Fate/Grand Order IF 星詠みの皇女   作:ていえむ

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邪竜百年戦争オルレアン 第7節

その日の夜。

野営地となった森は俄かにお祝いムードが漂っていた。

九死に一生とはいえ、マリーを無事に救い出すことができ、更に邪竜ファヴニールを倒すことにも成功した。

残念ながら竜の魔女は取り逃がしてしまったが、切り札が失われた今が攻め込むには絶好の好機と、全員の士気が高まっている。

余り悠長に事を構えていては、新たな邪竜を生み出されてしまうかもしれないという可能性もあるため、一同は新たにゲオルギウスとエリザベート、清姫の三騎を加え、負傷の回復もそこそこにオルレアンへの進軍を開始した。

そうしてオルレアンの近くの森へと陣を敷き、明日の決戦に向けて今夜は早めの就寝を取ろうということになったのだが―――。

 

「補給物資が届きましたが、位相空間にズレが生じたようです」

 

「あら、食料をモンスターが食べ漁っているわね。カドック、今夜は断食かしら?」

 

「先輩、腹ペコは平気ですか?」

 

いや、よくないだろうという意見が満場一致で採択され、総出で魔獣退治が行われる。

 

「あー、それ私が狙ってたやつ。勝手に食うなー!」

 

「やかましい方ですわね、もう」

 

半ば奇声を張り上げながらエリザベートが槍を振るい、追い立てられた魔獣を清姫が呆れ気味焼き払う。口では罵り合っているが、意外といいコンビのようだ。

 

「で、どうして彼女達が着いてきているんだ?」

 

最もな疑問である。

ここまでファヴニールを倒した勢いに乗る形で進軍してきたため、2人がどういう理由で着いてきているのか聞くのを忘れていた。

 

「どう説明したものかな」

 

「要点だけ教えろ」

 

「喧嘩してた蜥蜴の仲裁をしたら好かれました、まる」

 

「余計なことに首を突っ込むから・・・まあ、戦力が増える分には良いのか?」

 

実際、揃えられるだけの戦力はこれで整ったといえるだろう。

未だ、敵のサーヴァントは健在。本拠地ということで飛竜の群れも待ち構えているだろう。

人数が揃ったといっても敵の数は遥かに多く、自分達が取れるのは全戦力を一点に集中した正面突破のみ。

そうなると1人でも多く戦える者がいてくれるのはありがたい。

ありがたいのだが―――。

 

「うるさいわね、この青大将!」

 

「なんですか、エリマキトカゲ!」

 

「このヌママムシ!」

 

「クビワトカゲ!」

 

この不毛な言い争いだけはどうにも我慢がならない。

 

「アナスタシア、構わないから凍らせるんだ」

 

「わかったわ。このまま冬眠してもらいましょう」

 

「いえ、ダメですからね。先輩も笑ってないで止めてください」

 

珍しく怒気を露に突っかかるカドックと悪乗りするアナスタシア。

それを面白そうにはやし立てる少年と困惑しながらも止めようとするマシュ。

その光景をマリーは岩に腰かけながら楽しそうに見つめている。

傍らにはジャンヌと、どこからか引っ張り出してきた玩具のピアノと睨めっこしているアマデウスがいた。

 

「ふふっ、こうしていると、自分が生きているのが不思議でならないわ。正直、あの時は絶対にもうみんなとは会えないと思っていたもの」

 

「それは私もです。本当に間に合ってよかった」

 

「カドックさんとアナスタシアにも感謝しなきゃね。でも、彼はベーゼを受け取ってくれなかったのよ?」

 

「つまりアナスタシアにはしたんだね、君。まったく、そうやってだれ彼構わず魅了するのはトラブルの素だよ。まあ、今回ばかりはみんなが君を助けたいって、いい方向に転がったからよかったけどね」

 

よし、と軽く頬を叩き、アマデウスは玩具のピアノの鍵盤に指を這わせる。

 

「あら、ピアノを弾くの、アマデウス?」

 

「そりゃ、マリアと約束したからね。君の方こそマスターは良いのかい?」

 

「カドックならもう1人のマスターと一緒にマシュからお説教されてるわ」

 

「やれやれ、彼にも聞いて欲しいものだがね」

 

細い指先が鍵盤を弾く。

玩具特有のやや甲高い音が夜の森に吸い込まれ、周囲の空気が一変する。

木々のざわめき、夜の風、森の獣の寝息すらもその音に聞き入り、静かな演奏会が開かれる。

奏でられる音は不格好で、けれども神々が聞き惚れる天上の調べ。

その音色に誰もが耳を傾け、アマデウスは一心不乱に鍵盤を叩く。

 

「本当、良い音色ね」

 

「君に褒められるのは光栄の極みだ、マリア」

 

生前、彼は彼女に自分の音楽を聞いてもらうことができなかった。

2人の人生はすれ違ったまま、アマデウスは好いた女性の非業の死に立ち会う事もできなかった。

人生のやり直しなど望んだことはないが、それでももしもがあるのならと考えたこともあった。

自分なら、少なくともあんな終わらせ方をさせなかったのにと。

そんな切ない気持ちをアマデウスは敢えて押し殺し、最愛の人の生を尊ぶ曲を奏で続ける。

感情を叩きつけるのは自分の主義じゃないし、彼女との恋を引きずる程センチメンタルなつもりもない。

だから、これは感謝の調べだ。

彼女が生きていることへの感謝、彼女にピアノを聞いてもらえることへの感謝、そんな機会を与えてくれた男への感謝の曲。

 

「マリー」

 

「何かしら、ジャンヌ?」

 

「私は必ずこのフランスを救います。あなたが愛した、このフランスを」

 

「なら、わたしも約束するわ。大切な友達に、最後まで協力する。もちろん、2人もね?」

 

「僕に意見を求められても困るなぁ」

 

「私はもう決めています。マリーとジャンヌの力になりたい。その―――友達、でしょ?」

 

「はい、そうですね。友達、ですね」

 

月の明かりが彼女達を包み込む。

いつの間にか森の小動物達が寄ってきて、アマデウスの演奏を見守っている。

いつしか夜の森は神才の音楽家の演奏会となっていた。

 

「いいものですね」

 

アマデウスの演奏に聞き入る一同を見渡してゲオルギウスがしみじみと呟く。

 

「明日には決戦だというのに、暢気な―――いや、これくらいの方が緊張も解れて戦えるのか?」

 

「そういうことにしておきましょう。人間、余裕を持つことは大事ですよジークフリート。殺伐とした心に信仰は根付きません」

 

「そうだな。何かあればあなたと俺がその穴を埋めればいい。竜を殺すしか能のない男だが、せめてそれくらいは報いてみせないとな」

 

そう言って2人も天上の調べに耳を傾けるのだった。

 

 

 

 

 

 

不意に人の気配を感じて、カドックは目を覚ました。

敵襲かと警戒したが、物陰から何かが飛び出してくる様子はない。なにより、それならジャンヌやロマニ辺りがもっと早く気づくだろう。

ふと隣に目をやると、人ひとり分の空白ができていた。

共に寝ていたはずの少年の姿がない。

明日は決戦だから、魔力を回復するために少しでも休息を取るようにというロマニからの指示で、

今夜はマスターは見張りに立たず就寝することになっていたのだが、まさかまた隠れて鍛錬をしているのではないだろうか?

 

「何やってるんだ、お前」

 

茂みをかき分けると、能天気な童顔が焚火に手を当てていた。

寝ぼけ眼に見せかけて睨んでみたが、魔力回路が起きている様子はない。

単純に眠れなかっただけだろうか。

 

「僕達が倒れたら元も子もないんだ、無理にでも寝てろ」

 

「うーん、何だか緊張してさ」

 

「何だ、不安なのか?」

 

「そりゃ、補欠の俺がちゃんとマスターできているかは気になるけどさ。ねぇ、実際のところはどうなんだろう?」

 

「・・・・・・悪くはないんじゃないか」

 

何度か見た限りでは、堅牢だが決め手に欠けるマシュをうまく使って戦っている。

不慣れからか突出し過ぎることもあるが、ここ一番という場面では深追いせずにきっちり守り、味方を庇って後続に繋げる。

つまり、憎らしいことにサーヴァントのマスターとしてはなかなかに素養があるのだ。

マシュがピンチに陥ってパニックを起こしかけるのは自分にも当てはまることなので無視しておくことにしよう。

 

「ねえ、凄く含みのある言い方したよね、今?」

 

「言っただろ、生意気言うのは一人前になってからだ」

 

「はいはい、努力しますよ」

 

こちらの小言にもいい加減慣れてきたのか、軽口で返される。

 

「フランスでの戦いも明日で終わりか」

 

「まだ一つ目だ、先は長い」

 

「長いね。ああ、考え出したらまた気が重くなってきた」

 

「自意識を解体して強制洗浄する魔術があるけど、使ってみるか?」

 

自己暗示の応用で自我を解体する魔術がある。

術が解けるまで何があっても起きられないが、意識の分解と再構成の過程で精神的な疲労を洗い流すことができる。難易度もそう高くないので疲労回復には打ってつけだ。

ただ、一時的とはいえ自分の意識を意味のない断片にまで分解するという行為は、精神の仮死にも等しく決して気持ちの良いものではない。

一般的な感性からすれば抵抗感が強く、これを好んで使用する者がいるとすれば休む間もなく活動することを余儀なくされるほどの修羅場に陥った者か、自分の体を機械か何かのように扱える異常者だけだろう。

カドックも一度だけ試した後に二度と使うものかと心に決め、それを聞いた目の前の少年も忌避を示していた。

カドックはその反応を当然だと感じながら、一方で自分が酷く馬鹿げた提案をしていたのだと自嘲したくなった。

気紛れと僅かな嗜虐心からとはいえ、素人以下の魔術師見習いを気遣っている自分がいたことに驚きを隠せない。

こんなこと、まだAチームが健在だった頃にはありえなかった。

 

(気に入らないはず、なのにな)

 

自分と同じ、才能だけを見出された最後のマスター。

思えば最初から気に入らなかった。

何も知らない、無害そうな顔をしてカルデアにやってきた異邦人。

魔術の世界の過酷さも、人理崩壊の深刻さも理解できているとは思えない一般人。

なのに、彼は折れることなくここにいる。

己の肩に世界の命運がかかっているというのに、屈することなく自分に着いてきている。

自分はどうだったか。

冬木でアーサー王と戦った時は?

オルレアンで初めてワイバーンの群れと戦った時は?

邪竜ファヴニールと相対した時は?

いつだって心が折れそうで、何度も膝を着いて、その度に立ち上がってきた。

アナスタシアがいなければきっと、自分は腐ったまま朽ちていただろう。

なら、彼はどうして立っていられるのか。

自分よりも弱く、自分よりも劣ったマスター候補。

何故、自分よりも下のはずの彼の方が眩しく見えるのだろう。

 

「何で、引き受けたんだ? 人理修復なんて?」

 

「え? それは―――俺達しかいないんだろ、できる人が?」

 

あっけらかんと、少年は言う。

無責任といえばそれまでの、打てば響くような軽い返事。

質問をしたこちらの方が何か変な事を聞いてしまったのか、そんな風に感じてしまうような声音だった。

 

「そりゃ不安はあるけどさ、でもそれとこれは別のことだろ。誰だって明日は欲しいし、明後日はもっと欲しい。生きていたいだろ?」

 

純粋な願いとまっすぐな答えがそこにあった。

戦いへの恐怖や不安、任務への重責は「生きていたい」というただただ正直な思いの前には関係がなく、何よりもまずその感情が先にあるから、折れることなく前に進めるのだろう。

そんな当たり前の感情を、当たり前のように実行できるだけでも異常ではあるが。

 

「カドックはどうしてカルデアに?」

 

「レイシフトの適性を見出されて、前所長にスカウトされた」

 

「同じだね。俺も駅前でアンダーソンさんにスカウトされてさ」

 

同じじゃない。

同じように才能を見出されたのに、自分は他者を見返すためにカルデアにやってきた。

見ている世界が余りに狭いから、許容しきれない絶望を前にすれば思考が停止する。

ヒステリックに喚き、心が折れることもある。

彼のように、当たり前のことができない。

自分は何度も諦めかけ、今でも心のどこかで人理修復など無理だと思っている。

諦めたくないから、自分の才能を無価値にしたくないから続けているだけだ。

けれど、彼は人理修復が不可能だと思ってはいない。

その道がどれほど困難であろうとも、恐怖で足が竦み困難が待ち受けていようとも、進み続ければ辿り着けると本能で気づいている。

そうして進み続けた結果、フランス軍を飛竜の群れから救い、ジークフリートやマリーを救い出せた。

邪竜を相手にしても屈することなく戦えた。

だから、気に入らなかったのだろう。

自分が心の底では諦めていたことを、彼は迷うことなく採択して進み続けている。

いずれ自分を追い越し、自分に代わって何かを成すと感じ取っているから、気に入らないのかもしれない。

それこそ、考えすぎかもしれないが。

 

「あれ? 先輩、起きてらっしゃったんですか?」

 

茂みをかき分け、マシュが姿を現す。

水を汲みに行っていたのか、手にした桶からは飛沫が飛んでいる。

 

「うん、寝付けなくてね。マシュは?」

 

「わたしはデミサーヴァントですので。見回りがてらアマデウスさんと川まで水を汲んできました」

 

夕食で水を少し多く使いすぎたので汲んできたらしい。

 

「そうだ、マシュもおいで」

 

「はい?」

 

「あー、なら僕はあっちで見張りでもしてようかな」

 

察したアマデウスが手を振りながら夜の闇へと消える。

残されたマシュは首を捻りながら自身のマスターの横に腰かける。

 

「ほら、同じカルデア組なのに3人一緒に話をする機会ってなかったからさ」

 

「お前、実はもの凄く不安でしょうがないんじゃないか?」

 

「まさか、ははは・・・・」

 

「はあ―――キリエライトは?」

 

「そうですね、親睦を深めるのはよいことだと思います」

 

「折角だからアナスタシアも呼ぼうか?」

 

「やめろ、彼女が来たら収拾が―――」

 

「もちろん、夜会のお供はしっかり用意しているわ」

 

「いつからそこにいたんだ、君は!? それと何でそんなもの持ってきてるんだ!?」

 

カルデアからの補給物資にはそんなもの入っていなかった。

まさか、これを見越して最初から持参していたのか?

 

「えー、では、第一回「マスターの、ちょっといいとこ見てみたい会」を始めたいと思います」

 

「待て待てキリエライト、君はそんなこと言う奴じゃなかっただろ――そこ、挙手して勝手に発言しようとしない! お前も変なやる気出してアピールするのやめろ!」

 

自分を除く3人が何故だか妙な盛り上がりをみせ、なし崩し的に夜会が進んでいく。

結局、騒ぎを聞きつけたジャンヌに説教を受けるまでこの夜会は続けられた。

 

 

 

 

 

 

 

朝陽が昇り、一行は決意を新たにオルレアンへの進軍を再開する。

こちらが予想していた通り、オルレアンの周囲には無数のワイバーンの群れが待ち構えていた。

しかし、切り札であるファヴニールを失った今、どれだけの戦力を揃えようと烏合の衆。

立ち塞がる飛竜を盾で、視線で、刃と炎で薙ぎ払い、葬送の曲を奏でながら敵陣を突き進む。

先陣を切るのは救国の旗と王権の象徴。

フランスを救うという強い信念が並み居る敵を討ち滅ぼし、その喉元へ刃を突き付けんと迫る。

 

「来たのね、ジャンヌ・ダルク(私の残り滓)

 

焼き払われ、焦土と化した草原の中頃で黒い少女は待ち構えていた。

無数の飛竜に傅かれ、威厳を放つその姿は正に竜の魔女。

黒のジャンヌ・ダルクがそこにいる。

 

「ジャンヌ」

 

「はい、わかっています」

 

マリーに促され、ジャンヌが一歩前に出る。

もう1人の自分と対峙していた時に抱いていた不安はそこにはない。

毅然とした、何かを悟り理解した面持ちで竜の魔女を見やる。

 

「竜の魔女、私は残骸でもないし、そもそも貴女でもありません」

 

「貴女は私でしょう。何を言っているのです?」

 

嘲りと侮蔑が混じったおぞましい笑みを浮かべる竜の魔女。

同じ顔、同じ声でありながらジャンヌとは何もかもが違う。

ひりつくような感覚にカドックは堪らず唇を噛み締めた。

 

「今、何を言ったところで貴女に届くはずがない。この戦いが終わってから、存分に言いたいことを言わせてもらいます」

 

「ほざくな!」

 

憤怒の炎を滾らせた少女が、もう1人の自分に激昂する。

この期に及んで自分に勝つ気でいると、ジャンヌに対して怒りを露にする。

 

「この竜を見よ、この竜の群れを見るがいい! 今や我らが故国は竜の巣となった! ありとあらゆるモノを喰らい、このフランスを不毛の土地とするだろう!」

 

主人の言葉にワイバーンの群れは咆哮で以て応える。

 

「それでこの世界は完結する。それでこの世界は破綻する。そして竜同士が際限なく争い始めるのだ。無限の戦争、無限の捕食。それこそが真の百年戦争――邪竜百年戦争だ!」

 

竜の旗を掲げ、魔女は配下に号令を下す。

咆哮を上げて飛来する無数の脅威。

牙持つ邪悪の化身が翼を大口を開け、その咢で食いつかんと迫ってくる。

ジャンヌは迎撃の為に旗を構え、他の面々もそれに続こうとする。

その時、背後から轟音が響き、向かってきたワイバーンがもんどりを打って地面に落ちる。

何事かと振り向くと、そこには輝かしいばかりの正義の徒が集結していた。

槍を構える歩兵が、駆け抜ける騎馬の軍団が、空を見据えた弓兵隊が、飛竜を撃ち落とさんと砲兵が、故国を救わんと旗を掲げ、続々と決戦の地に集まってくる。

その先陣で指揮を執るのはジャンヌに取って知己の人物。

ジル・ド・レェ元帥だ。

 

「ここがフランスを守れるかどうかの瀬戸際だ! 全砲弾を撃って撃って撃ちまくれ!」

 

元帥の言葉に鬨の声を上げたフランス軍が怒涛の勢いで攻勢を加え、ワイバーンの群れが撃ち落とされていく。

無論、それを黙って受け入れる訳もなく、飛竜達はこちらを無視して自分達に敵意を向けるフランス軍へと襲いかかる。しかし、高まった彼らの士気は迎え撃つ脅威も己が劣勢も物ともせず、苛烈な攻めを休むことなく繰り広げ、その度に元帥の檄が戦場に響き渡る。

 

「恐れるな! 嘆くな! 退くな! 人間であるならば、ここでその命を捨てろ! 恐れることは決してない! 何故なら我らには―――聖女がついている」

 

この場にいる誰もがジャンヌを竜の魔女と恐れ、怒りを向けることはない。

フランスを救わんと戦い続けたルーラー(ジャンヌ)の姿に、彼らはかつての聖女の信仰を見出した。

そして今一度、共に戦わんとこの地に駆け付けたのである。

 

「いきましょうみなさん。ジルが―――フランスのみんながついています」

 

救国の旗が掲げられる。

フランスを救うための最期の戦いが始まった。

敵は無数の飛竜の群れ。しかし、こちらには一致団結したフランス軍の加勢がある。

戦局は五分と五分。

故に勝敗は、如何に敵のサーヴァントを抑えられるかにかかっている。

 

「視えた。カドック、サーヴァントの数は四騎、初めて見る娘もいます」

 

「獅子の耳に俊足の弓兵―――アタランテか」

 

ヴィイを通じて知覚した情報を全員に伝え、警戒を促す。

まだ敵に弓兵が残っていたのは痛い。

この広い戦場では隠れられる場所もなく、アタランテ程の使い手ならば容易にマスターに狙うこともできるはずだ。

 

「なら、彼女の相手は私がしましょう。うまく注意を逸らしますので、後はお願いします」

 

ゲオルギウスが馬に跨り戦場を駆ける。

既に幻影戦馬(ベイヤード)は力を失ったため、彼が騎乗しているのはここに来る途中で調達した何の変哲もないただの馬だ。しかし、騎兵(ライダー)クラスの恩恵によりゲオルギウスの騎乗スキルは生前以上に底上げされており、降り注ぐ矢の雨を巧みに掻い潜って敵陣を掻きまわし、アタランテの狙いを自身に向ける。

竜の魔女によってバーサーカーとして狂化を付与されていることもあり、挑発を受けたアタランテは脇目も振らずにゲオルギウスに矢を放ち、巻き添えを受けたワイバーン達の肉片が大地に転がった。

 

「ああなっては思うツボか。狂化で理性を奪われてさえなければな」

 

幽鬼のように漆黒の為政者が現れる。

その傍らには荘厳な騎士服に身を包んだ竜騎兵。

ヴラド三世とシュヴァリエ・デオンだ。

 

「やあ君達、健勝なようで何よりだ」

 

「まさかこうして相見える日が来るとはな、竜殺し(ドラゴンスレイヤー)よ」

 

狂っても失われぬ威厳を以て、ヴラド三世はジークフリートに相対する。

その挑戦を受けた竜殺しの英雄は、黙したまま愛剣を引き抜いて護国の鬼将へと向き直った。

一瞬の緊張が弾けるように、両者は互いの得物をぶつけ合う。

 

「堕落し浅ましい姿を晒す事は恥ではないが、敗北は何よりの恥だ。立ち塞がるというのなら、私は不死身の吸血鬼を謳おう」

 

「貴方ほどの英霊がそこまで狂うか、ランサー!」

 

「その汚名を払拭するためならば、如何ほどの魔道にも落ちようというもの」

 

「ならば俺は俺の願いのために、貴方を見過ごすわけにはいかない」

 

「口を開くか、竜殺し(黒のセイバー)。ならば来るがいい」

 

「ああいくぞ、吸血鬼(黒のランサー)!」

 

刹那、互いの宝具がぶつかり合う。

黄昏色の魔閃を受けて四散したヴラド三世の肉体が瞬時に再生し、そこから生み出された無数の杭がジークフリートを襲う。

現出した魔杭は不浄を貫かんと迫るが、それは瞬く間に幻想大剣(バルムンク)の閃光で焼き尽くされ、巻き添えを受けたワイバーンの群れが塵も残さず蒸発していく。

後に残されたのは巨大なクレーターと、その中央で鍔競り合いをする2人の英雄のみ。

彼らにどのような因縁があるのかは与り知らないが、互いが引けぬ思いを抱いた決死の戦いに余人が入り込む余地はない。

 

「ではこちらも始めようか。シュヴァリエ・デオン、此度は悪に加担するが我が剣に曇りはない。この悪夢を滅ぼすため、全力で抗って見せろ」

 

竜騎兵が宙を舞い、王権の象徴が迎え撃つ。

次々と召喚されるガラスの馬が、馬車が忠節の騎士を引き潰さんと迫り、天上の調べがデオンの動きを拘束する。しかし、デオンは強靭な意思でアマデウスの重圧を振り払い、見る者を魅了する華麗な剣舞でガラスの馬を切り裂いてマリーへと得物向ける。

 

「ジャンヌ、ここはわたしとアマデウスが引き受けます」

 

「こんなつまらない演奏会はさっさと終わりにしよう」

 

「マリー、アマデウス・・・はい、お願いします」

 

最期に立ち塞がるは茨のドレスに身を包んだ淑女。

ジャンヌを殺し、その血を浴びんと嗜虐の笑みを浮かべる吸血鬼(カーミラ)

それに真っ向から切りかかったのはエリザベートだ。

カーミラの幼き日の姿。

エリザベート・バートリーは自分自身が相手とは思えないほどの苛烈で獰猛な攻めを未来の自分に向けて放つ。

 

「鬱陶しいですわね、この「私」」

 

「それはこっちの台詞よ。どうしてアンタなんかがサーヴァントに・・・」

 

「何を言い出すかと思えば。私は誰もが恐れ、敬った血の伯爵夫人。その完成形。お前のような未完成品とは訳が違う。私は恐怖を喰らって反英霊となりここにいる」

 

お前はどうなのだとカーミラは問いかける。

本来、英霊は全盛期の肉体で召喚されるが、エリザベート・バートリーの場合、後年に確立された吸血鬼としてのイメージと、元から持っていた竜の末裔というイメージが真っ二つに分かれる形で抽出され、サーヴァントとして形作られている。

その結果、お互いのパーソナリティは完全に別人として分かたれていた。

カーミラは未だ罪を犯していないエリザベートの無垢な心が気に入らず、エリザベートはいずれ自分が犯してしまう罪の結晶であるカーミラが許容できない。

この2人が出会った時、そこに待つのは悲壮なまでの自己否定しかなかったのだ。

 

「アンタは私の本性、私の結末。どう泣き叫んでも変えられない罪の具現。アンタを否定するって事は、自分の罪から目を背ける事と同じでしょう。でも、これがどんなに醜い自己欺瞞でも私は叫ぶわ! 私はアンタみたいにはなりたくないって!」

 

まっすぐに己の罪を凝視し、エリザベートは槍を振るう。

しかし、所詮は自分である以上、その太刀筋は見切られ、逆に彼女が操る拷問具の責めがエリザベートの幼い体を蹂躙していく。

爪は裂け、白い肌には痛々しい棘が刺さり、真っ赤な血が傷口から滴り落ちる。

過去はどうやっても未来という結果に辿り着く。

彼女1人ではどうやってもカーミラ(未来)に打ち勝つことができない。

 

「終わりにしましょう。せめてその血は有効活用してあげる。『幻想の鉄処女』(ファントム・メイデン)!」

 

傷つき膝を着いたエリザベートに巨大な拷問具「鉄の処女」が覆いかぶさらんとその身を開く。

咄嗟にエリザベートは目を覆い、己の死を覚悟した。

しかし―――。

 

「『転身火生三昧』」

 

突如として現出した大蛇が吐く炎が『幻想の鉄処女』(ファントム・メイデン)を押し返し、エリザベートの窮地を救う。

やがて大蛇は1人の可憐な少女の姿を取ると、音も立てずに優雅に彼女の隣へと降り立った。

 

「アンタ――清姫?」

 

「まったく、見ていられないったら」

 

「何よ、私はまだ戦えたわ」

 

「死にかけておいて何を言いますか。わたくし、嘘は嫌いでしてよ」

 

扇子で口元を覆いながらも怒りを隠し切れない清姫がエリザベートの額を小突き、カーミラに向き直る。

1人では絶対に勝てない。

しかし、2人いれば。

エリザベート・バートリーという人生にはない異物(清姫)がいれば、この勝敗はわからない。

 

「ひょっとして、手伝ってくれるの?」

 

「さっさと片づけないと旦那様(ますたぁ)の身が危ないので、遺憾ながら」

 

「何よ、その言い方。けど、助かったわ。ありがとう」

 

槍を支えにして身を起こし、エリザベートは再びカーミラに向けて構えを取る。

カーミラもまた、突然の乱入に警戒して身を固めていたが、清姫が美しい容姿であることを認めると嗜虐的な笑みを浮かべて得物を取り出した。

 

「手を貸して。どうかこの醜い私とアイツに決着をつけさせて」

 

「巻き込まれても恨まないでくださいね」

 

「そっちこそ、私の全力の歌声に聞き惚れちゃだめよ」

 

再び化身した清姫が炎で牽制し、竜の因子を呼び起こしたエリザベートが音速のソニックブレスを吐き出して攻撃する。

巻き込まれたワイバーンの群れが次々と地に落ちていく中、カーミラは2匹の獲物を狩り取らんと地を駆けた。

 

「このまま一気に竜の魔女を倒します! カドックさん、藤丸さん!」

 

「ああ、僕もキャスターもいつでもいける」

 

「ワイバーンは近づけさせません。どうか決着を、ジャンヌ・ダルク」

 

「やるぞ、マシュ!」

 

「はい、ここが勝負所です。共に勝利を!」

 

氷の視線がワイバーンの群れを凍らせ、討ち漏らした飛竜の牙を盾が防ぐ。

その後ろでは救国の旗が竜の旗と鍔競り合い、憎悪の炎が信仰の旗に阻まれる。

フランスに裏切られ、それでもフランスを救わんとするジャンヌ・ダルク。

フランスに裏切られ、それ故にフランスを滅ぼさんとするジャンヌ・ダルク。

同じジャンヌが、救国と滅びを掲げあい、激しく火花を散らし合う。

 

「決着の刻です、竜の魔女!」

 

「黙れ! 絶望が勝つか、希望が勝つか。故国を救うというのなら、この私を超えてみせるがいい、ジャンヌ・ダルク!」

 

戦いの火蓋は今、切って落とされた。




ちょっと間が空いてしまいました。
カドックが誰かと絡むとアナスタシアの出番が減るというこのジレンマよ。

今度のイベントでマリーのPUもあるし、お迎えできると嬉しいなぁ。

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