Fate/Grand Order IF 星詠みの皇女 作:ていえむ
炎を切り裂き、邪竜の前に降りた立ったジークフリートは手にした
相対するはかつての宿敵。
黄金の夢に酔い、竜種へと転じた呪われたファヴニール。
忌まわしき黄金を巡って死闘を繰り広げたかつての敵同士が再び、相見えたのだ。
「久しぶりだな、
ジークフリートの呼びかけにファヴニールは咆哮で以て応える。
まるで怯えているかのように敵意を向け、今にも襲い掛からんと四肢に力を込める。
最早、守るべき黄金などないにも関わらず。
「そうだ、俺は此処にいる。ジークフリートは此処にいるぞ! 再び貴様に黄昏を叩きこむ。我が正義、我が信念に誓って!」
ジークフリートが駆けだした。
一足。
ただの一足で邪竜へと距離を詰め、手にした大剣を振り下ろす。
本来ならば歯牙にもかける必要がない矮小な一撃。
しかし、邪竜は確かな脅威を感じ取って身を翻す。
無論、それを許すジークフリートではない。
叩きつけられた尻尾を寸ででかわし、逆にそれに飛び乗ってファヴニールの背中を駆ける。
「はぁっ!」
一撃が叩き込まれた。
その巨体からすれば余りに小さな一撃。
だが、ファヴニールは怒りを以て図体を振るい、しがみついたジークフリートを地面に落とそうとする。
人の力など恐れる必要のない邪竜が、ジークフリートにだけは明確な殺意を抱き、その脅威を警戒している。
叩きつけられた英雄を邪竜は二度、三度と踏みつけ、更に念入りに巨足へ力を込めて踏み砕こうとする。
常人ならば最初の一撃で既に欠片も残らなかっただろうそれを、ジークフリートは呪われた自身の体で受け止め、渾身の力を以て押し返す。
余りにも馬鹿馬鹿しい光景。
山のような巨体を、小さな人がその腕力のみで揺るがしているのだ。
「馬鹿な、ファヴニールが!?」
吹っ飛ばされたファヴニールの姿に竜の魔女も驚きを隠せない。
「何をしているの、さっさと奴を―――」
叫ぶ主を無視してファヴニールは跳ぶ。
飛び散った瓦礫が竜の魔女を巻き込み、小さな体がしりもちをつく。
既に邪竜は彼女の制御を離れていた。
憎悪と殺意と恐怖。
己を殺し黄金を奪った宿敵を前にして理性を失っているのだ。
邪竜の目にはジークフリートしか映っていない。
「――――ッ!!」
再び放たれた火炎をジークフリートは怯むことなく迎え撃つ、
手にした剣に魔力を込め、一閃の下に切り裂いて突貫。
刃が振るわれる度に黄昏色の閃光が走り、ファヴニールの巨体を傷つけていく。
堪らず咆哮を上げ、ファヴニールは両手を振るってジークフリートを捉えんとするが、その手は空しく空を切るばかりだった。ならばと自らの巨体そのものを武器にしてジークフリートに襲い掛かり、全体重をかけて彼を押し潰さんとする。
「ファヴニールめ、我を忘れて―――いいわ、なら先にあなた達を始末します」
我に返った黒いジャンヌが旗を掲げてこちらに迫る。
アナスタシアもマリーも既に戦える状態ではなく、自身の身を守る者はいない。
咄嗟にカドックはアナスタシアを庇うように立つと、攻撃用の魔術を放とうと魔力を回す。
無論、そんなものは気休めにもならないだろう。
「させません!」
振り下ろされた旗を、別の旗が弾いた。
「あなたの相手は私がします!」
「ジャンヌ!?」
「カドック、みんな!」
ジャンヌがもう1人の自分を押し返し、マシュがこちらを守るように盾を構える。
駆け付けた黒髪の少年もこちらの状態を把握し、手早く礼装の治療効果を発動する。
「ゲオルギウスが来てくれたおかげで、ジークフリートの呪いが解けたんだ。カドックが時間を稼いでくれたおかげだよ」
違う。
自分は何もできなかった。
今度もまた守られてばかりで。
ジークフリートが助けに来なければ彼女を死なせていた。
「カドック」
アナスタシアの冷たい指先がそっと手に添えられる。
治療を受けたことで、動けるようになったようだ。
「あなたが守ったの。あなたと私で、マリーを守れたの・・・ね」
「あ、ああ―――僕達が、やったんだ」
それで良いんだと、アナスタシアは言った。
その慰めが今はとても暖かい。
僅かに熱くなった目頭を擦り、カドックは意を決して立ち上がった。
「みんな、聞いてくれ」
敵は竜の魔女と邪竜ファヴニール。
特にファヴニールの力は強大で例えサーヴァントといえども敵う相手ではない。
だが、こちらには
そして、傷つきながらもここまで出会った全てのサーヴァントが結集している。
凡人と凡人以下のマスター。
北国の皇女とデミサーヴァント。
救国の乙女、ヴェルサイユの華、神に愛された音楽家、高潔なる殉教者。
手札は全て揃ったのだ。
なら、後は勝負をするだけのこと。
「ここで邪竜を討つ」
静かな決意を受け、彼らは動き出した。
飛びかかったマシュの盾がファヴニールの腕を叩き、羽交い絞めにされたジークフリートを救い出す。
足下では愛馬に跨ったゲオルギウスが果敢に切りかかってかく乱し、その隙を突いた
とうとう痛みに耐えかねた邪竜は距離を取り、渾身のブレスを放たんと魔力を込める。
それを阻害するのはアマデウスだ。
全力で宝具を奏で、邪竜の力を殺いでいく。
「―――――――――ッッ!!!」
「真名偽装登録。宝具、展開します!」
放たれた炎をマシュが受け止める。
展開された光の壁が軋みを上げ、勢いに押されてマシュの体が後退した。
もとより、あの一撃に耐えられるサーヴァントはいない。
しかし、ほんの僅かでも受け止めることができれば、竜殺しの一太刀が容赦なく邪竜を屠る。
何度目かの咆哮。
全身を余すことなく切り裂かれた邪竜は、それでも憎悪に彩られた眼で宿敵を睨みつける。
一方、ジークフリートもまた満身創痍。
並のサーヴァントを遥かに上回る攻撃を何度もその身に受け、既に鎧の大部分は砕けてなくなっている。
致命傷を受けていないのは彼の不死身の肉体のおかげだ。
それを差し引いたとしてもあの邪竜と渡り合えていることが驚異的ではあるが。
「ファヴニール!」
援護の為に鉄杭を放とうとした竜の魔女をジャンヌが押し留める。
「あなたはどこにも行かせません!」
「邪魔をするな、残り滓!」
戦況は一進一退。
ジークフリートの奮闘で辛うじて拮抗できている。
だが、それもここまでであった。
まずマシュが脱落した。
ファヴニールの尻尾を避けきれずにモロに食らってしまい、盾を取り落して宙を舞った。
アマデウスも瓦礫に押し潰されて身動きが取れなくなった。
その隙をついたファヴニールの巨腕がジークフリートを振り払い、首を振りながら炎を吐き出す。
難なく避けるジークフリートではあったが、それは悪手であった。
標的を見失った邪悪な炎はそのまま大きく燃え広がりながら、倒れ伏しているマシュへと迫る。
「マシュ!?」
「お任せを」
愛馬を走らせたゲオルギウスが炎の前に滑り込み、宝具の真名を解放する。
伝承に曰く、彼の愛馬は魔女より賜った魔法の白馬。
魔女が恋した聖人を守るため、一度だけあらゆる災厄から彼を守るという。
「さあ駆けろ、
一瞬、白馬が大きくなったかのような錯覚の後、ゲオルギウスを前にして炎が2つに割れる。
同時に力を失った白馬は消失し、地に降り立ったゲオルギウスはマシュを抱えて後方へと下がった。
「このままじゃジリ貧だ」
「わかっている!」
焦りからつい怒鳴ってしまう。
実際のところ、彼はよくやっている。
あの巨体を前にして恐怖に震えた自分と違い、彼は仲間が大勢いるとはいえ、臆することなく戦っている。
マシュが倒れるまでは中々に的確な指示を出して彼女の力を引き出していた。
サーヴァントの個性を見抜く、という意味では自分よりも才能があるかもしれない。
だが、圧倒的な力を前にしてはそれも些細なことだ。
今はまだジャンヌがもう1人のジャンヌを抑えているが、もしも彼女の加勢が入ればジークフリートとて保たないだろう。
「すまない、絶対に勝てるとは言えない。かつての戦いも勝利して当然の戦いではなく、無数の敗北から、僅かな勝ちを拾い上げるような戦いだった」
傍らに降り立ったジークフリートが油断なく剣を構えながら謝罪する。
言葉とは裏腹にその声音には強い決意が込められていた。
険しい顔つきからは悲壮さなど微塵も感じさせない。
揺るぎのない信念に裏打ちされた確かな自信と、高潔な魂の躍動で輝いてさえいる。
「それでも俺は勝つ。君は願い、俺は俺の意志でその願いを叶えると決めた。それだけは絶対に曲げられない!」
雄叫びを上げて剣を振るう。
仕切り直した事で調子が戻ったのか、再び繰り広げられた死闘は先ほどまでとは比べ物にならない苛烈な応酬であった。
一太刀ごとに大気が裂け、炎が舞い、腕と尾の一撃が水晶の欠片を振りまく。
その何度目かの攻防の果てに、ジークフリートの大剣が邪竜の喉を切り裂いた。
途端に、今まで以上の苦しみを上げて悶えるファヴニール。
その異常を感知したのか、カルデアからロマニの通信が入った。
『おかしいぞ、あそこだけ魔力の流れが淀んでいる』
丁度、喉元にあたる部分だ。
カルデアから送られてきた解析図によると、ファヴニールの喉元に異常な魔力の堆積が起きているらしい。
そこにジークフリートの一撃が命中したことで、致死にも等しい苦しみが邪竜を襲ったとのことだ。
「そういえば竜って逆鱗が弱点じゃなかったっけ?」
『それは東洋の龍のことだね。西洋のドラゴンにはそんなものないよ』
東洋の龍は喉に心臓があるため、それを守っている逆さの鱗―――逆鱗が弱点であるという逸話がある。
残念ながらファヴニールは北欧圏の伝承に伝わる竜種だ。
だから、心臓も分厚い胸の中にあり、喉に弱点などは存在しない。
そう、弱点などは―――。
(ヴィイの魔眼?)
アナスタシアの宝具
あの時、ファヴニールのブレスを相殺するために放った宝具が、偶然にも邪竜に弱点を生み出したのだとすれば?
「ジークフリート、喉だ! 奴の喉を狙え!」
ジークフリートに向けて、力の限り叫ぶ。
竜殺しの英雄は無言で剣を掲げてその言葉に応え、必殺の一撃を叩きこまんと魔力を込める。
狙うは逆鱗。
呪われた邪竜に付与された唯一の急所。
それを悟ってかファヴニールは羽根を羽ばたかせ、その巨体を宙へを持ち上げる。
空へと逃げるつもりだ。
「させ――っ!?」
追いかけんとしたジークフリート目がけて炎が吐き出され、勢いを殺される。
振るわれた剣は邪竜の足下を掠めて空しく地面を叩いた。
こうなってしまえばこちらに打つ手はない。
ジークフリートには空を飛ぶ者を迎撃する手段はなく、ファヴニールは一方的に炎を吐いて宿敵を甚振るだけで良い。
「―――ッ!」
瞬間、赤い何かがファヴニールの眼を突き刺した。
あれは槍だろうか?
竜の羽根を広げた可愛らしい少女がファヴニールの頭にしがみつき、大きな眼に刺々しい槍を深々と突き刺している。
堪らず、痛みで悶えながらファヴニールは少女を振り落とそうとするが、更にどこからか現れた巨大な炎の蛇がファヴニールの巨体に巻き付いてその動きを封じ込める。
目を潰された痛みと全身を縛り付けられたことで飛行を維持できなくなったファヴニールの巨体は見る見るうちに落下し、水晶宮を巨大な地響きが襲った。
「エリザベートと清姫だ。カドック、チャンスは今しかない!」
「藤丸さん、わたしに令呪をください。宝具を使えと!」
「わ、わかった」
負傷していたマリーの体に魔力が満ち、ガラスの馬がジークフリートのもとへと駆ける。
「ジークフリート、今だけはあなたに王権を委ねます」
「王妃よ、確かに預かった」
「アナスタシア、もう少しだけ頼む。彼に進むべき道を作ってくれ」
ガラスの馬に騎乗したジークフリートが手綱を握り、アナスタシアが作り出した氷の道を駆け上る。
本来ならばマリーの宝具は王権の象徴。フランス王家に関わりのある者しか使役する事はできない。
だが、ジークフリートの妻クリームヒルトは後にフランス領となるブルゴーニュ地方に跨って栄えたブルグント王国の人間であり、
後世にはその地からフランス王家に連なる者も輩出されている。
その僅かな繋がりを令呪で以て強化したことで、彼に宝具への騎乗を可能とした。
無論、真名解放などはできないが、彼の騎乗スキルは何とかガラスの馬を乗りこなし、宿敵の喉元目がけて疾走する。
「邪悪なる竜は失墜し、世界は今、落陽に至る!」
振り上げられた
収束していく黄昏の光。
それは聖にも邪にも等しく訪れる洛陽。
盛者必衰の理を形とした無常の剣。
ここに来て最大限の脅威を感じ取ったファヴニールは自爆覚悟で炎を吐かんとするが、それよりも竜殺しが駆け上がる方が早い。
「撃ち落とす―――
裂ぱくの気合と共に真名が解放され、呪われた聖剣が違う事無く邪竜の喉を切り裂いた。
「――――ッ、ッ―――!!」
声にならない叫びを上げたファヴニールの喉元から鮮血が迸る。
それだけに留まらず、攻撃の余波で水晶宮の地面が捲れ上がり、視界の全てが黄昏色に染まっていった。
轟音と閃光で目と耳がやられ、敵も味方も自分の身を守るのに必死だ。
迎撃のために魔力を込められた瞬間に攻撃した事で、ファヴニール自身の魔力も暴発したのである。
(ジークフリートは? 彼はどうなった―――)
光が収まり、半壊した水晶宮の庭園に倒れ伏す巨体が露になる。
その傍らには大剣を携えた英雄が、傷だらけになりながらも生前の宿敵を見下ろしている。
それが意味することは、ジークフリートが再び竜殺しを成し得たということだ。
「揺籃から放たれる時がきたのだ、ファヴニール。今度こそ、迷うことなく――眠れ」
剣が鞘に収められ、ファヴニールの巨体が魔力の塵となって消滅していく。
その様をジークフリートは、最後まで厳かに見届けていた。
勢いに任せてファヴニール戦も書いちゃいました。
やっぱり味方にセイバーがいるとテンション上がりますね。
宝具に関しては解釈が分かれるところかもですが。
ここまでくれば後、2、3話でオルレアン編も終わるはず。