Fate/Grand Order IF 星詠みの皇女   作:ていえむ

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封鎖終局四海オケアノス 第2節

「帆を張れ! 進路を東に向けろぉ! さあ、キリキリ働くでござるよ!!」

 

黒髭の号令が轟き、船上が俄かに騒がしくなる。

風を捉えて動く時代遅れの帆船。それを動かすために数百人の男達が総出になってロープを引き、帆に風を捉え、波で暴れる舵を取る。

吹き付ける潮風も突然のスコールも物ともせず、全員が一丸となって船というひとつの生物をコントロールする。

それが海賊。それが船乗りという職業だ。

黒髭ことエドワード・ティーチが率いるアン女王の復讐号(クイーン・アンズ・リベンジ)もそれは例外ではない。

大海原という他に縋るものがない孤独な世界であるからこそ、彼らは力を合わせて厳しい航海に臨むのだ。

 

「ほらぁ、カドック氏。みんなから遅れているでござるよぉ。ぐふふふふふふ」

 

そんな中、カドックは水夫見習いとして黒髭海賊団に扱き使われていた。

 

「っ―――今に見ていろ」

 

「うぅん? 何か聞こえたようなぁ気がぁするでござるなぁ?」

 

耳聡く聞きつけたティーチは、こちらを小ばかにするように手の平を耳にあてる。

すかさず、周囲から弾けるような笑い声が巻き起こった。

 

「カドック、鉛玉が飛んでくる前に手を動かした方が良いぞ」

 

「甲板にいてもお邪魔だぜ坊主。ロープ相手にマスかく暇があったら船倉の掃除でもしてな」

 

「終わったら芋の皮むきするんだぞ。俺のノルマの分もなぁ」

 

言いたい放題の船員達を尻目に、カドックは黙々と作業に没頭することで怒りを忘れようとする。

あんな風にからかわれるのは慣れている。寧ろ、旧知の魔術師達と違って陰険さがない分、清々しく感じられる。

それに、そもそもの発端はカルデアのレイシフトの不安定さが原因だ。

ロマニには悪いが、そんな風に思わなければやっていけない。

 

(エドワード・ティーチ・・・今に見ていろ)

 

胸の内で沸々と怒りを煮え滾らせながら、カドックは結んでいたロープを力いっぱい引き絞り、次の作業へと移る。

そうしながらも考えるのは、自分が置かれている現在の状況についてだ。

運悪く黒髭海賊団の船上にレイシフトしてしまった自分達は、船長であるエドワード・ティーチとの交渉によって、一触即発からの助命を何とか許してもらうことができた。

相手の出方がわからなかったので、カルデアのことなどは伏せざるをえなかったが、ティーチはこちらのことを使えると判断したのか、カドックは見習いとして船内の雑用を言いつけられ、アナスタシアは船室に軟禁されることとなった。

そう、自分は今、あの大海賊黒髭の船に乗っているのだ。

恐らくは世界で最も有名な海賊。後世における海賊のイメージを決定づけた男だ。

生前はカリブ海を支配下に置き、酒と女と暴力に溺れ、大航海時代によって築かれた植民地貿易を行き来する商船を襲う事で莫大な財宝を手に入れたとされている。

実際の黒髭は創作などで語られているイメージとは別の意味で危険な男であったが。

 

「カドック、シーツの洗濯お願いね」

 

「うぐっ―――多っ・・それに―――」

 

臭い、と言いかけて言葉を飲み込む。

新入りがそんなことを口にすれば、目の前の少女は何をしでかすかわからない。

彼女ともう1人は、それだけ危険な存在だ。

いや、危険なのは彼女達だけではない。

ティーチが率いるこのアン女王の復讐号(クイーン・アンズ・リベンジ)には、一般の乗組員以外にサーヴァントが何人か乗り込んでいる。

初日に自分達を威嚇してきた2人組。女海賊として名高いアン・ボニーとメアリ・リード。

今は別行動を取っている、ノルウェーのバイキングである血斧王エイリーク。

そして、謎の用心棒がひとり。

最後のひとりだけは、普段は姿を見せないので正体はわかっていない。

 

「カドックが来てくれて助かったよ。今までは自分達で洗ってたからね」

 

「他にも船員はいるだろう・・・・・・」

 

「え? 嫌だよ、あんな汗臭そうな奴らが触ったシーツで寝るの」

 

打てば響くように返ってきたメアリーの言葉に、カドックは言葉を失った。

 

「・・・・・・僕は良いのかよ」

 

それはつまり、男として見られていないということだろうか。

いや、そもそも男所帯の海賊稼業で女っ気を出されても困るのだが。

 

「譲歩してる。それに、君ならきちんと水も節約できそうだしね。次の上陸まで、最低でも5日は見ているんだから」

 

他の乗組員はティーチが魔力で生み出した、いわば亡霊のようなものなので、その辺は無頓着なのだそうだ。

サーヴァントは飲み食いの必要がないのだが、彼女達は生前の船乗りとしての習慣と、娯楽としての飲食を楽しむため、その辺には気を使っているらしい。

 

「じゃ、よろしくね」

 

メアリーは手を振りながら去っていく。

再びひとりに戻ったカドックは、目の前のシーツの山との格闘を開始した。

それが終われば船倉の整理、芋の皮むき、大砲の整備とやるべきことは多い。

時々、先輩格の乗組員がからかってきたり、雑用を押し付けてくるので仕事は一方的に増えるばかりだ。

 

「手伝いましょうか?」

 

耳元で涼やかな囁きが聞こえる。

振り返ると誰もおらず、カドックは胸を撫で下ろして声のした方を見やる。

姿は見えないが、そこには霊体化したアナスタシアがいるはずだ。

 

「抜け出して大丈夫なのか?」

 

「本気で閉じ込めるつもりなら、部屋の中に見張りを置くべきだと思うの」

 

「あいつらにはその気がないってことか」

 

舐められているようにも思えるが、実際、見張る必要がないのは確かだ。

この船の乗組員はティーチの傀儡なので懐柔は不可能。

仮に謀反を起こしたとしても、船を乗っ取ることはできない以上、こちらが取れる手段は服従か闇に紛れての脱出しかない。

使えるならばそれでよし、逃げるならばそれもよし。害となるなら殺せば良いという実に素敵な考え方だ。

 

「アナスタシア、海を凍らせることはできるか?」

 

「あなたが干乾びてもよければ、可能よ」

 

自前の魔力だけでは、せいぜい氷塊を浮かべる程度が限界らしい。

船の強度次第では、座礁させることも難しいだろう。

海を凍らせて陸地まで歩くという方法も使えない。そもそも、正確な海図がなければ立香達との合流も間々ならないだろう。

 

(もうしばらくは、ここにいなくちゃダメってことか)

 

実際のところ、それは好都合でもある。

隙を見て行ったカルデアとの通信によると、この船の中から聖杯と思われる魔力反応が検知されているらしい。

巧妙にジャミングされていたが、こちらが船の内部に潜り込めたことで発見できたとのことだ。

つまり、この時代の特異点はこの船の持ち主であるエドワード・ティーチである可能性が高い。

何とか探りを入れて、あわよくば聖杯を奪い取れればこの状況も逆転するだろう。

 

(今回ばかりは出番はないぞ、藤丸立香)

 

降って湧いたピンチとチャンスにカドックは柄にもなくほくそ笑んでいた。

別に彼を出し抜こうなどと思っているつもりはない。

ただ、少しだけ自分とあいつとの境遇の差に納得ができないだけだ。

何でも向こうは生前のフランシス・ドレイクを仲間に引き入れ、この海を航海しているとのことだ。

人類初の生きたままの世界一周を成し遂げた、正に偉人中の偉人。

海賊にして英雄。

太陽の王国を撃ち落とした悪魔。

文明のスケールを広げた星の開拓者。

しかも、この時代に現存していた本物の聖杯を見つけ出し、所有しているらしい。

この時代がこんな海と島しか存在しない不安定な時空になっていても、辛うじて人理定礎を保てているのはドレイクが所有している本物の聖杯のおかげなのだというこうとだ。

自分はこんな薄汚い船倉で埃塗れなのに、あっちは文字通り、世界を救った英雄と一緒に冒険しているなんて、ずるいじゃないか。

例え、史実として伝わっていた性別と実際の性別が違っていたとしても、事あるごとに呑んだくれる享楽主義者であったとしてもだ。

 

「カドック、ヴィイの眼を使うまでもないくらい、煩悩が駄々漏れよ」

 

「良いんだ、これは僕の決意表明と受け取ってくれ」

 

呆れるアナスタシアを尻目の、カドックは気合を入れ直して作業を再開しようとする。

すると、不意に頭上が騒がしくなり、甲板の上を駆け回る足音が大きくなる。

船体も大きく傾きだしているようだ。

そう思った直後、何かにぶつかったかのような横揺れが襲いかかってくる。

 

「ここにいたか、カドック! ご同輩とご対面だ。すぐに準備しろ!」

 

水夫のまとめ役を担わされている団員が、こちらを見るなり首根っこを掴んで引っ張り上げる。

咄嗟に首とシャツの間に指を突っ込んで窒息を免れたカドックは、甲板へと続く階段をグイグイと昇る団員に対して非難の言葉を漏らす。

 

「ちょっ、痛い・・・放せ・・・何なんだ、準備って!?」

 

「戦闘準備に決まってるだろ!」

 

勢いよく扉が開かれると、カドックの目に飛び込んできたのは映画でしか見た事がないような光景だった。

船と船のマストがロープで絡み合い、甲板に渡された板を伝って幾人もの海賊が互いの船を往復する。

頭上ではターザンのようにロープで空中飛行を演じる者がおり、暴発した大砲が明後日の方角へと飛んでいく。

見渡す限りの大海原を背景に繰り広げられるのは、中世・近世で幾度も行われた海の男達の戦いだ。

古代ローマで見た合戦とはまた違う、泥臭くも力強い男達の戦いをその目で見て、まるで鈍器で頭を殴られたかのような衝撃を覚えた。

 

「もう始まってやがる。カドック、お前は弾運びだ。あるだけ持ってこい!」

 

そう言って、団員は自身の得物を抜いて敵船へと切り込んでいく。

一拍遅れて、カドックはもういない団員に返事をするが、その場から動くことはできなかった。

戦場に恐れをなした訳ではない。この程度の修羅場は何度も潜り抜けてきた。

心を奪われたのは1人の男の背中を見たからだ。

怒号と銃声が飛び交う船上で、誰よりも先頭に立ち、敵の喉元に牙を突き立てる益荒男を見たからだ。

この興奮には覚えがある。

冬木のクー・フーリン、フランスのジークフリート、そしてローマのスパルタクス。

特異点を巡る旅に中で、特に鮮烈に刻み込まれた男達の記憶が思い返される。

 

「彼が―――」

 

彼こそが海賊。

敵陣のど真ん中、団員の誰よりも最前線で拳を振るい、敵を殴り飛ばしているのは、この黒髭海賊団の船長エドワード・ティーチだ。

彼は群がる海賊を殴り飛ばし、武器を奪い、時にはロープを掴んで滑空し、マストに船内にと縦横無尽に駆け回って敵を屠る。

その手には船内から奪い取ったと思われる金銀財宝。ズボンには高価そうな燭台が挟み込まれており、首からはネックレスが何重もぶら下げられている。

俗っぽくて欲深くて、だけれども生きる事に忠実。

芯の通ったその生き様、戦場で激しく輝く様は、古代の英雄達と比べても決して見劣りしない。

先ほどまで、自分をいびり倒していた男と同じ人間とは到底、思う事ができなかった。

 

「カドック、余所見するんじゃねぇ!」

 

ティーチの怒号と共に向けられた銃口に、カドックは思わず息を呑む。

殺されると身を固くした瞬間、火を噴いた黒髭の銃は、カドックに切りかかろうとしていた敵船の海賊を撃ち抜いていた。

屈強な男が倒れていく様がスローモーションのように見える中、カドックは自分が生きていることに胸を撫で下ろした。

 

「ティ――船長・・・」

 

「チッ――ああ、カドック氏、そこ危ないでござるよ。早く隠れた隠れた!」

 

自分よりも大きな男の首を締め上げながら、ティーチは普段のふざけた調子に戻って声を張り上げる。

先ほどの殺意に溢れた凶悪な目つきとのギャップに、カドックは目を丸くするしかなかった。

 

「そうだねぇ。ま、初回特典ってことで、今回はオジサンが付き合ってあげようか」

 

飄々とした声と共に現れた緑衣の男が、手にした槍を一閃させて数人の海賊を薙ぎ払う。

初めて見る顔だった。

他の団員達とは明らかに意匠が異なる装いから察するに、用心棒と呼ばれている最後のサーヴァントだろうか。

彼はカドックの前に立つと、向かってくる敵を次々と切り払っては海に投げ捨てていく。

やがて、大砲の音が止んだかと思うと、傾いていた船が水平に戻っていく。マストに絡まっていたロープが切られたのだ。

戦いは、黒髭海賊団の一方的な勝利であった。

 

 

 

 

 

 

その日の晩は、船を上げての大騒ぎであった。

昼間の海戦で得た収穫を曰く宴だ。

燭台はあるだけ火が灯され、陽気だがどこかズレたリズムの歌が船内に流れる中、あちこちで乾杯の音頭が上がる。

誰もが上機嫌に酒を呷り、馬鹿笑いや何かが壊れる音が響き渡った。

そんな中、カドックは1人―――正確には霊体化したアナスタシアと2人―――で人気のない甲板の端っこに腰かけていた。

 

「―――つまり、ティーチの狙いはドレイク船長の可能性が高いってことか」

 

『そうだね。黒髭の乗組員である血斧王エイリークが藤丸くん達に襲い掛かってきたことや、幾つかの情報をもとに考えると、ドレイク船長の聖杯を狙っているんじゃないかな?』

 

他の者に悟られぬようできる限りの小声で、ロマニは言う。

彼の話によると、別行動をしていたエイリークが立香達に襲いかかったらしい。

また、ドレイクは立香達と合流する前にも怪しい船に襲われたことがあるらしいとのことだ。

ティーチが偽りの聖杯の持ち主であると仮定するならば、人理定礎の破壊の邪魔になるドレイクの聖杯を狙っていると予想できる。

 

「この先もドレイクの黄金の鹿号(ゴールデンハインド)を狙うとなると、合流の機会は何とかなりそうだな」

 

『こちらの狙いに気づかれると警戒されるだろうから、通信は控えなきゃいけないのが不安だね。カドックくん、無茶だけはしないでくれよ』

 

「勝てない賭け事をするつもりはないさ」

 

そう言って、カルデアとの通信を切り上げる。

そうして、しばしの間、船の揺れに体を預けながら、カドックは物思いに耽った。

 

「何か思い詰めている顔をしているわ」

 

「そう見えるかい?」

 

「まさか、黒髭に同調しているの? あんな人間の屑に?」

 

言い過ぎだ、と擁護することはできなかった。

彼は事あるごとにこちらをからかうし、女性には色目を使うし、口汚いし笑い方は下品だし、少し前なんてアナスタシアにちょっかいを出そうともした。

ハッキリ言って弁解の余地がないダメ人間だ。

それに偽りの聖杯の力でこの時代を狂わせている元凶かもしれないのだ。

昼間の戦いぶりは確かに目を見張るものがあったが、それはそれ。

必要ならば尊敬する人間も切り捨てるのが魔術師というものだ。

 

(そうだな、昔は確かにそうだったんだが―――)

 

今も同じだとは言い切れない。

この長い旅を通じて、何かが少しずつ変わっていっている。

誰かに同情したり、敵に負い目を感じるなんてことも今まではなかったはずだ。

正直に告白しよう。

エドワード・ティーチは格好いい。

どうしようもなく変態な屑野郎だけれど、一瞬だけ垣間見たあのぎらついた双眸は、間違いなく大海賊の風格に満ちていた。

自分は今、そんな男と敵対しようとしているのだ。

だから、迷いが生まれてしまった。

いつものように、できっこないと諦めてしまおうとしている。

 

「アナスタシア」

 

「何かしら?」

 

「カルデアに戻ったら、また紅茶を淹れてもらえないか?」

 

「あら? どうしたの、急に?」

 

「ただのゲン担ぎさ」

 

「そう。なら、良いでしょう。存分に腕を振るいなさいな、マスター」

 

「ああ」

 

アナスタシアの発破を受け、カドックは改めて気合を入れ直す。

時刻は間もなく夜更け。

酒も回り、最も警戒が薄くなる頃合いだ。

決行するなら今夜しかない。

心は決まった。

今夜、黒髭と決闘する。




ネット環境がないせいか、ちょっとマジモードのスイッチが入りやすい黒髭氏でした。
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