ハッと目を覚まし、そのままバネ仕掛けの玩具の様に飛び起きる。
まるで全力疾走した後の様に息が荒く、冷や汗が止まらない。
冬の朝の冷気が身体に纏わり付いて気持ちが悪かった。
ぶるりと身体を震わせると、身体から奪われた温度を少しでも取り戻そうと飛び起きた拍子にずり下がった毛布を胸元まで上げる。
息が整うまでしばらくそうしていた。
落ち着いてから先程まで視た悪夢を思い出してみる。
暗い闇。
泣いている彼女。
それを見ている私。
思い出すだけでも嫌な夢だった。
この家の真実を知って以来、彼女が泣く夢を頻繁に見ていた。
その頃は今みたいに飛び起きて、けれどベッドから出る勇気も無くて。
そうやっていつまでも起きてこない私を彼女が起こしにやって来るまで一人で震えていた。
彼女に負担をかけまいと思っても、ベッドから出た途端に悪夢が私を丸呑みにしてしまう気がしてどうしても出来なかった。
しかし月日が経つにつれて悪夢を見る頻度は徐々に減っていき、小学校を卒業した頃には全く見なくなっていた。
幾度も繰り返し見せられた悪夢。
暗い闇。
泣いている彼女。
何かをすることも出来ず、ただその光景を視ることしか許されない。
泣いている彼女を見る度に罪悪感で心が軋んだ。
けれど今回は今までの夢と少しだけ違った。
私が見えた。
現実の様にただ彼女を見ているだけの私を俯瞰していた。
こんなことは初めてだ。
今になって自分の身体と視点が遊離したのは何故だろうか。
そこまで考えた私は扉を控えめに叩く音で我にかえった。
[春菜ちゃん、起きてますか?]
[はい、起きています。]
[朝食はテーブルの上に置いてあります。
冷めてしまう前に食べて下さいね。
それでは、いってきます。]
[分かりました。
いってらっしゃい。]
扉の前から足音が遠ざかっていく。
間桐 桜。
私、間桐 春菜の義理姉にして間桐家の次期当主である。
元々彼女は遠坂家の次女であったが間桐家に養子として引き取られた。
ただ衰退の一途を辿る一方となった間桐は聖杯戦争に勝つ為の素材として優秀な魔術師を、
魔術師として優秀なニ子を授かった遠坂はかの悲願を叶える為に魔導の家門による加護を、
それぞれ望んでいた。
両家の利害は一致し、こうして彼女は間桐 桜となった。
同い年の私達は彼女が遠坂の家にいた頃から彼女の実姉である凜と共に遊んでいた。
気が強く高飛車のようでいて、困った時には助けてくれる、そんな頼れる人だった。
彼女より奥出な彼女と私はいつも凜の後を付いて回っていた。
(あの頃はいつも三人で笑いあっていたのにな···)
そう考えて何気なく時計を見てみると随分と時間が経っていることに気が付いた。
きっと彼女が用意してくれた朝食は冷めてしまっただろう。
ようやくベッドからでた私は最低限の身嗜みを整えるために洗面所へ向かう。
鏡にはいつも通りの自分が写る。
覇気のない表情。
母譲りの綺麗なストレートの髪。
色は父親譲りの忌々しい群青。
鏡は嫌いだ。
自分が間桐の人間であると否応なしに見せ付けられる。
鏡の中の自分から目を反らし、階下へと下りていく。
今朝視た夢はいつの間にか思考の隅に追いやられてしまっていた。
桜登場です。