Fate/Grand Order IF 星詠みの皇女   作:ていえむ

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封鎖終局四海オケアノス 第4節

船体が激しく軋み、静かな海が怒号に揺れる。

乱れ飛ぶ矢と大砲、巻きつけられる縄、雄叫びと共にサーベルが舞い、男達は笑いながら死んでいく。

ここはどことは知れぬ終局の四海(オケアノス)。聖杯の力で歪められた歴史の墓場。

そこに迷い込んだ星の開拓者は、星詠み達(カルデア)と共に海原を逝く。

相対するは無法の極致。

泣く子も黙る黒髭海賊団。

度重なる小競り合いを経て、遂に両者は全面対決を迎えることとなった。

 

「んんんぅぅ! 破れかぶれの特攻とはドレイク(BBA)らしくない所業とは思ったでござるが、なかなかやりよるでござるな! さすがBBA、年季が違う!」

 

「褒めている前に何とかしてくださいよ、船長! こいつ、つよっ―――」

 

悲惨な声を上げる部下の胸に幾本もの矢が突き刺さり、ティーチの足下に転がりこんで動かなくなる。

船内で所狭しと暴れ回るのは、それはもう豊かな双丘を携えた美しい女弓兵であった。

オリオンと名乗った少女はまるで棒切れか何かを振り回すように手にした弓を構え、取り押さえようと飛びかかった男達を次々に撃ち抜いていく。

更にドレイクが駆る黄金の鹿号(ゴールデンハインド)からは女神エウリュアレが矢で牽制し、魅了を受けた部下達が同士討ちを始める始末。

極めつけは船倉の火薬庫が引火して大爆発を起こし、その隙を突いて黄金の鹿号(ゴールデンハインド)のラムアタックを受けた事だ。

自分を含めて四騎のサーヴァントを擁していたにも関わらずこの体たらく。

大混乱に陥る黒髭海賊団を見下ろして、ティーチは過去にないくらいの絶頂に至っていた。

 

「ああ、何だか変な方向にスイッチが入っちゃったよ、船長」

 

乗り込んできたマシュとドレイクを相手にカトラスを振るいながら、メアリーは愚痴を零す。

内心では悲鳴を上げたい気分であった。

先ほどからこちらの動きが読まれているかのように、相手の奇襲がトントン拍子で進んでいる。

乱戦に強く、継戦能力に秀でたエイリークは真っ先に集中攻撃を受けて倒され、相棒と連携を取ろうにも常に二騎以上のサーヴァントが張り付いていてこちらの持ち味を活かすことができない。

用心棒であるはずのヘクトールは先ほどから姿が見えず、どこで戦っているのかもわからないときた。

原因はハッキリとしている、カドック・ゼムルプスだ。

あの根暗そうなのに役に立つ新入り。

船長との賭けの席で、堂々と聖杯を奪うと公言した魔術師。

きっと彼が黄金の鹿号(ゴールデンハインド)と内通していたのだ。でなければ、エイリークの能力も自分達が2人で一騎のサーヴァントであることも知っているはずがない。

 

「―――っ! 体が!?」

 

カトラスを取り落した指先から塵となっていく様を目にし、メアリーは自分の相棒が倒されたことを感じ取った。

アンとメアリーは2人で一騎。どちらかが倒されれば、もう片方は無事でも消滅は避けられない。

 

「やはり、殺しておくべきだった」

 

確証もなく追放すれば部下の士気に影響するとして、ティーチはカドックの粛清に否定的であった。

最も、エドワード・ティーチは狂人だが道化者でもある。大真面目に正論を語る時もあれば、何食わぬ顔で悪辣に立ち回る事もあり、或いはあの賭けの席でカドックが勝利していれば、船長の顔に泥を塗ったとして撃ち殺されていたかもしれない。

何れにしろ、今回は彼の采配が裏目に出てしまったのだ。

 

「そのために僕達がいたのに・・・ごめん、船長。先にいくよ」

 

一抹の後悔を胸に秘め、黒髭海賊団の紅二点はこの時代から消滅する。

これで、エドワード・ティーチを守る者はいなくなった。

1人残されたティーチは、凶悪な笑みを浮かべたままマストから飛び降りると、武器を構える敵対者達の顔を一瞥する。

前からはメアリーを倒した星の開拓者と盾の少女、そしてそのマスター。

そして、背後からはアンを倒した魔術師の少年と人形を抱えた少女。

丁度、マストを挟んで挟み撃ちの形となっていた。

 

「よお、カドック。わかっているでござろうな、お主」

 

コートの上からでもわかる逞しい二の腕に力を込めながら、ティーチは問う。

返答次第では容赦なく懐の銃が火を噴くだろう。

例え、この場にいる敵が全員、一度に襲い掛かってきたとしても、目の前の少年だけは確実に殺す。

どうかそんなことにだけはならないで欲しいと気紛れな海の女神に願いながら、ティーチは裏切り者の部下の答えを待った。

 

「ああ、取らせてもらうぞ、船長」

 

その言葉にティーチは大いに満足し、懐の銃から手を放した。

実にいい。野心溢れる回答だ。

青臭い正義感や詫びの言葉なんて吐き出したら、鉛玉で口を塞ぐつもりだったが、そんなことはしなくて済みそうだ。

いっぱい食わせてやったぞというあの笑みを見れただけでも、部下にした甲斐があったというものだ。

これで遠慮なく、目の前の美少女達とお肌の触れ合いができるというもの。

 

「ぬふぅ! ならやり合うでござるよ、BBAに坊主。マシュちゃんとアナスタシアちゃんもまとめて可愛がってあげるでござる!」

 

魔力を滾らせながら、ティーチは船上を駆ける。

黄金の鹿号(ゴールデンハインド)との最後の戦いが始まった。

 

 

 

 

 

 

アナスタシアの魔術で足が凍りつき、動きが止まった瞬間を見計らい、マシュの大盾が黒髭の顔面を捉える。

並の人間ならば頭蓋骨が砕け散ってもおかしくない衝撃。

しかし、錐もみ回転をしながら甲板に叩きつけられたティーチは、それでも堪える素振りすら見せずに立ち上がってきた。

 

「その時、黒髭の髭が金色とか銀色とか灼熱色に輝き、不死鳥の如く蘇るのであった! 気分的に!」

 

全力でふざけ倒すティーチの言動に、誰もが気力を削がれやりにくさを覚えていた。

あれを計算でやっているのだとしたら、間違いなく一級品の天才だ。

 

「うぅ、気力が削がれる」

 

「我慢して、私はアレを直視しないといけないのよ」

 

「わたしはアレに触らないといけないんですが」

 

「どっちもどっちだ、2人ともがんばれ」

 

「滅茶苦茶他人事だな、お前!」

 

横から飛びかかってくる海賊を魔術で昏倒させながら、カドックは背後でマシュを支援している立香に怒鳴る。

気持ちは痛いほどわかるが、今は目の前の戦いに集中して欲しい。

 

「正に絶対絶命色即是空、南無妙法蓮華経。だがしかぁぁぁし!」

 

「それ使い方が間違っているし、あんたそもそもイギリス人だろ、黒髭!」

 

「細かいでござるよ坊主! とにかく自慢ではないがこの黒髭、負けることなど考えたこともありません!」

 

うっかり漏れ出た言葉にもキッチリとリアクションを返しつつ、ティーチは迫りくる盾をかわしてマシュの背後に回り込む。

両手の指をワキワキと波打たせながら、その肢体を羽交い絞めにせんと下卑た笑みが浮かんでいるのが手に取るようにわかった。

瞬間、言い表しようのない危機感を抱いた立香が渾身のガンドを放って動きを封じ、振り返りざまに放たれたマシュの一撃が鳩尾に直撃する。

もんどりを打ったティーチは、今度は標的をアナスタシアへと変えて突撃。一瞬、表情が凍り付いたアナスタシアは宝具並の威力で吹雪を放つも、ティーチはそれを根性で耐え抜いてみせる。

生前も銃弾や刀傷を何十と受けても戦いを続け、死後も胴体だけで動いて見せたという逸話があるだけに、その耐久力は出鱈目なレベルにまで引き上げられている。

アナスタシアとマシュと女海賊―――フランシス・ドレイクの3人を相手取って、一歩も引かない立ち回りを見せていた。

 

「ハッハッ! 拙者を倒したければこの3倍は持ってくるでござる!!」

 

「吠えたね、ドサンピン。やっとお仲間と殺し合っている気になってきたよ! 聖杯が欲しかったんだろうけど諦めな。あれはアタシのお宝だ!」

 

「はっ! エウリュアレちゃんのついでに掻っ攫ってやろうかくらいの気持ちだったでござるが、そこまで言うなら何が何でも奪ってみせるでござる。泣いて許しを乞いても遅いぜBBA!」

 

甲板を転がるティーチ目がけてドレイクが両手のピストルを構える。

刹那、ドレイク目がけて酒瓶が弧を描き、咄嗟に彼女はそれを銃床で払う。

投げつけたのはティーチだ。

聖杯の力でサーヴァント並みの力を得ているドレイクにはその程度では傷一つつかないが、酒瓶を払うのに生まれた僅かな隙を点かれ、ティーチの接近を許してしまう。

 

「チィッ!」

 

「でゅふぅっ!」

 

ドレイクの双丘目がけてダイブしたティーチの顔面を、ドレイクの華麗な回し蹴りが捉える。

甲板に叩きつけられたティーチは、それも持ち前のタフネスで耐え抜いてドレイクの前に立つと、ニヤリと笑って見せる。

 

「射程距離に入ったでござるよ、BBA」

 

「呆れた執念だね、まったく。けど、アタシら悪党の世界じゃ負けたヤツがクズ、勝ったヤツが正義ってね。あんたの正義、悪魔のヒールで踏みにじってやるよ」

 

「きゅん。BBAなのにちょっと格好良すぎるじゃない。拙者が女であれば、今頃ロマンチックなBGMと共に服を脱いでいくイベントCGが表示されていたに違いない。地味に差分作ったり指定するの面倒くさいよね、アレ」

 

「アタシ、お前が何を言っているのか本気で理解できない・・・よ!」

 

抜き打ち気味に向けられたピストルをティーチは寸でで払い除け、ドレイクの胸元へ手刀を叩き込む。だが、僅かに先端を掠めただけで有効打にはならない。

すかさずドレイクはもう片方の手の銃床がティーチの脳天を狙うも、それを読み切ったティーチの肘鉄がドレイクの腕を潰し、返す刀で背後から飛びかかってきたマシュの盾を受け止めて身を翻す様に彼女の背後に回り込む。

丁度、マシュがティーチの盾になるような形になってしまい、ドレイクは追撃を仕掛けることができない。

ならばと反対側にいたアナスタシアが冷気を放とうとするが、ティーチはマシュに足払いをかけて転倒させると、その勢いのまま手近に転がっていたサーベルを手に取り、明後日の方角に投擲。

サーヴァントの膂力で投げられたサーベルの刃は帆を結んでいたロープを容易く切断し、まるで意志を持った蛸か何かのようにアナスタシアに絡みついて彼女の攻撃を妨害する。

そうして再び、一対一の状況を作り出すと、ティーチは先ほどの肘鉄で取り落されたドレイクのピストルを手に取った。

 

「ドレイク船長!」

 

「来るんじゃないよ、藤丸!」

 

「黒髭!」

 

「坊主、BBAは取ったぜぇっ!! これで決着だぁっ!」

 

互いのピストルが同時に火を噴いた。

肩を撃ち抜かれたドレイクの手からピストルが零れ落ち、噴き出した血が彼女の海賊服を血に染める。

甲板に膝を着き、息を乱しながらも吊り上がった眦で宿敵を睨みつける姿はここが戦場であることも忘れてしまうくらい美しく、それでいて力強い。

その姿を眼に焼き付け、満足そうな笑みを浮かべるティーチ。しかし、次の瞬間、激しい吐血が彼に襲い掛かった。

見ると、ティーチの腹部からも夥しい量の出血が見られる。

ドレイクの銃弾が彼にも命中していたのだ。

 

「ぐっ・・・まだ、まだ・・・拙者まだ・・・本気出してない・・・ですし! その気になれば、サーヴァントの一騎や二騎、ましてやBBAなんかに負けない・・・ですよ?」

 

内臓を傷つけたのか、喋る度に口から血が零れ落ちる。

サーヴァントでなければとっくに息絶えているほどの致命傷だ。

恐らく、激痛でいつ意識が飛んでもおかしくないはず。

それでもティーチは減らず口を零し、ドレイクを挑発することを止めない。

 

「致命傷を受けて、そんだけぺらぺら喋れるあたり、大した根性だよアンタ。尊敬はしないけど、感心はするね。アタシの百年後に生まれる大海賊」

 

駆け寄った立香に治療をしてもらいながら、ドレイクは言う。

 

「聖杯はアタシのものだ。海の宝に正しい持ち主なんざいない。早い者勝ちってのがアタシらのルールだろう?」

 

「へっ・・・その通り・・・気持ちいい・・・気持ちい結論、ですな・・・海賊ってのは、そうでなきゃ・・・」

 

苦し気に笑みを浮かべるティーチの体から聖杯が出現する。

戦闘は終了だ。後はこれを回収し、ティーチの消滅を待てば歴史の修復も始まるだろう。

打ち所が悪かったのか、マシュは甲板に倒れたままだ。立香もドレイクの治療にかかりきりのため、カドックは聖杯を回収しようとティーチのもとへ近づく。

刹那、背後から強い衝撃が襲いかかってきた。

 

「がはっ!?」

 

「マス―――カドック!?」

 

後ろからアナスタシアの悲痛な叫びが聞こえてくる。

腹部が焼けるように熱く、瞼の裏で火花が明滅する。

込み上げてくる痛みは焼き鏝を直接、地肌に当てられたかのように強烈だ。

いったい、自分の身に何が起きたのか。

振り返ったカドックが目にしたのは、血の付いた槍を手に、自分を突き飛ばすヘクトールの姿だった。

 

「邪魔だぜ、ガキンチョ。いやぁ・・・やっと隙ができたよな、船長」

 

突き放すような冷たい言葉から一転、お道化た調子でヘクトールはティーチに話しかける。

 

「まったく、油断ブッこいている振りして、どこだろうと用心深く銃を握り締めているんだからねえ。目障りなお嬢ちゃん達もウロチョロして脇を固めているし、オジサン、まったく感心したぜ。

天才を自称するバカより、バカを演じる天才の方がそりゃ厄介だわ。おかげ様でこんな子どもの策に乗っかる羽目になったんだからな」

 

「なるほどな。道理で、裏が読めぬ相手だと・・・しかし、この状況で裏切るとか、アホでござるかヘクトール氏は」

 

「いや何、オジサンもそれなりに勝算があってやっていることでね。それじゃ、船長。アンタの聖杯を頂こうか・・・!」

 

反撃しようと構えたピストルが火を噴くことはなかった。

ドレイクとの最後の戦いで、弾が切れていたのだ。

身を守るものがなくなったティーチは成す術もなくヘクトールに切り刻まれ、現れた聖杯を奪い取られてしまう。

その一連の流れを、カドックはまるで夢を見ているかのように見つめることしかできなかった。

自分の身に起きたことが信じられず、止血もロクにできずに茫然と座り込んだまま動けない。

背後からヘクトールに襲われた。

どうして?

彼はティーチから聖杯を奪っていった。

何のために?

協力して黒髭を倒すんじゃなかったのか?

最初から彼にそのつもりはなかった。

目まぐるしく浮かんでは消える疑問に思考を乱され、冷静でいられない。

それでもハッキリしていることが一つだけある。

ヘクトールは、最初から自分達を利用して聖杯を奪い取る腹積もりだったのだ。

 

「あれ、乗せられちゃったことにやっと気づいたのかな?」

 

「どうして・・・戦いは嫌だって・・・協力するって約束・・・したのに・・・」

 

「そんなの真に受けちゃダメだよ。オジサンみたいなのに痛い目をみるから。まあ、あの程度で自分の思い通りに事が運んだって考えてたガキには無理だろうな。これは聖杯戦争。出し抜かれた方が悪いのさ」

 

淡々と述べながらヘクトールは聖杯を懐にしまい、手にした槍を構え直す。

その切っ先は未だ治療中のドレイクへと向けられていた。

 

「まったく、馬鹿に聖杯を預ければ時代が狂うって話だったのにさぁ。まさかそれを食い止めるだけの航海者が現れるとは。ほんと、人類の航海図ってのは綱渡りだよ」

 

「マシュ!」

 

立香の魔力を受けて礼装が起動し、ドレイクとマシュの位置が瞬時に入れ替わる。

気絶から復帰したマシュは即座に迎撃の態勢を取るが、ヘクトールはあろうことか踵を返して甲板を跳躍。そのまま戦場を飛び越えて黄金の鹿号(ゴールデンハインド)に乗り込むと、矢を放っていた少女―――エウリュアレを羽交い絞めにした。

 

「なんて、ね。正しい聖杯なんざどうでもいいさ。こっちの本命(ねらい)は―――彼女でね」

 

「エウリュアレさん!?」

 

「この、放しなさい!」

 

「大人しくしておいてくれよっと」

 

「最初からティーチを裏切ってたってことかい!?」

 

「そうだねぇ。これぞまさに、トロイの木馬ってやつかな? ま、俺は実物を見たことがないんだけどねぇ」

 

雄叫びを上げてエウリュアレを取り返そうと飛びかかった巨体の少年―――アステリオスの攻撃を避けながら、ヘクトールは飄々と答える。

アステリオスの怪力ならばヘクトールの体など掠っただけで吹き飛んでしまうが、彼はエウリュアレを盾にしてアステリオスの攻撃を封じ、

逆に彼の両足を槍の穂先でズタズタに切り裂いてしまう。

だが、とどめを差さんと槍を振りかぶった瞬間、どこからか飛来しら銃弾がヘクトールの腕を掠め、その隙に駆け付けたマシュがアステリオスを庇うように立つ。

 

「チッ! おいおい、船長。アンタまだ生きてんのか」

 

呆れ交じりにヘクトールは吐き捨てる。

ティーチはヨロヨロになりながらもピストルに弾を込め直すと、更に続けざまに引き金を引いてアステリオスの離脱を援護した。

 

「ぐひひひひ。愛の力ですぞ!―――なんてな、今のが最後の一撃さ」

 

「チッ! だが、目的は達した。悪いな海賊諸君」

 

そう言って、ヘクトールはエウリュアレを連れたままいつの間にか用意していた小舟に飛び乗ると、巧みに帆を操って風を捉え、海域からの離脱を図る。

黄金の鹿号(ゴールデンハインド)アン女王の復讐号(クイーン・アンズ・リベンジ)とロープでマストが絡み合っており、すぐに追いかけることができない。

追いかけようとした少女―――アルテミスがぬいぐるみのオリオンに1人では危険だと窘められ、去っていく後ろ姿を悔しそうに見つめている。

アステリオスに至っては獣のような咆哮を上げており、足の傷がなければ手当たり次第に暴れ回っていたかもしれない。

他のみんなも同様だった。

万全の態勢を整え、目的達成まで後一歩というところまで来て盤面を引っくり返された。

悔しさと憤りが黄金の鹿号(ゴールデンハインド)を支配する。

そんな中、カドックはアナスタシアに肩を借りながら、息も絶え絶えといった状態のティーチのもとへと歩み寄った。

 

「船長・・・」

 

「へっ、何て顔をしてやがる。この傷は俺の不手際さ、気に病む必要はねぇ」

 

「けど・・・・・・」

 

「だったら、さっさとエウリュアレちゃんを追いかけな。欲しいものは奪ってでも手に入れる。海賊なら当然だ」

 

「僕をまだ、あんたの一味だと言ってくれるのか」

 

「あー、BBAがこっち見てやがる。坊主もBBAも、これで勝ったと思うなよでござるよ!」

 

ドレイクの視線に気づいたティーチが照れ隠しのようにいつもの調子に戻り、ドレイクは呆れながら手を振って先を促した。

 

「ああ、はいはい。もう何言われても負け犬の遠吠えだから。さっさとすること済ませな、黒髭。生き続けるのもキツいんだろ、今のアンタ」

 

「おおおのれ。そんな優しい言葉をかけられればBBAにデレたくなってしまう。けど、ここは空気を読んで―――」

 

血で濡れたドレイクのピストルをコートで拭ってから突き返すと、ティーチは再びニヤリと笑う。

狂気とカリスマが混濁した泥のような瞳。映り込まれる光によって妖しく色を変えるその2つの眼で、ティーチはこちらをまっすぐに見つめ返した。

 

「坊主の下剋上は水入りだ。お前が欲しいものを手に入れるか、俺がお前を殺るまではな―――だから、それまでは好きに名乗りな」

 

ふらりと、バランスが崩れたティーチの体が後ろに倒れ込む。

甲板を乗り越え、宙を舞ったエドワード・ティーチはそのまま、海面目がけて落下していった。

 

「船長!」

 

覗き込むが、海面は飛沫が上がるばかりで黒髭の巨体はどこにも見当たらない。

彼も致命傷を負っていた。既に魔力で生み出されていた部下も消えており、遠からず力を使い果たして消滅するだろう。

 

「カドック、黄金の鹿号(ゴールデンハインド)に行きましょう。傷を手当てして、ヘクトールを追いかけないと」

 

「――――――」

 

「カドック?」

 

心配そうに尋ねるアナスタシアに対して、カドックは苦悶の表情を返すことしかできなかった。

彼女の声がとても遠い。まるで水の中にいるかのようだ。

ヘクトールに刺された傷が疼き、意識が遠退いていく。

やがて、寄りかかっていたアナスタシアの言葉も聞こえなくなり、不甲斐ない自分に嫌気が差しながら、カドックの意識は深い闇に落ちていった。




というわけで黒髭海賊団見習い編は終了し、次回からVSアルゴノーツが始まります。

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