Fate/Grand Order IF 星詠みの皇女 作:ていえむ
通信機を通して、剣戟と魔術が交差する音が聞こえてくる。
続いてモードレッドの怒号とマシュの苦悶の声。矢継ぎ早に飛び出す立香の指示に従って2人は路地を疾駆し、敵性体と死闘を繰り広げているようだ。
その様をカドックは見ることすら叶わず、時々、アナスタシアがヴィイを通じて視た映像を教えてもらうことしかできない。
向こうでいったい、何が起きているのか。
立香達はどんな敵と戦っているのか。
それをうまく掴むことができず、焦燥感だけが募っていく。
『くそ、当たっているはずなのに攻撃が通らねー!』
『わたしにも不明です。確かに攻撃は届いているはずなのに、倒れません!』
通信の向こうから、息を切らせながら困惑する2人の声が聞こえてくる。
ヴィクター氏の屋敷から帰還した後、ジキルから頼まれた新たな依頼はホーソーエリアで起きている怪事件の調査であった。
安全なはずの屋内に侵入し、人々を覚めない眠りに誘う魔本が出現したと言うのだ。
魔本の被害はホーソーエリアという限られた場所のみであったが、被害者の数が加速度的に増加していたこともあり、マシュ達は返す刀でホーソーエリアへと向かった。
そこで出会ったのは、魔本としか形容のしようがない異質な存在。
一冊の本が宙に浮き、魔術を行使していたのだ。
「藤丸、攻撃は確かに届いているのか? 幻覚の類じゃないのか?」
『2人にステータスの異常はない。念のため『イシスの雨』を使ったけど、効果はなかった!』
ステータスの異常を回復する礼装の効果も意味がなかったとなると、原因は敵の方にあると断言していいだろう。
最優のクラスであるセイバーのモードレッドですら傷つけられないとなると、何かしらの耐性スキルか物理法則を捻じ曲げる概念が働いているのかもしれない。
問題はそれが何なのかわからないということだ。
あらゆる虚飾を払い、見抜いたものを弱所とするヴィイの魔眼を以てしてもそのカラクリを解き明かせない。
このまま敵の謎を解明できなければ、マシュ達はじわじわと追い詰められて魔本の餌食となるかもしれない。
「ドクター、解析は!?」
『全ての数値はアンノウンだ。そこにあるべきものがない。藤丸くん達が何と戦っているかすら、こちらは計りかねている!』
「くそっ! 敵の狙いは何なんだ! 何で本なんかに――」
苛立ち紛れに机を殴打すると、立てかけていたジキルの本が数冊、床の上に散らばってページが捲れる。
整然と並べられた活字の群れが今は堪らなく憎らしい。
あの魔本も本の端くれなら何か書かれているのだろうが、きっとロクな文章ではないだろう。
(文字が‥…書かれて……?)
ふと見下ろすと、崩れた本の山の中にジキルの研究用と思われるノートが紛れていることに気づく。
霊薬の調合結果がまとめられているのだろうか。途中まで夥しい数式や図解が紙面に羅列されていたが、ある場所を境にプツンと途絶えて白紙が続いている。
考えるまでもない。その先を埋めるような研究がまだ成されていないからだ。
書くべきことが決まらなければ、その先を埋めようがない。
それに思い至るやいなや、カドックの思考は加速した。
干渉を受け付けず、計器では観測できない魔本、眠りにつく人々、そして特異点へのカウンターとしてサーヴァントを召喚する聖杯。
頭の中で幾つものピースが繋がっていき、カドックはある仮説へと行き当たる。
それは余りに荒唐無稽。だが、馬鹿馬鹿しいと一笑するには無視しきれない説得力がある。
「本だ……あれは本なんだ……」
「カドック、あなたとうとう――」
「僕は正常だ!」
アナスタシアに一喝し、未だ魔本と対峙している立香に通信を繋ぐ。
「そいつは固有結界だ! 正体なんて存在しない、魔術そのものが生きて動いているんだ!」
そもそも本の形であることが一つの答えだったのだ。
あれは魔術の大奥義、術者の心象風景を映し出し、世界を捲りあげる固有結界かその亜種なのだろう。
本来ならば展開した結界内に重圧や加速などの何らかの法則を働かせる、内包しているモノを取り出し操作するといった形が多いが、中には世界の外ではなく内側、術者自身に作用するものもある。そして、魔本はその作用によって形作られるものなのではないだろうか。
聖杯によって召喚された魔本は、自身を形作ることができる者――マスターを求めて人々を覚めない眠りに誘ったのではないだろうか。
『固有結界の能力ではなく、固有結界そのものがサーヴァント?』
「ああ、そいつはまだ生まれてもいない! 生前、いやその概念が生まれた過程をなぞっているだけだ!」
カルデアからは測定できないのも無理はない。
亡霊ならば払いようがある。現象ならば測定のしようもある。だが、白紙の本は批評のしようがないように、まだサーヴァントとして確立すらされていない概念に干渉することはできない。
それは同時に魔本自身の不安定さにも繋がるため、アレは自身に投影できる夢を求めているのだ。
人々の夢や希望の結晶。多くの人間に愛され、数多の夢を受け止め、遍く創造が羽根を持って羽ばたくことができる広大なる世界。
それは英雄と呼ぶにふさわしい存在だ。
アレは正に夢見る子どもたちの英霊。
寓話、童話、絵本、おとぎ話、わらべ歌。
それら全てをひっくるめた創作の概念そのものが、夢や想像力という心象世界を映し出す固有結界として成立したものが魔本の正体だ。
『物語が敵って、どうやって倒せばいいんだ、そんなの!?』
『切ろうと叩こうと手応えがないんだ。薪にくべても同じだろうぜ!』
(確かに、このままじゃ打つ手がない)
自分の仮説が正しければ、このまま放っておくか誰かが魔本のマスターとなれば、実体を得た魔本に攻撃が通るようになるだろう。
だが、前者はどれほどの被害が出るかわからないし、後者は方法が思いつかない。
正体が掴めても、倒す方法がわからなければ結局は同じことだ。
『いや、自力でそこまで辿り着いたのなら上々だ。少しは想像力の豊かな奴がいるらしい』
初めて聞く声が通信に割り込んでくる。
ハスキーで自信に溢れ、それでいてどこか疲れを感じさせる中年の声音だ。
戦闘に突入する前、立香達はジキルの協力者と合流したと言っていたが、彼のことだろうか?
酷く上から目線な物言いは少しムッとしたが、非常時なので気にしている余裕はなかった。
『ご高察の通り、こいつはサーヴァントになりたがっている魔力の塊だ。放っておけばいずれは実体化するだろうが、眠りに時間を取られていては我ら物書きは商売あがったりだ!』
『左様。快い眠りこそ、自然が人間に与えてくれる優しく懐かしい看護婦だ。吾輩、目覚めぬ夢など願い下げですな』
更に別の男の声が続く。
よく通るバリトンで些か声が大きい。
魔眼越しで状況を視ているアナスタシアから、2人はサーヴァントであると教えられる。
舞台衣装のような衣服に身を包んだ子どもと壮年の男性。
2人は息を切らせるマシュとモードレッドの前に立つと、対峙した魔本に向けて自らの武器を取り出した。
それは羽ペンと、言霊だ。
『名前のない本だから探せないのなら、探せるようにするまで。物語に実体を与える方法なんて簡単だ』
『さあ、聞こえるか! 今より其方に名前を送ろう。魔本、いいや――』
――――
唱和されたその言葉は、ただ遠くで聞いているだけのカドックの心にまで刺さる程の強い力が込められていた。
人々の想念を受け止め、鏡写しとするこの英霊にここまで相応しい名前があるだろうか。
『よし、数値は変動するけど計測可能。不安定な状態ではあるけれど、アレはナーサリー・ライムという実体を手に入れた。倒すなら今だ!』
ロマニの号令の下、マシュとモードレッドがそれぞれの獲物を手にナーサリー・ライムへと突貫する。
後で知ったことだが、何故か無抵抗なままのナーサリー・ライムは自身に向けられた刃を粛々と受け止め、魔本との戦いは呆気ない決着となったらしい。
□
「ほう。なかなかいい隠れ家じゃないか。気に入った、隣の書斎を頂こう」
「では荷を運び入れましょう。何かあったら声をかけてください。もちろん、ノックを忘れぬよう」
アパルトメントに戻って来るなり我が物顔で室内を物色した2人のサーヴァントが、家主の断りもなく書斎へと荷を運び入れていく。
1人は青い髪に眼鏡をかけた年若い少年。幼い顔立ちからは想像もできない低い声音の持ち主で、口を開けば偉そうな言葉を羅列する。
もう1人は芝居がかった挙動の男性で、こちらは事あるごとに小難しい言葉を羅列する。
どちらもこのロンドンに召喚されたはぐれサーヴァントであり、真名をハンス・クリスチャン・アンデルセンとウィリアム・シェイクスピアという。
言わずと知れた童話作家と舞台脚本家だ。
例えその内容は知らなくとも、誰もが『人魚姫』や『ロミオとジュリエット』というタイトルくらいは聞いたことがあるだろう。
2人はそれらの童話、芝居の原作者だ。
どちらもキャスターのクラスとして現界しているのだが、そもそも魔術と縁がない創作家であるが故に戦うことができず、魔本が出現するまではジキルと情報交換をしつつ情勢を見守っていたとのことだ。
「あー、疲れた。お荷物のおかげで二倍疲れた。三倍疲れた!」
「そうだね。そして、嵐のように過ぎていった」
勢いよくソファに座り込みながらぼやくモードレッドの言葉に、立香は同意する。
魔本との戦いが大分、堪えたのだろう。用意しておいたミネラルウォーターが一気に半分もなくなっている。
「お帰りなさいませ。お疲れですか? 何ならお肩をお揉みしましょうか? ウヒャヒャヒャ!」
「うん、じゃあ頼めるかな」
(頼めるのか!?)
壊れた玩具のようにカラカラ笑いながら立香の肩を揉むメフィストの姿に、カドックは戦慄を禁じ得ない。
悪魔染みた風貌も相まって恐ろしく不気味な絵面だ。
少なくとも素面では絶対にお近づきにはなりたくない。
それなのに立香はよく、メフィストの存在を受け入れられるなとつい感心してしまう。
『小説の登場人物に作者のサーヴァント、そして敵は本ときた。今回もおかしなことになってきたな』
ロマニの言葉にカドックは心の中で同意する。
今までも竜の魔女だとかローマ皇帝の連合だとか
正統派な英雄であるモードレッドが逆に新鮮に映るくらいだ。
「そういえば、フランは?」
「今はアナスタシアがついている。念のため、『魔霧計画』について何か知っていることはないか改めて聞いてみたが収穫はなしだ」
ヴィクター・フランケンシュタイン氏は蟲の群れに食い殺されるという無残な最期を迎えていた。
だが、実行者に証拠の隠匿などをする暇や手段がなかったのか、書斎には今回の事件について記されていた日記が残されていた。
そこには彼が生前、魔霧計画なる企みに加担するよう脅されていたこと、協力することを拒んだために身の危険を感じていたこと、計画の首謀者が「P」「B」「M」の3人からなる魔術師であることが記されていた。
また広い屋敷には彼の祖父が造り上げた人造人間の少女、俗にいうフランケンシュタインの怪物が残されており、不憫に思ったモードレッドがジキルのアパルトメントまで連れてきている。
言語回路が機能していないのか、こちらの言い分は理解できても自分の言いたいことはうまく言葉にできないようで、聞き取りにはかなりの苦労を要したが、彼女も何も知らないようだった。
「言っとくが言葉がわからなかったって意味じゃないぞ。彼女が何も知らなかっただけだ」
「いや、別にそんな風に思ってないよ。もっと自信持ちなって。さっきもカドックが魔本の正体を突き止めなきゃ、俺達全滅してたかも」
「……本当にそう思っているのか?」
「うん?」
「いや、いい」
揚げ足を取ったところで喧嘩になるだけだ。
確かに自分は彼が言うように魔本の正体を突き止めた。だが、有効な対応策を立てるには至らなかった。
結局はアンデルセン達の協力がなければ、魔本を退治できなかったであろう。
周りがどれだけおだてても、自分は所詮ここ止まりだ。
もっと才能がある奴は、自分なんかよりももっと鮮やかに事態を解決する。今回がいい例だ。
そんな風に自分を卑下していると、部屋の片隅で無線機を弄っていたジキルが血相を変えてこちらに向き直った。
「みんな、そのままでいいから聞いてくれ。
魔霧のせいで治安維持すら困難な状態であるが、それでも
ジキルと同じように所轄署と無線でやり取りしつつ、可能な範囲での警邏や屋内待機の呼びかけなどを行っているのだそうだ。
だが、どうして
アレは女性ばかりを狙う殺人鬼のはず。
この時代の警察署に女性の職員は、いないこともないだろうがそのほとんどは男性ばかりのはずだ。
「ごちゃごちゃ考えている暇はねぇ! 奴は逃げ足が速い。急がないと逃げられるぞ!」
「マシュ、疲れているところ悪いけど、行こう」
「はい、わたしは大丈夫です、先輩」
「何か新しい情報が入ったら、カルデアを通して知らせるよ。頼んだよ、みんな」
3人が慌ただしく外へと飛び出し、ジキルも再び無線機の前へと戻る。
カドックもそれらにつられて部屋を飛び出したが、アパルトメントの共用スペースに出たところで足が止まった。
今回の自分の役目はバックアップだ。
アナスタシアがここで遠見をする以上、自分がついて行っても足手纏いになるだけだし、アナスタシアが全力を発揮するためにも彼女の側にいなければならない。
それに、どうせ自分が行かなくとも立香達だけで何とかなるはずだ。
「おやおや、本当にそうお思いですか?」
いつの間にか、背後にメフィストが立っていた。
何がおかしいのかわからないが、口角を吊り上げて仮面のような笑顔を浮かべている。
外は霧に包まれ、明かりもロクにない薄暗い通路では、その姿はまるで本物の悪魔のように思えてならない。
「このままでいいと、本当にお思いですか?」
「お前、何が言いたい?」
「本当は前に出て戦いたいのでしょう? 自分だってやれるのだと証明したいのでしょう?」
「それは……」
「自分を偽るのはお止めなさい。あなたは素晴らしい人だ。先ほどもあなたなら魔本を倒す手段を見つけ出せたはず。あなたにはそれだけの力が眠っていると何故、お気づきにならない?」
甘い囁きはまるで毒のように耳朶へと染み渡る。
メフィスト何を言わんとしているのか、彼が何を訴えかけているのか。
その意味に気づいていても、耳を塞ぐことができない。
狂気に染まった2つの眼から目を逸らすことができない。
「このままでは全て、彼が解決してしまいますよ。そうなるとあなたがここにいる意味がなくなってしまう。それでいいのですか? 彼よりもあなたの方がずっとうまくできる。そうでしょう? 人理修復というこのチャンスを逃すと、あなたは一生を犬のまま過ごすことになる。そうじゃない、あなたは狼であるべきだ」
魔術の世界に友情はない。あるのは打算と結果、そして積み重ねてきた血統だけだ。
血統も浅く、才能も持たない凡人を、数多のエリート達は犬と罵った。
強者に縋り付く野良犬。
才能あるエリートに使われる飼い犬。
寄る辺のない負け犬。
そんな不当な扱いを引っくり返せるのは、グランドオーダーだけだ。
人理修復という偉業を成すことで、自分は初めて彼らと対等な場所に立つことができる。
この機を逃すと、自分は永遠に犬のままだ。
「僕は……」
「カドック、何をしているの?」
涼やかな声が響き渡り、カドックの意識は現実へと引き戻される。
見ると、アナスタシアが玄関の扉を開けて立っていた。
心なしか、いつもよりも視線に怒気が強い。
「道化の悪魔、何をしていたのですか?」
「いえいえ、ただのお話です。あ、メッフィーお花の水やりしてきますね。今夜のおかずにするんだーい。ヒャヒャヒャヒャ、ウーヒャッヒャッ!!」
品性の欠片もない笑い声を上げ、メフィストはスキップを踏みながらアナスタシアの横を通って部屋へと戻る。
入れ替わる形で近づいてきたアナスタシアは、心配そうにこちらを見上げながら、右手をそっとこちらの頬に添えてくる。
「大丈夫? 何を言われたの?」
「大したことじゃない。ああ、大したことじゃないんだ」
「嘘……私には視えています、あなたの気持ちが」
「…………ごめん」
頬に添えられた手を降ろし、部屋に戻るよう促す。
これ以上、彼女に心配をかける訳にはいかない。
魔術師らしく気持ちを切り替え、立香のバックアップに集中するべきだ。
「戻ろう。藤丸達を助けないと」
「……ええ、わかりました、マスター」
アナスタシアはそれ以上、何も言わなかった。
その後、カドックはいつも通りの平静を装いながら任務に邁進した。
ただ、内心ではメフィストの言葉がずっと渦巻いたまま離れず、カドックは迷いを引きずり続けることとなった。
□
立香達が駆け付けた時、既に
襲撃者である
目的を達した両者は邪魔者である立香達を片付けようと襲いかかってきたが、パラケルススは力及ばず敗退。
そして、パラケルススは悪逆である自身が討たれることを道理であると呟き、立香達に対してエールとも取れる言葉を遺して消滅したとのことだった。
特に絡んでないけど、この空間ダブル子安なんだな。
よし、オジマンも呼ぼう(笑)
明日からのイベント、みなさん頑張りましょう。
石は100連分用意できた。これを少ないと思ってしまう自分の金銭感覚が怖い。