Fate/Grand Order IF 星詠みの皇女 作:ていえむ
街を目前にして火の手が上がった。
災厄は前触れもなく訪れ、嵐のように街を蹂躙して通り過ぎていく。
自分達が駆け付けた時には既に事は終わった後であり、廃墟と化した都市は無残に食い散らかされた死体と、魔術によって尊厳を辱められた動く亡者で溢れ返っていた。
魔術によって尊厳を辱められた動く亡者で溢れ返っていた。
これが人の為せる業なのかとマシュは思わずにはいられない。
自分とて英霊が正道を歩む者のみではない事は承知している。
悪辣な外道、目も背けたくなるような非道、擁護できぬ悪行でもって英霊に召し上げられた反英雄も存在する事は知っている。
だが、目の前で繰り広げられたであろう行為は決してそれに当てはまるものではない。
ただ命を蹂躙し死後すらも弄ぶことのみを目的とするなど、絶対に人が許容して良いものではない。
「ならばどうする盾の騎士よ。神に代わって我らを断罪するというか?」
突き出された槍を盾で受け流す。
立ち塞がるは黒衣の為政者。
オスマン帝国の侵略からルーマニアを守り抜いた救国の英雄。
黒いジャンヌ・ダルクによってバーサーカーとして召喚されたヴラド三世だ。
ラ・シャリテの街を蹂躙し、次なる街へと飛び立ったはずの竜の魔女は、遅れて駆け付けたマシュ達の存在を認めて引き返し、配下のサーヴァントを差し向けてきたのである。
「マシュ、大丈夫?」
「は、はい! まだやれます!」
ヴラド三世を見据え、盾を構え直す。
臆していては負ける。その在り方を歪められているとはいえ、自分が戦っているのは紛れもなく英雄なのだ。
今はまだ彼ともう1人のサーヴァントだけが戦っているが、傍観している他の敵までもが動き出せばこちらに勝ち目はない。
何とか突破口を見つけ出し、この街から脱出しなければ。
「退かぬというのならその魂、ここで頂こう。
「宝具、展開します!」
まるで水風船が破裂するかのようにヴラド三世の肉体が弾け、無数の杭が現出する。
血塗られた杭の群れは一直線にこちらへ迫り、受け止めた盾が軋みを上げた。
打ち出されたのは何の変哲もない木製の杭。
それがヴラド三世の魔力によって神秘を帯び、自分の命を刈り取らんと襲い掛かってくる。
迫りくる杭の群れは恐怖を煽り、精神的な不安が盾の輝きを鈍らせる。
だが、マシュは一歩も引かずに杭を受け切った。
自分が後退ればマスターに危険が及ぶ。
彼を守りたいという曇りのない思いがギリギリのところで盾の守護を保たせたのである。
「ぬぅ、我が杭で貫けぬとは――」
「なら、こちらはどうかしら?」
嗜虐的な声音が響き、空中から巨大な彫像が出現する。
それは真ん中から亀裂が走り、真っ二つに裂けて棘だらけの内部を露にする。
ジャンヌと戦っていたもう1人のサーヴァント、カーミラが操る宝具
ヴラド三世の宝具を受け切り、疲弊した体ではそれを避けることはできない。
「危ない! 戻るんだマシュ!」
鋼鉄の拷問器具が覆いかぶさる直前、魔力の渦が肉体を捉えて後方へと引っ張りあげる。
令呪による空間転移だ。
藤丸立香がとっさに令呪を使ったことで、間一髪で宝具をかわすことができた。
「邪魔をするなカーミラ、彼女は私の獲物だ」
「あら、ご自慢の杭で串刺しにできないようでしたので、お手伝いをと思いまして」
「いらぬ世話だ。だが―――少女よ、よほど善性に溢れた生を過ごしたのだな。我が杭は不浄を貫き悪を罰する。
余が串刺しにできぬほどの清らかなる魂。ああ、さぞ美味であるのだろうな」
ゾッとするような冷たい声で、ヴラド三世は槍を構え直す。
ヴラド三世にしろカーミラにしろ、殴り合いでは決して敵わない相手ではない。
英霊とはいえ2人は為政者と貴族、個々の武勇で名を馳せた訳ではない。
しかし、2人は共に生前の所業をある怪物に例えて恐れられており、それがサーヴァントとして現界した際に肉体を補強する概念となっていた。
その呪われた忌み名は吸血鬼。
後世の人々が恐れ噂したことで、2人は無辜の怪物へと成り果てたのである。
「そこまでにしなさいランサー、アサシン。貴方達は残忍ですが、他の者より遊びが過ぎる。
あの小娘達の始末は他の二騎に任せるとしましょう」
こちらの戦いを見守っていた黒いジャンヌが、旗の柄で地面を叩いて2人を戒める。
「待て、私もカーミラも共に本気ではない。聖女の血は我らのものだ」
「黙れ。恥を知れヴラド三世。貴様は彼女の血を吸う事を望むあまり、無意識に力を加減した。私、そういうわがままは嫌いなんです。
だから、反省して今回は引っ込んでいてくださいね?」
悪魔のような微笑みが黒いジャンヌの顔に浮かび上がる。
同時に、背後に控えていた3騎のサーヴァントが各々の武器を構えた。
細身の剣が、十字の杖が、2つの殺意がこちらに向けられ、怖気にも似た感覚が背筋を走る。
殺される。
無残に四肢を裂かれ、尊厳を踏みにじられ、その魂すらも貪り食われる。
その恐怖がマシュの手を震わせ、無意識に後ろへと後退った。
「―――優雅ではありませんわ」
一触即発の空気が張り詰める中、第三者の言葉と共にガラスの薔薇が投げ込まれた。
聞こえてきたのは馬の嘶き。
颯爽と駆け抜けたガラスの馬車から飛び降りたのは赤いドレスを纏った可憐な少女だ。
戦場にはとても似つかわしくない略式の礼装。
どこかの高貴な身の上であることは想像に難くなく、毅然とした眼差しが忌々し気に唇を噛む黒いジャンヌへと注がれた。
「あなたはそんなにも美しいのに、その戦い方も思想も、そこから生まれたこの街の在り様もよろしくないわ」
「――サーヴァントですか?」
「ええ、そう。嬉しいわ。これが正義の味方として、名乗りをあげるというものなのね!」
天真爛漫な笑顔を振りまき、少女は言う。
恐ろしき竜の魔女に対して、異形なる吸血鬼への恐怖すらも押し殺して、愛する祖国を守るために高らかに宣言する。
悪逆非道もそれまでだ、例えドレスを破り戦うことになろうと、これ以上の狼藉は自分達が許さない。
ヴェルサイユの華、マリー・アントワネットの登場であった。
□
遡る事数十分前、カドック達は合流地点であったラ・シャリテが黒いジャンヌ達の襲撃を受けた事を通信で知った。
先に駆け付けたマシュ達曰く、生存者はなし。
街は破壊しつくされ、残っていたのは亡者達だけだったという。
更にマシュ達の存在を探知したのか、飛び去ったはずのワイバーンの群れが舞い戻った事で、街は再び戦場となった。
「急ぎましょう。わたしが馬車を使えば間に合うはずです」
「到着したらとにかく敵の気を引いてくれ。隙を見て合図をするから、全員でこの場を脱出する」
そうして今、カドックはアナスタシアと共にマリーから少し離れた位置にある瓦礫の裏に隠れていた。
作戦通り、マリーは大見得を切って黒いジャンヌ達の気を引いている。
些か、自分の言葉に酔っている節はあるが、人を引き付けるだけの確かなカリスマが言葉の端々から伝わってきており、
混乱した敵サーヴァント達は思わず彼女の言葉に耳を傾けていた。
「我が愛しの国を荒らす竜の魔女さん、無駄でしょうけど質問をしてあげる。貴女はこのわたしの前で、まだ狼藉を働くほど邪悪なのですか? 革命を止められなかった愚かな
「黙りなさい。宮殿で蝶よ花よと愛でられ、何もわからぬままに首を断ち切られた王妃に、我々の憎しみが理解できると?」
何かが引っ掛かった。
あの黒いジャンヌ・ダルクを見ていて、言葉ではうまく言い表せない奇妙な違和感が感じられたのだ。
確かに目の前にいるのはジャンヌ・ダルク。マシュと共にいるもう1人のジャンヌと瓜二つであり、彼女が語るフランスへの憎悪も行いはどうあれ、
魔女として貶められたジャンヌ・ダルクが抱くには正当な感情であると思える。
ある種の共感がそこにはあるのだ。
なのに、それは何かが違うと。道徳的な感情からではなく、もっと根本的な何かが彼女は違うと確信している。
「わからないことはわかるようにする、それがわたしの流儀です。理由は不明、真意も透明、何もかもが消息不明だなんて、日曜日に出かける少女のようでしてよ?
ならばわたしは、そこの何もかもわかりやすいジャンヌ・ダルクと共に、意味不明な貴女の心を、その体ごと手に入れるわ!」
「え、えっと・・・・はい?」
「あ、しまった。しっぱいしっぱい。今のは単に『王妃として私の足下に跪かせてやる』という意味ですから」
意味深な言葉に困惑するジャンヌと苦虫を潰す黒いジャンヌ。
マリーは慌てて自身の言葉を言い直すが、それが却って物騒な物言いになっている辺りが如何にも世間知らずといった感じだ。
脱力気味な空気が張り詰めていた戦場を少しずつ侵食していく辺り、これはある種の才能といえる。
『壊れていく・・・ボクの中のアントワネット像が壊れていく・・・』
『そうか、俺が知っているマリー・アントワネット像ってこんな感じだぜ?』
ロマニとムニエル、両極端な2人の感想は無視してカドックはタイミングを見計らった。
マシュとジャンヌは傷ついているが動くことは可能。
回り込んでいたアマデウスは配置についてスタンバイ済み。
マリーとの問答で黒いジャンヌの苛立ちも頂点に達しつつあり、今すぐにでも配下のサーヴァントに号令をかけそうだ。
出鼻を挫くとしたら、いまだ。
「マリー、アマデウス、幕を上げろ!」
「ではジャンヌ、語らいはここまで。まずは貴女が殺めた人々への鎮魂といたしましょう」
「任せたまえ。宝具、
芝居がかった仕草でマリーは一礼し、アマデウスが宝具を発動する。
死神に手向けられた葬送の曲。
天上に響く至高のオーケストラはその場にいた敵対者達に等しく重圧を与え、その動きを阻害する。
「それではごきげんよう皆様。オ・ルヴォワール」
嘶きと共にガラスの馬車が出現し、土煙を上げて舵を切る。
こちらの意図に気づいたマシュのマスターが傍らの2人に指示を出し、
マシュとジャンヌが彼を抱えて馬車の荷台へと飛び移る。
続けて楽団の指揮を切り上げたアマデウスが黒いジャンヌの放つ炎を危なげに避けながら荷台の飾りにしがみつき、反対側にも魔術で筋力を強化したカドックが掴まってアナスタシアを抱きかかえる。
「キャスター!」
アナスタシアの眼が光り、周囲一帯に猛烈な吹雪が吹き荒れる。
音に縛られ、吹雪で視界をも奪われれば竜の魔女達とてすぐには追って来れないだろう。
さながら、ツンドラの大寒波の如き強風を背にしながら、王権の象徴たるガラスの馬車はラ・シャリテの街を飛び出し、どこまでも続く草原を疾走した。
□
ラ・シャリテを抜けて数時間。
再び、ジュラの森へと戻ってきた一行は予め見つけておいた霊脈にキャンプを張り直し、互いの無事と再会を喜び合った。
今度はマシュもいるため、彼女の盾を触媒に召喚サークルを敷くこともできた。
これで、カルデアから補給を受けられる。
安心するとドッと疲れが込み上げてきて、カドックはズボンが汚れるのも気にせず地べたの上に座り込んだ。
「助けてくださってありがとうございます、カドックさん」
「本当、助かったよカドック」
「そう思っているなら水をくれ―――きつい」
霊脈につくやいなや、たむろしていた魔獣や悪霊を追い払い、周囲に獣払いや認識阻害の結界を構築。
飛び抜けて得意というわけでもないため、綻びがないか何度もチェックを重ねる内にかなり魔力を消費してしまった。
今更のことだがこのメンバーでまともに魔術を扱えるのが自分だけのため、こういった役回りは自然と回ってくることになる。
マシュは知識こそあるが魔術師としての修練は積んでいないし、アナスタシアもヴィイの使役に特化していて一般的な魔術は使えない。
アマデウスも同じく。新米小僧に至っては論外だ。
冬木で出会ったクー・フーリンの存在がどれだけありがたかったかを、今になって思い知った。
「はい、ご苦労様」
「ありがとう」
早速、送られてきた補給物資の中から取り出したミネラルウォーターをアナスタシアから受け取り、一息を吐く。
その間に初対面の面々が自己紹介は始め、憧れのジャンヌ・ダルクと言葉を交わしたことでマリーが舞い上がるような喜びを見せた。
ジャンヌは困惑気味ながらも彼女から向けられる素直な感情は好意的に受け止め、笑顔を零す。
更にジャンヌ自身が自分の生前の評価に否定的な事もあり、2人はお互いを「ジャンヌ」、「マリー」と呼び合う対等の仲として付き合う事になった。
無論、言い出したのはマリーの方である。
一方でマシュはあくまで事務的に、アマデウスは相変わらず気取ったような自惚れを隠さずに。
そして、最後の1人は―――。
「チーッス」
思いっきり水を噴き出してしまった。
「おい馬鹿止めろ、相手はマリー・アントワネットだぞ!」
ヴェルサイユの華と讃えられたフランス国民のアイドルに対していくらなんでも不敬すぎる。
この際、尊敬の念の有無は置いといて、事務的でもいいからもっと普通に挨拶できないものなのだろうか。
「えっ、カドックだってタメ口で話してるよね」
「ああそうだよ、敬語苦手だよ。だからと言って『チーッス』はないだろ。部室で煙草ふかしている不良学生かお前は」
「えっ、カドックってそんな学校行ってたの!? 喉にピアスとかしているしもしかしてとは思ってたけど―――」
「そんなわけあるか、これは趣味だ!」
「あ、14歳くらいにかかるあの―――」
「キリエライト! マスターの手綱くらい握ってろ! サーヴァントだろ!」
叫び倒して喉が痛み、残っていた水で潤そうと容器を呷る。
瞬間、飲み干そうとした水が気道に入って大きく咳き込み、見かねたアナスタシアの手が背中を何度も往復した。
「まあまあ、カドックさん。わたしは面白い挨拶だと思いますわ。チーッス、シクヨロ!」
「チィーッス! いいねマリア、今後はそれで頼む。百年の恋もサッパリ冷めそうだ!」
確かにその通りだとカドックも思った。
マリーもアマデウスが妙に喜んでいる事に危機感を覚えたのかこの挨拶は泣く泣く封印し、
話は再びジャンヌともう1人の黒いジャンヌの事へと向けられた。
「少なくとも、彼女の目的がフランス―――いえ、世界の滅亡である事は間違いないと思われます」
「その先があるのかどうかまでは引き出せなかったけどね。とにかく生き残るのに必死だった。
カドック達が来てくれなかったら危なかったと思う」
何とか合流できたが、今回も綱渡りだった。
敵はジャンヌ・ダルクとその配下のサーヴァント達。
真名がわかっているだけでもヴラド三世、カーミラ、シュヴァリエ・デオン。
黒いジャンヌの口ぶりではジル・ド・レェ元帥も召喚されているらしい。
残る修道女風の女性の正体はわからないが、その衣装や居住まいからかなり古い年代の英霊であることが伺える。
「これが聖杯戦争だとして、あの時に確認できたのが五騎。デミサーヴァントのマシュを入れると十騎だけど、多すぎないか?」
「七騎の法則は崩壊しています。もちろん無制限というわけではありませんが、記録によれば十五騎のサーヴァントが召喚されたケースもあったようです」
アマデウスの疑問にマシュが答える。
ただでさえ強力なサーヴァントが十五騎。
果たしてその聖杯戦争の開催地は無事に事を終えられたのだろうか?
考えただけで胃痛がしてくる。
「あ。わかった。わたし、閃きましたわ。こうやって、わたしたちが召喚されたのは――英雄のように、彼らを打倒するためなのね!」
「同じように世界を滅ぼすためかも?」
思いついたことをそのまま口走っているかのような発言に、カドックは頭を抱え込んだ。
もう少し、歯に衣着せるという発想はないのだろうか、この減らず口の少年は。
「ノン、ノン、ノン。それは違います藤丸さん。だってわたし、生前と変わらずみんなが大好きなんですもの。
世界を滅ぼすならこんな感情不要だし、第一召喚されないわ!」
それはとても素晴らしいことだと、マリーは言う。
改めて、祖国に貢献するチャンスを得たことに対して彼女は深く自身が信ずる神に感謝していた。
自分を裏切り、弾劾し、全てを奪われて最後には殺されたこの国を彼女はもう一度救いたいのだと、屈託のない笑顔で言い切る彼女の顔が眩しい。
その道がどれだけ茨で覆われていようとも、彼女のその行いは正しく王道を歩むものだ。
ただ美しいだけでなく、その精神の正しさこそが真に人を引き付ける彼女の魅力の正体なのだろう。
「根拠のない自身は結構だけどね、マリア。相手は掛け値なしに強敵だぞ」
マリーの願いは尊いものだが、アマデウスの言葉も最もだ。
星のように輝く英霊達ではあるが、その半数は芸術家と王族。本来ならば戦いなどとは無縁の存在だ。
対して敵は吸血鬼2人に加えて伝説のスパイと生前のジャンヌの副官。
加えて彼らはどうやら聖杯の力で狂化の属性が付与されており、全員がバーサーカーと化しているようだ。
頭数はともかく戦力差は絶望的だ。
(彼女達のようなはぐれサーヴァントをもっと味方に引き入れることができれば、オルレアンに攻め入れるんだが)
地の利は向こうにある以上、敵は本丸を動かすことはないだろう。
今後はそういったことも念頭に入れて情報収集を進めなければならない。
そうして方針がまとまったところで、その日は休む事になった。
サーヴァントと違ってマスターである自分達は休息を取る必要がある。
魔力の回復を促し、体調と思考を整えておかなければ肝心な場面で息切れを起こすかもしれないからだ。
「そろそろ時間ね。マスター、休んできたらどうかしら?」
「ああ、そうさせてもらうよ」
「では、わたしは見回りに行ってきます。ジャンヌさんとアナスタシアさんはここで待機をお願いしますね」
立ち上がったマシュが小薮の向こうへと消え、カドックも肩を鳴らして寝床へと戻る。
立ち去り際に聞こえてきたのはジャンヌやアナスタシアに対して楽し気に話しかけるマリーの声。
恋の話を振られた2人はどちらも答えに困り、恋の重要性を熱く語るマリーの声だけが夜の森へと木霊した。
「おい、交代だぞ」
「えっ―――ああ、うん」
「お前、寝てないのか?」
折角、マスターも2人いるのだから休息は交代で取ろうと言い出した癖に、目の前の少年からは疲労の色が見て取れた。
顔色は悪いししきりに眠そうに瞼を擦っている。
「魔術回路をもっとうまく回せるように練習してたら、寝るタイミング逃しちゃって」
「それで倒れたら元も子もないだろ。ほら、そこ座れ。言わんこっちゃない、うっ血しているじゃないか。
訓練メニューよりも魔術回路に強めの負荷をかけただろう? 素人なんだから下手したら死ぬぞ」
口ではぼやきながらもテキパキと治療を施し、ポケットから栄養剤を2本ほど取り出して強引に飲ませる。
これで少しはマシになるはずだ。
「ごめん、ありがとう」
「謝るくらいならあんな無茶するな。このままもう少し休んでいけ」
隣に腰かけ、自身も回復のために栄養剤をグイっと飲み干す。
甘辛い独特の香りが喉に流れ込み、一度だけ耐えられずに咳ばらいをしてしまう。
「俺さ、素人だしもっと鍛えなきゃと思ったんだ。マシュが全力を出し切れないのは、マスターである俺が未熟だからかなって」
「・・・・・・・・・・・」
それは自分も同じだとは口が裂けても言えなかった。
こういう時、同情されるのが一番辛い事なのだということをカドックは知っている。
何度も何度も経験してきたからだ。
「正直、カドックがいてよかったと思っている。1人だったら、ちゃんとマスターやれてたかどうか」
「そういう事は一人前になってから言え」
「ははっ、そりゃそうだ」
「いいから寝てろ。20分だけ休んだら本当に交代だ」
おやすみ、という小さな声が耳朶に染みる。
彼の小さな好意に対してどのように接したら良いのかわからない。
苛立ちと歯痒さが募り、手近にあった石を森の闇へと投げ捨てた。
どうしてこんなにもこいつの事が気になるのだろうか。
好きでもないし世話をするのも面倒だしカンに触ることもある。
それでもつい目で追ってしまうのは、心にもない言葉をなげかけてしまうのは、何か理由があるはずだ。
それはいったい何なのか、結局その夜は答えがでなかった。
獰猛な唸りを上げる竜を連れた聖女が、自分達の前に現れたからだ。
マルタ戦までいけませんでした。
ちなみに幣カルデアでは無事にアキレウスとケイローンをお迎えできました。
諭吉という呼符が飛んでいきましたが(笑)