Fate/Grand Order IF 星詠みの皇女   作:ていえむ

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封鎖終局四海オケアノス 第5節

それは突如として現れた。

嵐の海を越え、ヘクトールが駆る小舟に追いついた黄金の鹿号(ゴールデンハインド)の前に姿を現した一隻の帆船―――アルゴノーツ。

そこから飛び降りてきた巨大な嵐の具現が、迎撃に出たアステリオスを一瞬で殴り飛ばし、助けに入ろうとしたマシュを気迫だけで竦み上がらせる。

浅黒い肌、理性のない瞳、吠え立てる咆哮と剛腕から繰り出される破壊の渦。

相対した立香は恐怖の余り足が竦み、逃げ出したい衝動を抑えるのに必死であった。

アレは人が立ち向かえる脅威ではない。

圧倒的な暴力と破壊で形作られたその巨人は、英雄でも魔獣でもない。

信心に疎い自分ですら思ってしまう。アレは正しく神だ。

 

「折角だ、ここで一切の決着をつけようじゃないか」

 

帆船の甲板に立つ金髪の青年―――イアソンがこちらを見下ろしながら言った。

 

「君達、世界を修正しようとする邪悪な軍団と―――我々、世界を正しくあろうとさせる英雄達。聖杯戦争に相応しい幕引きだ。だが、私は寛大でもある。そこのアーチャー、エウリュアレを引き渡してくれるなら、ヘラクレスをけしかけることだけは止めておいてやってもいい」

 

(ヘラクレス・・・・・・確か、ギリシャ神話の英雄だっけ)

 

神に与えられた十二の難行を乗り越え、冒険の果てに神へと召し上げられたギリシャ神話随一の大英雄。

その偉業は同じく大英雄であるアキレウスと二分、或いはそれを上回るという。

確かに目の前の巨人からは神に等しい畏怖と恐怖を感じる。

バーサーカーとしての狂化によって理性を失い、怪物のように唸り声を上げているだけであるにも関わらず、隠し切れない強大なオーラ。

その正体がヘラクレスであると言われて納得だ。

正直な本心を述べるなら、今すぐにでもマシュの手を引いて逃げ出したい気分だ。

そんな自分に喝を入れる為、未だ意識を取り戻さないカドックに思いを馳せる。

命に別状はなく傷も魔術礼装で治療したが、彼はまだ眠ったままだ。

 

(こんな時、カドックならどうする? まだ、やれることはあるはずだ。あいつみたいに考えろ!)

 

フランスからずっと一緒に戦ってきた。

ずっと彼の背中を見続けてきた。

自分と同じ、生き残りのマスター。

未熟な自分を精一杯、引っ張っていってくれる頼れる先輩。

彼はいつだって、困難から逃げずに戦っていた。

自分よりも強い敵、大きな存在を前にしても屈せず抗い続けた。

そんな彼がいたから自分はここまで戦えたのだ。

カドックならきっと、今の状況を見ても諦めないはずだ。

だから、彼が目覚めるまでは自分が代わりを果たさねばならない。

 

「断る」

 

絞り出した言葉は、自分でも意外なほど力強かった。

まだ胸の内に強い気持ちが残っている。

その火が消えない限りは諦めるわけにはいかない。

 

「ハッハー、そうかそうか。君は勇気があるな! おまけにそんな可愛いサーヴァントもついている! いいよ、いい! 英雄みたいだ!」

 

言葉とは裏腹に、イアソンの声音は嘲りで満ちていた。

自分以外の全てを有象無象としか見ていない傲慢な目。

それは直ちに苛立ちで嫌悪の眼差しへと変わり、傍らに立つ少女―――メディアへと優しくも冷徹な命令を下す。

 

「愛しいメディア、私の願いはわかるよね? あいつらを粉微塵に殺して欲しいんだ! そしてヘラクレス! お前もやれ! 私はここでお前達を見守る。皆殺しにするんだ!」

 

狂獣が解き放たれ、咆哮と共に女神へと一直線に迫る。

迎え撃つのは雷光の名を冠した少年。

獅子をも締め上げるヘラクレスの剛腕を、アステリオスの怪物染みた怪力で抑えつける。

アステリオスの力でも一瞬だけ動きを止めるのが精一杯であるが、彼は何度投げ飛ばされても起き上がってヘラクレスの前に立ち続けた。

その隙にメディアが召喚した骨の兵隊――竜牙兵の軍団が黄金の鹿号(ゴールデンハインド)に乗り込み、ドレイク達が迎え撃つ。

あの少女は見た目通りのキャスターのようだ。

神代の魔術師、裏切りの魔女として後世に名を馳せたという情報がカルデアから送られてきて、瞬時にそれに目を通す。

希望が根こそぎ刈り取られるかのような気分だった。

大英雄にコルキスの魔女、トロイア戦争の智将。

勝てる要素が見出せない。

 

「藤丸、兵隊どもは任せな! あのデカブツを何とかするんだ!」

 

「船長、頼みます!」

 

ドレイクの援護を受けながら、苦戦するアステリオスのもとへと向かう。

立ち塞がった竜牙兵はマシュの振るう盾が粉砕し、アルテミスの矢が的確に頭蓋を穿つ。

ここにいる誰もが大英雄を前にしてまだ諦めていない。

そう、こんな窮地は何度も潜り抜けてきた。

邪竜(ファヴニール)大海魔(ジル・ド・レェ)皇帝(ローマ)戦闘王(アルテラ)、どれも次元違いの力を振るい、今でも生き残れたのが不思議なくらいだ。

それでも諦めずにここまで来れた。

マシュと、カドックと、みんなで生き残る。

その意地だけは最後まで張り通す。

 

「マシュ、宝具でアステリオスを守るんだ!」

 

「はい、マスター!」

 

両者の間に滑り込みながらマシュが宝具を展開し、倒れたアステリオスを庇う。

大英雄の膂力を受け止めてマシュの顔が苦痛に歪むが、踏ん張った両足は折れることなくその一撃を受け止めた。

確かにヘラクレスは強い。だが、ファヴニールやアルテラのように受け止めきれない宝具級の攻撃を持っている訳ではない。

一発でも喰らえば即死だが、受け止める事さえできれば死は免れる。

 

「アルテミス、メディアを狙え! ヘラクレスが強化されたら勝ち目ねぇぞ! 藤丸、マシュちゃんが堪えている間にアステリオスを!」

 

オリオンの指示を受け、傷ついたアステリオスに治療を施す。

至る所を殴りつけられ、ボロボロではあるが致命傷は受けていない。

アステリオス―――またの名をミノタウロスとも呼ばれるギリシャの怪物は、大英雄の力を以てしても容易には打倒できぬようだ。

だが、怪物は常に英雄に打ち倒されるもの。

例え今は拮抗できていても、ヘラクレスの剣がその命に届くのは時間の問題であろう。

 

「はな、れる、な・・・」

 

たどたどしい言葉で、アステリオスは傍らのエウリュアレに言う。

彼の行動原理は一貫している。

エウリュアレを守る、誰の手にも渡さない。

しかし、聡明なエウリュアレにとって、彼の献身は苦痛でしかなかった。

彼女は知っているのだ。数多の英雄が蛮勇のために命を落としてきたその末路を。

 

「何言っているの。あれはヘラクレス。人類史上最強の英雄よ。あんなの、災害みたいなもの。雪崩に立ち向かう人間は勇者じゃない、ただの無能よ」

 

「わかっ、てる。でも、だれかが、やらなきゃ。それなら、おれ、がいい――えうりゅあれ、は、わたさ、ない」

 

立ち上がったアステリオスが、自身の斧を構えてヘラクレスを睨みつける。

直後、マシュの宝具が限界を迎えて消滅した。

立香は即座に礼装の『緊急回避』でマシュをヘラクレスの攻撃から守り、その隙を突く形でアステリオスが突貫する。

 

「ヘラクレス!」

 

「させるな、アルテミス!」

 

「任せて、ダーリン!」

 

アルテミスの矢がメディアを足下に刺さり、バランスを崩されたことで魔力弾が明後日の方角へと飛んでいく。

ヘラクレスは未だ硬直から立ち直れず、アステリオスを阻む者は誰もいない。

仕掛けるならばチャンスは今しかない。

礼装によるアステリオスの強化、そして―――。

 

「アステリオス、ヘラクレスを倒しエウリュアレを守れ!」

 

一画の令呪が霧散し、アステリオスの内側から爆発的な力の奔流を組み上げる。

瞬間、蒼天に漆黒の雲が渦巻いた。

曇天は稲光を纏い、降り注ぐ雷光が甲板を疾駆する。

だが、それは攻撃のためではない。

雷電が走るのは彼が生涯を過ごした迷宮の道筋。

アステリオスの過去を回顧し、怪物としての生涯を具現化する魔性の宝具。

入るは容易く、ただひとりを除いて誰も抜け出せなかった世界最古の大迷宮。

 

「まよえ・・・さまよえ・・・そして、しねぇ!!」

 

振り抜かれた斧がヘラクレスの胴を薙ぎ、大英雄の体が動かなくなる。

本来ならば世界に迷宮を具現化させる迷宮宝具『万古不易の迷宮』(ケイオス・ラビュリントス)

入った者を惑わし、死へと誘うそれはそこで育ったアステリオスを除く全ての者に著しい能力の弱体化を起こすのだが、今回は敢えて不完全な形で組み上げることで、実体のない迷宮がヘラクレスを取り囲み、その恩恵によってアステリオスはヘラクレスを打ち破ることに成功したのである。

 

「おー、頑張る頑張る頑張るねえ! そこで君達にとっておきの情報だ!」

 

戦いを見下ろしていたイアソンが嬉々として語り出す。

切り札が倒されたにしても余りにも余裕に満ちた態度だ。

 

「ヘラクレスはね、死なないんだよ。彼のもっとも有名な伝説、神から与えられた十二の試練。それを踏破したコイツは、それだけの生命が報酬として与えられている。

ま、つまり後十一回倒さなきゃいけないということで、頑張ってくれ」

 

自分達の圧倒的な優勢を感じ取ってか、イアソンは無防備にも甲板に姿を現したまま高笑いを始める始末だ。

その手にはいつの間にかヘクトールから受け取った聖杯が握られており、彼はそれを高らかに掲げながら己が勝利を確信する。

 

「これがこの世界の王の証。そして後は、エウリュアレと『契約の箱』(アーク)。それで全てが揃う。さあ、ヘラクレス! トドメを刺せ!」

 

意識を取り戻し、咆哮を上げたヘラクレスがアステリオスを突き飛ばしてエウリュアレに迫る。

このままではエウリュアレが攫われる。そう思った刹那、ヘラクレスは予想外な行動に出た。

彼は歩みを止めることなく疾走を続け、手にした剣を振りかぶったのである。

彼はエウリュアレを殺そうとしているのだ。

 

「やめろヘラクレス、段取りが狂うだろうが! その女を殺すな!」

 

イアソンが慌てて叫ぶが、ヘラクレスは止まらない。

巨大な石の剣が振り下ろされ、エウリュアレの可憐な肢体は柘榴のように飛び散ってしまうのか。

否、それを許さぬ魂がここにいる。

アステリオスが、その名に恥じぬ電光石火の勢いで甲板を駆け、今にも剣を振り下ろそうとしていたヘラクレスを羽交い絞めにしたのだ。

 

「ぬ、ぅぅぅぅぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

 

「アステリオス!? ダメよ、もういいわアステリオス! 私達はそいつには勝てない! なのに、どうして―――」

 

「こどもを、ころした。なにもしらいない、こどもを。ちちうえが、そうしろって。おまえはかいぶつだからって。でもぜんぶ、じぶんのせい、だ。はじめから、ぼくのこころは、かいぶつだった。でも、なまえを、よんでくれた。みんながわすれた、ぼくの、なまえ。なら、もどらなくっ、ちゃ。ゆるされなくても、みにくいままでも、ぼくは、にんげんに、もどらなくちゃ!」

 

アステリオス。

その名は雷光を意味するが、誰も彼をそう呼ぶ者はいない。

何故なら、彼はミノタウロス。

迷宮に潜み、無垢な子どもを喰らう悪しき怪物としてその生涯を終えた。

けれど、此度の召喚において、彼をその名で呼ぶ者はいなかった。

彼がエウリュアレに固執し、命を賭けるのはそれだけの理由だった。

自分ですら背を向けた本来の名前を呼んでくれた。それだけで十分なのだ。

 

「ますたぁ、えうりゅあれを・・・」

 

「悪い、藤丸! メディアがそっち行ったぞ!」

 

「マシュ、エウリュアレを!」

 

「くっ、間に合って―――」

 

飛翔するメディアを追うが、地を駆けるマシュの足では彼女に追いつけない。

ならばと令呪による空間跳躍を試みるが、それよりもメディアがエウリュアレに辿り着く方が早かった。

 

「さあ、一緒に来て頂きます」

 

「いや、彼女は渡さない」

 

突如として飛来した氷柱がメディアを撃ち落とし、急激な気温の低下が黄金の鹿号(ゴールデンハインド)の甲板を襲った。

何事かと視線を巡らせると、一組の男女がエウリュアレの側に降り立った。

カドックとアナスタシアだ。

 

「あなたは―――」

 

「黒髭海賊団だ」

 

「生き残りがいたというの!?」

 

「エウリュアレは返してもらう。聖杯もだ!」

 

「あなたのものではないでしょうに!」

 

「なら力尽くで、奪い取る」

 

「黒髭の精神汚染にやられたのね、哀れな」

 

「何とでも言え。キャスター、やれ!」

 

たちどころに戦場は混沌の坩堝と化した。

ヘラクレスはアステリオスとの取っ組み合いで動くことができず、メディアもアナスタシアと駆け付けたマシュに挟撃されてエウリュアレに近づくことができない。

結果、フリーになったアルテミスが残った竜牙兵を次々に撃ち抜いていき、戦況は拮抗しつつも少しずつ黄金の鹿号(ゴールデンハインド)側へと傾いていく。

その状況にイアソンは苛立ちを隠せず、ヒステリックに喚きながら頭を掻き毟った。

 

「何をやっている、ヘラクレス、メディア! ああクソ、どうしてオレ以外の奴らは果てしなくバカなんだ! ぐぅ、ふぅ―――ヘクトール!」

 

激昂したイアソンの指示を受け、ヘクトールが槍を構える。

まずい、あれは宝具を使うつもりだ。

狙いはアステリオス。ヘラクレスごと攻撃するつもりのようだ。

 

「アステリオス、避け――」

 

「いや、あれは、だめ、だ」

 

投げ放たれた槍がヘラクレスを貫き、そのままアステリオスの腹部を貫通する。

苦悶の絶叫が海上に木霊し、動かなくなる2人の巨人。

誰もが両者共に絶命したと直感した。だが、ヘラクレスには命のストックがある。

すぐにでも復活し、こちらに牙を向けるだろう。

 

「よし、これで―――」

 

「いや、アステリオスのヤロウ、まだ生きてやがる」

 

ため息交じりに漏らしたヘクトールの言葉を裏付けるように、アステリオスは自分に突き刺さった槍ごとヘラクレスの巨体を持ち上げ、一歩一歩、前へと進んでいく。

その先にあるのは船首。そして、波打つ青い海原だ。

 

「ますたぁ」

 

「―――船長、撤退だ!」

 

「うん、えうりゅあれを、よろし、く。ぜんぶ、えうりゅあれの、おかげ、で―――みんなと、あえた。みんな、ぼくをきらわなかった。ぼくはうまれて、はじめて、たのしかった。うまれて、きて、よかった。だから―――」

 

アステリオスの体が宙を舞う。

大きな水柱が上がり、2体の巨人は海の底へと沈んでいく。

 

「アルテミス、そこの嬢ちゃん、当たらなくても良いから撃ちまくれ! メディアを近づけるな!」

 

「帆を張りな! 煙幕用の砲弾をありったけ撃て!」

 

「駄目よ、アステリオスが―――」

 

「うっせえ、チビ女神! アイツの心意気を汲んでやれ!」

 

堪らず、エウリュアレが船首へと駆け出す。

煙幕に塗れた海原は海面すら見ることが適わないが、それでも彼女は叫ばずにはいられなかった。

 

「アステリオス、誰が何と言おうとあなたはアステリオス以外の誰でもないわ。だから―――お願いだから、怪物になりきれなかったことを、悔やまないで。それはとても、尊いことなんだから」

 

『うん。でも、やっぱりかいぶつは、ちゃんとばつをうけないと』

 

そんな言葉が聞こえた気がした。

やがて煙幕が晴れると既にそこにはアルゴー船の姿はなく、メディアからの追撃も見られなかった。

どうやら、うまく風を捉えて逃げ出すことに成功したようだ。

だが、状況は予断を許さない。

アステリオスのおかげで何とか生き延びることができたが、彼らが聖杯を所持している以上、何れは再び対決することになるだろう。

謎は未だに尽きない。

イアソンは聖杯を手に入れて何をしようとしているのか。

どうしてエウリュアレを狙うのか。

彼が言っていた『契約の箱』(アーク)とは何か。

混迷の中を、黄金の鹿号(ゴールデンハインド)は突き進む。

その先に希望があると信じて。




どうがんばってもアステリオス死ななきゃストーリー進まないのでここは改変なし。
ヘラクレス強すぎるよ。ここにシェイクスピアがいれば足止めして逃げるって方法も使えるけど、アステリオスの場合は自分も迷宮に入っていないといけないのがネック。
生き残ってくれれば次の鬼ごっこで大活躍できるだけに残念。


第2章始まりましたね。
まさかカドックくん攫われるとは。
これは最終章くらいで活躍があるとみていいのかどうか。
ちなみにワルキューレ引けました。カワイイヤッター!

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