Fate/Grand Order IF 星詠みの皇女   作:ていえむ

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北米神話大戦イ・プルーリバス・ウナム 第3節

それはエジソンに協力することを決めた日の出来事だった。

 

『どうだカドックくん、我が機械化歩兵部隊の威力は。以前よりも更に改良を重ね、馬力も機動性も5%上昇したのだ。交流ではとてもこうはいくまい』

 

『機械のことはさっぱりだが、これ以上の強化は必要なのか? どうせ使い潰される兵器なら、もっと安価でもいいだろう』

 

『発明に上限はないのだよ。安く大量に作るのは当然のこと、必要なのはそこにどれだけの付加価値を付けられるかだ。それと実際に前線で戦うのは我が国民だ。彼らを1人でも多く生還させるには、やはり性能の強化は必要だよ』

 

『だが、あれが束になってもサーヴァントには敵わない』

 

『無論だ。だが、1%のひらめきがあれば後は努力で何とでもなる。私がその1%となり、彼らにアメリカの勝利を約束しよう。ならば勝ったも同然とは思わないかね? アメリカの国民ほど弛まぬ努力を怠らぬ者はいない。何しろ皆、開拓者の子孫だからね』

 

そう言って拳を握るエジソンの微笑みは、頼もしくもどこか子どもっぽい青臭さがあり、直視するのも眩しい輝きを放っていた。

その輝きは久しく忘れていた情熱を呼び起こさせた。

まだ自身の凡庸さを知らず、魔術師としての大成を夢想していた頃の幼い自分を幻視した。

1%のひらめき。自分はそれを手に入れることはできなかったけれど、この男にはそうなって欲しくない。

トーマス・エジソンには輝かしい未来が約束されて欲しい。

何故なら彼は――――。

 

『エジソン、僕を末席に加えて欲しい。あんたの――あなたの目指す国を、僕も見てみたい』

 

それが過ちの始まりとわかっていながら、カドックは仲間と袂を分かつ覚悟を決めた。

エジソンは快くそれを承諾し、任せられた仕事をこなすことでカドックは彼の信用を勝ち取った。

気づけば西部軍の実権を握る大統王補佐官の立場にまで上り詰めていた。

そして、そこからが本当の地獄の始まりだった。

戦況は刻一刻と変化している。

無限ともいえるケルトの軍勢、次々と寄せられる戦地からの要望、暗躍するレジスタンスの動向調査、戦線の変化に伴う補給線の確立、エジソンから送られてくる新たな発明案の精査。それらを有限の時間と資源と人手を割き、カドックは1つ1つ正確に対処していく。

今朝も昨日から通しで目を通していた新兵器の仕様書に判を押し、朝一番の集荷で届けるよう伝令に手配する。これで仕様が変わるのは六度目、そろそろ既存の生産ラインでは対応できなくなるだろうから新たな設備を投入しなければならない。それ以前に工場の責任者が再三の仕様変更で脳溢血を起こしかけていたが、カドックは休暇の要望を黙殺して更なるシフトの強化を通達した。

そして、一つの仕事が終われば次の仕事に取り掛かる。

押されている戦線に対しては増産された機械化歩兵の中隊を派遣し、拠点の維持に関して罠と監視の強化を徹底。伸び切った補給線を維持するためには新たに数百単位で馬を集めなければならないが、西部の牧場に動かせるだけの成馬がいただろうか。いなければロバを連れてくるか、それとも鉄道の架線を引き直した方が早いかもしれない。

空いた時間があれば工場に顔を出して兵器の増産具合を視察した方がいいだろう。

それ以外にもやるべきことは非常に多い。

 

「補佐官、資材調達班からの報告です」

 

「石炭の採掘量が落ちている。この倍は持ってこいと通達しろ。人手が足らなければ労働基準を下げて若年者を雇え」

 

「膠着している南部の戦線についてはどのように?」

 

「再編した機械化歩兵の三個中隊を送る。それまでは死んでも死守しろと伝えろ。あそこの油田を奪われる訳にはいかない」

 

「兵器工場で大規模なストライキです」

 

「追加の工員がもうすぐ手配できると言って宥めろ。そうだ、難民の中から働ける奴を50人ほど引っ張っていけ。性差は問わない」

 

「居住区の燃料不足についてはどうされますか?」

 

「切り開いた北部の森から材木を回してもらう。それまでは制限をかけろ」

 

「兵器工場からです。先ほど、送った仕様変更に対して抗議が――」

 

「無視しろ」

 

矢継ぎ早に各所に指示を出し、次の書類に目を通す。

一つを片付けている間に三つの問題が発生する。

それを解決する為には作業効率を上げ、寝食の時間を惜しみ、休むことなく働き続けるしかない。

ここに来てからカドックは今までに培った全てを出し尽くした。

自分が持つ100年先の知識でエジソンに兵器改良のアドバイスを行い、この時代ではまだ発見されていない鉱山資源も押さえる。

ハンニバル・バルカや孫子の兵法書から読み漁った知識を戦略に組み込んだ。

闇雲に過重労働を強いるエジソンの方針に異を唱え、効率的なシフト体制を確立する。

兵士に対してもより近代的な小隊運用を徹底するようマニュアルを作成した。

 

『見事だカドックくん。先日も我らが軍は西部の拠点を一つ取り返した。ここからが巻き返しだ』

 

近代的に生まれ変わった軍隊を見てエジソンは笑っていたが、そこまでやってもまだケルト軍との戦力差は覆らない。

そもそもカドックは魔術師であって軍人でも政治家でもない。

持ち込めた知識は付け焼刃で必ずしも十全に機能しているとは言い切れなかった。

必然的にカドックは不足する分を自身で負担する羽目になった。

自ら動き、必要とあらば前線に立ち、手持ちのリソースを切り崩す。

自分が持てる全てを使っても、戦術的な勝利を一つか二つ増やすのがやっとだ。

未だ1の相手に3以上の力をぶつけている現状ではアメリカ奪還など夢のまた夢であり、反撃のためにはこれまで以上の戦力の増強が必要であった。

 

「精が出ているな」

 

報告書に目を通しながら廊下を歩いていると、黄金の鎧を纏った青年が声をかけてきた。

インドの叙事詩「マハーバーラタ」にて語り継がれる英雄。エジソン軍においてはエジソンが直々に協力を依頼した客将であり、西部の切り札として活躍している。

 

「戻ってきたのか」

 

「ああ、東部戦線に異常はない。被害は出たが何とか軽微で抑えることができた」

 

「助かる。何か異常はあったか?」

 

「東洋のサーヴァントと一戦を交えた。どうやら寄る辺のないはぐれサーヴァントのようで、かなりの使い手だ。残念ながら横やりが入り決着はまたの機会となったが」

 

「施しの英雄と互角に渡り合う東洋人だって?」

 

「赤髪の槍使いだ。あそこまで心躍る競い合いは久しくなかったな。それと斥候からの報告だが、アルカトラズに動きがあったようだ」

 

アルカトラズ島は正史において、サンフランシスコ湾の孤島であり、難攻不落の連邦刑務所が存在する。

残念ながらこの特異点ではケルト勢に占領されているのだが、どういう訳か連中はそこから兵を動かさずにだんまりを決め込んでいた。

何度か斥候を放ってみたが敵の狙いがわからず、かといって背後を押さえられている状態では迂闊に戦線を押し込めることができず、手をこまねいていたところだ。

 

「少数のサーヴァントによって陥落させられたらしい。その中には盾使いの少女がいたそうだ」

 

「あいつか……」

 

藤丸立香がアルカトラズを落としたのだ。

何のためにそのような行動に出たのかはわからないが、おかげで硬直していた戦況が動くことになるだろう。

こちらは後方に下げていた警備の戦力を前線に合流させることができ、逆に敵は地理的なアドバンテージを失う形となった。

未だ戦力はこちらが不利だが、後顧の憂いさえなければ動きようがある。

まずはジェロニモ達はぐれサーヴァントが率いるレジスタンス組織に潜り込ませた密偵から情報を獲得し、現状を把握するのが先決だ。

 

「カルナ、場合によってはあなたにもうひと働きしてもらう必要があるかもしれない」

 

「では、ワシントンに?」

 

「必要とあらば」

 

東部の難民から得た情報や、戦地での敵の動きから察するにケルト勢の拠点はアメリカの本来の首都であるワシントンであると考えられる。

敵が尽きぬ物量で以て攻めてくるのなら、それらを無視して本丸を攻めるのが最も上策だ。

事実、フランスではこの方法で自分達は竜の魔女を倒すことができた。

こちらの最大戦力であるカルナを完全武装した大隊で護衛し、生還を度外視した特攻でワシントンを攻め落とす。

不毛な消耗戦へと突入したこの東西戦争で西部軍が勝利するためにはこの方法しかない。

ただし、最高責任者であるエジソンはこの方法を採択しない。

彼はあくまで物量による正面突破を望んでおり、現行の西部軍は全てそのために動いている。

工場で作られる兵器もそれを動かす軍隊も、全ては漸減作戦を行うために逐次投入されている。

加えて広大な北米大陸を進軍するとなるとどうしても手薄な防衛ラインができてしまい、そこから回り込まれる形で挟撃される可能性もある。

それを防ぐ為には敵の進軍ルートの誘導と、領土防衛のための戦力が必要だ。

この2つを揃えられない限り、東西戦争はいつまでも膠着状態が続くこととなるだろう。

 

 

「エジソンには改めて進言しておく。だが、まずは彼を納得させるための成果が必要だ。何とか五大湖近郊まで戦線を押し上げることができれば、勝ちの目も出てくる」

 

「そうか、お前を補佐としたエジソンの目はやはり、正しかったのだな」

 

「よしてくれ、ここまでなら僕がいてもいなくても変わらない」

 

「そう捉えるのはお前の自由だ。だが、お前がいなければ結末はより早くに訪れていただろう。だからこそ、敢えて今、問いたいことがある」

 

「なんだ、改まって?」

 

「何故、エジソンの下についた? オレにはお前が何かを恐れているように思えてならない」

 

歩みがピタリと止まる。

泰然自若に構えるカルナの瞳はまっすぐで、まるでこちらを見透かしているようだった。

あの目はよく知っている。アナスタシアもよく、あんな風に自分のことを見つめてくる。

あの目は虚飾を払い、真贋を見抜く。自分が最も苦手とする目だ。

 

「先に詫びておこう、オレは一言足りないらしい。だが、将として槍を預ける以上、正しておきたいこともある。カドック・ゼムルプス、何を恐れここにいる? お前の指揮には迷い――いや後悔が感じられる。渇望はあっても飢えがない。オレにはただ敗北を恐れ蹲っているだけのように見えてならない」

 

「止めてくれ……あなたに敵意は向けたくない」

 

「失言ならば謝ろう。だが、お前は……」

 

カルナが何かを言おうとした時、伝令の兵士が駆け足で近づいてくる。

 

「報告します。南部採掘キャンプ近郊にてケルト兵の動きを確認。数、約2個大隊」

 

東部との境界近くで油田を採掘している地区だ。

そこで取れる原油は燃料を始め、西部軍の活動を支える生命線である。

仮に奪われれば西部軍の生産活動は一気に落ち込んでしまう。

そのためにも駐屯部隊の補充は急務だったのだが、敵の動きの方が早かったようだ。

加えて敵の数が余りに多い。3倍近い戦力を送り込まれてはこちらが増援を送る前に駐屯部隊が全滅してしまう。

 

「オレが行こう。今から増援を送っていたのでは間に合わん」

 

「待てカルナ。おい、敵にサーヴァントは?」

 

「報告にはありません」

 

「キャスター!」

 

「ええ、ここに」

 

「令呪を以て命ずる――」

 

光と共に二画目の令呪が消失し、霊体化して控えていたアナスタシアの気配が消える。

空間転移で採掘キャンプまで彼女を送り出したのだ。敵にサーヴァントがいなければ、ケルトの雑兵などヴィイの魔眼で一網打尽だ。

 

「一度、執務室に戻る。すぐに僕も現地に飛ぶから、馬車を用意してくれ。護衛は最小でいい」

 

「はっ」

 

伝令が敬礼し終えるよりも早く、カドックは踵を返した。

焦りが胸中を支配する。先ほどのカルナの言葉など、とっくに頭から消えていた。

改めて戦争は化け物であることを痛感する。

一介の魔術師程度で制御できるようなものではない。そんな超人なんて、それこそ物語の中だけの存在だ。

戦うためには人手がいり、人を動かすには兵糧が必要で、それを集めるためには多くの資源と時間を要する。

そして敵はこちらの事情などお構いなしに攻めてくる。

わかっていたことだ。西部軍はいずれ瓦解する。

敵は聖杯を所持しており、無限の兵力にものを言わせて暴れ回っている。

対してこちらは時間も人手も資源も有限だ。

兵力の数を競い合う限り、西部軍に勝ちはない。

それでもエジソンは方針を変えようとはしないだろう。

大量生産は彼が最も得意とする分野だ。ホームグラウンドでの敗北を彼は絶対に認めようとしない。

そうして資源を食い潰していくのだ、先ほどの令呪のように。

 

(くそっ、僕にもっと力があれば……)

 

悔しさで歯噛みし、思わず廊下の柱を叩いた。

拳の痛みなど気にはならない。あるのは今、1人で戦っているアナスタシアへの罪悪感とどうしようもない苛立ち、そして一抹の恐怖だけだ。

 

『オレにはただ敗北を恐れ蹲っているだけのように見えてならない』

 

カルナの言う通りだ。

自分は恐れている。

魔術王ソロモンを、何もできぬまま彼に敗北することを。

エジソンがこのままケルトの軍勢に敗北することを。

 

(させない。エジソンは必ず勝つ。そしてアメリカを……魔術王から救う)

 

それは他の全ての国を見捨てるという決断に他ならない。

おかしな話もあったものだ。自分の力を証明するために世界を救うはずだったのに、今はそんなことよりもエジソンの勝利を望んでいる。

エジソンの努力が、エジソンの奮闘が、エジソンの閃きがケルトの蛮勇に勝ると証明したい。

何故なら、彼は――――。

 

「…………」

 

思考が止まる。

考えがまとまらない。

エジソンの勝利と魔術王の打倒がイコールで繋がらない。

いくら理由を探しても紐づけられる動機が見当たらない。

何故なら――――。

 

「僕は正常だ」

 

自分に言い聞かせるように呟く。

考えている時間すら惜しい。

答えは全てが終わってから探すのだ。

それまではこのままでいい。

きっと後悔するだろうけど、それでも彼の王の前に立つよりはずっとマシだ。

カルナの言う通り、自分は魔術王を恐れている。

勝てない相手に対して、勝てぬことを承知で挑むことを恐れている。

それはまるで、エジソンの――――。

 

「僕は、正常だ」

 

言い聞かせるように、カドックは何度も呟いた。

 

 

 

 

 

 

アメリカを訪れて何十日目かの朝が訪れた。

相変わらずケルト軍との戦争を膠着状態のままジリジリと戦線を押し込められており、東西の境界線は少しづつ西へと動いていた。

その間、カドックは文字通り寝食を忘れて国防に勤しんだが、芳しい成果を上げるどころか残り僅かな国力を更にすり減らす結果となった。

まず兵器工場の工場長が過労で倒れ、代理を務められる者がおらずカドックが兼任することとなった。

前線の兵力がどうしても足らず、工員や難民からも徴兵を行った結果、兵器生産の効率が低下。質の悪いロットが出回る形となった。

エジソンは戦線を押し返す切り札としてより高性能な兵器を設計したが、前述の理由で予定していた仕様に達していない欠陥兵器が生まれてしまった。

それでも何とか数だけは揃えたが、ケルト軍はすぐにその倍の数の兵士を引き連れて防衛線を食い破ってくる。

このままいけば戦線はどんどん後退し、首都に魔の手が迫るのも時間の問題であった。

藤丸立香達が首都近郊に姿を現したのは、正にその時であった。

 

「どう思うかね、カドック補佐官?」

 

伝令からの報告を聞き、緊急会議を招集したエジソンは傍らに立つカドックに尋ねる。

カルナもエレナも、黙ってこちらに注目していた。

その視線を少しだけ煩わしいと感じながらも、カドックは自分が集めた情報を整理し、彼らがここに戻ってきた理由を推察する。

 

「レジスタンスに潜入させた密偵からの報告によると、連中は敵の首魁――女王メイヴとクー・フーリンの暗殺に失敗したらしい」

 

「それはおかしいわね。彼の女王と狂王が敵対者を見逃すとは思えないわ」

 

「それに関しては不明だ。誰が暗殺を試み誰が生き残ったのか、そこまでは掴めていない。ケルトに屈して命乞いをしたという可能性もゼロではないが……」

 

そこで一旦、言葉を切り、藤丸立香という人物のことを考える。

あいつは馬鹿正直でおふざけが過ぎることはあるが、グランドオーダーに対しては真摯に向き合い投げ出すような真似はしない。

他の面々はともかく、藤丸立香だけは絶対に敵に屈することはないだろう。

ならば彼らは我が軍に庇護を求めに来たのだろうか。

それもない。

何故なら、立香と同行するサーヴァントの中にナイチンゲールがいる。

己の理想を追求するために国を動かし、上官にすら立てついて我を通す様は誰が呼んだか小陸軍省。

彼女はクリミア戦争において傷病者の看護に文字通り命を賭け、私財すら投げ打って衛生環境と医療体制の改革を行った。

ケガ人が出れば何キロも離れた場所であろうと駆け付け、患者の心身のケアを心がけ、徹底的な掃除と消毒を行い、多くの命を救いまた多くの死を看取った。

人の命を救うという狂気に囚われたバーサーカーは、凄惨な消耗戦を掲げるエジソンに決して組したりしないだろう。

つまり残る可能性は――。

 

「エジソン、狙いはあなただ」

 

「なんだと! それは本当かね!?」

 

「或いは僕かもしれない。何れにしろ、向こうは話し合いの場を要求してくるだろう」

 

「殺し合い、の間違いじゃなくて?」

 

「向こうにそのつもりはないさ」

 

「ならば、こちらも最大戦力で迎え撃つまで――」

 

「いや、ここは僕にやらせて欲しい」

 

他はともかく、立香が来るのならば自分が出なければならない。それがかつての仲間としての最低限の礼儀だ。

恐らく、向こうもそれを望んでいるはずだ。

 

「あいつとは1対1で決着をつける。きっと向こうも同じ考えのはずだ」

 

 

 

 

 

 

程なくして、首都王城に立香達は現れた。

一緒に来ているのはマシュとナイチンゲール、エリザベート・バードリー、そしてレジスタンスのラーマとロビン・フッド。

相変わらず層々たるメンバーを引き連れているものだ。おまけに向こうはサーヴァントの数すら上回っている。

 

「もう少し抵抗されるかと思いましたが、意外とすんなり招き入れるのですね」

 

「我が補佐官の希望だよ、ナイチンゲール女史。あなた方こそどうしてこちらに? 聞けば女王メイヴの暗殺に失敗しようだが、助けを求めに来たにしては殺気に満ちている」

 

「ええ、あなたの病を治療しに伺いました。応じなければ力尽くでも従って頂きます」

 

「何だと? 私のどこが病んでいるというのだ。この強靭な四肢、はち切れんばかりの健康、研ぎ澄まされた知性、どこを取ってもスタンダートではないか!」

 

「世界を救う力がありながら、理性を保ったまま世界を破滅に追いやろうとしている。それが病以外の何なのです?」

 

西部軍の重鎮であるエレナやカルナ、そしてカドックが言いたくても言えなかった言葉を、ナイチンゲールはまっすぐに突きつける。

彼の病、即ち此度の召喚に当たって彼が抱いた歪みを正すために。

 

「さては陰謀説に浸かっているのか? エジソンは資本主義の権化だとか、真の天才は商売などに傾倒しないのだとか!」

 

「私はそのような風評とは別の所で、あなたを病んでいると診断しているのです。ですが、言っても無駄のようですね。熱病に浮かされていては、折角の知性も台無しです」

 

「そこまでにしておいてくれ、フローレンス・ナイチンゲール」

 

舌戦で押され始めたエジソンを援護するため、カドックは2人の会話に割って入る。

 

「カドック・ゼムルプス。あなたもまた治療が必要です」

 

「こちらにそのつもりはない。エジソンにも手は出させない」

 

「では、戦って、殴って、勝利した上で話を聞いて頂きましょう」

 

ナイチンゲールは腰に提げた拳銃を今にも抜き放たんと身構えるが、その前にマシュが動いた。

ナイチンゲールの前に体を割り込ませ、彼女がこちらに襲いかかるのを防ぐ。

その横から一歩、前に足を踏み出した立香が静かにこちら見つめていた。

地下牢で別れて以来の再会となるが、彼の顔つきが以前と違って少しばかり険しくなっているような気がした。

ここに来るまでの間に起きた何かが、彼の心境に変化をもたらしたのだろうか。

よく知っているはずの人物が、まるで一回り大きくなって帰ってきたかのような錯覚を覚える。

 

「ナイチンゲール、ここは俺とマシュに任せて欲しい」

 

「奇遇だな、こちらもそのつもりだ。エジソンにはもう話をつけてある」

 

どのみち、これだけの数のサーヴァントがやり合えば王城は無事では済まないし、双方に少なくはない被害が出ることだろう。

戦争の今後を考えてそれは得策ではない。

加えてこの男にだけは、邪魔が入らない状況で真正面から打ち破りたいという欲求もあった。

度々、レイシフト先で行動を別にし、時には自分よりも大きな戦果を上げることも多かったこの少年と戦い、自分の方が優れているという証明を立てるために。

ここには行動を阻害する魔霧はない。万全の状態ならば、ロンドンの時のような無様を晒すことはない。

 

「負けた方が勝った方に従う、シンプルでいい」

 

「俺達が勝ったら、ナイチンゲールの治療を受けてもらう」

 

「やってみろ、47番目のマスター」

 

「やってみせるさ、Aチームのマスター」

 

互いの視線がぶつかり合い、静かに火花が散る。

禁断の戦いが、今ここに切って落とされた。




ここにゃ神様もチートもないぜというわけでカドックくんの異世界無双(焼け石に水)。
半端に能力あると、却って挫折感大きいよね。

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