Fate/Grand Order IF 星詠みの皇女 作:ていえむ
穏やかな海を見ていると、先ほどまでの喧騒がまるで嘘のように感じられる。
どこまでも続く青い空と海、流れる雲は白く、陸地を求める海鳥達が行き交う姿は平和そのものだ。
そういえば、ここに来てから慌ただしくてこんな風に海を眺める余裕はなかったなと、カドックは思った。
「魔神柱の消滅を確認。聖杯の回収も完了しました」
「了解、マシュ。
聖杯を回収し終えた2人がこちらに戻ってくる。
アルゴー船は英霊イアソンの宝具だ。
聖杯からの魔力によって辛うじて存在を維持していたが、その繋がりが断たれたとなると、すぐにでも消滅しかねないので、急いで
別にこのままカルデアに戻っても良かったが、今回は今までと違って別れを交わす時間は十分にあるので、帰還するのは
カドックからすれば馴染みのない面々ばかりなので、少し居心地が悪かったが、別に反対するほどでもないので2人に付き合うこととなった。
「そういえば、黒髭は?」
「戦闘が終わった時にはいつの間にかいなくなっていた。今度こそ消滅したのかもな」
あのヘクトールと正面から戦ったのだ。黒髭といえど無事では済まないだろう。
それに結果的に共闘する形となったが、こちらとは本来は敵同士だ。自分に至っては裏切り者である。立香達のようにお礼を言い合うような関係ではないし、彼の方もそんなしんみりとしたものはご免だろう。
「はー、やっとここから帰れるわ」
「さあ、行きましょうオリオン! 愛の逃避行へ!」
「お前なぁ。ここ別れのいいシーンだろ? ちょっとはいいとこ見せようと思わないの?」
にこやかに自分を抱きしめるアルテミスに対して、オリオンは深いため息を吐く。
女神の寵愛を受けた狩人。一見は恵まれているようでいて、色々と苦労しているようだ。
「あー、タイミングがなくて聞けなかったけど、どうしてぬいぐるみなんだ、お前?」
「今!? それ今聞くの!?」
こちらの問いかけに対して、オリオンは呆れたように顔をしかめる。
ああ、最高に憎たらしい。よくよく見たら可愛げもないし。
「俺だってなりたくてぬいぐるみやっているんじゃないの。いつか違うナリでお前さん達とは出会いたいもんだ」
そう言って、オリオンはアルテミスの腕から逃れてマシュの方へと飛んでいく。
「マシュちゃん、最後に別れのチューとか――あ、ごめんなさい。はい、もうしません」
無言で立ち塞がった立香の顔を見た途端、縮こまったオリオンがアルテミスのもとへと戻る。
こちらからは見えなかったが、いったいどんな表情をしていたのだろうか?
「はあ、いつかまたあいつと会いたいものね。名前を呼んで、あの恥ずかしい告白をからかってあげなきゃ」
「今度は役に立てたようで何よりだが、私はまだ本領を発揮していない。藤丸、カドック、また機会があれば呼んで欲しい。必ず力になろう」
役目を終えたことでサーヴァント達の帰還が始まった。
まずオリオンとアルテミスが、続いてエウリュアレとアタランテが光の粒となって消失し、最後に残ったダビデの指先も少しずつ塵となっていく。
それを見たダビデはこちらに向き直り、爽やかな笑みを浮かべて別れを告げた。
「そちらは色々とタイヘンそうだけど、挫けずに頑張ってくれ」
「ダビデ王。魔神柱のことで何か知っていることはないのか?」
「そうです。あなたはイスラエルの王、七十二柱の魔神を召喚したソロモンの父親なのですから」
「うーん、確かにソロモンは僕の息子だけど、召喚術は僕の管轄外だしなあ」
どことなく淡白な返答にカドックと立香は思わず目を見合わせた。
いくらサーヴァントの身といえど自分の息子が関わっているかもしれないというのに、反応が余りに薄い。普通はもっと取り乱すとか、狼狽えるものではないだろうか?
「ダビデ王、あなたはソロモン王は魔神柱とは無関係だと思っているのか?」
「んー、どうだろうね。あいつ、基本的に残酷で悪趣味でろくでなしだから」
『そんな、ひどい! もう何も信じられない!?』
我が子に対してあんまりな評価に思わず開いた口が塞がらない。
加えて何故か通信の向こうでロマニが思いっきりへこんでいる。
ひょっとして、ソロモン王のファンか何かだったのだろうか?
「僕はソロモンとはあまり関りがなかったからさ。育児には興味なかったから。でもまあ、あいつは愚者ではあったけど、正直者だった。人類史を滅ぼすなんてこと――――隠れて交際していた10人の愛人みんなに裏切られるぐらいしないと考えないんじゃないかな?」
最後にとんでもない爆弾発言を残して、ダビデは消滅する。
一瞬、呆けていたロマニであったが、ダビデの言葉の意味を理解できたのか、通信の向こうで声を荒げさせた。
『どこまで酷いんだよ、ソロモン王のイメージって!?』
「まったくだ。そんなことしなくても不自由しないだろう、ソロモン王は」
何しろソロモン王は側室だけで700人もいたのだ。基本的に外交のための政略結婚ばかりなので愛があったかどうかまでは定かではないが、10人程の女性に裏切られた程度で人類史を滅ぼすほど器の小さい男とも思えない。
『君もたいがいだな、カドックくん!』
通信の向こうでロマニが憤慨する。
機器の調子でも悪いのかいつものホログラフは表示されないが、彼が顔を真っ赤にしているのは手に取るようにわかった。
「そっか、これでもうおしまいか。やっぱり修正されるとアンタ達のことは記憶から消えるのかい?」
立香とマシュの表情が曇る。
特異点を修正すれば歴史の異常は最初からなかったことになり、人々の記憶にも残らない。
どれほどの偉業を成し遂げても、如何なる大災害が起ころうとも、誰もそれを知ることなく眠りにつき明日を迎える。
例外は
自分達だけが特異点という星を観測しその出来事を記憶に刻むことができる。
最初は合理的だと思っていた。
どうせ記憶に残らないのなら気兼ねなく歴史に干渉できると。
しかし、彼らは違った。
藤丸立香とマシュ・キリエライトは消えゆく思い出に向き合い引きずっていくことを是とした。
そうすることがせめて特異点で共有した気持ち、繋がった縁を無為にしないことだと信じて。
それはなんて残酷なことなのだろう。
「アンタ達との世界一周は無理か。でもいいよ、短い間だったけれど、面白可笑しい旅だったからさ」
「ドレイク船長」
「さ、行きな。海の人間にとっちゃ別れはいつだって唐突さ。砲弾で吹っ飛ばされて、波にかっさらわれて、挙句に行き先を見失って死んでいく。だからアタシ達はそんな恐怖を――いつでも笑って誤魔化すのさ」
笑みを浮かべたドレイクが2人の体を回してこちらへと押し込む。
しんみりとした別れはここでおしまい。
後は笑ってそれぞれの道へと戻る。
彼女は世界一周の旅へ、自分達は新たな特異点へ。
「アンタらの旅の終わりに、アタシとの旅は楽しかったって思い出してくれればそれでいいさ!」
「はい、さようなら。自由の海を渡り歩く
「よい航海を」
「カドック、あなたも何か言ったら?」
不意にアナスタシアから話を振られ、言葉に詰まる。
別れも何も、今回、自分と彼女にはほとんど接点がないのだ。
既に指先から消滅も始まっているため時間もあまりない。
いったいどんな言葉をかければ良いのかと迷っていると、ドレイクは太陽のような眩しい笑みを浮かべて言った。
「黒髭海賊団。うちの船なら水夫はいつでも歓迎だ。鞍替えしたくなったらいつでも言いな」
「…………その時は一緒に、喜望峰を――」
意識が断裂する。
最後の言葉を言い終えることができたかはわからない。
けれど、とても清々しい風が胸中を吹いていた。
あれがフランシス・ドレイク。星の開拓者。
あれだけの邂逅でこんなにも胸を鷲掴みにされるなんて。
出会えて良かったとカドックは思わずにいられない。
最後に言い渡された言葉を忘れぬよう胸に刻み付けながら、カドックはカルデアへと帰還した。
□
こうして、
カルデアの面々は元の時代に帰還し、残された
どこまでも行っても果てしなく続く青い海。この景色も見納めだ。
時代の修正がどのような形で起きるのかはわからない。
ゆっくりと戻っていくのか、唐突に終わりを迎えるのか。
自分達が消えるのも明日なのか3日後なのか、或いはもうすぐそこまで来ているのかもわからない。
「何を辛気臭い面しているんだい、アンタ達!」
ただ1人、この状況で顔を上げていたのはフランシス・ドレイクだ。
彼女だけは船を包み込む虚無感に囚われず、いつもと同じように海図とコンパスを片手に不甲斐ない部下達を叱咤する。
「いつまでもしんみりしてんじゃないよ。サッサと持ち場につきな」
「ですけど姐御、これからどうするんです? 特異点の修復とやらは終わった訳ですし、俺達もこの海もいつ消えるか――――」
「そこはそこさ。アタシらの自由な海が帰ってくるのは嬉しいが、このびっくり箱みたいな海だって捨てがたいだろう」
そう言ってドレイクは1枚の地図を取り出した。
古ぼけた羊皮紙は日に焼けて土色に変わっており、インクも所々掠れていて読み取りづらい。
だが、長年を海で過ごした冒険野郎達はその古い紙切れを見た途端、先ほどまでの虚脱感が嘘のように笑みを取り戻した。
「黒髭の船に乗り込んだ時にね、ボンベの奴に目ぼしいものを持って帰ってくるよう言っておいたのさ。宝もそれなりにあったけど、こいつはとっておきみたいだ。何度も読み返したり後から補修した跡がある。さすがはアタシの後輩、こういう所にも抜け目がないらしい」
それはエドワード・ティーチがこの海で見つけた宝の地図であった。
金銀財宝か、歴史的価値のある遺物か、或いは聖杯のような神秘の類か。
何れにしろ、彼はこの地図に示された場所にお宝があると確かに睨んでいたことに違いはないだろう。
「どうせ消えるんなら、最後まで派手に冒険しようじゃないか。元の世界に持っていけるかはわからないけれど、そこに宝があるなら奪い取るのが海賊さね」
「さすが姐御、まだ暴れたりないんですね」
「こうなりゃ一生ついていきますぜ、姐御」
新たな冒険を前にして俄かに活気が戻ってくる。
そう、はみ出し者に湿っぽい話は似合わない。
例え明日には消えるのだとしても、最後まで全力で今日を謳歌するのが海賊だ。
ドレイクは満足そうに頷くと、新たな目標に向けて部下達に号令をかける。
直後、どこからか聞き覚えのあるだみ声が聞こえてきた。
「BBA! 抜け駆けは許しませんぞぉっ!!」
「この声は……」
「
白い波を掻き分け、一隻の船が
船首に片足を乗せて立つのはエドワード・ティーチ。
フランシス・ドレイクの百年後に生まれる男。
この海を引っ掻き回し、自分達と敵対し、アルゴノーツとの戦いの際に誰にも気づかれることなく消えたはずのサーヴァント。
その男が、未だに現界を続けてドレイク達の前に姿を現したのだ。
「拙者のお宝を盗んだことは百も承知! BBAだけにせせこましいったらありゃしない! 例えお天道様が許しても、この黒髭は許しませんぞぉ! デュフフフフ!!」
「あんたもしつこい男だね。アタシのことが目障りならとっとと消えればいいだろうに。実のところ、どう思っているんだい、アンタは!?」
その質問に対して、ティーチはニヤリと唇の端を吊り上げる。
「それ言っちゃ野暮ってもんだぜ、
自分達の関係はそんな好意の良し悪しで測れるものではない。
羨望や好意があろうとなかろうと、自分達が出会えば争い合うのは必定。
何故なら、自分達は海賊なのだから。
目の前のお宝は奪い、並び立つなら邪魔をし、立ち塞がるなら踏み越える。
昨日を忘れ、今日を狂い、明日を笑って過ごすのが海賊だ。
そんな思いがこもった瞳の輝きに、ドレイクもまた不敵に笑って応える。
「なら
「デュフ! そんな無粋な真似はしませんとも。地図の中身はバッチリここに入っているでござるからな」
ティーチは自分の額をこつこつと指差して見せる。
内容は覚えているから、地図を取り返すような真似はしない。
これはどちらが先にお宝を手に入れるのかの宣戦布告であると暗に告げているのだ。
「へえ……」
2人の視線が交差し、同時に動いた。
「野郎ども、碇を上げな! 進路を東へ! 黒髭に追いつかれたらただじゃおかないよ!」
「進路このまま、大砲用意! 向かい風だろうと構わず進め! BBAに目にもの見せてやれ!」
砲弾が飛び交い、互いの罵詈雑言が穏やかだった海を激しく揺さぶる。
両者の進路の先には嵐の海。
それを乗り越え、どちらが財宝を手に入れたのか。
それを知る者は誰もいない。
□
今までの特異点もそうだったが、今回は特に異例だらけで無事に任務を達成できたのが今でも不思議でならない。
何しろ陸地が消失し、様々な年代の海が重なり合うように融合した世界だったのだ。
無事に生還できただけでも奇跡に近いだろう。
帰還するなりカルデアのみんなが2人のマスターを讃え、あのダ・ヴィンチも聖杯を受け取る際に労いの言葉を送るほどだ。
一方で人理焼却の謎は深まるばかりだった。
ソロモン王が関与している可能性が濃厚になってきたこともあり、ロマニは軽いショックを受けているようだったが、それはそれとしてソロモン王が生きた時代を調べてみる必要があるとのことで、何とか方法はないかと検討するらしい。
詳細は追って伝えるとのことで、今は次の特異点に備えて休息を取ることになった。
「あら? 何だかご機嫌ね、マスター」
マシュ達と別れ、自室へと向かう道すがら、アナスタシアは自身のマスターの変化に気づいた。
フランスの時もローマの時も、疲労困憊で気持ちもいっぱいいっぱいだったのに、今回はどういう訳かとても充実している。
顔色が悪いのはいつものことだが、それも心なしかいつもより血色がいい。
「ああ、今回は色々と考えさせられた」
「黒髭の言葉をまだ気にしていたの?」
聖杯の所在を探る問答の際、ティーチはカドックの心の脆さを突いてきた。
カドック自身の劣等感と、それに起因する野心と虚栄心。
困難に直面した時、彼は自分にはできっこないという諦めの気持ちと自分でもできるはずだという反骨の気持ちを同時に抱く。
その危ういバランスは彼にとって力であると同時に脆さでもあった。
土壇場で目の前に地雷が現れても彼はそれを承知で踏み抜かざるを得ない。そういう性分なのだ。
誰よりも憶病でありながら手にした命題を手放すことができず、失敗すればこんなはずではなかったと嘆き、成功しても他の人間ならもっとうまくできると自分を卑下にする。
そんな矛盾した劣等感がカドック・ゼムルプスという魔術師を形作っている。
「船長――黒髭への答えはただのハッタリだ。僕自身に聖杯へかける望みはない。だから、考えてみたんだ。考えて――何も思い浮かばなかった。現状にいっぱいいっぱいで、聖杯にかけるような願いはどこにもなかった」
その割には表情に暗い色は感じさせない。
暗闇の中でほんの僅かな明かりを見つけた幼子のような、そんな眩しさを瞳の向こうに携えている。
こちらの疑問を感じ取ったのか、カドックはバツが悪そうに後頭部を掻き、周囲に人がいないことを確認してから言った。
「カルデアに呼ばれた時、ペペ――Aチームの同僚に言われたんだ。チャンスが来たんだからモノにしろって」
自分のような凡人が人類史の保証などという偉業に関わっていいのかと悩んでいた時に、彼はそう言って発破をかけてくれたという。
自分勝手でおかしな言動をする人物だったが、確固たる自己を持ち、カドックが嫌がるのも構わずに干渉を続けてきたとのことだ。思い返すとそれは先達として自分のことを導こうとしてくれていたのではないのかと、カドックは言う。
「七つの特異点を超えた先に何があるのかわからない。何も変わらないのかもしれない。けど、自分の限界がそこまでなんだとしたら、きっと明日は前を向ける気がする。この旅を終えて初めて、胸を張ってここまでやれたんだって言える気がする。自分のマイナスをゼロに戻すことができる。これはそういう旅で、聖杯には託せない願いだ」
心の底から欲しいと願ったのは、聖杯でもそれによって得られる力でもなく、旅の行きつく先。
今までの自分への清算と、これからの生き方は旅を終えるまでは決められないと彼は言った。
そして、黒髭が言った通り、自分はズルなんてできるような人間じゃないらしいと、カドックは照れ隠しのように笑う。
その笑顔をアナスタシアは決して忘れることはなかった。
陰気で常に思い詰めているように表情を曇らせている彼が、まるで冬に差し込む日差しのように暖かな笑みを浮かべているなんて。
なら、自分がかけられる言葉は一つしかない。
人類史の影法師、サーヴァントたるこの身でできることは、彼の力になることだけ。
改めて誓おう。
カドック・ゼムルプスがどんな判断を下し、如何なる結末を迎えることになろうとも、彼と共に歩むと。
「あなたなら成せます。私というサーヴァントを引き当てたのですから、そうでなくては困ります」
「そうだね。君は一流のサーヴァントで、僕は一流の魔術師だ。ああ、きっとやれる。僕達みんなで必ず、世界を救う」
自分だけでなく、カルデアのみんなで。
その言葉に込められた意味にカドック自身が気づくことはなかった。
自分が何を口走ったかさえ気づいていない。
けれど、アナスタシアだけは忘れなかった。
永久凍土が溶け出すかのように、頑なだった彼の心が融解していっていることに。
A.D.1573 封鎖終局四海 オケアノス
人理定礎値:A
スカディ求めて盛大に爆死した私が通ります。
そして福袋でサリエリが一気に4人も(笑)。
宝具5は嬉しいけどさぁ。
はい、オケアノス編終了です。
読み返すともう少し黒髭には道化のシーンあっても良かったかなって思います。
次はロンドン。
やりたいシーンは一通り思いついたので整合性取れるか煮詰めるためにプレイバック中です。