Fate/Grand Order IF 星詠みの皇女   作:ていえむ

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第四特異点 死界魔霧都市ロンドン
死界魔霧都市ロンドン 第1節


3つもの特異点を渡り、様々な英霊達と交流を深めると、彼らの生前というものが自然と気になってくる。

魔剣を手に竜を退治した英雄はどのように生涯を終えたのか。

悲劇の女王は如何にして断罪されたのか。

彼の海賊は、あの女神は、生前に何を成し何を得たのか。

そういったことに興味を持ちだした立香は、度々カドックを伴って資料室を訪れるようになった。

目的はサーヴァント達の生前が記された伝記や記録、物語などだ。

英霊召喚の研究に使わうためなのか、カルデアのデータベースには実に様々な資料が記録されており、勉強をするには持ってこいである。

 

「それで、ギリシャ神話を読んでみた感想は?」

 

「ゼウス酷いね」

 

「珍しく同感だ。アルテミスがあんな性格なのも頷けるだろう」

 

ギリシャ神話の主神ゼウス。

全知全能の天空神にして雷の化身。

父神クロノスを打倒し、ティターン神族やテュポーンとの戦いなど勇猛果敢な伝説を持つ一方で、無類の女好きとしても有名な神性である。

神話の中では様々な動物や目当ての女性の配偶者、果ては降り注ぐ雨などに化けてまで本懐を遂げるなど、その性癖は筋金入りであり、彼が好色家なおかげで数多くの英雄が世に輩出されたとはいえ弁護のしようがない。

 

「ヘラクレスはさすがの一言だね。本当、よく勝てたと思うよ」

 

「あんな大博打はもうしたくないけどな。ギリシャを制覇したんなら、次は北欧か? インド辺りはまだ早いか」

 

「神話はもう少し翻訳がわかりやすかったらなぁ。やっぱり映像作品の方が頭によく入るよ。レオニダスの奴とか」

 

「ああ、筋肉はノンフィクションなアレな。おっと、カリギュラ帝の映画は止めておけ、見るなら戯曲にしろ」

 

他愛のない話をしながら暇な時間を潰す。

出会ったばかりの頃には考えられなかった光景だ。

自分で言うのもなんだが、藤丸立香という存在は目の上のタンコブのようなものだった。

例え自分が失敗しても、後ろに立香が控えていると思うだけで胸がざわついたものだ。

もしも自分にできなかったことを立香が成し得た時、自分は果たして正常でいられるだろうかと毎夜、悩みもした。

彼がAチームの他のみんなのような才能に溢れた人物なら、実際にそうなっていたかもしれない。

 

(馴染んだのか、それとも馴れ合いか)

 

自分でもうまく答えが出せない。

気に入らないのはそのままだが、この関係も悪くないと思えるようになったのはいつからだったか。

そんな風に思いを馳せていると、見知った顔が資料室に姿を見せた。

マシュ・キリエライトだ。

彼女はこちらの顔を見ると、表情を明るくさせながら駆けてくる。

 

「先輩、カドックさん、丁度良かった」

 

「マシュ、何かあったの?」

 

「はい。次の特異点へのレイシフトが決まりました。明朝、管制室に集合です」

 

第四の特異点。

7つの特異点の折り返しとなるそこに待つものはいったい何なのか。

そこで自分達はどのような奇妙な出来事に遭遇するのか。

不安と興味が胸中を過ぎる中、時は静かに過ぎていった。

 

 

 

 

 

 

4人で朝食を済ませ、管制室へと向かう。

既にロマニは準備を終えて待ち構えていた。

相変わらず目の下には隈ができており、顔色も悪い。

既に彼のオーバーワークは周知の事実となっていたが、止められる者は誰一人としていなかった。

一時の肩代わりはできても、彼の仕事を恒久的に分担できる余裕がない。

他の誰もが自分の仕事に手一杯なのだ。

それでも彼は誰に助けを求めるでなく、己の仕事を全うしていた。

壊滅寸前のカルデアがここまで持ち堪えているのは、ひとえにロマニのおかげと言っても過言ではないだろう。

 

「みんな揃ったね。まずは前回得た情報の解析結果からいこうか」

 

前回のレイシフトでソロモン王の関与が濃厚となり、ロマニは彼の王が健在であった紀元前10世紀頃の観測を進めていた。

その結果はシロ。特異点の発生は認められず、未来に向けて使い魔の類を放った痕跡も確認できなかった。ただし、それは生前のソロモン王に限っての話だ。

彼がサーヴァントとして別の時代に召喚され、そこで七十二柱の魔神を召喚したのなら話は別である。

 

「本当にそんなものが実在するならの話だけどね、それは」

 

加えてソロモン王が人理焼却のような悪事に加担するとも思えないとロマニは言う。

どうもソロモン絡みのことになるとロマニは消極的だ。

七十二柱の魔神については否定的であるし、ソロモンの肩を持つような発言も多い。

変に知ったような口ぶりなのも気になった。

 

「ドクター、前から気に――」

 

「ああ、ごめんごめん。ソロモン王のことになるとつい」

 

バツが悪そうに髪を掻き毟りながら、ロマニは謝罪する。

 

「まあ、実際のところソロモン王を使役するのは難しいだろうね。冬木式ならともかくカルデア式では英霊の同意がないと召喚できない」

 

そのカルデア式にしてもマシュと融合している英霊が召喚されたことでやっと安定したとのことで、それまでは非常に不安定で信頼のおけないものだったらしい。

そのため、グランドオーダー以前に召喚に成功したのはマシュと融合した英霊とダ・ヴィンチ、そして誰も知らない召喚成功例第一号の3人だけなのだそうだ。

 

「話がそれてしまったね、そろそろ本題に移ろう。第四の特異点は十九世紀――7つの中では最も現代に近い特異点と言えるだろう。けれど驚くに値しない。この時代に人類史は大きな飛躍を遂げることになる。そう、産業革命さ」

 

綿織物の発達と製鉄技術の向上、工業の発展による地域の都市化。そして蒸気機関の普及。

いわば大量生産の概念の走り、経営者に雇用される労働者という新たな市民階級の成立など、現代の社会に通ずる概念が生み出された人類史のターニングポイントである。

消費文明としての観点から鑑みても、人類史はこの時期に現代への足掛かりを得たと言っていいだろう。

 

「具体的な転移先は、絢爛にして華やかなる大英帝国。珍しいことに首都ロンドンに特定されている」

 

今までは国や大陸、海域といった広い範囲が特異点化していただけに、その狭さは些か拍子抜けである。現地で何かしらの移動手段が確保できれば探索も容易となるはずだ。

 

「カドック、それでもロンドンはモスクワの3分の2くらいはあるのよ」

 

「東京なら倍以上だね」

 

「ワシントンなら10倍――」

 

「わかったからみんなして言わなくたっていいだろう! 別に楽観なんかしていないさ!」

 

そもそも異常が起きているなら交通機関なんてロクに使えない可能性もある。

そうなると例によって探索は自分の足ですることになるだろう。

 

「とにかくロンドンだな。サッサと済ませよう」

 

「もしシャーロック・ホームズに会えたらサインの一つでも貰ってきてね」

 

「ドクター、シャーロック・ホームズは架空の人物です。恐らくですがサインは難しいでしょう」

 

「うん? マシュ、ひょっとしてホームズの本を読んだことあるの? いいよね、世界最高の諮問探偵、灰色の脳細胞」

 

「それはエルキュール・ポワロ。アガサ・クリスティが紡いだ作品の登場人物です」

 

「うぅ、でも格好いいよね、安楽椅子探偵ってさ」

 

「それはジェーン・マープルだな。それともネロ・ウルフか?」

 

「まさか笛を吹いたら出てくる奴だったりして」

 

「ヴィイはまるっとお見通しよ――いける」

 

「いや、いけないからな」

 

「わぉっ、みんなしてボクをイジメるぞぉっ!」

 

これから特異点の修正に臨むというのに、緊張を感じさせない緩いやり取りが飛び交う。

ファーストオーダーから数えてもう数ヵ月。こんな光景にも見慣れてしまった。

慣れ親しんだコフィンに潜り込みながら、カドックはそんなことに思いを馳せていた。

 

 

 

 

 

 

気が付いた時、最初に目に映ったのは視界を覆い隠す白煙であった。

霧か煙かはわからないが、数メートル先も見渡せないほどの濃霧が町全体を覆っている。

頭上には今までの特異点でも観測された光の輪が輝いているが、それすらもこの霧のせいでハッキリと見えず朧気だ。

そのせいなのか通りには人っ子ひとり見当たらない。

栄えある大英帝国の首都がまるで死んだようにひっそりと静まり返っている。

 

「カドック、これは?」

 

「魔力を帯びた――霧か。産業革命期は煙害や大気汚染が酷かったらしいが、これは――」

 

不意に喉に痛みが走る。

まるで誤って劇薬を飲んでしまったかのような焼けるような痛みと渇き。

新鮮な酸素を求めて口を開くが、取り込まれるのは有害な煙ばかり。

それは無慈悲にも2つの肺を内側から焼いていき、だらしなく開いた口からは汚染物を吐き出さんと唾液がとめどなく流れ落ちる。

 

「カドック!?」

 

『くそっ、解析が間に合わなかったか!? カドック、口を塞いで魔術回路を動かせ! 魔力で体内の異物を洗い流すんだ!』

 

「や、やっている……」

 

ハンカチで口と鼻を塞ぎ、魔術回路を励起させて全身に魔力を行き渡らせる。

そうすることで幾分、痛みが和らいできた。既に焼かれてしまった喉と肺も落ち着いたところで治療すれば何とか治せるだろう。

今はとりあえず痛み止めを打ち、不浄除けの護符で保護すれば活動に支障はないだろう。

 

『解析の結果、人体に有害な濃度の魔力が大気に充満しているらしい。ドクターは大気の組成そのものに魔力が結びついているって言っていた』

 

普通の人間が吸い込めば命に関わるレベルらしい。

何らかの魔術的な耐性や怪物、サーヴァントであるならば活動に支障はないようだ。

もしも自分が魔術回路を持たないただの人であったなら、最初の一息で死んでいたかもしれないとのことだ。

 

「そうだ、藤丸は? あいつは魔術が使えない。無事なのか?」

 

『無事だ。ドクター曰く、マシュと契約していることで、何らかの耐性を得ているみたいなんだ。この霧の中でも問題なく活動できるらしい』

 

「お互い、運が良かったってわけか」

 

『傷でいうならお前の方が深刻なくらいだよ』

 

魔術で防護しなければならない自分と違い、立香はほぼノーリスクで霧の中を進める。

どうやらここでは自分の方が半人前のマスターよりも足手纏いになってしまうらしい。

そのことに一抹の悔しさを覚えながら、カドックはアナスタシアと共に立香達との合流を目指した。

さすがに今回は今までと違い、数分で合流できる場所にレイシフトできたとのことだ。

アナスタシアの魔眼のおかげで深い霧もそれ程、障害にはならず、途中で迷い出てきた亡霊や奇妙な生き物を駆逐しつつレンガ造りの通りを進む。

現在の時刻は午後二時頃のはずだが、やはり通りを行き交う人の姿は見られなかった。

屋内には人の気配があるので、有害な霧を警戒して立てこもっているのだろう。

 

『まずいな。霧のせいなのかそちらの様子をうまく掴めない。さっきから敵性反応を見落としてばかりだ』

 

「動いているものだけを教えて頂戴。ヴィイの眼で霧の向こうを視てみます」

 

ジッと路地の向こうを見据え、アナスタシアが安全と判断した方角へ進む。

ここまでの戦闘で出くわした敵性体は亡霊に自動人形、錬金術で生み出されたホムンクルス。

カルデアからの通信によると、立香達の方は巨大な蒸気仕掛けの機械とも戦ったらしい。

その何れも十九世紀のロンドンに存在するような代物ではない。

特異点化の影響で呼び起こされたか、何者かによって放たれたとみていいだろう。

 

『後、もう少しだ。3ブロック先でマシュ達が戦闘している』

 

「ああ、音が聞こえる。どうだ、アナスタシア?」

 

「ええ、障害になるものはないわ。後はまっすぐ――――」

 

不意に悪寒が背筋を駆ける。

この感覚は今までも何度か経験してきた。

鋭く研ぎ澄まされた殺意。注がれる視線の圧力。

誰かに視られているという悪寒が反射的にアナスタシアの手を取り、その場で横っ飛びに地面を蹴った。

直後、先ほどまでアナスタシアがいた場所を鈍い刃の閃きが通り過ぎる。

 

「…………あなたは、ねえ、なんだろう。人間? それとも魔術師?」

 

「サーヴァント!? 視えて‥…いえ、視えていたけれど、動けなかった」

 

霧の向こうから姿を現したのは、軽装に身を包んだ小柄な少女だった。

手には大振りのナイフが2本。腰にもいくつか予備を提げている。

目を引くのは年恰好に不釣り合いな格好だ。惜しげもなく腹部や大腿部を晒した扇情的な姿は相応の年齢の女性が着ればさぞ男を引き付けるだろう。

 

「何なの……こんな子どもが、サーヴァント?」

 

「見た目に騙されるな。油断したらやられる」

 

とはいえ、アナスタシアの驚愕も最もだった。

全盛期の姿で召喚されるサーヴァントは、伝説を打ち立てた若々しい姿で現界することが多いが、このような子どもがいったい何を成し遂げたというのだろうか?

抱きしめれば折れてしまうような細い体は、とても英霊のものとは思えない。

彼女の正体を特定するための材料が余りに少ない。

 

「さあ、思う存分解体させてね」

 

少女の殺気が再び膨れ上がる。

彼女の狙いはアナスタシアだ。

こちらのことなど眼中にないかのように、アナスタシアをジッと見つめて腰を落とす。

隙を見せればすぐにでも飛びかかってくるだろう。

迷っている時間はない。

 

「キャスター、引きつけつつ藤丸達と合流する。眼を逸らすな、霧に紛れられたら打つ手がない」

 

「ええ、援護をお願いね、マスター」

 

「ああ、いくぞ」

 

「カシコマリィィッッ、マシタァァァァッッッ!!」

 

「え?」

 

瞬間、一陣の風がカドックとアナスタシアの間を通り抜けた。

霧の向こうで2人の異形が激しくぶつかり合い、剣戟の音が木霊する。

1人は先ほどまで目の前にいた黒い少女。

小さな体を目一杯伸縮させて壁や屋根を駆け回り、手にしたナイフを振るう。

その動きには迷いがなく、2つの視線はゾッとするような冷たさを放っている。

対するは黒い装束に身を包んだ道化師。

手にした巨大な鋏を巧みに振り回し、少女の一撃をいなしている。

何が楽しいのか狂ったような哄笑を上げながら、軽快なアクロバットで霧の街を駆け抜けながら少女とぶつかっては離れるを繰り返していた。

 

「さあ、何をしているのです! 相手はアサシン、わたくし達が力を合わせればぁっ! もう怖いものなし! ああ、恐ろしいですね恐ろしいですね!」

 

立て続けに何かが爆発する。

スキルか宝具による攻撃であろうか。

注意して見ていたつもりだったが、深い霧のせいもあって彼が何をしたのかわからなかった。

だが、少女は確かにダメージを負って膝を尽いている。

事情は飲み込めないが、これを好機と悟ったアナスタシアは戸惑いながらも謎の道化師と共に暗殺者の少女に攻撃を加えた。

更に後ろの方からも数人の足音がこちらに向かって来ているのが聞き取れた。

恐らく、立香達だろう。

 

「――――っ。いたい……いたい…よ……」

 

不利を悟った少女が霧の中へと姿を隠す。

アナスタシアが魔眼で後を追ったが、あっという間に能力の射程外に逃げ延びてしまったのか、或いは気配遮断のスキルによるものなのか、その姿を捕捉することはできなかった。

そして、後には奇妙な道化師だけが残される。

 

「ヒャーハハハハ! イーヒヒヒ!」

 

「おい」

 

「ギャハハハハハ! アハハハッハハッゴホゴホッ! 噎せましたアハハハうぇ……」

 

「どいて、マスター。道化の面相をしている者は油断ならないわ」

 

「あ、ああ」

 

それ以前に、明らかにお近づきになりたくはないタイプである。

スパルタクスも近寄り難い雰囲気を纏っていたが、あれとは完全に別種の狂気を男は孕んでいる。

 

「おぉっと、釣れないお言葉ですねぇ。折角、手助けしてあげたというのに」

 

一しきり笑い終わった後、道化師はこちらに向き直って困ったような笑顔を浮かべる。

素面ならば人懐っこそうな笑みなのだろうが、メイクと血走った目で台無しだ。

 

「カドック、無事?」

 

「そちらの方は――えっと、敵でしょうか?」

 

駆け付けた立香達も、この奇妙な男に対して戸惑いを隠せなかった。

ただ1人、冷静でいるのは立香達と共にやってきた鎧姿の騎士だけだ。

恐らく、彼らが協力を取り付けたはぐれサーヴァントなのだろう。

 

「おお、お揃いですか? では改めまして自己紹介を。悪魔メフィストフェレス、まかり越してございます!」

 

道化師はそう言って恭しく頭を垂れる。

これがロンドンでの悪魔メフィストフェレスとの邂逅であった。

この最悪の悪魔が何を企み、何のために自分達と行動を共にするのか。

この時点ではまだ、誰一人として気づける者はいなかった。 




というわけで始まりましたロンドン編。
メッフィーってこんなに書きにくいんだ(笑)


イベント特異点についてですが、少なくともロンドン編が終わるまでは保留のつもりです。
プロットは大まかにできているので、監獄塔の代わりにオリジナルを一本入れようかと考えています。

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