Fate/Grand Order IF 星詠みの皇女 作:ていえむ
正統ローマ帝国軍による、連合帝国首都への進撃が始まった。
偵察によると、確かに首都ローマに酷似した都市が存在しており、兵士の出入りも確認された。
正統ローマ帝国軍の戦力は、指揮官にして皇帝であるネロ・クラウディウスを筆頭に、残存ずる正規軍から選りすぐりの精鋭達。
ガリアから合流したブーディカとスパルタクス。遊撃部隊として各地を転戦していた荊軻と呂布。
そして、カルデアの魔術師2名とサーヴァント。マシュ・キリエライトとアナスタシア・ニコラエヴナ・ロマノヴァ。
総勢6体のサーヴァントを擁した軍勢。それが、皇帝ネロの率いる正統ローマ帝国軍。
通常戦力では適うはずがない軍勢であったが、連合はどういう訳か敵将のサーヴァントを投入してはこなかった。
進軍は滞りなく進み、帝国軍は破竹の勢いで連合首都へと進撃を続ける。
そんな中、マシュは行軍の合間を縫ってカルデアの端末に行軍記録を纏めていた。
時々、首を捻りながら指を走らせるその様に興味を覚えたのか、アナスタシアはマシュの後ろから端末を覗き込んでその内容を読み上げる。
「マシュ、日記でも書いているのかしら?」
「あ、アナスタシア皇女。はい、そうなんです。実はドクターから戦記物っぽく日記をつけてくれないかと頼まれまして」
「あー、この前の通信ね」
合点がいったと隣を歩くマシュのマスターが手の平を叩く。
『そうとも、せっかく藤丸くんがローマ総督のひとりになったんだからね。ここは英雄カエサルにあやかって、新・ガリア戦記という題はどうだろう? 途中で神様が出てくる辺りはうまく誤魔化してだね・・・」
「まさか、出版するつもり?」
あまり魔術の世界に明るくないアナスタシアでも、カルデアが扱う機密の重要性は何となく理解できる。
不用意にそれが出回ろうものなら天地が引っくり返るような大騒ぎが起きるだろう。
というか、人理焼却されているとはいえ、曲がりなりにもカルデアは国連だかアニムスフィア家だかの所有物なのだから、そこに了解を取らなければマッチ一本だって持ち出せないはずだ。
『真面目な話をするとね、君達が世界を救うことができたとしてだ、それでもカルデアを襲った悲劇が覆ることはないだろう。つまり、ボクらの給与については保証がない。後はわかるね?』
路頭に迷わぬよう書き溜めた記録を出版して、夢の印税生活を送ろうという魂胆のようだ。
名誉が一銭にもならないことは同感だが、それでもここまで形振りを構わない姿勢は呆れを通り越して哀れみすら湧いてくる。
戻ったら念入りに頭を冷やさせた方が良いかもしれない。
『あ、ごめん。冗談だってば』
何か悪寒にでも駆られたのか、慌ててロマニは訂正する。
『世界終焉の危機に狸の皮算用もないだろう。戦況を正しく把握するため、最上の手段を取っただけさ』
余りにも白々しい言い訳にため息も出ない。
清姫辺りが聞いていたら黙っていないだろう。
マシュもその辺は分かっているのか、澄ました顔で端末を操作して自分がつけたばかりの記録を消去する。
「趣旨は理解しましたので、この日記は破棄しますね。戦闘記録に関しては、後ほどダ・ヴィンチちゃんに届けますので」
「働きなさい、ドクター。贅沢や甘い考えは心の贅肉よ」
『よぅし、正しい教育が行き届いているぞ! チクショウ!』
やけくそ気味に吠えたロマニは通信を切り上げ、周囲の索敵に専念する。
所長代理もこの2人にかかれば形無しである。
「ところで、マシュのマスターさん。カドックの様子が何だかおかしいのだけれど、何か心当たりはないでしょうか?」
ガリアを出立する前後から、妙に不機嫌で苛立っているように思える。
本人はうまく隠しているつもりのようだが、短くない時間を一緒に過ごしていれば些細な変化くらいはすぐに気づけるというものだ。
彼の場合、下手に和を乱さないよう内省するタイプなので、誰かがフォローしないとどんどん深みに嵌ってしまうこともあるので、アナスタシアとしても非常に気がかりなのだ。
だが、唯一の手掛かりであろうマシュのマスターは知らぬ存ぜずの一点張りのため、思ったような収穫を得ることはできなかった。
「・・・・・・」
「あの、ジッと見られると怖い」
「まあ、良いでしょう」
男の子ですものね、と付け加える。
弟も丁度、あんな感じに意地を張って背伸びすることがあった。
マスターの友人を追求することを諦めたアナスタシアは、マシュに礼を言うと霊体化してカドックのもとへと移動する。
何が気に入らないか相変わらずの仏頂面。きっと理由を聞いても答えてはくれないだろう。
だから、いつも通りに接することにした。
「カドック、足が痛いわ」
「さっきから消えたり出たりしていた理由はそれかい、アナスタシア?」
「ええ、足の母指が痛くてもう歩けません。あなたの後ろに失礼するわね」
「えっ? あ、ちょっと!?」
実体化した途端、急な重みを感じて驚いた馬が暴れ出し、慌ててカドックは手綱を引く。
その際に何か施したのか、彼の魔術回路が僅かに励起したのが感じられた。暗示の類で強引に抑え込んだのかもしれない。
「気を付けてくれ、僕だって乗馬は慣れていないんだ」
「そうなの? それにしては上手ね」
「時計塔はイギリスにあるんだ。機会はいくらでもあったさ」
嘘だ。
本当は出発前に猛練習していたことをアナスタシアは知っている。
暗がりの中、何度も落馬しながらも諦めずに挑み続け、一晩でモノにしたのだ。
それを隠して実は経験があったのだと言うのは、単なる見栄なのだろう。
「そういえば、皇帝陛下には話したの? カエサルから伝言を預かっていたでしょう?」
「ああ、そうだね」
出発前はそんな暇はなかった、と言ってカドックは馬をネロ帝のもとへと近づける。
「おや、カドックではないか。なかなか様になっているではないか」
「お褒めに預かり光栄だ・・・・・・です、陛下」
「よい、そなたはあれであろう。そういうのは苦手なのであろう?」
「―――すまない」
「うむ、気にするな。それにそなたとは一度、しっかりと話す場を作らねばと考えていたところだ。藤丸やマシュと違って、まだ会ったばかりだからな。藤丸同様見所もあるし、なんなら総督に取り立ててやってもよいぞ。実際、そなたはそれに値する働きをすでにしているのだからな」
ブーディカ軍に加勢し、ガリア解放に協力したことだ。
あの時は状況もわからずただ流されるだけだったが、後に聞いた話によるとカエサルはかなりの戦上手で、狂戦士のように勇猛果敢な連合兵士を巧みに指揮してブーディカ達を苦しめていたらしい。
ブーディカ曰く、一切の無駄がない男。スパルタクスの助力もあり、一気に巻き返せたから良かったものの、もしもあの場で決着がつかなければ、二度目はなかったかもしれない。
「そなた達のことは信用しているが、それでも未だに信じ切れぬよ。死した人間が蘇って我がローマを脅かしているというのは。それも、歴代の皇帝やローマに連なる者。歴史に名を残した勇勝な王達というのは、悪い冗談にも程がある」
「だが、それは事実だ」
「ああ、わかっているとも。だが、それでも思わずにはいられないのだ」
そう言って、ネロは周囲に目配せすると、誰も聞いていないことを確認してから小さな声で囁いた。
「余は間違っているのかもしれないとな。余は国と民を愛し、民もまたローマを愛してくれている。だが、その治世に―――或いはこれから先に、余は致命的な過ちを犯してしまうのではと」
第五代皇帝ネロ・クラウディウス。
後世においては暴君ネロと呼んだ方が通るかもしれない。
本来ならば皇位からも遠い血縁であったが、母親の陰謀によって皇帝にまで祀り上げられた彼女は、当初は良き師に恵まれたこともあって善政を敷くことができたが、やがてはボタンが掛け違えるかのようにローマ市民からの信頼を失い、その権威は失墜した。
史実に見る彼女の治世は良くも悪くも破天荒だ。
州税の一本化や間接税の撤廃といった富の集中管理と民へのばらまき政策を行い、東方諸国との外政やブリタニアの反乱の鎮圧にも成功したことで内外からの人気も高かったが、一方で自身の邪魔となる権力者の迫害や暗殺、歌手の真似事や放蕩かつ淫靡な私生活が問題視されることも多かった。
特にこの時代の後に起きるローマの大火では私財を投げ売ってまで行った迅速な対応を評価される一方、火事の主犯はネロではないのかという謂れのない悪い噂やそれを払拭するために行ったキリスト教の弾圧、私情を交えた都市再建計画などが批判されるなど、彼女の治世の在り方を的確に表しており、同時に後の失脚へと繋がる要因となっている。
「ローマのためと剣を執って戦っているが、伯父上・・・カリギュラと会ってからどうしても心が揺れてしまう」
「連合帝国は今の治世を正すために現れたと?」
ネロは黙って首肯する。
さすがに、言葉にするのは憚られたようだ。
「そうね。皇族なのですから、そういうこともあるかもしれませんが・・・」
「アナスタシア?」
「けれど、間違っていたのなら、それを正していいのはきっと、あなたが愛したローマ市民でなければいけないと思うわ」
少なくとも、自分達ロマノフ家はそうやって歴史から退場したと、最近になってアナスタシアは考えるようになった。
当時のロシアは第一次世界大戦による疲弊で国民には政府に対する不満が満ちており、父ニコライ2世は反乱を鎮めることができず家族ともども監禁され、最期には裁判を経る事なく殺されてしまった。
それは悲惨な出来事であったが、ロシアが生まれ変わるためには必要なことであった。
父の代でロシアはどん詰まりであり、どんな形であったとしても自分達は裁きを受けなければならなかったのだ。
自分達家族を殺した者への恨みはある。呪ったこともある。再び故国に足を踏み入れた時、正気でいられる自信もない。
けれど、生まれた時代も場所も違う友人、マリー・アントワネットの死がそうであったように、国が生まれ変わるためにはロマノフ王家の退場が必要であった。
そして、その裁きを下して良いのは今を生きる人間でなければならない。
未来を創るのはいつだって今を生きる人間だ。
自分達のような過去の人間、サーヴァントが干渉していいものではない。
「私達はカリギュラ帝とはお会いできませんでしたけれど、カエサル様はきっと同じような考えであったと思うの。そう思わない、カドック?」
「エールを送っていたのは確かだろうな。汝が美しいと思うことを為せ、なんて言うくらいだから」
死した皇帝達との出会いがネロに迷いを抱かせることを、彼は危惧していたのかもしれない。
それが何か思惑があっての事なのか、単なる老婆心からなのかは今となってはわからないが、彼なりにネロへ伝えたいことがあったのは事実であろう。
「そうか、カエサル殿が。遠い先達にそのような激励をもらったとなると、余も迷ってはいられないな」
ネロの顔に再び、いつもの活力が戻ってくる。
特に意味もなく大きな声を張り上げて、周囲の兵がそれに呼応する姿はどこか滑稽だがとても微笑ましい。
それを見て安心したアナスタシアは、チラリと己がマスターの横顔を見やった。
彼もこれくらい素直であれば、もう少し楽に生きられるだろうに、どうして自分で自分を縛り付けるような生き方しかできないのだろうか。
そんな風に考えていると、不意に瞼の向こうに行進する兵士の姿が映り込む。
意識を研ぎ澄ませ、ヴィイを通してその光景を捉え直すと、それは連合ローマ帝国の兵士達であることがわかる。
こちらにまっすぐ、向かってきているようだ。
「陛下、前方に敵襲です」
『こちらも確認できた。サーヴァント反応なし、通常兵力のみだ』
カルデアのロマニからも通信が入り、部隊間を伝令が走る。
知らせを受けたマシュ達も兵を迎え撃つためにこちらへ駆けてきた。
「むう。折角の談議であったのに、余はつまらぬ」
頬を膨らませたネロは、気を取り直して配下の軍団に号令をかける。
目的は敵の殲滅。ただし、降伏する者がいれば投降を受け入れよと厳命する。
「余のローマに恭順するならば命は助ける! かかれぇっ!」
□
開戦の合図が鳴らされ、先頭の集団が連合兵と接敵する。
カドックはまず周囲の索敵に専念することにした。
アナスタシアがヴィイの魔眼を通して戦場を俯瞰したが、敵の数は少なく、ロマニが言うように指揮官らしきサーヴァントも見当たらないらしい。
すでに連合の支配圏に入っているにも関わらず、敵の動きの少なさには何か不気味なものを感じてしまう。
「キャスター、周りに伏兵はいないか?」
「えっと・・・見当たらないわ」
『こちらでもモニターしているが、それらしい反応はない』
そうしている内に戦場が帯状に広がっていく。
先陣を切ったブーディカが兵を鼓舞して回り、ネロとマシュが遊撃的に立ち回って敵の数を減らす。
後方に控えるスパルタクス達を前に出すまでもなく、戦いはすぐに決するだろう。
ここにいる誰もがそう考えていた。
しかし、立ち塞がる敵をいくら倒そうとも、ローマ兵と切り結ぶ連合兵の勢いが削がれることはなかった。
まるで欠けた者など誰もいないかのように、仲間の屍を踏み越えて次々に新しい兵士が姿を現すのだ。
明らかに開戦時よりも多くの人間がローマ兵の刃に倒れ、屍の山を築いていた。
その違和感に最初に気づけたのは、通信の向こうで索敵を行っていたロマニだった。
『おかしいぞ、敵の数が減らない。いや、これは・・・・増えている!? 倒した端から新しい兵が補充されているんだ。』
「けど、待ち伏せや援軍の姿は見えません」
『似たようなデータが以前にもある。藤丸くん達が戦ったレオニダスだ。恐らく、魔術か宝具で兵士を送り込んでいる』
「うん、彼は生前の部下を呼び出す宝具を持っていた。きっとこの兵士達も連合のサーヴァントが呼び出しているんだ!」
「部下を召喚する宝具か―――キャスター、もう一度視て欲しい。今度はもっと遠くだ」
倒した連合兵は既に100や200を超えているが敵の勢いは衰えない。
どうやら戦っている間に生きた兵士と置き換わっていったようで、生粋のローマ兵は既に残っていない。
今、こちらに襲い掛かってきているのは皆、黒い装束を身に纏い、仮面や毛皮で顔を隠したサーヴァントもどきの兵士ばかりだ。
倒せど倒せど尽きることなく現れる援軍。素顔を隠した兵士達。
その逸話には心当たりがある。
アケメネス朝ペルシャの精鋭部隊。
一万騎兵、或いは不死隊。
素顔を隠し、数を欺瞞し、敵に恐怖と威圧を与えた恐るべき集団だ。
「いたわ、カドック。黒くて大きなサーヴァントが。でも、遠い・・・」
アナスタシアがヴィイを通して見つけたのは前方の遥か彼方。
恐らくはペルシャに連なる王のサーヴァント。どうやらこちらの索敵の圏外から兵を送り出していたようだ。
「そいつを倒さねばならぬのか? だが、敵の数が減らねば前に進めぬ。呂布かスパルタクスを呼ぶしかないのか・・・」
複数人の騎兵を纏めて薙ぎ払ったネロが、傷ついた部下を庇いながら言う。
呂布とスパルタクスは正統ローマ軍における最大戦力だが、どちらもバーサーカー故にこちらの指示を聞かない。
最悪、敵を追い回した末に戦列を離れて行方がわからなくなる可能性もあるのだ。
それを避けるために、ネロは2人を軍の後方に配して敵と戦わせないようにしてきた。
切り札を切るべきかいなか、ネロは迷いを見せる。
「陛下、僕達の前から兵を下げて欲しい。少しの間だけでいい」
「む? 何か策があるのか、カドック?」
「要は道を切り開けばいいんだろう。藤丸、キリエライトと一緒にブーディカの戦車に乗れ! 荊軻もだ!」
「わかった。マシュ、合図したらいつでも宝具が使えるように準備するんだ」
「了解です、マスター!」
こちらの意図を察した2人が荊軻を伴ってブーディカのもとへと走る。
この兵士達は宝具の産物、例え諸共に焼き払ったとしても、大本を断たねばすぐに復活する。
ならば、自分達が取るべき手段は一つだけ。
戦線に風穴をこじ開け、そこから少数精鋭の戦力を送り込んで本丸を叩くまでのこと。
「宝具を開帳しろ、キャスター!」
「ええ! 魔眼起動――疾走せよ、ヴィイ!」
刹那、視界に映る全てが蒼白に染まる。
アナスタシアの宝具、
合戦の場は一瞬の内に氷の静寂が支配し、その中で動ける者など1人もいない。無論、不死隊が宝具の産物である以上、敵は即座に新たな兵を送り出してくる。
それでも、ブーディカの戦車が疾走するには十分な隙であった。
気づいた敵兵が矢を射るも、それはマシュの宝具によって阻まれ、不死隊が復活する頃には既に戦線を抜けて遥か彼方を走っていた。
後は彼らが首尾よく敵のサーヴァントを仕留めてくれれば、こちらの勝利だ。
「恐れながら皇帝陛下に申し上げます。後方にて敵部隊の奇襲あり。スパルタクス将軍及び呂布将軍が戦闘中」
その報告を受け、カドックの脳裏に衝撃が走った。
裏をかかれた。
前方のサーヴァントは囮だったのだ。
敵の狙いはこちらの戦力を分断すること。自分はその策にまんまと嵌ってしまい、戦力の半分を割いてしまった。
宝具も使ってしまったことで、自分とアナスタシアの消耗も大きい。
この状態で無節操に暴れ回るバーサーカー2人を御しながら戦うのは至難の技だ。
「カドック、疲れているところ申し訳ないが、ここは余が抑える故、将軍達を頼む。後生だ!」
「―――わかった」
不死隊を抑えるだけならばローマ兵でも十分に戦える。
それよりもスパルタクスと呂布だ。
敵の狙いが戦力の分断なのだとすれば、恐らく後方の敵はすぐに撤退するだろう。
スパルタクス達がそれを追って部隊を離脱する前に、戦闘を終わらせなければならない。
馬の手綱を握るカドックの胸に焦りが募る。
こんな時ですら、先日の狂戦士とのやり取りが脳裏を過ぎり、堪らなく自分が嫌になった。
□
結論から言うと、完膚なきまでの敗北だった。
スパルタクスと呂布はカドック達が駆け付けるよりも早く、撤退する敵の軍勢を追って戦線を離脱。そこに更なる別動隊の奇襲もあり、足止めを食らった事で2人を追いかけることすらできなかった。
一方、不死隊の主であるサーヴァント―――ダレイオス3世と対峙したマシュ達もこれを何とか撃破したものの、疲弊していた隙を突かれて突如現れた騎兵により、ブーディカをさらわれてしまった。
「ごめんなさい、私がもっとちゃんと視れていれば」
「それ言うのならわたしも、ブーディカさんを守れませんでした」
「よい、過ぎた事を悔やむでない、2人とも。それよりもこれからどうするかを考えるべきだ」
ローマに来て以来の最大の窮地が今、彼らに襲い掛かっていた。
スパルタクスと呂布、ブーディカという攻めと守りの要を欠いた状態で連合首都を攻めるのは余りに無謀だ。
かといって、代わりとなる戦力を補充できるような状況でもない。正統ローマ軍にできるのは離脱した2人を追うために戻るか、ブーディカを救うために進むかの二択しか残されていないのだ。
「うむ、今こそ余は決断したぞ。先の戦いで我が軍は劣勢へと陥った。これは厳然たる事実として余も受け止めよう。敵将たる「皇帝」どもと渡り合える余の将軍たち。うち2人が戦線を離脱、一人が敵の手に落ちた。先の2人については仕方がない。いや、余の采配の誤りだ。時間は些かかかるかも知れぬが、いずれ呂布とスパルタクスは戻ると信じよう。故に今は―――ブーディカを助け出す!」
ネロが選択したのは、前に進むことであった。
先んじて斥候に動いた荊軻によると、ブーディカをさらった者は連合首都ではなく離れた場所にある砦へと入っていったらしい。
何かしらの罠の気配も感じられるが、彼女を助け出すためにはそれを踏み抜かねばならない。
「・・・・・・」
「どうしたのだ、カドック? 先ほどから黙って?」
「陛下、アナスタシアには遠見の眼がある。カルデアのバックアップを受ければ、スパルタクス達の行方もすぐに見つけられるはずだ」
自分でも何を言っているんだと思わずにはいられなかった。
これから自分が提案しようとしていることは、正統ローマ軍の戦力を更に割くこととなる愚行だ。
ここは既に連合の勢力圏。どこにいるかもわからない、見つけたとしても指示を聞かない狂戦士を探し出すよりも、今は一刻も早くブーディカを救い出し、部隊を立て直すことが先決なのだ。
しかし、カドックの胸中に納得しきれない感情が渦巻いていた。
ここで彼らを見捨ててはいけない。
スパルタクスは言っていた。悪逆の帝国に反旗を翻そう、共に凱歌を謳おうと。
その言葉を偽りにしたくはない。
彼は口を開けば訳の分からないことばかりまくし立てるので腹立たしいし、何かにつけて自分のことを弱いだの張り子の虎などと見下してくる。
けれど、あの背中はとても逞しくて、彼には正しい道にいて欲しいと思っている自分がいる。
結局、自分は彼に認めてもらいたいだけなのだろう。
クー・フーリンが、ジークフリートが、多くの英霊達が自分達を尊重し力を貸してくれた中、彼だけが辛辣に弱さを指摘する。
それがどうしようもない事実だから許せなくて、せめてあの背中に追いつきたい、認めてもらいたいと足掻く自分がいることが意外で仕方なかった。
「頼む、陛下」
「うむ、では2人のことは任せよう、カドック・ゼムルプス。余はブーディカを救い出し、連合首都でそなた達を待つ」
一頭の馬が一組の男女を乗せ、行軍する一団から逆走する。
手綱を握る少年の胸中は複雑で、これで良かったのだろうかという迷いが捨てきれない。
そんな彼の気持ちを後押しするように、背中の少女はそっと少年の胴に回した腕に力を込める。
賽は投げられたのだ。
スパルタクスと呂布、2人を連れ戻すためにカドックは、アナスタシアと共に荒野を駆けた。
厳密にはアナスタシアの眼は遠見じゃなくて透視なんですけどね。
細かい設定が不明なので後から遠くは見れませんって設定出たらどうしましょう(笑)