初めての放課後。山田先生から寮の部屋番号の書かれた紙と鍵をもらった俺と一夏は彼女に言われた通り、道草せずにまっすぐ寮へ帰っていった。
校舎から学生寮までは五十メートル足らず。自分たちのそれぞれの部屋を目指す道中で、一夏は首を傾げて疑問を述べる。
「なぁ、どうして俺たちの部屋が別々なんだろうな?」
「さぁ……ガガとギギの腕輪でも揃ったんじゃない?」
「何言ってるんだよ」
「冗談。俺への処遇はわかるとして、どういう事なんだろうね?」
俺の場合はトランスチームシステム解明の手掛かりとして、ISコア生産の可能性とかも割りと高く秘めている。恐らくISのバリエーションとしてはトランスチームシステムが初なので、重要度では言えば一夏よりもオプションで上回っている訳だ。こんな金の卵を誰が逃すのだろうか。
ただ、それでも最初から俺と一夏が同室ではない理由にはならないし、弱すぎる。単に書類審査とかで部屋割りに手こずって間に合わなかった可能性は、あまり考えないでおく。きっと、誰かに直接監視を任せる手筈なのだろう。
結局、何もわかっていないので俺の答えは曖昧なものに留まっていたが、今度は一夏が考える番となった。
「へ? 処遇って……どういう事だ? 俺だけに後から個室用意されるってのは引っ掛かるけど……男子同士の共謀とか脱走とか恐れてるのか? 保護と監視兼ねるなら、纏めた方が何かと楽だろ」
その通り。個室用意は一夏だけというのも、山田先生のお言葉だ。俺の分を追及したら「ご、ごめんなさい!」とおどおどしながら謝っていたのが目に新しい。
その直後に織斑先生も来たのだが、二人は会議を間近に控えていたので細かい質問は最後までできなかった。ただひたすら、山田先生の謝罪の一点張りだった。
「理由はわからないけど分断させたいのは確かっぽいな。……ヤバい、社会の闇に触れてるような気分で怖くなってきた。どうしよう、俺の部屋のもう一人の住人と会いたくねぇよ。変に推測するんじゃなかった……」
そこまで言ったところで、俺は目に見えない恐怖に怯える。よく考えれば気づく事だったけれど、不安になるのなら頭の中お花畑の状態がずっとマシだった……。
ナイトローグは霧ワープでお手軽に長距離移動を可能とする。それはトランスチームガンでも然り。俺を常に手元に置いておきたい人たちにとっては、逃がさないようにしておきたいと当然考えるだろう。その方法としては色々あるのだろうが、彼らが一番回避したいのは俺と一夏、両名の失踪だ。トランスチームガン一丁あれば実現できるのだから、部屋割りにまで神経質になるのは間違いない。いつまでもトランスチームガンが返還されないと、大勢の研究員が求めているナイトローグのデータ収集ができなくなるし。
偉い人たちの仕事は、想定外の出来事を想定しておく事も含まれている。逃げませんとは口でどうと言える。肝心なのは最悪の事態を回避したり、未然に防ぐ事だ。別に手段を問わないのであれば、それはもう恐ろしい事まで想像できてしまうのが人間だった。
すると、俺の言葉から色々察した一夏は顔を青ざめさせた。それでも精一杯、俺を勇気づけようと声に出す。
「安心しろ、弦人。俺も少し怖くなってきた」
安心できるかよ、バカ野郎。皆で行けば怖くない理論が当てはまるものか。
しかし、いい加減に部屋を訪れないと休めないのも事実。荷物もそこに置かれているので。
実際、俺たちは既に一年生寮の廊下に到着していた。それぞれに割り当てられた部屋番号を再度確かめてみれば、T字路を進んだ先で二手に別れてしまう事になる。同居人が判明していない現状で別行動を取ってしまうというのは、何かと心寂しかった。
「いいか、どんなに離れていても俺たちの心は繋がっている。境遇は似た者同士。この学園で唯一、お互いの真の理解者になれるからな。……じゃあな、逝ってくる!」
「グッドラック」
そうして覚悟を決めた一夏は、そそくさと自分の部屋へ向かっていったのだった。彼の部屋の同居人が、怖い人ではない事を切に祈る。
さて、そろそろ俺も目的の部屋へ進もう。口八丁で頑張れば、きっと同居人とも仲良くなれる。そう悲観する事はない。上手く行ったら、例え相部屋でも住めば都と化すのだから。
敢えて前向きに思考し、とうとう扉の前で佇む。何度も深呼吸を繰り返し、初めにノックをしてから「失礼します」と言って入室を果たす。鍵が空いていたのが無性に俺の恐怖心を掻き立てるが、迷いはどうにか振り切った。
トランスチームシステム以外にもたくさん望むって言うなら上等だあぁぁぁ!! エイリアンがなんぼのもんじゃい! デビルスチームぶちこむぞコラぁ! 悪い子はしまっちゃうぞぉ!
「あー! ヒムロンだー!」
「布仏、さん……?」
だが予想に反して、中にいたのはクラスメートである布仏本音その人であった。のほほんとした緩い雰囲気を常に醸し出し、袖が長い制服から袖の長いゆったりめの私服に着替えている。
「もしかしてヒムロンが私の同居人? やったー! 」
「え、マジ?」
俺が目を疑っている側で、両手を上げて喜びを表す布仏さん。相手が怖い人でなくて助かったが、この突拍子のなさそうな人選がにわかに信じがたかった。
見ればわかる、この人に監視とかそういうのに向いていないと。むしろ下手な隠し事はせずに開き直り、堂々とするタイプだ。伊達にのんびりとしている感じではない。
「ねぇねぇ、あそこのベッドの隣の荷物がヒムロンのだよね?」
布仏さんにそう言われ、急いで確認を取る。部屋の中に置かれたベッドは二つあり、窓際の方のベッド脇に見覚えのある荷物が放置されている。
「……マジか」
「うん、そーだね」
唖然とする俺に相槌を打つ布仏さん。もっとこう……絶対に仲良くなれなさそうな人がいるかと思っていた。だから、意外と予想外な相手に空いた口がなかなか塞がらない。
この後、一先ずさっさと荷ほどきを始めるのだが、作業が終わる寸前で布仏さんの友達が訪問してきた。俺のクラスメートで髪の毛を後ろだ二本に纏めているのが特徴の谷本癒子と、ロングヘアーでヘアピンを留めている鏡ナギの二名だ。そして、布仏さんと三人交えてお菓子を片手に雑談するのであった。
居心地は微妙だ。荷ほどきをしている間はそちらに集中できたので良かったものの、全部済めば気まずさに向き合わなければならない。楽しく話している三人を他所に、俺はじっと自分の机の前で座っていた。頬杖を立ててバットフルボトルを凝視しながら、次にどうするべきか決めあぐねる。
その時、谷本さんが声を掛けてきた。
「ねぇ、日室くんもお菓子食べない?」
「いや、遠慮しておきます。夕食前だし、場違いだし……ちょっと空けるんで三人でどうぞ」
夕食の時間まで適当に歩き回って時間を潰そう。そう思った俺は彼女の誘いを断り、部屋からとっとと出ようとする。
しかし、寸でのところで布仏さんが正面に立ち塞がる。ニコニコと笑顔を絶やさない彼女は、のびのびとした調子で俺の前にお菓子を差し出す。
「まぁまぁ、そんな事は言わずに。美味しいよ?」
「じゃあ、一つだけ……」
気後れしながら、布仏さんの持つ箱の中からラングドシャを一つ摘まむ。別方向からは谷本さん、鏡さんの妙に耐えがたい視線が飛んでくるので、ぼけっとしている場合ではなかった。一気に口の中に放り込み、黙って咀嚼する。
サクサクとした食感に、二枚の薄焼きクッキー生地の間に挟まれたチョコがちょうど良い味のアクセントを生む。最初に味わうのがクッキー生地なので食べごたえがあり、途中で飲み物が欲しくなるだろうが何枚でもイケそうだ。美味しい。
あぁ……お菓子なんて何年振りになるのだろうか。無人島生活では絶対に叶わない美味しさと甘さだ。過去に甘味を求めていた人々の気持ちも、今ならわかる気がする。これは、良いものだ……。
「日室くん!? 急にどうしたの!?」
ラングドシャをしっかり噛んでから飲み込むと、いきなり谷本さんが慌てふためく。気がつけば、俺は涙を流していた。
たかがお菓子一つでここまで涙が溢れてしまうなんて。感極まるにも程がある。しかし、いくら堪えようとも止まりそうにない。咽びそうになるのを我慢して、どうにか三人に説明する。
「ごめん、五年ぶりにお菓子食べたから感極まっただけ……本当にごめん。お菓子食べて泣くなんておかしいよな」
「ううん、美味しいもの食べて感動するのをおかしく思わないよ! ……ところで、五年ぶりって?」
即座に鏡さんが励ましつつも、ちゃっかり質問を投げてくる。なかなか抜け目がない。
「十歳の時から五年間無人島暮らし」
「「えぇっ!?」」
何気なく答えてみれば、三人とも案の定のリアクションだ。とても信じられないといった顔をしている。わかるよ。
「うん……それじゃ、外行ってきます」
「あっ、待って待って! せっかくだからまだ食べていかない? お菓子たくさん残ってるよ!」
「こっちのもどうぞ!」
「ヒムロンってラングドシャが好きなの?」
早く部屋から立ち去ろうとした瞬間、谷本さんたちに容易く引き留められる。同情も入っていたのだろうが、それでも彼女たちの親切心に感謝すると同時に、俺がもらってばかりで申し訳なく感じた。この恩はいつか返そう。
ちなみに、布仏さんに愛称である“のほほんさん”と呼んでほしいと言われたのはここだけの話。
※
「ああ、そうだ。織斑、お前のISだが学園で専用機を用意する事になった。日室も合わせてナイトローグを返還される。だから少し待て」
翌日の四時限目の授業中、織斑先生はふと思い出したかのようにそう告げる。一年生で専用機を与えられるなんて事は非常に珍しいので、この直後で教室が騒がしくなったのは語るまでもない。その他にも篠ノ之さんの姉がISの生みの親である事実も明かされたりするが、割愛しておく。
そしてお昼休み。ナイトローグ参戦確定にうちひしがれていると、瞬く間にオルコットさんがやって来た。俺と一夏に用があるみたいだった。ちょうど俺たちが正面に見据えられる位置まで移動し、話を始める。
「安心しましたわ。まさか訓練機で対戦しようとは思っていなかったでしょうけど。まぁ、フェアではありませんよね? わたくしも専用機を持っているのですから」
「え!?」
オルコットさんの専用機所持宣言に面食らう一夏。先日とは反応は違い、その範囲まで勉強を教えた甲斐あってかなり驚いていた。相応のリアクションだ。
一方の俺は、学園に来る前から世間の事を知ろうと調べものをしていたので、彼女がISを持っているのを事前に把握している。今更そんな情報がなんだって言うんだ。
「ちょっとお待ちになって? 人の話は最後まで聞いてくださらない?」
俺がおもむろに席を離れようとするや否や、オルコットさんに呼び止められる。振り返ってみれば、彼女の表情に余裕の色が一切なく、どこか鬼気迫るものがあった。真剣な話をしているのだと、伝わってくる。
しかし、俺にも余裕がないのは確かだ。このまま悠長としていては、ナイトローグの汚名を返上するどころか挽回してしまう。一刻の猶予もなかった。早く昼食を食べて、来週の勝負への備えをしたい。
「ツバサを捻って問い詰められる……」
「へ?」
「このままじゃ、コウモリのツバサを捻って問い詰められるんだよぉ!」
小首を傾げたオルコットさんに思わず叫んでしまった俺は、そのまま教室を飛び出る。だが理性は僅かながら残っていたので、廊下は走らずに早歩きするのだった。
「おい、弦人!?」
一夏の制止を振り切り、大急ぎで学食へ移動する。こうなってしまったからには、やる事は一つ。食事を終えた後に訓練機使用の受付に行って、バットフルボトル片手にハザードレベルを上げる。
やはり甘かったんだ。戦わずしてナイトローグの再評価を目指そうだなんて。できれば限界集落の農業のお手伝いとかをしたかったが、もう覚悟を決めるしかない……!
「日室くん? もしもーし!」
「ハッ!」
急に聞き覚えのある声が間近にしたので、俺ははからずも急に立ち止まる。いつの間にか、鏡さんが俺と並走していたようだった。その後ろには、谷本さんとのほほんさんが遅れて付いてきている。
「もー。急に教室出るんだからびっくりしたよ。せっかくお弁当作ったのに」
「あっ、そうだった……。ごめんなさい、うっかりしてた」
そう言って眉をひそめる鏡さんの両手には、一つの弁当箱が収まっている。思い出してみれば昨日、彼女に弁当を作ってあげると言われていたのだった。その時に昼食をともにする約束もしていた。ナイトローグ参戦に取り乱して約束事を危うく放り投げかけるなんて、恥ずかしい限りだ。
俺が早くも謝罪すると、鏡さんは「いいよ」と快く許してくれる。ありがとうございます。
「早歩きに追い付けないなんて、さすが男の子……」
「ヒムロン、待って~!」
それから谷本さんとのほほんさんも、ようやく俺に追い付く。その後は三人たちと一緒に学食へと移動するのだった。
Q.アカン! まだ勝負は始まっていないのにナイトローグが負けてしまう! 敗北因子が発動するぅ!?
A.大丈夫。死亡フラグを乱立すれば生存フラグに変わるように、敗北フラグを乱立すれば勝利フラグに変わります。きっと。彼の勝利を祈ってあげてください。
Q.ヒロイン誰?
A.一夏ハーレムは維持しておく方針です。アレは放っておいた方が見ていて面白いので。
Q.おい内海。ローグが反乱したぞ。消滅スイッチ使わずにお前もナイトローグに変身して戦えよ。
A.トランスチームガンしか出さなかった内海、絶対許さねぇ!!
以下、茶番。
出してぇぇぇ!! ナイトローグをまた地上波に出してぇぇぇ!! 俺は目に焼き付けなくちゃいけないんだ、ナイトローグの活躍を!
……はっ! 内海さん、内海さん! みーたんからエボルドライバー奪ってないで蒸血してくださいよ、内海さーん!
なんで……なんでこうなるんだよ。俺はただ、ナイトローグのカッコいいところを見たいだけなのに……(サラサラ……