Fate/Grand Order IF 星詠みの皇女 作:ていえむ
ロンドンに着いてから2日が経過した。
昨日のパラケルススとの戦闘以降、事態に目立った動きはない。
相変わらず魔霧は市街を埋め尽くし、異形の群れが通りを闊歩している。
昨日までで何人の市民が犠牲になったのだろうか。
幸いにも魔霧によって情報の行き来が遮断されており、その事実を知る者はいない。だが、人々がそれを知った時、果たして何人の人間が理性的な行動を心がけることができるだろうか。
崩壊の時は刻一刻と迫ってきている。
そんな中、カドックはというと、何故かフランケンシュタインの人造人間――フランの遊び相手になっていた。
「つまり、神は土塊から自分に似せた人間を生み出し、その肋骨から伴侶となる女性を生み出した。女性は男性に従属する付属物として描写されている訳だ。人類史最古の男尊女卑だな」
「ウゥ……」
「ちなみに似たような逸話は他にもある。極東では国造りの際に女神が男神を誘惑し――いや、止めておこう」
「……ウゥー、アァー……」
「え、気になるから教えろ? いや、さすがに直球過ぎて……ああ、わかった。教えるから髪を毟るな、毟るなぁ」
フランの攻撃から逃れ、せがまれるままに暗記している神話の一節を諳んじる。
よくよく考えたら、伴侶を求めて暴れ回ったフランケンシュタインの人造人間に人類最古の離婚話を振ったのが悪かった。
もちろん、元を正せば暇を持て余した彼女に聖書なんて与えたどこぞの悪魔のせいなのだが。
だいたい、どうして自分がこんなことをしなければならないのだ。
立香達は早朝から哨戒、アナスタシアは魔眼によるサポート、ジキルは相変わらず無線に張り付いて協力者達と情報交換を行っている。
メフィストだってふざけてはいるが、エプロンを身に付けてきちんと部屋の片づけやみんなの身の回りの世話を行っているのだ。
なのに、自分と来たら魔霧のせいでロクな活動もできず、拠点にこもって暇を持て余している始末だ。
「ウゥ……ウゥ……」
「うん? 書斎? ああ、あの2人もいるから気にするなって?」
こちらの悩みを察したフランが書斎を指差し、慰めるように呻き声を漏らす。
アンデルセンとシェイクスピアの2人は書斎にこもって執筆活動に勤しんでおり、ロンドンの調査には一切協力してくれていない。
だから、そんなに気にすることはないと彼女は言いたいのだろう。
元からやる気がないのと、やる気があってもできることがないのとではかなりの差があると思うのだが。
「ウィィ?」
「わかった。気にしてないから怒るな。続きだな続き。えっと……」
どこまで話したのか思い出そうとすると、傍らに置いていた通信機が着信を告げる。
見回りに出ていた立香達からだ。
「どうした?」
『カドック、たった今、ヘルタースケルターと遭遇した』
「倒したのか? 残骸は?」
『かなりバラバラにしちゃったけど、大きな部位は幾つか残っている。場所は――――』
「わかった、すぐに行く」
不満そうに頬を膨らませるフランに謝罪し、カドックはバンダナで口を覆ってアパルトメントを飛び出した。
今回は予め、魔霧除けの護符と魔術を使っているので、魔霧の影響を受けることはない。
残念ながら立香のように無制限に活動することはできないが、数時間程度ならば支障はないだろう。
「カドック、こっち」
「急いでください、アナスタシアの透視によると、敵性体が何体かこちらに向かって来ているとのことです」
油断なく盾を構えるマシュの後ろには、切り刻まれた鉄の塊が鎮座していた。
ジキル達がヘルタースケルターと名付けたその機械は、サーヴァントを除けばこのロンドンにおいて一番の難敵であった。
堅牢な装甲と魔獣に匹敵する馬力、そして何よりその正体が掴めない。
こちらから送れる情報が少ないというのもあるのだろうが、カルデアの解析では蒸気機関で動く謎の人形ということしかわかっていない。
また、気になるのはその性能と稼働数だ。
単に尖兵とするだけならば、ホムンクルスや自動人形の方が安上がりで事足りる。
対サーヴァントを想定しているのだとしたら、市内で活動している数が余りに少ない。
黒幕は何故、こんな非効率的な兵器を使役しているのか。
もしかしたらそこに何か理由があるのかもしれないと思い、カドックはヘルタースケルターを直に調べる機会を待っていたのだ。
『うーん、やはり映像で見る限りでは得られる情報も少ないな。カドックくん、本当にやるのかい?』
「現状、黒幕に繋がる情報が何もないんだ。こんなものでも調べないと先に進めない」
立香が言った通り、四肢は隈なく破壊されており、表面の装甲もモードレッドの雷で焼け焦げている。
ほとんど原型を留めていないため、それが元は人型であったなどとは誰も思わないだろう。
そして、見れば見るほど複雑怪奇な造りをしている。
魔術師であるカドックは機械に明るい訳ではないが、それでも現代社会で生きてきた以上、多少の知識は持ち合わせている。
少なくともこの機械には精密機械と呼ばれる代物が何も搭載されてはいない。
これほど複雑な機構を古式の歯車とピストン運動するポンプで動かしていることに対しても驚きだが、それらを制御すべき電子盤や配線の類が見当たらないのだ。
集積回路もなしでこんな複雑な機械を動かすことが果たして可能なのだろうか。
カドックは訝し気ながらも一際大きな、恐らくは肩関節か胸部辺りであったであろう部位に手をかざすと、魔術回路を活性化させ、解析の魔術を走らせた。
染み込んだ水をもう一度吸い上げるように。もしくは壁に反射した音を聞き分けるかのように、魔力を謎の機械に少しずつ浸透させていき、その秘密を解き明かそうとする。
街に立ち込める魔霧がカルデアからの観測を妨げるため、計器による測定ではその正体を掴めなかったが、こうやって直に調べれば、新しい発見があるかもしれない。
「おい、早くしないと囲まれるぞ」
「待ってくれ、もう少し――――よし、撤収だ!」
瞬間、首根っこを猫のように引っ張られ、カドックの体は重力を無視して真横に傾いたまま霧の街を疾駆する。
ものの数分でアパルトメントに帰還した時には、窒息とエコノミー症候群でふらふらになっていた。
急いでいたのはわかるが、こちらは魔霧を吸い込まないようマスクをしていることを忘れないで欲しい。
「はい、お水。少しだけ温めておいたけど、良かったかしら?」
「ああ、助かるよ」
アナスタシアから手渡されたカップを一口呷り、呼吸を整える。
温めの水が疲れた体に染み渡り、疲労が幾ばくか取り除かれた気がした。
「それで、どうだった?」
「ああ。僕の解析じゃ何もわからなかった」
よくよく考えれば機械に関しては素人、魔術の才能も凡庸な自分にあんな複雑なものを解き明かすなど、無理な話であった。
それこそ部品の細部に至るまで魔力を浸透させ、術式を走らせてみたが、そこから読み取れるものは何一つとしてなかったのだ。
「何だよ! 期待させやがって!」
「話は最後まで聞け、モードレッド。僕だって構造解析の魔術くらい何度もやっている。なのに、あの機械からは何も読み取れなかった。わかるか、つまりアレは機械だけど魔術が作用している。凡人の僕なんかじゃ材質すら解析できない代物なんて、神秘以外の何物でもないだろう」
「逆転の発想って訳かい? 仮説と呼ぶには些か乱暴だね」
「仮定で進めないと成り立たないのは百も承知だ。けど、そもそもどうしてあんな訳の分からない造りをしているんだ。ホムンクルスや自動人形の方が遥かに作りも簡単で安上がりなのに、わざわざ機械仕掛けにして組み上げている。あれはそういう風にしか作れなかったんだ」
恐らくヘルタースケルターはマシュの盾やモードレッドの剣と同じ類のもの、魔力によって編み出された機械なのだ。
魔力によって形成された部品を組み上げ、蒸気機関という既存の動力を用いて動く兵器とする。
アレはそのために特化した魔術の産物なのかもしれない。
『ダ・ヴィンチちゃんの方も同じ解析結果が出たらしい。そうなると、ヘルタースケルターは自律稼働じゃなくて術者が操っている可能性が高いな。大本の本体かリモコンに相当する何かを壊せれば、うまくいけば全滅。最低でも稼働率の低下は見込めるはずだ』
問題は、そのリモコンにあたるものをどうやって見つけ出すのかということだ。
魔霧によって魔力の探知は阻害されているし、アナスタシアの透視はあくまで視力に頼った索敵なので、見た目が偽装されていれば見つけ出すことは困難だ。
もしもリモコンが常に移動していた場合、見つけ出すことは不可能に近い。
そうやって一同が頭を捻らせていると、近くで一人遊びをしていたフランが徐に服の袖を引っ張ってきた。
「……ゥ……」
「うん、何だ?」
「……ゥ……ゥ、ゥゥ……」
「何だ、言いたいことがあるならハッキリ言えよ」
「……ウゥ……」
モードレッドに促され、フランはゆっくりと言葉を紡ぐ。
と言っても、カドックにはただ唸っているだけにしか聞こえないのだが。
自分ではせいぜい機嫌の良し悪しくらいしかわからないが、モードレッドは直感スキルの恩恵もあるのか、彼女の言いたいことがかなり正確にわかるらしく、彼女の言葉を聞くうちに少しずつ表情が真剣みを帯びていった。
「な、それ本当か?」
「驚きました。フランさんに、まさか、そんなことができるなんて……」
語られたのは驚くべき事実。
ヴィクター・フランケンシュタインの脅威の生命科学力の為せる業か、それとも人造人間としての彼女の本能によるものなのか、フランにはヘルタースケルターを操る魔力の痕跡が探知できるとのことらしい。
それを聞いた立香達は早速、彼女を伴ってリモコンの探索へと向かった。
市内で稼働するヘルタースケルターの活動が停止したのはその数十分後のことであった。
□
ヘルタースケルターの活動が停止して数時間。
相変わらずロンドンの街は魔霧に包まれ、街路を異形の群れが闊歩している。
驚異の一つが消えただけで、特異点の調査は完全な暗礁に乗り上げていた。
分かった事は一つ。立香達が破壊したヘルタースケルターを操るリモコン――大型ヘルタースケルターの部品に、製作者と思われる者の銘が彫られていたことだ。
その名前はチャールズ・バベッジ。
十九世紀の英国に実在した数学者であり、世界初のコンピューターとも言われる解析機関を考案した偉大なる数学の父の名だ。
彼がヘルタースケルターの開発に関わってるのかどうかは今のところ、確証はないが、仮にサーヴァントとして使役されているならヘルタースケルターの奇妙な構造にも納得がいく。
バベッジが考案した解析機関は蒸気機関で稼働し、記録媒体としてパンチカードが使用される予定であった。
それを魔術によってダウンサイジングできたのだとしたら、配線も集積回路もない状態であの複雑な機構を動かすことができるかもしれない。
それを魔術と呼ぶことに対しては非常に抵抗があったが。
「なるほど、霧の街を我が物とした機械人形の製作者は、夢半ばに没した碩学の徒が1人か。浪漫があるじゃないか」
「フランの前では言うなよ、知り合いの名前が出てきて落ち込んでいるんだからな」
「ふん、人形を弄んで楽しむようなガキに見えるか?」
仏頂面で紅茶をすすりながら、アンデルセンは言う。
修羅場を一つ潜り抜けてきたのか、目元が落ち窪んでいて、生気が抜け落ちている。
この年にもなると童話なんて恥ずかしくて読むことはないが、一作を書き上げるのに作者がここまで憔悴しなければならないのなら、子ども向けの物語もなかなか馬鹿にできないのだろうとつい感心してしまう。
「何だその顔は? ははん、俺達が何をしているか気になるというわけか。あの演劇作家はひたすらこの事件を書き上げているが、俺は違うぞ。仕事なんざ極力したくないからな」
(だったら何をしているんだ、四六時中部屋に籠って)
「お前達から聞いたこれまでの経緯……七つの特異点というヤツについて考えていた。いや、正しくは聖杯戦争という魔術儀式に引っかかるものがあるというか……」
だが、判断するには資料が足りないらしい。
一応、聖杯戦争についての資料はカルデアにも一通り揃っているので見せてみたが、それだけでは足りないのだそうだ。
聖杯や儀式そのものではなく、彼はもっと根本的な部分について引っかかる点があるのだと言う。
「よし、幸いにもヘルタースケルターは活動を停止している。俺の考察を裏付けるための資料を集めるというのはどうだ?」
「僕達がか?」
「他に誰がいる? 特にお前、この中で一番体力が有り余っているだろう。折角だから古巣に里帰りなんてどうだ?」
「それはつまり、あそこに行くってことか……」
「その通り。西暦以後、魔術師達にとって中心とも言える巨大学院――魔術協会、時計塔だ」
魔術協会。
魔術師達によって作られた自衛・管理のための団体であり、魔術の管理と隠匿、そして発展を使命としている。
「時計塔」、「アトラス院」、「彷徨海」の三部門から成り立っており、特に時計塔は西暦以後、魔術協会の総本山として機能している。
学び舎と呼ばれることもあるが、実際は魔術師達が寄り集まった自衛組織としての側面が強く、神秘の漏洩の阻止を第一としている魔窟だ。
主だった霊地や教本は協会が押さえているため、確かに魔術を研鑽するには最適な環境ではあるが、大半の魔術師が権力闘争に明け暮れ、表向きは不干渉を掲げつつも醜い足の引っ張り合いが繰り広げられている。
魔術師は本来、根源に至ることを第一の目的としており、一代では成せぬそれを次代に託すために研鑽と血統の選別、権力の拡大を行うのだが、長い年月と共にあそこの人間のほとんどは手段と目的が入れ替わり、魔術という特権的な力の維持と拡大にのみ注力している欲望の坩堝と化している。
当然ながら血統の浅い者、秀でたものを持ちえない者は舐められ蔑ろにされる傾向が強く、カドックとしても余りいい思い出はない。
「嫌だと言うのか? 構わんぞ、護衛は盾のお嬢ちゃんだけでも十分だからな」
「別に行かないとは言っていない。あそこは厄ネタの宝庫だ、今度ばかりは留守番なんてしていられないからな」
この中で曲がりなりにもあそこと関りがあるのは自分だけだ。
素人連中がうっかり警備用の罠にかかって呪われでもしたら寝覚めが悪いどころの話じゃない。
「なら話は決まった。楽しいハイキングと行こうじゃないか」
ニヤリと笑ったアンデルセンが椅子から降り、彼にとっての礼装である本を携えて戻ってくる。
途中で声をかけてきたのか、立香達も一緒だ。
「魔術協会に行くのなら、僕も同行しよう。碩学たる者、知的好奇心が疼くのを抑えられないし、調べものなら手伝えると思う」
「ジキルも行くの? 俺とマシュとカドックとアナスタシアは当然として、アンデルセンも入れたら6人か」
「危険ですのでフランさんにはお留守番をして頂かないといけませんが、おひとりにするのはちょっと……」
知己の人物であるバベッジの関与が知れてから、フランは塞ぎ込んでいる。
彼女は自棄を起こすような子ではないが、それでも放っておける状態ではない。
できることなら誰かが側にいるべきだろう。
「ではでは、わたくしめが?」
「お前は来い。教育上よろしくない」
「わたくしほど道徳的なサーヴァントもいないと思いますが、マスターがそう仰るのなら仕方ないですな」
どの口が言うんだ、と思わず言いかけて思い止まる。
向こうのペースに乗れば思うつぼだ。
だが、そうなると誰がここに残るのかという問題が出てくる。
ジキルもシェイクスピアも行く気満々なようで、ここはアナスタシアに残ってもらうべきだろうか。
そんな風に考えていると、モードレッドが口を開く。
「いいぜ、オレが残る。調べものなんて柄じゃねぇし、ここが襲われるようなことはないだろうけど、万が一ってのもあるしな」
結果、モードレッドが残る事となり、2人の笑顔に見送られながら、カドック達は霧の街へと出かけて行った。
□
時計塔は大英博物館の地下に存在する魔宮と、郊外に作られた学園都市から成り立っているが、今回目指すのは地下迷宮の方となった。
途中、何度か殺人ホムンクルスに遭遇したが、さすがにサーヴァントが5人もいれば物の数ではなく、一行は特に苦も無く大英博物館へと辿り着いた。
本来ならば荘厳な博物館の建物が建っているはずが、どういう訳かそこだけが完膚なきまでに破壊されている。
ジキル曰く、魔霧が出始めたばかりの時に、何者かの襲撃を受けてこうなったらしい。
「今にして思えば、魔霧計画の首謀者達に反抗の可能性を叩き潰されたのかもしれないな」
瓦礫を掻き分けながらジキルはそう述懐する。
時計塔自体は首脳陣が早々にロンドンを離れたこともあって、人的被害はそれほどでもないらしい。
代償として大英博物館に陳列されていた約800万もの美術品は灰燼に帰してしまったのだが、果たしてそれは如何ほどの損失になるのだろうかと、カドックはつい場違いな疑問を抱いてしまう。
「まあ、間違いなく国の一つや二つは買えるんじゃないかな?」
「それだけあったら研究には困らなそうだ。おっと、そろそろか」
念のため新しい護符を用意し直し、魔霧の影響で不浄が溜まった護符と交換する。
そして、傍らで地下の様子を透視していたアナスタシアに状況を問い質した。
時計塔へ行くと決まってから、彼女は拠点で何度も透視を試みたのだが、厳重に張り巡らされた結界に阻まれ、中の様子を伺うことはできなかったのだ。
近くまで来てみてもそれは変わらないようで、せいぜい地下で何かが動き回っているということくらいしかわからないらしい。
「人間か?」
「人の形はしていません……これは……本? 本が飛んでいる……のかしら?」
『うん、魔力の反応をこちらも探知している。多分、アナスタシア皇女が視ているものと同じじゃないかな』
「魔霧の影響で魔術書が変質したのかな? 古い本ってのはそれだけで強い魔力を宿すものだ」
カドックの脳裏に、フランスで戦ったジル・ド・レェの宝具が思い浮かぶ。
ここの地下には有史以前のものすら存在するのだ。アレに匹敵、もしくはそれ以上に厄塗れのものが溢れ返っていてもおかしくはない。
ならば、用心するにこしたことはないだろう。
「メフィスト」
「かしこまり! 既に設置完了でございます! ポチっとな!」
瞬間、ジキルとマシュが掻き分けた瓦礫の下敷きになっていた、時計塔への入口が盛大な音を立てて爆発する。
同時に、何冊かの空飛ぶ本が襲いかかってきたが、それらは待ち構えていたアナスタシアの視線が次々と氷漬けにして撃ち落としていった。
「ホッホー! 火薬が一匙、足りなかったですかねぇ?」
「いいから、次々くるぞ!」
大半はアナスタシアが撃ち落としたが、それでも何冊かは氷漬けを免れてこちらに向かって来ている。
ソーホーエリアでマシュ達が戦ったナーサリーライムと違い、普通に殴っても攻撃が通ることが幸いだが、それでもいちいち相手にしていたのではキリがない。
向こうは近づく者に対して反射的に迎撃するだけのようなので、邪魔になる分だけを倒して一気に地下へと潜るべきだ。
「本を灼く! それは有り得ざる行いに他なりません! 嗚呼、嘆かわしい……しかし、そこには一縷の甘美あり!」
「俺以外の著者の作品など存在せずとも構わん。ああ、もっと言えば俺の著作さえも灼き尽くしたいぞ!」
約2名、変なテンションになっている作家がいるが、無視しておこう。
たった今、踏み潰した本だけでも数年は遊んで暮らせるだけの価値があるというのに、どういう神経をしているんだこの2人は。
□
内部は正に迷宮と呼んで差支えのない造りをしていた。
入り組んだ構造、多数の罠、薄暗い照明。
大英博物館の地下は時計塔の中で最も古い造りをしていると聞いていたが、こんなにもクラッシックな構造だとは思わなかった。
さながらお伽噺に出てくる魔女や魔王の棲み処といったところだろうか。
時たま、浮遊する魔本と遭遇するくらいだが、曲がり角に差し当たる度に、生きる屍やデーモンの類が出てこないかと肝が冷える。
「そういえば、カドックはここに来たことがあるんだよね?」
「地下に潜ったのは初めてだ。血統も実績もない魔術師がそうそう貴重な魔術書に触れられるわけないだろ」
加えて魔術の世界は神秘の秘匿が大原則だ。
他人に知られればそれだけ神秘が薄くなり、魔術が魔術として成り立たなくなるため、魔術師は術理の公開について非常にシビアだ。
車も電話も便利な道具だが、多くの人間がその仕組みを知らないように、魔術とはその存在が広く知れ渡りながらも秘匿されねばならず、誰もがその術理を理解したならばそれはもうただの技術だ。
だから、魔術協会では隣り合った研究室が何を研鑽しているかも知らないし、知ろうともしない。
この地下に収められている資料にしてもそう。
貴重だから失う訳にはいかない。されとて一介の魔術師に公開し普及する訳にもいかない。何人であろうと神秘に触れてはならず、その存在を後世にまで遺さねばならない。
いわば、この地下迷宮は知識の牢獄なのだ。
そして、カルデアの観測とアナスタシアの透視によると、やはり内部に人の気配はないらしい。
通路の端々には破損した自動人形やホムンクルスの四肢が転がっているところを見ると、黒幕は内部にも戦力を送り込んだようだ。
ここまで念入りに手を出したとなると、逆に何を恐れていたのかが気になるところだが、今回はそれを調べている時間はない。
「下手に壁とか扉に触るな。警備用のゴーレムや亡霊が飛んでくるかもしれないからな」
「わかりました。では、わたしが先導して安全を確保しますので、みなさんは後ろから着いてきてください」
「待て、キリエライト。それなら透視ができるアナスタシアの方が余計な戦闘を避けれる。僕達が前に出る」
「なら、アナスタシアには後ろを見張ってもらった方がよくない? 彼女なら敵が来る前に気づけるでしょ」
「何を言っているんだ藤丸。キリエライトなら奇襲されてもしばらくは持ち堪えられるだろ」
「打たれ弱いキャスターが前衛なのがおかしいよ。いつも俺達が前、カドック達が後ろだろう」
「ここは僕の方が詳しいんだ」
「さっきここに来るのは初めてだって言っただろ」
「先輩、カドックさん、喧嘩している場合じゃありませんよ」
珍しく意見を衝突させる2人を見かねて、マシュが仲裁に入る。
バツが悪いのかカドックは唇を噛み締めながら視線を逸らし、アナスタシアが慰めるように背中を叩く。
その様子をメフィストは面白そうに笑みを浮かべながら眺めており、ジキルが不謹慎だと窘める。
結局、それぞれのサーヴァントであるマシュとアナスタシアが話し合った結果、マシュが先頭に立って迷宮を進むこととなった。
迷宮は入り組んでいるが、ほとんどの通路や扉は瓦礫で埋もれており、探索自体はスムーズに進んでいく。
侵入可能な部屋があれば見張りを立てつつ手早く中を調べ、空振りに終われば次へと進む。
そうしていくつ目かの部屋に差し掛かると、そこから立ち込める異様な気配に数人が目を見張った。
他の部屋が瓦礫で塞がれたり荒らされたりしている中、この部屋だけがほぼ無傷を保っている。
間違いなく、魔術で守られた書庫への入口だ。
「ミスター・アンデルセン」
「ああ、それなりに深く潜ってきたし、当たりを引くならそろそろかな。よし、俺とジキル、カドックは中へ入って資料を探す。扉を守ってくれ」
念のため罠の類が仕掛けられていないか確認し、扉を開ける。
そこは今までの部屋と違い、埃っぽさや黴臭さは感じられなかった。
恐らくは誰かが日頃から手入れをしているのであろう。
明かりをつけると、知識の宝庫が目の前に広がっていた。
目につく書架に収められた無数の本。
その全てが過去に存在し、今なお研鑽され、未来へと向けて遺された魔術書たちだ。
神代の石板もあれば大戦の火を免れた異教の経典や焚書されたはずの魔術書、復元された古文書など古今東西に及ぶあらゆる書物がそこに収められている。
この中のどれか一冊だけでも持ち帰れれば、自分は魔術師としての位階を大きく上げることができるだろう。
それほどまでの知識がここに存在しているのだ。
「これだ。英霊召喚に関する書物。む、暗号化されているのか」
「手引書はここにある。ああ、でも欠損が多いな……」
「こっちの本なら抜けは少ない。誤訳が多いから突き合わせながら読むしかないな」
何れにしろ、悠長に本を読んでいる時間はない。
関係がありそうなものを片っ端からカバンにつめて、拠点に戻ってから整理するのがいいだろう。
そう思って本を手に取った瞬間、カドックは本自体が秘めた魔力とは別の魔力がそこに宿っていることに気が付いた。
「これは……」
「なるほど、こういう仕掛けで魔術書を守ってるのか」
試しに本を持ち出そうとしてみたが、見えない壁に阻まれるかのように弾かれてしまう。
魔術書が持ち出されないように細工がされているのだ。
かなり特殊な術式が走らされているようで、カドック程度の実力では解除することはほぼ不可能だ。
カドックにできないということは、つまりここにいる誰もこの仕掛けを解除できないということである。
「カドック、魔本の群れがこっちに向かって来ている。急いでくれ!」
扉の向こうから立香の叫びと共に、何かがぶつかり合う音が聞こえてくる。
一拍遅れて複数の魔術が発動された気配を感じ取り、アナスタシアの悲鳴が耳に届く。
「っ……!」
「カドック、行って時間を稼げ。俺が読み終えるまで、持ち堪えろ!」
言われるまでもなく、カドックは扉を開けて通路へと飛び出した。
そこではマシュとメフィストが群がる魔本を必死で払い除け、その後ろからアナスタシアとシェイクスピアがそれぞれの魔術で2人を援護している姿があった。
「聞いての通りだ。全員でこの扉を死守する」
「片や神秘の園の深奥にて知識を読み耽り、片や並み居る強敵を前に扉を守らんとする! 片や知の戦い! 片や武の戦い! なかなかにこれは、そう、まさしく心躍る
「アヒャヒャヒャ! 楽しくなってきましたねぇ。いざという時はほら、自決用の爆弾もこの通り!」
どこまでも他人事なシェイクスピアと破天荒なメフィストの言動に頭痛を覚えるが、こんな2人でもいるといないとでは大きく違う。
どちらも援護に特化した能力なので、防衛戦には打ってつけだ。
敵は次から次に出てくるが、どれもそこまで強くはない魔本ばかり。
逃げ場のない防衛線という不利な状況だが、戦略を組み立てれば、アンデルセンが目的を達成するまで書庫への侵入を防ぐことは決して難しいことではない。
「第二波がくる。カドック、援護してくれ! 各個撃破だ!」
「いや、それよりもキリエライトを前に出せ! その隙にキャスターがまとめて仕留める」
「それじゃマシュが危険だ! この狭い通路じゃ彼女の冷気はみんなを巻き込みかねない! もちろん、メフィストの爆弾もだ!」
「ちまちまやっていたら押し切られる。不利なのはこっちなんだぞ、一気に倒さないと!」
「カドック、少し落ち着いて! 今日のあなたはちょっと変よ!」
「っ……!」
アナスタシアに叱責され、思わず口ごもる。
脳裏に浮かぶのは先日、メフィストから言われた言葉だった。
自分ならもっとうまくやれる。
その言葉が自分から冷静さを欠いているのだろうか。
功を焦り、いつものように振舞うことができないでいる。
そうしている間にも敵は次々に襲来し、迎撃にあたる者達の疲労が少しずつ蓄積していく。
未だアンデルセンは資料を読み込めておらず、読破するにはもうしばらくの時間が必要だ。
後10分か、それとも一時間か。
先の見えない暗闇の中での戦闘は、いつも以上に体力を奪っていく。
「……ああもう、仕方ない。こはできれば避けておきたかったんだけどな」
いつの間にか、隣にジキルが立っていた。
何故、彼がここにいるのか。
ジキルは魔術師崩れの人間だ。多少は頑丈だろうが、魔本の相手ができるような力は持っていない。
なのに、どうして。
「奥の手があるのさ。僕の魔術――僕特製の霊薬が」
懐から取り出したのは一本の小瓶。
妖しい輝きを放つ小さなアンプルだ。
彼はその口を切ると、徐に中の液体を喉へと流し込んでいく。
果たしてそれが如何なる秘蹟を呼び起こすのか。
この善良な青年に如何なる変化を及ぼすのか。
一同が見守る中、ソレは静かに訪れるのであった。
ジャンヌがきた、牛若も来た! やったぞ綺礼、我々の勝ちだ。
と喜びつつイベントを始めたらBBペレとかメイヴちゃんセイバーとかいるんですけど(笑)
ガッデムホット! すまねえイバラギ、来年また会おう。
それとカドックくん礼装だけどイベント出演おめでとう。