Fate/Grand Order IF 星詠みの皇女   作:ていえむ

3 / 122
炎上汚染都市冬木 第2節

光の中から現れた少女が、静かに異形の生物と相対する。

膨れ上がった異形の生物は剣とも鈍器とも取れる得物を振り上げ、猛スピードで疾駆した。

獣の如きその疾走は、人間ではとても捉えきれない。

華奢な少女の体は一瞬で打ち砕かれ、踏み潰されるはずだった。

 

「停止」

 

いったい、何が起きたのか。

どこからか吹き出した冷気が異形の体を切り刻み、その巨体を瞬く間に凍てつかせる。

魔術を使った気配はなかった。

あれが彼女―――キャスターの能力なのだろうか。

 

「終わったわ、マスター。いつまで隠れているつもり?」

 

「あ、ああ・・・」

 

土塊の小屋から恐る恐る顔を出す。

改めて見下ろした魔術師の少女は、どこか浮世離れした小さな女の子だった。

瓦礫の街に似つかわしくない白いドレス。

儚げだがどこか芯の強そうな眼差し。

その手には人形のような何かが大事そうに抱えられている。

育ちの良いどこかのお嬢様にしか見えず、間近で見ていたにも関わらず彼女が異形を鎮めた事が

今でも信じられなかった。

 

「マスター、何を呆けているの? それとも呼び出したのが私では不満なのかしら?」

 

冷ややかな目でこちらを見つめながら、キャスターは不満げに問いかける。

見透かされているかのような強い眼差しに、カドックは思わず居住まいを正した。

 

「いや、大丈夫だ。えっと・・・キャスター、で良いんだよな」

 

魔術世界における最上級の使い魔。

英霊の座にアクセスし、過去に存在した数多の英雄、英傑。

神話や伝承に語られる存在を呼び出し使役する。

それがサーヴァントと呼ばれる使い魔だ。

一見すると深窓の令嬢にしか見えない彼女もまた、その内に強い力を秘めた

綺羅星の如き英霊の1人なのだろう。

本来ならばこの特異点探索における緊急時の武力手段として、

カルデアのバックアップのもとで英霊召喚を行う予定だったが、

どうやら彼女は自分が独力で召喚したサーヴァントのようだ。

意識すれば魔力のパスがきちんと繋がっており、

彼女が自分の使い魔である事をはっきりと感じ取れる。

念のため両の手を確認すると、右手の甲にサーヴァントを召喚した証ともいえる3画の令呪が

しっかりと刻まれていた。

ふと小屋の中に視線を向けると、瓦礫と埃に塗れた床の上に召喚の魔法陣が

うっすらと描かれているのが見えた。

恐らく、破れかぶれで行った召喚の魔術がこの魔法陣と同期したのだろう。

ここに来る前にペペロンチーノが冬木市で聖杯戦争が行われていたらしいと言っていたが、

まさかここはそれに参加していた魔術師の工房なのだろうか。

 

「僕が召喚した・・・んだよな・・・・・・」

 

「ええ、あなたのサーヴァントよ、マスター。あなたの事は何とお呼びすれば?」

 

「カドック・ゼムルプスだ。呼び方は好きにしてくれていい」

 

「では、契約はここに。マスター、指示を頂けるかしら」

 

いつの間にか、塀を乗り越えて骸骨の化け物達が集まってきていた。

手に手に剣や弓を持ち、カタカタとしゃれこうべを鳴らしながら威嚇する様はどこか滑稽で、

まるで安いホラー映画か何かのようだ。

それでも人間である自分からすれば脅威以外の何物でもない。

そう、自分1人であったのならば。

 

「キャスター、まずはここを突破する。話はその後だ」

 

拳を握り、魔術回路を励起する。

キャスターと契約したことでこちらの魔力は彼女の現界に持っていかれているが、

それでも低位の魔術を使うくらいならば問題ない。

まだどこの英霊なのかも聞いていないが、どうやら自分はかなり燃費のいいサーヴァントを

引き当てたようだ。

 

「魔術で援護する。加速しろ、キャスター」

 

「ええ。さあ、いくわよ、ヴィィ」

 

 

 

 

「きゃあ――――!!」

 

粉砕された骸骨の破片が顔に飛び、オルガマリーは悲鳴を上げる。

どこからともなく湧き出てくる骸骨達は、唯一の生者である自分達を屠ろうと次々に殺到し、

その度に巨大な鉄塊が空気を切った。

 

「なんなの、なんなのよ、コイツラ!? なんだってわたしばっかりこんな目に遭わなくちゃいけないの!? もういやぁ!」

 

続けざまに放たれた石の矢は盾で弾かれ、その隙間からオルガマリーは涙目で魔術弾を乱射した。

もんどりを打った骸骨のしゃれこうべが宙を舞い、その隙に盾の少女はオルガマリーの腕を引いて走る。

 

「所長、混乱するのもわかりますが、今は、落ち着いて。エネミーの真っただ中です」

 

マシュ・キリエライトが盾を振るい、飛びかかってきた異形を吹っ飛ばした。

間断なく攻め立てる異形の群れに2人の少女は疲弊し、既に息も絶え絶えといったところだった。

それが辛うじて生き永らえているのは、マシュに宿った英霊の力のおかげだ。

あの管制室で意識を失う寸前、1人の名も知れぬ英霊がマシュの命を助け、

その霊基と融合することで

冬木へのレイシフトを行う事ができた。

今の彼女は人間の身でありながら英霊の力を振るう事ができるデミサーヴァント。

その力があるおかげで、この異常事態にも何とか対応できている。

しかし、それももう長くはない。

本来、サーヴァントはマスターからの魔力の供給を受けてその力を行使する。

残念ながらここにはマスターがいないのだ。

カルデアからの通信では、管制室の爆発に巻き込まれて多くの職員が死亡し、

冬木へレイシフトする予定であったマスター達は46人が重体により

その肉体を凍結保存され、1人はレイシフトの際に意味消失したのか行方不明。

そして、唯一生き残ったマスターは機材の復旧が済むまで

こちらへレイシフトする事ができない。

そのため、マシュはここまでの戦闘を全て自前の魔力だけで賄ってきた。

それがもう限界にきているのだ。

せめて、マスターと契約できていればカルデアから魔力のバックアップを

受ける事ができるのだが。

 

「マシュ、危ない!」

 

途切れ始めた集中力を、オルガマリーの叫びが呼び戻す。

咄嗟に盾を掲げて骨の刃を受け止め、そのまま力任せに押し込んで異形の剣士を粉砕。

崩れたバランスを何とか持ち直し、身を捻って瓦礫の山に背中を預ける。

それが限界だった。

盾を握る手に力が入らず、心臓は酸素を求めて体の中でのた打ち回っている

傍らのオルガマリーも額に汗を滲ませ、震える膝は今にも折れてしまいそうだ。

これ以上、逃げ回るのは誰が見ても不可能だった。

ならば、どうすれば良いかとマシュは考える。

疲弊した体、乏しい魔力でどこまで戦えるか。

せめてオルガマリーだけでもこの窮地から逃げ出せないだろうか。

覚悟を決め、敵の数が少ない場所に突貫するしかない。

そう考えた直後、更なる絶望が2人の少女に襲い掛かった。

 

「そんな・・・」

 

恐怖と威圧で呼吸が止まる。

あれに触れてはならない、戦ってはならないと第六感が警鐘をならす。

死を塗り固めたかのような紫の衣。

まるで生きているかのように蠢く毛髪。

両の腕から垂れ下がった鎖は鋭く、長く、殺意に満ちて。

全身を黒い影で覆われながらも、眼光だけは蛇のように輝いている。

発せられている霊貴のパターンは、紛れもなくサーヴァントのもの。

騎乗兵のサーヴァントが、少女の命を狩りにきたのだ。

 

 

 

 

「では、あなたは2016年の未来からやってきた魔術師なのね」

 

凍り付いたエネミーを見上げながら、キャスターは興味深げに問いかける。

後ろに続く形で自身の身の上を説明していたカドックは短く肯定すると、

彼女がしていたように先ほどまで戦っていた敵の亡骸に眼をやった。

道すがら立ち塞がる異形は全て、キャスターが操る冷気でこのように氷漬けにされている。

カルデアのシミュレーションで仮想サーヴァントを使役した事はあったが、

彼女の力はそれを遥かに上回っていた。

並の魔術師なら入念な準備と大がかりな儀式を行わねばできぬ規模の魔術の行使を、

彼女は視線を向け、手をかざすだけで事も無げに行える。

一面が燃え広がるこの冬木の街において、自分達が通ってきた道だけが氷点下の世界へと化しているのだ。

 

(ここまでの戦いを見る限り、彼女は精霊使い。戦闘でのこちらの負担が少ないのは、

彼女が契約している精霊自体の魔力で冷気を操っているからか)

 

氷を操る魔術師として真っ先に思い浮かぶのは、デンマークの童話に出てくる雪の女王だろうか。

童話作家ハンス・クリスチャン・アンデルセンが綴った冒険譚の登場人物。

あの話自体は創作だが、モデルとなる人物が創作のキャラクターの殻を被る形で召喚されるケースも英霊召喚にはあるという。

とはいえ、あのお話の雪の女王は雪や氷の擬人化として描かれただけのキャラクターだし、キャスター自身も雪の女王のイメージとは余りにかけ離れている。

それでは彼女はいったい、どこの英霊なのだろうか。

 

「どうしたの?」

 

「いや、何も」

 

先ほどから何度も聞こうと試みているのだが、キャスターの冷ややかな目で

見つめられるとつい臆してしまう。

あれは自分もよくやるからわかる。こちらの事情に踏み込むな、

構わないでくれという無言のメッセージだ。

どうもこのサーヴァントは自身の内側に入り込まれるのを極端に恐れている節があるようだ。

 

「それで、かるであ? というところと連絡は取れたの?」

 

「いや、こちらからの呼びかけには応えてくれない。向こうが僕の存在を見失っているのか、それともカルデア自体がもうなくなっているのか」

 

脳裏に浮かぶのはこの街と同じく炎に包まれた管制室。

外の様子はわからないが、あそこと同じく火災が回っていたのだとしたら、

場合によっては救援もカルデアへの帰還も絶望的かもしれない。

所長は管制室にいたから無事では済まないだろう。

ひょっとしたらマシュは自分と同じようにここにレイシフトしているかもしれない。

他にあの場にいなかったのは医療部門のロマ二・アーキマンと数名のスタッフ。

それと―――。

 

(あの補欠の候補生か)

 

少ししか顔を合わせていないのに、何故だか鮮明に思い出すことができる。

カルデアに最後にやってきた48人目のマスター候補。

彼の顔を思い出した途端、不可解な苛立ちに頭がかき乱された。

マスターがもう1人いるかもしれないという事が、カドックの焦りを掻き立てる。

自分に何かあった時、失敗した時はあの補欠の少年に出番が回ってくる。

自分ではない誰かが、自分でもできたかもしれない事を成し遂げる。

そんな些細な焦燥が、篝火のように胸の内で燻っていた。

 

「キャスター。とにかくこの特異点の調査を続けよう。カルデアスの異常が

この時代にあるのだとすれば、その原因がわかれば、何かできることが

あるかもしれない」

 

「それはつまり、私達だけでこの異変の解決を――――――人類滅亡を阻止するということなの?」

 

何気ない調子で投げかけられたキャスターからの問いは、何故だかとても空虚な響きが感じ取れた。

 

「キャスター?」

 

「ごめんなさい。ただ、どうせ滅んでしまうのなら、いっそ受け入れてしまった方が楽なのかもしれないわ。

知ってしまった事実は変えられないけれど、終末のラッパに怯えながら死ぬよりも、

その時までをそっと静かに生きられるかもしれないから」

 

青い瞳に陰りが差す。

いったい、何が彼女をそこまで追い詰めたのか、諦観を告げる少女の顔からは表情すらも消えていた。

恐怖と悲哀と諦観と嫌悪。

負の感情がない交ぜになった形容し難き少女の思いがカドックの胸を締め付ける。

彼女が踏み込ませまいとしていた一線に、ほんの僅かだが触れた気がした。

きっと彼女は後悔している

自分と同じように、こんなはずではなかったのだと。

生前に何があったのかはわからないし、自分が勝手に思い込んでいるだけなのかもしれないが、

何故だか確信めいたものをカドックは感じていた。

だから、つい反射的に答えてしまった。

 

「キャスター、僕は世界を救う」

 

自分で言っておきながら、内心では不可能だと自虐する。

カドック・ゼムルプスは凡人だ。

魔術の継承はたかが200年、取り立てて優れた才能もなく、

選抜されていたAチームの他のメンバーはみんな、

それ以上の歴史や実力を持つ魔術師ばかりだった。

努力はしてきた。

欠点を見つめ直し、少しでも長所を伸ばした。

倍の修練と工夫と応用。緻密な計画と儀式の準備。

そこまでやってやっと天才の足下に辿り着く。

彼らはいつだって涼しい顔をして自分の上をいき、こちらができない事をやってのける。

それが悔しくて、追いかけるのを止めてしまったのはいつだったか。

こんなはずじゃなかった、もっとうまくできたはずだと言い訳をするようになったのはいつからだったか。

そうして燻っていた自分をもう一度奮い立たせてくれたのは、オルガマリーの父、マリスビリー・アニムスフィアだった。

自分には他の魔術師よりも高いレイシフトの適性がある。

欲してやまなかった才能。

努力や血統では追いつけなかった。

だから、自分はもうそれに縋るしかなかった。

カルデアに来てからも、凡人なのは変わらない。

同じマスター候補の中には自分よりも優秀な魔術師はゴロゴロいた。

血統だけなら補欠のBチームにも大勢いた。

自分に残されたのは才能だけ。

自分は選ばれたのだという事実だけ。

だから、例え無理でも不可能でも、そこだけは譲る事ができなかった。

それを諦めてしまえば、もう言い訳すらできなくなるから。

 

「君に証明する、僕でも世界を救えると。だから―――」

 

「ええ、そうね」

 

差し出されたキャスターの手を無意識に握り返す。

冷気を纏った彼女の手からは、不思議と冷たさを感じない。

朧気ながらもしっかりとして熱がそこにはあった。

 

「あなたがそう言うのなら、私は先ほどの言葉を取り消しましょう。

改めて契約を。あなたが諦めない事を証明する限り、私とヴィィは力を貸しましょう」

 

ほんの少しだけ、ここが戦場である事を忘れて少女の顔を見入ってしまう。

遠くで爆発にも似た魔力の迸りを感じなければ、そのまま呆けていたかもしれない。

 

「マスター、サーヴァントの気配よ」

 

「ああ、誰かが戦っている。行くぞ、キャスター」

 

緩んでいた緊張を再び張り詰めさせ、2人は炎の街を走る。

キャスター以外のサーヴァント。

それが敵なのか味方なのかはわからない。

もしも敵対する事になったのなら、自分とキャスターは敵うのだろうか。

一抹の不安がカドックの脳裏を過ぎるが、それもすぐに思考の端へと追いやられていった。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。