Fate/Grand Order IF 星詠みの皇女 作:ていえむ
「神の鞭と呼ばれた、
そう言い残して、アルテラは消滅した。
消え去る直前に垣間見た彼女の顔には、小さな小さな笑みが浮かんでいた。
それは冷徹で無機質な破壊の使者が見せた、ほんの些細な、人としての温かみだったのかもしれない。
そして、彼女が立っていた場所には、此度の騒乱を引き起こした杯だけが残された。
「・・・消えたか、アルテラ。縁があれば、いつか違うカタチで戦う事もあろう」
いつの間にか昇り始めた月を見上げながら、ネロは消え去ったフンヌの大王へと話しかける。
最後の一撃に持てる全ての魔力を注ぎ込んだのか、彼女からは先ほどまで感じる事ができた力の片鱗が失われていた。
神祖が与えた加護は、当代の皇帝にローマを守る力を与え、その役目を終えた事で消え去ったのだ。
「先輩、カドックさん。聖杯を確保しました。これで作戦は終了です」
聖杯を回収したマシュが戻ってくる。アルテラの宝具の直撃を受けて吹っ飛ばされたが、どうやら無事だったようだ。
あちこち傷だらけではあるが、宝具を展開していたためか大事に至るようなケガはしていない。
他の面々も同じだ。
あれだけの激闘を繰り広げたにも拘わらず、全員が五体満足で生還する事ができた。
全ては、あの2人の狂戦士が死力を尽くしてアルテラと戦ってくれたおかげだ。
(スパルタクス・・・呂布・・・・・・終わったよ)
彼らの活躍でこのローマを脅かす圧制者は潰えた。その事実は歴史の修正と共になかったことになってしまうが、
少なくとも、カドック自身はそう思っていた。
「ありがとう、ネロ・クラウディウス。あなたのおかげで無事に目的を果たせました」
「藤丸、なんだか足の先から薄くなっているぞ! まさか、お前達も消えるのか!?」
ネロに指摘され、全員が己の体を見やる。
立香だけでなく、マシュもカドックも、アナスタシアも末端から少しずつ存在が希薄化していっている。
カルデアからの強制送還が始まったのだ。
「そうか、消えるか・・・」
「もう行かなくては」
「さようなら、薔薇の皇帝。あなたの歌が聞けなくて残念だ」
取り乱すようなことはなかった。
心のどこかで、覚悟していたかのように、ネロは静かに言葉を紡ぐ。
「何となく、そんな気はしていた。余は勘は鋭い方だからな。伯父上や神祖、アルテラ達と同じようにお前達も消えてゆくのだろうと」
特異点の原因を取り除けた今、自分達はいつまでもこの時代に留まる訳にはいかない。
時代は修正され、連合との戦いの記憶もなかったことになるのだ。
今はまだ大丈夫だが、何れはこうして言葉を交わしたことすら忘れ去られてしまう。
「寂しいな、それは。正直に言って残念だ。無念だ。まだ、余は何の報奨も与えてはいないというのに。お前達であればきっと、余にとって、臣下ではなく、もっと別の―――」
言いかけて、ネロは頭を振る。
胸の内の寂しさを振り払うように、もう一度だけ月を見上げて、ネロは言の葉に力を込めた。
別れを祝福し、自分自身にも言い聞かせるように。
「やめておこう。皆の行く先にもきっとローマはあろう。ローマとは世界に他ならぬ。余のローマはいずれ、お前達のローマに通ずるだろう。そして―――」
いつかローマは、星の彼方へも至ることだろう。
神祖ロムルスが語るようにローマが世界であるならば、この世界が終わらぬ限り、ローマは時の流れと共に自分達を繋いでくれる。
「だから、別れは言わぬ。礼だけを言おう」
存在の希薄化が進み、視界すら霞んでいく。
最早、ネロの表情すら判別できない。
彼女は笑っているのか、泣いているのか。
自分達はいったい、どんな言葉を返せば良いのか。
迷いが、不安が、胸中を過ぎる。
共に過ごしたのはほんの僅かなのに、別れがこんなにも惜しい。
「―――ありがとう。そなた達の働きに、全霊の感謝と薔薇を捧げる」
その言葉を最後に、意識が断絶した。
□
カルデアに帰還し、回収した聖杯をダ・ヴィンチに預け、今回の任務は終了となった。
成果は上々。特異点の原因は取り除かれ、歴史は緩やかに修正されていくだろう。
もちろん、謎も多く残っている。
レフ・ライノールが殺されてしまったことで、彼の目的が不明のままだ。
対峙したマシュ達が聞いた話によると、彼はどこかの集団に属していたらしい。
その何者か達が人理を焼却し、カルデアを邪魔者とみなしてレフを送り込んできたのだ。
何れ、特異点を巡る旅の中でその何者か達と出会うことになるだろう。
そして、その日の夜、カドックは就寝時間が来ても寝付くことができず、ひとりカルデアの通路を散歩していた。
元々、それなりに広い敷地面積を持ち、現在は職員の数も減っていることもあって、通路ですれ違う者は誰もいない。
召喚されたサーヴァント達も基本的に夜は眠っていることが多いため、起きているのは夜勤に当たっているスタッフくらいだろう。
人付き合いがそれほど得意ではないカドックとしては、誰かと顔を合わせなくても良いのはありがたかった。特に、今夜のような気分の時は。
「あっ―――」
「―――やあ」
何となく管制室を訪れると、カルデアスの前に1人の少年が立っていた。
藤丸立香。
48番目の補欠。
自分と同じ最後のマスター。
自分と同じく就寝前だったのか、普段の制服ではなくラフなインナー姿だ。
「夜更かしか?」
「そんなところ。すぐに戻るよ」
悪戯が見つかった子どものような顔で、黒髪の少年は鼻の頭をかく。
管制室には他の人間はいなかった。
人手が少ない上、観測すべきカルデアスが赤く染まって観測不能なためなのだろう。
ここにいるのは自分ともう一人、そして、コフィンの中で仮死状態のまま眠り続けている46人のマスター候補達だけだ。
「カドックは眠らないの?」
「・・・・・・ああ、そうだな」
我ながら情けない声だなと自嘲しながら、目についたコフィンの側に腰かける。
記憶が確かならば、この中にいるのは自分と同じAチームに属していた1人、スカンジナビア・ペペロンチーノだったはずだ。
人理焼却以前は他人―――特に優秀な魔術師をやっかみの目で見てしまう自分と適度に距離感を保って世話を焼いてくれた。
ファースト・オーダーに対して前向きな気持ちでいられたのも、チャンスを物にしろという彼のアドバイスを受けたからだ。
だから、今度も彼の助言が聞きたくなって、ついここに足を向けてしまった。
今はもう、物言わぬ姿であることを知りながら。
「スパルタクスのことを考えていた」
いつの間にか隣に腰かけた少年に、カドックは消え入りそうな声で囁いた。
「何故、僕だったんだろうなって」
「どういう意味?」
「最後に言っていただろう。僕は彼にとって圧制者だ。なのに、スパルタクスは出会ってからずっと、僕のことを気にかけてくれていた」
今になって思い返すと、スパルタクスの自分への言葉は彼なりの励ましや助言であったのだ。
狂化によって歪められた結果、その言葉の真意を自分は読み取ることができなかった。
一方的に弱者だと決めつけられたことが腹立たしくて意地を張り、彼の言葉に耳を傾けようとしなかったからだ。
「お前の方がきっと、彼が言う叛逆者に相応しい」
「それ、褒められてるのかな?」
「僕が勝手に言っているだけだ」
「じゃ、勝手に言われておくよ。それと、スパルタクスはカドックのことを気にかけてた理由なんだけど・・・・・・」
隣の少年は、顎に指を添えながら、言葉を選ぶように虚空を見上げる。
「ようするに、何もしなくても俺は勝手に叛逆するんだろ? じゃ、燻っている方を焚きつけるのは当然じゃないかな?」
悩んで悔やんで、足を止めたまま流されることはスパルタクスにとって圧制以外の何物でもないのだろうと、少年は言う。
彼は本能的に気づいていたのだ。カドック・ゼムルプスが抱えていた劣等感を。
そういえば、いつからだっただろう。
人並み以上の努力を重ねても、及ばない存在がいることに慣れてしまったのは。
口ではこんなはずじゃなかった、自分でもできたはずだと気概を見せても、心のどこかでできっこないと諦めてしまったのは。
だから、その殻を破れずにいた自分を、スパルタクスは彼なりに導こうとしたのだ。
「僕は彼を―――殺したんだぞ」
「それでもだよ。一緒に叛逆するならそらそれでよし、敵対するならそれもよし。その時は自分が叛逆する番だって、スパルタクスは考えてたんじゃないかな?」
それが事実だとしたら、何て皮肉の利いた結末であったであろう。
叛逆の剣闘士が見出し、導いた少年は圧制者となって彼の命を奪った。
あの時、彼は何を思って逝ったのだろうか。
それは愚問であろう。
彼は最後まで笑っていた。
圧制者に抗うことが彼の生きがいならば、最後まで圧制者である自分に向かって歩み続けた彼は、きっと満ち足りたまま逝くことができたのだ。
「藤丸、お前ならあの時、どうした?」
「―――多分、何もできなかった」
取り乱したかもしれないし、自棄になって特攻したかもしれない。
何れにしろ、決断を下すことだけはできなかったと、呟くような答えが返ってきた。
「そうか―――なら、僕は圧制者でいなくちゃな」
彼は言っていたじゃないか。
自分は何れ、
彼の英雄が二度目の生において最後の敵として見定めてくれたのだ。
順番が逆になってしまったが、これから先の生涯を認められたのなら、残りの人生を賭けてそれに釣り合う男にならなければならない。
スパルタクスがとびっきりの笑顔で突撃してくるような、そんな立派な魔術師に。
「そうか―――僕は、彼に褒められて―――」
あの傷だらけの背中に見惚れていた。
理不尽にも屈さず、腕力一つで抗い続けたその生き様に憧れもした。
あんな風に、自分も自身の境遇に抗えれば良かったと嘆きもした。
だから、最初から彼に認められていたことが嬉しくて、そんな彼にとどめを差した自分が嘆かわしくて、カドックは静かに涙を流した。
あんな結果を望んでいた訳じゃなかった。
できっこないと分かり切っていても、みんなが無事に生き残れればいいと思っていた。
フランスの時のような大団円を、今度も迎えられると、心のどこかで思ってしまったのだ。
「・・・・・・」
気を利かしてくれたのか、少年―――立香がポンっと背中を叩いて立ち上がる。
ひとり残されたカドックは、そのまましばらくの間、無人の管制室で泣き続けた。
どれくらいそうしていただろうか。
嗚咽で喉が涸れ、いい加減涙も出尽くした眦を擦り、カドックは自室へと戻る。
泣き過ぎたのか目元が腫れぼったいが、幸いな事に廊下では誰とも出う事はなかった。
「おかえりなさい」
部屋に入ると、寝間着姿のアナスタシアがベッドの縁に腰かけていた。
どうしてここに、という疑問は思い浮かばなかった。
鍵をかけて部屋を出たような気がするし、かけていなかったのかもしれない。
スパルタクスのことで頭の中がグチャグチャだったので、その辺のことはよく思い出せなかった。
ただ、涙で腫れた目を見られたかもしれないことは恥ずかしかったが、彼女はそれには触れず、いつもの調子で冗談めいたことを口にする。
「随分と長いお散歩ね。私を待たせるなんて、どこで何をしていたのかしら」
どこか冷たく、それでいて茶目っ気を含ませた涼やかな声音が耳に届く。
彼女からすれば、深夜の待ち伏せもいつもの他愛ない悪戯の一つだったのだろう。
こんな時間に訪ねられてはいい迷惑だと、文句の一つでも言ってやろうと思ったが、生憎と今のカドックにそんな余力はなかった。
「ごめん、今夜はもうやすま――!」
「きゃっ!?」
床につま先を引っかけてしまい、勢いよくベッドの上に倒れ込む。
丁度、アナスタシアを上から押し倒す形になってしまった。
「っ―――!!」
鼓動が一気に跳ね上がり、それでいて、不思議な安心感があった。
冷たくて心地よい冷気と、柔らかで包み込むような温かみが、疲れ切った体に充足感にも似た安らぎが満ちていく。
鼻孔をくすぐる香は洗剤だろうか。自分の鼓動に合わさるかのように聞こえるリズムは彼女自身の胸の音だ。
それを聞いていると、何だかとても安心して、悩みだとか疲れだとかが思考の片隅に追いやられていくような気がする。
「カドック、ちょっと―――おも―――カドック?」
「ごめん。明日には、いつも通りに、戻っている、から―――」
今夜だけは、このまま甘えさせて欲しい。
レイシフトの時とは違う、ゆっくりと、落ちていくかのような感覚に襲われながら、カドックは心の中で彼女に詫びる。
眠る前にせめて、毛布を彼女に渡さないとと、どこかずれたことを考えながら、カドックの意識は少しずつ微睡へと落ちていった。
「おやすみなさい、カドック。私は、ここにいるから―――」
最後に聞こえたのは、いつもよりほんの少しだけ慈愛に満ちた、アナスタシアの優しい言葉だった。
A.D.0060 永続狂気帝国 セプテム
人理定礎値:C+
というわけで、セプテム編は終了です。
スパルタクスの解釈については賛否あるかもなーと思いつつ、格好いいアッセイスレイヤーが見たいなぁというのがセプテム編の裏コンセプトだったりします。
次はオケアノスですが、黒髭の口調をトレースできるだろうかと今から不安です。