Fate/Grand Order IF 星詠みの皇女 作:ていえむ
玉藻の前。
平安時代末期の日本にて、鳥羽上皇に仕えたと言われる絶世の美女。
麗しい美貌と博識さを併せ持ち、上皇の寵愛を受けた彼女はたちまちの内に頭角を現したが、程なくして鳥羽上皇は病に倒れる事となった。とある陰陽師が原因を調べた際、その者によって『人間ではない』ことが発覚した玉藻の前は宮中から追い払われる結果となり、朝廷の討伐軍と那須野の地で激突。一度目は八万からなる軍勢を退けたが二度目の戦いで敗北し、その骸は『殺生石』と呼ばれる毒を放つ石になったと言われている。
即ちは白面金毛九尾の狐。中国は殷王朝を滅亡に追いやる原因となった妲己と同一視される日本三大化生の一角である。だが、それはあくまで人々の歴史に語られる断片的な記述でしかない。
本来の彼女は太陽の如く君臨する神霊であったが、ふとしたことで自らに仕える人間達に興味を持ってしまった。そこで彼女は自らの一面を切り取って記憶を消し、人の姿へと転生させて市井の営みに潜り込ませたのである。しかし、元来がヒトではない彼女は人間の愛を知らず、仕えた主を悉く堕落させ破滅へと追いやってしまった。
人間は神を崇め、その神域に触れることはできても神にはなれないように、神もまた人になることはできない。
そんな些細で致命的な擦れ違いから彼女は愛した人々に裏切られ、追い立てられ、恐れられながら人としての生を終えた。
それが英霊玉藻の前の生涯であり、数多の悪逆を持って反英雄として人類史に名を刻まれたのである。
□
炎と風がぶつかり合い、冷気の渦が大気すら凍らせる。
立ち塞がる
BBによって洗脳された彼女に躊躇も呵責もなく、供給されている魔力を湯水のように使って次々と強力な呪術を放ってくる。
相対するは四騎の英霊。
真っ先に飛び出したネロが炎を纏った剣を振るい、それをエミヤが援護する。
しかし、振るわれた斬撃も放たれた矢も玉藻の前を倒すには至らない。
無残にも腕を切り裂かれ、胴を貫通されながらも符に魔力を込めて雷を放ち、接敵した二人を焼き払うのだ。
「ぬう、またも再生するか……」
「加えてこの火力……マスターからの回復が追い付かん」
放たれた炎を陰陽の双剣で払いながら、エミヤが毒ずく。
玉藻の前が用いる呪術は西洋の魔術と異なり、自然法則を操るのではなく肉体そのものを材料として現象を引き起こす物理法則。故にネロやエミヤの対魔力でも防ぐことができないのだ。
そして、こちらからの攻撃で受けた傷は、全て彼女の宝具によって癒されてしまう。まるで引っくり返された砂時計のように、切り裂かれ焼き潰された傷口が瞬時に塞がってしまうのだ。
玉藻の前の宝具、『
戦いとなった場合、絶対に倒されないようにと宝具を強化されたのだ。
「セイバー、アーチャー!」
「下がりなさい、
こちらに飛び火した火球を、アナスタシアが冷気で相殺する。
自前の魔力だけでは追い付かないのか、彼女が冷気を起こす度に体から魔力がごっそりと抜かれていく感覚を覚えた。
足取りがふらつき、軽い眩暈すら覚える。サーヴァントへの支援が追い付かない。
目まぐるしく変容する戦場の様子に対して、脳の情報処理はとっくにオーバーフローを起こしていた。
戦いが始まって十五分。これ以上は体が保たない。
「退いてください!」
無数の鯨型エネミーを薙ぎ払いながら、キングプロテアが叫ぶ。
助走をつけた渾身の一撃。二十メートルもの頭上から振り下ろされた拳は、ただその質量だけで岩山すら砕くであろう。
それを見た玉藻の前は、鏡を構えて何かの呪文を唱える。すると、彼女の前方の空間が僅かに歪み黒色を纏った。
直後、豪快なスイングから放たれた打撃が狐耳の巫女を捉える。スプリガンを粉砕し、ドラゴンすら昏倒させかねない攻撃だ。どんなサーヴァントであろうとも耐えられるはずがない。
しかし、玉藻の前は無事だった。大地をも割りかねない剛腕を、たった一枚の鏡で受け止めたのだ。
「そんな……」
お返しとばかりに放たれた水流が、キングプロテアの巨体を吹っ飛ばす。
強かに尻餅をついたキングプロテアは驚きの余り言葉を失っていた。それは程度の差はあれ他の者も同様だった。
全く通じなかった訳ではない。受け止められこそしたが、玉藻の前の腕は関節が壊れた人形のようにあらぬ方向に捻じ曲がっていた。ただ、それでも彼女は無事だったのだ。
キングプロテアの規格外のパワーを以てしても倒すには至らず、宝具による回復を受けて折れ曲がった腕は見る見るうちに元の形を取り戻していった。
あの鏡を用いた呪術による防御が、キングプロテアの攻撃から玉藻の前を守ったのだ。
そして、完全に傷を癒した玉藻の前は、こちらにとどめを差さんと頭上に特大の火球を出現させた。
あまりの熱量に額の汗が瞬時に蒸発していった。どんどん膨れ上がっていく赤い球体はまるで太陽の現身だ。相殺するにはアナスタシアの宝具を使うしかない。
「
言い終わる前に、両足から力が抜けてその場に倒れ込む。何とか受け身を取る事はできたが、立ち上がろうにも体に力が入らなかった。ここに来て遂に魔力が尽きたのだ。
「マスター!?」
「キングプロテア、カドックをお願い!」
アナスタシアの命で跳ね起きたキングプロテアがカドックに覆い被さり、その前に躍り出たアナスタシアが残った魔力で防壁を張る。
それは自らを盾にした些細な抵抗であった。あの太陽のように大きな火球、受け止めれば忽ちの内に焼き尽くされてしまうだろう。
これは主の命をほんの少しの間、生き永らえさせる為のみっともない抵抗であった。
それでも、彼を目の前で失うよりはと眼に力を込める。同時に、玉藻の前が掲げた火球を放たんと両の手を振り下ろそうとして――――そのまま動きが止まった。
「弱い攻撃なら、先ほどのように防御はしないのだな。その慢心が命取りだ、キャスター」
いつの間に回り込んだのか、玉藻の前の背後から姿を現したエミヤが、手にした短剣を彼女の背中に深々と突き刺していた。
それは普段から愛用している陰陽の双剣ではなく、稲妻のように捻じれた奇妙な術具であった。その形状から切るには適さず、突き刺すことしかできなさそうなそれは、とても殺傷力があるようには思えない。
だが、それ故にこの短剣には唯一無二の力が秘められている。その捻じれた形状は本来の持ち主の数奇な運命を表し、その秘められた力は彼女の生涯を象徴する。
その宝具の名は『
BBの洗脳が如何に強力であろうとも、魔術によるものならばこれで無力化できるはずである。エミヤは玉藻の前の宝具の力を垣間見て、自分達の力では彼女を倒すことができないと考え、この宝具を確実に使用できるタイミングをずっと伺っていたのだ。
「キャスター、そろそろ目を覚ます頃……なにっ!」
火球が消え去ったのを確認したエミヤが短剣を引き抜いた瞬間、玉藻の前の強烈なソバットがエミヤの胴体を蹴り飛ばした。
咄嗟のことで防御が間に合わず、床の上を転がったエミヤは驚愕しながら片膝を突いた。
確かに『
この宝具も万能ではなく、宝具の効果を打ち消すことはできない。或いはBBが施した洗脳処置は魔術によるものではないのかもしれない。
何れにしてもエミヤの思惑は外れてしまい、マスターであるカドックの体も既に限界だ。これ以上の戦闘は不可能である。
「撤収だ! アーチャー、余がキャスターを押さえている間に、戻ってこい!」
「くっ、止むをえぬか!」
「カドック、肩を! 早く!」
ネロが玉藻の前に切りかかり、その隙にカドックを連れてアナスタシア達は脱出を図る。
四騎ものサーヴァントがいながら手も足もでなかった。
今のままでは玉藻の前を倒すことはできないという絶望が重く圧し掛かり、悔しさで奥歯を噛み締める。
完膚なきまで敗北であった。
□
重い空気が圧し掛かり、見回すと誰もが難しい顔をしていた。無論、カドック自身も同じである。
ここはテイルから少し離れた場所にある区画で、元は施設を支える支柱と思われる場所であった。位置関係から考えて、
テイルに突入する前、念のためにと近くに安全地帯がないか探しておいたのだ。
逃げ込んだ時は意識が朦朧としていて唇にチアノーゼが出るほど消耗していたので、もしも、ここを見つけていなければいったいどうなっていただろうか?
九死に一生を得て一先ずは安堵したが、そうなると余計に先の絶望感が増してくる。
あれから小一時間ほど経つが、まだ体は満足に動かない。それほどまでに熾烈な戦いであり、そこまでして倒すことができなかった。
それを思い返し、誰も言葉を発することができなかった。
「結論から言って、現状の火力ではキャスターを倒せない」
沈黙を破ったのはエミヤであった。誰も言い出せないのなら、非難を浴びるのを覚悟で自分が言い出すしかない。そう思ってのことだろう。
実際、いつまでも黙っていては事態は解決しないのだ。現実逃避に費やせる時間などなく、少しでも建設的な話を進めなければ打開策は見つからないだろう。
「キャスターの宝具が健在な限り、矢を何発と撃ち込もうと即座に治癒されてしまうだろう。それに加えて『黒天洞』による鉄壁の護りだ。彼女に効果的な剣も幾つか試してみたが、全て致命傷には至らなかった」
キャスターである玉藻の前の主力は呪術であるが、その中でも取り分け厄介なのが自らを守護する『呪層・黒天洞』というスキルである。
これを展開されると、こちらの攻撃の威力を大きく削がれてしまい、如何なる攻撃を行っても玉藻の前にダメージを与える事ができなくなってしまうのだ。
事実、ネロが切りかかろうとアナスタシアが凍らせようと大したダメージを与える事はできず、キングプロテアのパンチでも倒すには至らなかった。
そして、受けた負傷は即座に宝具が回復してしまう。この二つを突破できない限り、自分達に勝機はない。
「『
『
確かめる手段がない以上、BBの洗脳のカラクリを知ることは適わないが、これでこちらの対抗手段が一手、失われてしまったことになる。
「やはり、真正面から戦うしかないのか……セイバー、宝具の回復は?」
「まだ黄金劇場は展開できぬ。回復を待っていては、セラフィックスが海底に達してしまうぞ」
「そうか……」
時間的な猶予があるとはいえ、刻一刻とSE.RA.PHがマリアナ海溝に沈んでいっているのは変わらない。
通信が繋がらない以上、カルデアへの帰還も望めない。悠長に戦力を整えていては時間切れでゲームオーバーだ。
「アーチャー、アナスタシアの魔眼で弱点は生み出し、そこに君の宝具を当てるというのは?」
ネロの宝具が使えない以上、現状で考え得る最も大きな火力はエミヤが投影した宝具である。アナスタシアの魔眼で弱らせて、そこに『
そう思っての提案であったが、エミヤは静かに首を振った。それだけでは玉藻の前を倒すことはできないと。
「あれは私の手持ちの中でも上位の火力だ。あれ以上は――――ないことはないが、投影が成功するかは博打の代物でね。最悪の場合、何もできずに私が消滅する可能性もある」
「セオリー通りにいくのなら、やはり宝具を先に破壊するべきなのだろうが……」
玉藻の前もそれは最大限に警戒しているであろうから、難しいであろうとネロは言う。
殴り合いは不得手な玉藻の前にとってあの宝具は生命線。呪術や配下のエネミーによる多重の防御に加え、場合によっては自らが傷つくことも厭わずに守ろうとするはずである。
そもそもキャスターは工房を敷いての防衛戦に秀でたクラス。潤沢な魔力と自身に有利な環境があれば三騎士クラスとて苦戦は免れない。
必要があったとはいえ、自分とアナスタシアのように最前線に赴いて切った張ったを演じることの方が珍しいのだ。
(だが、どうする? 最悪の場合、洗脳を解かず消滅させるという方法も考えてはいたが、あの回復力では……)
恐らく、致命傷を受けても即死することなく再生してしまうだろう。
黒髭ならばこれを、永遠のコンテニューとでも表現するだろうか?
どんな攻撃を受けても死なないというのは、オケアノスで相対したヘラクレスを髣髴とさせる。
あの時もそうだったが、倒れない敵というのは本当に厄介な相手である。
だが、今は少しだけ安堵していた。もしも、玉藻の前をBBの洗脳から解く事ができないのなら、彼女を殺すしかなかったからだ。
彼女はカルデアが召喚したサーヴァントだ。消滅しても仮の座であるカルデアに帰還するだけである。
そのはずであるのだが、現在の状況が普段のレイシフトとは違う形であることに引っかかりを覚えるのだ。
カルデアの技術力では本来、確定していない未来へのレイシフトは行えない。BBの違法行為によって自分達はここに招かれた訳だが、もしもその影響でカルデアへの帰還が上手く働かなかった場合、玉藻の前との繋がりはここで断たれることになる。
人類史に焼き付いたゴーストライナーを消し去る。ただそれだけのことのはずなのに、酷く重い行為に思えてならなかった。
それほどまでにサーヴァントという存在は鮮烈で、人間味に溢れていた。
過去の亡霊と呼ぶにはあまりにも生の人間であり過ぎた。
だから、躊躇してしまう。
今でも思い出すのだ。ローマでの戦いで、自分に叛逆の微笑みを向けながら消えていったスパルタクスの姿を。
あの時のような苦々しい思いは、二度としたくはない。
必要となれば殺すことも辞さない。だが、それは今ではないはずだ。
この手を再び仲間の血で染めるのは、まだ先のはずだ。
(こんな時、あいつらなどうする? 藤丸立香ならどうする?)
行方知れずの親友。共にグランドオーダーを駆け抜けた戦友ならば、こんな時はどう動くだろうか?
思いもよらない奇策が飛び出すだろうか?
馬鹿正直に真正面から挑むような愚行を犯すだろうか?
『うーん、みんなでもっと頑張る、とか?』
何となく、そんな事を言い出すのではないのかという確信があった。
(素人め、それができたら苦労は……)
視線がある一点で止まる。
いるじゃないか。
頑張れば成果が返ってくる者が一人、ここにいるじゃないか。
確かに今の自分達では玉藻の前に勝つことはできない。ネロの剣もエミヤの投影も、アナスタシアの魔眼も通じない。
だが、彼女は別だ。例え今は勝てずとも、その先に進むことができれば勝利の可能性が見えてくる。
「キングプロテアなら……キャスターを倒せるかもしれない」
「え? わたし……が?」
こちらの呟きに対して、キングプロテアはキョトンとした顔で返事をする。
何を言っているのか、よく分かっていないという風であった。
「そうね、可能性はあるかもしれません。キングプロテア、あなたの『ヒュージスケール』なら……」
「一撃で倒せないなら、倒せる力を得るまで成長するのを待つと言うのか……確かにそれなら、余やアーチャーよりも強力な攻撃が放てるようになるが……」
通常、どんなサーヴァントにも強化の限界が存在する。土台となる霊基にこれ以上は上乗せできないという
だが、キングプロテアにはそれが存在しない。本来であれば存在する成長限界を『ヒュージスケール』の効果で拡張し、無限に成長し続けることができるからだ。
BBが言っていたように、それこそが彼女の本質。飽くなき成長願望の塊こそがキングプロテアの力の源なのだ。
ならば、理論上は玉藻の前の防御を突破し、一撃で昏倒できるまでのパワーを得ることもできないはずはない。
(考えろ、どこまで成長すればあの護りを抜ける?)
様々な要因が脳裏を駆ける。
二人のステータスとキングプロテアの成長傾向。
キャスターの呪術による防御を突破するためのエネルギーと、それを発生させるのに必要な筋力と質量。
体格差から推定される力の伝達と減衰。
ここまで共に戦ってきた、キングプロテアという少女の全てを思い返す。
そして、導き出された答えは――――。
「五十メートル。そこまで成長できればキャスターの防御を突破できる」
元々、規格外のパワーの持ち主なのだ。『黒天洞』の防御さえ抜ければ、掠っただけでも勝負は決まるだろう。
普通ならば絶命させるに至る一撃ではあるが、今回の場合は玉藻の前の宝具の効果で即死することはないだろう。
そして、そこまでの致命傷を受ければ回復も瞬時にとはいかないはずである。その隙に自分かアナスタシアが彼女に取り付き。BBの洗脳を解除する。
かなり大きな博打ではあるが、現状で思いつく手立てはこれしかない。
「なるほど、彼女ならば確かにあの防御と回復力を上回る火力を叩き出せるだろう。だが、些細ではあるが重要な問題が存在する。どうやって、そこまで彼女を成長させるかだ」
こちらの提案に対して、エミヤが至極現実的な問題点を指摘する。
そう、先ほどまでに述べた推論は全てが希望的観測だ。
まずテイル直前の通路は精々、八メートルほどの状態まででしか通り抜けることができない。
加えてこちらの活動限界もある。自分の体がSE.RA.PHに分解される前に玉藻の前を倒さなければならない以上、悠長にキングプロテアが成長するのを待っている時間はない。
ここまでの経験から、彼女の成長が最も著しくなるのは戦闘時であることは分かっているため、どうしても玉藻の前の目の前で彼女が成長するのを待たねばならないのだ。
幸いにも玉藻の前はエネミーを引き連れているので、それを相手取れば成長を促進することができるだろうが、当然のことながら向こうも全力で妨害を仕掛けてくるだろう。仮に成長し切っても攻撃のタイミングを逃がし、幼児退行が始まってしまったら目も当てられない。
「彼女が育つまで五分かかるのか、十分かかるのかは分からない。だが、戦いが長引けば危険に晒されるのは君だ、マスター」
「そ、それは……その通りだけど……」
かといって、他に安全な策など思いつかない。
今回ばかりは『
そのことはエミヤも承知していたのだろう。こちらが困惑している姿を見つめると、一度だけ瞼を閉じてから静かに言い放った。
「分かっている。だから、その時間は私が稼ごう」
「アーチャー?」
「私の宝具が知っているだろう。キャスターを固有結界の中に引きずり込み、キングプロテアが成長し切るまで私一人で足止めを行う」
その言葉に、一同は驚愕する。
確かに理には適っている。展開された固有結界は文字通りの異世界なのだ。術者以外の者が外部に干渉することは原則的にできないので、足止めには打ってつけである。
だが、今の玉藻の前は如何なる傷を受けようとも瞬時に再生する上に、自らが傷つく事を厭わない。いくらエミヤが手練れとはいえ、そのような相手を抑え込むのは容易ではないだろう。
「なに、できるだけ彼女に有効そうな剣をぶつけてみるさ。それよりも問題は、固有結界を展開すると私自身も外の様子が分からないことだ」
この作戦のキモはタイミングだ。仮に足止めが上手くいき、キングプロテアが成長し切ったとしても、最適のタイミングで固有結界を解除できなければ意味がないのである。
「なら、私が同行します」
「アナスタシア?」
「カドック、私はあなたの正サーヴァント。魔力のパスが最も太くて強い……なら、そちらからの呼びかけを聞くくらいならできるのではなくて?」
「僕が強く念じれば、パスを伝ってそっちに知らせられるってことか」
確かにアナスタシアとの繋がりは、この中で最も長く濃い。やってやれる自信はあった。
それでも作戦自体が上手くいくかは五分も良いところだろう。練習をしている時間もない。
全てはぶっつけ本番で、ギリギリの綱渡りを強行しなければならないのだ。
そして、全ての鍵を握る少女は、黙したまま顔を上げる事はなかった。
ただ静かに、沈鬱な面持ちでこちらの話が終わるのを、ジッと待ち続けているだけであった。
□
端末で改めて位置情報を確認すると、既にSE.RA.PHは限界深度までの猶予がほとんどないほどマリアナ海溝を沈降していた。
ここまでの探索で時間をかけ過ぎたのだ。安全地帯の確保や消耗した魔力の回復などを逐一、行いながら進んできたのだから無理もない。
これ以上、時間をかければ遠からずSE.RA.PHは水圧で圧壊することになるだろう。そうなる前に残る
もちろん、BBを倒したところで事態が好転するとは限らない。縛り上げて自分達をカルデアに戻すよう命じても、素直に従うような女ではないだろう。
自分が今、やっている事は個人的な報復なのだと、カドックは述懐する。
騙されてSE.RA.PHに連れてこられたこと、親友の行方が分からぬこと、アナスタシア達と敵対させられたこと。
許せないことは数えきれないほどあり、できることなら一つ一つ問い質してやりたい。
何故、セラフィックスなのか。
何故、カルデアを招き入れたのか。
何故、自分だけが生き残ったのか。
それら全ての疑問をぶつけている時間はないだろう。
自分にできるのは、ただ怒りを彼女にぶつけることだけなのだ。
それで全てが終わる。
この油田基地と共に、カドック・ゼムルプスの生涯は閉じるのだ。
「マスター」
呼びかけられ、カドックは我に返った。
見上げると、少し離れたところで体育座りをしていたキングプロテアが、包帯で隠されていない目でジッとこちらを見つめていた。
そういえば、向こうから話しかけられたのは久しぶりなような気がする。
「あの……顔が少し、怖い……です……」
「……ごめん」
考え事をしていて、眉間に皺が寄ってしまったようだ。
元々、見られた顔ではないと自負しているが、今はきっと冥界のガルラ霊にも似た恐ろしい顔をしていたことだろう。それだけは鏡を見なくても分かる。
「みんな……そろそろ戻ってきますね……」
アナスタシア達は今、探索が終わっていない区画の調査に出向いてエネミーの掃討や電脳化を免れた資源の回収を行っている。
補給もままならないまま連戦が続き、持ち込んだ霊薬の備蓄が尽きかけてしまったからだ。調合しようにも材料はここでは手に入らないため、医薬品などで代用できそうなものを探してくるよう頼んでいる。
そういった細々とした作業には向かないキングプロテアは、護衛のために留守番をしているのである。
そういえば、こんな風にキングプロテアと二人っきりになるのはいつ以来だろうか?
それほど長い付き合いではないはずなのに、出会ったのがとても昔のような気がしてならない。
それほどまでに、SE.RA.PHの探索と戦いは濃密な時間であった。
そんな荒波のような時の流れの隙間に今、自分達はいるのだ。
一つの戦いを終え、次の戦いが始まるまでの準備期間。アナスタシア達が戻り、準備が整えば自分達は最後の
悔いは残したくないし、ここまで力になってくれた彼女にも感謝の意を示したい。そう思ったカドックではあったが、気持ちに反して言葉が思うように出てこなかった。
そして、ふとあることに気が付く。二人っきりで同じ時間を過ごすのは、初対面の時以来だと。
エネミーの群れに襲われ、絶体絶命の窮地を彼女は救ってくれた。それからずっと一緒にこのSE.RA.PHを駆け回り、BBとの戦いを乗り越えてきた。
思い浮かぶのは苦しい戦いの記憶ばかりで、まともに話をする暇もなかった。だから、自分は彼女のことを知っているようでいて、実際は何も知らなかったことに気が付いたのだ。
「マスター?」
不思議そうに、キングプロテアがこちらを覗き込んでくる。
どこかおずおずと、怯えるように瞳が揺れていた。見上げる程の巨体のはずなのに、その様はまるで小動物か何かのようだ。
何となく、理由は察する事ができた。エミヤを倒すためにネロの特攻を黙認したことを未だ根に持っているのだ。
「あの……いえ……」
「何か言いたいなら、ちゃんと言葉にして欲しい。別に……怒ったり叱ったりはしない」
「は、はい……その……」
頷きながらも、再びキングプロテアは黙り込んでしまう。そんなことを何度か繰り返した後、やがて意を決したのか、眦を上げて静かに話し始めた。
「少し、戦うのが怖くなりました」
「怖い? 自分は強いって、あんなに自信満々だったのに?」
「いえ、強いですよ、わたし……けど、ちっともマスターの役に立てていない気がして……」
アナスタシア、ネロ、そしてエミヤ。相対した
握り締めた拳は鉄だろうと何だろうと容易く粉砕し、強靭な躯体は生半可な攻撃で傷つく事はない。だというのに、凍らされ、切り刻まれ、矢で射抜かれた痛みで悶絶した。
小さな取るに足らない羽虫と思い込んで挑んだ相手は、彼女は信じられないほどの強さを秘めていたのだ。
「だから、今度の作戦……あの狐耳のキャスターさんとの戦いで、ちゃんとできるか……自信が持てなくなりました」
「キングプロテア……」
「それに、まだ納得できないんです。最初、花嫁さんが無茶をした時、マスターのことがちょっぴり嫌になりました。わたし達を愛してくれるはずの人なのに、この人は花嫁さんのことなんてどうでも良いんだって。けど、花嫁さんはちっとも気にしていなくて、マスターもそんなことは考えていないって笑うんです」
そして、彼女に教えられたのだ。ただ与えられるだけが愛ではないと。マスターや仲間の為に、自らを差し出し尽くすこともまた愛の形なのだと。
「けど、わたしには分かりません。アナスタシアさんは、愛される事は愛し合う事だって言っていましたけど、わたしには愛し方が分かりません。だって、愛はもらえるものだから……ずっと、そう思っていたから……だから、わたしには花嫁さんみたいなことはできないし、したくないんです」
自身の膝を抱えていた、キングプロテアの大きな手がそっと目の前に置かれる。手の平で触れたその指先は、ほんの僅かに恐怖で震えていた。
「怖いんです。きっと、わたしじゃ花嫁さんみたいにできない……わたしを愛してくれないマスターの命令も、ちゃんと聞けない……それって、マスターを愛せないってことですよね? それなら、愛してもらえないってことですよね?」
所々で詰まりながらも、キングプロテアは張り裂けそうな胸の内を吐露していく。
彼女が抱えている問題は重大だ。愛し方を知らず、一方的に愛されることを求め続けたアルターエゴ。そんな彼女にとってネロ・クラウディウスの生き様はあまりに鮮烈だったのだろう。
見返りを求めず、一方的に相手を飲み込まんとするほどの燃えるような愛。炎のように熱く、荒波よりも高い、暴力的なまでの愛。きっと価値観が揺らぐほどの衝撃だったはずだ。
それを受け、キングプロテアも必死で答えを探し続けたが、自身が納得できるものが見つからなかった。愛はもらえるものという価値観が崩れ、愛し方が分からぬが故に暗闇へと迷い込み、その言葉に縛られたことで誰かを愛せない自分は愛されないという袋小路にハマってしまったのだ。
「マスター、くうくうお腹が鳴りました……マスター……マスター……」
熱にうなされたように呼びかけながら、キングプロテアは手を広げてこちらを掴まんとする。
初めて出会った時の出来事が脳裏に蘇った。あの時も、何らかのスイッチが入って錯乱したキングプロテアに握り潰されそうになった。
今なら分かる。これは自身の欲求をどうしようもなく抑えきれなくなった彼女のSOSなのだ。
愛されたいという思いが暴走し、その対象すら喰らわんとする肥大したエゴなのだ。
分水嶺に来たのだと、カドックは気が付いた。
ここで選択を誤れば、キングプロテアの理性のタガが外れてこちらを捕食するだろう。
哀れ無残なデッドエンド。愛を語れなかったマスターは命を落とし、愛を知らない少女は一人孤独に沈む事となる。
だが、偽の愛を語ったところで意味はない。きっと彼女は求めているのはそのような言葉ではないのだ。自分が今、ここで彼女に『愛している』と告げたところで暴走は止まらないだろう。
彼女が本当に求めている言葉は一つだ。
彼女が本当に欲しい言葉は一つだ。
彼女の為に送る言葉は一つだ。
「キングプロテア……それは違う。君は、ちゃんと僕を愛してくれている」
誰かを愛しているのだから、愛される資格があるのだと、彼女に証明するのだ。
□
段々と思考が溶けていく。
もう頭は何も考えられなくなって、目の前にあるご馳走から目を逸らせない。
愛が■■■。
愛が■■■。
もう、我慢しなくてもいいはずだ。だって、こんなにもお腹が空いているのだから。
広げた手を握り締めればそれで終わる。
この纏わりつくピリピリとした感覚が邪魔をするけれど、ちょっとだけ力を込めればそれで全てが終わる。
マスターを食べて、そのまま他のみんなも食べて、このSE.RA.PHも食べ尽くしてしまおう。
気が済むまで食べ続ければ、さっきのような悩みもきっと考えなくて済むはずだ。
ああ、愛が■■■。
マスターは自分を愛してはくれないけれど、頭から齧り付けばきっと、彼の中にある愛がお腹を満たしてくれるはず。
きっと、満たされるはずだ。
「キングプロテア……それは違う。君は、ちゃんと僕を愛してくれている」
その言葉を聞き、握り締めようとした手が痺れるように強張った。
「マス……ター……?」
か細く、絞り出すような声でマスターを呼ぶ。
お腹は益々、痛みを増していくけれど、目の前のご馳走にありつけない。
食べてはダメだと何かが訴える。
頭の中で虫が羽ばたいているような感覚だった。
「マスター」
「キングプロテア、君はちゃんと人を愛している。だって、僕の呼びかけに応えてくれただろう」
「わたしは…………」
「ごめん、僕は君と出会った時のことを覚えていない。けれど、味方とはぐれて孤立していた僕の助けを呼ぶ声に応えてくれたのは……真っ先に駆け付けてくれたのは君だった。それだけは分かるし、断言できる。キングプロテア、君はサーヴァントだ。マスターの祈りに応えて召喚されるものだ。誰かの願いに応えようとするのも立派な愛の一つだ」
「わたしは、マスターを……」
「そうだ、僕の死にたくないという願いに君は応えてくれた。誰かの願いのために君は動いた。打算でもいい、利己的でもいい、好意なんていつだって自分本位な一方通行だ。それでも……誰かのために動けたのなら、それは人を愛することの最初の一歩だ」
頭の中でサイレンが木霊する。
胸は張り裂けそうなほど痛く、カラカラに乾いた舌は口の中に張り付いて上手く言葉を紡げない。
見下ろしたマスターの眼差しは、こちらに向かってまっすぐに向けられていた。
今にも握り潰されようとしているはずなのに、恐怖で震えることもなく、その小さな砂粒のような瞳からは二つの眩しい輝きが見て取れた。
「キングプロテア、僕の事を好きでないならそれで構わない。けれど、君が誰かの為に手を差し出した事を忘れないで欲しい。君のこの手が、僕を守った事を忘れないで欲しい」
自分よりも遥かに大きな、ヒトではない何かを前にして、この人は目を逸らすことなく真正面から向き合ってくれている。
込み上げてくるこの気持ちを喜びというのだろうか? 胸が苦しくて、目頭が熱くて、気づくと両手から力が抜けていた。いつの間にか、頬を涙が伝っていた。
「キングプロテア?」
困惑しているマスターの声が聞こえた。
涙で視界が歪み、ハッキリと前が見えない。自分は今、どんな顔をしているのだろうか? きっと、みっともなくて恥ずかしい顔をしているはずだ。
だって、こんなにも心が温かい。苦しい筈なのに、とても胸が温かい。
マスターの言葉は■■■言葉ではなかったけれど、どうしてかとても満たされた気持ちになれる。
彼は愛していると言ってくれなかったけれど、胸が焼けるほど熱くなった。
止めどなく溢れてくる感情を堪える事はできず、言葉にもできず、ただ思うままに泣き続けることしかできなかった。
相変わらず空腹でお腹は痛いのに、それが気にならないくらい満たされている。
(足らない……ちっとも足らない……もっと■■■……その言葉が■■■……でも、いらない)
ほんの少しだけ、マスターとの距離が遠退いた気がした。
気持ちが遠退いたのか、成長で目線が上がったのかは定かではない。その両方なのかもしれない。
こんな風な気持ちになれたのはきっと、生まれて初めてだ。
マスターは気が付いているのだろうか? 先ほどの言葉が、この大きな巨人の心を救ったことに。そして、それでもなお化け物は満足していないことに。
この満ち足りた気持ちを永遠に自分のものにしたいと、心の底から願ってしまったことに。
(だから……いらない。これは、■■■と思っちゃいけない……気持ち……だって、もう貰ったから……この人の、一生分を貰ったから……)
いつかの暗闇の底での記憶が、ほんの少しだけ鮮やかさを取り戻した。
一人ぼっちだった自分に、彼が差し出してくれたもの。
魔術師であり、マスターである彼にとって、全てといえるもの。
あの三度の祈りを。
熱い血潮にも似た願いを。
暗闇の底に響いた叱責を。
それは自分とこの人だけの思い出。
あの皇女にも花嫁にもない、自分達だけの心の傷痕。自分だけの特別。
彼は願い、自分は愛した。そして、彼はそれに応えてくれた。自分という存在を受け入れてくれた。
あの時、この人は自分に全てを差し出したのだ。このどうしようもない空腹な化け物と契約し、自らのサーヴァントであると言ってくれた。
『キングプロテアは僕のサーヴァントだ』
誰かを思っての行為が愛なのだとしたら、その言葉を貰えていたことが愛された証なのだ。
きっと世界中を敵に回しても、その言葉があれば救われる気さえする。
けれど、自分はそれだけでは満足できなかった。とっくに■■■ものは手に入っていたのに、それに気が付けなかった。
だって、この人の愛はとても小さい。
だって、自分の
満たされるはずなんてないのだ。
この空腹が消える事は、きっとないのだ。
何故なら、
底が抜けた入れ物に、水が満たされることなんてない。
「マスター、怒らないって言いましたよね?」
「あ、ああ……言った」
「なら、言います……わたしは、わたしを選んでくれたマスターが好きです……わたし達を危ない目に合わせるマスターが好きじゃありません……一緒にいてくれるマスターが好きです……アナスタシアさんといるマスターは、好きじゃなくもないです」
この感情は何と表現すれば良いのだろう?
好きなのに嫌いで、嫌なのに好きで、怖いのに頼もしくて、嬉しいのに悲しくて、正反対の気持ちがいくつも混ざり合っている。
マスターは黙って聞いていてくれた。
言葉を挟む事もなく、頷く事もなく、ただ並べ立てられる言葉を事実として静かに受け止めてくれる。
ジッとこちらを見てくれている。
そんな彼に自身の大きな手をそっと伸ばす。
ぶつけないように、驚かせないように、静かにゆっくりと指先を差し出した。
「……わたしに触ってくれるマスターは、きっと嫌いにはなりません」
無言で、指先に小さな温もりが重ねられた。
握る事もできない小さな手。
本当ならあのまま触れ合うこともなく永遠に闇の中で沈み続けるはずだった二人が、こうして手を重ね合わせている。
これはきっと奇跡で、キングプロテアという異質な存在が垣間見た泡沫の夢で、消える寸前の蝋燭が見せた幻だ。
自分がサーヴァントとして戦うのは、きっとこれっきりだろう。
自分がこの人以外のマスターを抱く事はなく、このSE.RA.PHの外に出る事もない。何故だか、そんな確信があった。
だからこそ、今の気持ちに正直になろうと決めた。
不器用で弱っちい小さなマスターの力になろう。
こんな腹ペコの化け物を愛してくれたマスターを助けようと。
『キングプロテアは僕のサーヴァントだ』
もう一度、その言葉を思い出して噛み締める。
大丈夫、この気持ちを忘れなければ、お腹の痛みにも耐えられる。
辛い空腹も我慢ができる。
だって、食べてしまえばそこまでだ。
マスターをお腹の底に沈めても、きっと満たされることはない。
こうして触れ合っている方が良い。
誰かと話す彼を、後ろから眺めているのが良い。
そして――彼が彼の花嫁と一緒に笑う姿に憧れていられれば良い。
想いを馳せる事ができれば、さっきの言葉をより強く思い返すことができるから。
(■■■……力が……マスターの為に戦える力が……■■■……)
もう一度、さっきの言葉を胸に刻み付ける。
気のせいか、ほんの少しだけ彼との距離が近くなった気がした。
□
アナスタシア達が帰還し、十分な休息を取り終えるのを待ってから、カドック達は再びテイルを訪れた。
あれから時間を置いたからか、無数のエネミーが玉藻の前を守るかのようにテイル内を徘徊していた。
類人猿に鯨に戦車。どいつも見慣れた顔触れで、一筋縄ではいかない奴らばかりだ。
だが、敵の数など些末なことであった。雑魚がどれだけ集まろうとキングプロテアの肥やしになるだけのこと。それよりも問題なのは、玉藻の前の様子が変わっていることだ。
身に纏っている衣装はそのままだが、発している気が前回より圧を増している。それを証明するかのように、着物から覗かせているふさふさの尻尾が二つに分かれていた。
「霊基再臨か。まずいぞ、これじゃ計算が狂う」
恐らく、最後の
これではキングプロテアが想定まで成長しても、倒し切れない可能性が高い。
「一旦、退こう。このまま突撃するのは不利だ」
今の状態の彼女がどれほどの力を有しているのか、ここから推し量る術はない。もう一度、作戦を見直すべきだ。
そう思って身を翻したカドックの腕に冷たい感触が伝わる。アナスタシアが腕を掴んで引き寄せたのだ。
「いいえ、もう時間がありません。無茶でも実行すべきです」
「けど……」
彼女の言う通り、SE.RA.PHが限界深度に達するまであまり時間は残されていない。
それに戻ったところで今以上の打開策が生まれる訳もなかった。探せるリソースは全て回収し、コンディションも可能な限り万全に近づけてきた。
今よりも最良の状態、最適な作戦の下で戦う事はきっと不可能だ。
「私達の旅は、いつだって想定外など想定内。だからとて、臆していては機を逸します」
「個人的にはマスターに賛成だが、皇女の言う通り時間がないのも事実だ。プラン変更ができないなら、後は確度を上げるしかない」
双剣を携えたエミヤが、不敵な笑みを浮かべながら言った。
「何、精々、キャスターの体力を削ってみせるさ。悪足掻きは得意でね…………それに、別にアレを倒してしまっても構わんのだろう?」
勝算などないにも関わらず、アーチャーはこともなげに言ってのける。
固有結界を展開し、無限に再生し続ける玉藻の前と戦って時間を稼ぐ。アナスタシアがフォローに入るとはいえ、この中で最も負担が大きい役回りなのだ。
それでも彼は弱音を吐かず、強気な姿勢を崩さない。
不安になる事はない。自分達がついているのだから、しっかりと構えていればいいのだと、彼は言いたいのだ。
「アーチャー…………分かった、がつんと痛い目に合わせてやってくれ。アナスタシアも、無茶をするな」
「そっちこそ、すぐに無理をするんだから。キングプロテア、彼の事をお願いね」
「はい……任せてください」
アナスタシアの言葉に、キングプロテアは力強く頷いた。
少し前の弱気な彼女はもうおらず、最初に出会った時の自信に塗れたアルターエゴのサーヴァントがそこにはいた。
何かが吹っ切れたのか、その声音は羽毛のように軽く、また強い意志が感じられた。
「では、ローマ帝国第五代皇帝以下三名、これよりキャスター討伐の任に就く。マスター、指示を!」
最後に、ネロがみんなを鼓舞するように声を張り上げた。同時に、こちらの存在に築いたエネミー達の目が怪しく光る。
もう後には引けない。覚悟を決めて腹を括ると、カドックはよく通る大きな声で、戦いの開始を告げた。
「いくぞ、必ずキャスターを取り戻すんだ!」
今回は結構、難産でした。
キャラの思考や言葉遣いに合わせなきゃいけない。
アンデルセンも二次創作の面倒くささをぼやいていましたね。
ここから折り返しな訳ですが、このペースだとどれだけかかることか。
あ、魔王様も水着ノッブも嫁王も見事に来ませんでした。
本物信長はずるいよ、本当。
後、家老がとても可愛い。