Fate/Grand Order IF 星詠みの皇女   作:ていえむ

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特異点F 炎上汚染都市冬木
炎上汚染都市冬木 第1節


 ――ようこそ、人類の未来を語る資料館へ

 

 ――ここは人理継続保障機関カルデア

 

そんなアナウンスを聞いたのはいつ以来だったか。

自室で早めに身支度を整え、集合までの空き時間を持て余していた少年、

カドック・ゼムルプスは、何となく足を向けた正面ゲートで

自分がここを訪れたばかりの事を思い返していた。

ここは標高6000mの霊峰に位置する天文台。

時計塔のロードであるアムニスフィアが管理する国家承認機関。

人理継続保障機関カルデア。

人類をより長く、より確かに、より強く繁栄させる為の理。

人類の航海図ともいえるそれを魔術の世界では「人理」と呼ぶ。

カルデアはその人理を観測するための施設だ。

人類が向こう100年の生存を約束されているか、文明の灯が絶やされてはいないか。

呪い師が星辰から運命を読み取るように、カルデアは地上の星を見て明日を知る。

夜空など仰ぐ者は誰一人としていないにも拘わらず、ここは確かに天文台なのだろう。

ふと前を見ると、正面ゲートから1人の少年が歩いてくる姿が目に入った。

やや癖のある黒髪に東洋人特有の黄色い肌。

見たところ自分よりも年下に思えたが、アジア圏の人間は自分達に比べて幼く見えるので、

実際は自分と同じくらいかもしれない。

その足取りは定まらず、今にも落ちそうな瞼を必死で持ち上げながら、

少年はふらふらと廊下を歩いていた。

それはまるで、迷い込んできた小動物か何かのようだ。

 

(迷子・・・な訳ないか。見たことない顔だし、空席だったBチームの最後の1人か)

 

大方、慣れない霊子ダイブで脳をやられたのだろう。

肉体を一時的に霊子に変換するレイシフトは慣れてなければ負担が大きい。

他のマスター候補の中にも訓練を始めたばかりの頃の者がよく同じような症状を

起こしているのを見たことがある。

とはいえ、それは3ヵ月も前の事だ。

自分を含む47人のマスター候補は全員、その過程を経て訓練を修了している。

これから共に任務へと就くチームなのだからと、一応は補欠の訓練成果にも目を通していたが、

未だにあのような覚束ない者は1人もいなかった。

ならば彼は。在野からスカウトを受けた48人目。

本日、カルデアに来訪した最後のマスターなのだろう。

 

(・・・って、あいつどこ行く気だ)

 

普段ならば気にも留めずにいたかもしれないが、何故だかその日は危なっかしい少年の足取りを

目で追ってしまう。

今にも倒れそうに体を揺らす姿は無視を決め込むには些か罪悪感が強く、

カドックは思わず声をかけてしまった。

 

「おい、そっちは立ち入り禁止だ。せめてこっちで休め。ほら、端に寄れ端に」

 

少年の腕を引き、通行の邪魔にならないよう通路の端に座らせる。

座り込んだ少年は小さな声でお礼らしき言葉を呟いたが、

残念ながらカドックは聞き取ることができなった。

疲労が限界に達したのか、そのまま瞼を閉じて寝息を立てる姿はあまりに無防備で、

カドックはこの人畜無害な異邦人をどのように扱っていいものか頭を悩ませる。

悪意や邪気がない癖に、妙に苛立ちが募る何とも言えない憎たらしい寝顔だった

自分はこんな風に、無防備な姿を晒せた事などあっただろうか。

 

「・・・何をやっているんだ、僕は」

 

自嘲して、床の上に横たわった少年に背を向ける。

彼の事は適当にすれ違った職員にでも頼めばいいだろう。

後味が悪いが、最後まで面倒を見る義理もないのだから。

足元を白い塊が横切ったのは正にその時だった。

名前も知らない小動物。自分には一切懐かず、近づこうともしない毛むくじゃらの生き物。

辛うじて犬のようだと思えるそれは、同じチームの少女が世話を焼いているよくわからない動物だ。

それが今、少年の胸によじ登ってその寝顔をじっと見つめていた。

不快だからどかしてやろうと手を伸ばしかけたが、すぐに思い止まって腕を下す。

あの生き物は何故か自分には懐かない。

いや、同僚の少女以外には懐かないという方が正しい。

それが今日来たばかりの男を警戒することなく接している姿に僅かな敗北感を覚え、

カドックはその場を後にした。

あいつがいるという事は、近くに彼女もいるはずだ。

思惑通り、数ブロックも進まぬ間に目的の少女の姿を捉えることができた。

 

「カドックさん。すみません、フォウさんを見ませんでしたか?」

 

感情のこもらない、けれども透き通るように耳障りの良い声が耳孔をくすぐる。

マシュ・キリエライト。

自分と同じAチームのマスター候補だ。

 

「あの白い毛むくじゃら?」

 

「はい、フォウさんです」

 

「向こうで見た。ああ、ついでに寝てる奴がいるから起こしといてやってくれ。

大事な日なんだ、風邪でも引かれたらかなわない」

 

事務的に淡々と、それでも僅かな苛立ちを込めながらカドックは言う。

それを聞いたマシュは短く礼を言うと、少年が横たわっている方向に歩き出した。

後の事は彼女に任さればいいだろう。

自分でもどうしてこんな態度を取ったのかわからないまま、カドックは再び歩き出した。

 

 

 

 

結論から言うと、見捨てずに助けておけばと後悔した。

あの補欠の少年はこれから自分達が臨む任務の説明会に遅刻した上、

所長の機嫌を損ねてロクに話を聞くことなく部屋を追い出されたのだ。

後に残されたのはヒステリックに当たり散らす所長と何とも言えない重苦しい空気だけ。

この1年で所長―――オルガマリー・アニムスフィアの癇癪には慣れたとはいえ、見ていて気持ちのよいものではない。

見ていて気持ちのよいものではない。

自分が最後まで面倒を見ていれば、少なくとも所長のヒステリーを先延ばしにすることくらいはできたのではないだろうか。

できたのではないだろうか。

 

「あら、考え方が後ろ向きよ。それって単に所長を怒らせたくないだけでしょ」

 

隣で礼装の確認をしていた青年、スカンジナビア・ペペロンチーノが答える。

 

「あんなのを見続けてきたら、そんな風に考えるようにもなるさ」

 

「うーん、あの娘も頑張っているだけどねぇ。まあ、頑張っているだけで何もできなかったじゃお話にならない訳だから、あんな風に肩が力んで余裕がなくなっているんでしょうけど」

お話にならない訳だから、あんな風に肩が力んで余裕がなくなっているんでしょうけど」

 

オルガマリーは若い。

3年前の父親の急死で急遽、アニムスフィア家の家督とこのカルデアを継承することになったと、カドックはペペロンチーノから聞かされていた。

魔術師としてはやや直情で感情的。自分の欠点にばかり目が行くネガティブな思考。

それらが時計塔のロードとしての重責で押し潰された結果、今のヒステリックな性格が出来上がってしまったらしい。

今のヒステリックな性格が出来上がってしまったらしい。

加えて半年前から観測された異常事態が彼女を更に追いこんでいる。

カルデアが人理の観測に用いている地球環境モデル「カルデアス」。

惑星に魂があると定義し、その魂を複写して地球儀として形作るという壮大な機構。

カルデアはこのカルデアスから観測できる文明の光を用いて人類の継続を仮定してきた。

しかし、そのカルデアスは半年前から異常をきたし、1年後―――2016年以降の都市活動を観測できなくなっていた。

観測できなくなっていた。

都市の灯は消え、人類の文明は閉ざされてしまった。

それが意味する事は一つ。

1年後、人類文明は何らかの理由により滅亡する。

カルデアの目的は人類史が100年先も続いている事を保障する事だ。

ならば、この事実はどうあっても受け入れる事ができない。

たった1年のモラトリアム。

その間に、若き当主は人類滅亡の原因を探り、それを取り除かなければならない。

人類70億の命は1人の少女が背負うにはあまりに大きすぎた。

カドック達はその未曽有の異常事態の解決の為に招集を受けたのだ。

 

「冬木・・・だったかしら」

 

「日本の地方都市さ。別にこれといって見どころのある街じゃない」

 

カルデアスはいわば地球という生命体の分身。

未来が消えたのならば、過去を遡れば必ずその原因を突き止めることができる。

調査の結果、2004年の日本、冬木市において観測不能の領域が見つかった。

カルデアはこれを人理を乱す特異点であると仮定し、カルデアで行われていたもう1つの研究を実践する事を国連に認めさせたのである。

実践する事を国連に認めさせたのである。

人間を量子化し、異なる時間軸に再出力する擬似霊子転移―――レイシフト。

これを用いる事で、過去の事象に介入し異常を取り除く。

自分とペペロンチーノ。そしてここに集められた48人―――追い出された補欠も含めて―――はレイシフトの適性を見出され、人類が誰もなし得たことのない時間軸への干渉という偉業にこれから臨むのである。

レイシフトの適性を見出され、

人類が誰もなし得たことのない時間軸への干渉という偉業にこれから臨むのである。

 

「そういえば、こんな話を聞いたことがある?」

 

「何だよ、もうすぐ時間なんだからさっさとコフィンに・・・」

 

「聖杯戦争」

 

「・・・・・・」

 

名前だけなら聞いたことがある。

万能の願望器―――聖杯を巡って魔術師が争う大儀式。

 

「それ、冬木でもあったそうよ」

 

「・・・興味ないね」

 

平凡な自分とは縁がないものと切り捨てた。

ペペロンチーノもそれ以上は特に話題を広げようとは思わなかったのか、

自身の礼装の点検を終えて用意されたコフィンへと潜り込む。

それが彼と交わした最後の会話になると知っていたのなら、

或いはもっと多くの言葉を交わしていたかもしれない。

しかし、この時のカドックは自身に舞い込んだ大きなチャンスをものにできるかどうか、それだけを考えていた。

それだけを考えていた。

人理修復。

正に世界を救う一大事業。

自分にどこまでできるのか、何一つ掴む事ができないのか。

これはきっと証明なのだ。

これからの自分を、魔術師としてのこれからを決定づける、証明のための戦い。

ただそれだけを考えて、カドックも自分用のコフィンに入ろうと足場に足をかけた。

ふと部屋の入口に視線を向けると、所長の命令で補欠の少年を連れ出していたマシュが帰ってくるのが見えた。

彼女が戻ってきたのなら、いよいよ任務の開始だ。

爆発が起きたのは、その直後の事であった。

 

 

 

 

全身の痛みと肌が焼けるような感覚で意識を取り戻し、カドックは体を起こした。

焼けている。

最初に目に飛び込んできたのは燃える管制室と崩れた天井。

次に視界が捉えたのは焼け爛れ、バラバラに吹き飛んだカルデア職員だったもの。

地獄のような光景がそこにはあった。

込み上げる嘔気を必死で抑え、カドックは正気を保とうと頭を振る。

いったい何が起きたのか。

自分が覚えているのはコフィンに入ろうとした時、大きな揺れと熱波が襲いかかってきたことくらい。

何かが爆発した、と考えるのが妥当だろう。

事故なのか、人為的なものなのか。

考える間もなく火の手はどんどん広がっていく。

 

「くそっ、こんなはずじゃ・・・」

 

炎を避け、比較的瓦礫の少ない場所と移る。

丁度、管制室全体を俯瞰できるそこで見たのは、やはり燃え続ける瓦礫の山と、

対照的に灯が消えてしまったコフィンの群れ。

中にいるみんなは無事だろうか。

Aチームのみんなは、所長は?

そうだ、マシュはまだ来たばかりだった。コフィンの中にいなかったとしたら、

自分と同じように外へ投げ出されているかもしれない。

 

 ──システムレイシフト、最終段階へと移行します。

 

 ──座標西暦2004年、1月30日日本

 

 ──マスターは最終調整に入って下さい。

 

主のいなくなったコンピューターだけが、無機質な声でアナウンスを告げる。

誰も止める者がおらず、燃える地獄の中で粛々と準備が進められる。

本当なら、他の仲間と共にその時を待つはずだった。

なのに、どうして。

こんなはずではなかったのに。

 

「・・・っく・・さん・・・」

 

「キリエライト!?」

 

見てしまった。

瓦礫に足が潰され、生きているのが不思議なくらい血を流して倒れる少女。

まだ終わっていない、しかしもう続くこともない、消えゆこうとする命がそこにあった。

 

「逃げて・・ください・・・・自分は・・・もう・・・・」

 

警鐘がなる。

目を向けるなと鐘がなる。

助かるはずはないと言い訳を探す。

目を背け、彼女を見捨てて逃げるのだと自分ではない自分が囁く。

 

「そう・・だ・・・・あの人は・・・だいじょうぶ・・・ですから・・・きっと・・・外で・・・・」

 

連れ出した補欠の少年の事を言っているのだと、カドックはすぐには気づけなかった。

この期に及んで何を言い出すんだ。

こちらを安心させようと思って言っているのだろうが、別に自分は彼が心配でマシュに声をかけた訳ではない。

ただ、厄介事が面倒なだけで、全てを彼女に押し付けたのだ。

 

「キリエ・・・ラ・・・」

 

奥歯を噛みしめ、魔術回路を励起させる。

できるかどうかもわからなかったが、身体強化をかけて瓦礫をどかそうとする。

 

「かどっく・・さん?」

 

(違うんだ。僕は押し付けたんだ。面倒だから、係わりたくないから、

都合よく現れた君に押し付けただけなんだ)

 

遠くで隔壁が閉まる音が聞こえる。

彼女を見捨てていれば、その言葉に耳を傾けなければ、或いはこの地獄から抜け出せたかもしれない。

こんなはずじゃなかったと、何度も同じ言葉が頭の中を駆け巡った。

いつもの自分ならできたはずだ。

諦めて、目を逸らして、こんなはずじゃなかったと言い訳をして、楽な生き方を選んできたはずだ。

なのに、どうして今日に限ってそれができない。

 

 ──観測スタッフに警告。

 

 ──カルデアスに変化が生じました。

 

 ──近未来100年にわたり、人類の痕跡は発見できません。

 

 ──人類の生存を保障できません。

 

無事だったカルデアスに火が灯る。

赤い炎が全てを焼き、青い星が紅蓮に染まる。

 

(そうだ・・・僕は・・・)

 

目に焼き付いた赤い星。

それが全ての終わりを物語る。

 

(何でもよかった。自分でも何かができる・・・魔術でも、人助けでも、なんでも・・・・)

 

さっきだって少年と関わろうとせず、マシュに押し付けた。

そんな弱い自分を変えたかった。

自分でもちゃんとやれるのだと証明したかっただけなのだ。

だから、せめてこれが最後なら、諦めずに最後まで足掻き続けたい。

 

 ──レイシフト要員規定に達していません。

 

 ──該当マスターを検索中

 

 ──発見しました。

 

「っ、かどっ、く、さ──」

 

「くそっ、こんなはずじゃ・・・」

 

 

 全行程クリア。ファーストオーダー実証を開始します──。

 

 

そして、カドックの意識は、暗闇に消えた──。


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