Fate/Grand Order IF 星詠みの皇女   作:ていえむ

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封鎖終局四海オケアノス 第3節

古今東西、船乗り達は娯楽に飢えている。

長い航海を船という閉鎖的な環境の中で過ごし、異性との交流も断たれる。

生き残るために水と食料は切り詰められ、時には悪天候に翻弄される。

酒に酔えても手慰みになるものがここにはない。

船員の間で、気軽に楽しめる賭け事が流行るのはある意味、当然の帰結であった。

サイコロを振る、カードを揃える、ただの殴り合いや島探しと彼らは何にでも娯楽を見出そうとする。

海賊の中には賭博を禁じているところもあったようだが、ここ黒髭海賊団ではそのようなことはなく、船員達の間ではカード賭博が流行していた。

彼らは毎夜、酒に酔うとなけなしの財産を奪い合う。

明日をも知れぬ海賊稼業。

例え亡霊の身の上だとしても、或いは亡霊故に生前の習慣がそうさせるのか、一時の享楽に溺れるのである。

そんな彼らにとって、新人というものは絶好の獲物であった。

浮足立ち、落ち着かない若者を甚振り、搾れるだけ搾り取って嘲笑う。

それもまた彼らの娯楽であった。

だが、今夜ばかりはそうならなかった。

 

「エースと7だ」

 

「畜生! 8と3。ツイテねぇ!」

 

「絵札が2枚よか恰好つくだろ、ハハハ」

 

ふらりと船室に顔を出したカドックは、案の定先輩格の船員に呼び止められ、カードゲームに誘われた。

代わり映えしないメンバーに飽きていたのと、新人が早く船に馴染むためと彼らは言ってきた。

もちろん、それは建前だ。

彼らはこちらの身包みを剥ぐまでゲームを降りさせるつもりはないのだろう。

その証拠に、強引に座らされた机の周りを屈強な団員達が取り囲み、逃げ道を塞いでいる。

行われているのは、数字の合計が大きい方が勝利というシンプルなゲームだ。

小難しいルールもなく、学がなくても楽しむことができるので、彼らは好んでこのゲームを行うらしい。

 

「9と7・・・・・・6か」

 

「また負けか。6に負けるなんて、今日はツキがないな」

 

「カドックよ、まさかイカサマなんてしてないよな?」

 

「まさか。切るのも配るのもそっちがしているだろ」

 

銅貨とチップ代わりの煙草をまとめて自分の側に搔き集めながら、カドックは淡々と答える。

ゲームが始まって数十分。カドックは勝負を持ちかけてくる団員達を次々と返り討ちにしていった。

もちろん、連戦連勝という訳ではない。だが、負けた後も数ゲーム以内に挽回し、気が付くと独り勝ちをしている状態であった。

周囲には早々に諦めて損失を最低限に抑えた者、自棄になって全財産どころか宝の分け前まで賭けて破産した者、話を聞きつけて興味深げにゲームを覗く者と、

実に多くの人間が集まってきている。

視界の端にはアンとメアリーが酒を傾ける姿が目に入り、この船に乗っているほとんどの人間が集まってきているようだ。

だが、まだ目的の人物は現れない。

少しずつ朦朧とし始めた思考に喝を入れ直し、カドックは尚もゲームを続行した。

ディーラー役の団員が使い切ったカードを集め、改めて切り直して机に配られる。

その後も何度か負けが続くが、やはり途中から逆転を始めて最後には賭け金の山が築かれていった。

さすがに、そこまでくるといい加減、相手をする側にも諦めの空気が漂い始めてくる。

このまま続けても埒が明かないのではないかという諦観を感じ取り、カドックはわざと負けるべきだろうかとしばし、思案した。

すると、どこからか調子の外れた鼻歌と共に、1人の大男がこちらのテーブルを覗き込んできた。

 

「おやぁ、なかなかお強いですな、カドック氏」

 

エドワード・ティーチ。

酔っているのか、頬が赤く呼気も酒臭い。

陽気そうな笑みはいつもの何倍も下品で気持ちが悪かった。

 

「ああ、船長。お陰様で稼がせてもらっているよ」

 

「おお、天狗ですなぁ、カドック氏。今に足下をすくわれますぞ」

 

「あんたみたいな男にか?」

 

何十回目かの勝利を終え、カドックは大きく伸びをする。

内心では緊張で震えが走るが、あくまで余裕があるように振舞いながら船長を見上げる。

先ほどの言葉を挑発と受け取ってもらえたのか、ティーチは下卑た笑みを浮かべながらこちらとは反対側の席についた。

 

「拙者、投げられた手袋は石を詰めて投げ返す流儀ですぞ」

 

「最低だな、あんた」

 

「ぐふふふふ、減らず口もそこまでですぞ」

 

新たにカードが配られると、ティーチは懐から幾枚かの金貨を放り投げた。

ここまでの稼ぎとほぼ等しい額だ。つまり、最初から全力で来いという無言のプレッシャーである。

 

「船長、配りますぜ」

 

「いつでもいいでござるよ」

 

配れたカードを一瞥し、ティーチは口角を吊り上げて数字を開示する。

照明に晒された数字は4。

その数字がギャラリーに行き渡るのを十分に待ってから、ティーチはカードの追加を希望した。

カドックもカードを1枚加え、互いに3枚の札が手元に揃う。

 

「こういうの好きでござるか?」

 

「・・・どうだろうな」

 

「少し息を呑みましたぞ。ぐふふ、実は初めてでござろう。ビギナーズラックだけで勝てるほど、海賊は甘くないでござるぞ」

 

ディーラー役の団員の合図で、互いのカードを開示する。

カドックは3、2、K。絵札は0として数える為、合計は5となる。

対するティーチは2枚までを開示した後、最後の1枚に指を這わすと、まるでカサブタでも剥がすかのようにゆっくりとした動きでカードの端を捲っていく。

 

「デュフフフフ、来い、来い来い――――キターッ!」

 

全員の注目が集まる中、捲られたカードの数字が露となる。

先に開示された数字は4と6。そして、最後に捲られたカードはJ。

つまり、数字の合計は0。

すかさず、周囲のギャラリーから盛大な野次が飛んできた。

 

「大負けもいいところじゃないですか!」

 

「船長、もったいぶっときながらそれはないですよ!」

 

「デュフフフ、メンゴメンゴ。では、仕切り直して――」

 

ポケットから新たな金貨が取り出される。

ティーチはだらしのない笑顔を浮かべながら頭を掻き、景気付けにと酒を呷り直してゲームの続行を告げた。

彼は終始、上機嫌な調子でカードを捌きながら、くだらない世間話を投げかけてくる。

こちらの出自、船上での生活の感想、家族構成、好きな食べ物、週末の過ごし方、アナスタシアとの関係はどこまで進んでいるのか。

最後の質問には面食らったが、何とか当たり障りのない範囲で答えながら、カドックは必死で頭を働かせ続けた。

このゲームはあくまで運勝負だ。ターン毎に最初に賭けられるプレイヤーが交代するくらいで、机上での有利不利というものは存在しない。

だというのに、ティーチの纏う独特のオーラがシーツを汚す汚濁のように、少しずつ場を侵食していっている。

彼は負けている。

負け続けているにも関わらず、眼光は少しずつ研ぎ澄まされていき、追い込まれているのはこちら側であると錯覚してしまう。

まるで獲物を睨みつける蛇だ。

直視すれば呑まれてしまう。

目を逸らし、当初の戦略に終始しなければ、負けるのはこちらだ。

そんな中、不意に誰かが口走った。

 

「こりゃ、明日から新入りがボスになるか。ギャハハハ―――」

 

破裂音が船内に木霊し、その男は二度と口を開かなくかった。

重い何かが倒れる音に、幾人かが迷惑そうに眉をしかめるのが見えた。

誰かが片づけのためにモップとバケツを取りに走る。

それを尻目に、ティーチは硝煙が漂うピストルの銃口に息を吹きかけ、口角を裂けるほど吊り上げながらゲームの続行を告げる。

 

「船長、あんた―――」

 

「うん? まあ、たまにはこういうことしないと、拙者がどんな男かわからなくなるでござるよ?」

 

開示されたカードはカドックが8、ティーチが2と6で引き分けとなる。

引き分けに持ち込めたことにティーチは子どもみたいにはしゃぎながら、周囲の部下にゲームの結果をアピールする。

そこから立て続けにティーチの勝利が続くが、すぐにカドックも勢いを取り戻して損失を取り戻す。

次々と切られていくカード、捨て山の行方を必死に目で追いながら、カドックは言い表しようのない焦燥感と戦い続けた。

先ほどの引き分けは偶然であろうか。

確かにそうなる確率は存在した。

だが、目の前の男にそれを操れる力があるとしたら?

天運の采配に任せるだけのはずが、いつしかカドックは責め立てられるロバの如く焦りを見せ始めていた。

 

「何を必死になっているでござるか、カドック氏?」

 

「―――っ!?」

 

ティーチの言葉で我に返り、カドックは大きく深呼吸して体の緊張を弛緩する

場は完全にカドックが優勢。

ティーチは金貨どころかピストルやコートまで賭け金として巻き上げられ、残っているのはズボンだけの有り様だ。

誰が見てもカドックの独り勝ちであったが、団員達は何が黒髭の琴線に触れるかわからないため、安易の止めに入る事もできない。

故に、この先の提案はカドックから切り出さねばならなかった。

だが、その一言の何と重いことか。

下手をすれば、その時点で撃ち殺されかねない雰囲気を目の前の男は纏っている。

道化にして狂人。エドワード・ティーチという男の底が見えず、カドックは次の一言を発するために精一杯の勇気を振り絞らなければならなかった。

 

「次の一戦で、終わりにしないか?」

 

一瞬、静寂が室内を支配する。

誰もが黒髭の一挙一動を見守っていた。

アンとメアリーまでもが、自分達の船長の動きに注視している。

 

「うぅん、いいですぞぉ。けど、このまま負けっ放しなのも嫌でござるなぁ。ここは一つ、お互いに全賭けということで」

 

脱力するような情けない声で、余りにも図々しいことを言ってのける。

腰砕けにでもあったのか、後ろの方で何人かが転んだような気もした。

普通ならば、受ける道理もない提案。しかし、それはカドックにとって願ってもない言葉であった。

当初の予定に最も好ましい展開だからだ。彼が言い出さなければ、こちらから提案していただろう。

 

「わかった。けれど、それだとこちらが割に合わない。もう一つ、賭けてもらえないか?」

 

「でゅふふふ? この期に及んで幼気な拙者から何を毟り取ろうというのですかな、カドック氏?」

 

「いや、歓迎ついでに一杯、奢って欲しいんだ。あんたが持っている一番、高価な杯でね」

 

奥の席から飛びかかろうとしたメアリーをアンが制する。

静かに首を振り、渋々と言った様子で席に戻るのが見えた。

彼女達は気づいたのだ、この言葉に込められた意味に。

無論、目の前にいるこの男も気づいているだろう。彼もそこまでの馬鹿ではないはずだ。

 

「カドック氏は必死でござるな」

 

こちらへの回答は告げず、普段と同じ調子のまま、ティーチは口を開く。

 

「それにしても、魔術師ってみんなカードが強いでござるか?」

 

「さあ、どうだろうな?」

 

「まあ、カドック氏がすごいだけなのかもしれないですな。何しろ、負けていない。チマチマやって、勝てる時にドンと勝つ、羨ましいでござるなぁ。でゅふふふふふ―――まるで、勝ちやすい時がわかっているみたいでござる」

 

ほんのわずかに、息を呑んでしまう。

こちらが使っていたイカサマを見抜かれてしまった。

捨てられたカードを見てデッキに残されたカードの種類を把握し、次にどんなカードが来やすいのか確率を弾き出す技術。

カウンティングを使っていたことを知られている。

 

(付け焼刃じゃ、ここまでか)

 

ゲームに使われるデッキはひとつ、使用されたカードは捨て札として除外されていく。

カドックはこのルールに着目し、カウンティングを用いる事で負けを最小限に抑え、勝ちやすいタイミングで大穴を狙う戦術を行っていた。

適度に負けが挟まっていたのは、デッキに捨て札が戻され、確率が読めなくなった時があるからだ。

 

「そんなにアレが欲しいでござるか?」

 

「そりゃ、魔術師だからな」

 

「根源の到達だか何だかでござろう? 拙者もサーヴァントの端くれ、その辺の知識はある程度、知っているでござるよ。けど、意外でござるなぁ。カドック氏も根源を目指しているなんて」

 

「意外? 僕が?」

 

「だって、チートとか大嫌いござろう? 拙者にはわかるでござるよ」

 

「っ―――!」

 

配られたカードに伸ばした手が止まった。

その一言は、まるで鋭利なナイフか何かのようで、カドックの心に深く深く突き刺さっていく。

 

「2週目限定装備とか、通信でもらった強キャラとか、そういうの抵抗感あるタイプと見たでござる。あれでしょ、レベルをきっちり上げ切ってからボスに挑む人。地図を埋めなきゃ気が済まなかったり、緻密にパターン構築してから進める感じ。ひょっとしたらRTAや縛りプレイな人かもな気もするけど、どっちにしろそんな人が根源を目指していて、しかもアレに頼ろうとしているなんて、意外だなって」

 

言っている言葉の意味は半分もわからなかったが、彼が言わんとしていることはわかった。

カドック・ゼムルプスは聖杯を欲していない。否、聖杯にかけるべき願いを持っていない。

もちろん、カルデアのグランドオーダーは願望器を奪い合う聖杯戦争ではない。

ティーチの言葉はあくまで通常の聖杯戦争に即したものである。

だが、意識してしまうと思考はそちらに流れてしまう。

才能や血統に秀でたエリートを見返したい。

凡人である自分にも何かを成し得ると証明したい。

突き詰めてしまうと、カドック・ゼムルプスが魔術を志す理由はこの2つである。

そして、それはたまたま生家が魔術の家系であったから生まれたものでしかない。

 

『僕の見立てでは君はまだ自分で選べる側だと思うんだけどね』

 

神に愛された音楽家の言葉が脳内に木霊する。

ずっと自分は、彼と同じ才能の奴隷であると思っていた。

魔術師の家に生まれたのだから、魔術師であるしかないと。

けれど、そうではないのだ。

まだ自分は選んですらいない。

目的もなく、ただ脊髄反射で強者に反抗していただけだ。

偉業を成してエリートを見返したい。それが成し得たのなら、その後はどうなる?

何を糧に生きればいい?

その先がなければ、奴隷であることすらできないのに。

 

「ああ、そうそう」

 

わざとらしく咳払いを挟み、ティーチは告げる。

 

「さっきの提案、呑むでござるよ。稼いだ金もプレゼント・フォー・ユーでござる。その代わり、負けたらその服の下のタトゥー、削り取らせてもらうでござるよ」

 

「っ―――!?」

 

思わず自身に移植された魔術刻印に手を添える。

魔術刻印は代々、魔術師の家系が歴史とともに受け継いできた一子相伝の固定化された神秘である。

研鑽によって培われた知識や式を刻印という形で子孫に移植することで、その一族の血統の全てを遺す家宝であり、魔導書であり、呪いのようなものだ。

これを受け継いだ者は当主として次なる世代に向けて研鑽を続け、より大きな力として次の当主に託す。

そうすることで魔術師の家系は繁栄していくのである。

恐ろしいことにティーチはそれを削れと言ってきた。

魔術師として規格外のイカサマに手を伸ばすのならば、培ってきた技術を捨てろと彼は言うのだ。

 

「そのカードを捲ったら、合意とみなすでござるよ。さあ、カドック氏。さあ、答えるでござる。さあ、魂を賭けると。拙者にグッドと言わせるでござる」

 

「・・・・・・・・・」

 

指先が震える。

絵札はほとんどが出尽くしているし、デッキの残り枚数から考えるに、最初の2枚の合計が少なければ追加のカードを引いても10を超えることはないだろう。

だが、この時点ではそれはティーチも同じ。

カードを捲らなければこちらが有利かどうかはわからないが、そうなると降りることができなくなる。

圧倒的に勝ち越しているが故に、場の空気が降りる事を許さない。

乗せたつもりが、乗せられたのはこちらだった。

 

「僕は・・・・・・」

 

降りるなら今しかない。

ティーチは聖杯を所持していることを認めた。それだけでも十分な成果だ。

目的は半ば、達成されている。そもそも、こんな遊戯に勝ったところでこの反英霊が潔く聖杯を手放す訳がない。

今しか降りるチャンスはない。

今日までの人生を棒にする程の価値が、この勝負にある訳がない。

 

(ああ、そういうことか―――)

 

この期に及んで、そんな風に考えてしまうから、自分は凡人なのだ。

ここで降りたら、きっと部屋に戻って後悔するはずだ。

こんなはずじゃなかった。

あそこで挑戦していれば、勝てたはずだと。

 

(僕は、そんな言い訳をするためにここにいるんじゃない)

 

カードを捲る。

ティーチは3と5で8、対してこちらのカードはQ。もう1枚は伏せたままだ。

この状況では伏せた1枚が9でなければ勝利できない。

 

「・・・・・・」

 

呼吸を整え、ゆっくりとカードに指を這わせる。

最初にティーチもやった、しぼりと呼ばれるテクニックだ。

頭の中で最も望むカードを念じながらじわりじわりとカードを捲ることにより、そのカードを呼び込むのだが、要はギャラリーの注目を集めるためのただの焦らしである。

だが、誰もがそれをオカルトと笑う事はなかった。

カドックの真に迫る気迫が、本当に勝利のカードを呼び込むのではないのかと、そこにいた全ての者が期待を寄せていた。

カドック自身、ここで必ずあのカードを呼び込むと、その手に掴んだ僅かな希望を少しずつ捲りあげていく。

捲れた端に描かれているスートは4つ。

つまり、9か10のどちからだ。

ティーチですらも固唾を飲んで見守る中、カドックは意を決してカードを捲る指に力を込める。

瞬間、目の前に大きな何かが倒れ込んできた。

 

「えっ?」

 

「ぬぁに!?」

 

派手に机が引っくり返り、山と積まれていた賭け金が散乱する。

途端に、室内は玩具箱を引っくり返したかのような大混乱に陥った。

緊張が解けて倒れる者、勝負に水を差されて憤る者、散らばった金を搔き集めてネコババする者、それを咎める者、喧嘩をする者。

堪らずメアリーがカトラス片手に仲裁に入り、メアリーもマスケット銃を鳴らして威嚇するが、暴風のような混乱は収まることなく、

止めに入った2人をも巻き込んで更に大きくなっていく。

そんな中、渦中の2人は突然、倒れ込んできた緑衣の男を呆然と見下ろしていた。

 

「いやあ、面目ない。年取ると足腰が弱って・・・・・・」

 

わざとらしく腰を擦りながら、千鳥足で立ち上がった髭面の男に、カドックとティーチは声を揃えて言った。

 

「退場」

 

 

 

 

 

 

賭博の騒動がひと段落し、カドックの隣に腰かけた緑衣の男はため息交じりに呟いた。

 

「お前さんも肝が据わっているね。普通、あそこは退くところでしょ」

 

「助けてくれたことには感謝するよ、ヘクトール」

 

「へいへい」

 

ヘクトールと呼ばれた男は、愛用の槍を肩に回しながら立ち上がり、甲板に背中を預ける。

その様は先ほどまで千鳥足であったとは思えない、しっかりとした足取りだった。

いや、そもそも彼は最初から酔っていなかった。

あの勝負はティーチが負ければ船長としての沽券が傷つけられ、カドックが負ければ魔術師としての人生を終わらせられる。

どちらにとってもプラスがない不毛なものであった。故に、彼は乱入という形で勝負に水を差したのである。

 

「それにしても、この船にあなたが乗っているとは、兜輝くヘクトール」

 

ヘクトールはギリシャ神話に登場する人物であり、トロイア戦争においてトロイア防衛の総大将を務めた大英雄である。

老いた王に代わってトロイア軍をまとめ上げ、圧倒的な兵力差を覆してアカイア軍を敗走寸前に追い込んだ名将。

あの神に愛された大英雄アキレウスを相手にしても一歩も引かずに籠城戦を繰り広げ、もしも彼が生き残っていれば、アキレウスが参戦しなければ、トロイア軍は勝利していたであろうとも言われている。

そんな誇り高き大英雄が海賊などに身をやつしているのは、ひとえにティーチが聖杯を所持しているからだ。

生粋の海賊であるアンとメアリー、エイリークと違い、ヘクトールは海賊稼業に興味はない。

ティーチに雇われ、彼が聖杯を所持している以上は逆らうことができず、用心棒の身に甘んじているに過ぎない。

 

「まあ、オジサンも義理人情には逆らえませんからね。生前もそれで死んだようなもんだし」

 

「現状に不満はあるようだな」

 

「汗臭くて潮臭くて、ついでに戦ってばっかの生活はさすがに応えるよ。オジサン、女の子に囲まれてのんびり過ごしたいな、なんてね」

 

「十分だ。なら、僕達の目的は一致している」

 

カドックが呼びかけると、浮かび上がるようにアナスタシアが姿を現した。

 

「どうだった?」

 

「どこにもなかったわ。船倉からあいつの―――あの――アレの私室まで、全部視たけれど、それらしいものは見当たりません」

 

「なら、あいつが肌身離さず持っているのは確実か。無理をさせてごめん、アナスタシア」

 

「アレの部屋だけは覗きたくはなかった」

 

吐き気を堪えるアナスタシアの背中を擦りながら、カドックは労いの言葉をかける。

話の流れが読み取れないヘクトールは、不思議そうに問いかけてくる。

 

「あれあれ、何か企んじゃっている感じ?」

 

「黒髭は聖杯を持っているのか、それとも隠しているのか。隠しているなら見つけ出して奪い取る。その為に今夜、みんなをあの場所にくぎ付けにしたんだ」

 

エイリークはまだ戻っておらず、アンとメアリーは何だかんだでティーチを船長として立てているので、彼が何かをしでかす時は馬鹿な真似をしないよう見張りにくる。

そうなれば、霊体化できるアナスタシアを止められる者は誰もいない。

ヴィイの魔眼を使えば隠しているものも透視できるため、聖杯を人目のつかないところに隠しているのなら、あのタイミングは絶好のチャンスであったのだ。

だが、当然というべきかティーチは聖杯を肌身離さず持っていた。

そうなると、実力行使で奪わなければならない。そのためには戦力が必要だ。

 

「黒髭は恐らく、近いうちにフランシス・ドレイクを襲撃するだろう。そこには僕の仲間もいる。ヘクトール、あなたが力を貸してくれるなら、確実に黒髭を倒せるだろう」

 

「恐ろしい。気づかれてたら鮫の餌じゃすまないぜ。それに、そんな危なっかしい策でよく自分の人生を賭け金にできるね」

 

「カードのことか?」

 

どこからともなく取り出したトランプの1枚を、そっとヘクトールに差し出す。

描かれている数字は9。あの時、手元に来ていれば勝てていたカードだ。

カドックはそれを、何もない虚空から何枚も取り出して見せる。

 

「魔術、じゃないね」

 

「魔術回路を励起させれば体温があがるなんて初耳だが、アンはそれを見抜いてくる。これはただの手品だよ」

 

これに限らず、あの場所には様々なタネを事前に仕込んでいた。

破れかぶれで挑むのは自分の流儀じゃない。

勝てないのなら、二重三重に策を用意するまでのこと。

ティーチが言ったように、カドック・ゼムルプスは負けない勝負をする男なのだから。

 

「それに、失敗してもあいつが―――」

 

言いかけた言葉は直前で飲み込まれた。

例え自分が失敗しても、まだ藤丸立香がいる。

どうして自分は、こんなことを考えてしまっているのだろう。

直前まで自分とアナスタシアだけで成し遂げてみせると息巻いておきながら、いざという時はあいつの顔が思い浮かんでしまう。

藤丸立香という存在に期待してしまっている。

それだけは口にできない。

彼がまだ弱い内は、その言葉だけは口にする訳にはいかない。

 

「恐れ入ったよ、少年。じゃ、オジサンもそれに乗らせてもらおうかな」

 

「ああ、よろしく頼む、ヘクトール」

 

いつの間にか朝陽が昇り始めてきた。

カドックの長い夜が、明けようとしていた。

 




以上、賭博黙示録カドックでした(違

みなさんはナポレオン引けましたか?
こちらはダメでした(涙)
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