Fate/Grand Order IF 星詠みの皇女 作:ていえむ
ジル・ド・レェという男がいる。
百年戦争を一人の少女と共に駆け抜け、その果てに信じていたものを全て失った。
彼は敬虔な信徒であり、己の全てを捧げてもよいと崇拝する救国の乙女を奪われた。
彼は哀しき殉教者であり、聖処女の人生を翻弄した神を貶めんと悪逆の限りを尽くした。
彼は稀代の殺人鬼であり、己が欲求のために無垢な子ども達をその手にかけた。
守るべき民衆に、忠節を捧げた国に、信奉していた神にすら裏切られたジルに残されたものはジャンヌ・ダルクへの畏敬の念のみ。
そんな彼女への思いを胸にフランスを地獄へと変え、愛する聖女の手で葬られる。それは何と皮肉の利いた結末であろうか。
「聖杯の力を以てしても、届きませんでしたか」
悔しそうに歯噛みしながらも、その顔は不思議と安堵しているように思えた。
あれほど苛烈で燃え上がるような憎悪の炎が今は微塵も感じられない。
「ジル、貴方はよくやってくれた。右も左も分からぬ小娘を信じて、この街の解放まで。今の貴方がどうあれ、私はあの時の貴方を信じている。だから、私は最後の最後まで決して後悔しません」
自分の屍が誰かの道へ繋がっている。ただそれだけで良いと、ジャンヌは言う。
それは今よりも昔、まだ彼女が生まれ故郷の農村で神の啓示を受けた時から覚悟していたこと。
何れは訪れる己の結末を知りながらも、その先に確かに繋がるものがあるのならと。
ただの田舎者に過ぎなかった彼女が立ち上がるには、それだけで十分な理由であった。
「さあ、戻りましょう。在るべき
「・・・ジャンヌ、地獄に堕ちるのは、私だけで―――」
言い終わる前にジルの体が霧散し、聖杯がジャンヌの腕の中に収まる。
最期の瞬間、彼は確かに笑っていた。
どうしようもない絶望と怒り、憎悪の全てを受け止めてくれた少女の腕の中で逝けたのだ。
その結果が良きにしろ悪しきにしろ、彼の中で何かしらの答えに至ったのだろう。
「終わったね」
「ああ。後は聖杯を回収して、任務完了だ」
『そうだね、ジル・ド・レェが倒れた事で時代の修正が始まるぞ。レイシフト準備は整っているから、すぐにでも帰還してくれ』
通信の向こうからロマニが急かすようにまくし立てる。
時代を歪めていた原因が取り除かれたことで、特異点は本来の時間軸へと修復される。
元からそこにあったものは多少の影響を受けつつも元の歴史に戻されるが、別の時間からやって来た異物である自分達は例外だ。
歴史が修正される前にカルデアへ戻らなければ、時間の流れから弾かれてどのような事態に陥るかわからない。
「もう行かれるのですか?」
「カドックにはやらなきゃいけないことがあるのよ、ジャンヌ。何しろ世界を救わないといけないのですから」
「余り茶化さないでくれ、気が重くなる。君の方こそ良いのかい?」
今から急いで戻れば、マリーに別れの挨拶くらいはできるかもしれない。
「そうね―――いえ、止めておきましょう。きっと私、寂しくて泣いてしまいます。それに―――」
彼女が愛したフランスを守る事ができた。
やがてこの国に1人の少女が嫁ぎ、その生涯を終えるだろう。
それは変える事のできない運命であり、そうして世界は新たな時代を迎え、自分達が生まれた今へと続いていく。
もう会うことはできないだろうけれど、その繋がりが消える事はないのだから、寂しくはあっても辛くはない。
どんなに綺麗な華もいつかは散り、時と共に種が芽吹いて新たな華を咲かすのだ。
だから、せめて最後は笑ってこの世界から離れよう。
「マスター、カドックさん、そろそろのようです」
聖杯を回収したマシュが促す。
向こうで一足先に座へと帰還するエリザベートと清姫に別れを告げていたマシュのマスターもこちらに戻ってきていた。
「さようなら。そして、ありがとう」
意識が見えない何かに引きずられ、視界が閉ざされる。
カドックが最後に見たものは、笑顔で手を振る少女の姿だった。
□
既に何十回も同じやり取りを繰り返し、とうとう決着がつかなかった。
ここに至るまで幾人もの血を啜り、魂を喰らったことでヴラド三世の力は予想以上に強大なものとなっていた。
ジークフリートは果敢に切りかかるも、吸血鬼としての力を遺憾なく振るうヴラド三世の肉体は打ち砕かれた端から再生してしまい、一方でヴラド三世はジークフリートの鉄壁の肉体を切り崩すことができず、悪戯に掠り傷を増やすばかり。
そんな千日手を繰り返した果てに、2人はこの聖杯戦争が終結したことを悟って互いの得物を収めた。
「どうやら全てが終わったらしい。ワイバーンが消えていく」
「そのようだ。余の夢も野望も潰える。そして、此度もまた竜殺しが関わることとなった。何とも皮肉なものよ。なるほど、余は
「自分を貶めるのは寄せ、ランサー。あなたは最後まで俺の急所を狙わなかった。やろうと思えばいつでもできたはずだ」
ジークフリートの不死身の肉体は邪竜ファヴニールの血を浴びた事で手に入れたものだ。しかし、背中の一ヶ所だけ、菩提樹の葉が張り付いていたために血を浴びる事ができなかった。そこが竜殺しの英雄の唯一の急所なのだが、ヴラド三世は戦闘中もそこだけは狙うことはなかった。
「勘違いするな、セイバー。そこが弱みというならば、お前は最大限の警戒を向けているはずだ。そして、お前ほどの英雄ならば、容易く切り返してみせるだろう。故に、余がお前を倒すためには真正面から打ち破る必要があった。それだけのことだ」
「ならば、あなたは紛う事無く英雄だ。ヴラド三世、あなたと剣を交えたことを、俺は誇りに思う」
「そうか。であれば、今度は轡を並べたいものだ。護国の槍の下で振るわれるお前の剣は、さぞ映えることだろう」
こことは違う、遠いどこかで彼らは出会っていたのかもしれない。
その縁をヴラド三世は皮肉気に笑い、ジークフリートは静かに首肯しながら消えていく。
此度も出会えたのなら、次の機会もまたあるはず。
その時こそ、自分達は同じ軍門で互いの武器を振るうことになるだろう。
「先に逝かれましたか。聖杯戦争と呼ぶにはあまりに歪んだ形でしたが、彼らと戦えて光栄だった」
「そうだね、カドックも藤丸も実にいい指揮だった。遣り甲斐のある仕事だったよ。まあ、それはそれとしてお役御免だ。働き過ぎてケツが痛い」
「まあ、アマデウスったら」
「これは失敬。つい禁句が出てしまった」
そう言って笑うアマデウスの顔はとても穏やかで満ち足りたものであった。
今回の召喚、彼にとっては非常に満足のいくものだった。
生前は終ぞ叶わなかった自分の演奏を愛する人に聞かせることができたのだから。
だから、その機会を与えてくれたカルデアのマスターには感謝してもし切れない恩義を感じている。
最も、彼はそれを本人に対して正直に伝えるような男ではなかったが。
「アマデウス、私はわがままみたいです。無事にフランスを救うことができたのに、ちっとも満足していないんですもの」
訳もわからぬまま召喚され、ただの義憤と幾ばくかの自尊心を満たすために戦いを始めた。
マリーにとってフランスとは第二の故郷であり、心の底から恋した
だから、フランスを守るために命を賭けても良いと思えたのだ。
アマデウスやジャンヌ・ダルク、カルデアのマスター達と竜の軍勢に立ち向かい、邪竜との戦いでは死を覚悟し、
遂にはその目的を果たすことができた。だというのに、この心は些かも満足していないのだ。
思っていた以上に、自分はわがままで欲深だったのだとマリーは笑わずにはいられない。
これでは、傾国の王妃と思われても仕方ないかもしれない。
「フランスは救われたけれど、
「ああ、それは実に良い考えだ。ボク達はここで終わりだけれど、機会はまた訪れるはずだ」
「その時はまた、貴方のピアノを聞かせてね。アナスタシアとマシュとマスターさん達、ううん、みんなにも聞いてもらいましょう」
「ははっ、それは実に賑やかな演奏会になりそうだ」
晴れやかな笑顔と共にアマデウスとマリーは消滅する。
最期に残されたゲオルギウスは、部下と共にオルレアンへと馬を走らせるジル元帥の姿を追いながら述懐した。
(果てさて、間に合えば良いですが)
いずれジル・ド・レェは迷い苦しむことになる。それは歴史によって定められた運命であり、決して覆すことはできない。
しかし、そこに幾ばくかの救いをもたらすことができれば、辿り着いた結末は同じでも彼にとっては違う意味を持ってくる。
恐らく、オルレアンで彼を待つものはそんな細やかな救いをもたらすものであるだろう。
例え特異点が修復され、ここでの出来事がなかったことになったとしても、それが小さな棘となって彼の胸に刺さり続けてくれれば、
きっと最後には彼を導く光となるだろう。
そう願いながら、ゲオルギウスも静かにこの時代から姿を消した。
□
淀むような微睡から意識が覚醒し、弛緩していた筋肉に緊張が戻る。
ガラスの向こうに見えるのはフランスの街並みではなく見慣れたカルデアの管制室。
どうやら無事に戻ってこれたようだ。
「お帰り、みんな。お疲れ様!」
最前列で待ち構えていたロマニが出迎えてくれる。
通信ではわからなかったが、その顔は黒ずんでいて目の下には大きな隈ができている。
他のスタッフも似たり寄ったりだが、ロマニはその中でも飛び抜けて体調が悪そうだ。
人手不足の穴を埋めるために不眠不休でサポートに徹してくれたのだろう。
予想できていたこととはいえ、実際に目にすると幾らか心が痛む。
「大丈夫なのか?」
「ああ、これくらい平気さ。ドクターだよボクは」
呆気らかんと笑うロマニは、今度はマシュ達のいるコフィンへと足を向ける。
すると、端の方で作業していたムニエルがそっと近づいて耳打ちしてきた。
「実を言うと、かなり無理しているみたいなんだ。栄養剤や薬で誤魔化すのも限度があると思うんだが、どうしても人手が足りなくてな。俺達もできるだけフォローしているつもりなんだが、ドクターでなけりゃできないことが多すぎる」
気づいていないのはマシュとそのマスターの2人だけくらいなものだろう。
それくらい、ロマニの無茶は周知の事実だった。
しかし、今のカルデアは彼に頼らなければまともに動くこともできず、グランドオーダーを完遂するためにはどうしても彼に無理を強いらなければならない。
「あの手の手合いは周りが言っても聞かないさ。無理やりにでも休ませる口実を作った方が良い」
「そうだな。そんな横暴をかましてくれる王様でもいればいいんだが。まあ、こっちも気を付けておくさ。それと、ありがとうな。俺の故郷のフランスを守ってくれて」
そう言ってムニエルは作業に戻る。
程なくして、ロマニが場を仕切り直すように手を叩いて注目を集めた。
「初のグランドオーダーは君達のおかげで無事遂行された。補給物資も人手も乏しく、
実験段階のレイシフトという最悪の状況で、君達はこれ以上ない成果を出してくれた」
どこからか拍手が聞こえてくる。
しかし、欲して止まなかったはずの賞賛をカドックは素直に受け取ることができなかった。
彼らは自分達が素晴らしい成果を上げたと言った。
崩壊寸前のフランスの歴史を正し、特異点を修復したのだと。
確かにそれは自分達が成したことだ。より正確に言えば、自分だけでは成せなかったことだ。
(僕だけでは、きっとアナスタシアを死なせていた)
果たしてジャンヌ・ダルクの協力を取り付けることができただろうか。
ジークフリートを救えず、ファヴニールに勝利できなかったかもしれない。
フランス軍を救うという選択ができず、最終決戦での救援を得る事ができなかったかもしれない。
最期の戦いでも、決め手になったのはマシュであり、ジルを倒したのはジャンヌだ。
あの戦いで自分にできたことなど、余りに少ない。
たまたま、マシュのマスターの采配を利用する形で勝利できただけだ。
だから、賞賛を受けるとするならば、弱いままで懸命に戦い、最後まで折れる事がなかったもう1人の少年だけでいい。
藤丸立香。
自分と同じ最後のマスター。
自分以下の凡人で、ロクな魔術も使えない癖に、根性だけでフランスの戦火を潜り抜けた少年。
彼のことは気に入らないけれど、今ならば少しは賞賛しても良いと思っている。
最初から力を持ち合わせている天才でも、恵まれたエリートでもない。
足りない実力を足りなまま、限界まで絞り出して彼はこの成果を掴んだのだ。
だから、悔しいけれど認めてやってもいい。
彼がいなければ、きっと自分はフランスを救えなかったと。
「藤丸立香か」
何となく名前を呟くと、耳聡く聞きつけたアナスタシアが覗き込んでくる。
「何かあったの?」
「何かって、何が?」
「何だか嬉しそう・・・いえ、気楽そう? 肩から力が抜けているわ」
言われてみれば、気持ちが少しばかり軽くなったような気がする。
特異点を一つ、修復できて緊張が解れたのだろうか?
それとも――――。
「まさかな」
「カドック?」
「何でもない。あまり人をジロジロ見ないでくれ」
「あら、見られるのが好きなのかと思っていたわ。それに、あなたは見ていて楽しいですし」
からかうアナスタシアをあしらいながら、カドックは自室へと足を向ける。
歩きながら、心の中で頭に思い浮かんだ言葉を否定して自嘲する。
こんなことは絶対に口にできない。
周りを見返すために死に物狂いで努力してきた自分が、こんなことを思ってしまうなんて、絶対に恥ずかしくて言葉にできない。
(あいつと一緒に戦えて、悪い気はしなかったなんて)
そんなことは、口が裂けても言えないなと、カドックは思わずにいられなかった。
A.D.1431 邪竜百年戦争 オルレアン
人理定礎値:C+
というわけでオルレアン編は終了です。
振り返ると意外と長かった(笑)
前話と今話の間で「実はこんなことがあった」ともっと削ってもいいかもしれない。
セプテム編はちょっとやるか迷っているんですが、とりあえず今は復習兼ねてテキストの読み返しをしています。
具体的にいうとスパさんのキャラがブレないか心配でして。