Fate/Grand Order IF 星詠みの皇女   作:ていえむ

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序章
prologue


こんなはずではなかったと、少年は考える。

一秒毎に酸素が奪われ、細胞の一つ一つが死滅していくのを自覚しながら。

目の前で起きている理不尽に抗い、辛くも死線を潜り抜けながら。

今この瞬間、生きている事に感謝すらできないまま、少年は何度目かの思いを反芻する。

こんなはずではなかったと。

 

「・・・っ!」

 

目の前に現れた異形の存在が剣を振るい、それをギリギリのところで避ける。

間髪入れずに手の平に魔力を集中し、異形の脇腹目掛けて不可視の力場を叩きつける。

慣れているはずの詠唱が、自身の内から組みあがる魔力の流れが、形作られる神秘の行程が、

生まれた時からその身に刻み付けてきた魔術の発動が、焦りからか躓き、

思うように形にならない。

異形が吹き飛ぶまでの一瞬が、まるで永遠の出来事のように思えてしまう。

その度に少年は、こんなはずではなかったと歯噛みする。

見下ろした異形はこちらの攻撃で傷ついた体など意にも解さず、すぐに立ち上がろうとする。

更に物陰から1つ、2つ。

騒ぎを聞きつけたのか、同族と思われる異形が武器を手にしてこちらに迫る。

少年は舌打ちし、逃げるために詠唱を紡ぐ。

自身の内側で、見えないメトロノームがリズムを刻み、焦燥の裏で理性が疾駆する。

急げ、急げと急かす心をねじ伏せるように、励起した回路が熱を発し、

両足と心肺に魔力を込める。

刹那、少年は大地を蹴った。

時間にして三秒にも満たないその作業は、少年にとって悔しさと自己嫌悪で

喉を掻きむしりたくなるほど遅く感じられた。

想定してきたはずだった。

訓練をしてきたはずだった。

準備も整え、仲間もいて、全てが万全だった。

 

「こんなはずじゃなかった」

 

それなのに、何もかもうまくいかなかった。

過去へと飛ぶ儀式は失敗し、多くの仲間は行方不明、バックアップとも連絡が取れない。

少年の最後の記憶は轟音と火災。燃え落ちる管制室と死に向かう同僚の姿で終わっている。

出口は閉ざされ、そこで同僚である少女と共に自分は死ぬはずだった。

しかし、自分は今、瓦礫の町で異形に追われ、命からがら逃走劇を演じている。

少年は凡人ではあるが、それでも我を忘れるほど愚昧でもなかった。

ここが事前に教わっていた目的地であることも、

そこが予想以上の地獄に彩られていることもすぐに理解した。

つまり、自分だけが当初の予定通り、死地へと送り込まれてしまったのだと。

 

「どうして僕なんだ。何故、僕なんだ!」

 

砂塵で目くらましを起こし、追いつこうとしていた異形を足止めする。

その隙に目についた屋敷の門を潜り、広い庭園を死に物狂いで駆け抜けた。

何度目かの反芻。

自分よりも優れた者は大勢いた。

例えば天体科の首席ヴォーダイムなら涼しい顔をしてこの場を切り抜けるだろう。

ペペロンチーノならそのふざけた名前の通り、この狂った町に順応するはずだ。

得体のしれないベリルやディビットは言うに及ばず、

ヒナコやオフェリアもきっと自分よりうまくやるはず。

もしかしたら彼女も・・・。

そこまで考えて頭を振る。

駆け込んだ物置らしき建物に魔力を通し、強度の補強を試みる。

土で塗り固められたこの小屋は、少なくとも木と紙でできた他の日本家屋よりは

自分の魔力の通りは良い。

そう考える間もなく、木製の扉は異形の拳で呆気なく吹き飛ばされた。

衝撃を諸に受けた少年は砂まみれの床を跳ね、固い壁に体を叩きつけられる。

一瞬、床に描かれた紋様が目に入るが、頭をそれを認識する前に視線が揺れる。

異形がすぐそこまで迫ってきていた。

振り上げられる得物を見上げ、少年は乾いた笑みを零す。

死への恐怖、無力への嫌悪、積み上げてきた人生を台無しにされる絶望感。

何度目かの反芻。

こんなはずではなかった。

そう、こんなはずじゃなかった。

こんなことで良いわけがない。

まだ終わるわけにはいかない。

 

(何でもいい、僕は選ばれたんだ。凡人でも、特別でも、才能があろうとなかろうと。

僕は選ばれた。なのに、折角のチャンスを、僕はまだ掴めてすらいない)

 

ここまでで何度も繰り返した後悔に、しかし諦観は一つとしてなかった。

どれほどの絶望を前にしても、諦めるという選択肢を彼は拒否し続けた。

心の底から、まだ死ぬわけにはいかないと、願わずにはいられなかった。

 

「告げる!」

 

無意識に、唇が言葉を紡ぐ。

声にできたのはこの一節のみ。

がむしゃらに編んだ術式は綻びだらけで、お世辞にも褒められたものじゃない。

しかし、彼の思いの全てが込められたそれは、ひびだらけにも拘わらず奇跡的に形を成し、

足元に描かれていた魔法陣の機能を十全に発揮させることができた。

元より詠唱とは自身を作り替えるための自己暗示に他ならない。

この瞬間、死にかけも同然であった肉体は、一個の魔術回路として息を吹き返し、

偶然にも起こし得た奇跡を動かす歯車となった。

息を吐き、言葉にならない言葉で無理やり詠唱を続け、粗悪な燃料で動力を回す。

瞬く間に魔法陣は輝きを増し、稲妻を帯びた魔力の奔流が襲い掛かろうとした異形の生物を

逆に吹き飛ばした。

光で視界が焼け、万能感にも似た高揚と共に異質な何かが自分の中に入り込んでくる感覚。

励起した魔術回路が悲鳴を上げ、なけなしの魔力すらも汲み上げて光が人の姿を形どった。

 

「あぁ・・・」

 

冷たい風が熱気を奪う。

肌を刺すような冷気。吐く息すらも一瞬、白く染め上げられた。

光の中から現れたのは1人の少女。

白と青。

華やかで儚げで、握れば折れてしまいそうな華奢な痩躯。

白銀の髪と澄んだ瞳。

その姿を少年は目に焼き付ける。

その瞬間だけ、少年は今の状況も己の危機も何もかもを忘れていた。

恐らくは一秒すらなかった光景。

されど。

その姿ならば、たとえ地獄に落ちようとも、鮮明に思い返すことができるだろう。

 

「サーヴァント、キャスター。召喚の求めに応じ、ここに参上したわ。

問いましょう。あなたが私のマスターかしら?」

 

少年、カドック・ゼムルプスは運命と出会う。

 

これは証明だ。

少年と少女が世界を救う。

ただそれだけの物語だ。




獣国クリア記念。
カドアナだって人理を修復してもいいじゃないという思いをただただぶつけてみたくなった。
とりあえず、冬木の構想だけはできているのでそこまでは走り抜ける予定。
何分、情報が少ないのでカドックが段々、別人になるかもしれないことが怖い。

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