勝負の日がやって来た。まず初めに一夏がオルコットさんと戦うため、俺は更衣室のベンチの上で試合終了のアナウンスが響くまで待機している。
今の格好は半袖半ズボンの体育着だ。ナイトローグの変身にわざわざISスーツを着る必要はないので、非常に楽だ。一応、特注で作られたISスーツを渡されているが、別に訓練機に乗る予定はないのでスルーしておく。
トランスチームガンは既に返却されている。ただし、GPSが組まれた細いブレスレットを手首に巻く事の条件付きでだ。ブレスレットは着替えや入浴には邪魔にならない程度に細いが、一度着けたら外れなくなった。俺は天才物理学者ではないので、破壊以外に外す方法なんて思い付かなかった。
これはきっと、俺に対する信用度を表しているのだろう。要するに、逃げないと口で約束しても偉い人たちは信じないという訳だ。それも全部、ゴルゴムやクライシス帝国のせいにしておこう。
そんな訳で、特にする事もないのでしばらく瞑想していると、ようやく試合終了を伝える放送が流れた。結果はオルコットさんの勝利との事。
時計を確認すれば三十分近く経っていたので、一夏はなかなか粘った方だろう。専用機を受領したとはいえ、初心者の域から抜け出していないのだから。瞬殺されていないだけすごい。俺も瞬殺だけは回避しないと。
中身の入ったビニール袋とトランスチームガンを持って、更衣室を出る。そのままピットへ向かう途中、織斑先生と出会った。
「日室。織斑とオルコットとの試合が終わった。次の試合は十分後だ。準備をしておけ」
「わかりました」
織斑先生から指示を受けるや否や、大急ぎで移動を再開する。勝負は目前にまで迫っていた。
移動した先のピットには誰もいない。アリーナ・ステージへ続くゲートは未だに閉じたままだ。否応なしに緊張感を持たざるを得ない。深呼吸を繰り返し、心を落ち着かせる。
キリの良いところで右手にはトランスチームガン、左手にはバットフルボトルを構える。片手でフルボトルを振りながら上部の蓋を動かし、勢い良くトランスチームガンに装填する。
《Bat》
「蒸血」
《Mist match!》
《Bat. Ba,Bat. Fire!》
銃口より黒い霧が放たれ、瞬く間に俺の身体を包む。この感覚は久しぶりだ。二十数日ぶりに俺は、ナイトローグへと変身する。
※
一年一組のクラス代表決定戦が繰り広げられる第三アリーナの観客席は、学年を問わない大勢の生徒によって大半を占められていた。一年一組の面々以外は大体、この日に勝負が始まる事を聞きつけてやって来ている。先ほどセシリアと一夏の試合が終わったばかりだが、観客たちの熱は冷めていない。
それもそのはず。十分も経たない内に次の試合が始まるのだから。しかもマッチングはセシリア・オルコットのブルー・ティアーズと、日室弦人のナイトローグ。世界中を騒がしたナイトローグの戦いが見られるのだと、ある者は期待を膨らませ、ある者は冷静に事の成り行きを見守る。
その頃、空いている席を探しに三人組の女子が歩いていた。谷本、ナギ、京水の三人だ。
二人を先導している京水はプリプリと怒りのオーラを己の身に顕現させ、あからさまに不機嫌な表情で道を進んでいく。ある程度の距離を稼いだところで、彼女の不満が爆発した。
「もぉー! 弦人ちゃんのいるピットに立ち入り禁止って何よ!」
「仕方ないよ。真っ向から織斑先生に言われたらさ」
「でも一夏ちゃんのところには篠ノ之さんが直接応援に行ってたじゃない! あんのブラコン女教師めぇ……」
諦め気味に言葉を返す谷本に対し、京水はその事実を素直に受け止めずに千冬へ憤りをたぎらせる。それは胸の内に留まらず、たちまち動きに怒り度合いが現れていた。いつもよりも感情的な、くねくねとした動きだった。
ブラコン女教師とは誰の事か、京水が言わずとも谷本とナギは瞬時に察した。谷本は思わず周囲を見回して千冬がいないかどうかを確認し、ナギはおずおずと京水を諌める。
「泉さん、口は慎もう? その呼び方は流石にちょっと……」
「きっと調子乗ってるんだわ。人一倍おっぱい大きいから。でもねぇ、ワタシの方がおっぱいが大きいわ!」
その時、京水の叫びを近くの観客席にいた人々が聞き取った。まるで周りを憚っていない発言に多くの女子が京水を二度見し、三度見たところで唖然とした表情になる。
一気に視線がこちらに集中して居たたまれなくなった谷本とナギは、大慌てで京水を食い止める。谷本が羽交い締めにし、ナギが両手を京水の目の前に出して行動を制する。
「どーどー!」
「落ち着いて、泉さん!」
「ワタシの方が、おっぱい大きいわっ!!」
「「二度目!?」」
そうして二人はどうにか京水を連行し、先ほどいた場所から遠く離れた位置へ移動する。その間、ナギが口を押さえていないと京水がすぐさま大声を出そうとしていた辺り、往生際はかなり悪かった。
しばらくすると京水の怒りのボルテージは鎮静化し、ナギから解放されても騒ぎ出す事はなくなる。ただし、両腕を前に組んでむすっとはしていた。幼げながらも元々の容貌が整っているので、不機嫌な姿を見せても逆に可愛らしい事を彼女は気づかない。
ようやく三人が都合の良い席に座った頃、彼女たちの元に二人の影が近づいてくる。影の主は片方がのほほんと駆け寄り、もう片方が億劫となっている。
「みんなー!」
呼び掛けを耳にした三人が一斉に振り返った先には、とててと小走りしてくる本音の姿があった。大人しい雰囲気を持った水色の髪の少女の手を取って、元気よくやって来た。
本音の癒される雰囲気に当てられた京水は笑顔になり、快い気持ちで彼女に応える。
「あら、本音じゃない。その子は?」
「紹介するね。かんちゃんだよ。更識簪だから、かんちゃん!」
「……はじめまして」
明るい本音たちと比べるとやや暗めな簪は、静かに挨拶を述べてペコリと頭を下げる。これを受けて京水は決して眉をしかめたりはせず、愛想良く自己紹介をする。
「はじめまして。私は泉京水。更識さん、と呼べばいいかしら?」
「名字はやめてほしい」
「そう。それで、本音が彼女を連れてきたのは? お友達の紹介?」
「それもあるけど、最近のかんちゃん整備室に籠りっぱなしだから。少しは息抜きさせないとね」
そう言って本音は「ねー!」と簪の方を見やる。当の本人は戸惑う様子を隠しきれていなかった。
「本音。やっぱり私……」
簪は声を振り絞り、本音の誘いを断って整備室へ帰ろうとする。しかし――
「でもかんちゃん、一度でも良いからナイトローグに会ってみたかったんでしょ?」
「それは……」
以前語っていた事を本音に指摘されてしまい、簪は言葉に詰まる。整備室で待っている己の私用に早く戻りたいところだが、生のナイトローグを見てみたい願望も否定できなかった。二者択一に簪は頭を抱えて、身体をもじもじとさせる。
それと時を同じくして、観客たちの声が沸き上がる。彼女たちがステージの方に目を向ければ、ピットゲートより歩いて出現するナイトローグの姿が見えた。ただ、格好がともかく普段と異なっていて、観客のほとんどが呆然とした。
「あぁ……」
そんな中、谷本はおもむろに天を仰ぎ、ステージからそっと目を逸らした。
※
ナイトローグとして再び活動するのにブランクはなかった。俺が以前に乗った打鉄とは異なり、単なるスーツを纏っているようでめちゃくちゃ動きやすい。浮くという前動作はいらなかった。しっかり地を踏み締めていく。
ピットゲートを出ていくまでに、ナイトローグの仮面越しに投影される情報を素早く再確認しておく。ISとは勝手が違うが、多くの基本は恐らく変わらない。画面片隅にあるシールドエネルギー量の表示も、もう少し詳しく調べればわかる事だろう。この値がゼロの状態で大ダメージを受ければ強制的に変身解除されるとか、きっとそんなところだ。
時間がないので、ナイトローグのこれらの謎を追求するのは後回しにしておく。今は勝負の時だ。余計な思考はやめて、目の前の事に集中するべきである。
薄暗いピットゲートを抜けて、視界が一気に明るくなる。コウモリの成分が元であるためか、ナイトローグは普通に夜目が利く。しかし、明るいに越した事はない。
ばっと開いた景色の先には、オルコットさんの操るブルー・ティアーズが空中を漂っていた。格好や武装は事前に調べた通りだ。英国淑女らしく、気品が高い。
「日室さん、始めにお話が――え?」
ナイトローグの集音機能が優れているおかげで、数十メートルは離れているのにオルコットさんの言葉がハッキリ聞こえる。途中で間の抜けた声を出していたが、何だか物腰が柔らかくなっているように感じた。上から目線といった感じがなくなっている気がする。
明らかに決定的な変化だ。さっき一夏と戦って、彼女の心境が変わったのだろうか。だが、この瞬間でそんな事を考えても仕方ない。俺はそそくさとゲート出入口から飛び降りて、地面の上に着地する。
「日室さん、何ですかその格好は!?」
それも束の間、オルコットさんから怒声混じりの質問が飛んでくる。ここで、今の俺の格好を確認してみよう。
夕暮れ前の太陽に照らされているため、ナイトローグのインナーが黒から茶色に変化している。しかし、彼女が聞きたいのはこれの事ではないはず。今のナイトローグが身に付けているものだ。
首元と手首には、それぞれサイズをキッチリ合わせた紫色の数珠。上半身には帯で腰に留めた羽織を纏い、背中側にはうちわを差す。極めつけは麦わら帽子を被り、これらにありったけの御札を貼りつけている。
これすなわち――
「ご利益を重ねて縁起を担いだ」
「ふざけていますの!?」
「大真面目だ! これも全て勝利を得るために! こちとら大変だったんだぞ。数珠とか手作りだし、羽織や御札は谷本さんたちに手伝ってもらって――」
ブゥー!
その時、試合開始のブザーが鳴った。ご利益装備の解説を中止した俺は咄嗟にトランスチームガンを構え、オルコットさんへ発砲する。
放たれた光弾は命中する事なく、空中機動を取ったオルコットさんにふわりと避けられる。ただ、俺の問答無用な初撃に彼女は面食らったようだった。
「ええい、行きなさい! ビットたち!」
オルコットさんがそう叫ぶと、ブルー・ティアーズの肩部ユニットより計四基のビットが射出される。それに応じて俺はステージの壁際へ急いで移動し、ビットの攻撃位置を制限させる。
周りが遮断シールドで囲われているアリーナ・ステージの特性をとことん使わせてもらう。場所が広大な宇宙空間ならまず不可能な戦術だが、常に背後に壁を侍らせれば全方位攻撃だけは回避できる。相手からの火線の集中ぶりは相変わらずだが、こちらが対処できる範囲内に収まるだけマシだ。数が四基だけで助かる。
レーザービット時々、レーザーライフルによる狙撃。既に百メートル以上も俺から離れたオルコットさんは、主な攻撃をビットたちに任せていた。レーザーライフルはいつでも撃てるように構えているが、何故か照準を俺に捉えるだけでなかなかトリガーを引かない。舐めプなのだろうか、それとも彼女なりに与えるハンデなのだろうか。
怒涛の勢いで襲い掛かってくる大量のレーザーを、俺は次々に避ける。ナイトローグの装甲が割りと堅牢なため、スレスレ回避でもシールドエネルギーの消費はない。装甲だけでレーザーの莫大な熱量を耐えてくれる。流石ナイトローグだ、何ともないぜ。
この時、俺は思い出す。泉さん……いや、京水との特訓の内容を。昨日までの特訓を通して俺は、殺気を感じて相手の行動を先読みする力を養った。それはもう、組み手をしすぎたせいで彼女が次に何を仕掛けてくるのかがわかるぐらいに。俺がカウンターでロメロスペシャルをやけくそ気味にかましたら「あぁん♪ いいわよぉ♪」と悦ばれたのには、ドン引きした。
これにより、見てから回避する癖が強かったとのお言葉をもらった俺の戦闘スタイルが、一層に洗練される事になった。だが、あくまで養っただけで完璧には程遠い。そのため、バットフルボトルの特性をフルに引き出してみる事にした。
その要となるが、コウモリの持つ反響定位。エコーロケーション。オオコウモリの場合は完全に視力依存だが、これは置いておく。
つまり、超音波を常時流して相手の位置や障害物、地形などを把握。ソナーみたいな使い方をする事で、俺の先読みの力を十全に補わせる。
サメバイクフォームのビルドだって、透明化したクローンヘルブロス相手にサメの特性を引き出して戦ったんだ。ブラッドスタークも毒やコブラ召喚など、やりたい放題していた。同じフルボトルを扱うナイトローグに、何もできない道理はない!
『コウモリよ! コウモリになるのよ!』
『たぁーっ!』
ついでに、京水とのそんなやり取りを脳裏で甦らせる。そう、今の俺はコウモリ。ナイトローグの名誉を挽回しようとするコウモリだ。
レーザーの回避は小さな動作で十分だ。頭を傾げ、上半身を僅かにずらし、時には軽めのステップを刻む。直撃なんて一度も受けなかった。
回避行動を取りながら、慣性を無視した軌道を自由に描くビットをトランスチームガンで狙う。ただし、トランスチームガンも一応は拳銃らしく、有効射程距離はせいぜい五十メートル程度だ。それ以上離れたビットを狙い撃とうにも、その頃には立派な流れ弾となる上に簡単に避けられる。
それでもトランスチームガンを撃って破壊を試みようとすると、ビットの動きの良さが格段に上がった。より素早く飛び回る様は、さながら蜂のようだ。
一方のオルコットさんは、ビットの操作が結構な負担になっているのか顔を僅かに歪ませている。その手に持つレーザーライフルを撃つ気配をまるで見せない。
しかし、自分に向かってきだ光弾をかわすだけの余裕は残されていた。俺が然り気無く発射した一発分を、ひょいっと避ける。それと同時にビットの動きが途端に悪く――否、その場で一度停止した。一瞬の出来事だ。
これは絶好のチャンスだと思い、間髪入れずにそちらへ光弾をばらまく。光弾が目前にまで迫ってきたビットたちはすかさず動き出すが、俺に一番近かった一基が敢えなく被弾した。被弾箇所から煙を立てながら、ポトリと地面へ落下する。
「なっ!?」
オルコットさんから驚きの声が上がる。だが、ビットの扱いは全く衰えさせていない。やはり強敵か。
ビットの数が減ったので少しは攻撃の圧力が弱まるかと思いきや、そうでもない。むしろビット操作の負担が軽くなったようで、一々肉眼で追おうとすると訳がわからなくなるぐらいに速い。とうとう彼女本人からの狙撃も加わり、ここからが正念場となった。
トランスチームガンを左手に持ち変えた俺は、利き手にスチームブレードを出現させる。どこからともなく武器やゴツいベルトが現れるのは仮面ライダーではよくある事なので、気にしてはならない。きっと量子格納されていたのだろう。念じたら出てきたのだ。
やがて四方八方からビットとライフルによる正確無比な一斉砲火が俺に放たれる。ビットによるレーザー攻撃はギリギリ避けたが、オルコットさんの狙撃の回避まで難しかった。
なので、盾代わりにスチームブレードの刀身でレーザーを受け止める。圧倒的な頑丈さを誇るスチームブレードはレーザーを浴びても変形せず、逆に受け止めたレーザーを辺りに小さく散らさせた。威力分散されたレーザーは三十センチも飛ばずに消滅していく。
戦えている。俺は……自分は……ナイトローグは戦えている。今までよりも、ずっと!
次に俺は壁走りを敢行した。遮断シールドの内側表面を問題なく駆け抜け、飛来するレーザーの雨を切り抜ける。コウモリには、壁や天井に掴まるだけのパワーがある。バットフルボトルを使いこなした俺に隙はなかった。
ぐるりと回るようにしてオルコットさんに接近する。彼女の表情は明らかに焦りを滲ませていた。
その間にもレーザーは相変わらず降り注ぐが、俺は一切の有効打を許さない。トランスチームガンでビットやオルコットさんを牽制し、火線を掻い潜り、スチームブレードで受け流す。
「見える、見えるぞ! 俺にも敵が見える!」
そして俺は背中にコウモリの翼を生やし、翼の発生の際に噴出した黒の煙幕と共に勢い良く飛翔した。
《ライフルモード》
スチームブレードとトランスチームガンを連結させた後、俺はようやくまともな応射を叶実現させた。有効射程距離が伸びた光弾がオルコットさんに飛んでいき、返事としてレーザーライフルを二、三度撃たれる。
射撃、回避、接近。俺がこれを繰り返す頃には、ビットの攻撃がだいぶ優しくなっていた。引き撃ちを徹底しているオルコットさんだが、遂に俺が彼女へ肉薄する。バレルロールの要領で避けながら、スチームブレードの間合いに届かせる。
「掛かりましたわね!」
刹那、オルコットさんに応えるようにして、ブルー・ティアーズの残った肩部ユニットが俺に向けられた。そこからミサイルが計二発発射される。これを避けるには、あまりにも近づきすぎていた。
それでも、ここで怖じ気づいては勝利は掴めない。こんなチャンスが二度も訪れてくるとは思えない。全力で勝ちに行くと決めたのだから、前に進むしかなかった。
ダメ元で翼を前面に出し、俺の身体を大きく包む。直後、間近でとんでもない爆発音と衝撃が走ってきた。翼の中で激しく揺さぶられ、うめき声が出る。
だが、それだけだった。ミサイルに当たって大ダメージを負うどころか、シールドエネルギーの残量値は少ししか減っていない。まだ全然、身体が“動いた”。
やがて俺を閉じ込めた翼が開かれるが、その様子がスローモーションのように感じる。翼の隙間からは、爆発で渦巻いている赤い炎が見える。
ミサイルを食らっても飛翔する勢いは削がれていない。そのまま爆発の中を突き抜けて、かねてより狙っていた例の蒼い機体を真っ直ぐ捉える。ほぼ無意識に、スチームブレードを前に振る。
「キャッ!?」
聞こえたのはオルコットさんの悲鳴と、金属が斬り裂かれる音。利き手に伝わる手応えは、ブルー・ティアーズ本体に当たったものではない。レーザーライフルの銃身をオシャカにしただけだった。
二撃目を出す暇はなかった。彼女の横を猛スピードで通り過ぎた俺は敢えて振り返らず、スチームブレードのバルブを回す。
《エレキスチーム》
程なくして、俺の後方からビットより三本のレーザーが放たれる。生き残っているビットたちの銃口の向きは、この寸前から把握済みだ。俺は冷静に努めながら、セントラルチムニーで黒煙を噴かす。
黒煙に飲まれた次の瞬間には、俺はオルコットさんの頭上へワープしていた。短距離間の霧ワープでは、一秒近くの時間の誤差があるようだった。丸腰の彼女は、突如として出現した俺に目を見開かせている。
容赦や情けは掛けてやらない。擦れ違い様に電気を纏わせたスチームブレードで斬りつけ、再び霧ワープ。残り八。
上下左右、とにかく至る方向に霧ワープして斬り掛かり、相手のシールドエネルギーを削る。ついでにビットも全て破壊しておく。残り一。
「っ、インターセプター!」
流石に何度もやられれば、相手も霧ワープに対応するのは容易のようだ。本日最後の霧ワープの位置を予測し、ショートブレードを構える。しかし、甘い。
セントラルチムニーの状態は限界値ギリギリ。気がつけばナイトローグのシールドエネルギー残量もほぼ空。うっかりだが、メカニズムが少しわかったから良しとしておこう。今度の俺はそっとテニスボールを取り出し、空中で遠心力を加えながらスチームブレードの腹に叩きつける。
京水とテニヌした末に身に付けた奥義、ここで見せよう。その名も――
「弐拾壱式波動球ぅ!!」
またもや不意を突かれたオルコットさんは、波動球を胴に受けた反動で吹っ飛ばされていった。
『試合終了。勝者、日室弦人』
直後、アリーナ中で試合終了のアナウンスが響き渡る。それを聞いて緊張の糸がほぐれた俺はおもむろに着陸し、翼を閉じる。
勝者として俺の名前が呼ばれても、すぐには実感できなかった。荒くなった息を整えて、早まった心臓の鼓動を静めさせる。胸に手を当てなくても、激しくなった血の脈動は認識できる。
まさに燃え上がるような戦いだった。口を動かす暇なんてものはなく、ただ己の気持ちを一撃に込める。とにかく相手の対応に忙しく、一つ一つの動作や攻撃にどういう意味を持っているのか見極めるのが大変だった。
傍目では、オルコットさんが何か言いたげな顔をしていた。そう言えば、試合が始まる前にも話そうとする素振りを見せていたな。何だろうか?
「日室さん……その、燃えていますわよ?」
……燃えている? 不思議に思った俺は、ついつい己の身だしなみを確かめる。
そして、恐らくスレスレ回避の時にでも着いたのだろう。伝わるはずの熱は遮断されていて今まで気づかなかった。まさか、羽織や麦わら帽子が炎上しているなんて……。
「ああぁぁぁっ!?」
この後、必死に消火するものの、ご利益装備の壊滅を確認するのだった。
Q.バカな! ナイトローグには装着者に関係なく、ナイトローグそのものに負け癖がついているんだ! 勝てるはずがない!
A.そのためのご利益装備です。
Q.嘘だ! ナイトローグが勝ったなんて信じないぞ! ナイトローグは負けなくちゃいけないんだ! だってクローズに負けて、スタークに負けて、ビルドに負けて……!
A.敗北という名の運命の鎖は、たった今断ち切られました。
Q.あり得ない! ホークガトリングにボコボコにされたナイトローグが、まともにISと空中戦できるはずがない! あり得ないんだよぉー!
A.初期スペックの時点で100メートルを4秒で走れるぐらいの能力があります。つまり、飛翔時のスピードがこれ以上のものになるのは道理だと思われます。ハザードレベルも上げれば余裕余裕。
Black RX「人が生身で空を飛ぶ? 物理法則もあったものじゃない」
スカイライダー「そうだな」
クウガ「モーフィングパワーなんてあり得ないよな」
アギト「不可能殺人もあり得ない」
龍騎「時間を巻き戻すなんてあり得ないよな」
ファイズ「一度死んで生き返るのもあり得ないよな」
ブレイド「不老不死なんてあり得ないよな」
響鬼「妖怪なんているわけないよな」
カブト「ドッペルゲンガーなんているわけないよな」
電王「タイムマシンなんてあり得ないよな」
キバ「核弾頭に耐えられる鎧なんてあり得ないよな」
ディケイド「世界を破壊できるなんてあり得ないよな」
ダブル「地球の記憶を読めるなんてできっこないよな」
オーズ「欲望の化身なんてあり得ないよな」
フォーゼ「俺は一度死んで生き返った」
ウィザード「魔法なんてあり得ないよな」
鎧武「人間が神様になれる? ないない」
ドライブ「ベルトさぁぁぁん!!」
ゴースト「幽霊もあり得ないよ」
エグゼイド「コンピューターウイルスが人間に感染するのもあり得ないよな」
???「仮面ライダーがウルトラマンみたいに戦う? ……ジャンボフォーメーション!」
ナイトローグ「コウモリには体重5gしかない種類もいる。つまり、バットフルボトルの特性を発揮した効果として飛行時の体重が5gになっている可能性も……よし、先輩たちと違って言い訳できるぞ!」
Q.何故だ! 何故、ナイトローグが勝ったんだ!? 何故なんだぁ!?
A.勝ちました。
Q.認めない! ナイトローグが勝ち星を得るなんて認めない!
A.勝ちました。
Q.ダメじゃないか。不遇ライダーは不遇ライダーらしく不様に負けないと。
A.そちらに大勢の不遇ライダーがバイクに乗って向かっていくのが見えました。パッと確認しただけでもG-3マイルド、シザース、デルタ、レンゲル、裁鬼、ドレイク、ザビー、サソード、G電王、リイマジ勢、ナスカ……骨は拾います。ご健闘を。
Q.特訓の内容を詳しく
A.弐拾式波動球の壁が越えられなくてヒムロンの心は一度ポッキリ逝きました。
京水「あなたが波動球を覚えられずにクラス代表決定戦に出ないのは勝手よ? けどそうなった場合、誰が代わりに波動球を覚えて決定戦に出ると思うの?」クネクネ
日室「……」
京水「一夏ちゃんよ。一夏ちゃんは今回の件であなたに負い目を感じているはずよ。だからあなたが挫けてしまえば、自分から手を挙げるわ。
だけど、今の彼ではオルコットさんに勝てない。そうなれば彼に期待していた子たちがよってたかって彼を責める」ピタッ
日室「……!」
京水「弦人ちゃんが波動球で戦うしかないのよ! あなたもわかってるはず。だから何かを期待して私との特訓に応えたんでしょう!?」クネクネ
谷本「あれ? 来週の月曜でやるのテニスだっけ?」