Fate/Grand Order IF 星詠みの皇女 作:ていえむ
クー・フーリン。
またの名をクランの猛犬。
アイルランドの伝承に伝わる光の御子。
太陽神に連なる血を持ち、魔槍ゲイ・ボルクを振るう狂戦士。
高潔にして義侠心に溢れる偉大な騎士。
幾多の側面を持つ英雄の中の英雄が、今は思慮深き魔術師としての姿で自分の前に立っている。
生前の数々の武勇を知っていたカドックは、柄にもなく―――本当に柄にもなく心が弾むのを禁じえなかった。
何しろクー・フーリンである。
クランの館を始めとする数々の武勇の逸話。
興奮すると起きるねじれの発作。
求婚のために影の国への赴き、数々の冒険を経てスカサハに弟子入り。
クーリーの牛争いに端を発する戦争ではたった1人でコノート軍を相手に奮闘し、メイヴ女王の策略を受けてなお、誇り高く散る事を選んだ英雄の中の英雄だ。
興奮するなという方が嘘である。
「マスター、何を呆けているの?」
「えっ・・・ごめん、何かしてたか、僕?」
自分でも驚くくらい間抜けな返しに、案の定オルガマリーは眉間に皺を寄せながら詰め寄ってきた。
慌てて助けを求めるも、キャスターは可笑しそうに含み笑いをするばかりで、マシュもオルガマリーの剣幕に圧されて仲裁に入る事が出来ない。
通信越しでこの場にいないロマニと、初対面であるクー・フーリンは何とも形容し難い憐み視線を向けていたが、自分達に飛び火するのはご免だとばかりにこちらを無視して情報交換を続けている。
『つまりあなたは、この街で起きた聖杯戦争のサーヴァントであり、唯一の生存者なのですね』
「負けてない、という意味ならな。俺達の聖杯戦争は、いつの間にか違うものにすり替わっていた」
ロマニの問いかけに、クー・フーリンは忌々しいとばかりに歯噛みする。
街は一夜で炎に覆われ、人間はいなくなり、残されたサーヴァントだけが戦いを続けている地獄絵図。
真っ先の暴走を始めたのはセイバーのサーヴァント。
クー・フーリンを除く5騎が倒され、黒化した状態で使役されているらしい。
どうしてこのような出来事が起きたのか、セイバーが何を考えて聖杯戦争を継続しているのかは、彼にもわからなかった。
一つだけ言える事は、セイバーを倒し停滞しているゲームの駒を進める事ができれば、この事態に何らかの変化が起こるかもしれないということだけ。
「というわけで、目的は一致している」
「なるほど、手を組むということね。あなたはセイバーを倒したいけれど戦力が足りない」
「ああ、そういうこった。ここに来るまでにランサーは倒したし、バーサーカーは郊外の森から動かない。だから、アーチャーとセイバーをどうにかするだけでいい。あんたらはこの異変の解決、俺は聖杯戦争の幕引き。利害は一致しているんだ、お互い陽気に手を組まないか?」
「合理的な判断ね。マシュ、カドック、回復次第動くわよ。彼と協力してセイバーを倒します」
「そういう事だ。よろしくな、お嬢ちゃん。それに白のキャスターとそのマスター」
クー・フーリンが差し出した手を、静かに握り返す。
あの名高きクー・フーリンと共に戦える事に、ほんの少し鼓動が早くなった。
□
クー・フーリンとの共同戦線が決まり、カドック達はひとまず安全な場所を求めて移動を始めた。
自分達と合流するまでの間にマシュとオルガマリーはカルデアとのレイラインを確保しており、まずはそこに移動して補給物資を受領。時々、現れるエネミーは大半がクー・フーリンのルーン魔術で焼き払われ、キャスターとマシュが出る幕はほとんどない。
彼の話では、セイバーのサーヴァントは冬木市の旧市街にある大空洞を拠点としており、冬木の聖杯戦争の要といえる大聖杯を守っているらしい。
カルデアから送ってもらった冬木の地図を確認すると、大空洞に行くまでかなりの距離があり、こちらの負担を考慮して途中の学校で最後の休息を取る事となった。
「不思議ね。普段は飄々としているのに、戦いになれば荒々しくて、けれども理知の光が曇る事はない。原石、粗野、美しいわ」
魔力の節約の為に霊体化しているキャスターが耳元で囁く。
オルガマリーは覚醒が中途半端なマシュの宝具をどうにか使えないかと苦心しており、クー・フーリンは見張り役を買って出てくれたため、今は自分達の周りには誰もない。
「ごめん、最後の方は何を言っているのかわからなかった」
「蒼のキャスターのことよ。粗野な原石のようでいて、きちんと磨かれた部分は美しい。辿った人生の濃さが違うのね」
「その表現でわかれというのは無理があると思う」
「あら、私のマスターならきちんとわかるようになってもらわなければ困ります」
くすくすと、キャスターの笑い声が聞こえた気がした。
こうしていると、年相応の少女らしく、彼女がサーヴァントとして凄惨な戦いをしているようには思えない。
「ねえ、マスター。あの時は庇ってくれてありがとう」
「何のことだい?」
「彼女が私の真名を問い質した時の事よ」
「ああ―――」
アサシンのサーヴァントが襲撃してくる前、オルガマリーがキャスターの真名を聞いてきた時の事だ。
クー・フーリンの登場もあって失念していたが、自分はまだ彼女の名前もどこの英霊なのかも知らない。
あの時は問い詰められるキャスターを案じて庇ったが、冷静に考えるとサーヴァントのマスターとしてはかなり異質な状態である。
「まあ、言いたくなったら言えばいいさ。知らないなら知らないなりに戦略を立てればいい」
「でも、それだと次の戦いに支障が出るわ。敵はかの騎士王。臨むのならばこちらも全力を出さなければいけません。ですので、私は次の戦いで宝具を解放します」
脳裏に浮かぶのは2つのイメージ。
キャスターが生前を過ごしたと思われる城と、地面にまで垂れ下がった鉄の瞼の異形。
英霊達が持つ伝承の具現。
人間の幻想を骨子に作り上げられた物質化した奇跡。
彼女が持つ切り札。
それは同時にキャスター自身の在り方、生き様の象徴でもある。
殊更、キャスターにとってはその開示は重く、それに至った思いを組んでカドックを言葉を失った。
「どう使うかはお任せします。それと、アサシンが襲ってきた時のように、私を庇うのはもう止めて。私だけが残るのは・・・・あんな思いはもうしたくないわ」
無言で立ち上がり、魔力の回復に使用した使い捨ての礼装を体から剥がす。
心は重いままなのに、体は羽根が生えたかのように軽くなっていた。
集合の刻限が迫っている事を確認し、カドックは改めて自分が契約した英霊の事を考える。
彼女の人生、その名前を背負いきれるのかと自問する。
結局、答えはでなかった。
□
大空洞は寺院と思われる場所の地下にあった。
元々は天然の洞窟だったものを魔術を用いて拡張、補強し、聖杯戦争のために大聖杯を設置したのだろう。
凡人の自分でもわかるくらい、濃密な魔力が溢れてきている。
こんなものが極東の地方都市に鎮座していては、どのような怪異が招き寄せられるか予想もつかない。
「大聖杯はこの奥だ。ちょいと入り組んでいるからはぐれないようにな」
そう言って、クー・フーリンは背中を向ける。
一緒に行くのではないのかと振り返ると、油断なく杖を構える魔術師の姿があった。
視線の先を追うと崖の頂上。
黒ずんだ赤い衣をまとった弓兵がこちらを睨んでいる。
アーチャーのサーヴァントだ。
「信奉者の登場だ。相変わらず聖剣使いを護ってんのか、テメエは」
「・・・ふん。信奉者になった覚えはないがね。つまらん来客を追い返す程度の仕事はするさ」
どこからともなく取り出された弓に矢が番えられる。
あれは剣か?
剣を弓に番えて射出するなんて英霊、聞いた事がない。
「ようは門番じゃねぇか。何からセイバーを護っているのか知らねぇが、ここらで決着つけようや」
放たれた矢が、クー・フーリンのルーンで焼き尽くされる。
援護すべきかと構えると、彼は静かに頭を振った。
「アーチャーは俺がやる。お前達は先に行け」
「わたしも残ります。盾で援護しますので、その隙に攻撃を・・・」
「だめだ、騎士王に勝つにはあんたら全員の力が必要だ。ぐずぐずしていたら騒ぎに気付いたセイバーもやってくる。早くいけ! アーチャーを倒したら俺も行く!」
真っ先に判断を下したのはオルガマリーだった。
クー・フーリンに後を任せるようにと告げ、大空洞の奥へと走る。
続いてマシュが、キャスターが後を追う。
「おう坊主・・・泣かすんじゃねぇぞ、あのお姫さん」
「・・・ああ、言われなくとも」
発破をかけられ、地面を蹴る足に力がこもる。
やがて、背後のクー・フーリンとアーチャーの立ち回りの音が聞こえなくなると、唐突にそれは現れた。
天井が高く、大きな屋敷が1つ収まってしまうくらい広い。
山のように盛り上がった岩場にはどす黒い輝きが柱を立てており、怨嗟の如き負の力が大気を満たしていた。
「うそでしょ、なによこれ・・・超抜級の魔術炉心じゃない!?」
オルガマリーの悲痛な叫びが木霊する。
願いを叶える万能の願望器。
確かにこの力ならばどんな願いでも叶えられるだろう。
だが、それ以上にこれはよくないものだ。
これを開いてはならない。
これを開放してはならない。
得体の知れない恐怖が警鐘を鳴らし、乾いた喉から滑稽な音が漏れる。
「――ほう。面白いサーヴァントがいるな」
凛として響く理性に満ちた声。
いつからそこにいたのか、或いは初めからそこにいたのか、黒い鎧に身を包んだ剣士がそこにいた。
まるで嵐の恐怖を凝縮したかのような覇気の具現。
双眸は冷たく、鋭く、冷徹にこちらを見据えている。
そして、手に携えるは漆黒の聖剣。
あれは王を選定する剣の二振り目。
遍く命の輝きが集った騎士王の剣。
そして、その剣を持つ者は―――。
「あれが、アーサー王か」
言葉にできただけでも及第点を与えたい。
それほどまでにセイバーが発する気は恐ろしく、理性を持っていかれそうになる。
地方によってはアーサー王は嵐の王としてワイルド・ハントに習合される時もあるが、あれは正に嵐そのものだ。
それが今、興味深そうな笑みを浮かべてマシュを見つめている。
「――面白い。そのサーヴァントは面白い。構えるが良い名も知らぬ、娘。その守りが真実か、この剣で確かめよう」
漆黒に染まった聖剣がマシュに向けられる。
来る、と思った瞬間、爆発にも似た魔力のうねりが感じ取れた。
一呼吸の間もなく間合いに踏み込んだセイバーの一撃がマシュの盾を捉える。
まるで大砲だ。
膨大な魔力を推力に変え、攻撃や移動に用いているのだ。
「キャスター、援護しろ!」
聖剣が盾に弾かれた隙を突いて、キャスターの冷気がセイバーを襲う。
しかし、セイバーは僅かに眉をしかめる程度で、すぐにマシュへの攻撃を再開した。
ライダーと同じく対魔力スキルを有しているのだ。
これではキャスターの攻撃がセイバーに通用しない。
「邪魔立てするか。いいだろう、まとめてかかってこい!」
利かぬのならと盾ごとマシュを蹴り飛ばし、今度はキャスターに聖剣を向けた。
空気の爆ぜる音が鼓膜を震わせ、一直線に向かってくる。
避けきれない。
「はあぁっ!」
剣が振り下ろされる寸前で、マシュの体当たりがセイバーを吹っ飛ばす。
同時に氷塊が次々と降り注ぎ、漆黒の騎士王を押し潰した。
「やったか!?」
「いいえ、まだ―――」
大気が弾けたのかと思うほどの魔力の放出が氷塊を粉々に吹き飛ばす。
聖剣を携えたセイバーは無傷だ。
その顔には凶悪な笑みが浮かんでおり、必死で足掻く2人の姿を見下しているように思えてならなかった。
余りにも地力に差がありすぎる。
マシュでは受けるのがやっと、キャスターに至っては言わずもがな。
仮にクー・フーリンが間に合ったとしても、いったいどうやってこのサーヴァントを倒すことができるのか。
勝ち筋が見えない戦いを、カドックは歯噛みしながら見守ることしかできなかった。
ふと思ったけれど、カドックくんって月の聖杯戦争じゃ図書館行かなくともマテリアル開示できそうだね。