「織斑先生。私が海中のスマッシュと戦っている時に海が大爆発したそうですが、一体何が?」
「生きてたか、楯無」
「はい。危うく巻き添えを喰らうところでした。まさかの出来事にスマッシュたちもあーんぐり。もちろん、その隙を見逃さずに撃破していきましたけど」
「ならいい。その件は既に済ませてある」
「え、教えてくれないんですか? いけずぅ。ところで、その近接ブレードぼろぼろですね」
「ああ、スマッシュを三十体斬り伏せただけでコレだ。交換するのは二本目になる。私も腕が鈍った……」
「そんなご謙遜を」
(つまり、この人は単独で九十体も倒してるって事? 量産機で? わぁ化け物)
「一応、私は人間なんだがな」
(心読まれた!?)
気づけばナイトローグは、一人で閑静な夜の住宅街にいた。味方とは離れ離れとは言え、寂しさに際悩まされないが。
ここは敵地。罠の一つや二つは想定の範囲内。すぐさま気持ちを切り替え、人質の救出を遂行しようとする。
手早く通信障害を確認し、ここが少なくとも普通の街ではないと把握する。エニグマ内部がパンドラタワーのように変化するのであれば、これほど面倒なトラップはそうそうない。最上に招待の意志がなければ、とっくに追放されているだろう。彼のその遊び心に不本意ながら、ナイトローグは感謝した。
まずは出口を探し、周囲を歩き回る。自動車や人の通りは一切なく、並び立つ住宅が明かりを灯しているぐらいだ。実体はあり、ホログラムではない。
「キャアアァァー!!」
すると、近くで悲鳴が聞こえた。急いで駆け付けると、目の前の民家から慌てて走り去るマスクの男を見つける。大事そうにバッグを抱え、右手に持つナイフには真っ赤な血が大量に付着している。
明らかに事件だ。これが最上の用意した罠の一種だと念頭に置きつつも、今は何かしらの手掛かりや情報は欲しい。男を捕まえるついでに、可能ならば接触を試みるのだった。
そうと決まれば話は早い。全力疾走すれば、あっという間に男の前へと回り込む。突然のナイトローグの登場に男は、酷く狼狽しながらナイフを振り回した。
「な、何だテメェ!? コスプレイヤーが邪魔すんなぁ!!」
一瞬、コスプレイヤー呼ばわりに懐かしさを覚えるナイトローグ。正面にいる男の行動や仕草は機械的ではなく、その怯えようも過去に見てきた小悪党たちのそれと同じだった。
それから問答無用で男を捕まえようとして――伸ばした手が男の身体をすり抜けた。
「へ?」
間抜けな声を出した男は何度かナイトローグにナイフを突き刺してみて、それらが全て透き通るとわかるや否や、したり顔で彼の身体を通り抜けた。
すかさずナイトローグが男の肩を掴もうとするも、やはりすり抜ける。男は「ざまぁ!!」とナイトローグを馬鹿にしながら、暗闇の中に消えていった。
モノには触れられるが、人間とは会話できるだけ。そんな薄気味悪さにナイトローグは僅かにゾッとし、先程男が出ていった民家の方へ向かってみる。開け放たれたままの玄関から、並々ならぬ雰囲気が漂ってきた。
バラエティを流しているテレビ以外に一切の物音がしない。あの男が持っていたナイフの状態から、悲惨な光景が広がっている事は間違いない。頭の中でここがエニグマの内部だとわかっていても、ついつい固唾を飲む。
恐る恐るリビングへ訪れる。そこには、刺殺された母親と少女の死体があった。テーブルの上には誕生日ケーキが置かれてあり、チョコのプレートには平仮名で少女のものと思われる名前が書かれていた。
庇うようにして倒れている母親は背中に一撃。少女は胸部を一突き。それ以外の外傷は見当たらず、即死だった。呼吸や心臓の鼓動が聞こえない。身体にも触れられない。
気分が最悪になった。これが作り物のまやかしだとしても、趣味が悪い。さっさとリビングから出たナイトローグは、奥のキッチンの方で誰かが倒れているのに気づく。ふと行ってみれば、キッチンの床に横たわる男性の死体があった。首元が掻き切られている。
恐らく父親だろう。そう見当付けて、街の探索を再開する。後味悪い事この上ないが、この作り物の空間でしてやれる事は何一つなかった。これはただひたすら、訪れる人間の精神を攻めているだけだ。
民家から出て、取り敢えず住宅街を直進していく。軽々と屋根を飛び越え、着地しては走るを繰り返す。
その時、再びマスクの男を見つけた。しかし、先程の余裕とは打って変わって、恐怖の顔を浮かべている。あの慌てぶりは決してナイトローグから逃げているのではない。もっと違う何かから、男は追われていた。
今にも転けそうな走り方で男は、偶然出会ったナイトローグに縋り付く。向こうから自分に触れてきた事にナイトローグは驚くが、男はお構いなし。持っていたナイフは真っ二つに折れており、バッグを持つ手には斬り傷があった。
「ハァ……ヒィ……! 助けっ、助けてぇ! 化物がぁ! 化物がぁ!」
しがみついては一向に離れない男にナイトローグは頭を抱えるが、男がやって来た方向から現れるスマッシュを見ては態度が変わる。低い唸り声を上げながら剣を持って突撃してくるスマッシュに対して、トランスチームガンを連射した。
正面から光の弾丸を浴びるスマッシュは、大きく仰け反っては爆発四散する。あんまりな相手の脆さにナイトローグは肩透かしを受けた気分になるが、助けを乞うた男はたちまち邪悪な笑顔を浮かべた。
再び二人は互いに透き通るようになり、バッグを手に男は全力疾走していく。
「あばよぉ! この恩は忘れるぜ!!」
その行為は、まさしく最低のクズ。静かに男への怒りを募らせるナイトローグはそっと息を吐き、せめて路傍の小石を男の足にぶつけようかと画策する。
そして拾った小石を投げて――周りの景色が一瞬で変化した。
これで最上の罠という事が半ば確定した。取り乱さないようにと脳内で念押しし、深夜の大きな公園の中を歩いていく。
やがて遠くから若者たちの楽しそうな騒ぎ声が聞こえてくる。遠目から見ても、到底作り物とは思えない完成度だ。テーマパークでそれらの技術を使えば、子どもから大人まで楽しめる一時を提供できる事だろう。
ただし、それは性悪な出来事が繰り広げられていないに限る。
「ううっ……」
「おっさん! 俺たちはただお小遣いが欲しいだけだぜ? ほらほら、そんな蹲ってないでさぁ! オラァ!」
「ギャハハハハハハ!」
「や、やめ……財布返し――ぐへぇっ!?」
「んー、何だってー? 聞こえませーん!」
事案発生。仕事帰りだと思われる中年男性を、五人の若者たちがこぞってカツアゲしていた。その中でも偉そうな女子がグループリーダーのようで、隣にいるもう一人の女子と共に男たちへ指示を出しては大笑いしている。
男の一人が奪った財布をリーダーが受け取り、手にした大量をお札を目にして興奮する。その間にも、中年男性はリンチを受けていた。
先を急ぎたいナイトローグはぐっと歯を食い縛る。本心ではここはどうにか無視したかった。所詮作り物の世界では、一々介入するのも時間と労力の無駄だ。しかし、彼がナイトローグである以上、見て見ぬふりを貫くのは難しかった。
悩んで数瞬、ナイトローグは現場に駆け付けた。突然の彼の登場に、驚愕した若者たちの間で沈黙が訪れる。だが、それも少しだけ。何のためらいもなしに雑言を浴びせてくる。
「何こいつ、いきなり出てきて。キモくね?」
「コスプレとかマジないわー。てっ、あれ? コイツ触れねーんだけど」
「ホントだー! こんな幽霊初めて見たよ私! おい。今おっさんサンドバッグにして楽しんでんだけどさ、ついでにコイツ祟んね? ほらー! 泣き面とか最高にウケるんだけどー!」
素行が悪い若者たちに囲まれるナイトローグと、絶望に打ちひしがれる中年男性。ナイトローグは素っ気なくリーダーの前に進み、手早く財布を取り戻した。
「あ!?」
リーダーは素っ頓狂な声を出し、たちまちグループのナイトローグを見る目が変わる。幽霊と一方的に決め付けている割には物怖じしていなかった。
「おいテメー、財布返しやがれ」
そう言って一人の若者がナイフをちらつかせるが、そんなものはナイトローグの指二本で容易く折られた。パキリという小気味良い音が鳴り、敵意があっさり恐怖に変わっていく。
ナイフの残骸は適当に捨てられ、中年男性の元へ近寄るナイトローグから若者たちは徐々に距離を取る。ナイトローグは黙って財布を持ち主に返すと、苛立ち紛れに一つ言い放った。
「素直に生き方を変えるんだな。前科持ちになってからだと遅いぞ」
振り向きざまに伝えた言葉は作り物の世界において、結果的には何の意味も持たない。されど、何も言わずにこの場から立ち去るには、ここにいる人間たちがあまりにも本物と遜色なさすぎた。
《Hummer》
直後、ナイトローグの後ろでフルボトルの音声が流れる。咄嗟に振り返れば、スマッシュへと変身しながら巨大ハンマーを構える中年男性の姿があった。左腕には一本のフルボトルが挿され、狂気的な眼光が闇夜に煌めく。
よもや、ハードスマッシュに変身してくるなんて。それでもナイトローグは相手より一歩早く先んじて攻撃するが、前に出した手刀がスマッシュの身体を透過する。相手も同じようにナイトローグをすり抜けて、近くにいた若者二人を巨大ハンマーで殴り飛ばした。か弱い生身の肉体は一撃で死を迎え、十数メートルは軽く放物線を描いていく。
「うわあぁぁぁぁぁぁぁ!?」
「――ッ!?」
間髪入れずに、三人目の男が頭部を粉砕される。スマッシュにも物理的干渉が無理という事実にナイトローグは絶句し、この怪物の凶行を止めようとトランスチームガンを撃つ。
しかし、先程通用したはずのこれも何故か透き通ってしまった。近くにあったベンチを叩き付けてみると、大したダメージを与えられずに自壊してしまう。
残された女子二人は腰が抜け、まともに逃走もできなくなっていた。お互いに身を寄せ合い、ナイトローグを無視して歩み寄ってくるスマッシュに縮み上がる。
「ヤダ……! ヤダ……! 死にたくない!」
「イヤァァァァァー!!」
「やめろッ!!」
両者の間に割って入り、女の子たちを庇うナイトローグ。無論、その行動は水泡へ帰した。まるで純粋無垢な幼子が深く考えずに踏み潰していくアリのように、二人は振り下ろされたハンマーで上半身が潰れた。悲鳴を上げる暇もない、無惨な死だった。
潰れた上半身の肉片や血液が飛び散り、間に立つナイトローグを透過してスマッシュの身体が赤く染まる。呆然と立ち尽くすナイトローグの隣を、スマッシュが悠々と並んだ。
「ゴミは片付けしないとなぁ、特に社会のゴミは念入りに。それと、そんな社会のゴミを助けようとするお前も物好きだよなぁ? 何もできない癖に」
スマッシュはナイトローグの耳元でそっと囁き、込み上げてくる笑いを我慢しながら立ち去っていく。聞き捨てならなかったナイトローグが怒髪天の勢いでスマッシュにハイキックを入れてみると、こんなタイミングに限って攻撃がしっかり決まった。
背中を思いきり蹴られ、無様に吹き飛んでいくスマッシュ。それと入れ替わるようにして、またもや周囲の景色が変わる。今度のナイトローグの居場所は、高級レストランの中だった。
レストランは経営中。そんな時にナイトローグが客に混ざって存在するなど、浮いて仕方がない。だが、置かれた状況は意外にも緊迫していた。
銃を持ち、一階にいる客を人質に取る男。二階へと続く階段には、黒服の人間が男に向かって銃を構えていた。ナイトローグは黒服の横に立っている。
少し変わった展開にナイトローグは首を傾げ、突如男が喚き始めた。
「先生……二階にいる先生と話をさせろ! さもなきゃ人質を撃つ!」
「待て! 私が代わりに話を聞く!」
「ダメだ! SPが代わりになったって何の意味もない!」
SPと呼ばれた黒服は聞こえない程度で舌打ちし、ナイトローグに視線を送る。ナイトローグも何となく状況を掴んでくると、取り敢えずSP役になって成り行きを見守る事にした。
今までの流れから考えるに、今回の出来事もやはり誰かに触れる事ができないだろう。トランスチームガンを使っても、スカしてしまう可能性が高い。例えこの場にいる人々が仮想だとしても、無闇に血を流すのは御免被りたいところだった。とてもではないが、誰かが死ぬのを許す決意が固まらない。
しばらくして、この膠着状態に痺れを切らした男が、人質を取った真意をポロポロと吐露する。今にも泣きそうな顔で、悲壮感に包まれていた。
「香川先生はなぁ、収賄罪の身代わりになれば捕まった後でも面倒を見てくるって約束したんだ……。なのに四年前、あの人は俺の事を切り捨てた! 秘書として頑張ってた俺を、まるで再利用もできないゴミクズのように何の躊躇いもなく!! 俺は……俺は……先生が謝罪してくれればそれでいいんだよ!! 土下座すれば済む話なんだよ!! なのに何で出てこないんだチクショオォォォォォ!!」
「落ち着いて。土下座なら私が代わりに」
「違うんだよ! そうじゃないんだよ!」
だんだん荒れていく男を、SPが懸命になだめていく。二階の方も慌ただしくなり、カツカツと階段を降りていく音が響く。
「謝るのは貴方の方です」
凛とした女性の声がピシャリと放たれた。声がした方向にナイトローグたちの意識が向き、階段から降りてきた一人の女性が注目を浴びる。
また、その女性を止めようと他のSPがぞろぞろとやって来た。男の射線を阻もうとSPたちが前に立つが、女性は歯牙にも掛けない。進んで自分を守る肉盾から顔を出し、男を睨み付ける。
「今更こんな騒ぎを起こして……この恥知らず! 綺麗に死んで詫なさい!!」
鬼のような形相でそう言った女性に、SPの一人が「先生、いけません!!」と叫ぶ。それはいくらなんでも、露骨に男を刺激しすぎていた。
「こ、このやろおぉぉぉーッ!!」
女性の物言いに男は遂に激高し、三発連続で発砲する。いきなりの銃声に人質は揃って悲鳴を出し、SPたちが要人である女性の身を庇う。
しかし、その凶弾が誰かの命を奪う事はなかった。女性を狙った弾丸は全て、ナイトローグがキャッチして事なきを得ていた。
普通なら考えられない事象に誰もが驚き、言葉を発するのを忘れる。射撃手の男もナイトローグのやってみせた芸当に空いた口が塞がらず、銃を構える手がワナワナと震える。
次いで、キャッチされた弾丸が床に捨てられた。カランカランと転がり落ち、真っ先に女性がSPたちへ淡々と告げる。
「今、私に向かって撃ちましたね? ほら、SPの皆さん! あの犯罪者を捕まえなさい! もしくは射殺! 相手はまだ銃を撃ち尽くしていないはずですよ? 早くしなさい!!」
自分が殺されそうになった事実に対して怒りを表面化させる女性は、男に向かって養豚場の豚を見るような目をしていた。厳しい訓練を受けてきたSPたちですら動揺と困惑が抜け切れず、女性のいきなりの射殺命令に戸惑う。
そして、ただ突っ立っているのはナイトローグも同じだった。一か八かで試した弾丸キャッチに成功して安堵するのも束の間、ヒステリックになった女性の発言に耳を疑う。男を捕まえたいのはやまやまだが、弾丸は掴めても人間にはまだ触れない事は簡単に予想できた。
つまるところ、SPたちが動いてくれないと決め手に欠ける。とは言え、男の持つ銃の残弾が残っているのも確かだ。この一瞬にできあがった間を逃したせいで、迂闊に一歩踏み出せないのは変わらずとなった。
その後、男は発狂する。
「なんで……なんで素手で弾丸キャッチするんだよぉぉぉぉぉぉ!? うわあああぁぁぁぁぁぁぁ!!」
酷く表情を歪ませ、懐から取り出したのはスマッシュボトル。それを目にしたナイトローグがスマッシュボトルを奪おうとするのも刹那、開封された中身のネビュラガスが男の身体に纏わり付いた。
もはや男のスマッシュ化は止められない。ダメ元でナイトローグがそのままタックルすると、運良く接触ができた。スマッシュと共に窓ガラスへと突っ込み、外へ出る。
よし、このまま。触れるならやる事は一つ。ナイトローグは一切の躊躇もなく、地面に押さえ付けたスマッシュの顔面を殴った。バキリと生々しい感触が拳に伝わる――
かと思いきや、目の前にいたはずのスマッシュが忽然と姿を消した。自分が殴ったのは顔面ではなくコンクリート。またもや居場所が変わり、いつの間にか彼は高層ビルの屋上に移動していた。
完全に弄ばれている。やるせなさにナイトローグは嫌気が差し、屋上から飛び立とうとしたところで人影を見つける。元気の無いサラリーマンが、柵を越えた屋上の縁スレスレの位置に立っていた。ナイトローグの脳裏に嫌な未来が駆け巡り、とうとう屋上から飛び降りたサラリーマンの後を追い掛ける。
力無く落ちていくサラリーマンの元へそそくさに辿り着き、その身体を抱える。だが、条件反射で実行したのは良いものの、人間に触る事ができないという事を彼は頭の隅に追い払ってしまっていた。伸ばした手がサラリーマンをすり抜けた時点で結末を察し、着地と同時に至近距離で人間が飛び降り自殺する様子を目撃してしまう。高所からの落下で身体はバラバラとなり、扁平した頭部から飛び出た脳が辺り一面に散らばる。
ハッと我に返るナイトローグが次にいたのは、直視する事が憚られる陰惨な街中だった。そこかしこに横たわる遺体にスマッシュとは異なった怪人がたかり、それぞれ好きな部位に齧り付く。人間が怪人に食われていた。
その捕食スピードは尋常ではなく、完食するや否や別の場所へと移動していった。すり抜けてしまうナイトローグは完全に無視し、人間たちがいるところへと。
遠くの方で数々の悲鳴と銃声、怒声が聞こえてくる。怪人たちの姿に見覚えのあったナイトローグは、虚ろになりかけた目で「あぁ……」と納得した。こんな状況であればリアリティはまだ欠けている方なので、むしろ正気を保てた。
そこに、一体の青い怪人が満身創痍の姿でやって来た。生えている六本腕は全て千切れかけ、息も絶え絶えだった。
「俺は……俺はただ……生きたいだけなのに……!」
振り絞って出した声は悲痛さで一杯。今にも死にそうな青い怪人はナイトローグの元まで近寄ると、次に涙声で彼にこう訴えた。
「どうして……どうして俺が殺されなくちゃならないんだ!? 生きる事すら許されないなんて、もうどうすればいいんだ!?」
その問いにナイトローグは答えを導き出す事ができなかった。なぜなら眼下にいる青い怪人が、自分がよく知る怪人パンデミックの根源の一つであると理解しているからだ。それは人間に感染し、ゾンビのように食人衝動を宿らせては立派な化物に変異させていく。
もちろん、その出典の都合上、逆にここが完全に作り物の世界だと割り切る事ができた。この絶望と無力感に覆われている青い怪人を、救う事はしない。仮に現実だとしても、天才物理学者や指輪の魔法使いではない自分にしてやれる事は何一つなかった。
「俺にはどうする事もできない。同情するが……死んでくれ」
そうして冷たく突き放したナイトローグは、唖然とする青い怪人の額にトランスチームガンをかざす。相手に有無を言わせず引き金を引き、一発の光弾が眉間を撃ち貫いた。
それから場面は切り替わり、幻想的な荒野が広がる。ナイトローグは辺りを見渡し、頭上に浮かんでいる物体に気付く。
赤い兎と青い戦車を模した瞳。耳と砲身がちょうど角のようになっており、容貌はまずまず。仮面ライダービルドラビットタンクフォームの巨大な顔が宙に浮き、粛然とナイトローグを見下ろしていた。
変哲な巨大生首の登場にナイトローグはどうしていいかわからなくなった。驚き呆れて言葉がでない。お巫山戯にも程度はあるもので、ツッコム気力が失せていく。
だが、向こうから話し掛けてくれば無視する訳には行かなくなる。開口一番、生首ビルドが発したのはナイトローグへの煽りだった。
「可哀想じゃないか。助けを求めていたあの怪人を殺すなんて。人間のクズは助けたクセして、どうして見捨てた?」
「アレは俺には無理だ。作り物の世界だとしても、放置するだけで確実に大勢の人が犠牲になる」
ここで黙りこくれば敗北感が凄まじい。加えて相手は生首の状態でもビルドだ。ビルドに一方的に抱いている劣等感を少しでも拭うため、ナイトローグは即座に反論する。
「だから彼を捨ててその他大勢を救ったと? おいおい、それは“正義”じゃなくてむしろ“悪”って言うんじゃないのかぁ? お前は誰かを犠牲にしないと、自分の正義を貫けないのか?」
「俺はナイトローグだ。正義の味方ではない。その口を閉じろ、ビルド」
そこまで言って、ナイトローグはビルドに発砲する。見事脳天に命中するが、傷一つ付いていない。
「ビルド……そういえば、そんな風にかつて呼ばれていたか……。だが今は違う」
脳天を撃たれたビルドは物ともせず、自身の名を呼ばれた事に感傷に浸っていた。トランスチームガンを構えたままナイトローグが警戒し続けると、生首形態から元サイズの人型へ縮小していく。
それから悠々と地面に舞い降りて、一本の缶を取り出す。その缶を見たナイトローグの目の色が変わり、トランスチームガンを下げてビルドの行動を待ってやった。
『ラビットタンクスパークリング! Are you ready?』
「ビルドアップ」
『シュワッと弾ける! ラビットタンクスパークリング! イェイ! イェーイ!』
前後に張り巡らされたランナーが合体し、ビルドを包み込んだ刹那に大量の泡が弾ける。スパークリングへとフォームチェンジを果たしたビルドは、身体の調子を確かめながらナイトローグに語り掛ける。
「俺のこの姿はお前の意識が生んだ。何故ならお前がナイトローグだからだ」
自分の意識が生み出したと聞き、ナイトローグは遂に傍観者でいるのをやめた。スチームブレードを取り出し、両手持ちでビルドの様子を窺う。
指先一つの動きすら見逃さない。対してビルドは飄々とした態度で、敵意をぶつけるナイトローグに気さくに接する。
「そう怖い顔するなよ? 俺はお前の味方だ。お前の事なら何でも知っている」
スパークリングが味方など虫唾が走る。そう思った瞬間のナイトローグの速さは、これまでの戦いとは比にならないほどだった。ビルドの懐へ詰め寄り、スチームブレードを振るう。
すると、その斬撃は空振りに終わった。親切にビルドが囁いてくれなければ、背後に回った事さえ察知できなかった。
「都合の悪い事からは現実逃避か?」
腕だけを動かしてトランスチームガンを撃ち、当たる寸前にビルドの姿が消える。
「都合のいい力は信用して、利用して。そのトランスチームシステムは誰が与えたものだ? わからないよなぁ、気が付けば手元にあったんだから」
目の前に現れたビルドに、ナイトローグは立て続けに斬り掛かる。それをビルドはことごとくかわしていき、大きく跳躍してナイトローグから距離を取る。
ビルドからは遊んでいる節が真っ先に感じられた。されども実力自体は本物で、愚直に行動してはならないとナイトローグに冷静さを与える。ちょうど良い大岩へ着地したビルドは、大袈裟で芝居がかった仕草で言葉を続けた。
「ナイトローグナイトローグと、言葉遊びはもう止めにしないか? 自覚しているはずだ、お前のやっている事はただの自己満足に過ぎないって」
「黙れ……」
「世の中に善悪の概念がある理由を考えろ。そう遠くない日、吐き気を催すような邪悪の人間をスマッシュから助けるかもしれないぞ? さっき体験したようにな。そんな奴を必死漕いて助ける必要あるか、なぁ? もしもソイツがクズ親で、命を助けた次の日に自分の子どもを虐待死させたなら、いっその事見殺した方が幼い生命を守れる。悲しむ人間が少なくなる。確か、お前が助けたあの女はハザードスマッシュの少年を虐めていたそうだな。しかも殺されかけて反省した様子もなく、罵声を浴びせてきた」
「だからと言って、それが助けない事の免罪符になる訳じゃない。未来はかけがえの無いもの。未来ある限り、ヒトは変われる……俺もその一人だ!」
その程度のネチネチとした言葉でナイトローグの心は折れない。ビルドがあの日の事を指摘した事で嫌な記憶が蘇るが、それは既に糧となった。自分は諦めないとハッキリ断言し、それに呼応してバイザーが力強く発光する。
「ヒトは変われるぅ? ……どこかで聞いたセリフだなぁ!!」
すると、ビルドの纏った空気が豹変した。ラビットハーフボディ側から放出する泡の力で、残像を残すほどの速度でナイトローグに飛び掛かる。
真っ直ぐ突き出された左ストレートをナイトローグは防御し、仰け反る。内部から破壊されるような衝撃を受け、小さく声がくぐもる。間髪入れずに打ち込まれる右拳を、そのまま後ろに倒れる事でギリギリ回避した。
倒れる瞬間、手を地面に着いて素早く後転。振り上げた足がビルドの顎を狙うが、寸手で踏み留まられる。接地とほぼ同時に放ったトランスチームガンの光弾は、交差させた両腕で容易くガードされた。
咄嗟に翼を展開したナイトローグは、後方へホバリング飛行していく。これにビルドは足底で生成する泡を次々割っていく事で、圧倒的な推進力を獲得。飛行するナイトローグに追い付き、両腕の付いている刃《スパークリングブレード》を繰り出す。右腕の赤い刃は切断力に優れ、左腕の青い刃は刺突力に優れる。ビルド本人が高速回転する事で生み出されるパワーは、スチームブレードで捌くナイトローグの防御を崩した。
銀の装甲が火花を散らしながら斬り裂かれる。そのまま地面に叩き落とされると思われたが、逃げずに懐へ潜り込んだ彼にビルドは虚を突かれた。ダメージを臆さないその行動が、ビルドの腰を抱えて地面に投げ飛ばす事に成功する。姿勢を大きく崩したビルドは、土煙を上げながら派手に転がっていった。
《Bat. スチームブレイク!》
急上昇しつつ、スチームブレイクを放つナイトローグ。光の高速弾はビルドを狙い、ギリギリでかわされた。
直後にビルドも空高く跳躍。脚部から放出されては破裂する泡が足場となり、ナイトローグと共に空を駆けていく。自由に飛行できる彼と遜色ない機動で、激しい空中戦を披露した。
しかし、実際に行っているのがジャンプである限り、あくまで空中は直線的な移動でしかないビルドとナイトローグに歴然とした差が生まれていく。そろそろビルドの高速移動に目が慣れたナイトローグが偏差射撃をすれば、見事命中する。
互いに高速移動している時に受ける攻撃の威力は、単純に考えて通常よりも加算される。光弾を一発受けただけでビルドは盛大にきりもみ落下を始め、体勢を直させまいとナイトローグが突進する。
スチームブレードの切っ先が、吸い込まれるようにビルドの腹部へと向かう。
だが次の瞬間、スチームブレードはビルドの脇の下に挟まれてしまった。すかさず腕を掴まれ、ドライバーのレバーを回す。
『Ready go!』
ビルドドライバーから、ナイトローグにとっては死刑宣告にも等しい音声が流れる。霧ワープを用いてビルドから離れるが、瞬きする間もなく追い付かれ――否、引き寄せられた。
ビルドの胸部アーマーから生成される泡《ディメンションバブル》が空間を歪ませ、瞬間移動を成立させた。すかさずビルドはナイトローグの首根っこを掴み、嘲笑う。
「人間ってのはどいつもこいつも、心と頭が違う事を考えているらしい! もっとぉ!! フハハハッ――」
『スパークリングフィニッシュ!』
ナイトローグは再度霧ワープするも、後方に出現したワームホール状の空間から逃れる事はできなかった。立ち位置を維持され、ライダーキックを喰らう。
「気楽に生きろよ」
ビルドが冷淡にそう呟いた直後、全力で蹴られたナイトローグの身体はワームホールの中を通り抜け、無尽蔵の泡に纏わり付かれながら吹っ飛んでいく。破裂した泡の衝撃波は重く、そのまま半身が地上の岩盤に埋め込んだ。
陥没する岩盤の中、小さな呻き声を漏らしながら地面へ転がり落ちていくナイトローグ。武器だけは死んでも離さなかった。スチームブレードを杖代わりにし、立ち上がる。
頑丈なスーツに目立った損傷箇所はない。だが、変身者への直接的なダメージは十分すぎるほどに与えられていた。ボロボロの身体になってもなお、戦意を衰えさせないナイトローグの元へ、ビルドは呑気に歩いていく。
「いいか? 生身のままじゃお前が救える人数も減るし、できる事もなくなる。それに現にお前は、生きたいと願った青い怪人の意思を尊重せず、問答無用で撃ち殺した。お前は自分自身で、今までの自分の行いを否定した。要するに中途半端なんだよ、お前はぁ!!」
ケタケタと笑い蔑むビルドに、ナイトローグは力を振り絞って駆け出す。ビルドがさっとかざした両手からシャボンが砲撃のように放射され、避けられないと地面にまた転ばされてしまう。
「それに強者として君臨する事に爽快感を覚えている。敵を倒した時、悪党をひれ伏した時、誰かに感謝される時。そう!! 本当は楽しいんだろう!? 守るよりも戦う事がぁ!! 誰かをいたぶるのがぁ!! もっと自分に素直になれ、ナイトローグ!! 気高くあり続けるなんて疲れるだろう? 楽になろうぜ」
「お喋りが過ぎる奴だ。忌々しい……」
「ちなみに俺のハザードレベルはお前と同じ。つまり、スペックと経験においても俺が上という訳だ。ナイトローグがスパークリングに勝てる道理なんてあるはずない。それが負け犬……いや、負け蝙蝠の宿命だ。良かったな、どう足掻いても結果が変わらないから頑張る必要がなくて。もう休め。ここで諦めたって誰もお前を責めやしない。端から期待なんてされていないんだ。頑張った結果が余計に汚名を被るだけになるなら、何もしない方がいいし皆のためにもなる」
忌まわしげにビルドを見つめながら、ナイトローグはもう一度立ち上がった。荒くなった息を整えつつ、両手に持つ武器を組み替える。
《ライフルモード》
「俺の夢の一つは、スパークリングと戦って汚名返上する事。だが、それは貴様では何の意味もない……」
「何?」
そして静かに言葉を紡げば、おもむろにビルドが首を傾げる。一方でナイトローグは、並々ならない因縁をつけているビルドの姿をしっかり見据えた。敗北を受け入れた様子は、微塵もない。
「大体わかった。お前は……スパークリング本人に果てしなく劣る!!」
《アイススチーム》
闘志を再燃させ、ライフルから冷気の弾丸を連射する。ビルドがそれに応じて放った泡の群れは、弾丸を防ぐ事なく凍結していき、何の破裂音も残さずに砕ける。
その隙にナイトローグはビルドへ肉薄し、いつの間にか持ち替えたスペアのスチームブレードを投合する。投げられたブレードはクルクルと回り、ビルドにあっさり頭上へと高く弾かれた。
同時にナイトローグはスライディング。迅速に背後を取り、素早く反応してきたビルドと組み合う。拳は次々と受け流されるが、落ちてきたスチームブレードをキャッチするや否や、それをビルドの爪先に思いきり突き刺した。
「ッ!?」
赤熱化したスチームブレードが爪先を貫通し、地面にまで刺さる。その激痛にビルドは堪え、これを機に殴りまくってくるナイトローグを突き放そうとする。数発の殴打は甘んじて受け、膝蹴りを何度も腹部に当てては頭突きをかます。
たちまちナイトローグは大きく後退り、ビルドはおぞましくも苦しげな声を上げながらスチームブレードを引き抜いた。併せてドリルクラッシャーを手にし、二刀流でナイトローグに襲い掛かる。
「貴様ぁ!!」
ビルドの叫び声に怒気が帯びる。そのためか、ナイトローグに防がれる斬撃は精密さに欠いていた。ドリルクラッシャーはスチームライフル、奪われたスチームブレードは片腕で受け止められ、二人は間近で向き合う。今度はナイトローグが頭突きをする番だった。
その一撃で首が仰け反るビルド。刀身に冷気を帯びたままのスチームライフルが一閃され、深い斬撃が胸部に刻まれる。続けて回し蹴りが側頭部に入り、身体が横に回転した。
ビルドは背中から地面に倒れ、切っ先を顔面に向けるナイトローグの姿を目にする。ドリルクラッシャーで落とされる刃の軌道を咄嗟に逸らし、スチームブレードを突き出した。それはかわされ、鋭い手刀がみぞおちに決められる。
されど、そこは防御が高い部分。貫通までには至らず、ドリルクラッシャーを振るったビルドは飛び跳ねるようにして起き上がった。
全てを抉らんと回転するドリルをナイトローグは回避。スチームライフルは地面に刺さったまま手放した。華麗に宙に舞いながら両足でビルドの持つスチームブレードを捕らえ、勢い良く足を横に回す事で奪還に成功する。
手首が捻られかけたビルドは、あっさり奪い返されるのを良しとする。代わりにホークガトリンガーを片手に召喚し、タカの姿を具現している数多の弾丸をばら撒いた。
ナイトローグは急いでスチームライフルを抜き取り、冷気を放出させながら弾丸を切り払っていく。後に二刀流となり、撃ち切ったガトリングの充填を行うビルドと見合う。
「一矢……いや二矢か? いずれにせよ、ナイトローグのくせに生意気だッ!!」
《Ten! Twenty! Thirty! Fourty! Fifty!》
ホークガトリンガーのリボルバーを回転させると、ナイトローグの周りを特殊なフィールドが囲った。スチームブレードで斬りつけてみるが、見かけによらず強固な不可視のバリアが張られている。破れそうにもない。
《Sixty! Seventy! Eighty! Ninety! Hundled!》
弾丸の嵐が刻一刻と迫る。仕方なしにナイトローグはエンジンフルボトルを取り出し、迷わずスチームライフルにセットした。
《Engine!》
《Ready go! ボルテックブレイク!》
《スチームドライブ! Fire!》
ナイトローグが引き金を引くと、突如としてスチームライフルが爆発炎上。それに構わずホークガトリンガーの最高火力が叩き込まれ、爆発は更に規模を増した。
戦車隊の砲火の如き爆発具合に、ビルドはニヤリと笑みを浮かべた。もはやタダでは済まないと判断し、武器を持った腕をだらりと下げる。
しかし、次第に止んでいく爆発の中から現れる人影が五体満足で立っているところを目撃すると、思わず不意に打たれた。
「百……否、九十九秒でケリをつける……!!」
刹那、瞳を赤く染めたナイトローグが駆け抜ける――
Q.ネガビルド
A. cv:桐生戦兎(漆黒の精神)
座右の銘『俺は選ばれた』、『他人の不幸で飯が美味い』、『この世に正義は存在しない』、『孤独、才能、勝利』