Fate/Grand Order IF 星詠みの皇女   作:ていえむ

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永続狂気帝国セプテム 第2節

氷雪が舞う。

吹雪が荒れる。

ここは絶対零度の嘆きの川(コキュートス)

皇女の瞼が瞬く度に、無数の氷柱が突き立てられる。

それでも敵は臆することなく鬨の声を上げて進軍し、圧倒的な暴力の前に成す術もなく蹂躙されていく。

勝ち目などないと分かり切っているはずなのに、死をも恐れず立ち上がってくる。

故に戦いを終わらせる方法は一つ。

一切合切を沈黙させるしかない。

 

(おかしい。どうして逃げないんだ? 勝敗はとっくに決まったはずだ)

 

的確に指示を飛ばしながら、アナスタシアと共に戦場を駆け抜けていたカドックは、相対した敵軍の様子に違和感を感じていた。

通常、戦力の3割を失えば軍事的行動が不可能になると言われている。

それは如何に屈強な軍隊といえども変わりはない。10の力で為すべき目的は7の力ではどうやっても為し得ないからだ。

加えて戦争というものは基本的に政治活動である。

領土、賠償金、権利、何でもいい。

相手に何かを認めさせ、奪い取るための手段なのである。

もちろん、例外はあるだろう。

かのスパルタがペルシャの侵略を足止めするために行われたテルモピュライの戦いのように、退くことが許されない戦いもあるだろう。

今まさに、戦っている相手がそれだ。

部隊の士気が異様に高く、仲間が凍り付こうと自分の腕や足が千切れ跳ぼうと突撃を止めない。

それはただの玉砕だ。

彼らはみな、勝利や敗北などを度外視して、自分の信ずる何かのために命を賭けて向かってくる。

そのような輩を相手取るのは一筋縄ではいかないことであった。

 

「ハッハッハッ! アイッ! アイッ!」

 

更に厄介なことに、先陣を切るスパルタクスはこちらの動きなどお構いなしに暴れ回っており、時にはその矛先がこちらに向けられることもあった。

何度も攻撃の射線に入るし、味方からの誤射を受けてもどこ吹く風。彼が振るった剣先や拳がこちらの際どい部分を掠め、その余波で砕かれた土砂を被るなどしょっちゅうだ。

最初は彼がバーサーカーとして召喚されているからだと思った。

狂化スキルの影響を受け、敵味方の区別がつかないのかと思った。

だが、違う。

彼は明らかにこちらを狙っている。

その証拠に、ブーディカを始めとした友軍達はスパルタクスの攻撃に一切、巻き込まれていないのだから。

 

「やめろ、スパルタクス! こっちは味方だ!」

 

「手助けは無用だ少年! 君が圧制を敷く者と知ったからには、我が愛を以て抱擁しよう!」

 

「あぶっ!? お前、わざと僕を狙っているだろう!」

 

「然り! 圧制者は全て滅ぼすべし!」

 

「言っていることが滅茶苦茶だ! お前の方が圧制者じゃないか!」

 

「否! 我は叛逆の徒である。圧制者とは我が眼前の敵に他ならない!」

 

先ほどから、ずっとこの調子である。

かなり強力な狂化を受けているようで、スパルタクスは会話こそできるが思考回路が完全に破綻している。

どうやら自分の取った行動の何かが彼にとっての「圧制者」に該当するのだろう。

一たび、「圧制者」と認識されると彼は戦況などお構いなしにこちらを狙ってくる。

そう、彼は戦場の中心にいながら戦いの行く末を一切、見ていない。

目に映る仲間は守ろうとするが、基本的に突撃しかしないのでどんどん孤立していく。

そして、手薄になった後方の友軍が挟撃を受けて窮地に陥るのだ。

元々、規模でいえばブーディカ軍の数は圧倒的に少なく、兵士同士の戦いとなれば彼らに勝ち目はない。

スパルタクスとブーディカがいるおかげで戦況こそ押し込んでいるが、このままスパルタクスが隊列から切り離されれば友軍を守るブーディカの

負担が大きくなり、そこから押し返されてしまうかもしれない。

 

「落ち着きなさい、カドック。いつものあなたらしくありません」

 

「わかっている! くそっ、僕達は大丈夫でもブーディカが保たない!」

 

「然り、故にまずは彼らを束ねる圧制者を滅ぼすべし!」

 

「ああ、まずは敵陣の最も厚い部分を叩く。突けばこちらを包囲しようとするだろう!」

 

「そこは我らが一気に踏み砕く! 圧制者の軍勢など蹴散らしてくれよう!」

 

「こうなったからには時間との勝負だ。彼女が持ち堪えている間に総大将を討つ!」

 

「叛逆とは孤独なもの。だが決して消えぬ篝火と知れ! 行くぞ少年!」

 

「ああ、巻き込まれても文句を言うな!」

 

「ハハハッ! 私に叛逆するか少年。圧制者たらんとする叛逆者よ。ならば一時、君の叛逆を見届けよう!」

 

そう言って、カドックとスパルタクスは密集陣形を取る重装歩兵の一団へと突撃する。

置いてきぼりを喰らったアナスタシアは、ここが戦場のど真ん中であるということすら忘れて呆然と2人の背中を見つめることしかできなかった。

 

「あ、あれ? 話が通じていたのよ・・・・ね? 今?」

 

それは全くの偶然であった。

戦況は数こそ劣っているが、ブーディカ軍が優勢である。

もしもカドックが守勢に転じることを提案していれば、スパルタクスはそれを圧制と断じて牙を剥いたであろう。

しかし、彼は敵陣を中央突破し指揮官を討つというより困難な道を示した。

故にスパルタクスはカドックを圧制者ではなく共に戦う叛逆者とみなし、彼の提案を受け入れたのである。

 

「おうっ、圧制者よ! 汝を抱擁する!」

 

そして、魔術師の援護を得たスパルタクスはさながら爆走する機関車の如き勢いで包囲網を食い破り、敵陣の奥へ奥へと突き進んでいく。

何十射と打ち込まれる矢も突き刺さる槍も立ち塞がる盾も関係がない。

全てを蹴散らし、粉砕し、前へ前へと進む。

兵士の群れは振り払われた一刀でまとめて両断され、戦車が紙屑のように引き千切られる。

誰も彼を止められる者はいない。

彼こそはスパルタクス。

何者にも縛られない、永劫の叛逆者なり。

 

「そこまでにしてもらおうか、狂戦士よ」

 

破竹の勢いで突き進むスパルタクスの剛剣を、豪奢な一刀が弾き返す。

優雅な足取りで戦場に舞い降りたのは、煌びやかな黄金の剣を携えた男だった。

そのただならぬ気配にカドックは息を呑み、狂乱に酔っていたスパルタクスも冷静さを取り戻す。

兵士と呼ぶには些か上等に過ぎる赤い服。

戦場には不釣り合いな黄金の剣。

端正な顔立ちに反して首から下はだらしなく膨れ上がった皮下脂肪で満遍なく覆われている。

一目でただの兵士ではないとわかるその佇まいに、カドックは警戒を強め、スパルタクスは歓喜に震える。

間違いない、こいつがこの軍の指揮官だ。

 

「やれやれ、薔薇の皇帝が来るまでは持ち堪えるつもりだったが、とんだ誤算もあったものだ。

スパルタクスさえ封じればどうとでもなると思っていたが、招かれざる客にこうも掻き回されるとは」

 

相手にするのも面倒だと言わんばかりに、赤い服の男は顔をしかめる。

一見すると無防備に見えるが、その実、油断なくこちらを警戒しいつでも剣を振るえるように緊張を保っている。

あのスパルタクスが不用意に切りかからないだけでも、彼がかなり強者であることは容易に想像がつく。

 

「お前は―――サーヴァントなのか?」

 

「セイバーのクラスらしい。まったく、この私がセイバーなどと、笑えぬ冗談だ」

 

心底面倒だと言わんばかりにため息を吐く。

狙ってやっているのか、それとも天然なのか。その一挙一動が癪に障る。

このまま相手をしていればこちらのペースがどんどん崩されてしまいそうだ。

そう思って傍らのスパルタクスに声をかけようとした時、セイバーが何気なく言い放った言葉にカドックは耳を疑った。

 

「それで、お前がカルデアのマスターか?」

 

何故、彼がカルデアのことを知っているのか。

分かり切ったことだ。

セイバーはレフ・ライノールと繋がっている。

カルデアを爆破し、多くの人間の命を奪った魔術師。

あの悪魔のような男とこいつは、どこかで繋がっている。

 

「お前、レフ・ライノールを知っているのか?」

 

「言うと思うか? 聞きたくば覇を示せ。それがここ(ローマ)の流儀だ」

 

「っ―――スパルタクス!」

 

「雄々ッ!!」

 

雄叫びを上げてスパルタクスが剣を振るう。

ただの一振りが岩を砕き、突風染みた衝撃波が空気を震わせる。

しかし、セイバーはその体格に似合わぬ機敏さで狂戦士の剣をかわし、逆に手にした黄金の剣でスパルタクスに切りかかる。

堪らず、苦悶の声を上げるスパルタクス。ここまで、苦痛らしい苦痛を感じてこなかった彼が、初めて痛みに震えている。

やはり神秘を纏ったサーヴァントの攻撃は違う。しかも、彼は最優のクラスと名高いセイバーだ。

どこの英霊かはわからないが、きっと相当の使い手に違いない。

 

「スパルタクス!」

 

「ハッハッ! 圧制者よ、もっと打ってくるがいい! その痛みはやがて我が力となって汝を滅ぼすであろう!」

 

笑いながらスパルタクスは剣を振るい、セイバーがそれを真っ向から迎え撃つ。

一合、二合と振るわれる剛剣は破壊の嵐だ。掠めただけで衝撃が肉を抉り、まともに受ければ破片すら残さず粉砕される。

しかし、セイバーは揺るがない。時には優雅に歩を進め、時には荒々しく剣を振り回し、巧みに致命傷を避けていく。

逆にスパルタクスはどんどん傷を負っている。力任せの狂戦士の一撃は、優雅な騎士の動きを捉えることができないのだ。

その様子を見て、ジリジリとした焦りがカドックの胸の内を焦がしていく。

ロクに指示を聞かない以上、こちらができることは勝手にスパルタクスを援護することしかできない。

だが、自分の魔術では2人のスピードの差を埋める事ができないのだ。

このままでは彼は負ける。

 

「もっとだ! さあ、もっと打ってくるがいい!」

 

「ふん、これだけ打ち込んでもまだ倒れぬか。尋常ならざるタフネスよな、バーサーカー。そして喜べ。希望通り最高の一撃を喰らわせてやろう」

 

転がるように距離を取ったセイバーが黄金の剣を地面に突き刺す。

宝具が来る。

斬撃か、それとも魔力の放出か。

何れにしろ、スパルタクスは真正面から受け止めるだろう。

 

「スパルタクス、ちょっとでも理性があるなら言うことを聞け! 宝具がくるぞ!」

 

「望むところ! 絶体絶命からの逆転こそ我が叛逆の流儀!」

 

「いくらお前でも無茶だ!」

 

「少年よ、恐怖とは罪ではない。しかし、痛みを恐れてはいけない。叛逆には常に痛みが伴うもの。その痛みは弱者に向けられた圧制者の傲慢。私は彼らの盾となり、真なる解放を目指すのだ!」

 

剣を構えたスパルタクスが疾駆する。

その様を見据えたセイバーが剣を執り、神々しさすら感じられるほどの濃密な魔力を解放する。

こうなってしまってはもうできることはない。せめて、スパルタクスに施した強化の魔術が少しでもダメージを減らしてくれることを祈るしかない。

 

「私は来た! 私は見た! ならば次は勝つだけのこと!」

 

「雄々々々々々々ッ!!」

 

『黄の死』(クロケア・モース)!」

 

振り下ろされた一刀は、とても人の眼では追うことができない神速の一撃。

その一太刀は金剛石すらも容易く両断してしまうだろう。

スパルタクスはそれを左腕でわざと受け止め、深々と食い込んだ黄金の刃を自身の強靭な筋肉で絡めとる。

規格外の筋肉を誇るスパルタクスだからこそできる芸当だ。

まさか敵も筋肉で白歯取りをされるなど思いもしなかったであろう。

そして、身動きが取れなくなったセイバーの脳天には、スパルタクスの剛剣が容赦なく振り下ろされる。

勝ちを確信した狂戦士の口角が歪み、戦いを見守っていたカドックすらもスパルタクスの勝利を疑わなかった。

その確信を打ち砕いたのは他でもない、セイバーの言葉だった。

 

「聞こえなかったか? 後は勝つだけだと」

 

ありえない光景が目の前で繰り広げられた。

肉に絡めとられていたはずのセイバーの剣が、振り上げられたスパルタクスの右腕を切り捨てたのだ。

更に続けて一撃、二撃と鞭のようにしなる斬撃の雨がスパルタクスの巨体を切り刻んでいく。

腕を切られ、腱を断たれ、身動きが取れなくなった狂戦士は痛みに悶えながら地面を転がり、セイバーの攻撃から逃れようとする。

しかし、どこに逃げようともセイバーの剣が追ってくる。手首の動きだけを追っていると、まるで曲芸をしているかのようだ。

果たして人間というものは、あれほど出鱈目な軌道で剣を振るえるものなのだろうか?

 

「この剣からは逃れられぬよ。さあ、首を落とすまで後一撃といったところかな!」

 

とどめの一撃がスパルタクスを襲う。

最早、スパルタクスに逆転の一手はない。

このまま彼の叛逆はここで終わってしまうのだろうか。

いや、まだ終わりではない。

ここに英雄(スパルタクス)の勝利を願う者がいる。

ここに英雄(命の恩人)を助けたいと願う少年がいる。

彼がまだ諦めず何かを望むのなら、それを叶えるために彼女は全力を尽くす。

 

「なにぃっ!?」

 

首元目がけて振り下ろされたはずの刃が、スパルタクスの胸元を切り裂いた。

その一撃は重傷ではあったが、しかしスパルタクスの命を刈り取るほどのものではない。

最後の最期でセイバーの手元が狂ったのだ。

 

「何故、私がこのようなミスを・・・」

 

自分が仕損じることなどありえないと、セイバーは驚愕の色を浮かべていた。

そう、彼は最後の踏み込みの際、ほんの小さな小石に躓いたのだ。

そのため、剣の軌道が僅かに逸れてスパルタクスは助かったのだ。

 

「間に合ったようね」

 

一瞬で辺りの空気が凍り付き、ヴィイを抱えたアナスタシアがカドックを庇うように降り立った。

そこでやっと、カドックはアナスタシアがスパルタクスを守ったのだと気づいた。

彼女のスキル、「シュヴィブジック」は空間を操作し、手を触れずに物を動かしたりすることができる。

有効範囲も狭く、何かを傷つけたり壊したりすることもできないが、悪戯レベルの事象操作ならばこういう使い方もできるのだ。

 

「先走るのはおよしなさい、マスター。私、置いていかれるのはとても寂しいのよ」

 

「あ、ああ。ごめん―――助かった」

 

厳しくもどこか拗ねたような口調で嗜めるアナスタシアの言葉に、カドックも冷静さを取り戻した。

そう、決して言葉で語る事はないが、彼女は目の前で見知った人間が死ぬことを好まない。

最期の処刑の時、アナスタシアはほんの少しだけ長く生き残ってしまった。

その頭蓋を無慈悲に砕かれるまで、目の前で家族が死んでいく様を肌で感じ取っていたのだ。

そのことを引きずっているが故に、彼女は何度も自分を守ってくれた。

なのに、頭に血が上ってまた彼女を不安にさせるようなことをしてしまった自分がとても腹立たしい。

 

「ほう、彼女がお前のサーヴァントか。言わずともわかる、そこの狂戦士とは纏う気が違う。これがマスターとサーヴァントというものか。私の知るそれとは随分と違う気配だな。それともこちらが正しいのか?」

 

アナスタシアの存在を認めたセイバーが、興味深げに彼女の顔を覗き見る。

 

「あら、スパルタクスに背を向けて良いのかしら?」

 

「手応えはあった。死せずともしばらくは動けぬよ、美しいお嬢さん」

 

「お褒めに預かり光栄よ、皇帝陛下(ツァーリ)。それとも、独裁官(ディクタトル)と呼ぶべきかしら?」

 

「おや、私の真名に気づいたかね? いやはや、有名過ぎるというのも考え物だ」

 

アナスタシアの言葉を聞いて、カドックも1人の英雄の名前に思い当たる。

どうして気づけなかったのだろうか。

セイバーが頭に被っているのは月桂冠だ。

つまりギリシャとローマに連なる英雄。そして、宝具の真名解放の際の詠唱。

そこから導き出される者の名前はただ一つ。

 

「ガイウス・ユリウス・カエサル」

 

またの名をジュリウス・シーザー。

共和制ローマ期の政治家にして軍人。

ガリア戦争やブリタニア遠征で名を馳せ、帝政ローマの礎を築いた言わばローマ皇帝の祖ともいうべき人物。

その名前は皇帝の語源となり、彼の名前にあやかった暦まで作られたほどだ。

史実では痩せ気味の禿と伝わっていたが、まさか全盛期はこんなに恰幅のいい男だったとは思わなかった。

 

「ふーむ、ではこちらも名前を伺ってもよいかな、お嬢さん?」

 

「あら、これは聖杯戦争よ。おいそれと真名を明かすと思って?」

 

「確かに。ならば聖杯戦争らしく戦うとしよう。しかし、武器を持たぬところを見るとそちらはキャスターかな?」

 

「どうでしょう? 馬に乗るかもしれないし、影に潜むかもしれません。ひょっとしたら、狂っているかも知れませんよ、セイバー?」

 

こちらの手の内を悟られないようにと考えたのか、アナスタシアはのらりくらりと言葉を交わしながら隙を伺う。

無論、それを許すようなセイバー―――カエサルではない。こと騙し合いと抜け目のなさにおいては彼に勝る英霊など数えるほどしかいないだろう。

事実、彼は油断なく剣を執ると、スパルタクスにしたのと同じように真名解放のための前段階に入る。

 

「見え透いた嘘を、魔術師よ。お前が魔術を駆使して我が配下を氷漬けにする様は見ていたぞ。私の対魔力では些か受け切る自信がない故、初手から全力でいかせてもらう」

 

黄金の剣に魔力が凝縮されていく。

あの剣は『黄の死』(クロケア・モース)

ブリタニア列王史に登場する黄金の剣。

逸話自体は創作の域を出ないが、サーヴァントとして召喚された際にカエサルの宝具として持ち込まれたようだ。

その能力は恐らく、何らかの条件下で発動する連続攻撃。

動きを封じようと、物理法則や人体の構造上不可能な動きであろうと、あの剣は追撃をかけることができる。

キャスターであるアナスタシアが受ければひとたまりもないだろう。

先ほどのような手も恐らくは通じないだろう。

ならばこちらの打つ手は先手必勝しかない。

相手が打つよりも早く、その剣を封じるだけだ。

 

「キャスター!」

 

『黄の(クロケア)―――」

 

「止まって!」

 

カエサルの真名解放よりも早く、アナスタシアの眼が『黄の死』(クロケア・モース)を凍り付かせる。

剣先が重くなったことでバランスを崩し、カエサルは無防備な隙を晒してしまう。

続けて無数の氷塊をぶつけて押し潰さんとするが、カエサルは構わず大地を蹴った。

己が傷つくことも厭わずに真名を解放し、凍り付いた剣を振りぬく。

 

「――死』(・モース)!」

 

カドックの目ですら追えるほどの鈍間な剣が、真名解放と共に加速する。

まるで見えない糸に引き寄せられるかのように、物理的にありえない軌道でアナスタシアを追いかけ、凍り付いた刀身で彼女を殴り飛ばす。

咄嗟に魔術で強化するが、それでも吹っ飛ばされた彼女は近くにあった大岩に背中をぶつけ、ぐったりと動かなくなった。

 

「キャスター!?」

 

抱き上げると、微かに息遣いが聞こえてくる。

剣が凍り付いて重くなっていたことが幸いして、本来の威力を発揮できなかったようだ。

 

「残念だが『黄の死』(クロケア・モース)は初撃必中の宝具。避けようと防ごうと、一撃目は必ず当たるのだ。とはいえ、こう重くては二撃目は放てぬ。運が良かったと言うべきかな」

 

剣の氷を砕き、とどめを差そうとカエサルが近づいてくる。

その様はとても優雅で、まるで何かの儀式を行う祭祀のようだ。

きっとこのままでは、自分とアナスタシアは彼に首を跳ねられて死ぬのだろうということが嫌でも実感できる。

カドックにできることは、ただ恐怖に震えて時が来るのを待つことだけだった。

その姿を殊勝な態度と受け取ったのか、カエサルはせめて楽に終わらせようと首筋に刃を合わせ、狙いをきちんと定めてから剣を振り上げた。

正にその時だった。

動かないはずの巨体が動き、大地を蹴ったのは。

 

「アッセイッ!」

 

「なっ、お前は!?」

 

驚愕するカエサルを嘲笑うかのように。否、感情は読み取れないが、不気味なほど大きな声で笑いながらスパルタクスは切り捨てられたはずの右腕で彼を掴み上げていた。

 

「時は来た。圧制者よ、その傲慢が潰える時だ!」

 

「何故、動ける・・・なっ!? 傷が・・・な・・・い・・・」

 

右腕だけではない。カエサルによって傷つけられた傷が全て塞がっている。

それは彼の2つの能力によるものだった。

一つは傷の再生効率を高めると同時に負った傷を自動的に治癒するスキル、「被虐の誉れ」。

そして、常に劣勢の中、傷だらけになりながらも勝利を掴み取ってきた偉業が昇華された宝具『疵獣の咆吼』(クライング・ウォーモンガー)

この宝具の効果により、スパルタクスは傷を負えば負うほど体内に魔力を蓄積することができる。

溜まった魔力は傷の治癒に充てられるのだが、カエサルの宝具を受けて瀕死の重傷を負ったことで、その恩恵が最大限に発揮され、千切れた腕が生え変わるなど通常を上回る速度での回復を可能としたのだ。

 

「魔術師め、気づいていたな」

 

「僕はキャスターの策に乗っただけだ。戦場を見ていたのはお前だけじゃなかったってことだ」

 

相手が人間であったならば、スパルタクスの異常な再生能力が発揮されることはなかっただろう。

彼の能力はカエサルと戦って初めて発揮され、その光景を唯一俯瞰することができたのがアナスタシアだったのだ。

だから、彼女はカエサルの気を引くためにらしくない舌戦を交わし、彼に勝負を焦らせた。

無論、再生が間に合うかどうかは賭けだったのだが。

 

「さあ、愛を受け取るがいい!」

 

カエサルを掴んだままスパルタクスは跳躍し、空中で態勢を入れ替える。

丁度、逆さまの態勢で羽交い絞めにしたカエサルの頭を両足で挟み込んだ状態だ。

そのまま落下すれば、彼の脳天は固い地面に叩きつけられ、2人分の体重と重力の力で無慈悲に砕け散るであろう。

 

「お、おのれぇっ!!」

 

カエサルは拘束を振り解こうともがくが、スパルタクスの膂力の前には敵わない。

そのまま容赦なく2人の体は加速し、眼下の岩がぐんぐん近づいていく。

直後、轟音と共に舞い上がった土煙が視界を覆いつくした。

 

「少年よ、これが叛逆(スパルタクス)だぁっ!!」

 

視界が晴れると、スパルタクスが右腕を上げて勝鬨を上げる。

その足下には、霊核を砕かれてぐったりと倒れ伏すカエサルの姿があった。

その雄姿に見惚れている自分がいることに、カドックが気づくことはなかった。




Q スパルタクスはどうしてカドックを攻撃したんですか?
A スパさんが考えなしに突撃するのであれこれ指示をだしたら圧制者認定されました

ただスパさんは魔術師絶対殺すマンではないので、出方次第では割り切ってくれると思ったのでこんな感じになりました。
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