新暦77年、2月ーー
「……ここがSt.ヒルデ魔法学院か……」
ミッドチルダ北部寄りにある教会系列の魔法学校……朝早くにその学院の正門前にここの初等部の男子制服を身に纏い、肩に刀装を担いでいるイットがいた。
「ライノの花……もう少しで咲きそうだな。 咲き誇るのが楽しみだな」
道なりに植えてある木を見上げ、枝に付いている蕾を見ながらイットは嬉しそうに笑う。
数日前にイットはエディと共にミッドチルダに到着し、そのまま自宅に向かうと……妹にタックルされたりおかえりを告げた親がすぐ様学校に行けと命令し。 ドタバタと何やかんやあってこの学院に編入することなった。
ちなみにエディは格闘技を優先する事で教育機関には入らなかったが、通信教育を受ける事になっている。
「(——付近の雰囲気も良かったし、いい学院だな)さて、受付はどこかな……」
教会系列の学院という事や初等部から高等部の校舎がある事も相まって敷地は広く、イットはメイフォンと辺りを見比べてキョロキョロする。
「きゃっ……」
「え——」
突然、イットの背に軽い衝撃を受けた。 振り返ると……そこには尻餅をついているここの初等部の女子制服を着た、碧銀の髪をツインテールにし、右が紫で左が青の虹彩異色の瞳をした少女がいた。
「……ぅ……」
「ご、ごめん、大丈夫か? ……すまない、俺がぼうっとしてたせいだな」
「……いえ」
イットは謝罪しながら少女に手を貸し、少女は気にしてない風に見せてその手を取り、立ち上がって付いた砂を叩いた。
「気にしないでください。 私も不注意でしたの、で…………」
「そう言ってもらえると助かる」
「…………ぇ…………」
イットがホッとする中、少女はイットの顔を確認すると……思わず驚愕の声を漏らした。 それを見たイットは不審に思う。
「あの……どうかしたのか?」
「! いえ……何でもありません……」
何でもないようには見えないが、少女は“失礼します”と言いながら礼をし、足早に学院内に入って行った。
何か気に触る事でもしたのかとイットは呆然としていると……
「あの、どうかしましたか?」
今度は背後から声をかけられた。 また振り返ると、そこには制服を着た背中まである黒髪を少し結っている少女がいた。
「いや……今日からここに編入する事になって、受付はどこかなと」
「それなら案内しますよ。 同じ初等生みたいですし」
「ありがとう、助かったよ」
イットは彼女からその好意を受け取り。 彼女の案内の元、2人は歩き出した。
「この時期に編入なんて珍しいですね? 何か事情でもあったのですか?」
「少し前まで辺境にいてね。 つい最近帰ってきて、親達に言われてここに編入したんだ」
「へぇ、そうなんだ……(親達?)」
少女はイットの言葉に疑問を覚えるが、質問する前に初等部の校舎にある受付に到達した。
「あ、もう着いちゃった。 ここが初等部の受付だよ」
「そうか……ここまで案内をしてくれてありがとう」
「どういたしまして。 同じクラスになれたらいいね」
少女はイットにヒラヒラと手を振り、下駄箱がある別の入り口に入って行った。 それを見送ったイットはふと気付いた。
「しまった……名前聞くのを忘れてた。 まあ別のクラスだったとしても会う機会はいくらでもあるか」
そう考えると気持ちを切り替え、受付を通してからイットは職員室に向かい。 そこで担任となる女性の教師に挨拶をした後、自分が所属する事になる教室に案内された。
担任に廊下で待っていろといわれ、イットは少し緊張しながら呼吸を整えた。
(ふぅ……やっぱり緊張するな……)
と、その時……ドア越しに教室の中が騒ついている事に気付いた。
(…………? 少し騒がしいけど……何かあったのか?)
イットは目を閉じ、少し気配を探ろうとした時……担任から呼ばれ、気配を探るのをやめてイットは目を開けながら教室の扉を開けた。
◆ ◆ ◆
ザンクト・ヒルデ魔法学院、初等部6年Aクラスの教室ではある噂で持ちきりだった。
「ねえ聞いた? うちのクラスに編入生が来るんだって」
「ええ? この前始業式があったばかりなのに?」
「何でも事情があったらしくてね」
教室の中は編入生の噂で持ちきりだった。 女子生徒は男子か女子のどちらかと話し合い、男子生徒はあまり関心は薄かった。
(ふーん……)
(……面白い“気”です。 恐らくはこの方が……)
(もしかして……)
三者三様に編入生の存在を考える中……教室に担任が入ってきた。 生徒達は担任に挨拶をすると自分の席に座り、担任は教卓の前にだった。
「今日は皆にお知らせがあります。 今日からこのクラスに新しい仲間が入る事になりました」
「先生! 男子ですか? 女子ですか?」
「カッコいいですか!?」
「それはあなた達の目で確認してください。それでは入って来てください」
担任が編入生を呼びかけ、少し遅れて扉が開いた。 入って来たのは肩に細長い袋を担いでいる黒髪の男子……イットだった。 担任はブラックボードに“ 神崎 一兎”と表示した。
「それではイット君、自己紹介を」
「——初めまして、神崎 一兎です。 色々と事情があってこの時期に編入する事になりました。 あまり気負わずに、親しくしてもらえると助かります」
イットはありきたりな自己紹介をして礼をする。 イットは顔を上げてクラスの反応を見ると……女子の間でかなりヒソヒソしていた。
(普通に自己紹介しただけなんだけど……)
何か変な事を言ったのか疑問に思っていると……ふと、今朝道案内をしてくれた黒髪の女子がいた。 視線に気付いた女子はヒラヒラと手を振るう。
イットは会釈をしながらクラスを見回す。 すると、今度は正門でぶつかった碧銀の髪の女子もこのクラスにいた。 だがイットに気付いている様子はなく、手元の本を読んでいた。
そして気付いた……その彼女の隣に空いている席があると。 その後、予想通りイットは本を読んでいる彼女の隣の席に座った。
「……………………」
「……えっと……さっき振りだな。 俺は神崎 一兎、よろしく頼むよ」
イットが声をかけると少女は本から顔を上げてくれ、イットの方を向いた。
「アインハルト・ストラトスです。 よろしくお願いします」
「ああ、こちらこそ」
碧銀の髪の少女……アインハルトは右手を差し出し、イットはその手を握り返して握手をした。
それから1限目が始まり……授業が終わると同時にイットの周りにクラスメイトが集まった。
「イットって、どこの生まれなんだ?」
「なんだか珍しい名前だね」
「その細長い袋には何が入ってんだ?」
「前は何やってたの?」
「好きな食べ物とかある?」
「え、えっとー……」
次々と質問をされタジタジになるイット。 そのまま質問責めを受けていると……
「これ皆、イット君が困っているよ。 あまり質問責めにしないの」
あの黒髪の少女が助け船を出してくれた。
「ありがとう、助かったよ」
「いいよ、このくらい。 あ、そう言えばまだ名乗って無かったね。 私はユミナ・アンクレイヴ。 よろしくね、イット君」
「ああ、こちらこそ」
お互いに自己紹介をし、それから次々と名前を名乗られ……イットは覚えるだけで手一杯だった。
そして授業は進み、昼休みとなった。 この学院は基本弁当か食堂かのどちらかで。 編入や家庭の事情でゴタゴタしていたイットは食堂で昼食を食べているた。 と、そこに2人の少年が近寄って来た。
「相席、よろしいですか?」
「ああ、もちろん」
「サンキュー」
了承を得て、2人はイットの正面の席に並んで座った。
「確か君達は同じクラスの……」
「お、よく見てんだな。 俺はネイト、ネイト・ティミルだ。 よろしくな、イット」
「フゥ……フォン・ウェズリーと言います。 どうか良しなに」
少し跳ねている金茶色の髪の少年……ネイトは自分の胸を親指で差しながら。 黒髪を長い三つ編みにした少年……フォンは一度呼吸を整えながら自己紹介をした。
「改めて、神崎 一兎だ。 よろしく頼むよ、ネイト、フォン」
「おう、よろしくな」
「よろしくお願いします、イット」
◆ ◆ ◆
「ふうん、剣の修行でねぇ……」
放課後……イットは仲良くなったネイトとフォンに軽く今までの経緯を説明していた。
「それは大変でしたね」
「大変ではあったけど……苦では無かったかな。 自分の為でもあったし……強くはなれたと思う」
「そうか……で、お前が言っているそのチーム戦による大会ってのは……これのことか?」
ネイトがメイフォンを操作し、イットに画面に表示されたものを見せた。
「ああ、たしかにこれだな」
「——DSAA主催の大会、グランド・フェスタですね。 参加条件は男女問わず6人以内のチームを組む事。 確か……予選は早抜けでしたね」
「参加人数を大幅に減らす為だな。 何せ始まって3年目だが、参加チームは年々増え……去年は約100チームも参加した」
「そ、それは凄いな……」
「——が、本選に通過できるチームはほんの6チーム。 しかも二次予選は毎年違うそうだ。 総当たりであるのは確実だが……宝探しであれば争奪戦だったり、特殊ルール下での戦闘だったりもする」
「かなりハードなんだな……気軽に参加って言ってたのに、あの人も人が悪いな」
あの時、参加を進めて来た男性を思い出しながらイットは嘆息する。
「それでチームは集まってんのかよ?」
「メンバーは俺ともう1人、これから集める予定だ」
「そうか……なあイット、俺達もチームに入れてくれないか?」
「え……」
突然の申し出に、イットは思わず呆けてしまう。
「これでも俺達は腕が立つ方だぜ。 インターミドルも面白えが、一度参加してみたかったんだよ」
「えっと、参加してくれるなら嬉しいんだが……フォンもそれでいいのか?」
「イットが問題ないなら。 私はこれでもルーフェンの武術を使います。 足手まといにはなりません」
「実力を疑うつもりはないんだが……いいのか?」
イットは少し考え込み……頷いた。
「なら、よろしく頼むよ」
「それで、あと2人か……他に当てはあるのか?」
「久しぶりにここに帰ってばかりだからな、当てはまるでない」
「……1人、当てがあります」
「本当か!?」
「イットの隣の席の女子……アインハルトさんです」
思いがけない提案だったが、イットは思い当たる節があった。
「やっぱりイットも気付いていたんだな?」
「半信半疑だったけどな。 前に彼女にぶつかった時に分かったんだが、かなりガッシリとした身体付きだった。 あれはかなり鍛えていると思う」
「私達も以前より知っていました。 しかし彼女はあまり人と接したがりませんし、隠している節もありましたので……」
「そうなると、無理に誘う訳にはいかないかもな」
「……とりあえず、メンバーは後に揃えればいいだろう」
そこで言葉を切り、ネイトは立ち上がった。
「来いよイット、俺達の実力を見せてやる」
「中央第5区に穴場の練習場があります。 そこで力をお見せしましょう」
「ああ、拝見させてもらうよ。 それだけの自信があるんだからかなりの実力なんでだろうな?」
「それはお互い様ってやつだ」
先ずは互いの実力を確認すべく、3人は教室を後にした。
(あれ……イット君?)
教室を去るその背中を、ユミナが目撃していた。