「前回までの仮面ライダーナイトローグ。すごいね、かんちゃん! ヒムロン以外にもたくさんの正義の味方が集まってきたよ! 特にあの金ぴかになった仮面ライダーが一番かっこいいよね?」
「うん、あの最高最善の王という感じが堪らない。ライジングイクサやハイパーケタックもなかなかだったけど」
「でも意外だったよね〜、三組のさーやんと五組のなごっちが変身するなんて。もしかしたら、もっと他にも身近にヒーローいるのかなぁ?」
「だとしたら皆の集合写真を撮りたい。撮影会したい……!!」
「わぁ〜! かんちゃんの目がかつてない程にまでキラキラしてる〜!」
「ようこそ、エニグマへ。私は君を歓迎する」
そう言われ、少年は最上から一本のボトルを渡された。彼が言うには、これで自由にバーンハザードスマッシュへ変身できるようになったとの事。つまり、彼は命の恩人だった。
命が助かれば儲けもの。例え相手が自分を拉致した犯人だとしても、一々犯罪などは気にせず素直に感謝を告げた。まだヒトの身体をしている自分も、既に同じ穴のムジナだからだ。
初めは手酷い監禁地獄を味合わされるかと思いきやそうでもなく、豪華な部屋を貸してもらえたりと不自由のない生活が暮らせた。復讐したい人間がいると言うと、文句一つも言わずに叶えてもらった。あっさりと憎い相手を誘拐していき、磔にされた状態で目の前に突き出してきた。
それからネチネチと陰険な復讐を実行し、自分がずっと抱いてきた願いは相手全員の凄惨な死という形で終わる。充実感や胸が空く思いをしたのも最初だけで、いざ終わってみるとやりたかった事が何も無くなった事に気付き、頭の中が空っぽになった。
自由に生きるのは良いが、自由すぎて何をすればいいかわからない。誰もそれを教えてくれない。人間をやめた今、これから無意味に毎日を過ごすのだと考えると苦痛で仕方がなかった。それでは自分にまるで価値がないと逆説的に証明しているようなものだ。
それは嫌だ。ようやくイジメから解放されたのだ。自己否定される日々に幕を閉じさせたのに、結局自分という存在を残せないまま死んでいくのはおかしい。何か生産性のある事を、有意義な事を、自分を肯定できる事・される事をしたい。
いくら悪目立ちする犯罪を犯したところで、それは結局メディアに消費されるだけで人々はやがて忘れていく。見向きもしなくなる。一時しのぎで持て囃されるだけでは意味がない。
そうなると、自分が化物になった事に今更忌避感を覚えてしまう。法や倫理、道徳に縛られずに生きようと誓ったのに未練が断ち切れないでいた。平気な顔で人を殺したり、あるいは救ったりするような図太さでいようとあれほど胸に刻んだのに、誰かに必要とされたいと思うと選んだ生き方に矛盾が生じる。
とどのつまり、少年は自分が頭の足りていない子供だった事に気付き、短絡的だった己を酷く嫌悪した。人間社会に戻りたくとも、明らかな化物を普通の人々が受け入れるはずがない。未だに人々は肌の色や生まれが違うだけでこぞって争い、互いにとって異端となるものを排除し合うのだ。
すると、タイミングを図ったかのように最上が自分に実験の手伝いをお願いしてきた。曰く、エニグマは惑星間移動できる宇宙要塞を兼ねており、この中で培われた研究成果は半永久的に残されるという。すなわち、自分の生きた証が科学の貢献という形で残せる。自分の存在が証明できる。
最上の願いを二つ返事で了承した少年は早速、実験の手伝いを行なった――のだが。
「よくもお姉ちゃんを殺したな、男の分際で!! 許さない許さない許さないッ!!」
殺したイジメっ子の妹と対面する事となった。随分と姉に愛されてきたようで、仇を前にしても男という理由で見下しがち。スマッシュ化したまま自我を保っている。とても子供とは思えない行動力でナイフを振りかざしてきたが、逆に返り討ちにした。その後、遺体は綺麗さっぱり消滅する。
流れ作業のようにやってしまったが、続けてイジメっ子の両親も出てくると実験に疑問を抱かざるを得なくなる。その親も自我のあるスマッシュになっていたのだ。娘たちを殺されて号泣しながら怒り狂う彼らを、取り敢えず少年は他人事のように始末していく。少年からしてみれば、子をイジメ側として教育する事しかできなかった家族も同罪。その瞬間まで思い付きもしなかったが、彼らにも復讐を決めた。
この実験の意味を最上に問うと、より優れたスマッシュの開発に必要だと答えられる。少年はひとまず納得し、復讐を再開する。
それから淡々と、スマッシュ化させられたイジメグループの家族全てを惨殺していく。ひたすら泣き叫ぶ赤子も関係ない。親の望み通りにならなければ子は捨てられ、親が歪めば子も歪んで育つ。不幸な家庭からは決して幸福が生まれる事はなく、永遠に不幸の連鎖を築き上げていく。ならば、そんな子が自分のような誰かをイジメる前に間引いた方が世のため、人のためとなる。その時点で歪んだ成長が運命付けられているのだから、まだ何も罪を重ねていない綺麗真っ皿な状態で死んだ方が救いにもなる。
子は親の背中を見て育つ。弱者を嬲り優越感に浸るような人間は、落ちるとこまで行けば死の直前に追い込まれない限り、それを反省する事は一生ない。あっても形だけだ。
もはや殺戮者と成り下がった少年の心に、人の未来や可能性に希望を抱く余地はなかった。イジメとその先にある悲劇を無くしたいのであればしっかりとした教育を施せばいいだけの話に対し、ズルズルと楽な道へと引き摺り込まれた彼にそういった根本的解決を目指す意欲などは湧き上がらず、独善的に命の芽を摘んでいく。そこで思考停止している辺り、ある種の現実逃避であった。
しかし、平然としていられたのも序盤だけだった。復讐を終え、やはりスカッとするのは一瞬だけで虚無感が後味になると改めて思い知らせた次の瞬間に、新たなスマッシュたちが登場する。その内の一体は、かつての自分を投影するかのように怯えるばかりだった。
「ヤダ……! ヤダ……! ヤメて……!!」
その時、上げようとするバーナーの動きが不意に止まった。先ほどの一家惨殺のように仕事をこなすだけなのに、ここに来て迷いが芽生える。
振り返ってみれば、スマッシュ化した復讐対象はどれも仇討ちと言わんばかりに憎悪を滾らせながら自分に襲い掛かってきた。まるで間近で愛する人が殺されるのを目撃したように、我を忘れて。
このスマッシュは自分に立ち向かうどころか、生まれたての小鹿のように弱々しく肩を震わせていた。こちらが少しでも動きを見せると、相手は短く悲鳴を上げては頭を抱えて縮こまる。どんなに周りに訴えても誰も何もしれくれなかった自分の時のように、抵抗を諦めていた。他のスマッシュたちに盾にされて。
ようやくわかった。これは同族嫌悪なのだと。何もしない姿勢に苛つくのと同時に、このまま手を下せば、それこそ自分もイジメ側の人間と大して変わらないという事を。自分が最も嫌うはずのイジメを実行するなど、それこそ本末転倒だ。本能でそれだけは譲ってはならないと警鐘が鳴らされる。いくらヒトを止めても、自分が自分であるために決めた大切な一線を破る事は許されない。
そして、この調子では何の力もない弱者を殺すのは無理だと自覚させられる。以前のイジメられる自分と否応にも重ねてしまう。目の前のスマッシュは姿形が変わっても、自分と違って中身はそのままなのだ。化物ではなく、人間のままでいるつもりなのだ。
「ほら、こっち来ないでちゃんと盾になりなさいよ! 役立たず!」
「男だったら女の言う事聞け! イジメられるド低脳のゴミ虫のくせに!! 死にたくない死にたくない死にたくないッ!!」
一方で、肉盾を突き出している二体のスマッシュは女だった。この光景にますます、少年に嫌な記憶が掘り起こされる。長く直視してしまうと、養豚場の豚のように相手を無感情で殺す事ができなくなる。少年はうっかり、この肉盾にされたイジメられっ子に入り込んでしまった。
イジメられっ子を持ち上げ、反対側へ突き飛ばす。肉盾が遠退いた事に女たちは互いに身を寄せ合うのも束の間、我が身可愛さにどちらかを新たな盾にしようと押し付け合う。
少年はそれを一瞥し、イジメられっ子と向き合った。ずっと床に倒れ込んだままの彼を起き上がらせる。
「おい、何塞ぎ込んでるんだよ。今ならやり返せるチャンスだぞ。散々お前をイジメてきた奴らに報復するんだ。人をイジメる奴は殺される直前にもならないと反省しやしない。まずは相手の腕や足を千切ってだな」
「うぅ……」
「俺をイライラさせるな、もう人間じゃないんだぞ。化物が人を殺しちゃダメなんてルールはない。復讐で殺したって、何も罰せられない。ほら、俺も手伝ってやるから。だから立てよ……立てよぉッ!!」
ここでイジメられっ子が立ち上がらなければ、化物として吹っ切れた自分の生き方が否定される事になる。それだけは絶対に避けたかった。何としてでも、自分の選択は正しかったのだと証明したい。
なよなよとした相手に怒鳴り散らし、ようやく立ち上がらせる。無言の圧力で促せば、おずおずとしながらもイジメられっ子は二人組の女の前へ移動した。戦い方を知らない二人組は途端に怯み、どちらかを生贄にしようと醜く揉める。ぎゃーぎゃー騒ぎ立ててはイジメられっ子にも何か叫ぶが、彼の後ろにいる少年がバーナーをちらつかせると恐怖のあまりに口がすぼむ。
場は整った。後はイジメられっ子の気が済むまで二人組に復讐するだけだ。恐る恐る右腕のハンマーを掲げるイジメられっ子に、少年は安堵と満足感を覚える。
しかし、いつまで経ってもイジメられっ子はハンマーを振り下ろそうとはしない。それどころか、ヘタリとその場に座り込む。
「……でも、ダメだよ……人殺しは……人を傷付けるのは……」
そのボソリと呟く言葉が少年の琴線を刺激する。
それではダメなのだ。スマッシュというれっきとした化物になったのに、未だに人間の価値観を引き摺るのは誤っている。既存の生物を超越した生命体には、純粋な力によって原始的に回帰した世界を支配する事も、ただひたすら自由に生きる事も許されている。感情のままに生きるのが正解だ。
でないと、自分の足場が呆気なく崩れ去っていくような感覚に襲われてしまう。せっかくの同類が現れたのに違う生き方をされたら、自分がしてきた事は何だったのかと激しく絶望してしまう。
お願いだ、復讐してくれ。復讐し、殺す権利はやはり正当なのだと他ならぬ自分の目の前で示してくれ。希望は要らないが、絶望も要らない。少年はイジメられっ子を説得する。
「安心しろ。ソイツらも人間じゃなくなってる」
「……嫌だ、できない……」
「いいからやれ」
「嫌だ……」
「やれ」
「嫌だ」
「おい」
「嫌だッ! したくないッ!! 殺す事なんてないじゃないかぁ!!」
その瞬間、少年はブチ切れた。衝動のままに両腕を上げ、二本のバーナーを全開に焚かす。嫌いなものには蓋をするのではなく焼却炉に捨てるように、この世から三人の命を消し去った。災害クラスの業火が通り過ぎていく。
すると白い閉鎖空間の中に、命の存在を示す三つの黒焦げの影がハッキリとへばり付いていた。たかが三人と本来なら何とも思わなくなったはずの少年は、ふと我に返って放心する。それからじっと己の手を見つめれば、スマッシュとなって動かせないはずの表情筋が不思議と歪むような気がした。
思いがけず勢いでやってしまった。今回ばかりは復讐や仇討ちは関係ない。正真正銘、イジメ側と同じような過ちを犯した。少なくとも今の自分を確立させているルールを真正面からブチ破り、似た境遇の相手を自分と違うと決め付け、駄々をこねる幼稚な子供のように全力で目を逸した。
後悔しても遅い。死んだ命は戻らないのだ。世の中、白と黒の二択で決められるほど簡単ではないのを知っている。数学のように不変絶対的な解答が必ずしも存在する訳ではなく、人の数だけ違った答えがあるのを理解している。しかし、彼は報復をしないと選んだのだと受け入れようとすると、まるで胃の中にあるものが全て逆流するかの如く身体が苦しむ。彼の選択の意味を頭がわかろうとしない。ひたすら拒絶反応を示していた。
その理由はただ一つ。復讐を果たした自分は本当に正しかったのかと大きく揺るがされる形で問われたから。精神的な自己防衛にまで関わる以上、歯牙にも掛けない方が無理な話だ。周囲の人間に存在を否定され続けてきた反動は、極端にまで周りに肯定を求めてしまう。それは自分一人の中で完結させるだけでは満足には至らず、ようやくわかり合える同士に巡り会えたかと思いきや、自分を認めてくれたかもしれない貴重な外部の要素を消してしまった。内に秘める不安や怒りを抑えきれずに暴発させて。心の余裕がなかった。
「あぁ……ああ……!?」
酷く取り乱し、自動的に自分が甚振られてきた日々が脳内に再生される。その映像は瞳の中にも映り込み、瞼を閉じても消す事が叶わないビデオテープと化す。
そして、イジメの主犯格があの憎たらしいクラスメイトから自分へと刷り変わる。とんでもない思い込みに頭を何度も床にぶつける事で対処するが、額がどんなに痛くなっても悪夢は終わらない。やがてイジメられる側の姿があのスマッシュとなり、この空間内で舞台を繰り広げるかのように映像が流れる。それに歳悩まされた少年は、とうとう絶叫した。
「あああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」
この後、こんな悪趣味な真似をしてきた最上を八つ当たり気味に殺そうとするが、バイカイザーに変身した彼に手も足も出ずに叩きのめされた。先の一連の実験で少年のハザードレベルが上がったと最上は嬉しげに言ったが、こちらはちっとも喜べやしない。最上だけでなく、自分が殺したスマッシュたちへの見世物にされていたと言うのだ。消滅する寸前まで痛め付けられれば、傷付いた身体が回復するまで大人しくする他なかった。
それから偽りの自由な日々を過ごす少年はこの日、工場区画の一つの守りを任された。その役割を果たせるかどうかで、自分に付いていけるか決まると最上は行っていた。そんなものはこちらから願い下げだったが、エニグマから脱出もできなければバイカイザーを倒す事もできない。少年は渋々、彼の命令に従った。
侵入者が出る訳ないのにどうして守備なんかを。モチベーションが上がらずにサボろうと思った少年を留まらせたのは、この工場区画で開発されている代物が自身のパワーアップに役立つというものだった。最上の言う事なので鵜呑みにはできずとも、仮に真実であれば今の状況の打開へと繋がる。隙あらば出し抜こうという思いで、彼は指定された場所に向かう。
建造物の内部なのに空があるというのは、SFに登場するスペースコロニーを彷彿させて不思議に感じる。それとは対称的に、やって来た工場の外見は至って普通であり、少々肩透かしを食う。面白味がない。
中に入ると、取り仕切っていたのはもっぱらロボットやガーディアンたちだ。警備タイプがしっかりいるので、とても自分が遣わされるほど人手が足りないとは思えない。せっかくなので、少年は暇潰しに工場見学を始めた。ちょうど良いところにガイド用のロボットもいたので、てけてけと自分を案内しようとするロボの後ろに付いていく。
時折ガイドロボの解説も聞きながら、より奥の方へと進んでいく。とある境界線を越えた辺りからガラリと雰囲気が変わり、悪の組織の秘密基地に潜入するようなワクワク感が生まれる。
だが、平気で人体実験するような奴が必要とする工場がまともなはずがなく、パワーアップアイテムというワードに抱いていた真っ当なイメージが容赦なく打ち砕かれた。窓ガラス越しに製造ルーム内からの悲鳴が絶え間なく伝わり、その最中をガイドロボは淡々と解説を進める。
「うわあぁぁぁぁぁぁ!? イヤだイヤだ!! こんなのbbbbbbbbbbbbb!?」
『ここは次世代型のフルボトルを製造している場所だよ。ハザードレベル2未満の人間でも自我を残したままスマッシュに変身できるようになるよ』
「たすけてママぁー! ママぁーっ!! あびゅっ!?」
『次世代型ボトルの材料は、一度ネビュラガスを浴びた事のある人間の血肉と魂だよ。集められた材料たちは皆、スマッシュ化した個体から一回人間に戻したりと手間を掛けてるんだ。あと、覚醒させたままの方が変換効率も高いからね。ハザードレベルと感情の起伏は密接に関係しているから』
「あっはっはっはっは!! 死ぬ! 皆ガスに溶かされて死ぬんだよ! あっひゃっひゃっひゃっひゃっひゃっ――」
『また、次世代型ボトルは既存のスマッシュのパワーアップアイテムにもなるよ。ちょうど完成品が出来上がってるから、君の分を取りに中へ入ろうか』
言われるがまま製造ルームへと入る。足はいつ転けてもおかしくないほど竦んでいる。肩の震えが止まらない。自分は今、何の力もない弱者たちが次々と死んでいくところを目撃した。どんなに泣き叫ぼうが助けを乞おうが、老若男女問わず機械に屠殺される。ゲームの中でしか行われないような悪辣すぎる工程が現実に現れ、少年はおもむろに催した吐き気を懸命に堪える。
生きたままの人体を運ぶベルトコンベアーは止まらない。ギャグ漫画のように、運ばれる人が無事に済む事はない。死ぬ直前の人々の顔が、目に焼き付いて離れなかった。
ここで少年はまた一つ気付いた。弱肉強食という言葉と弱い奴が悪いというのは同じようで、実は意味が全く違うのだという事を。この景色は自然の摂理にも劣る畜生以下の、誰もが忌むべき命の冒涜行為だ。
自分がここまで弱者が理不尽にも虐げられる光景に抵抗がなく、いざ目にすると看過できなくなるなんて思いもしなかった。あれほど簡単に人を殺してきたのに、本当に今更である。
『あれが最後の材料だね。もう在庫がないから、今夜中に新しく材料が追加される予定だよ。さぁ、最新のボトルを受け取って――』
《Burn》
スマッシュ化し、ガイドロボを破壊する。目の前に陳列されている新型ボトルは言わば、材料にされた人々の命の結晶だ。とても使う気にはなれず、仮に使用するものなら死んでいった魂たちの負の思念に祟り殺されるような予感もした。
最後の材料と言われた人間は、バーンハザードスマッシュと同い年ぐらいの少年だった。明らかに気弱そうな見た目で、イジメる相手としても復讐される恐れがないような雰囲気だった。固く目と口を閉じ、誰かの救いを諦めてブルブル震えながら死の瞬間を待つ。拘束具が全身に巻かれているため、自力で逃げ出すのは不可能だ。
バーンハザードスマッシュは悩む。このまま少年の死を眺めても、待っているのは明らかな自己嫌悪と後悔だ。再び自分の影を相手に重ねてしまう。平気な顔をしていられなくなる。無視できなくなる――
そして取り返しが付かなくなろうとする刹那、バーンハザードスマッシュはベルトコンベアーを破壊した。ガスの魔の手から少年を救い、乱暴に拘束具を解いていく。
解放された少年は、目の前の怪人が助けてくれたという事実に理解が及ばず唖然とする。尻餅を着き、状況を整理するまでしばらくの時間を要した。
しかし、晴れて自由となったのに少年は一歩たりともその場から動こうとしなかった。むしろこのまま生きても仕方がないといった表情で、バーンハザードスマッシュに恐れつつも恨ましげに言い放つ。
「……なんで、僕を助けたの……? 生きてたって、またイジメられるだけなのに!!」
瞬間、バーンハザードスマッシュはあの時の自分を思い出した。以前にもこの少年と似たような言葉を吐き捨てた覚えがある。よもや、自分がこうして誰かを助けるとは想像もしなかった。
「お願い殺して自殺するのは怖くてできないんだ。殺して殺して殺して、頼むから僕を殺してよぉ!!」
そう必死に懇願しながら少年はバーンハザードスマッシュの腰に抱き着く。既に殺戮者として染まったはずの心は冷徹になりきれず、言われた通りに殺してあげるのが非常に憚られる。
とにかく、少年の願いを叶える事はできない。忘れたいナイトローグの姿が脳裏にチラつき、苛立ち紛れに少年を軽く突き飛ばす。
「うるさい!! さっさと逃げないとぶっ殺すぞぉ!!」
バーナーの炎を天井高く吹かして、少年をビビらせる。炎の出現に報知器が起動し、外の廊下ではスプリンクラーの雨が降り注ぐ。じわじわとバーンハザードスマッシュがにじり寄ると、少年は青褪めながら逃走する。
だが、その先には武装したガーディアンが待ち構えており、相手の銃器に恐れを成した少年の足が止まる。死にたいと願っているにしては、清々しいまでに死を怖がっていた。
こんな状況で逃げろなど、我ながらとんでもない無茶振りだ。少年の怯え様からして、死んで解放されたいができれば死にたくないというのがハッキリ伝わる。とうとう完全に見過ごせなくなったバーンハザードスマッシュは、少年の逃げ先を遮るガーディアンたちを薙ぎ倒しに行った。
まともな逃走経路は考えていない。行き当たりばったりだ。しかし弱者が虐げられるのが大嫌いだと自覚した今、この少年を見殺しにするつもりは毛頭なかった。自分を助けてくれなかった正義のヒーローやナイトローグと同じ真似をしている事に反吐が出るが、その反面悪くないという感情も芽生える。
バーナーの炎でガーディアンを一掃し、少年を抱えて工場を飛び出す。工場区画から各ブロック移動用のステーションへ一直線に向かうと、その先にハードガーディアン三十体相当が駆け付けていた。一体ごとの戦闘力は通常スマッシュを遥かに凌駕する。ここからが正念場だった。
《Gear gold! Gear scorpion! ファンキーマッチ!》
※
階段を駆け上がり、近未来的な雰囲気を醸し出す地下列車庫へと飛び出す。放置されている車体はどれも貨物線で、余った資材が荷台の上に放置されている。続く二つの路線の内一つは上から鉄格子が降ろされ、道が塞がれている。
人はいない。代わりに警備中のガーディアンが侵入者感知で飛び出し、ナイトローグたちはそれらを蹴散らす。一段落すると、ここまで一本道だったために行く先が別れると精査に足を止めてしまう。
すると、空いている線路の奥から何かが爆発したような轟音が反響してくる。敵の攻撃が来たかと身構えるが、音が響く以外に何も起きない。全員は意を決して、空いた線路の道を進む事にした。
その先は鍾乳洞のように空間が縦に広がっていた。線路が四本通っていたりと横幅は大きく取られているが、列車一つを走らせるにせよ縦の空間が余剰すぎる。パイロットの腕が良ければ、この広大な地下鉄にヘリコプターを進ませる事も可能だろう。
光源は壁面に埋められているランプのみ。しかし、日光をよく取り入れている昼間の屋内と同じ程度に視界は悪くない。肉眼でも、線路の上をトボトボと歩いている怪人の姿を遠くから捉える事は可能だった。
「ハァ……ハァ……!!」
右腕を斬り落とされた怪人の息が荒い。辺りには爆発の跡と、無数の残骸が残されている。上半身だけとなって地面に転がった一体のハードガーディアンが、例え半壊しようとも機能停止直前になるまで怪人に攻撃を加えようとする。
ヨロヨロと腕を伸ばして放ったガトリングガンの弾丸は、怪人のバーナーから形成される豪炎の盾によって全て蒸発。弾切れになるや否や、反撃の火炎放射を浴びせられて大破した。
それと同時に、怪人――バーンハザードスマッシュは崩れ落ちる。既に肉体はボロボロで、今まさに消滅しようとしていた。ネビュラガス特有の、全身の粒子化が始まっている。
「お前は!?」
忘れるはずもない。時間が経ちすぎていて、もう助けるのは無理だと思っていた。見覚えのある相手にナイトローグは大急ぎで駆け寄る。続いて彼に追い付いた面々も、このスマッシュに自我がある事を察して驚愕の表情に包まれる。
粒子化が止まらない。優しくバーンハザードスマッシュを抱きかかえるナイトローグだが、こうなってしまえば最後、手の施しようがなかった。抱える感触や温もり、重量感が徐々に失われる。せっかく会えたのに、まるで霞のように命が消えていく。
「おい、しっかりしろ! 死ぬな!」
それでもナイトローグは懸命に声を掛ける。よくよく見れば、バーンハザードスマッシュの左腕には紫のフルボトルが装填されていた。前回まではなかったその特徴に、彼がここで何をされていたのか想像が働く。
すっかりナイトローグの腕の中で項垂れていたバーンハザードスマッシュは、ハッと気付くかのようにして顔を上げた。しかし、その視線はナイトローグたちの方を向いていない。ひたすら虚空を見つめ、儚げに呟く。
「誰……だ……? 誰か……そこにいるのか……?」
「俺だ! ナイトローグだ!」
「何で喋らない……? 敵、じゃないのか……? トドメ刺すならとっとと……ぐふっ」
バーンハザードスマッシュの目から光が失われていた。どんなにナイトローグが呼び掛けてもまともな返事をせず、聴力も機能していない事がわかる。
やがてスマッシュ態が解除され、人間の姿が露わになる。全身傷だらけの少年に誰もが絶句し、その衝撃的な瞬間に身体が微動だにしなくなる。
「あぁ……最初から強ければ……こんな事にならなかったのに……あいつも……守…………」
それだけを言い遺した少年は、とうとうこの世を旅立つ。衣服ごと身体は完全消滅し、唯一の遺品であるバーンフルボトルが虚しく地面に落ちた。カランカランと乾いた音が響き渡り、人の死を黙って見守るしかなかった彼らのもどかしさを増長させる。
何も抱えるものがなくなったナイトローグは、そっとバーンフルボトルを拾う。それをギュッと握り締めて哀悼する姿は、とても赤の他人同士では出せないような痛ましさに溢れていた。その様子に、白式HSが恐る恐る彼に尋ねる。
「弦人、知り合いだったのか?」
「……ああ。何もできず最上に攫われて以来だった」
それから沈黙が流れる。ナイトローグが大事にバーンフルボトルを仕舞うと、前方からツカツカと足音が近付いてきた。すかさず全員、臨戦態勢に移る。
現れたのはインフェルシスだった。後ろには六体のハードガーディアンを引き連れている。どうして少年がハードガーディアンと戦っていたのか、一目でその理由に見当が付いた。
ナイトローグたちを見つけたインフェルシスは、ハードガーディアンを横一列に並べさせて前へ出す。明らかに統率している様子だ。ガトリングガンを向けたハードガーディアンはまだ発砲せず、ギリギリまで相手を引き付けようとする姿勢であった。半端な火線の集中ではライダーシステムとISハーフスマッシュの攻略は難しいと判断している。
ハードガーディアンがインフェルシスの指揮下に入っているという事は、少年への攻撃も彼女からそういう指示が下りたから。この状況では、まずそう推理する方が妥当だ。例え洗脳という名の心身喪失状態にあろうが、誰かに危害を与えた事実に変わりはない。右腕の切断面は、ハードガーディアンの武装では考えられないほど綺麗だった。
諸悪の根源はさておき、直接的に少年を死に追いやったのは紛れもなく彼女たちだ。ナイトローグの中で憤りとやりきれなさが度を越え、目の前の敵を殲滅せんと無性に動き出したくなる。しっかり理性でブレーキを掛けなければ、洗脳された蘭を助けるという目的の一つが忘れそうになるぐらいに。
コウモリのバイザーが今まで以上にギラつく。それは獲物を狩る猛禽類の比ではなく、復讐だけに生きる熊犬のように凶暴さに満ち溢れている。一切声にはしないが、身に纏う雰囲気には果てしない怒りが織り交ぜられていた。
その時、ヘルブロスがナイトローグを制した。彼の前に腕を出し、静かに答える。
「ここは俺が引き受ける」
「何言ってるんだ弾! 全員で戦った方が一番いいだろ!? 数馬がやられてるんだぞ!!」
即座に白式HSが反論する。しかし、ヘルブロスは頑なに引き下がらない。ナイトローグと同じように怒りの炎を目に宿し、視線だけで彼を押し黙らせる。程なくして、力強く言葉を放った。
「外の事もある。時間が惜しい。それに……最上は俺の逆鱗に触れた……!!」
その並々ならない迫力に、周囲の人間たちは彼の憤怒を感じ取る。怒りという点ではナイトローグも引けない部分があったが、眉をひそめたブラッドスタークが仲裁に入る。
「織斑くん、弦人くん、行こう?」
彼女はヘルブロスの意思を尊重した。多数決にしろ票が五分になり、白式HSも渋々同意する。こうしている間にも、守りが無くなっている外部が危険に晒されている。悠長にはしていられない。
「死ぬんじゃないぞ、どっちも」
「ああ」
別れ際の白式HSの言葉にヘルブロスは頷く。ナイトローグも彼の隣に並ぶと、耳打ちするように自分の思いを彼に託す。
「……任せた。ヘルブロス」
「任せろ」
交わした言葉はそれだけだった。四人一斉に散開すると、ハードガーディアンらの迎撃がやって来る。最初から手を緩めず、一気に全弾使い尽くす勢いだ。
激しい弾幕の中をナイトローグ、ブラッドスターク、白式HSは潜り抜ける。まるで針の穴に糸を通すような器用さで一発も被弾を受けず、ハードガーディアンとのすれ違い様に置き土産の一撃を残しておく。一番端にいた個体が斬撃によって大破した。
防衛ラインを通り抜けた三人に追撃しようとするハードガーディアンたちだったが、その場に残っていたヘルブロスに敢えなく妨害される。エネルギー刃を撃たれ、爆発四散する。
唯一無傷だったインフェルシスは、長く伸ばした尻尾を全身に包ませる事で難を逃れていた。尻尾の動きは淀みなく滑らかで、シュルシュルと後頭部へ収納されていく。既にナイトローグたちは遥か遠くまで離れていた。
「お前の相手は俺だ」
スチームライフルを構えるヘルブロスに対し、インフェルシスは一切の返事もなしにスチームランサーを両手で持つ。ナイトローグたちを逃した今、お互いに見えているのは目の前の敵のみだった。じっと睨み合う様は熟練の剣士たちの決闘のようで、されどほんの一瞬だけでは決着はつかない。瞬きするのも束の間、両者は激しく鍔迫り合った。
Q.バーンハザードスマッシュ
A.カットした戦闘シーンの悲惨度はアマゾンネオ vs C4以上