Fate/Grand Order IF 星詠みの皇女   作:ていえむ

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死界魔霧都市ロンドン 第8節

一方、その頃。

シティエリアの地下深く。

本来ならば存在しえないはずの大空洞にて、叛逆の騎士と盾の少女の戦いは佳境に差し掛かっていた。

迎え撃つは禍々しい眼を携えた肉の柱。天まで突かんとするかのように天井を貫く巨体を誇り、異形の肉腫を脈打たせる魔神柱バルバドス。

それは魔霧計画の首魁、マキリ・ゾォルケン自らが変貌した姿であった。その後ろにはこのロンドンに魔霧を送り出している巨大蒸気機関アングルボダが鎮座しており、バルバドスの戦いを見守りながら、止まることなく魔霧を生み出していた。

アングルボダが吐き出す魔霧は時間と共にその濃度を増しており、それはいくつにも枝分かれした地下通路を伝ってロンドンの至る所に満ちていく。

暗く、冷たく、淀んだ魔霧はゾォルケンの諦観の象徴。

彼は自身が抱いた諦観を静かにロンドン中へと広げ、その崩壊を目論んでいるのだ。

だが、その目論みもここに来て破綻の兆しを見せていた。

協力者であったパラケルスス、バベッジは脱落し、要であるアングルボダの場所も突き止められてしまった。

ロンドン――否、英国全土の破滅まで後もう少しというところであったのに。

 

「――――!!」

 

声なき声と共に焼却式が解き放たれ、無数の火柱が地面を焼き尽くす。

波打つ炎の壁は大地を抉りながら相対する2人の騎士に襲いかかり、咄嗟に前に出たマシュの盾にぶつかって激しい熱気を周囲にぶちまけた。

余波だけで魔力に酔う程の炎熱は、しかしマシュの盾を突破することができない。

未だに真名もわからず、限定的な力しか引き出せていないが、マシュは人理修復への使命と、己のマスターを守るという強い意志で炎に耐え抜き、続く叛逆の騎士へとバトンを繋ぐ。

 

「モードレッドさん!」

 

「おお!」

 

マシュの背後で、重厚な鎧を纏った騎士は、むせ返るような熱気と魔力が渦巻く戦場で自らの宝具『不貞隠しの兜(シークレット・オブ・ペディグリー)』を解除した。

兜が瞬時に展開し、荒々しくも美しい素顔を露となる。同時に手にした魔剣『燦然と輝く王剣(クラレント)』が赤黒く変色し、刀身の一部が左右に展開する。

振り上げられた魔剣はモードレッドが秘めた父への憎悪が形となり、巨大な赤雷の剣へと一変。未だ炎を吐き出し続ける魔神柱に向けて、裂ぱくの気合と共に振り下ろされた。

 

「これこそは、わが父を滅ぼし邪剣! 『我が麗しき父への叛逆(クラレント・ブラッドアーサー)』!!」

 

雷が、炎を切り裂いた。

赤黒く明滅する鮮血色の雷光は、バルバドスの焼却式を飲み込み、凌駕した上でその肉塊を真っ二つに両断する。

すぐさま破損した部位を接合し、再生を図る魔神柱であったが、モードレッドの攻撃はそれだけでは終わらない。

振り切られた雷光は一ヶ所に止まり、天頂目がけて吹き上がる魔力の柱と化す。

この魔剣は終わりの象徴。叛逆の王たるモードレッドが振るうそれは、正しく全てを終わらせる破壊を呼び起こすのだ。

赤い光は再生が始まったバルバドスを飲み込み、アングルボダの一部を融解させ、周囲の地形すら変えながら視界の全てを赤く染め、それが収まった頃には、巨大な肉の柱は完膚なきまでに焼き払われていた。

 

「魔神柱、消滅を確認!」

 

「まだだマシュ、モードレッド! ゾォルケンはまだ――!」

 

立香の言葉は最後まで続かなかった。

魔神柱を倒され、追い詰められているはずのゾォルケンの周囲に膨大な魔力が渦巻き始めたからだ。

それはアングルボダに組み込まれたことで、魔霧に溶け込んだ聖杯の魔力。

ゾォルケンの最期の意志を受けて、とある術式を受け取った魔霧は、抑止の輪より1人の英霊を呼び出さんと活性化を始めたのだ。

 

「……汝、狂乱の檻に囚われし者……我はその鎖を手繰る者――汝三大の言霊を纏う七天!」

 

「させるか!」

 

モードレッドが跳ぶ。

抉れた大地を蹴り、一直線にゾォルケンへと手にした魔剣を突き立てる。

魔力放出すら伴ったその跳躍は、人の目では追うこともできない音速の衝撃。

純銀の刀身を赤く染めながら、諦観の蟲使いは成す術もなくその命を終えるはずであった。

だが、ゾォルケンの詠唱は止まらない。

心臓を潰されながらも、死が己に達する直前まで意志を持ち続け、最後の一節を読み上げる。

それがマキリ・ゾォルケンという男の最期であった。

 

『魔霧が活性化を始めている。彼の詠唱が呼び水となって、不完全な術式を補完しているんだ。魔力反応増大! サーヴァントが――――』

 

ロマニからの通信が途絶える。

否、それを聞いていた者達の意識が途絶えたのだ。

爆発するかのような魔力の奔流と共に現れた1人の男によって放たれた雷電。

その衝撃でマシュ達は吹き飛ばされ、瓦礫の下敷きになって動けなくなってしまう。

後に残されたのは、召喚されし主なきサーヴァント。

星の開拓者。

ニコラ・テスラだけであった。

 

 

 

 

 

 

その時、全てが動いた。

自身の圧倒的な不利を悟った殺人鬼が、霧に紛れて皇女の暗殺を狙う。

記憶が消えゆく刹那の間際に、皇女は己が主に願いを乞う。

諦観の蟲使いは、本体からの魔力供給が唐突に途絶えたことで己の死を察する。

二重人格者は異形となりつつある巨体を振り回し、一瞬ではあるが己を嘲笑う悪魔を押し返す。

最後のマスターの1人は、敗北の寸前でありながら己が矜持のために右手を掲げ、倒れる寸前の前のめりの姿勢で従者に命令を下す。

その一部始終を悪魔は見つめ、移り変わる盤面を楽しむかのように哄笑する。

全ては、一瞬の出来事であった。

 

「令呪を以て命ずる――その眼でジャックを暴け、キャスター!」

 

冷気を纏い、駆け出しながらカドックは叫ぶ。

瞬間、彼の右手から最後の一画が消え去り、その魔力によって強化されたアナスタシアの透視の魔眼は魔霧の底へと逃げ延びたジャック・ザ・リッパーの姿を捉えた。

即ち、戦闘はまだ継続している。本来ならば姿もスキルも何もかもを忘却してしまうジャックの「情報抹消」スキルは意味を成さず、気配を消すことに残った力の全てを注いでいたジャックには逃げる余力すら残されていない。

例え姿が見えず、探知すらできぬほどの微弱な魔力であったとしても、彼女の気配遮断スキルすら貫通した精霊の眼は、驚愕するジャックの体を瞬く間に凍てつかせ、断末魔の悲鳴を上げる暇すら与えずに完全に消滅させた。更にその余波は周囲で蠢く蟲達すら駆逐し、結界を飛び出したカドックが駆ける道を作り出す。

一方でハイドは怪物染みた怪力でメフィストを強引に突き飛ばし、腰だめに構えた右手のナイフで最後のとどめを差さんと迫る。

薬の影響で肉食獣のような足へと変化したハイドの疾走はサーヴァントに迫るものがあり、態勢を崩されていたこともあってメフィストは避けることができず、鋏で攻撃を受け止めることを選択する。

確かに恐ろしい怪力ではあるが、それでもハイドは生きた人間。過ぎた力の行使は肉体への負荷という形で表れており、メフィスト自身が手を下さずとも後数度、攻撃を捌き続けるだけで彼は動けなくなるだろう。

アナスタシアの援護も距離の関係で間に合わない。

故にメフィストは冷静に鋏を振り回し、ハイドの攻撃を受け流す。

その瞬間、音を立ててメフィストの得物である鋏が2つに割れ、ハイドの攻撃を弾いた勢いで明後日の方向に飛んでいく。

驚く狂人と悪魔。

2人は気づいていないが、先ほどの一撃は偶然にもメフィストの鋏の刃を繋いでいる固定具の部分を破壊しており、その衝撃で鋏が分解したのである。

そして、この状況においてもメフィストは哄笑の面を外さず、動いたのも僅かにハイドの方が早かった。

 

「シャッ――!!」

 

がら空きの胴体にハイドのナイフが迫る。

ゾォルケンとカドックは同時に動いた。

数匹の蟲が鋸のような歯を鳴らせながらハイドを屠らんと飛翔し、それを阻まんとするカドックが術式を走らせる。

耳障りな羽音が見えない何かにぶつかりながら消えていった。

高速で飛び回る蟲を撃ち落とすなんて芸当はカドックにはできないため、広範囲に向けて攻撃性の魔力を放ちながら石畳の路地を駆けるしかない。

しかし、それでは自分よりも速く動く蟲達の全てを潰すことができない。

このままではハイドが殺される。

躊躇の時間もなく、カドックは一か八か残った魔力の全てを両足に集中して大地を蹴った。

撃ち落とすことができず、普通に走っていては間に合わない。

ならば、我が身を盾にして蟲を受け止めるしかない。

そうして伸ばした左手は、ほんの僅かではあるが蟲の進行を阻む形となり、その一瞬の差で勝敗は決した。

ハイドのナイフがメフィストの胸に深々と突き刺さり、その直後にカドックの手を食い破った蟲が無防備なハイドの背中に噛みつく。

絶叫し、痛みにのた打ち回るのはハイドの方。メフィストは自分の胸に突き立てられたナイフを静々と見下ろしながら、楽しそうに笑うばかりであった。

 

「メフィスト、何をしている!」

 

アナスタシアの冷気がゾォルケンを襲い、咄嗟に彼は魔術で防壁を張って防ごうとする。

だが、万全な状態ならいざ知らず、本体からの魔力供給が失われた今の状態ではせいぜい時間を稼ぐことが精一杯であった。

 

「メフィスト、彼らを殺せ!」

 

「いやぁ、そうしたくとも先ほどの一撃で霊核を傷つけられましてね。わたくし、もう死に体なのです」

 

「ならば私を喰らえ、分け身に残った我が魔力を持っていけ!」

 

「ええ、そうですね。分身とはいえあなたほどの魔術師の魔力ならばしばらくは保つでしょう」

 

「なら、早く――」

 

「お断りします」

 

ニヤリと、邪悪な笑みを浮かべてメフィストは言う。

今までも人をからかったり煽ったりする時に笑みを浮かべることはあったが、この笑顔は今までのそれとは一線を画す。

人の尊厳なんてものに心底から価値を見出せない、ただただ玩具が壊れいく様を楽しむだけのどす黒い感情。

溜まりに溜まったフラストレーションを爆発させた瞬間に訪れる、感情が振り切った状態。

醜悪で残忍で残酷なメフィストフェレスの本性がそこにはあった。

 

「何を驚いた顔をされているのですかな、マスター? わたくしは悪魔でございますよ。然るに裏切るのは当然の帰結。そもマスターとサーヴァントの関係は契約者を破滅させるか、契約者に騙されるかの騙し合いでしょう」

 

笑いながらメフィストは胸に突き刺さったままのナイフを弄び、更に傷口を深く広げていく。

まるで自分から死期を早めるかのように。

 

「魔霧をロンドンで満たす、結構。それを彼の英霊の力で英国全土に広げて人理定礎を破壊する、実に結構。未来に屈し立ち向かうことを止めたあなた様に相応しい悪逆です。ですが少々、回りくどいと言いますか、ぶっちゃけ面白みがない! わたくしとしてはもっと愉快な楽しみが欲しかったのですよ。どうです、昇りきる寸前で梯子を外された気持ちは? 実に楽しいでしょう? 何をどうしてもあなたにできることはない。彼の英霊は彼らに倒されますよ、きっと」

 

「貴様――この、最悪の悪魔め!」

 

憤怒の形相を浮かべたゾォルケンの体が弾け飛ぶ。

メフィストが残った力で宝具を使い、彼を爆散させたのだ。

同時にメフィストの消耗は致命的なものとなり、加速度的に消滅は速まっていった。

 

「ここまでのようですな。いや、実に退屈な演目でしたが、最後の最後で本懐を遂げられてなにより。この楽しみだけは譲れませんね」

 

「メフィスト、お前はいったい――――」

 

「わたくし、ただのアクマです。こういう英霊も1人はいるということをゆめお忘れなきよう、カドック様。あなた様も退屈さでは彼に負けていませんが、それでも足掻こうとする姿は弄り甲斐があった。機会があれば次は、あなたを破滅させたいですな。いや、するでしょうねきっと」

 

それがメフィストフェレスという悪魔の本性だと、彼は締めくくる。

例え記憶を失い、新たに召喚されたとしても変わらない。

自分はマスターを騙し、貶める存在であるとメフィストは言う。

そう言って、彼は霧の都から姿を消した。

 

「チッ、殺し損ねちまった。何だよ、ツマンネーな」

 

体に纏わりついた蟲を潰しながら、ハイドは立ち上がる。

一瞬、襲われるかとカドックは身構えたが、彼は特に何をするでなく大きく息を吐きながら手近な民家に背中を預けた。

 

「ハイド?」

 

「ジキルだ。ハイドは引っ込んだよ。体の方は、どうやらもう少しの間はこのままらしい」

 

自虐気味に笑うジキルに対して、カドックはかける言葉が思いつかなかった。

小説においてジキル博士は最終的にハイドから元に戻る手段を失い、その命を絶つ。

これだけの無茶をしたのだから、彼の肉体と人格は致命的な破損を被ったことであろう。

恐らくは今後、ジキルで居続けるために彼は薬を飲み続けなければならなくなるはずだ。

これが本来の歴史にどのような形で組み込まれるかはわからない。

全てがなかったことになるのか、事実は事実として残るのか。

何れにしろ、1人の人間の人生を狂わせたことに変わりはなかった。

 

「ジキル、僕は――」

 

『カドック、大変だ! 藤丸――』

 

『――僕が言う! 大変だカドックくん!』

 

突如、空中に映し出されたホログラムが明滅してムニエルとロマニの顔が数度入れ替わる。

カルデアからの通信だが、どうやら相当な混乱が起きているようだ。

 

「ドクター、何があったんだ?」

 

『マキリ・ゾォルケンが英霊を召喚した。今、地上に向かっている!』

 

「藤丸達は? 無事なのか?」

 

『ああ、マキリ・ゾォルケンを倒したけれど、死の間際に召喚の儀式を行われてしまったんだ。そいつが魔霧を活性化させる力を持っていて、密集地帯――ロンドンの上空に達すれば、英国中に魔霧が広がることになる』

 

都市に充満した魔霧を一気に英国全土に広げ、人理定礎を破壊する。

それが魔霧計画の全貌だったのだ。

手間と時間がかかる上に目当ての英霊を引き当てねば事が進まない。

確かにメフィストが言うように面白みのない計画だ。

 

『藤丸くん達も追いかけているけれど、召喚された英霊の方が速い。君達も辛いかもしれないが、何とか地上付近で足止めをして欲しい! でないと、人理修復は不可能になってしまう!』

 

簡単に言うなとぼやきたくもなるが、ロマニの尽力をよく知るカドックは言葉にせずに無言で立ち上がった。

傷の治療は魔術刻印が半ば自動で行ってくれている。動く分には支障はない。それよりも治療に必要な魔力が足りない。

カドックは足りない魔力を補充するために、カバンから取り出した霊薬をまとめて飲み干すと、背後にいるジキルに振り返った。

 

「ジキル、僕達は――」

 

「いいよ、この体のおかげで傷はすぐに塞がるさ。僕のことは気にしないで、行って英国を守って欲しい」

 

「すまない――キャスター、いくぞ!」

 

「肩を貸します。しっかり掴まって」

 

華奢なアナスタシアの体に体重を預け、霧に包まれた通りを疾駆する。

ここまで短い時間での連戦が続いたのは、冬木以来だろうか。

あの時よりも確実に自分達は強くなってきているが、それでもこの消耗はかなりの痛手だ。

果たして、ゾォルケンが召喚したサーヴァントとは如何なる英霊なのであろうか。

 

『情報をそっちに送ろう。敵性サーヴァントはニコラ・テスラ。神の怒り――電気を地上にもたらした、星の開拓者だ』

 

 

 

 

 

 

ニコラ・テスラ。

十九世紀から二十世紀にかけて活躍した発明家。

比類無き天才。現代のプロメテウスとも称され、現在の主な電力システムたる交流電流技術を実用化に導き世界に光をもたらした星の開拓者。

エジソンとの電流戦争を制したことで自らの交流発電を推し進め、その結果として文明の英知を引き上げた。

彼という存在がなければ今日の科学文明はここまで発展していなかったであろう。

紛うことなき天才。

カドック・ゼムルプスという男とは全てが真逆の存在だ。

その男が今、自分の前に立ち塞がっている。

マキリ・ゾォルケンによって狂化を施され、人理定礎を破壊するための最後の一押しを実行するために。

 

「来たか! 未来へ手を伸ばす希望の勇者たち。残念ながら私は君たちと戦わねばならん! 何せ、今の私はそういう風に出来ている」

 

地下鉄の入口から優雅に歩いて姿を現したニコラ・テスラは、こちらを一瞥するなりにこやかな笑顔を向けてくる。

言葉とは裏腹に学者らしくない屈強な肉体は戦闘態勢に移りつつあり、全身に煌びやかな雷光を纏っている。

やはり、電気文明を生み出した功績が昇華され、電流を操る能力を持っているようだ。

しかも発せられた雷電は周囲の魔霧と結合し、ニコラ・テスラを守る鎧のように全身を覆いつくしている。

生身の人間ならば触れただけで致死するレベルだ。サーヴァントでも無事ではすまないだろう。

 

「カドック、いける?」

 

「僕のことは気にするな。身を守るくらいの力は残っている。それよりもあの魔霧だ。あれを吹き飛ばさないと、あいつを傷つけることすらできない。君の宝具で吹き飛ばせ」

 

「ええ、了解したわ、マスター」

 

星の開拓者に向けて、アナスタシアは静かに敵意を向ける。

距離にして数十メートル。まるで西部劇の決闘だ。

抜き身のまま向かい合った両者は、視線と雷電、それぞれの得物をいつでも解き放てられるように身構えながら、互いの様子を観察し合う。

 

「ほう、人の英霊か。麗しのレディ、このような不躾な作法をお許しください。今の私は正気であって正気でない故、あなたにもこの雷霆を向けざるをえない」

 

「気にしなくて構いません、ニコラ・テスラ。あなたの事情は重々承知しています」

 

「それは重畳。加えて興味深い眼をお持ちのようだ。平素ならば是非とも交流を深めたいところだが、生憎と今はそれも叶わない」

 

狂化の影響を抑えられる限界が訪れたのだろう。

ニコラ・テスラはゆっくりと腕を構えると、周囲の雷光を集束させていく。

同時にアナスタシアも背後から強大な黒い影、ヴィイを現出化させて重い瞼を持ち上げる。

呪いを纏う視線が、神を打ち砕く雷霆が、真正面からぶつかり合う。

 

「魔眼解放、『疾走・精霊眼球(ヴィイ・ヴィイ・ヴィイ)』!」

 

「神の雷霆はここにある、『人類神話・雷電降臨(システム・ケラウノス)』!」

 

互いの宝具がぶつかり合い、空間すらも震撼させるほどの魔力の爆発が起きる。

衝撃を直に受けたカドックの体は堪らず地面を転がり、視界が何度も上下に揺れた。

威力は互角。否、弱所を見抜く、生み出すという魔眼の効果もあり、僅かにアナスタシアの方が優勢だ。

しかし、それ以上の追撃を仕掛ける余力が彼女にはない。

確かに活性魔霧を吹き飛ばすことはできたが、決定打を与え切る前に再び魔霧が体を覆ってしまう。

懸命に冷気を生み出し、氷柱や氷塊をぶつけるものの、時間と共に元の状態へと戻っていくことを止めることができない。

 

「はははっ、善戦していたようだがここまでか! では、麗しのレディ。やんごとなき身の上の方とお見受けしますが、どうか失礼!」

 

放たれた雷光の矢がアナスタシアの体を貫き、倒れ伏した体がバネのように大きく跳ねる。

如何な英霊といえど、あの電流をまともに受ければただでは済まない。

例え肉体的な損傷はなくとも、激しい痛みと肉体の痙攣は免れないのだ。

 

「アナスタシア!?」

 

カドックは僅かな魔力で冷気を紡ぎ出すも、それはアナスタシアとは比べるもでもないほど弱々しく、ニコラ・テスラの歩みを止めることはできない。

彼はこちらの存在など認識していないかのように、涼やかな顔で攻撃を受け止めながら、恭しく一礼して踵を返す。

もう戦いは終わったと、そう言わんばかりに。

それがカドックの癪に障った。

自分はまだ倒れていない、まだ戦える。

まだできることはある。

なのにあの天才は、もう勝ち目はないとこちらを見もしない。

何度やっても自分の勝利は揺るがないと確信している顔だ。

何人もの天才、エリート、数多の魔術師達が自分に向けてきた蔑みと同情が入り混じった眼だ。

 

「まだだ、まだ――」

 

傷ついた体を押して立ち上がり、立ち去ろうとする背中に追いすがらんとする。

それは自殺行為だ。

サーヴァントですら触れられぬ魔霧を纏ったニコラ・テスラに近づけば、魔術師であっても瞬時に分解されて消滅するだろう。

だが、カドックは諦めるという選択肢を取ることができなかった。

こちらに背を向け先を逝く姿が、惨めに慟哭する自身の姿が、過去に何度も味わった挫折と重なったからだ。

こんな結末に納得ができるはずがない。

無様に空を仰ぐのではなく、前のめりで前に進みたい。

彼ら(天才)の領域に、自分でも辿り着けるのだと証明したい。

その願いだけがカドックの体を突き動かしていた。

 

「まだだ、まだ終わっていない。僕でもできるはずなんだ!」

 

「ああ、その通りだ」

 

倒れた体を大きな腕が受け止める。

ローマで出会ったスパルタクスを髣髴とさせる逞しい二の腕。

乱れた前髪の隙間から覗いた顔はサングラス越しであっても整えられた端正な顔立ちであることがで伺える。

金色の髪や顔立ちから察するに西洋人であろうか。

彼はこちらを安心させるように少しだけ腕に力を込めると、ハッキリとよく通る声で話しかけてきた。

 

「お前はまだ折れちゃいねぇ。けど、大事なパートナーを泣かせるのはよくねぇことだ。まあ後は任せな、ウルフボーイ」

 

そう言って男は傍らにいた和装の少女にカドックを託し、巨大な斧を担いで去り行くニコラ・テスラを追う。

何らかの魔術をかけられたのだろう。少女から暖かい熱が伝わってきて、体から痛みが引いていく。

感覚がなくなっていた左手にも活力が戻ってきた。動きはぎこちないが、食い破られた傷が急速に塞がっていき、千切れた神経までもが紡がれていく。

これほどの治癒を短時間で行うなど、並の魔術師でできることではない。

ならば、彼女もまたサーヴァントなのだろうか。

 

「動かないで。まったく、魔術師だからってここまでの無茶をする馬鹿がありますか。お隣のお姫様に免じて傷の治療は致しますけれど、リハビリはご自分でしてくださいましね」

 

「ああ、すまない……アナスタシア」

 

「はい」

 

「彼の助けを……僕の代わりに……」

 

「ええ、わかりました」

 

スッと立ち上がったアナスタシアが男の後を追う。

後はただ、事態の行く末を見守ることしかできなかった。

 

「誰かがオレを呼びやがる。魔性を屠り、鬼を討てと言いやがる。悪鬼を制し羅刹を殴り! 輝くマサカリ、ゴールデン!」

 

「貴殿もまた人の英霊か。そしてその霊基は雷神の――」

 

「おお、足柄山の金太郎(ゴールデン・ジャック)とはオレのこと! 名乗りたくはねえが名乗らせてもらうぜ。英霊・坂田金時――只今ここに見参だ」

 

戦いは一進一退の様相であった。

立て続けに放たれる電撃を、金時は強靭な肉体で耐え抜きながら前進する。

活性魔霧に捕まれば霊核をも蝕まれてしまうというのに、彼は臆することなく前へ踏み出し、自慢の斧を一閃する。

ただのそれだけで魔霧の一部が吹き飛んだ。電流を纏った金時の一撃は、魔霧の防御を突き抜けてニコラ・テスラの体へとダメージを与えている。

しかし、その一撃の代償として金時は激しく傷ついていた。

霊核の軋みがここからでもわかる。

同じことを何度も続ければ、あっという間に霊核を砕かれて消滅してしまうであろう。

やはり魔霧を払わねばニコラ・テスラを倒すことができない。

故にアナスタシアの冷気が迸る。

彼女の視線が、魔力の氷が、ニコラ・テスラの纏う魔霧を相殺し、金時の攻撃をサポートする。

やがて、何度目かのぶつかり合いが起こったかと思うと、ニコラ・テスラの体が揺らいで致命的な隙が生まれた。

 

「今だプリンセス、オレっちに合わせな!」

 

「ええ、今度こそあの魔霧を晴らす。『疾走・精霊眼球(ヴィイ・ヴィイ・ヴィイ)』!」

 

「こっからはゴールデンだ! 吹き飛べ、必殺! 『黄金衝撃(ゴールデンスパーク)』!」

 

視界が黄金色に染まる。

誰もが勝利を確信した。

ヴィイの魔眼は確かにニコラ・テスラの纏う魔霧を払い、そこに金時の最大の一撃が入った。

これで倒れぬサーヴァントはいない。誰もがそう思った。

だが、次の瞬間、倒れ伏していたのはアナスタシアと金時であった。

迸る閃光。

再び放たれたニコラ・テスラの宝具『人類神話・雷電降臨(システム・ケラウノス)』が金時の宝具の威力を削いだことで、彼は致命傷を免れたのだ。

完全に払われたことで魔霧が再び活性化するまで時間がかかるようだが、アナスタシアと金時の方がダメージが大きく、動くことができない。

ニコラ・テスラはそれを確認すると、こちらにとどめを差すことなくロンドンの天上を目指す。

自らの雷霆で魔霧を異常活性させ、英国を滅ぼすというゾォルケンの目的を果たすために、稲光で造り上げた階段を一段一段、ゆっくりと昇っていく。

 

「キャスター――アナスタシ……ア――!?」

 

倒れたアナスタシアに近づこうとした瞬間、喉と胸が強烈な痛みを訴え出した。

焼けるようなこの痛みは魔霧によるものだ。ジキルのアパルトメントを出る前に用意していた護符は全てが黒ずんでおり、その効果を失っている。

残った魔力では生命維持が精一杯で、とてもニコラ・テスラを追えるような状態ではない。

事ここに至って、本当の意味で限界が訪れたのだ。

 

(くそっ……なんで、なんで僕だけ……)

 

視界の片隅に見知った顔が映り込む。

立香とマシュだ。モードレッドと共にニコラ・テスラを追ってきたのだろう。

彼らも死線を潜り抜けてきたようだが、自分のように魔霧の影響を受けてはいない。

藤丸立香だけが、このロンドンで魔霧の影響を受けずに活動することができる。

 

(なんで、こいつだけ……どうして、僕じゃないんだ……)

 

悔しさに歯噛みする。

魔霧への耐性がない。

この一点において自分は彼に劣る。

これを才能の差と呼ぶのは違うのだろうが、それでも今だけは納得ができなかった。

命まで賭けてゾォルケンを打ち倒し、ニコラ・テスラをも追い詰めた。

追い詰めることしかできなかった。

否がおうにも手にしたバトンを託さねばならない。

ちっぽけなプライドが慟哭し、自分はここまでだと現実が告げる。

 

「藤丸……後は、頼む」

 

もう一度、悔しさを噛み締めるように、その痛みを忘れないように、胸に刻み付けながら、カドックは手を伸ばした。

 

「うん、後は……任された」

 

掬いあげるように差し出された立香の手と自分の手が重なり、その勢いのまま地面の上に倒れ込む。

見上げた先では立香がマシュ、モードレッドと共にニコラ・テスラの後を追うべく雷の階段を昇る姿があった。

遥か天上で繰り広げられる死闘、紡ぎ出される新たな神話。

星の開拓者を打ち倒すその光景を、カドックはアナスタシアと共に遥か彼方の地上から見上げることしかできなかった。




4章は後1話くらいで終わりそうです。
はい、つまり乳上の出番はありません。
4章はカドックに悔しい思いをさせる章と考えていたのでこういう話運びになりました。
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