『今日のニュースです。 先週、名門校で暴力事件が発生した——』
グラント・フェスタ地区予選から2週間程……イット達はそれぞれが普通の学院生活を送りながら日々の研鑽を積む中、朝のお茶の間にあるニュースが流れていた。
「なんか、怖いなぁ」
「イジメか……あまり縁はないけど、酷い事をするものだな」
「——この件についてはそろそろ方が付くわ」
イットとヴィヴィオの呟きに答えるように、飲み物を持ってきたアリサがこの事件に関与している風に答える。
「アリサママ」
「もしかして一枚噛んでいるんだ?」
「メチャメチャのメチャにされた、イジメていた女の子達が虚偽の被害報告を出しているそうでね。 証拠集めに駆り出されているわけ。 まあ、情報収集のスペシャリストがいるからそこまで苦労はしなかっけど」
「ふぅん?」
「情報収集の、スペシャリスト……?」
何のことかサッパリだったが、考える暇もなく時間となり……2人は朝食を済ませて家を出た。
「お兄ちゃん」
家を出ようとした時、妹の三女のみやびがイットを呼び止めた。
「ん? どうかしたか、みやび?」
「これ」
そう言って渡してきたのは1枚の長方形のカード……Xの数字が刻印されたタロットカードだった。
「これは……」
「運命の輪、逆位置。 今日はアクシデント」
「そ、そうなのか……気をつけるよ」
「うん」
みやびは占いが好きだ。 そこには
2人はいつもの通学路を歩いてザンクト・ヒルデ魔法学院に向かい、それぞれのクラス……イットは6年Aクラスの教室に入った。
「おはよう、皆」
「あ、おはよう、イット君」
「おはようさん」
いつものようにユミナ達に挨拶をし、自分の席に座るとネイトが近寄ってきた。
「なあ聞いたか、今朝のニュース?」
「今朝というと……暴力事件の事ですか?」
「ああ、なんでも被害者の女子は顔が血だらけになるくらいの重症で病院送りにされたみたいだ」
「ひえー、想像したくないよ」
「事件が起きた原因は分からないのですか?」
話を聞いて歩いてきたアインハルトの質問に、ネイトは横に首を振った。
「そこは何にも。 イットはなんか知らないか? 親から聞いてたりとか」
「アリサ母さんがその事件に少しな。 詳しい事は聞いてないけど、早くて今日中に終わるらしい」
「さすがは異界対策課、仕事が早いよ」
「あん!」
「にゃ、にゃ」
そんな話を他所に、イットの机の上で子犬と子猫のデバイスはじゃれあっていた。 そんな2匹にアインハルトは手のひらサイズのボールをあげる。
「そういえばエディさん、がんばっているみたいだね」
「いい経験になったのでしょう、DSAAで連勝続き……U15のチャンピオンも夢ではないでしょう」
「アインハルトはこういうのには興味ないのか?」
「え……私は、その……」
「まあ、参加は人それぞれだろ。 エディは大変だと思うけど、俺達もグランドフェスタに集中しよう」
「分かっています」
と、そこでチャイムが鳴り。 今日の授業が開始された。
◆ ◆ ◆
放課後——
今日のグランドフェスタに向けての特訓は休みとなっており、イットは今晩の夕食の買い出しに近くのスーパーマーケットに向かっていた。
「さてと、何買うんだっけ……ん?」
メイフォンでメモを確認しようとした時、横を通り抜けた銀髪の少女に目がいった。 少女は落ち込んだ様子で俯き加減で歩いている。 加えて履物がスリッパだった。
何かあった……そう感じたイットは声をかけようとした時……大きな音を立て、彼女に向かって急速に車が接近してきた。
「来い!!」
「ああ……っ!!」
「やめろっ!」
車から男達が現れ、少女を誘拐しようとした。 咄嗟にイットが助けに入るが、男の1人に妨害されてしまう。
その隙に少女は車に乗せられ……誘拐されてしまった。
「人が拐われたぞ!!」
「警邏隊に連絡を!」
当然、誘拐を目撃した周囲が騒ぎ始める。
「置いていきやがって……どけ、ガキぃ!!」
「——破甲拳!!」
「ぐはっ!!」
襲いかかってきた男の腹部に向けて掌底を放ち沈め、車が走り去った先を見据える。
「しまったな……一体どこに……」
「リンネ……!」
「ん?」
誰かを呼ぶ声がして振り返ると……いつの間にか、男の側に軽く逆立った藍色の短髪の少年が立っていた。
少年は車が走り去った方角をキッと怒りのこもった目で睨みつけ、一瞬で怒りが引いた顔で男を見下ろした。
(気配がなかった……!)
「手荒な真似はしない」
「お、おい何しやがる——」
有無言わさず少年は男を引きずって路地裏に入っていき……
——ぎゃああああ!! ごめんなさいごめんなさい!! 言います言います!!
「あー、すみませーん。 ここから先はR指定でーす」
「あん!」
「何やっているのよ……」
その光景を見て、通行人の眼鏡の女性が呆れていた。
◆ ◆ ◆
ミッドチルダ東部・娯楽街——
娯楽街の中心から離れた場所にある、最近潰れて閉鎖されたゲームセンター……その前に一台の車が停車しており、ゲームセンターの前には見張りらしき男が立っていた。
そしてゲームセンター内では……数十人の不良達が誘拐した少女を痛みつけていた。
「なんでこんな目にあっているのかわかるか? 先週お前がブン殴って病院送りにしたサラはな……あいつは、鼻と頬骨が折れてる……痛がって怖がって、毎日泣いてんだ!」
どうやら朝方ニュースになっていた名門校の暴力事件に関係しており……被害者の親族と容疑者の関係……このリンチは復讐か、報復のようだ。
「へへ……」
「…………最後に……フーちゃんと、アマノ君に……会いたかった……」
懺悔をするように少女が呟く……と、次の瞬間、大きな音を立てて人がドアを破ってゲームセンター内に吹き飛んで来た。
吹き飛んできた男は見張りをしていた者で……次に3つの人影がゲームセンターに入ってきた。
「はあ、はあ! 近場で助かったわぁ……走って車を追いかけるのは……はぁ、しんどい……」
「素でそれだけ出来れば十分ですよ」
「あん!」
「………………」
周りの不良どもに目もくれず入ってくるのは、3人の中で年長者であるメガネの女性と、太刀を腰に佩刀している黒髪の少年、イットと、イットより少し年下の藍色の髪をした少年だった。
「あ……アマノ……君……」
「へっ……!」
ゲスな顔付きで近づいてくる男達……それを、女性は顔面に裏拳、イットは納刀状態の太刀で面打ち、少年は手刀を鳩尾に突き入れ、一撃で昏倒させる。
「てめっ!」
「っ……でっ!!」
仲間がやられて次が襲いかかる。 女性は歩くように近寄り……金的からの回し蹴り。
「よっ、はっ!!」
イットは太刀を薙いで膝を折らせるように膝内を打ち、膝をついたところで顎を打って昏倒。
「っ!!」
少年は高く飛び上がってからの回し蹴り。 3人は無表情で男達を戦闘不能にする。
「ふぅ……そんな小さい女の子を攫って、一体なんのつもりなの?」
「………………」
「な、なんだテメェ!?」
「通りすがりの、元格闘家です」
「通りすがりの剣士です」
「通りすがりの忍……彼女の友人だ」
「おっと、動くんじゃねえ」
「ひっ……!」
男はナイフを抜くと、銀髪の少女……リンネの首筋に刀身を添えた。
「デバイス、武器類を洗いざらい捨てな」
「くっ……」
形勢逆転、周囲の不良どもはどう3人を嬲ろうかと不敵に笑いだす。
女性は丸腰のようで両手を上げて首を振り、イットは太刀を床に置いた。 シオンはデバイスだが、誰も犬のぬいぐるみがデバイスとは思うまい。
そして、周囲の不良どもが嘲笑う中、少年は……腰から質量兵器の苦無を大量に捨て、それと同じ数の手裏剣を捨て……それから煙玉、まきびし、鎖分銅、手甲鉤、丸太をガチャガチャと音を立てながら次々と捨て、小山くらいに積み上がった武器類を見て不良どもは絶句する。
「これでいいか?」
「どこに入ってたんだよそれ!?」
「……アマノ君の身体は……不思議だから……」
自分の置かれている立場も忘れて呟く少女。
「ま、まあいい。 お前ら、そいつらを可愛がってやれ」
気を取り直して、不良どもは刃物や鈍器を向けながらジリジリと近寄ってくる。
「に、逃げてください! アマノ……あなた達には関係ないんだから!」
「誰が逃すかよ!」
「ああっ!!」
「——おらあああああっ!!」
「ちっ!」
「来るなら来なさい……」
不良どもが一斉に襲いかかろうとした時……
「注目!!」
突然、彼女からアマノと呼ばれた少年が真横を……ゲーム台を指差した。 彼の叫びで不良どもが足を止めた。 するとゲーム台の電源が付き……どこかの病室が写しだされた。病室のベットには重症の少女が横たわっている。
全員の視線が画面に注がれ……不良のリーダーが目を見開いた。
「サ、サラ!」
「そう。 お前の妹だ。 ここに来る前に、彼女が今使っている医療機器に少し細工をしておいてね。 お前は妹とを心底大事にしているそうだな?」
「どこでそれを!」
「独自の情報だ」
「………………」
その独自の情報というのは、今は警邏隊に捕まっている先程の男を脅して得た情報であるという事は……イットとメガネの女性しか知らなかった。
「テメェ……! なんのつもりだ!!」
「何もしないさ。 そう……何もな」
不意に片手をあげるアマノ。 その手には6つのスイッチがあるリモコン、そのリモコンのスイッチを1つ入れると……画面内の少女が苦しみ始めた。
「サ、サラァー!」
「残り5つ……お前の妹が危険な状態に陥るまで、後いくつかな?」
そう言いながらまた1つ……少女はさらに苦しみだす。 それを見ていたリンネは痛みも忘れてポカーンと口を開けていた。
「さあ、どうする?」
「ちょ、ちょっとあなた、いくらなんでもやり過ぎじゃ……」
「や、やめろ!! さもないと——」
「さもない、と?」
リンネの眼前にナイフを突きつけて脅して来たが、アマノはさらにスイッチを入れて返答。 少女に繋がれている心拍計が危険な音を出し始める。
「っーーー!! こ、この女がどうなってもいいのか!!」
「ひっ!!」
「……殺すか……それもやむなしだ」
『はあっ!?』
淡々としたアマノの答えに、リンネや男はおろかイットと女性も驚愕する。
「リンネ……済まないがあの少女と、運命を共にしてくれ。テロリストには譲歩しない、これは次元世界常識だ」
「いつも思っているけど唐突だよね!?」
「安心しろ。 孤児院への遺書は俺が書く」
「書かないでよ!」
「では選べ! バーボン! 2人とも助けるか……2人とも殺すかだ」
滅茶苦茶だが、不良どもの戦意を削ぐには効果的だった。 誰もがどうしようかと頭を悩ませている。
も不良どもをまとめる立場として示しがつかないと、しかし妹の命が……この2つを天秤にかけていた。
「誰にでも大切なものはある」
痺れを切らしたのか、アマノが口を開く。 その顔はどこか闇に見えるような顔をしている。 すると、アマノは辺りを見回して不良どもの中の1人に指をさした。
「例えばお前。 そう、お前だ。 お前の名前はラム・バン」
「なっ!?」
「ノース魔法科高校2年。 中等部の妹を可愛がっている。その妹は毎日、夕方6時頃にアルト通りを通って帰宅する。 人気の少ない通りだ……どこかの悪党に狙われないか、心配だな?」
「あああっ!?」
その光景を想像したのか、ラムと呼ばれた不良は絶叫をあげる。 さらに続けてアマノは指をさす。
「それからお前だ、ジン・クリッパー。 ボタンインコを飼っているそうだな?」
「っ……!?」
「11歳の時に親に懇願して買ってもらった。 ボタンインコはすぐに死ぬらしいぞ? 窓の隙間から殺虫剤を流し込まれただけで……悶え苦しみ痙攣した挙句——」
「やめろおおおっ!! やめてくれーー!!」
「怯える事はない。 俺はお前のインコの話をしただけだ」
「……エグい……」
先程の不良と同様の反応を見せる。 2人の反応から見るにアマノの言葉は真実であり、そして逆らったら大事なものを失うという事実を突きつけられる。
ペースと命と等しい宝物はアマノの手の中、誰も逆らうことはできない。
「お前はウォカ・フォーカス。 汗水垂らしてやっと買ったバイクが……」
「うっ!?」
「お前はリッシュ・ナダ。 最愛の母親と2人暮らし」
「いいっ!?」
「そこのコザック・ナイトロは最近1つ年下の彼女が出来た」
「なあっ!?」
「さらにそこ、テキーラ・ターセルの姉は1週間前に子どもを出産、病院の医師から——」
『うわああああああ!!!』
アマノに恐怖したのか、耐えきれなかった不良どもは絶叫を上げながら一目散にゲームセンターから逃げ出した。
後に残ったのはアマノとリンネと呼ばれた少女、そしてメガネの女性とイットと……リーダー格である男だけだった。
男が放心している間にアマノはリンネの元に歩み寄り、彼女を拘束していた縄を苦無で切った。
「無事か、リンネ?」
「あ、ありがとう……でも……」
アマノはリンネに上着を着せ、リンネはお礼を言うと再び俯く。
「言いたい事はわかる。 さっさと全員縛り上げるべき——」
「違うから!! いくらなんでもやり過ぎだって!!」
画面を指差し、自分を貶めようと人物の心配をするリンネ。 それに対してアマノはどこ吹く風のように流し、手の平に隠されていた第7のボタンを押すと……ゲーム台の画面が消えてしまった。
「え……」
「へ……」
「合成画像のフェイクだ。 アラートが鳴っているにも関わらず医者も看護師も来なかった事に疑問を持たなかったのか?」
「………………チ、チクショー!!」
騙された事に怒りながら襲いかかろうとするが、女性が前に出た事で止まる。 しかしそれでも治る事はなく、リンネを指差す。
「いいか!? このガキは犯罪者なんだよ!」
「…………?」
「ウチの妹の顔面をグチャグチャにしやがった!」
「あら? それ本当?」
「…………本当です。 色んな事があって……それで……」
「もしかして、今朝ニュースで……」
イットはそこで、リンネが暴力事件の加害者だと気づく。 だがそれだけで彼女が悪かと判断する事はなく、事の次第を見守る。
「だからって、攫って敵討ちはいけないでしょう? ましてそんな……いやらしい感じに」
「いやらしい言わないでください……」
「うるせぇ! こいつにやられたウチの妹も友達も、なんも悪いことなんてしてねぇんだぞ!」
その言葉に、リンネは肩を震わせて目を見開く。
「友達同士の軽口にこいつが勝手にキレて……それでいきなり!」
「…………!」
「——それはないな」
彼の言葉をバッサリ否定するようにアマノは口を開き、続けてメモ帳を取り出して目を通す。
「事件後、洗いざらい調べたが……良家のベルリネッタ家のリンネが実は元孤児であったことを理由にクラスメイトであり被害者3名……お前の妹とその他2名からいじめの対象とされてしまう。 事件前日、リンネは自分のロッカーにあったジャージが切り裂かれており、さらにベルリネッタ家に伝わる御守り、《スクーデリア》が盗難されていた。 置き手紙から女子トイレに呼び出されたリンネは罵詈雑言を受ける。 さらに同時刻、ロイ・ベルリネッタ……リンネの義理の祖父の急な発作でリンネの義理の母親、ローリー・ベルリネッタからの呼び出しを受けるも、女子トイレでいじめを行う被害者3名から暴行を加えられリンネは気絶。目が覚めた時にはもう手遅れで、義祖父の臨終に立ち会うことができなかった。
……ここからは友人としての推測だが、リンネは一気に襲いかかった深い悲しみで絶望を覚え……翌日、ヤケになったリンネはいじめを行った3名に報復する。 以上だ」
淡々と、感情移入することなく事件の真相を淀みなく説明した。
「なんとまあ……」
(もしかしてアリサ母さんが言っていた情報収集のスペシャリストって……)
「……ふ、ふざけた事抜かしてんじゃ——」
「彼女から……」
それでも納得できない彼の言葉を塞ぐように、リンネがアマノの手を振り切って前に出る。
「彼女から、そう聞いたんですか?」
「リンネ!」
「彼女から! そう聞いたんですか!?」
「ぐあっ!」
制止を振り切ってリンネは胸倉と片腕を掴んで持ち上げる。 その力は圧倒的で、普通の少女が出せる力をゆうに超えていた。
「事実と違います。 全て、アマノ君が言った通り、それが真実です。 あの子達が、私と祖父と、スクーデリアにした事を謝ってくれるなら……」
「ぐううっ、ぐあああ……っ!!」
「なんて力だ……」
「くぅん……」
「リンネは生まれつき膂力が高い。 被害者3名の顔面がグチャグチャのグチャになった要因でもある」
そう言ってメイフォンを見せるアマノ。 イットと女性が画面を覗き込むと……そこには血塗れの少女3人と大きく凹んだ下駄箱、床に散乱した上履き、そして返り血を浴びたリンネが写っていた。
「暴力を振るった事は謝ります。 その後で、あの子が私に、同じだけ殴り返したいと言うのなら……それを黙って受け止めます」
「ぐああああ!! ああぁぁ!!」
「だけどもしも、彼女が家族にまで嘘をつくような人であるなら……」
男の手首から嫌な音が大きくなってくる。 リンネは手首を離し、軽蔑した目で男を睨む。
「私は……もっと……許せなくなる……」
「はあ!! はあっ!! はあ!!」
息を荒げながら折れてないか自身の手首をさする男……そんな男を無視してリンネはペコリと3人に礼をした。
「リンネ。 無事でよかった」
「ありがとう、アマノ君。 フーちゃんと一緒に来てくれたらもっと嬉しかったけど」
「全く、余裕ぶっこいて」
アマノに額を小突かれ、リンネは苦笑する。
「あ、そういえばすみません」
と、そこでリンネは思い出したかのように男に振り替えり質問をする。
「サラって……3人の中の、どの子?」
「……え……」
「はあ……リンネは興味が無いものにはとことん興味が無いな。 頭の上にリボンをつけたやつだ」
「…………あぁ…………」
言われてようやく思い出す。 知りたくも無かったのか、それとも本当に興味が無かったのかは定かではないが……リンネは報復を果たした当時、怒りも悲しみも絶望も……何も感じ無かったのかもしれない。
「……ああぁ……ああああっ!!」
「下がって!」
「ふんっ!」
狂乱した男はリンネに襲いかかろうとする。 その前に女性が前に出て蹴り飛ばし……ゲーム台を薙ぎ倒しながらようやく沈黙した。
「私、ジル・ストーラです。 あなたは? それと、あなた達も」
「リンネ……ベルリネッタです」
「神崎 一兎です。 こっちは相棒のシオン」
「あん!」
「アマノ・ヒノミヤ。 助太刀、感謝する」
その後、警邏隊が到着。 先に逃げ出した不良も含めてまとめて逮捕された。
リンネはアマノが提示した証拠から無実となったが、本人の希望で保護観察期間を設けた。 リンネは養子縁組の破棄も望んでいたが、彼女を説得するのはベルリネッタ家や彼次第だろう。
◆ ◆ ◆
あの後、買い物があるため調書から逃……後回しにしたイットは遅れながらも買い出しを済ませ帰宅した。
その途中、逃げる前に彼らが連行されていくのを見て、アマノはボソリと呟いた。
「事件があった翌日からリンネの周辺警護をしていた。 施設から逃げ出したリンネを偶然発見した事には気付いていたが……まさか白昼堂々と人攫いをするとは思ってもみなかった。 家族愛とは盲目なものだ」
と、言っていた。 イットは分からなくもなく、自分も誤ちに陥らないように気をつけるようにする。
ちなみに、今回の事件はニュースになっており、夕食で食卓を囲んだ時……何処と無く親達からの視線が痛かった。
(これは絶対に気付かれてたな……)
「くぅん?」
寝そべっていたシオンがイットの心情に気付いたのか顔を上げ、イットは苦笑しながらシオンの頭を撫でる。
「しかし、ジルさんに誘われた時のリンネのあの顔は……」
ジルはリンネのポテンシャルを見て、格闘技に興味はないかと自身のジムにスカウトしていた。 その時のリンネの表情が……記憶の奥底に浮かぶ、鏡に映った顔に似ていた。
「力を求めて、何もかもを喰らおうとした……彼女の顔にそっくりだった」
もう残っているものは無くても、何を捨ててでもやり遂げようとした
「——リンネ・ベルリネッタ。 彼女はどこに向かうんだろうか……」
窓を開けて夜空を見上げ、空に浮かぶ月を見つめる。 その月は……イットの視界には何処と無く赤く見えた。