改良とか抜かすなら、せめてバグスターウイルスの抗体がなくても使えるようにしないと……。あと、量産して売りつけようとしていた節もありますし。誰にも使えない武器ほど、要らないものはない。
なお、この問題の争点は、ファウストに囚われていた頃の美空がどれだけの数のボトルを浄化したかによります。ファウスト時代は一週間に一本のペースで、単純計算で当たり外れも含めて年に五十四本いけます。その中にリモコンボトルやエンジンボトル、クロコダイルボトル等があるのかは不明。でも未浄化説の方が、ダントツに量産が利くよなぁ……。
もはや形だけの合格通知書がやって来た。まるで自分だけズルい事をしているようで世界中の受験生に対して罪悪感を抱いたが、この償いは再評価活動で果たそうと思う。蜂の巣駆除とか、地域清掃とか。今は取り敢えず、学生寮入りのための荷造りを優先だ。
着替え等は、あらかじめ与えられたもので完結している。問題はパソコンとその周辺機器で、研究チームだけでなく自分もナイトローグ(現状はバットフルボトルのみ)のデータ集めしておくように言い付けられたのだ。理由は簡単、IS学園に研究チームの長期滞在は無理だから。
妥協案として俺がIS学園と研究所を往復する方法も提案されたが、監視と要人警護の手間が掛かりすぎるので可能な限りはIS学園に篭っていろとの事。いくらIS学園が広い人工島でも、これはあんまりだと思った。しかし、反対意見を出せるはずもなく、おめおめと受け入れるしかなかった。
課されたお題は、まさしくド素人に京都科学捜査研究所に配属させるようなもの。IS関連の知識と並行して、パソコンの本格的な勉強もしなければならなかった。織斑先生からは、ISの分厚い参考書を最低でも読破しろと申し付けられているので、この浮気は辛い。
また、色々あって入学式は欠席する事になり、遅刻するかのようにIS学園へ直接急行した。学園へ到着するまでは常に俺の周りにSPが配置され、事前の登校ルートの打ち合わせを何度もやったりと、やたら手の込んだ登校だった。
寮入りさせる荷物は別の先生が運んでいった。俺は教材やその他を入れたカバンを背負い、大人しく織斑先生の後ろに付き従う。玄関をくぐり、上履きに履き替え、トントン拍子で一年一組の表札がある教室の入口前へ着く。
先導して織斑先生が入口のスライドドアを開く直前、振り返りながら俺にこう告げる。
「今は朝のSHMの時間だ。私が中に入った後に名を呼ぶから、それから来い」
「はい。転校生みたいな感じで良いんですよね?」
「ああ、そうだ」
それから織斑先生は先に教室内へ入る。次の瞬間には黄色い悲鳴が上がったりもしたが……きっと大丈夫だろう。怖くない怖くない。まだ拝見していないが、このクラスを信じよう。
「入れ、日室」
ようやく織斑先生に呼ばれたので、俺は「失礼します」と一言置いてから教室の扉を開く。すると――
「「キャアーー!!」」
「やっぱり二人目の男なのね! キライじゃないわ!」
教室はたちまち、女子たちの歓声で沸き上がった。あまりにもうるさく、突然の出来事だったため、入室の瞬間に肩がピクリと跳ね上がる。
端から端まで見ても、席に着いているのは女子ばかり。唯一の男子かつ、世界初の男性IS適合者である織斑一夏は教壇のすぐ前に座っている。なんて居眠りのできなさそうな位置なのだろうか。心の中で十字を切っておく。
ざわめきは一向に収まる気配を見せず、どこか呆れた顔をした織斑先生は他のものを無視するように俺へ自己紹介を振る。刹那、女子たちの視線が一気に俺へと集中した。
「日室、自己紹介をしろ」
「初めまして、日室弦人です。その時、不思議な事が起こってIS適性があるのがわかりました。ナイトローグをやっています。一年間よろしくお願いします」
俺は皆へ無難にそう告げて、一礼する。再び女子たちが沸き上がる中、織斑先生は淡々と指示を出してくる。
「まぁ、良いだろう。席はそこに座れ」
指定された席の位置は、窓側から縦二列目。前から三番目の席だ。一夏とはいい具合に離れている。四方八方女子に囲まれるというのは気後れするが、諦めて席に着く。
そんなこんなでSHMは終わり、一時間目の授業が始まる前の休み時間が訪れる。現状は予習しておかないと皆に置いてきぼりされるほどヤバイ気がするので、他がワイワイ談笑しているのを他所にぱっぱと勉強道具を出す。
一方で俺をチラチラと見ている女子たちは話し掛けてくる素振りを見せず、まるで様子見をしているようだった。大丈夫、初対面の異性となら大体そうなるのはわかるよ。俺もイマイチ、自分から話し掛けていこうとする気概が出ない。むしろ授業に対する危機感で一杯。
そんな中、溌剌とした様子で一夏がやって来た。いや、溌剌と言うよりも暗闇の中に一筋の光を見つけたような感じか。
「日室弦人、だったよな? 俺は織斑一夏。肩身が狭い者同士、仲良くしようぜ」
「うん、よろしく。やっぱり息苦しい?」
「そうだなぁ。知り合いはほとんどいないし、女子しかいないし、日室がいて助かったよ」
そうして握手を交わした後、互いに苦笑する。実質の女子校に放り込まれて戸惑うのは一種の真理だ。同じ悩みを持つ、もしくは一番に自分の気持ちを理解しえる存在がいるというのは心が救われる。
その時、黒髪ポニーテールの女子が俺たちの間に割って入ってきた。あの子は確か、一番窓際で先頭の席にいた……。
「ちょっと良いか? その、一夏の方に用があるのだが……」
我が強めながらも、おずおずとした態度。その女子――篠ノ之箒は視線の先に一夏の姿を捉える。一夏はきょとんとした表情をしていたが、俺は気兼ねなく答える。
「どうぞ。二人でいってらっしゃい」
「よし、恩に着る。一夏、せっかくだから二人きりで話そう」
「あっ、おいちょっと――」
それから篠ノ之は一夏を引っ張るようにして教室の外へ連れていった。二人が戻ってくるまでは、女子たちの好奇の目線が一斉に俺に突き刺さる事になるのは言うまでもない。
次に始まった授業は、辛うじて付いていく事ができた。一夏の方は全然内容を理解できていなかったり、参考書を電話帳と間違えて捨てていたりなど、結構な回数で織斑先生に怒られて散々だった。
そして、俺が予習・復習バッチリだとわかるや否や、一夏に勉強を教えてやるように織斑先生から振られるのだった。拒むつもりはないので快く引き受けるが、一夏が少し哀れに思えてきた。
授業終了直後、そそくさと俺の元までやって来た一夏は早速教えを乞いできた。
「つまり、こういう事」
「へー、そういう事か」
一週間以内にISの基本知識を覚えろと強く言われたためか、ノートを開きながらの解説を一夏は熱心に聞いていた。地頭はすこぶる良いのか、丁寧に説明すればあっさりと理解する。
すると次の瞬間、横から誰かが口を挟んできた。
「ちょっとよろしくて?」
「ん?」
真っ先に反応したのは一夏だった。彼が振り向いた先には、まさしく英国淑女といった感じの女子がいた。長い金髪ロールと青いカチューシャ・イヤリングが特徴だ。
「まぁ! なんなのでしょう、その口の聞き方は。わたくしが何者かご存知なくて?」
「へ? いや、えーと……」
いきなり捲し立てられた一夏は敢えなく口ごもる。彼女が誰かわからないようなので、俺はすかさず助け船を出した。
「イギリスの代表候補生、セシリア・オルコットさん……ですよね? お初にお目にかかります」
起立して一礼するのも忘れない。これにオルコットさんは気を良くし、フフンと誇らしげな顔をしながら話を続ける。
「そちらの方はご存知のようですね。なら話は早いですわ。貴方の先ほどの授業風景に見かねて、わたくしが直々にISの事を教えて差し上げてもよくってよ? 何せわたくし、優秀ですから」
「それは願ったり叶ったりだけど……代表候補生って何だ?」
そう聞き返す一夏に、今度のオルコットさんは静かに目をつむって俯いた。苦い表情で人差し指を額に当てている事から、彼に無知具合に頭を悩ましているのが伝わる。
はいはい、フォローフォロー。ノートを手にした俺は代表候補生について纏められた部分のページを開き、それを一夏に見せる。
「エリートだよ。人によっては国家代表になる前からISの専用機が渡される」
「へー、すごいんだな」
「……バカにしてますの?」
あまりにも軽い一夏の反応に、ついついジト目になって言葉を返すオルコットさん。それ以前に、代表候補生の凄さを一夏はわかっていないようだった。
「オリンピック出場を目指す選手みたいなもん」
「あっ、なるほどな! それならスッゲーわかる」
ここで俺が補足すると、一夏はすんなりと納得した。こうしてみると、ISの参考書を捨ててしまった話の信憑性が余計に増すというものだ。逆にすごい。
対してオルコットさんは、俺の例えに微妙な顔をしていた。代表候補生とオリンピック選手を同列に扱うなと言いたげだが、意外と適切な例えだと思ってか反論しかねている節がある。
その時、二時限目開始を告げるチャイムがなった。オルコットさんはまだ言いたい事が残っているようだが、「また後で来ますわ!」とだけ述べて自分の席に戻っていった。俺たちも早く次の授業に備えないと。
※
ある日、一人の研究員がパソコンで日記を書いていた。その内容とは、トランスチームシステム絡みに対する感想だった。詳細は次のようになる。
~ ISコアの代わりとなるバットフルボトルを起動させるトランスチームガンの構造は、それなりにシンプルなものだ。CTスキャン等をした結果、単体でエネルギー弾も発射できる事が判明した。システム回りも、特にブラックボックスはなかった。ただ、分解しようとしたら謎の力が働いてネジの一本すら回せなかったのが不可解だった。
トランスチームガンの複製自体は可能だと思われる。しかし、バットフルボトルの起動はともかく、第三者が単にトリガーを引いてもエネルギー弾が不発した事から、個人認証とは異なる方法で持ち主を識別している模様。組まれたシステム自体が既存のISと比べても簡単なため、こればかりは初期化でどうにかなる問題ではないだろう。装着の方も後述しておく。
また、肝心のフルボトルの解明が進んでいない。スマッシュフルボトルも、バットフルボトルも単純明快すぎたのだ。ボトルの中身に未知のガスが込められている。それだけだ。IS研究者なめてんの?
ナイトローグの装着プロセスも解明済みだが、試しにテストパイロットがやってみてもエラーとトランスチームガンから音声が流れるだけ。上手く行くのはバットフルボトル装填時のみだ。条件さえ合えば、誰にでも使えるような雰囲気はある。
解析の鍵となるのは、ネビュラガス・ハザードレベル・ボトルの浄化の三本。どれも情報源が日室弦人少年の証言のみで信頼性は低いが、何も手がかりがないよりはマシだ。ネビュラガスは真っ先に存在を証明できそう。どうせスマッシュフルボトルの中身だろ?
スマッシュフルボトルと言えば、迂闊に中身を開けたら近くに人間に成分が飛び出し、スマッシュという名の怪人にしてしまうらしい。なんて眉唾物なんだ。ぜひ確かめてみたいが、もちろんネズミスタートだな。……ネズミの怪物化とか、かなり予想できないけど。少し怖い ~
「はぁー、肩こった……。トイレ行こっと」
そうして研究員はトイレ休憩を挟みに行った。その傍らでは、この研究チームの主任が部下から一つの報告書を受け取っていた。
主任は報告書を読みつつ、部下の説明を耳にする。そして眉間にシワを寄せながら、ゆっくりと溜め息を吐く。
「そうか。スチームブレードの解析も済んだか。だが案の定、安全装置が働いていたのかバルブを回しても特に変化はなかったと」
「はい。日室くんの証言が正しければ、スチームブレードからネビュラガスとやらを出せるようなのですが……」
「少しでもわかるだけマシだ。当面はスマッシュフルボトルでのマウス実験となるな。摂取した微量の成分が地球上に存在しないもの、というのも非常に気になる」
普段のIS研究と比べれば、驚くぐらいにトランスチームシステムは解析できた。まるで子どもの宿題みたいだと主任は感じるとともに、頑張ればモノにできそうな未知なる技術へ思いを馳せる。
ボトルの成分を検索した時、データベースに該当するものが一件もなかった衝撃は今でも鮮明に覚えている。実質、地球の中ではISをゼロから組み立てる事など不可能だと言っているようなものだからだ。だが、諦めるには早すぎた。
トランスチームガン本体はあらかた調べ終えた。後はフルボトル・ネビュラガスの研究のみで、これさえ上手く行けば別アプローチでのISコアの生産が可能となる。それが意味するのは技術停滞からの脱却と進歩、革新。ISの生みの親である篠ノ之束に依存せずとも、独自での開発が叶うのだ。
また、トランスチームシステムによって男性もISを使える可能性も開拓される。そうなれば女尊男卑の社会は元の形へ逆転し、少なくとも女から男への差別は消えうる。夢を見ずにはいられなかった。
Q.京……水……?
A.いいえ、彼……じゃなくて彼女はれっきとした女です。立派な乙女です。漢女ではないのがミソです。
Q.動物にネビュラガス……?
A.そんな描写は未だに確認できていませんが、できるんじゃないかなぁ……。ファウストもマウス実験は必ず通っていたと思います。