次の授業で教壇に立ったのは、副担任の山田先生ではなく担任の織斑先生だった。ISの各種装備の特性について教鞭を振るうそうだ。だが、その前に――
「その前にクラス代表を決める。一度決まれば一年間変更なしだ。自他推薦は問わない」
そういう事を言ってきた。ここでのクラス代表とは普通の学校でのクラス委員長の仕事に加えて、ISを使ったクラス対抗の代表試合とかやるらしい。戦い事はナイトローグにとって非常に縁起が悪いので、個人的には辞退しておきたいものだ。
そんな俺の思惑とは対照的に、他のクラスメートは楽しそうにざわめき始める。そして、誰よりも先んじた女子が声高らかに他薦した。
「はい! 私は織斑くんがいいと思います!」
「あっ、私も! 織斑くんを推薦します!」
「お、俺!? いやいや、辞退するって!」
不意を打たれたと言わんばかりの様子で、一夏はしどろもどろになりながらも辞退を宣言する。しかし、それを許してくれるほど織斑先生は温くなかった。
「他薦された者に拒否権はない。こうなったからには覚悟は決めておけよ」
「そんな……よし、じゃあ俺は弦人を推薦します!」
一夏は落胆するのも束の間、躊躇なく俺へと矛先を向けた。
「あっ、コイツやりやがった」
「すまん、道ずれだ。許してくれ」
口を尖らせる俺に、合掌して謝罪の意志を伝える一夏。こうなってしまったからには、もう周りの空気は変えようがない。
「はいはい! 私は日室くんで!」
「あぁん、ワタシも! ワタシも日室くんがいいわ!」
次々に俺を推薦する声が飛び交う。今のところ立候補は俺と一夏の二人だけだが、最終的には多数決で決まる事だろう。この場合の多数決で負けるために重要なのは、印象操作だ。自分で自分にマイナスイメージを押し付けて、周りからの評価を下げる寸法だ。
もしもこのまま事が進んでしまえば、おそらく一夏も俺にクラス代表の座を押し付けようと策を練るだろう。己の印象を下げるなりして。なんて最低な戦いなんだ。
「ちょっと待ってください! このような選出方法は納得いきませんわ!」
すると、机をバンと叩いて立ち上がったオルコットさんが声を荒げさせた。確かに、本人の意志を不意にするような真似は納得いかない。彼女の言う通りだ。
それから間を置かずに己の主張が始まる。ぜひ、この調子で自ら立候補してほしいものだ。ついでに、全員が多数決でオルコットさんを選んでくれるように話を誘導してくれると助かる。静かに拝聴させていただきます。
「実力から行けばわたくしがクラス代表になるのが当然! それを珍しいからという理由で極東の猿にされては困ります!」
……極東の猿? 鼻につくような態度と自信はこの際置いておくとして、いきなり雲行きが怪しくなってきた。悪口がまるでエスカレートしそうで、嫌な予感がする。
いや、まだ信じよう。伊達にオルコットさんは代表候補生ではない。己の身分の高さを弁えているのなら、そんな下手な発言はしないはずだ。素晴らしいご高説を期待しています。
しかし、俺が勝手に抱いた期待はすぐに裏切られるのだった。
「いいですか? クラス代表は実力トップがなるべき。そして、それはわたくしですわ! そもそも、文化としても後進的な国で暮らさなければならない事自体、わたくしにとっては耐え難い苦痛で――」
「イギリスだって似たようなもんだろ。世界一不味い料理で何年覇者だよ」
「サブカルチャーは偉大だと思います」
オルコットさんの聞くに耐えない演説を妨げるようにして、一夏と俺が口を挟む。すると、面食らったオルコットさんはたちまち口を閉ざした。次に彼女は俺と一夏を交互に見やり、迷わず一夏の方に鋭い視線を飛ばす。
あからさまに怒っている。長い金髪が逆立ちそうな勢いだ。わなわなと肩を小さく震わし、一夏へ明らかな怒声をぶつけた。
「あっ、あなたねぇ! わたくしの祖国を侮辱しますの!?」
「朝食を三回食べればいいと思います」
そして、俺が再び喋るとオルコットさんの怒りはたちまち消沈する。その傍らでは、一夏は俺へばっと振り向き、意外そうな表情をしていた。
やがて冷静さを取り戻したオルコットさんは、おそるおそる俺に話し掛ける。
「日室さん……でしたわよね? あなた、一体どちらの味方ですの?」
「できる事なら愛と平和を重んじたいです」
「答えになっていませんわ」
特に意味もないのでどちらも敵に回したくないだけだ。穏便に済ませられるものなら、とりわけ中立を保つのに越した事はないだろう。ここで喧嘩しても、どうせお互いに後で平和が一番だって思うのだから。
「織斑、オルコット。互いに口を慎め。ここがどこだと心得ている。世界中から人が集まる場だぞ? 特にオルコット、候補生の自覚があるなら他国を貶める発言はやめておけ。品位と礼儀を問われる」
その時、織斑先生が仲裁に入ってきた。ようやくといった感じだが、教師であるために発言力は絶大だ。オルコットさんは途端に黙り込み、すぐにハッと我に返った顔になる。
気が付くと、オルコットさんに向ける日本人クラスメートの目が厳しくなっていた。だが、一夏はばつの悪そうな顔をしている。オルコットさんを直視する事はなかった。まぁ、お互い様だからな。人の事を言えない。
失言してしまったオルコットさんは慌てふためきながら左右を見渡し、最後に織斑先生を真っ直ぐ捉えて頭を下げる。
「あっ、いえ、その……申し訳ありませんでした」
「私だけに謝っても意味はなかろう。だが、選出方法の主張には一理ある。これ以上、立候補者がいないようなら、この三人でISを用いた勝負をおこなう。日時は来週の月曜の放課後。場所は第三アリーナ。三人はそれぞれ用意しておくように」
織斑先生によってこの場は収められ、一夏とオルコットさんの間に起きそうだった対立は音もなく消えていく。口をぎゅっとつぐんだオルコットさんは、ゆっくりと自分の席に戻るのだった。
さて、図らずともクラス代表の選定は俺の予想していたものの斜め上を越えてしまったぞ。例え大勢にとって納得が行くような処置だとしても、どうしてこうも多数決で物事を解決できないのだろうか。誠に遺憾の意である。
なので、織斑先生が授業再開を宣言する前に俺は咄嗟に挙手した。
「はい! 自分、辞退したいんですけど勝負には強制参加ですか?」
「そうだ」
「内容変えましょう! 無人島脱出とか――」
「ダメだ」
「オセロ!」
「ダメだ」
「チェス! 囲碁! 将棋!」
「ダメだ」
「かるたぁ!!」
「いい加減にしておけよ」
織斑先生のドスの入った声に恐れを成してしまった俺は、自身の身体に金縛りが起こったような感覚を抱きながら、すごすごと引き下がる。この決定事項は覆せないと察するのに、それほど時間を要さなかった。
それではパンドラの箱を開くが如き行為……ナイトローグの過去の戦績を振り返ってみよう。
華やかな結果を納めた第一回戦。相手は仮面ライダービルド、ハリネズミタンク。ビルドの攻撃を簡単にいなし、強者の風格を見せつけて退却。比較的ボコボコにされたのはビルドであるので、ナイトローグの勝利とする。
第二回戦目。相手はビルドと生身の万丈龍我。比較的優勢だったが、北都へ向かう二人の追撃をブラッドスタークに邪魔される。別に負けていた訳ではないので白星としておこう。
第三回戦目。再び相手はビルドと万丈。USBメモリを巡って交戦したものの、スタークに邪魔された事もあって二人に持ち逃げされる。目的のものを取れなかったけど、肝心なのは中身のデータで新型のライダーシステムやその他を完成させる事なので結果オーライ。一応、白星で。
第四回戦目。ビルドの所持しているフルボトルのほとんどを奪うものの、途中でキードラゴンフォームに変身される。割りと痛手を受けたが、フルボトルをそのまま持ち逃げする。……前半戦は優勢だったので、白星でお願いします。
第五回戦目、VS仮面ライダークローズ。ここでまさかの敗北。ドラゴニックフィニッシュの直撃を受けた後は、霧ワープで撤退するのであった。
第六回戦は、変身者がスケープゴートにされた内海くん。海賊レッシャーにぼろ負けする。これは仕方ない。素直に黒星だと認めるべし。
第七回戦目。クローズとビルド海賊レッシャー、スタークとの乱戦。スタークにパンドラボックスを奪われたりと、かなり散々だった。勝敗は特についていないので引き分けで。
第八回戦目。誰もが愕然としたであろう、ブラッドスタークとの戦い。文字通り、完全敗北を喫した。
遂にここまでやって来た第九回戦。気合いでクローズを変身解除まで追い込むものの、ビルドのラビットタンクスパークリングフォームには敵わず敗北。一勝一敗。
そして、悪あがきとも呼べる最終戦。パンドラボックスを持ち逃げしたナイトローグは、追撃に出たビルドに対して飛翔斬を発動。しかし、スパークリングに片手で受け止められてしまい、変身解除されるまで打ちのめされる。
ここまでの戦績をまとめると、五勝五敗一分け。なんと、勝率五割を切っているのだった。さらにストロングスマッシュとの戦いをノーカウントとする俺の分も加算すれば、五勝六敗一分けとなる。落ちぶれた時が非常にハッキリしていたので、これは本当に酷い。敗北数を更新してしまった俺にも責任がある。
これ、俺はどうすればいいと思う? 勝とうにも対戦相手には代表候補生のオルコットさんがいる。一夏はさておき、まず彼女には微塵として勝てないだろう。年季が違いすぎる。
いや、逆に考えるんだ。負けちゃってもいいのさと。幸い、手元にはバットフルボトルのみ。ナイトローグに変身できない以上、俺が乗るのは訓練機であるのは必定。すなわち、そこで負けてもナイトローグの名に傷をつける事にはならない。よし、やったぞ……!
「弦人? おーい」
「……あ」
そんなこんなで、気がつけばお昼休み。一夏に呼び掛けられた俺は、ふと思考の海から浮上してきた。
「あっ、覚醒したな。昼飯食いに行こうぜ」
「え、あ、うん」
そのままの流れで彼からの誘いを受ける。親睦を深めるにはちょうど良い機会でもあったから、好都合だ。
だが、この時の俺は知らなかった。まさか翌日になって、織斑先生の口からあんな言葉が出るとは――
Q.やめろぉ! ナイトローグの戦績なんて見たくなぁい!
A.真実から目を背けてはいけません。これをバネにしましょう。
Q.ナイトローグどブラッドスターク。一体どこで差がでたのか……
A.やはり戦闘技能もダイレクトに反映されますね。