Fate/Grand Order IF 星詠みの皇女   作:ていえむ

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封鎖終局四海オケアノス 第6節

日差しが瞼を照らし、カドックの意識は覚醒した。

見慣れない船室に一瞬戸惑うが、すぐにここが黄金の鹿号(ゴールデンハインド)の一室であると思い出して頭を振る。

アルゴノーツとの戦闘の後、自分は再び意識を失ったのだ。

傷は既に塞がっているが、体力の消耗が激しかったのだろう。

立香がここまで運んでくれたのをうっすらと覚えている。

 

「っ―――」

 

「手を貸すわ」

 

「ああ、ありがとう」

 

ずっと付き添っていてくれたのか、霊体化を解いたアナスタシアが姿を現し、バランスが崩れた体を支えてくれる。

傷があった場所に少しだけ痛みが残っている。治まるまでそう時間はかからないだろうが、それまでは激しい運動もできないだろう。

 

「停泊しているのか。他のみんなは?」

 

「上陸して島にいるサーヴァントに会いに行ったわ」

 

「僕も行く。カルデア、誰か状況を教えてくれ」

 

『はいはい、そう言うと思って纏めておいたよ』

 

写し出されたホログラフはロマニのものだった。

珍しいこともあるものだ。立香と別行動の時はだいたい、彼の方に付きっ切りで、他の誰かが通信に出ることが多いのに。

 

「藤丸の方は良いのか?」

 

『存在証明はきちんとしていますよ。ログは君の端末に送っておいたから後で目を通すと良い。率直にいうと、事態はまだ進展していない。アルゴノーツからは逃げおおせたが、彼らもこちらを探しているはずだ』

 

その道中で、アタランテからの矢文が黄金の鹿号(ゴールデンハインド)に届き、この島に立ち寄ったとのことだ。

 

「アタランテ。そういえば、アルゴノーツの一員だったな」

 

フランスでは敵として立ち塞がったが、今回は正常な状態で召喚されているらしい。

アルカディアの王女でありながら親に捨てられ、アルテミスの加護により雌熊に育てられた純潔の狩人。

ギリシャ随一の俊足の持ち主であり、カリュドーンの魔猪狩りやアルゴー号の金羊毛探索など様々な冒険で名を馳せた英雄だ。

そんな彼女が参加したアルゴー号というのが先の戦闘で遭遇したイアソンのアルゴノーツである。

イオルコスの王子として生まれながらも叔父に王の座を奪われたイアソンは、国を取り戻す条件であるコルキスの金羊の毛皮を手に入れる為に、総勢50名もの英雄を率いてコルキスを目指した。そのメンバーはアタランテを始め、大英雄アキレウスの父ペレウスや後に双子座として夜空に召し上げられるポルックスとカストール、そしてイアソンの兄弟弟子でもあるあのヘラクレスという層々たる顔ぶれであった。

彼らは数々の冒険の果てにコルキスの王女であったメディアと出会い、神の助力によって結ばれたイアソンとメディアは手に入れた金羊の毛皮を持って凱旋するのである。

 

「古代ギリシャ版のカルデアってところかしら?」

 

「別にカルデアでも梁山泊でも何でもいいさ。とにかくイアソンはそういう人を使うことに長けた英雄ってことだ」

 

『いや、それは持ち上げすぎだと思うよ。オリオンも言っていたけど、性格的には最低の英霊だからね』

 

実際、生前のイアソンはメディアとの間に子どもまで設けておきながら、イアソンのために実の弟や政敵であるイアソンの叔父を虐殺するメディアの苛烈な性格に恐れをなし、他国の姫君との縁談を受けようとしたらしい。メディアの視点から見れば国を捨ててまで尽くしたのに体よく利用されただけという有り様だ。

そんなことがあったにも関わらず、今回の召喚においてもメディアはイアソンに付き従っていた。

恋は盲目というべきか、三つ子の魂百までなのか。

何れにしろ、厄介極まる相手には違いないが。

 

「あら、もう起きても大丈夫なの?」

 

ドレイクの部下に断りを入れて船を降りると、浜辺にエウリュアレが1人で佇んでいた。

どことなく心ここにあらずといった風で、視線の先は遠い水平線を見つめている。

 

「1人なのか?」

 

「起きたのならアタランテのことは聞いているわね? 念のため罠かもしれないから、あなた達のお守りも兼ねてお留守番ってわけ」

 

「なら、大丈夫だ。僕も会いに行くつもりだけど、どうする?」

 

「お供するわ。1人だとやっぱり、色々と考えてしまうし。そういえばお礼はまだだったわね。メディアに襲われた時、助けてくれてありがとう」

 

ニコリと微笑むその姿は実に堂に入っていた。

ゴルゴン三姉妹のエウリュアレ。

美しき女神とも醜い怪物とも伝えられる彼女は、果たしてその笑顔で何人の勇者を虜にしてきたのだろうか。

 

「あら、慣れているのね? 魅了されないように視線をずらすなんて」

 

「そりゃ魔術師だから、そういった対策ぐらいするさ。それに僕はお礼を言われるほどのことなんてしちゃいない。そもそも僕達が逃げ延びれたのは―――」

 

「カドック!」

 

アナスタシアに咎められ、出かかった言葉を慌てて飲み込む。

 

「いいわ、別にそんな気を使わなくて」

 

「けど、ミノタウロスは――」

 

「アステリオス。彼はアステリオスよ」

 

エウリュアレは静かに言い聞かせてくる。

言葉は淡々としているが、目は蛇のように冷たくて悲しい色を帯びていた。

もう一度間違えれば、何を仕出かすかわからないぞという有無を言わせぬ迫力があった。

 

「ごめん」

 

「―――らしくなかったわ。そうね、あんな愚かなヒト、何人も見てきたのはずなのに。私達が彼を怪物(ミノタウロス)ではなく、雷光(アステリオス)と呼んだ。ただそれだけで、死んでもいいとすら思ったみたい。彼が死を賭して私達を護った理由は、本当にただそれだけだったのよ」

 

(名前を呼ばれたから、か―――)

 

奇妙な共感を覚える。

その理由にはすぐに思い至った。

同じなのだ。

自分のヒトとしての名前を呼んでくれた彼女(エウリュアレ)のために命を賭けたアステリオスの姿に、自分の生き方を受け入れ応援してくれているアナスタシアのために人理修復を成そうとしている自分自身(カドック・ゼムルプス)の姿が重なって見えたのだ。

 

「アステリオス・・・できることなら・・・」

 

この青い空の下で、話がしたい。

それが叶わない願いであることは分かり切っていたが、それでも願わずにはいられなかった。

 

 

 

 

 

 

森に入ってしばらくすると、アタランテや見知らぬ青年と共に話し込んでいる立香達の姿があった。

ロマニから送られてきた会話の記録によると、彼はダビデと名乗ったらしい。

巨人ゴリアテとの一騎打ちに勝利した古代イスラエルの王。後に魔術の祖と呼ばれるソロモン王の父となる男だ。

 

「カドックさん、起きて大丈夫なんですか?」

 

「無理しちゃダメだよ、カドック」

 

「もう大丈夫だ。それに半人前達をいつまでも放っておけるか」

 

「無茶しないか心配だって素直に言えばいいのに」

 

「アナスタシア」

 

「はいはい、わかっています」

 

見張りをしてくる、と言い残してアナスタシアは姿を消した。

こちらを見つめる立香とマシュの顔がにやついており、自分の顔が赤面しているのが手に取るようにわかった。

 

「おほん。説明を続けてもいいかな? 丁度、『契約の箱』(アーク)について話していたところだ」

 

全員の注目が集まるのを待ってから、ダビデは説明を再開する。

曰く、『契約の箱』(アーク)とは彼自身の宝具であり、触れた者は死んでしまうという単純な効果しかないらしい。

ただし、理性を失ったバーサーカーですら警戒するほどの危険な魔力の気配を纏っており、武器や罠として使うにはお粗末な代物なのだそうだ。

そして、この宝具の厄介なところはサーヴァントが用いる通常の武器や宝具のように霊体化させることができず、所有権が移っていればダビデが消滅しても現界し続けることだ。

百害あって一利なしとしか言えないこの宝具をイアソンが狙っていると知ったダビデは、アタランテと共にずっと身を潜めていたとのことだ。

 

「私はアルゴノーツの乗組員として召喚されたことで、イアソンが『契約の箱』(アーク)を求めていることを知ってね。彼とは反りが合わなくて追放されてしまったが、彼は『契約の箱』さえあればこの海域の王になれると言っていたよ」

 

『契約の箱』(アーク)は王の資格なのですか?」

 

「まさか。これはあくまで王だった僕が神に捧げた聖遺物。王の資格という訳でもない。単純に王が所有しているというだけさ」

 

「自身が授けた十戒を収めるために、神が預言者モーセに作成を命じたものだからな。その箱自体に何か特別な意味があるわけじゃない」

 

「詳しいね、カドックくんとやら。そのとおりだ」

 

触れれば死をもたらす力も、契約の箱の扱い方を誤ったイスラエル人への神罰の逸話が昇華されたもの。

だから、イアソンがどうして『契約の箱』(アーク)を求めているのかわからないとのことだ。

 

「ダビデ、一つ聞いていいかしら? もし、私が『契約の箱』(アーク)に捧げられたらどうなるの?」

 

攫われた際にヘクトールがそのようなことを言っていたらしい。

つまり、生贄としてその命を契約の箱に捧げるということだ。

しかし、宗教的な背景を考えるなら、生贄に捧げるのは動物の方が適しているはず。

何かの魔術儀式でも執り行うつもりなのだろうか。

自分達が知らないだけで、神代のギリシャ世界にそのような魔術があったのかもしれない。

何しろ向こうにはあの魔女メディアがいる。どんな隠し玉が出てきてもおかしくはない。

そんな風に考えていたが、ダビデ自身が熟考の後に語った言葉は、こちらの想像を容易に上回るものだった。

 

「恐らく、この時代が「死ぬ」だろうね」

 

淡々と述べられた言葉の内容が一瞬、頭に入ってこなかった。

彼は今、何と言った?

この時代が死ぬ?

 

「この『契約の箱』はあらゆる存在に死をもたらす。どれほど低ランクであろうと、神として存在する魂が生贄に捧げられれば、この箱は暴走する」

 

まだ神と世界が同一であった時代に生み出された遺物。

不変にして永遠なる存在が死を迎えるという矛盾に世界は耐えられない。

契約の箱はそういう時代にあった災いなのだそうだ。

無論、世界そのものの修正力が働くため、真っ当な世界ならば周囲一帯の崩壊で済む。

だが、特異点のように人理定礎が曖昧になっている場合、間違いなくこの時代は消え去ってしまう。

 

「おかしな聖杯やアタシの聖杯を使うまでもない。その箱を使い、女神様を捧げればその時点で全てが終わるってワケかい」

 

ドレイクが忌々し気に歯噛みする。

他のみんなも同じような顔をしていた。

そして、誰もが同じ疑問に行き当たる。

何故、イアソンは世界を滅ぼそうとしているのか。

 

「もしかすると、知らないのかもな。契約の箱にエウリュアレを捧げればいいのだと、誰かに言い含められているのかもしれない」

 

「この時代の本当の特異点もその黒幕の可能性が高いな」

 

アタランテの考察にカドックはそう付け加える。

時代を歪めていたと思われていた黒髭が倒されても世界の修正は始まらない。

そうなるとアルゴノーツの誰かが本当の特異点である可能性が高い。

何れにしても彼らとはもう一度戦わねばならないだろう。

だが、そうなると戦力の偏りが無視できない問題となってくる。

新しく仲間に加わったダビデとアタランテのクラスは共にアーチャー。

アステリオスが抜けたこともあり、前衛を張れるのがマシュただ1人となってしまった。

アタランテ曰く、イアソンは戦力に数えなくてもいいとのことだが、それでも向こうには大英雄ヘラクレスがいる。

アステリオスが命を捨ててまで相打ちに持ち込んだが、それでも後10回は殺さなければ死なない化け物だ。

恐らくイアソンも彼との合流を待ってから動くであろうから、戦いは絶対に避けられないであろう。

 

「カドックさん、何かありませんか? ヘラクレスの弱点とか?」

 

「史実通りにいくならヒュドラの毒なんだが―――いや、ケイローンが持っていた神の不死は貫けなかったし―――でもあの宝具は不死とは―――そもそもこの時代にヒュドラなんて―――」

 

ネメアの獅子、クレタの牡牛、双頭のオルトロスに怪物ラドン、エトセトラ。

覚えている限りのヘラクレスに関するエピソードを思い浮かべるが、どれも彼の勇猛さを示すばかりで逆に戦意が萎えてくる。

辛うじて激昂しやすく錯乱しやすいという性質が読み取れるが、バーサーカーとして現界しているのでそれも余り意味はない。

いっそ、『契約の箱』(アーク)に触れてくれれば宝具の効果を無視して消滅させることができるかもしれないが、あの大英雄が不用意に触れてくれるとも思えない。

 

「あ―――」

 

不意に立香が言葉を漏らし、全員の注目がそちらに集まる。

そういえば、先ほどからずっと黙り込んでいたが、何か思いついたのだろうか。

 

「ああ、いや。こんな作戦はどうかなって――――」

 

少しばかり不安げに語られた打倒ヘラクレスの作戦は、ハッキリ言って耳を疑うような大博打であった。

うまくいけばこの不利な状況を一気に押し返せるが、危険すぎる上に不確定な要素も多い。

下手を打てば全滅。それでなくても誰かが欠ける可能性は大いにある。

 

「正気か藤丸?」

 

「まあ、不安はあるけどさ」

 

「アタシはいいと思うよ。勝てば総取り負ければご破算。わかりやすくて丁度いい」

 

「命を賭けるならたいていは勝ち目が出てくる。僕は乗ったよ」

 

「幸いにもこの島には異教の地下墓地(カタコンベ)がある。海岸からも距離があるし、仕掛けるならばここだろう」

 

真っ先に賛同を示したのはリスクを厭わない享楽主義者とリアリスト。

それに純潔の狩人が具体的な方針を示し、女神2人も賛同の微笑みを浮かべる。

マシュは何も言わないが、恐らくマスターの方針に従うつもりのようだ。

どうやらまともなのは自分だけらしい。

 

「大前提が2つある。ヘラクレスがエウリュアレをまっすぐ狙うか。そして、イアソン達と切り離すことができるかだ」

 

「んー、ヘラクレスほどの大英雄ならバーサーカーでの現界でも完全に理性がなくなるようなことはないと思うんだ。実際、アステリオスと戦っている時もまっすぐエウリュアレを狙ってきた。

イアソンに命じられたってのもあるだろうけど、普通のバーサーカーじゃあそこまで指示通りには動けないだろう」

 

オリオンの言葉にカドックはローマで出会ったスパルタクスと呂布の姿を思い出した。

確かに彼の言うことにも一理ある。

 

「イアソンに関しても問題はない。あの男は確かに憶病だが、それ以上にヘラクレスへの絶対的な信頼があるからな。必ずこう動くはずだ―――」

 

イアソンの人となりを断言するアタランテの言葉に対して、カドックは反対の言葉を持たなかった。

どのみち、他に有効な作戦はないのだ。いつまでも反対していても仕方がない。

『契約の箱』(アーク)、島の地理、ヘラクレスとイアソンの行動パターン。全てのカードが出そろった以上、後は賭け金を吊り上げて勝負するだけだ。

ただ、それでも最後に聞いておかなければならないことがある。

 

「キリエライトはいいのか? この作戦、要は君にかかっている」

 

「えっ?」

 

心底意外そうな顔を浮かべ、マシュは言葉を失う。

後で立香から教えてもらったが、こちらが自分の身を案じてくれたことが意外だったとのことだ。

確かに自分は彼女のことをチームメイトというよりはサーヴァントと同格なつもりで扱っていたが、それでもここまで一緒に戦ってきたのだから、多少の愛着も沸くというもの。

或いはそれだけ自分が彼女と没交渉であったことを意味しているのかもしれない。

 

「はい。マスターが立てた作戦を必ず成功させてみせます」

 

「わかった、なら僕もこれに乗ろう。ドレイク船長、あなたの部下にもやってもらいたいことがある」

 

「仕切るね、黒髭海賊団。何を考えているんだい?」

 

「ああ、作戦はこうだ」

 

時間は余り残されていない。

その中で自分にできることは作戦の精度を上げ、生存率と成功の確率を上げる事。

この第三特異点の戦いの鍵はあのヘラクレスを攻略できるかどうかにかかっている。

その責任が、強く肩にのしかかった。




このペースなら後3話前後くらいかな。

他メディアでダビデが召喚されるようなことがあったら、やっぱり契約の箱を活かすために強キャラが出てくるんでしょうね。
インドのヒラニヤカシプとか?

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