Fate/Grand Order IF 星詠みの皇女   作:ていえむ

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終幕の物語 -Demonstratio-

あれからどれほどの月日が流れただろうか。

つい最近のようにも思えるし、遠い昔のようにも思える。

ただ、どれほどの月日が経とうとも、あの美しくも騒々しい日々は鮮明に思い出すことができた。

いったい、あれからどれだけの国々を見て回ったであろうか。

吹雪で覆われたカルデアを飛び出し、幾つもの国を訪れた。

その国の英霊達に所縁のある土地を訪れ、彼らの足跡を辿り、そしてまた次の国を目指す。

今日までずっとそれを繰り返してきた。

フランスでは聖処女の最期に涙した。

ローマではかつての皇帝達の華やかな治世を夢想した。

カリブでは大海賊時代を生きた海の男達に思いを馳せた。

いくつもの国を巡り、多くの人々と出会った。

トラブルに巻き込まれたのも一度や二度ではない。善行も悪行も人並み以上に積み重ねて、ここまで辿り着いた。否、ここに来てしまった。

 

(アナスタシア)

 

カドックは今、ロシアのエカテリンブルグ市を訪れていた。

季節は夏、極寒の地ロシアでも日差しが肌を焼き、人々が解放感に酔い痴れる時期だ。

ここに来る途中でも、公園で肌を焼く人々が何人もいた。

当たり前のことだが、空は抜けるように青く雪が降る気配など欠片もない。空を見上げたカドックは何度もそれを確認し、その度に胸を撫で下ろした。

この季節ならば彼女を思い起こす雪を見なくて済む。そう考えてロシアを訪れたのだが、やはり故郷なだけあって否がおうにも彼女のことを連想してしまう。

アナスタシア・ニコラエヴナ・ロマノヴァ。

共にグランドオーダーを駆け抜けた最愛のパートナー。

彼女と別れてからどれほどの月日が経っただろうか。

いつから自分は杖を突くようになったのだろうか。

いつから上着に袖を通すのも難儀するようになったのだろうか。

こうして坂を昇るだけで動悸がするようになったのはいつからか。

思い出せない。

あの美しい日々がいつのことだったのか、少しずつ記憶は綻び始めていた。その美しさは覚えていても、遠い昔のように感じられる。それなのに、自分はまだ世界をさ迷っていた。

人理修復を成し、勝ち取ったこの世界で自分に何ができるのか。それを見つけ出す為に世界を回っておきながら、未だに何も見い出せずにいる。

ちょっとしたことならできる。目の前で困っている人を助けることはできる。

たいそれたことはできない。世界中で頻発するテロや災害、資源の枯渇はどうしようもない。

そして、そのどれに対しても心が動くことはなかった。

できることを少しずつ積み重ねていくでなく、大いなる目的を掲げて邁進するでなく、答えを探して同じ場所をうろうろと回り続ける毎日だ。

そうして、遂にここまで来てしまった。

彼女を思い出すから、ここにだけは来るつもりはなかったのだが、どうしても会いたくなってしまった。

 

(アナスタシア、来てしまったよ……)

 

坂を昇った先に建っていたのは、ロシア特有の球状の屋根を設けた白い教会であった。

名を血の上の教会。そこはかつてイパチェフ館と呼ばれる屋敷が建っていた場所であった。

そう、アナスタシアが生前に家族と過ごし、最期を迎えた血塗られた屋敷の跡地だ。

今は屋敷は見る影もなく、取り壊された跡地には惨殺されたロマノフ家の鎮魂のために教会が建てられたのだ。

 

(立香とマシュは元気にしているよ。しばらく顔を見ていないけれど、ちゃんとやっていた。二人とも自分の夢を持って生きていた。けれど……)

 

自分には何もない。

この世界のどこを探しても、進むべき道が見い出せなかった。

時計塔の権力抗争になど興味はなかった。一族が掲げた根源への到達ですら、今はどうでも良かった。

多くの出会いと別れを繰り返し、世界の隅々まで見渡した果てに、自分が望むものはこの星にはないのだと突き付けられたのだ。

先の見えない闇の中に一人、放り込まれたような気持ちだった。

かつての仲間達も成功を掴んでいた。なのに自分だけがあの時から足踏みを続けている。

物理的な話ではない。吹雪に覆われたカルデアから、自分はまだ足を踏み出せないでいる。

何が開位だ。何が人類最後のマスターだ。

称賛に意味はなく、栄光に誉れはない。自分が欲しいものはそこにはない。

求めているのはたった一人の賞賛だ。

求めてしまったのは彼女からの叱咤だ。

この世界にはアナスタシアがいない。

彼女がいなければ、自分は一歩だって前には進めない。

この長い旅路で、改めて思い知ることになった。

自分は弱い。一人では決して生きられない弱い生き物だ。

彼女の励ましが、彼女の叱咤が、彼女の檄がなければ立ち上がる事もままならない。

未練だ。

あの夜の別れを未だに引きずり続けている。

胸に空いた空白が埋まらない。埋める術が見つからない。

だから、ここには来ないと決めていたロシアを訪れた。

ここならば彼女に会えるのではないかと、一縷の希望に縋ってのものだった。

無論、そんなことは有り得ない。彼女は過去の人間で、既に亡者だ。呼びかけたところで返事はなく、もう一度出会うことも叶わない。仮に英霊の座から呼び出したとしても、それはもう別の彼女なのだ。

もう諦めるべきなのだろうか。

こんなはずではなかったと、足掻き続けるのを止めれば楽になれるかもしれない。

自分は彼女の下には逝けないけれど、こうして苦しみ続けるよりはずっと気が楽になるはずだ。

 

「ごめん……アナスタシア……」

 

自らの不甲斐なさを嘆き、小さな声で今はいない最愛の人へと謝罪する。

やはり自分は未熟な魔術師だ。君がいなければ何も掴めない。どこにも進めない。

自分のことを認めて送り出してくれた彼女に報いる術が見つからない。それが堪らなく悔しくて、堪らなく惨めで、胸が押し潰されそうなほどの後悔が心を過ぎる。

頬に冷たい雫が落ちたのは、その時であった。

 

「……!?」

 

涙ではなかった。

馴染みのある、冷たい刺すような痛み。

見上げた空から幾つも零れ落ちてきたのは、このロシアではそれほど珍しくはないもの。けれども、この時期にはほぼありえない空からの贈り物。

ちらちらと舞い散る粉のような雪が、抜けるような青空から降ってきたのだ。

 

「なんだ、雪か?」

 

「急に冷えてきたわ、まだ夏なのに……」

 

周りにいた人々が、口々に騒ぎながら屋内へと逃げていく。

そんな中、カドックは一人教会の前で立ち尽くしていた。

不審がる者もいたが、身を刺すような寒さには抗えないのか周囲から人の姿はどんどん消えていった。

静寂に包まれた広場に残されたかつての少年は、吹き荒れ始めた雪の中で声を聞いた。

かすかな、しかし確かに聞こえた彼女の声を、一言も逃すまいと耳を澄ませた。

 

――――大丈夫、あなたはまだ進もうとしているでしょう?――――

 

手からは零れた杖が乾いた音を立てる。

 

――――なら、きっと正しく為すべきことを為すでしょう――――

 

懐かしいあの声が、愛おしい彼女の声が、雪に紛れて耳朶へと溶けていく。

 

――――けど、一人で立てないのなら何度でも言ってあげる――――

 

彼女の最後の言葉を思い出す。

あの夜の別れを思い出す。

彼女は言っていた。自信が持てない時は会いに来て欲しいと。ずっと待っているからと。

 

――――あなたは人理を救ったマスターでしょう? 何をぐずぐずしているの、その足はお飾りかしら?――――

 

彼女はここにいたのだ。

あの夜から、家族と共に殺されたあの日からずっと、自分がここを訪れた時の為に待っていてくれたのだ。

 

――――責任の取り方は分かっているでしょう? その命をロマノフの皇女たる私に捧げなさい。そして、もう一度立ち上がるのです。今度は、自分だけの力で――――

 

何て、何てお節介な皇女様だろうか。

自分の中に力を残していっただけでなく、来るかどうかも分からない男のために自らの死地にしがみ付いていたなんて。

ああ、自分はなんて恵まれた人間なのだろう。

彼女の言葉は万の歓声に値する。例え世界中の不幸を一身に背負ったとしても、その言葉が胸にあれば立ち上がれる。

彼女は皇女(サーヴァント)として命じた。自分の足で立ち上がれと。

ならば応えよう。それが従者(マスター)である自分が彼女のために唯一できることだ。

 

(ああ、そういえば忘れていた)

 

転がった杖を拾い上げ、ゆっくりと立ち上がる。

脳裏に浮かぶのは彼女と過ごした最後の瞬間だ。

あの時、彼女はとんでもない告白を残して去っていった。その答えを自分は口にしていない。

あれほど一緒にいたのに、互いの顔を飽きるほど見つめていたのに、その言葉を一度だって口にしたことはなかった。伝えたことはなかった。

君を愛していると。

酷い女だと思った。一方的に自分の気持ちだけ告げて、答えを聞くことなく消え去ったのだ。今となっては憎らしいとさえ思えた。

だから、会いに行こう。

彼女をこちらに呼び出すことはできない。召喚されたサーヴァントはもう別人なのだ。

だが、こちらから会いに行けば?

英霊の座にいる彼女の本体ならば、自分のことを覚えてくれているのではないだろうか。

確証はない。確かめる術もない。そもそもどうやって会いに行くか見当もつかない。

それでも荒野に踏み出そう。

届くかどうかも分からない星を目指して、止まることなく歩き続けよう。

そのためならば何でもできる。どんなことでもやれるという自信があった。

必要ならば聖杯すら手に入れよう。根源にすら手を伸ばそう。

そして、再び出会えた彼女に言ってやるのだ。

 

「人は必ず、星に届く」

 

それを証明する。

自分だけでは無理だろう。

未熟な魔術師が一人で奮闘したところで、爪先すら掠ることはないだろう。

それでも手を伸ばす。届かないのなら次世代で、それでも駄目なら更に次の世代へと思いを引き継ぐ。

そうして前へと進み続けた先に君がいるというのなら、何度躓こうとも歩き続けよう。

この胸の空白を掬い上げた雪で埋め合わせ、届かぬ星へと手を伸ばそう。

この身に流れる血統が、必ずや君のいる空の頂へと辿り着くだろう。

道は遥かに、けれどもあの懐かしい日々の残響を頼り、かつての少年は今度こそ己の足で歩きだした。

積もり出した雪原に、孤独な足跡を残しながら、まだ見ぬ地平を切り開く。

その背を見つめる瞳があった事に、彼が最期まで気づくことはなかった。

異聞の獣は、遠退いていく魔術師をいつまでも見つめていた。

 

 

 

 

 

 

 

証明開始(Demonstratio)




以上で、星詠みの皇女は完結となります(シリーズが終わるとは言っていません。あくまで本編が完結しただけです)。
これを蛇足と言ったのは、前話と違って明確に一歩を踏み出したからです。
ゼロに至れば綺麗に決まっています。ビーナスの像が美しいのは腕がないことで想像の余地が広がるからです。
新しい一歩を踏み出せば、何を書いても蛇足になると感じました。
それでも書いたのは、カドックに思う所があったからなのでしょう。
何れにしても本編は本当に終わり。二部はなし。1.5部は考え中。
イベントもあるので少し充電して、書きたかった与太イベントを書こうと思います。

最後に、ここまでお付き合い頂いた皆様に感謝を。
感想いっぱいもらえて励みになりました。UAが伸びた時なんて変な声出ました(笑)。
読んでくれたみなさんがいたから、完結まで漕ぎつけたのだと思います。
本当にありがとうございました。

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