学園を飛び出して何をしているのかって? 個人的に調べたい事ができたので、早まる気持ちを抑えられずに仮病で終業式をパスしてきた。帰った後の出来事は想像しないでおく。
それはさておき、今は調べ物の時間だ。事前に学園の方でネットサーフィンとかしてきたが、やはりこういうのは足で稼がなければ。警察や探偵任せにしては時間がもったいない上、内容がもう頼めるヤツではない。
本命はズバリ、カイザーシステムの出所調査。相手によっては国家権力の手すら及ばない可能性があるので、かなりヤバい。以前にレオナルド博士の元を訪れて先端物質学研究所に所属していた人の名簿とかを見せてもらったが、そこに最上魅星の名は見つからなかった。やはり俺の知っている人とはとことん違うらしい。謎が深まるばかりだ。あと、研究所で自らスマッシュ化して暴れたという二人の人間が、ある日を境に留置所から跡形もなく姿を消したという話も聞いた。きっとネビュラガス自害とかで消滅したのだろう。もう危ない匂いしかしない。
そこで最初に、あからさまに怪しそうな企業の名前を片っ端から探してみた。めぼしいものは次の通りである。
南波重工、ZECT製薬、鴻上ミュージアム、スマートXユグドラシルコーポレーション、幻夢黎明エンターテイメンツ、財団B、クライシス社、ゴルゴム書店。
これは酷い。
まず、名前からして全てが世界規模でトンでもない事をしでかすぐらいの野心が見えてしまう時点で、かなり酷い。世界融合とか帝国作りの話どころではない。コイツら一体どんなネーミングセンスだよ。わざとなの? これ全部わざとなの?
そんな訳で早速、壁にぶつかった。最悪、これらの企業が揃って結束しているかもしれないので、俺の予想通りなら捕まりでもすれば間違いなく死ぬだろう。企業それぞれの目的は恐らく違うから、スーパーショッカーや大ショッカーみたいに構成員がアレすぎて互いが互いの足を引っ張ってしまう短命組織だと断言できても油断は絶対にできない。
大穴は南波重工。ここの企業の会長の名前が“南波重三郎”なので、正解確率としてはずば抜けている。ただし、時事ネタ集めで火星探査に関する情報も集めてきたが、パンドラボックス的な何かを回収してきた話はなかった。確信を得るための材料が足りていない。
しかし、それは他の企業でも同じ事。いずれにせよ、詳細を知るために内部へ潜入しなければならないのだ。ナイトローグの力に頼らないでどこまで行けるか……。
『見てください、この光景! 海辺に溜まっているゴミの山を、ナイトローグTシャツやナイトローグのコスプレをした人々が一丸となって片付けています!』
すると、通りがかった家電ショップ店頭に置かれたテレビより、とあるニュースが放映された。人数はざっと二百。人海戦術でゴミを回収していく。ゴミ拾い、俺も行きたかったなぁ……。
だが、彼らには彼らの役割があるように、俺も相応の務めを果たさなければならない。優先順位はゴミ拾いよりもずっと上だ。ここは彼らに任せるべきだ。
そう思うのも束の間、遠くの方で悲鳴が聞こえてきた。
「キャアァァァァァァ!!」
咄嗟に視線を動かせば、複数の男たちによって大型車に無理やり連れ込まれる女性の姿を見つけた。明らかに犯罪臭しかせず、近くを通る人々も目を白黒させているばかりだ。誰も動けない。
やがて大型車は急発進し、俺の目の前を通りすぎようとする。刹那、コスプレナイトローグの仮面だけを被った俺は急いで車道に飛び出し、片足を前に突き出した。遅れて、全身にコスプレスーツが自動的に装着される。
そして、俺を跳ねると言わんばかりの速度で走ってきた大型車は、こちらがしっかり踏ん張りを利かせると容易く食い止められた。出した片足は車体前面に少し埋まり、フロントガラス越しで俺と運転手の目が合う。運転手の男は驚愕の表情に包まれていた。
本物のナイトローグに変身していないので、頭の硬い人たちの決めた刑法的にもセーフ。対向車が十分な加速を得る前に止められたから、大きな事故に繋がらなかったのでセーフ。コスプレスーツの破損も見られない。ハザードレベルが高くなったおかげで、生身の身体能力も徐々にナイトローグへ近づいていっている。
「「う、うわあァァアア!?」」
それから男たちが次々に車から降りていくが、俺をまるで化け物とでも見るような目をしながら逃げ去っていった。連れ込んだ女性は完全に無視である。
「もしもし? 大丈夫ですか?」
「は、はい! ありがとうございます!」
俺が優しく呼び掛ければ、ハッと我に返った女性はお礼を告げてくる。目立った怪我もなく、目尻に涙を溜めた顔はすっかり明るく綻んでいた。
さて、ここからは警察に任せておこうか。俺は女性と別れて、野次馬が集まりつつある現場から大急ぎで離れる。路地裏でコスプレスーツも外し、ほっと息をつく。
久々の人助けにすっかり心が暖かくなってしまった。しかし、今何を一番先にするべきなのかを忘れてはならない。再評価活動はまた今度だ。
――と考えていたのだが、後で振り返ってみるとその見積りは随分と甘かった。
「あー! 風船がー!」
「ふん!!」
バットフルボトル片手にジャンプし、空へ召されようとしていた風船をキャッチ。それを持ち主の子どもに返す。
「下着泥棒よ! 誰かぁぁぁ!」
「へへっ、泥棒歴十年のこの俺がしくじるとか、とうとうヤキが回ったか……?」
「成敗!!」
「なにっ!? ぎゃあぁぁぁぁぁ!?」
下着泥棒を取っ捕まえて、警察に突き出す。
「もしもし母さん? 俺だけど。実は会社の金使い込んでさー」
ポンポン
「ん?」
「やあ」
俺俺詐欺を未遂に終わらせ、犯人を自首させる。
「おい、例のブツは持ってきたか?」
「はい。このアタッシュケースの中に」
「そういうのは良くないと思います」
「「え」」
違法ドラッグ取引の現場をカメラに収めた上で、このグループを警察に突き出す。
「うえーん! お前たちなんてナイトローグに滅ぼされてしまえばいいんだ!」
「俺知ってるぜ! 保護なんて大人たちは言ってるけど、本当はナイトローグは捕まって、もう表に出られないぐらいグチャグチャに人体実験されて死んでるって。だから本物のナイトローグなんて、お前のとこに来る訳ないんだよぉぉぉぉぉ!!」
「そいつはどうかな」
「で、出たァァァ!?」
小学生のいじめの現場に介入する。
そんな感じで、道行く先で発生する事件の頻度の高さを前にして、一番やらなければならない事に手をつけられないでいた。加えて、コスプレナイトローグだと炎天下の活動は苦しすぎる。キリのいいところで休まなければならなかった。
再評価活動の分には問題ないが、それでナイトローグにすっかり頼りきるような世界になるのは好ましくない。人々から物事の解決能力を奪っておいて良いはずもなく、そもそもナイトローグは一代限りで終わる。継承させられる代物ではないので、活動期間ばかりはどうにもならない。上手くやらねば。
そんなこんなで私服状態に戻り、水分補給と休憩を取る。早い話、南波重工所属の研究所に潜入すればいいのだが、どうしてこんなに道草を食ってしまうのか。取り敢えず、ディケイドのせいにしておこう。
「ねーねー。さっきナイトローグがいたってさー」
「ふーん、コスプレか何か?」
「違うよ多分。五メートルぐらい垂直ジャンプしてたって話。本物じゃないと無理でしょ」
「マジで?」
道すがら、そんな会話を繰り広げる学生とすれ違う。念のために伊達メガネを着けてきたが、全国に顔バレしていても案外バレないものらしい。
さてと。気持ちを切り替えて、無難に聞き込みから始めてみるか。こんな事もあろうかと専用の衣装と名刺、装備は作ってある。風都の探偵に習って、地道に行ってみよう。
Q.原 点 回 帰
A.なお、大人の事情がそんなナイトローグの足を全力で引っ張る模様
Q.織斑先生。内閣組織の何某からお電話があります。
A.
千冬「いいえ、本物は学園内にいます。それは偽物です。コスプレに違いない」
某官房「バカを言うな! 壁走りしたり車を押し返したり五メートルジャンプできるコスプレイヤーなんていて堪るか! どうせ無断出動だろう! これでは国としての面子が――」
千冬「それぐらい私も生身でできますが何か?」
某官房「」
そんな感じで誤魔化す千冬の図。
世の中には仮面ライダーの腹パンを受けても気絶で済む人がいたり、二階ぐらいの高さから平気で飛び降りたメイド所長がいたり、変身ベルトをを拳で破損させるドクターがいたり、幹部怪人に殴られても死なない刑事がいるのでセーフ。正面から走行中の車を片足で止める名護さんは最高です。