Fate/Grand Order IF 星詠みの皇女   作:ていえむ

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封鎖終局四海オケアノス 第7節

全ての準備が終わり、各々が所定の位置につく。

アナスタシアが見つけ出したアルゴノーツの現在地と速度から考えるに、そろそろ立香達と会敵する頃合いであろうか。

既に黄金の鹿号(ゴールデンハインド)は安全圏に離脱し、この島に残っているのは自分達だけであった。

 

「うまくいくかしら?」

 

「そのために僕達がここにいる。キリエライトが要なら総締めは君にかかっているんだ。仕損じるわけにはいかない」

 

「あの娘達を信頼しているのね。その口ぶりだと、ヘラクレスがここに来ることはあなたの中ではもう決まっていることなのね」

 

「僕はそこまで楽天家になったつもりはない。そのために小細工も弄したんだ」

 

突貫作業で進めたこともあってまだまだ不安は多いが、これ以上は成るように成れだ。

 

「視えたわ・・・ええ、作戦開始ね、マスター」

 

ヴィイの魔眼が島へと近づくアルゴノーツを捉える。

いよいよ、作戦が始まろうとしていた。

 

 

 

 

 

 

海原を逝くアルゴー号の甲板で、イアソンは眼前の島を感慨深げに見つめていた。

自分が王となるための試練。忌々しいカルデアと薄汚い海賊達。

煩わしくて虫唾が走る存在だが、試練もいよいよ大詰めとなれば背筋を走る怖気すらも愛おしく思えるもの。

何しろこちらには大英雄ヘラクレスがいる。

アルゴノーツの中でも抜きん出た存在であり、集った英雄の誰もが打ち破れなかった最強の化け物(英雄)

彼に敵う者など今までも、そしてこれから先も存在しない。

だから、自分の勝利は最初から決まっていたことなのだ。

 

「さあ、ヘラクレス、メディア、ヘクトール。島に上陸して『契約の箱』(アーク)とエウリュアレを奪ってこい。私は―――」

 

刹那、眼前に躍り出たヘクトールが槍を振るう。

薙ぎ払われたものは島の方角から飛来した矢であった。

恐らく、先手必勝とばかりに仕掛けてきたのだろう。

無駄な努力とは正にこのことだ。

こんな浅知恵でヘラクレスに敵うとでも、彼らは本気で思っているのだろうか。

 

「違います。これは―――イアソン様を狙っています」

 

「え?」

 

飛翔したメディアが魔術で障壁を展開し、上空から降り注ぐ無数の矢の雨を受け止める。

呆けた顔が一瞬で恐怖の色に染まっていった。

矢の雨を凌ぎ切ったかと思うと、今度は膨大な魔力が込められた一射がまっすぐこちらに向かってくる。

すかさずヘラクレスが叩き落すが、まるでその隙を突くように小さな矢が頬を掠め、足下にいくつもの投石が着弾する。

それらを避けようとみっともないダンスを踊ると、再び矢の雨が降り注いで防壁を張るメディアの悲鳴が聞こえる。

今度はさっきよりも数が多く、矢が屋根のように重なって日の光が遮られてしまう。

青いはずの空が三分ほどしか見えず、その全てが逃げ惑う自分を狙っていることに恐怖して足が竦んでしまった。

 

「宝具の集中攻撃だ。Aランクの攻撃も混じっていやがる!」

 

「な、なんだよ! なんでオレばっかり――この、卑怯者め!」

 

「どうか冷静に。あなたは私が護ります」

 

メディアがいつになく頼もしい。

生前もこんな風に力強い言葉を発した直後にとんでもない事を仕出かしたような気もするが、今は彼女に縋るしかなかった。

だが、それでも不安は消えない。

彼女は恐ろしい魔女ではあるが、全盛期ではなく未熟な時期(リリィ)として特殊な現界を果たしている。

万が一、この矢の雨を防ぎきれなければ、惨たらしく蜂の巣になって死ぬのは自分だ。

それだけは何としてでも避けたい。

 

「よし、ヘクトール! ヘクトールも残れ! サーヴァントらしく私を護れ! そしてヘラクレス! どうせアーチャークラスだ。お前の一撃で挽き潰せ!!」

 

命じられたヘラクレスがアルゴー船を飛び出し、一目散に島を目指して海を掻き分ける。

これで安心だ。

誰もヘラクレスには敵わない。

彼は不死身で、無敵で、最強の大英雄なのだから。

まるで子どものようにメディアに縋りながら、イアソンは必死で震える体を抑える。

そのため、ヘクトールの呟きを聞き取ることができなかった。

 

「ここまでは敵さんの思惑通り。差し詰め女神様はアカイアのヘレネーってとこか。あー、カサンドラの気持ちが初めてわかったわ。俺が何を言ってもこの船長は聞かないだろうしな」

 

 

 

 

 

 

嵐が迫ってくる。

イアソンを集中攻撃すれば、防御を固めてヘラクレスだけを差し向けてくるだろうというアタランテの予測は見事、的中したようだ。

船を飛び降りた大英雄は海を掻き、砂浜を割らんばかりの勢いで疾駆して、まっすぐにこちらに向かってきている。

一度目の戦いの時も感じたが、恐ろしい気の圧力だ。しっかりと気合を入れなければ咆哮だけで竦み上がってしまう。

 

「来たわよ、藤丸・・・いいえ、マスター。しっかりと私の身を守りなさい!」

 

「わかった、逃げよう」

 

羽毛のように軽いエウリュアレの体を抱え上げ、立香は森へと走る。

経路は事前に決めたルートの中から最適なものをロマニが適宜、指示してくれる。

自分はそれに従って、目的地まで一目散に走ればいい。

振り返っている暇はない。

背後の隙は自分のサーヴァントに任せるのだ。

彼女を信頼し、カルデアにいるロマニを信頼し、力を貸してくれくれているサーヴァントのみんなを信頼し、こんな無茶な作戦を認めてくれたカドックを信頼する。

みんなを信じて、ただひたすらに走るのだ。

 

「させません!」

 

マシュの盾にヘラクレスの剣がぶつかる音がする。

衝撃が背中を襲い、思わず仰け反って倒れそうになった。

近い。

予想以上に大英雄が近い。

10メートルか、5メートルか、それとも指先一つの距離まで近づかれたのか。

それを確かめている余裕はない。

軽いとはいえ女の子を1人抱えたまま、障害物の多い森の中を走らねばならないのだ。

カドックから渡された護符がなければ途中の石や枝にぶつかって倒れていたかもしれない。

 

『疲労の欺瞞と風除けの護符だ。それとこれは幸運を呼び込む石。ないよりはマシだろう。とにかくお前は足を止めるな。何があっても、何が聞こえてもだ』

 

至れり尽くせりからのスパルタがカドックの教育方針だ。

今だって不自然に折り曲げられた木と木の間や、岩同士が重なり合った人間2人が通れるのがやっとの隙間を潜り抜けたが、これも全部、カドックがドレイクの部下達に指示を出して作り出した即席の障害物だ。

巨体のヘラクレスでは通り抜けられない隙間がこの森の至る所に設けてある。

もちろん、彼の膂力を持ってすれば破壊は容易であるが、それでも1秒か2秒の時間は稼げる。

加えて俊足のアタランテだ。

彼女がマシュを抱えて逐一、ヘラクレスの先回りをしてくれるので、何とかここまでは無事に逃げ切ることができている。

 

「ちょっと、もっとキリキリ走りなさい! 5秒フラットで走ってやるって意気込んでいたのは誰!?」

 

「わ、わかっている!」

 

森を抜け、遮蔽物のないだだっ広い草原を走る。

後ろからは少女の悲鳴と何かが爆発したかのような轟音が響き、大地を踏み抜かんとするかのような足音が迫ってきた。

時間と共に大きくなってくるヘラクレスの咆哮はまるで死の宣告だ。

あれが耳元で聞こえた時、自分は八つ裂きか粉微塵にされて殺されるのだろう。

冗談じゃない。

死ぬのはごめんだ。

まだやりたいことは山ほどある。

マシュともっと一緒にいたいし、カドックからはマスターとして魔術師としてもっと色んなことを教わりたいし、ロマニやダ・ヴィンチとももっと話をしたい。

自分はまだ生きていたい。

そう思うと重い足にも力がこもる。

気合を入れて大地を蹴り、エウリュアレを抱えたまま跳躍。

直後、背後で何かが倒れる音が聞こえた。

ヘラクレスが落とし穴に落ちたのだ。

 

「よっしゃアルテミス、やるぞ!」

 

「うん、遠慮なくぶちかましちゃうんだからね!」

 

上空から魔力の奔流が降り注ぎ、野獣のようなヘラクレスの咆哮と重なり合う。

一足先に待ち伏せていたアルテミスが奇襲を仕掛けたのだ。

落とし穴に落ちてくれるかどうかは賭けだったが、どうやらうまくいったらしい。

これでもう少し、リードを広げることができる。

 

『すごいな、アルテミスの宝具を紙一重で捌いている。狂っていても大英雄、致命的な一撃は防いでしまうのか』

 

落とし穴に落ちたのは単にそれが脅威にはならないため、彼の第六感が働かなかったのだろうとロマニは付け加える。

ならば、この先にも希望が出てくる。

カドックが仕掛けた罠はあれだけではない。

この先の森には落とし穴、二度踏むと起爆する札、振り子式の丸太や転がる岩、トリモチ、網、etc。

考え点く限りの罠が仕掛けられている。

一つ一つは脅威ではないが、律義に引っ掛かってくれれば数秒は足止めができるはずだ。

 

「来たな。エウリュアレ、藤丸、急げ! ここは僕が抑える!」

 

擦れ違い様にダビデが構えていた投石器を振り回し、鈍い音が背後で響く。

かつで巨人ゴリアテを倒したダビデの宝具『五つの石』(ハメシュ・アヴァニム)

残念ながらヘラクレスの耐久力を突破できるほどの力はないが、寸分違わずに頭部へと叩き込まれる投石は足止めには十分である。

自分にできることはひたすらに走り続けることだけだ。

心臓は張り裂けそうなほど脈打っているし、足は棒のように言うことを聞いてくれない。

酸欠も起こしていて眩暈までし始めた。

それでも走る。

再び駆け付けたマシュが裂ぱくの気合と共に盾を構える姿を幻視する。

彼女の死力を無駄にするな。彼女に涙は似合わない。

病み上がりの体で必死に策を講じたカドックの姿を回顧する。

彼の必死を無為にするな。あいつが落胆する姿なんて見ていられない。

だから、走れ。

地を蹴って、風を切って、目の前に現れた洞窟へと滑り込む。

狭い地下墓地(カタコンベ)にヘラクレスの咆哮が木霊する。

ここから先は守ってくれるものは何もない。

自分の足だけが頼りだ。

 

「もう逃げ道はないわね。怖い?」

 

「怖いさ、もちろん」

 

「そ、私もよ。けど、やるしかないの。さあ、覚悟を決めてアレを跳び越えなさい!」

 

「っ―――!!」

 

胸中で祈りつつ、大地を蹴る。

一瞬の浮遊感の後、落下した体はロクな受け身も取れずに地面に叩きつけられた。

 

「や、やった。やればできるじゃない、マスター!」

 

エウリュアレが感嘆の声を上げる。

苦痛に耐えながら顔を上げると、こちらに向かって邁進するヘラクレスの姿が見えた。

地下墓地(カタコンベ)の通路は辛うじてヘラクレスが通れるほどの大きさであり、彼の足下などから背後に回り込んで逃げることはできないだろう。

つまり、ここが終着点だ。

行き着いた先に出口はなく、待っていたのは屍ばかり。

ただし、そこに加わるのは自分達ではない、大英雄だ。

 

「――――――!!?」

 

こちらの意図に気が付いたヘラクレスが疾走を緩める。

さすがのバーサーカーも自分達の間に置かれたそれが放つ気配は感じ取れるのだろう。

だが、もう遅い。既に大英雄の姿は彼女の眼に映り込んでいる。

地下墓地(カタコンベ)の最奥。自分達が飛び込んだ墓所で待ち構えていたアナスタシアのスキル「シュヴィブジック」によって足を縺れさせたヘラクレスは、バランスを崩して前のめりに倒れていった。

咄嗟に受け身を取ろうと剣を捨て、両手を突き出すヘラクレス。

そうはさせまいと追いついたマシュ達が怒涛の勢いで大英雄の巨体を押し込み、宙に浮いていたヘラクレスはまるで風船のように僅かに前へと押し出される形で倒れ込む。

その真下にあったのは、イアソンが求めて止まない呪われた聖遺物。『契約の箱』(アーク)だ。

 

「ジャックポットだ、大英雄」

 

立香とカドックの唱和と共に、ヘラクレスの指先が『契約の箱』(アーク)に触れる。

シュヴィブジックは悪戯のスキル。転ばせることはできても相手を傷つけることはできない。だが、転んだ後に干渉すればその限りではない。

エーテル体を構成する魔力を根こそぎ奪われ、存在を維持できなくなったヘラクレスは、断末魔の悲鳴を上げることすらなく、まるで最初からそこにいなかったかのように跡形もなく消滅した。

 

「やった。やりました・・・・・・マスター、大丈夫ですか?」

 

「し、死ぬかと思った」

 

脳内麻薬で誤魔化せていた恐怖が今になってぶり返し、立つことすらできない。

こんな作戦を自分で言い出しておきながらこの様だ。

 

「気が気でなかったわね。まあでも、野蛮なだけの勇者ではなく、自分の弱さを知って出来えるだけのことをした。立派な振る舞いだったわよ、マスター」

 

「ああ。よくやったよ、お前は」

 

差し出されたカドックの手を握り、立ち上がる。

これで最大の障害は取り除かれた。

後はイアソンから聖杯を取り返し、特異点を修復するだけだ。

第三特異点での旅もいよいよ、佳境に差し掛かろうとしていた。

 

 

 

 

 

 

こちらが船を動かすと、沖合でヘラクレスの帰還を待っていたイアソンがヒステリックな叫びを上げた。

ヘラクレスはどうした、どうしてお前達が生きていると、目の前の現実が受け入れられずに錯乱したかのように声を張り上げる。

 

「アイツはヘラクレスだぞ! 不死身の大英雄だ! 英雄(オレ)達の誰もが憧れ、挑み、一撃で返り討ちにされ続けた頂点なんだぞ! それがこんな、お前らのような寄せ集めの雑魚どもに倒されてたまるものかぁ!!」

 

悲痛な叫びは信頼の裏返しであった。

彼らの間にどのような繋がりがあったのかはわからない。

イアソンは高慢で自分勝手な男なのかもしれないが、それでもヘラクレスへの友情、信頼は確かに持ち合わせていたのだ。

例えそれが酷く歪んだ形であったとしても。

 

「野郎ども、準備はいいね! 目標はアルゴー号! 連中が持っている財宝はアタシ達の自由の海だ! 全部まとめて取り返すよ!」

 

ドレイクの号令を受けて黄金の鹿号(ゴールデンハインド)はまっすぐにアルゴノーツへと前進する。

恐れをなしたイアソンは即座に舵を切って撤退することを選ぶが、船速はこちらの方が早かった。

波と風を味方につけ、砲撃を交えながら見る見る内にアルゴノーツへと迫る。

すると、アルゴノーツから竜牙兵やサーヴァントの成りそこないであるシャドウサーヴァントが次々に召喚され、黄金の鹿号(ゴールデンハインド)へと乗り込んでくる。

どうやら、逃げられぬと悟って戦う気になったようだ。

 

「帆を守れ! やられたら追いつけなくなるよ!」

 

「マスター、私の宝具でメディアの魔術を防いでみます」

 

「わかった。カドック、マシュのフォローを!」

 

「キャスター、聞いての通りだ!」

 

「ええ。敵をマシュに近づけさせなければいいのね」

 

一方的な逃走劇は、やがて壮絶な撃ち合いへと発展する。

守りに徹していたメディアが魔術による砲撃を開始したのだ。

それでいてこちらの攻撃への防御も疎かにせず、アルゴノーツの船速も少しずつ上げていっている。

これだけのことをたった1人でこなしているのだとすると、さすがは神代の魔女といったところだろうか。

 

「マスター、視えたわ。イアソンは聖杯の魔力をアルゴー号に回し始めたみたいよ」

 

「憶病なだけあって追い込まれたら形振り構わないのか」

 

このまま速度が上がり続ければ、やがては追いつけなくなって逃げられてしまうかもしれない。

アタランテ達も必死で攻撃しているが、船内に乗り込んできた敵への対処もあるのでアルゴノーツの逃走を阻むことができない。

付け入る隙があるとすれば、船の操舵から攻防に至るまでの全てをメディアが行っているということだろうか。

アナスタシアが透視したところ、彼女の方も魔術の並列処理が限界に来ているらしい。

後、もう一押し、彼女の不意を突くことができれば、オーバーフローを起こして船の動きを止めることができるかもしれない。

 

「ドレイク船長、ボートを貸してくれ! 僕とアナスタシアが側面からアルゴノーツを抑える!」

 

「却下だ! できるかどうかはともかく、小舟なんかで近づいたら転覆するのがオチだ!」

 

「なら、どうすれば―――」

 

まごまごしているとアルゴノーツに逃げられてしまう。

だが、他に手も思いつかず、こうなったら無理やりにでも飛び出してやろうかと考えていたその時、聞き慣れた笑い声が大海原に響き渡った。

 

「デュフフフフフ。ならば、その役目は拙者が引き受けよう!」

 

瞬間、海を割って一隻の帆船が海中から姿を現した。

その威風堂々とした佇まい、掲げられた髑髏の印、船首に立つその男をカドックはよく知っていた。

己が力のみで海を支配し、富と名声と力の全てを手に入れた海賊の中の海賊。

溢れんばかりのカリスマと泥のような狂気を内包した危険な男。

狡猾で残忍、冷酷で残念。そして凶暴で欲深な我らが船長。

駆る船の銘はアン女王の復讐号(クイーン・アンズ・リベンジ)

そう、彼こそが海賊。

彼こそが――――。

 

「アーイム、バァァァック!!」

 

――――黒髭エドワード・ティーチ。




黒髭「この高さから落ちれば助かるまい」

というわけで生きてました、黒髭。
ドレイクとの別れをカットした理由がこれ。
彼のしぶとさを舐めてはいけません。

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