Fate/Grand Order IF 星詠みの皇女   作:ていえむ

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第五特異点 北米神話大戦イ・プルーリバス・ウナム
北米神話大戦イ・プルーリバス・ウナム 第1節


――――銃声が轟いた。

視界が明滅し、世界が渦を巻いて反転する。

見上げた天井は高く、何人もの男達がこちらを見下ろしている。

何が起きたのかわからない。いや、わかってはいても心が理解を拒絶する。

だから、熱を持ったこの痛みが何なのかもわからない。

それでも痛みは一秒ごとに加速していき、途方もない混乱と引きずり込まれるような恐怖が襲ってくる。

救いを求めて伸ばした手は、虚しく空を切るばかりだった。

目の前で倒れている両親が、すぐ近くのようにも遥か遠くにいるようにも見えてしまう。

傍らでは姉たちが血を流して倒れていた。まだ息があるのか微かに動いている。

アレクセイはどうなっただろうか。

血友症の弟は少しの傷でもなかなか出血が止まらない。痛みで泣いてはいないかと場違いな心配が頭を過ぎる。

それが無意味な心配であるとわかってはいたが、探さずにはいられなかった。

どこにいるかはすぐにわかる。

姿が見えなくとも、声が聞こえずとも、自分達は一心同体だ。

首を動かせばすぐそこにいる。

小さな可愛い弟の姿が。自分と同じように痛みに震える姿が見える。

ああ、見えてしまった。

刃を突き立てられ、倒れていく小さな体が。

突き付けられた銃口が、可愛らしくも勇ましい弟の横顔を撃ち抜く瞬間を。

3人の姉もそれに続く。

無数にも思える銃声、無慈悲に突き立てられる銃剣、容赦なく打ち下される銃床。

終わってしまうと心が嘆く。

今日までの努力、今日までの逃避が意味を成さなくなる。

わかっていた。

こうなることはわかっていた。

自分達に逃げる場所はなく、生かされる場所もない。

この世界で生きていていい場所がないことくらい、幼い弟でも知っていた。

それでも願っていた。

昨日までと同じ一日が、今日も訪れて欲しいと。

けれど、結局は無駄だったのだ。

どんなに拒絶しても終わりは訪れる。

どれほど願っても死はもたらされる。

ならば、最初から願わない方が良かった。

生きたいなどと思わず、ただ流れに任せておけば、この日の痛みも受け入れられただろうか。

あの生きたまま死んでいく毎日に抗い、生きたいと笑っていたことが無為であったのだろうか。

ならばもう必要ない。

命が失われる瞬間がこんなにも苦しいのなら、もう生きたいなどと思わない。

そう思った瞬間、心が凍てついた。

そして、嘲笑う兵士達に浮かび上がる、最高の憎悪。

瞬間、苦痛は快感に反転する。

殺してやると少女(わたくし)は祈る。

昨日までの自分を、明日を夢見て道化を演じた自分を殺したこの男達を許さないと。

ただ生きたいと願った少女の思いを踏みにじったこの野蛮な兵士達を許さないと。

すると、声が聞こえた。

ああ、この声はいつも、いつも私の側にいた。

姉さん(オリガ)も、姉さん(タチアナ)も、マリアも、アレクセイも、パパもママも気づかなかったけれど、この声はずっと聞こえていた。

悪戯をする時や、木に登った時も、いつも聞こえていた。

けれど、守護天使とかそういう存在ではないことは理解していた。

何しろ、今、こうして、自分は死んでいる。

三秒後に死ぬ自分を、ただ「彼」は見ていた。

じっと見つめていた。

殺意に応じて召喚された幻想の生物。

ロマノフの血を引き、素養ある者にのみ姿を現す魔眼の怪物。

その眼を通して全てが視える。

野蛮な男達に服を引き剥がされ、肉体をバラバラにされ、土に埋もれてなお、それを把握できるだけの意識が自分にはあった。

故にそれを遂行した兵士たちには、二度と安息が訪れないように。

私は全てを視ていた。

殺してなどやらない。

一生涯を不安に怯え続けろ。ヴィイ(わたし)が視ているぞ

お前達の罪を暴き、反省をくりぬき続ける。

だから、ずっと見ている。死ぬまで視ている。

ずっとずっとずっと。

 

――――ああ、もう、暗黒の空しか思い出せない

 

 

 

 

 

 

各部位の痛みやしこり、なし。

一定時間の直立、問題なし。

一定距離の歩行、問題なし。

関節の可動、問題なし。

精密作業、一部問題あり。

淡々と告げられる検査結果を、カドックは粛々とした態度で受け入れる。

この2ヵ月ほどの間、リハビリに集中したことで体はほとんど前を同じように動けるようになった。シミュレーターでの訓練も問題なく行えており、後はロマニからのお墨付きをもらうだけである。

 

「……正直に言うと、もう少しの間、リハビリに専念してもらい」

 

「…………」

 

「けれど、君をこれ以上、休ませておける余裕がない。医学的に君はもう健康だ」

 

「それは、つまり?」

 

「ああ、退院おめでとうと言わせてもらうよ。一応ね」

 

「……そうか」

 

思わず安堵の息が漏れる。

ここまで回復していてまだリハビリが続くようなら、グランドオーダーへの復帰は絶望的だ。

志半ばで旅が終わるなんてことにならず、一先ずは安心を得る。

だが、喜ばしいことであるはずなのに、いまいち気持ちが晴れないのは何故だろうか。

そんなことは決まっている。今朝の悪夢のせいだ。

生前のアナスタシアの記憶。今朝の悪夢は彼女の最期の瞬間だった。

明るい少女として振る舞い、道化を演じることでしか抗えなかったか弱き皇女の最期。

憎悪も無念も生々しく、赤の他人が垣間見るにはおぞましくて吐き気が込み上げてきた。

あの瞬間、彼女は生きることへの希望を捨て去ったのだ。

死の直前まで明日を夢見ていた少女は、己の命の灯火が消え去る瞬間に、自分自身を裏切らねばならぬほどの憎悪を抱いてしまった。

そうしなければ、自分の死すら受け入れられなかった。

そして、その思いにヴィイが応えたことで、彼女は英霊として人類史に刻まれた。

余りに儚い、三秒間の契約。

それが英霊アナスタシアの全てであった。

垣間見た夢への怒りがあった。

彼女が抱いた諦観を否定したかった。

人が死ぬのは当たり前だ。そこに苦悩し涙するなんて間違っている。

特に魔術師はそういう人種だ。根源という果てを目指す以上、誰もが辿り着くのは死による挫折でしかなく、そこに至るまでに何を成せたかを評価する。

だから、その生き様は無意味なものだったのかもしれないが、無価値なものでは決してないはずだ。

なのに言葉が喉につかえる。

口にすると余りに白々しい。

生者がどれほど雄弁に語ろうと、死者である彼女の胸にはきっと響かない。

証明するしかないのだ。

自分の生命に釣り合う価値あるものが、世界にはあると。

例え無為でも抗い続けた先にしか掴めないものはあると。

彼女の死は動かず、死への恐怖は変わらずとも、その捉え方はきっと変えられるはずだ。

 

(そのためにも、魔術王に……ソロモンに、勝つ)

 

不可能に挑む。

グランドオーダーの先に待つ、強大な敵を倒す。

世界を救うという偉業を成し、あの冬木の街での約束を果たすのだ。

そのためにも次の特異点修正は必ず成し遂げてみせる。

 

「カドックくん、大丈夫かい?」

 

「……何が?」

 

「呆けていたようだけど」

 

「別に、何でもない」

 

「そう。まあ、左手のことは気にするなとは言えないよね。カルデアの医療設備ではこれが限界だ」

 

こちらがケガのことを気にして黙っていたと思ったのか、ロマニは謝罪の言葉を述べる。

体幹筋の低下は筋肉をつけ直したことで何とか補えたが、左手の麻痺だけはどうしても治らなかったのだ。

動かない訳ではないが、指先を使った細かい作業は行えない。

骨格も歪んでいるようで、左右で手足の長さも微妙に違うらしい。

大分慣れたが、それでも体の違和感は拭いきれなかった。

とはいえ魔術を併用すれば片手でも重いものは持てるし、自分の本分は戦闘ではなく後方指揮だ。

この程度の後遺症は問題にはならないだろう。

 

「ドクターはよくやっているよ」

 

「その言葉、そっくり君に返させてもらうよ。最近、遅くまで勉強しているそうじゃないか。藤丸くんのこと、とやかく言えないよ」

 

「睡眠はきちんと取っている」

 

「魔術で強制的に疲労を飛ばしているだけだろう。結果が同じなら何をしてもいいなんて考えない方が良い」

 

図星を刺され、言葉に詰まる。

確かにその通りだ。

与えられたリハビリをこなし、空いた時間は魔術の研鑽とグランドオーダーへの対策に費やした。

ソロモン王の逸話の再解釈、より効率的な術式への改良、今までは不必要と思っていた現代科学の知識にも手を出した。

自分でもわかっている。これは単に怯えているだけなのだと。

ロンドンで邂逅した魔術王の力、その片鱗に触れただけで気が遠退きそうになった。

相手は魔術師の最高峰、頂点に君臨するグランドクラス。自分のような凡人はおろか、Aチームが健在であった頃のリーダーであったヴォーダイムが逆立ちしても勝てないであろう。

魔術師として同じ土俵で戦うことはできない。相対すれば無様な死が待っているだけだ。

だから、他のものでその差を埋める。それが例え魔術師としての在り方に反する行いであったとしても。

アナスタシアのためにも自分は勝たねばならないのだ。

今を生きる70億の命と、そこに至るまでに積み重ねられた歴史を護るためにも、魔術王を倒さねばならないのだ。

 

「僕は正常だ」

 

「そうだね、君の反応は実に真っ当だ。だが指揮官からすれば君は酷く冷静さを欠いているように見える」

 

「相手は魔術王だ。なら、やれる手は尽くさないと」

 

「それはボクが考え決めるべきことだ。少し頭を冷やして周りを見るんだ。君1人でグランドオーダーを遂行しているわけじゃない」

 

「……そうだな、少し冷静さを欠いていた」

 

「切り替えが早くて助かるよ。マシュもこれくらい聞き分けがよければいいのにね」

 

「……彼女が?」

 

あの何でも素直に言うことを聞きそうなマシュが、とつい聞き返してしまう。

するとロマニは、大きなため息を一つ吐いて額を小突いてきた。

 

「ほら、やっぱり何も見えていない。彼女、意外と頑固だよ。体調が芳しくないから休ませたいのに入院を拒否されてね。まったく誰に似たんだか」

 

小さく笑うロマニの顔は、呆れているようにも寂しがっているようにも見えた。

その様子をカドックは、突かれた額を擦りながら不思議そうに見上げるのだった。

 

 

 

 

 

 

管制室でいつものブリーフィングが行われる。

微小特異点も含めてこれまで何度も繰り返してきた光景だが、今回は今までと雰囲気が違った。

管制スタッフも含め、張り詰めた空気が漂っている。

ロンドンで遭遇した人理焼却の黒幕、魔術王ソロモンの存在が否がおうにも暗い影を差しているのだ。

 

「ロンドンの戦いで、敵は魔術王ソロモンと明らかになった」

 

口火を切ったロマニの顔は真剣そのもので、普段のどこか気の抜けた雰囲気は微塵も感じさせない。

いつも通りなのはモナ・リザの顔を複写しているダ・ヴィンチくらいだ。

 

「これはボクの推察だけど、魔術王は基本的には手を出してこない」

 

ロンドンでの短いやり取りの中で、ソロモンはカルデアを脅威とは見なしていないことが察せられた。

加えて人理焼却の起点となる特異点は1つでも取りこぼせば人類史の修正は不可能となり、それ故にソロモンは第四特異点攻略まで静観を決め込んでいたのだ。

なので、今後も表立っての妨害を仕掛けてくる可能性は低い。

カルデアをそこまでの脅威と見なしているのなら、彼はもっと早くに行動に出ていたはずだし、ロンドンからの帰還も叶わなかったはずだ。

 

「では、引き続き特異点を修正する、という作戦内容でいいのですね?」

 

「ああ、まずは人類史を正しいカタチに戻す。問題は――」

 

「魔術王への対処だね」

 

ダ・ヴィンチの言葉をロマニは静かに肯定する。

カルデアが人類史から孤立し漂流しているように、ソロモンもまたどこかの時間の中に潜んでいる。

現状ではそれを突き止める手段はない。

また彼が使役する魔神――魔神柱は七十二柱が存在することを前提とした一種の魔術式だ。

ここまでで三柱の魔神柱を倒してきたが、それもすぐに補填されることだろう。

ソロモン王を倒さない限り、七十二の魔神をこの惑星から消し去ることができない。

仮に全ての特異点を修正できたとしても、この2つの問題をどうにかしなければまたソロモン王は人理焼却を繰り返すだろう。

はっきり言って打つ手がなく、余りに暗い先行きだ。

 

「そちらについては一先ず置いておこう。まずは目の前の特異点だ」

 

ロマニが端末を操作すると、カルデアスに光点が灯る。

場所は北米大陸。時間座標は1783年と出ている。

丁度、独立戦争が行われている時代だ。

 

「今回のレイシフト先はなんと北アメリカ大陸。俗にいうアメリカ合衆国と呼ばれる超大国だ」

 

歴史上においてアメリカの誕生は外すことができない大事件だ。

世界中から多くの移民が集まり、未開の大陸を切り開いて新しい国家を建国した。

国としての歴史が浅い代わりに懐が広く、貪欲にその手を広げて世界に影響を及ぼすまでになった開拓の精神。

フランスが自由という概念を生み出したのだとしたら、アメリカは自由という概念を押し広げた国だ。歴史の上での重要度はローマ帝国に匹敵すると見ていいだろう。

一方で魔術の観点からすればあのような片田舎は歯牙にもかけられていない。

何しろ歴史が浅い。それだけで魔術師にとって重要度が下がる。

無論、先住民による精霊信仰とそこから派生した降霊魔術の存在も確認でき、魔術的な文化が皆無な訳ではないが、東洋呪術が協会では学問として認められていないのと同じように、新興国で起こった魔術を重視する者は非常に少ない。

 

「カドック、アメリカの英霊って誰がいた?」

 

「ビリー・ザ・キッドやバッファロー・ビル。保安官や悪漢の類が多いだろうな。何しろ叛逆で成り立った国だ。法の体現者……それもとびきりのアウトローな奴らが目白押しだ」

 

或いはインディアンの戦士ジェロニモ、独立戦争ならばアメリカ初の英雄となるジョン・ポール・ジョーンズ。

民衆のために為政者と戦ったゾロ、アラモ砦の戦いで命を落としたジェームズ・ボウイなどなど。

今までに出会った英雄達とは毛並みの違う、アクの強い連中ばかりだ。

今度もそういった英霊達と協力し、特異点の修正にあたることになる。

何も変わらない。

いつも通り現地へ飛び、任務を遂行するだけだ。

特異点を修正し、魔術王の企みを阻止する。

それだけだ。

 

「カドック、具合でも悪いの?」

 

コフィンに入る直前になって、アナスタシアが心配そうにこちらを見上げてくる。

一瞬、前に夢で見た彼女の生前を思い出して言葉に詰まるが、すぐにいつもの調子で言葉を返す。

何も問題はない。

自分はいつも通り、冷静だ。

 

「大丈夫だ。手が使えなくても魔術は使えるし、何より君がいる。心配する事はないさ」

 

「そうじゃないの。あなた、とても緊張しているから」

 

「僕が? そんな訳ないだろ。もう5回目の特異点だ。すっかり慣れたよ」

 

「ううん、そうじゃなくて……いえ、そうね。あなたがそう言うのならそうなのでしょうね。行きましょうマスター、五度目の旅へ」

 

「え? あ、ああ……」

 

何だかいつもの彼女らしくない態度に首を捻るが、アナスタシアはこちらを無視してサッさと自分のコフィンの中に潜り込んでしまう。

仕方なくカドックも自分に宛がわれたコフィンに入ると、レイシフトが始まるまでしばしの瞑想に入った。

考えることは余りに多い。

北米の状況把握、現地でどれほどの協力者を得られるか、敵は誰で何を企んでいるのか。

何も問題ないと言い聞かせる。

全てうまくいく、きっと。

そうすれば魔術王の打倒に近づける。

そう、証明するのだ。

自分のような凡人でも何かを成せると。

 

 ──アンサモンプログラム スタート。

 

 ──霊子変換を開始 します。

 

 ──レイシフト開始まで あと3、2、1……

 

 全行程クリア。グランドオーダー 実証を 開始 します──。

 

意識が途絶える。

それがカルデアが観測したカドック・ゼムルプスの最後の瞬間であった。

第五のグランドオーダーにおいて、カドックは再び歴史の漂流者となった。




はい、北米編の始まりです。
もう何度目だカドックの遭難。
実は冬木以降も書こうと決めた時に最初にプロットが仕上がったのが北米だったりします(終局は除く)。つまりすごくやりたいシーンがあります。
6章以降のことも考えてここでカドックくんには一山超えてもらわないとですからねぇ(笑)

追伸
先日、青王様を遂に当カルデアにお迎えできました(水着に来て欲しかったのはナイショ)。
そしたらその次に礼装「ナイツ・オブ・マリーンズ」が来ました。
お前らそんなに我が王好きならサーヴァントで来いよ(笑)。
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