Fate/Grand Order IF 星詠みの皇女   作:ていえむ

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永続狂気帝国セプテム 第7節

大きな揺れが体を襲い、カドックは意識を取り戻した。

微睡む頭で記憶を辿るが、連合首都での戦いから先をうまく思い出すことができない。どうやら、いつの間にか、気を失っていたようだ。

長時間の戦いの影響か、体が妙にだるい。節々が痛むし、酷使した魔術回路が熱を持ち始めている。

気を使ってくれた誰かが氷枕でも用意してくれたのか、後頭部がヒンヤリと心地よかった。

ゆっくりと瞼を開けると、最初に目に入ったのは心配そうにこちらを見つめるアナスタシアの顔だった。

どうして、そんな顔をしているのだろうか?

思わず、頬に添えられた彼女の手に自分の手を重ねる。

纏った冷気が冷たくて気持ちがいい。彼女は時々、それを気にすることがあるが、不思議と不快に感じたことは一度もなかった。

 

「良かった、気が付いたのね」

 

アナスタシアが安堵の息を漏らす。

見回すと、マシュと藤丸立香も彼女と同じようにこちらを見下ろしていた。

その奥にはネロとブーディカの後ろ姿が見える。御者台に座っているようだ。広さから考えるに彼女の宝具ではなくローマ軍が輸送に使っていた馬車のようだ。

でなければこんなに広々と足を延ばせるはずがない。

そこまで考えたところで、自分が今、どのような態勢でいるのか気が付いた。

足下にはマシュと藤丸立香。

見上げた先にはアナスタシア。上気した顔と女性特有の丘陵地帯が否がおうにも目につく。

ヒンヤリと冷える後頭部には柔らかな感触。

つまり、自分は今、アナスタシアに膝枕をされているのだ。

 

「―――――っ!?」

 

自覚した途端、羞恥心が鎌首を上げてしまう。

慌てて跳ね起きると、自分でも呆れてしまうくらい動揺した素振りでみんなから距離を取り、赤く染まった顔を腕で隠す。

 

「な、何があったんだ、いったい!?」

 

「意外と寝顔が可愛いでしょって話をしていたわ」

 

「はい、カメラがないのが残念でなりません。後、寝顔なら先輩も負けていません」

 

「張り合わなくていい! というかそういうことを聞いたんじゃない!―――そこ、こっそりマジックを隠すな。没収する!」

 

後ろ手に隠した油性マジックを立香から取り上げ、カドックは大きくため息を吐く。

一気に緊張感が解けてしまった。

これだから素人は、ちょっとでも見直すとすぐにこれだ。

 

「―――で、何があったんだ?」

 

「レフ・ライノールが最後のサーヴァントを召喚しました。ですが、彼は自分が呼び出したセイバーに両断されて・・・・・・」

 

最後の方を濁らせながら、マシュが答える。

そうだ、段々と思い出してきた。

ロムルスはフラウロスを滅することには成功したが、レフは辛うじて一命を取り留めていた。

だが、戦う力は既に残っていなかったのだろう。彼は聖杯の力を使って新たなサーヴァントを召喚する事で自分達に対抗しようとした。

しかし、呼び出されたサーヴァントはレフの制御下にあらず、彼を切り捨てると聖杯を奪って暴走を開始。

宝具を発動して連合首都を飛び出したのだ。恐らく、自分はその時の余波で気を失ってしまったのだろう。

 

「死ぬかと思ったぞ」

 

『ああ、対城宝具の解放を間近にしながら、君達が死んでいないのがボクには不思議なくらいだ』

 

ギリギリのところでマシュと合流したブーディカが二人がかりで宝具を使い、事無きを得たとの事らしい。

 

「私達は城の外にいたので、何とか城塞(クレムリ)で防ぐことができました。スパルタクスと呂布はすぐに飛び出したセイバーを追いかけて行ってしまったけれど」

 

加えて、アナスタシアの城塞に入りきれなかったローマ兵達は負傷者が多く、戦いを続けることは不可能だった。

そのため、連合首都の占領を任せるという名目で置いてきたらしい。

現在、この馬車に乗っているのは自分達カルデア組とネロ、そして馬車を運転しているブーディカの6人だ。

荊軻の姿は見当たらないが、抜け目のない彼女のことだ。大方、先行して偵察を行っているのだろう。

現状を把握できれば、カドックの行動は早かった。

すぐに端末で現在地を確認し、思考を対セイバーに切り替える。

 

「この馬車はセイバーを追っているのか?」

 

「ああ。アルテラと言ったか。あれは―――」

 

「アルテラ?」

 

ネロの言葉にカドックは眉を顰める。

神話や伝承には詳しいつもりだったが、そのような名前の英雄は聞いたことがない。

もちろん、全ての逸話を正確に覚えている訳ではないが、それでも有名どころはきちんと押さえている。

だが、その中にアルテラという名前を見た記憶はなかった。

 

「マシュ、何て言っていたっけ? 確か・・・」

 

「確か、フンヌの戦士と名乗っていました」

 

「フンヌ・・・フン族・・・アルテラ・・・・・・まさか神の鞭(アッティラ)か?」

 

この時代より後にヨーロッパへと進出してきたフン族という遊牧民族の中に、アッティラという名の大王が存在したとされている。

アッティラ大王は凡そ、5世紀頃に東西ローマ帝国を滅ぼし、西アジアからロシア・東欧・ガリアにまで及ぶ広大な版図を制した大帝国を成したと言われている。

出自に関してはかなり曖昧で詳しくはわかっていないが、当時のキリスト教関係者からは「神の災い」、「神の鞭」と呼んで恐れられていたと聞いたことがある。

無論、伝承や歴史書にはきちんと男性として記録が残されているが、どうやら実際のアッティラ大王は女性であったようだ。

アーサー王といいネロ帝といい荊軻といい、性別を偽っていたり誤って伝わっている事が少し多すぎないだろうか。

 

「ドクター、アルテラはどこに向かっているんだ?」

 

『方角から見て、首都ローマのようだ。レフによる呪縛と戦闘王としての彼女の生き様が混ざり合った結果なんだろうね。彼女はこの時代の最大都市であるローマを目指している』

 

「ならばあれは、余の都を灰燼と化すつもりか?」

 

『そうだろうね。そして、彼女にはその力がある。例え君が生き残ったとしても、首都消滅を迎えればローマ帝国は消え去るだろう。もしくは首都の後に君を殺しに来るか』

 

「どちらも願い下げだな。余は余のローマも、余も、くれてやるつもりはない」

 

カエサルは思うがままに為せと鼓舞した。

ロムルスはローマは永遠であると告げた。

ならば、心より世界(ローマ)を愛する彼女が進むべき道は一つしかない。

もちろん、不安はある。

間近でその力を目の当たりにしたマシュ曰く、アルテラは冬木で戦ったアーサー王と同等かそれ以上の力を誇っているらしい。

あの時はクー・フーリンという偉大な魔術師がいたから辛うじて勝利することができたが、今度は彼抜きで戦わねばならない。

果たして、彼女を止めることができるであろうか?

そんな心配を見透かしたのか、ネロはみんなの顔を一瞥すると、ポンっと胸を叩いて太鼓判を押す。

 

「余はそうは思わぬ。藤丸は、マシュは幾度も余を助けてくれた。カドックとアナスタシアの奮闘は大いに余の助けとなった。余は確信している、運命と神々は余に味方していると。だからこそ、カルデアが来た。余の想いはきっと叶う」

 

ローマは救われ、民と都市は後世に残る。

ロムルスの言葉を借りるならば、世界は永遠でなくてはならない。ならば、ローマは永遠に続くのだ。

例え何れは消え去りその名すら忘れ去られたとしても、ローマが植えた多くの芽は形を変えて続いていく。

皇帝が変わり、国が変わり、名が変わろうとも永遠の帝国はあり続ける。

それが人の繁栄の理。

人間という生命の系統樹。

即ち―――。

 

「そなたたちが守らんとする、人理に他ならない」

 

黄金の輝きを纏っているかのような錯覚。

根拠のない、されどもその時代に生きた人間だからこそ口にできる力ある言葉。

明日を見つめ、自信に溢れたネロの横顔の何と美しい事か。

確信する。

彼女こそ皇帝。

この世界(ローマ)を束ねるに足る逸材。

国を愛し、都市を愛し、民を愛し、その愛を返されなかった哀しき暴君。

歴史にその悪名が刻まれたとしても、彼女が築き遺したものは紛れもなく本物だ。

それをアルテラの手で葬らせるわけにはいかない。

 

「明確な形が消えても、世界が在ればミームは残る・・・」

 

「世界が在るから、私達は生きたと胸を張って言える・・・」

 

『もっとロマンチックに考えるべきじゃないかな。ボクはネロの言葉で勇気が出たよ。

彼女はアルテラにも勝てると確信している。だから、世界は終わらない。そういうことさ』

 

マシュとアナスタシアの言葉を引き継ぐ形でロマニがまとめる。

根拠は不明瞭だが、ネロの言葉には不可能ではないとその気にさせる不思議な力がある。

そもそも、ここにいる誰もがまだ諦めていないのは明確だ。

目的は様々だが、ローマを守るという利害だけは一致している。

 

「ふむ、やる気は十分といったところか」

 

いつの間にか荊軻が荷台に乗り込んでいた。

誰かと一戦を交えた後なのか、着物が所々敗れている。

 

「あの剣使いを追っていた。このまま東に向かって走れ。スパルタクスと呂布が足止め―――まあ、あいつらはそうは思っていないだろうが、とにかく2人が戦っている。だが、強い」

 

2人がかりでも抑え込むのがやっととのことだ。

聖杯からの魔力供給を受けているとはいえ、あの2人を相手取ってなお上回るとなると、空恐ろしいものを感じる。

 

「ならば急がねばならぬな。ブーディカ、もう少しスピードを―――止めろ!!」

 

急にネロが大声を上げ、急ブレーキがかけられたことで荷台の中が慣性によって引っくり返る。

いったい、何事かと文句を言おうとしたが、ロマニからの通信がそれを遮った。

 

『大型の魔力反応だ。ワイバーン・・・他にも多数!』

 

「ヴィイの眼よりも早いなんて・・・・・・」

 

覆い被さっていたアナスタシアが驚きから言葉を失う。

そう、確かに今、ネロはここにいた誰よりも早く、ワイバーンの存在を察知していた。

魔眼を持つアナスタシア、常に周囲の索敵を行っているカルデアよりも早くだ。

だが、驚愕はそれだけではなかった。

馬車が止まるやいなや、迎撃に出たネロは襲い掛かるワイバーンを一刀の下に切り捨てたのだ。

跳躍も今までの比ではない。まるで羽根が生えたかのように軽やかに飛び回り、振るわれた剣からは炎が噴き出している。

それは人間の動きではない。まるでサーヴァントだ。

 

「ネロ公、あんたいったい・・・・・・」

 

「わからぬ。だが、神祖との戦いの後、気が付いたらこのような力を得ていた。そなた達ほどではないが、魔獣くらいならば何とかなる」

 

この時点では誰も知らないことではあるが、神祖ロムルスは己が認めた者に加護を与える「七つの丘」というスキルを有している。

ネロはその恩恵により、一時的にサーヴァント並みの力を発揮できるようになっていた。

だが、やはり元が生きた人間である以上、強化されたと言えどもデミ・サーヴァント以下でしかなく、加えていつ消えるかわからない不安定なものであった。

ネロもそれを承知しており、魔獣の群れを切り捨てながらかつての宿敵であるブーディカに向かって叫ぶ。

 

「ここは余が引き受ける。他の者を連れてアルテラを追うのだ!」

 

「何言っているんだい! それはこっちの台詞だ!」

 

言うなり、馬車から飛び降りたブーディカはネロの首根っこを掴んで荷台へと放り投げる。

キャッチし損ねた立香がネロを抱えたまま荷台の中で大きな音を立てて転がり、それを見た荊軻がため息を吐きながらカドックを御者台へと引っ張っていく。

運転しろ、ということらしい。

 

「後は任せる。怪物は専門外だが、たまにはいいだろう」

 

「ま、待てブーディカ、荊軻。引き受けるとは何だ」

 

「言葉の通り、あんたはさっさと先に行ってろ。戦えるんだろう? だったら、あんたの世界ってのを守ってみせなよ! あたしと違って、あんたはまだ守れるんだ!」

 

「カドック、ブーディカの言う通りにしよう。急いで!」

 

「けど、藤丸―――わかった。キリエライト、ネロを頼む」

 

アナスタシアが上空から襲い掛かってくるワイバーンを撃ち落とし、マシュは今にも飛び降りようとするネロを必死で抑えつける。

ブーディカが宝具を呼び出したのか、巨大な魔力のうねりが背中を襲った。

振り返っている余裕はなかった。

ただ前だけを見据え、必死な思いで手綱を握る。

フランスの時と同じだ。

多くの想いを託され、自分達は最後の戦いに向かっている。

 

「すまぬ、我が好敵手ブリタニアの女王。そして、かならず―――必ずまた会おう、ブーディカ!」

 

走り去る馬車の荷台で、ネロが叫ぶ。

それが、この時代で2人が交わした最後の言葉となった。

 

 

 

 

 

 

もうすぐ日が暮れる。

空が黄昏色に染まり、もうすぐ月が顔を表すだろう。

遂に捉えた破壊の王は、既に2人の狂戦士を下した後であった。

如何な激闘が繰り広げられたのか、大地は抉れてあちこちにクレーターができており、周囲の木々は炭化している。

濃密な魔力の残滓が辺りを漂い、思わず口を押えて戻すのをこらえねばならなかった。

スパルタクスと呂布は動かない。

スパルタクスは胴の半分が千切れてなくなっており、呂布は右腕の肘から先を失っていた。

あの2人がここまで傷つき、倒れてなお、アルテラの体には傷一つついていない。

正に規格外。最優のサーヴァントに相応しい実力だ。

 

「行く手を阻むのか、私の」

 

「そう、阻むぞ。余は貴様を阻もう。絶対に、その先に行かせる訳にはいかぬのでな」

 

「私はこの地を滅ぼし、破壊する。阻むのならば、容赦はしない」

 

どこか虚ろな調子で、アルテラは剣の切っ先をこちらに向ける。

気圧されるほどの圧倒的な覇気。氷のような眼差し。しかし、それをネロは真正面から受け止める。

アルテラの虚無なる言霊を、熱き情熱で以て迎え撃つ。

 

「余にはわからぬ。何故、世界を滅ぼすなどと口にするのだ? 世界は美しいもので溢れている。花も良い。歌も良い。黄金も良い。愛も良い。そうとも、何よりも、この世界(ローマ)は余の愛に満ちている! それなのに貴様は滅ぼすのか? 勿体ないと思わぬのか、アルテラとやら?」

 

「私は―――」

 

一瞬、アルテラの表情に迷いの色が浮かぶ。

だが、すぐにそれは拭い去られ、先ほどまでと同じ冷たい眼差しがネロを穿つ。

その眼差しは強い拒絶の表れであるが、同時にとても寂しく儚いものであるように思えた。

神の災い、文明の破壊者たる彼女がその内に何を抱えているのかはわからない。

一つだけ確かなことは、どれほどの迷いを抱えていたとしても、彼女の力は強大であるということだけだ。

 

「私はフンヌの戦士である。そして、大王である。この西方世界を滅ぼす、破壊の大王」

 

「哀しいな、アルテラよ。しかし、貴様のその哀しささえ美しく思おう。その在り方に大いなる矛盾と痛みを感じるのだ」

 

ゆっくりとネロは剣を構える。

そのまま切り合うつもりなのかと身構えたが、彼女は剣を地面に突き刺しただけであった。

そして、一層響く声でアルテラに対して宣戦を布告する。

 

「アルテラよ。力では余に勝るかも知れぬ。だが、愛では貴様は余に敵わぬと知れ」

 

「美しさなど、愛など、私は知らない」

 

「ならば知るといい、アルテラ・ザ・フン。ローマ第5代皇帝ネロ・クラウディウスの(ローマ)が貴様を止める!」

 

それが戦いの合図となった。

飛びかかってきたアルテラの剣をマシュが盾で受け止め、その背後をアナスタシアが突く。

しかし、対魔力スキルの影響かアルテラは叩きつけられる吹雪や氷柱を物ともせず、マシュの華奢な体を大きな盾ごと叩いて吹き飛ばす。

返す刀がアナスタシアを襲い、咄嗟にネロが援護に入るが呆気なく吹っ飛ばされてしまった。

サーヴァント並の力を得たとはいえ、やはり彼女はただの人間。最優のサーヴァントを相手にするなど無謀であった。

 

「カドック、ネロをお願い」

 

「おい、何を―――」

 

制止する前に飛び出した立香がガントを放つが、あろうことか剣を振り回しただけでかき消されてしまう。

時間稼ぎすらできないのかとカドックは歯噛みしたが、すぐに彼の狙いが別にあることに気が付いた。彼は距離を取っていたのだ。己のサーヴァント、マシュ・キリエライトと。

 

「礼装起動―――マシュ!」

 

「はい!」

 

立香が身に着けている礼装が効果を発揮し、アナスタシアとマシュの位置が瞬時に入れ替わる。

驚くアルテラではあったが、構わず剣を振り下ろし、マシュは己の盾に魔力を込めて両足に力を込める。

 

「はあぁぁっ!!」

 

「――――――っ!!」

 

鍔迫り合いに勝利したのはマシュであった。

剣を弾かれ、がら空きの胴体にそのまま体当たりを仕掛け、アルテラの背中に地をつける。

無論、その程度ではアルテラにとって大したダメージにはならないが、これは決闘ではなく戦争だ。

立香の礼装で距離を取ったアナスタシアが即座に何十個も氷塊を生み出してはぶつけ、アルテラの動きを抑えつけようとする。

 

(あいつ、あの礼装を使いこなしている)

 

ネロを庇いつつアナスタシアに強化の魔術をかけながら、カドックは先ほどの立香の動きを反芻する。

カルデア支給の礼装の効果『オーダーチェンジ』。

離れた場所にいるサーヴァントの位置を入れ替えるというものだが、ああも上手く使いこなす姿を見せられるとこちらも張り合いが出てくる。

 

「目標、沈黙。アルテラ、動きません」

 

マシュの言葉にアナスタシアは攻撃の手を休める。

目の前に巨大な氷山が出来上がり、アルテラはその下に押し潰されていた。

如何に対魔力スキルを有していたとしても、これだけの質量をぶつけられれば一たまりもないだろう。

だが、これで勝てたと思うほど彼らも楽観的ではない。ここまでの戦いで、セイバーのクラスがどれも容易い相手ではないことを嫌というほど味わっている。

事実、氷山の下からは未だ、聖杯の魔力が鼓動のように脈打っているのが感じられた。

 

「繁栄は・・・そこまで――」

 

刹那、魔力の爆発が氷山を内側から吹き飛ばした。

アルテラが宝具を抜いたのだ。

三色の刀身が回転を始め、そこから吹き荒れた余剰魔力が衝撃となって氷山を粉砕。

その破片を踏み潰しながら、アルテラは破壊の切っ先を立ち塞がる敵へと向ける。

 

『軍神の剣』(フォトン・レイ)!」

 

それは疾走であった。

誰にも止められぬ速き疾走。

彼女が生前を駆け抜けた草原を走る一陣の風。

風は渦を巻き、魔力を取り込み、一つの嵐となって敵対者を穿つ。

暴風とは即ち破壊。

破壊の渦が大地を抉りながらマシュへと迫る。

 

「マシュ、宝具を使うんだ!」

 

立香の右手から赤い輝きが迸り、最後の令呪が魔力となってマシュの中に注がれていく。

既にアルテラは目前にまで迫っている中、マシュは令呪による補助を受けて即座に盾を構え直し、破壊の嵐を迎え撃つ。

 

『人理の礎』(ロード・カルデアス)!」

 

光の奔流がぶつかり合い、衝撃で大地が揺れる。

誰もが間に合ったと思った瞬間、マシュの体は光と共に宙を舞っていた。

アーサー王の聖剣をも防ぐ彼女の宝具ですら、アルテラの疾走を止める事はできないのか。

 

「マシュ!」

 

「下がってろ、藤丸!」

 

魔術で障壁を展開し、飛び出そうとする立香の頭を押さえて攻撃の余波から身を守る。

下手に飛び出せば巻き込まれてひとたまりもない。

だが、このまま穴倉に籠っていても時間の問題であろう。

アルテラは反転し、既にこちらに狙いを定めている。

冬木の時と同じように、令呪で強化したアナスタシアの最大宝具で迎え撃つべきであろうか。

だが、あの時はマシュが聖剣を受け止めてくれたから反撃することができたのだ。

果たしてアナスタシアだけで受け止めることができるのか。

 

「マスター、アルテラが来ます。急いで!」

 

「っ―――キャスター、宝具を――」

 

瞬間、背後で魔力の爆発が起こり、飛来した5本の矢がアルテラの纏う魔力の渦を抉り取った。

 

「何だ!?」

 

「あれは―――?」

 

『りょ、呂布だぁっ!』

 

その場にいた者はおろか、索敵に専念していたカルデアからも驚愕の声が漏れる。

再起不能になっていたと思われていた呂布が立ち上がり、宝具でアルテラを撃ち落としたのだ。

アルテラとの戦いで既に耐久限界が来ているのか、全身の至る所が軋みを上げ、関節からは煙すら出ている。

しかし、その闘志は微塵も衰えておらず、失った右腕の代わりに自らの口で『軍神五兵』(ゴッド・フォース)に矢を番え、憎き敵を自我なき瞳で睨みつけていた。

 

「■■■■■■■■―――!!」

 

再度、宝具を発動しようとするアルテラに対して、呂布は立て続けに矢を放ってそれを阻もうとする。

最早、一射放つごとに彼の身体は崩壊していっており、狂化していなければ耐えられぬほどの苦痛が呂布を襲っているはずだ。

それでも彼は、この異郷の地で出会った最大の敵を前にして限界を超えた宝具の解放を撃ち続ける。

全ては己が武勇を知らしめるため、呂布奉先という男はその命を最後まで使い果たし、アルテラが持つ『軍神の剣』(フォトン・レイ)をその右腕ごと吹き飛ばした。

 

「この、程度―――」

 

呂布が消滅したことで攻撃が止み、アルテラが苦し気な息を漏らしながら立ち上がる。

聖杯の力があるとはいえ、呂布の最大火力を何発も浴びながら右腕一本で済んでいるのは呆れた耐久力だ。

そして、どんな形であれ、彼女が未だに戦う意志を失っておらず、こちらに敵意を向けているのは事実だ。

だからこそ、この男は動いた。

反骨の祖の攻撃を凌ぎ切り、絶望を纏った褐色の王。

それを払拭する鬨の声が戦場に響き渡る。

 

「ふはははははっ!! 捕まえたぞ、圧制者よぉっ!!」

 

「なっ!?」

 

膨れ上がった肉の塊が、アルテラを掴み上げる。

最初、カドックはそれが何なのか正しく認識できなかった。

山のような巨体はあちこちに瘤のようなものができており、その内の幾つかは五股に分かれている。

鞭のようにしなるそれは、ひょっとして腕であろうか?

ならばあの膨れ切った肉体を支えている何十本もの節は足なのだろうか?

中心や肩らしき突起に開いているのは瞼だ。一つ、二つ、三つ、四つ、五つの眼球がアルテラを睨んでいる。

では、あの巨大な口の隣にめり込んでいる、見た事のある顔は―――。

 

『スパルタクスだ。この反応はスパルタクスだ!?』

 

ロマニの分析がカドックの推察を裏付ける。

恐らく、何らかの理由で彼の宝具『疵獣の咆吼』(クライング・ウォーモンガー)が暴走したのだろう。

魔力の変換効率が異常をきたし、あのような奇怪な姿に変貌したのだろう。

それでもスパルタクスは戦いを放棄することなく、自らの敵を葬り去るために蘇った。

これこそが、スパルタクスの叛逆なのだ。

 

「くっ、放せ!!」

 

「はははははっ! 我が愛を受けるがいい! 圧制、アッセイ!!」

 

全身の筋肉が千切れ跳ぶのも構わず、スパルタクスは腕に力を込める。

だが、暴走により肉体を上手くコントロールできていないのか、それとも宝具での治癒を以てしても賄えぬほど消耗しているのか、スパルタクスがいくら力を込めてもアルテラは苦しむだけであった。それどころか、彼女は自身が取り込んだ聖杯の魔力を放出して、大木のようなスパルタクスの指を焼き払い、そこから脱出せんとする。

 

「スパルタクス!」

 

「マスター、援護を!」

 

「わかっている。けど―――」

 

攻撃しようにも、スパルタクスが大きすぎてアルテラだけを狙うことができない。

多少の攻撃ではビクともしないスパルタクスだが、あのような状態になってしまっては、下手な刺激がどのように作用するかわからない。

最悪、周囲を巻き込んで自爆する可能性すらある。

カドックの冷徹な思考は、スパルタクスに構わずアルテラを攻撃しろと告げているが、彼を傷つけたくはないという思いもまたあるのは事実だ。

決断が下せず、ただ時間だけが無情にも過ぎていく。

その時、頭上の叛逆者は静かな声でカドックに呼びかけた。

 

「少年よ、今こそが叛逆の時だ」

 

「―――スパルタクス」

 

「弱きことに甘んじ、後悔に悔やむのなら、それは圧制だ。真の圧制とは己が内にあり、鎧を纏っていては如何な鳥でも羽ばたけぬ。さあ、抗え! 叛逆だ! 君の叛逆を、君の圧制を、この地で見てきた君の全てを私にぶつけなさい! さあ、さあ!」

 

スパルタクスの手が聖杯の魔力で焼かれていく。

まるでチーズが炎で炙られ溶けていくように、巨大な肉の塊が削れていく。

それと並行して、スパルタクスの体に膨大な魔力が蓄積されていっていることがわかった。

最早、彼の自滅は避けられない。悩んでいる時間は残されていないのだ。

 

「僕は――――――」

 

ローマに来てからの、スパルタクスとのやり取りが思い浮かぶ。

狂った思考、支離滅裂な言動、時には命を狙われることすらあった。

けれど、あんな風に本音でぶつかってくれた人は初めてだった。

他人を見返したいと思ったことはあっても、対等でいたいと思ったのは初めてのことだった。

そんな彼が今、自分に答えを求めている。

例え、その結果に待つのが彼からの剥き出しの敵意であったとしても、自分はそれに応えなければならない。

 

「令呪を以て命ずる! キャスター、宝具でスパルタクスごとアルテラを攻撃しろ!」

 

掲げられた手から、絶対服従の呪いが飛散する。

立香は言葉を失った。

アナスタシアは黙って従った。

そして、スパルタクスは笑っていた。

 

「ふはははははっ、圧制者よ、この痛みが我が力なのだぁっ!!」

 

叩きつけられる強風、凍てつく冷気、降り注ぐ氷塊、それに加えて不可視の力が肉塊と成り果てたスパルタクスを襲う。

どれほど耐久力が高かろうと、如何に対魔力のランクが高かろうと、この宝具には意味がない。

彼女がその眼で捉え、認識したものが弱所となる。

それがアナスタシアの宝具『疾走・精霊眼球』(ヴィイ・ヴィイ・ヴィイ)だ。

 

「くっ――の―――!」

 

不利を悟ったアルテラは聖杯から更なる魔力を引き出し、スパルタクスの拘束から逃れようとする。

だが、それを許すカドックではなかった。

彼の右手にはまだ、令呪が二画残っている。

 

「令呪を重ねて命ずる! 叛逆の徒よ、圧制者を逃がすな!」

 

残る二画の令呪が立て続けに消え去り、アルテラを握るスパルタクスの手に更なる力が籠められる。

その手が聖杯の魔力で焼き消されるのも構わず、彼女を逃がすまいと抑えつける。

自分の体に起きた突然の変化に、スパルタクスは哄笑で以て応えた。

 

「ハーハッハッ! そうだ、それでこそ君は圧制者だ! さあ、抱擁の時だ! 共に行こうじゃないか、カドック!」

 

「ああ、こい、スパルタクス!」

 

アルテラを拘束したまま、スパルタクスは己の本能に従ってカドックに牙を剥く。

宝具による吹雪の中、圧制者たる彼を目指して一歩一歩、歩み出したのだ。

無論、そんなことをすればより強烈な吹雪を叩きつけられ、己の自滅を早めるだけであった。

 

「カドック!?」

 

「いいんだ、藤丸。これは僕が受けるべき叛逆だ!」

 

それは鮮烈な三秒間であった。

あの猛吹雪を前にして、スパルタクスは三歩も歩んで見せた。

そして、最後の一歩を踏み出した瞬間、限界を迎えた彼の体は内側から膨れ上がった魔力の負荷に耐えられず、地形すらも変えるほどの爆発を伴い、光と共にこの時代から消滅した。

舞い上がった粉塵と衝撃が襲いかかり、咄嗟に腕で顔を隠す。

アナスタシアの宝具とぶつかり合ったからか、衝撃は左右と後方に向けて放たれる形となり、背後にいた立香達に被害はない。

やがて、煙が晴れると眼下には巨大なクレーターが出来上がっていた。

 

「っ―――」

 

「キャスター!?」

 

力を使い果たしたアナスタシアが倒れそうになるのを支えようと、一瞬だけ注意が逸れる。

それが明暗を分けることとなった。

首筋に当てられる鋭い痛み。

三色の光を放ち、どこか近未来的な造形には見覚えがる。そして、それを握っているの褐色の戦闘王にも。

そう、アナスタシアとスパルタクス、2人の宝具の直撃を受け、満身創痍となりながらも生き延びたアルテラであった。

聖杯のおかげで辛うじて現界を維持できているようだが、それも限界のようで、体の端々から粒子化が始まっている。

 

「私は―――破壊―――する―――」

 

振るえる腕で剣を振り上げ、とどめを差さんとする。

深紅の少女が駆けたのは、正にその時であった。

 

「・・・・・・そう、か」

 

その姿を見たアルテラは、己の敗北を悟って静かに剣を降ろした。

このまま振り下ろしたところで、目の前の小さな命すら刈り取れないと悟ったが故に。

 

「天幕よ、落ちよ! 『花散る天幕』(ロサ・イクトゥス)!」

 

「世界には、私の剣でも破壊されないものが・・・在る、か。それは・・・・・・少し、嬉しい、な・・・」

 

皇帝の最期の一撃が、アルテラの胴を薙ぐ。

それがこの特異点における、最後の戦いの終わりとなった。




今回、スパルタクス中心でいこうと決めた時点でこの最終決戦の構図はできていました。
ネロが戦ったのは予定外でしたが。

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