Fate/Grand Order IF 星詠みの皇女   作:ていえむ

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死界魔霧都市ロンドン 第5節

ここで1人の男の話をしよう。

その男は誠実で素晴らしい慈善家であった。

医学、民法学、法学、薬学などの博士号を取得した上に王立協会会員となり、新聞にも幾度か取り上げられたことがある正に未来のエリート。

だが、彼には大きな欠点があった。

それは平凡な人間からすれば当たり前の、誰もが持ち得ているはずの感情。

道徳に背を向け、己の快楽を追求する享楽性。

浅ましき欲望に突き動かされた衝動的な行動。

人間ならば誰もが持っている快楽への欲求。

欲したものを手に入れ、それを楽しむという情動を、彼は悪しき感情と断じて嫌悪していた。

否、魅せられていたといった方が正しい。

享楽のために消費される金銭、尽きぬ飽食、他人への暴力、獣の如き性欲、隣人を妬み、自身を縛る倫理や道徳からの解放に歓喜する。

そんな人として当たり前の感情に魅せられていることに気づいた男は、自身からそれらを分離するための方法を模索した。

それが取り返しのつかない悲劇へと繋がるとも知らずに。

 

『何だ、そこに奇妙な魔力反応が起きているぞ!?』

 

(魔力反応? まさか……あの薬は……)

 

ジキルの手から、飲み干した薬の瓶が零れ落ちる。

同時に、胸を抑え込みながら苦しみだしたかと思うと、彼の身体にゆっくりと変化が起こり始めた。

まず体が僅かに大きくなった。

背中が曲がり、肩甲骨が膨れ上がり、だらんと伸びた腕は明らかに普段よりも長く手の甲が地面に擦れている。

整えられていた髪も乱れ、隙間から除く瞳は赤く輝いている。

その顔は先ほどまでの紳士然としたジキルのそれではなく、見る者に恐怖と嫌悪を与えるかのように醜く歪んでいた。

口角が吊り上がり、狼のような牙と長い舌が姿を現す。

笑い声が聞こえた。

聞く者を震え上がらせる悪魔の哄笑。

凡そ知る限りの不協和音を積み重ねてもあれには及ぶまい。

冒涜的な悪の全てがそこにあった。

彼の名はヘンリー・ジキル。

またの名を――――エドワード・ハイド。

 

「ひひひ、はははははははははッ! ひっさしぶりに表に出たぜェ! 俺様ちゃん参上ォ!」

 

跳躍したハイドの手には鈍く光るナイフが握られていた。

突き刺された魔本は悲鳴を上げるかのようにページをばら撒きながら墜落し、その力を失った。

ローマのネロ帝や聖杯の加護を得ていたドレイクと同じだ。

彼の肉体は今、霊薬の効果でサーヴァント並にまで強化されている。

 

「おや、愉快なことになりましたねぇ」

 

「まるで小説に在る通りの変貌です。あれが本当にジキルさん?」

 

「俺はハイドだ!! 気に入らねぇ奴は殺す、邪魔な奴は殺す、殺す殺す殺す!」

 

まるで獣のように獰猛な叫びを上げながら、ハイドは狭い通路を駆け抜ける。

飛来する魔本を引き裂き、這い出てきたホムンクルスの贓物をまき散らし、自動人形を瞬く間に分解していく。

脇目も振らず、一心不乱に、目の前の敵だけを徹底的に屠るその姿は正に魔獣か狂戦士のようだ。

だが、あれほどの変貌をもたらすのなら負荷も相当のはず。

彼の変身はそう長くは続かないかもしれない。

 

「まだなのか、アンデルセン!? 急いでくれ!」

 

「十二分にわかっている。そう急かすな。読書というものはだな、自分のペースで行うべきだ。そう、ひとり、こうして静かな部屋でゆっくりと――――」

 

「暢気かお前は!? いいから早くしろ」

 

攻撃の余波がこちらに飛び火しないよう、防御の魔術を走らせながらカドックは叫ぶ。

ここが最奥ではなく迷宮の中腹であることも災いした。

敵は上からも下からも押し寄せてくる上、外から侵入してきたホムンクルスや自動人形に反応して迎撃用のゴーレムや亡霊までもが動き出している。

加えてこちらは大威力の宝具を使えないという制約も大きい。

ハイドのおかげで一時的とはいえ敵を押し返すことができたが、次もまたうまくいくとは限らないだろう。

 

「アンデルセン!」

 

「よし、完了だ。目当ての資料はおおむね解読できた。ついでに幾つか興味深い本もあった。個人的好奇心も充足したぞ。お前達、お手柄だ」

 

「なっ……」

 

この状況で目的以外の本も読み漁っていたとは、何て自由な男なのだ、この童話作家は。

 

「わたくし、自分の奔放さについては自負しておりましたが、これには適いませんな」

 

「吾輩も同じく、ここまで図太い神経はしていないと思いますが」

 

どの口がそれを言うんだとその場にいた全員が同じ思いを抱いたが、口にする余裕はなかった。

敵はまだまだ殺到してきているのだ。のんびり話している暇なんてない。

一行は力尽きて変身が解けたジキルを回収すると、一目散に出口へ向けて疾走した。

後ろからは次々と敵性体が集まってくるが、アナスタシアの冷気で通路ごと氷漬けにすることで足止めし、立ち塞がる敵はマシュが突貫して突破口を開く。

そうして一気に地上へと駆け上がると、カドックは地面に倒れ込みながらもメフィストに出口を塞ぐよう指示を飛ばす。

魔本が外に飛び出せば、また厄介な敵を増やすだけだ。

 

『……うん、魔本が外に飛び出た様子はないね。何とかミッション完了だ』

 

念のためきちんと塞がっているか確認し、アナスタシアにも抜け道がないか透視してもらう。

そうして安全を確認した後、一行はジキルのアパルトメントへと足を向けたのだが、道中で奇妙な違和感を感じ取った。

何がとは言えないが、町全体が重苦しい空気で満ちている。

魔霧による呼吸の阻害や魔力の影響とは違う、血生臭くて圧迫されるような気配だ。

喉元にナイフを突きつけられているような、雁字搦めにされて屠殺の順番を待たされているような、そんな感じだ。

これはあの時に似ている。

このロンドンに来て一番最初、切り裂きジャック(ジャック・ザ・リッパー)に襲われた時だ。

 

「よお、遅かったじゃねぇか」

 

「モードレッド!?」

 

アパルトメントの入口では、鎧姿のモードレッドが剣を支えにして立っていた。

何者かと戦闘を行ったのだろうか。鎧には血飛沫がこびり付いており、魔力もかなり消耗している。

それでも彼女は不敵な笑みを浮かべていた。

今にも崩れそうな体を必死で支えながら、父が愛した国の人間に無様な姿は見せられないと、精一杯のやせ我慢で口角を吊り上げていた。

 

「その傷はいったい、何があったんだい?」

 

切り裂きジャック(ジャック・ザ・リッパー)とやり合ったのさ。フランの奴が、バベッジを説得するって言って飛び出して……」

 

フランが危惧していた通り、チャールズ・バベッジは魔霧計画の首謀者のひとり、「B」であった。

彼はもう1人の首謀者である「M」によって操られており、自らの宝具の力でヘルタースケルターを増産する機械とされていたのだ。

残念ながら彼を洗脳から解く手段はなく、やむを得ずモードレッドは刃を向けたのだが、その最中に切り裂きジャック(ジャック・ザ・リッパー)が乱入してきたため、彼女はフランを庇いながら2騎のサーヴァントを相手にすることとなった。だが、フランが危険に晒されたことでバベッジの感情が洗脳の力を上回ったのか、土壇場で彼は切り裂きジャック(ジャック・ザ・リッパー)へと牙を剥き、2人を殺人鬼の凶刃から守るために己の宝具を暴走させたらしい。

結果、倒すには至らなかったが、深手を負った切り裂きジャック(ジャック・ザ・リッパー)はまたも霧の中へ姿を隠して逃亡したとのことだった。

 

「へへ、安心したら力が抜けてきた。少し眠るから、後は……」

 

「モードレッド!」

 

「すぐに部屋に運ぶんだ。みんな、運ぶのを手伝ってくれ」

 

力尽きたモードレッドを担ぎ、急いで部屋へと運び入れる。

手早く治療の準備を進めながら、カドックは奇妙な胸騒ぎを覚えていた。

魔霧計画の首謀者達は順調に倒していっているが、恐らくは計画に直接、関与していないであろう切り裂きジャック(ジャック・ザ・リッパー)が未だ野放しになっている。

恐らく切り裂きジャック(ジャック・ザ・リッパー)はパラケルススが倒された時点で既に魔霧計画の制御下にはなく、暴走状態に陥っているのだろう。

あの殺人鬼をどうにかしない限り、モードレッドのように背後を狙われる危険性が常に付きまとっている。

魔霧計画の枠外にいるイレギュラー切り裂きジャック(ジャック・ザ・リッパー)

それに対して自分に何ができるのか、カドックは頭を悩ませるのだった。

 

 

 

 

 

 

時計塔から戻ってきて数時間が経過した。

時刻は深夜、日付が変わった辺りだろうか。外は相変わらず霧に覆われていて昼夜を伺うことはできない。

傷ついたモードレッドは治療の甲斐があって一命を取り留め、今はジキルのベッドの上で眠りについている。

このアパルトメントが霊脈の上にあるということもあり、消耗の割に回復は早そうだ。

代償として立香の右手から令呪が一画消えることとなったが、彼は彼女の命が助かるのなら安いものだと言って快く了承してくれた。

 

「助かったよ、カドックくん。僕だけじゃモードレッドを救うことができなかった」

 

「いや、礼ならあいつに言ってくれ。僕は必要な処置をしただけだ」

 

令呪一画を用いてサーヴァントの霊基を修復する。

言葉にすれば簡単だが、そうそうできることではない。

確かにモードレッドは強力なサーヴァントではあるが、この先にどれほどの激戦が待っているかもわからない状況で、貴重な魔力リソースである令呪を躊躇いもなく捧げることができる立香の精神性は、魔術師からすれば異端以外の何物でもないのだ。

その選択が吉と出るか凶と出るかはわからないが、今はその行為が無為にならないことを祈ることしかできない。

 

「そうだね、藤丸くんにもお礼を言わないと。ははっ――くぅっ!!」

 

不意にジキルは胸を抑え込み、その場に座り込んだ。

駆け寄ると、額から玉のような汗が流れている。

呼吸も荒く、首筋に触れると異様な速度で脈打っていた。

尋常ではない状態にカドックは隣室にいる立香達を呼ぼうとしたが、ジキルはそれを手で制した。

 

「大丈夫……霊薬の、副作用だ。すぐに治まる」

 

「やっぱり、あの薬は……」

 

「僕の研究の集大成だ。人間の善と悪の心を切り離すために作り上げた秘薬。けど、実験は失敗だった。いや、確かに成功した。僕の心は2つに切り離され、ヘンリー・ジキルという人間から悪性は失われた。その代償として生まれたのが……ハイドだ」

 

本来ならば消え去るはずの悪性は、確固たる自我を持ってしまった。

それがエドワード・ハイド。ジキルの中に潜むもう一つの人格。

あの霊薬は服用することで眠っているハイドを呼び起こし、ジキルに絶大な力と強い解放感を与えてくれる。

同時に変身の際は骨格から変質するため、耐えがたい苦痛と強烈な副作用が襲いかかってくるらしく、服用後は倒れ込むことも多いのだそうだ。

 

「心臓が止まる程の劇薬さ。我ながら恐ろしいものを作ってしまったと震えているよ」

 

「そこまでして、自分から悪を取り除こうと?」

 

「ああ、人の心は単一のものじゃない。善と悪の2つから成り立っている以上、切り離すことは可能なはずだ。そうすればいずれ、この世界から犯罪をなくすことだってできるはず」

 

語られた言葉は余りにも空虚な響きに満ちていた。

その虚しさは見ていられないほど痛々しく、同情を禁じ得ない。

彼は本当にそんな風に思っているのだろうか。

 

「愉快ですねぇ。そんなことこれっぽっちも信じていないのに、薄っぺらい言葉で心に蓋をして。生きているの、辛くないですか?」

 

まるでカサブタをナイフで抉るかのような言葉がジキルに突き刺さる。

嫌らしい悪魔の笑みを浮かべたメフィストフェレスがそこにいた。

彼は新しい玩具を見つけた子どものように笑顔を向けながら、胸を押さえて苦しむジキルの顔を覗き込む。

 

「人の心から悪性を消す? 誰よりも悪に魅入られたあなたが、薬を使わなければ自分の善性を信じられないあなたが、よく言いますねぇ」

 

「メフィスト、口を慎め!」

 

「これは失礼。ただ、あまりに彼がどうでもいいことで悩んでいるようでしたので、つい口を滑らせてしまって」

 

「どうでもいいだって?」

 

悪を恥じ、善であろうとすることは正しいことだ。その願いをどうでもいいとこの悪魔は言う。

今も霊薬の副作用に苦しむジキルに対して、お前の悩みはくだらないと吐き捨てる。

 

「だってそうでしょう。悪があっての善、善があっての悪。光があるから影ができ、闇が暗いからこそ陽は輝かしいのです。眩しいだけの善なんて、真っ暗なだけの悪なんて、そこに何の意味がありましょう? そんなご都合主義がまかり通るお思いですか? 本当にそう思うのなら、どうしてそんなになるまで薬を飲み続けたのですかな、ジキル博士は。何故、(ハイド)を必要とするのですか、貴方は?」

 

「メフィスト!」

 

「いや、いいんだ。彼の言うことにも、一理ある」

 

「ジキル、けれど……」

 

「悪に魅入られた。そのことを恥じたからあの霊薬を作ったんだ」

 

当初こそハイドという別人格に自分の邪な部分を押し付けることで悪から解放されたと思っていたジキルではあったが、

やがてハイドが自身の制御を離れて凶行を働くようになると、自らの所業に恐れをなした。

自分は悪を切り離したつもりでいたが、実際は自身の悪性に力を与えてしまっただけなのではないのかと。

それでも霊薬を捨てられず、苦痛や副作用を承知で服用し続けてきたのは、そうしなければ自分の中の(ジキル)を信じられなかったからだ。

皮肉にも悪性を切り離したことで、彼は己のアイデンティティを喪失していることに気づいたのだ。

自分はハイドではないという忌避感がなければジキルでいられない。

だから、霊薬を手放すことができなかったのだ。

 

「楽しみですねぇ。(ジキル)が勝っても(ハイド)が勝っても破滅しかない」

 

「よせメフィスト。それ以上、喋り続けるならこっちにも考えがある」

 

「これは怖い。では、マスターに免じて今日はここまで。ゆめお忘れなきようにミスター・ジキル。自分が何者なのかをね」

 

邪悪な笑みを浮かべながらメフィストは隣室へと消える。

既に部屋からはいなくなったはずなのに、あの薄気味の悪い笑顔が空間に張り付いているかのように感じられた。

悪魔メフィストフェレス。

底の知れない反英雄は何を思い、何をしようとしているのか。

狂気そのものといえるその人となりを理解することは、ひょっとしたら永遠に叶わないのかもしれない。

彼は嘲笑い、誘惑し、人々の堕落を誘う。

誰が主につこうともその本質は変わらず、マスターとて例外ではないのだろう。

 

「カドックくん、彼は危険だ」

 

「……ああ、その通りだ」

 

そんなことは初めからわかっていた。

そう言えない自分が情けなかった。

 

 

 

 

 

 

「マシュ、モードレッドの様子は?」

 

「はい。霊基は安定していますので、後は目覚めるのを待つだけです」

 

「そうか。大事にならなくてよかった」

 

ホッと息を吐いて、立香は手近な椅子に腰かける。

未だ眠りから覚めないモードレッドの側には、フランがずっとついている。

自分を守るために彼女が傷ついたと思って落ち込んでいるのだろう。

昨日から一睡もすることなく看病――と言ってもただ側にいるだけだが――を続けている。

 

「これからどう動けば良いのでしょうか?」

 

「わからない。俺達だけで動くのは危険だし、モードレッドが起きるのを待つしかないのかな」

 

カドックはメフィストを伴って調べものに出ており、アナスタシアはジキルやシェイクスピアと何やら話し込んでいる。

土地勘のない自分達だけではロンドンの警邏にも不安があり、やるべきことが見つからない立香とマシュはこうしてフランの相手をしながらモードレッドの看病を続けるしかなかった。

 

『しかし、ここに来て切り裂きジャック(ジャック・ザ・リッパー)か』

 

通信の向こうからロマニの消沈した声が聞こえてくる。

あれからジキルが集めた情報によると、切り裂きジャック(ジャック・ザ・リッパー)は再び凶行を重ねているらしい。

ロマニ曰く、ダメージの回復や能力の低下を避けるために人を襲って魔力を補充しているのかもしれないとのことだ。

明らかに過剰に殺して回っているのは、手綱を握っていたパラケルススが消滅したことで抑制が効かなくなっているのかもしれない。

つまり、このまま野放しにしていてはナーサリーライムと同じように、多くの市民が犠牲になることを意味している。

問題は切り裂きジャック(ジャック・ザ・リッパー)をどのようにして捕らえるかということだ。

無軌道に殺して回っている割に頭が回るようで、奴は自分が不利な状況では絶対に襲ってはこない。

必ず誰かとチームを組んでいるか、標的が孤立している瞬間を狙ってくるのだ。

自分達が徒党を組んで街に繰り出しても、警戒して身を潜めることだろう。

 

「辛気臭い面だな。行き詰ったのなら風呂上がりに裸になって散歩してみろ。あまりの清涼感に叫びそうになるぞ。ちなみに、俺も執筆に詰まるとよくやる」

 

いつからそこにいたのか、優雅に紅茶を傾けながらアンデルセンが壁にもたれかかっていた。

彼は飲み干したカップを適当な机に置くと、未だに眠り続けるモードレッドを一瞥だけしてベッドの縁に腰かけた。

 

「なに、物語は動いている。作者の思惑から外れてな」

 

「何かわかったの、アンデルセン?」

 

「そんな訳あるか。ただ、執筆とは得てしてそういうものだ。不確定な要素によって思い描いた構想から逸れることはままある。今回の場合はお前達、そして切り裂きジャック(ジャック・ザ・リッパー)だ。癪ではあるが、あいつの存在がなければ消えていたのはモードレッドの方だろうよ」

 

確かに、切り裂きジャック(ジャック・ザ・リッパー)が現れなければバベッジが洗脳を振り切ることはなく、ひょっとしたらモードレッドが敗れていた可能性も大いにありえる。

言い換えるのなら、魔霧計画の黒幕はパラケルススとバベッジという2人の協力者を失いながらも、こちらの戦力を一騎も落とすことができなかったのだ。

 

「そういうことだ。だから、そう思い詰めるな。何、気分転換に俺の考察を聞かせてやろう。時計塔から戻ってからこちら、慌ただしくて話す暇がなかったからな」

 

そういえば、聖杯戦争のことを調べに時計塔へ出向いたのだった。

モードレッドの負傷で忘れていたが、その内容も非常に気になる。

 

「俺が気になったものは、そもそも英霊とサーヴァントの関係だ」

 

英霊とは人類史における記録、成果であるとアンデルセンは言う。

それが実在のものであろうとなかろうと、人類がある限り常に在り続ける。

例えば叛逆の騎士モードレッドやアンデルセンは確かに存在する一方で、佐々木小次郎やファントム・ジ・オペラのように正確には本人ではないケース、ナーサリーライムのように本来であれば存在しないものも人類史では等しく英霊として扱われる。

一方、サーヴァントは英霊を現実に在るものと扱う。

存在も不確かな人類史の英霊にクラスという器を当て嵌め、現実のものにした使い魔だ。

 

「だが、そんなことが人間の魔術師にできるだろうか。英霊を使い魔にする――これは強力だ。最強の召喚術だろう。だがそれは人間だけの力で扱る術式ではない。可能だとしたら、それは――」

 

人間以上の存在。世界、或いは神と呼ばれる超自然的な存在が行う権能であろう。

故にアンデルセンは聖杯戦争とは何なのかを調べるためにカルデアの資料に目を通し、時計塔にまで赴いた。

本来ならば人の手に余る所業が何故、各地にて行われているのかと。

 

「フユキだったか。その都市では聖杯の器を造り上げ、聖杯の力で英霊を召喚しサーヴァントとして競わせたようだ。俺が妙な引っかかりを覚えたのはそこだ。英霊同士に戦わせるというコンセプトに瑕がある。これはどうも、もう一段階裏がある。結果は読み通りだった」

 

時計塔でアンデルセンが見つけた資料の中に、それに関する記述があったらしい。

名を「降霊儀式・英霊召喚」。

一つの巨大な敵に対して、人類最強の七騎の力をぶつけるための魔術儀式。

それこそが聖杯戦争――サーヴァントシステムの原型なのだ。

 

「「儀式・英霊召喚」と「儀式・聖杯戦争」は同じシステムだが、違うジャンルのものだと言える。聖杯戦争は元にあった魔術を人間が利己的に使用できるようにアレンジしたものなのだろう。それがフユキで行われた聖杯戦争だ」

 

「な、なるほど……えっと、つまりどういうこと?」

 

「聖杯戦争には手本となるものがあるということだ。そして、その儀式で呼ばれる七騎にはどれほどの霊基が与えられているのか、俺はそれが気になっただけだ。何を期待していたんだ? 魔霧の謎が解けるとでも思っていたか?」

 

何かしらの突破口になればと期待していたのは事実なので、そう言われるとぐうの音も出ない。

 

「気になるのは、散逸していて然るべき資料までご丁寧に揃えられていたことだな。そういう時のためにカドックを連れてきたのだが、無駄になってしまった」

 

「俺達よりも先に、あの部屋に入った人間がいる?」

 

「というより、わたし達が来ることを予期して用意しておいてくれた、のでしょうか?」

 

「わからん。こればかりは棚上げ事項だ」

 

魔霧計画の首謀者や切り裂きジャック(ジャック・ザ・リッパー)がそんなことをするとは思えないので、時計塔の生き残りか未だ姿を見ていないサーヴァントか。

何れにしろ、この件は暗礁に乗り上げたままだろう。真相を探っている時間は自分達にはない。

 

「……ぅ……ぅん……」

 

「ゥ!?」

 

「モードレッドさん? 先輩、モードレッドさんが目を覚ましました!」

 

「ジキル達を呼んで来よう。藤丸、カドックにも連絡を入れておけ。ページを捲る頃合いだ」

 

傷ついた叛逆の騎士が目覚める。

それは霧の都における最終決戦の前触れとなるのか。

未熟な魔術師達がこの街で何を得、どのような結末を迎えるのか。

全ては霧の奥深くにて、今はまだ語る時を静かに待つのであった。




ロンドン編はもっと短くまとめられるかなと思っていたけど、まだまだ続きそうです。

というわけでひっそりと生き残っていたジャックちゃんとの対決が控えています。


イベントクリアしましたが、XXの第三再臨(?)は反則ですね。
主に足とか。
アルトリアシリーズ1人も持ってないので、PU3で引けると良いなぁ。

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