Fate/Grand Order IF 星詠みの皇女   作:ていえむ

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北米神話大戦イ・プルーリバス・ウナム 第5節

西部アメリカ合衆国臨時首都王城会議室。

先のマスター同士の戦いを以て和解した西部軍とレジスタンスは今、大きな机を挟んで向かい合っていた。

議題はケルト軍打破と北米大陸奪還についての今後の方針についてだ。

両マスターと契約サーヴァントの回復を待った後、エジソンの呼びかけでこの緊急会議の場が設けられた。

 

「カドック、何しているの?」

 

立香は向かい側の席で黙々と静脈に注射針を刺すカドックの姿を見て絶句する。

刺された針はチューブで大きめのガラス瓶に繋がれており、そこには得体の知れない色の薬剤で満たされている。

 

「ぶどう糖の点滴だ。魔術回路の活性化のために滋養強壮に効く薬剤なんかもブレンドしている」

 

「カドック君が持っていた霊薬を基に、西部の病院を総動員させて造らせたものだ」

 

経口摂取より時間はかかるが、栄養素の吸収率では静脈注射に勝るものはない。

加えてこの状態ならば食事のために会話を遮らずとも良い。元々、腕の自由が利きにくいカドックにとっては左腕が動かせないことも苦ではなかった。

ちなみに点滴などの輸液法が治療として確立・普及するのは約150年後の第二次世界大戦後のことである。

当然、この時代の技術力では消毒や薬剤の精製がまだまだ未熟なので人体への危険も大きい。

 

「血管から食べる、そういうものもあるのか」

 

「カルナ、興味持っても真似しちゃダメよ。向こうに物凄い目で睨んでいる人がいるから」

 

エレナの言う通り、端の席に座っているナイチンゲールがカドックのことをジッと睨みつけていた。

やがておもむろに立ち上がると、周囲からの視線も気にせずカドックのもとへと近づき、点滴の針が刺されている腕を掴んだ。

 

「興味深い治療法ですが、素人が勝手な判断で注射を打つの危険です。見なさい、何度か打ち損ねて化膿している部分もあります。次からはきちんと医師の診断を仰いでください」

 

「ま、待ってくれ、まだ途中――」

 

「口答えは許しません。まずは傷の消毒と軟膏です。それと食べられるのなら口を動かしなさい。医学は怠惰のためにあるのではありません。やらないのならあなたを殺してでも食べさせます」

 

「言っていることが滅茶苦茶だ、このバーサーカー! 待て待て触るな傷がイタタタタタ――」

 

強引に腕をねじ上げられた状態で傷口に薬を塗られ、カドックの悲鳴が会議室に木霊する。

その様子を傍らで見守っていたアナスタシアは、彼がここ最近、ロクに睡眠も取らずに働いていたことは黙っておいた方が良いと直感した。

きっと彼女が知れば銃を突き付けられた上で睡眠剤を投与されて強制的に眠らされかねないし、下手をするとそのまま目を覚まさないかもしれない。

 

「そろそろ良いかな? さあ、考えるぞ皆の衆!」

 

ナイチンゲールが落ち着くのを待ってから、エジソンは大きな声で開会を宣言する。

すると、まるで待っていましたと言わんばかりにエリザベートが勢いよく右手を上げた。

 

「はい! 先生、はい!」

 

「うむ、エリザベート君。何かな?」

 

「攻め込んで殴るのよ、それしかないわ!」

 

「超却下! である!」

 

納得のいかないエリザベートの奇声が木霊する。

それができれば苦労はしないという複雑な笑みを西部軍の面々は一様に浮かべていた。

 

「……そうだわ! 歌で彼らを癒してあげるっていうのはどうかしら?」

 

「却下!」

 

今度は彼女の歌声をよく知るレジスタンス側から猛反対の声が上がる。

広域破壊兵器としてはこの上ないが、残念ながら味方にまで被害が及ぶのリスクが大きすぎる。

 

「彼らには文明度が足りない」

 

「そうだな、デスメタルが発明されるまで待たないと」

 

「そう、デスメタルが――いま何て言ったの子イヌに子ザル!?」

 

「サ……サル? いや、それよりもどう聞いてもお前の歌はサイケなメタルだろ。サバト的な」

 

「アイドル! 私のジャンルはポップでキュートなアイドルソングだからね!?」

 

「金星辺りからやり直して来い! だいたい何度も出てきて恥ずかしくないのか!」

 

立香の話ではローマでも召喚されていたそうなので、フランスも合わせてこれで三度目。ハロウィンも入れれば四度目である。

明らかに彼女だけ召喚に関するハードルが低すぎる気がする。

 

「さっきまで泣いていたとは思えないくらい、元気に叫んでますね。いつものカドックさんです」

 

「溜め込んでいたものを吐き出して吹っ切れたのだろうな、よいことだ」

 

マシュの言葉にエジソンは微笑みで返すと、机の上に地図を広げる。

北米大陸の地図だ。ケルト勢との境界線や主要な拠点が書き込まれている。

 

「改めて現状を把握してもらおう。ケルトは北米大陸の東半分を占領している。最終的に彼らは南北の二ルートから攻め入るだろう。現状はそうするための布石をしいている段階だ」

 

西部軍とて悪戯に資源を消費していた訳ではない。ケルトが如何に神出鬼没で機動力に富んでいるといってもそれは部隊規模の話。彼らは北米大陸を占領するという共通目標だけを掲げ、後は個々の部隊に戦略を丸投げしているかのように統一性のない襲撃を繰り返していた。そこに付け入る隙があったおかげで西部軍は局所的に勝利を治めることができ、防衛の手筈を整えることができたのである。そして、決戦のための大隊を動かすとなると自ずと進軍のためのルートは限られてくる。そうなるように西部軍は防衛ラインを引いたのだ。

逆にこちらから攻めるとなると、南北どちらかの防衛が手薄となってしまい、そこからケルトの侵入を許してしまう。

 

『これまでのデータを元にすると、恐らくこの戦争の敗北条件は「一定以上の領土が占有されること」だと推察できる。ただでさえ脆弱な時代との繋がりは、ケルトが支配領域を広げれば広げるほど、どんどん切れていく』

 

それがある一定のラインに到達すると、この時代は現実との剥離に耐えられず死亡する。

故に、攻めるにしても現状の領土をこれ以上は食われないようにしなければならないとロマニは言う。

 

「……そうだったのか……では、応急処置として兵力を増やし、前線を押し返した私の――私達の行いは……」

 

「結果的にこの国を救っていた、という事ですね。患者の体力は減る一方でしたが心臓は守り抜いた」

 

安心したかのように胸を撫で下ろすエジソンを見て、カドックは胸のつかえが取れた気がした。

自分達がしてきたことは無駄ではなかった。

それがわかっただけでも救われたと、胸の奥に熱いものが込み上げてくる。

だが、喜んでばかりもいられない。

こちらが戦力を補充しているように、敵もまた同数以上の兵士を生み出している。

このままの状態が続けばこちらが築いた防衛線も直に突破されてしまうであろう。

 

『結局のところ、取れる作戦は2つだ。総力戦か暗殺か』

 

「恐らく暗殺は不可能だ。僕達は一度試みて失敗している」

 

「うん?」

 

何か変なことを言ったのだろうか?

鳩が豆鉄砲を食らったかのような顔をしている立香にカドックは声をかける。

 

「なんだ、藤丸?」

 

「そっちも暗殺、しようとしたの?」

 

「しただろ、お前が。何か変なこと言ったか?」

 

「いや……ううん、何でもない」

 

気にしないでくれ、と立香は手を振る。

変な奴だと思ったが、いちいち気にしていては話が進まない。

とにかく、一度失敗している以上、女王メイヴは暗殺に対する警戒をより強めているだろう。

彼女さえ倒してしまえばケルトの戦士がこれ以上増えることはないが、その警戒を掻い潜ってもう一度、暗殺を狙うことは不可能だ。

 

「んー、向こうの戦力はまず――女王メイヴ、クー・フーリン。それからアルカトラズにいたベオウルフ」

 

「それとアルジュナだ。最初っから暗殺に備えて控えさせていやがった」

 

ロビンが口にしたアルジュナという名前を聞いて、カルナの表情が僅かに険しくなる。

巨人グレンデルを素手で倒したベオウルフと、「マハーバーラタ」においてカルナに匹敵する英雄であるアルジュナ。どちらも世界有数の英霊であり、一筋縄ではいかない相手だ。それに加えて数が揃えばサーヴァントすら圧倒できるケルトの戦士、どこからか引き連れてくる魔獣やシャドウサーヴァントの群れ。それらがほぼ無尽蔵に生み出されては逐次、戦場に送り出されてくる。

こちらもサーヴァントが増えたことで戦力が増したが、真正面からそれを受け止めるとなると非常に分が悪い。

 

「余の全力であれば拮抗はできるが、倒せと言われては保証しかねるな」

 

「サーヴァントに狙いを絞るって手もあるけどよ、一対一ならフルボッコ。せめてもう1人いれば何とかって感じかね」

 

「ふうむ。暗殺が不可能な以上、やはり総力戦しかないわけか」

 

「南北それぞれに機械化歩兵とサーヴァントを割り当て、片方が拮抗状態を維持している間に本命の軍が一気に首都への突破を計る。そんなところか?」

 

そうなると重要になるのは両軍の兵力差だ。

二軍とも拮抗状態では何れこちらが押し負けてしまう。かといって片方に戦力を集中すればもう片方の戦線が瓦解してアメリカは消滅してしまう。

幸いにもサーヴァントの数ではこちらが上回っている。今までは純粋な物量勝負故にジリ貧となっていたが、うまく編成を整えれば十分に勝機はある。というより、ここで出し惜しみをしていては二度とチャンスは訪れないだろう。

 

「エジソン、一日だけ時間を欲しい。西海岸に配備していた部隊を引き上げさせている」

 

「どのみち、これ以上は戦い続けることができない以上、予備の兵力も導入して短期決戦しかけるのだな。だが、策はあるのかね?」

 

「ああ、お得意の広告戦術といこう」

 

元々、自分はカルナを単騎でワシントンに特攻させるつもりだったのだ。

仮に実行していた場合、ロビン達のようにアルジュナの妨害を受けて失敗していただろうが、そのために用意していた大隊や資源はこの作戦に転用できる。準備にはそう時間はかからないだろう。それにこれだけのサーヴァントが揃ったのなら無謀な特攻を勝算のある戦いにまで確度を上げることができる。

そのために必要なものはマスメディアだ。

 

「まず国内に大々的な喧伝を行う。エジソンが東部奪還を目的とした最終決戦のために前線に出ると」

 

それは西部軍に士気を高めることにも繋がるが、最大の目的は前線の部隊を通じて敵軍にそのことを伝えることにある。

ケルトにとって女王メイヴが兵士を生み出す母であるように、エジソンはアメリカを守り指揮を執る父なのだ。そのエジソンが前線に出るとなると、当然のことながらケルトはその首を狙おうとするはずだ。だが、エジソンが南北のどちらの部隊にいるのかわからない以上、彼らは均等に防備を固めなければならない。仮にエジソンの居所が突き止められてもそれはそれで囮として活用できる。

 

「エジソンを擁する北軍が耐えている間に、カルナとラーマを主軸とした南軍が一気にワシントンを目指す」

 

「もし、南の方に戦力を集中されたら?」

 

「その時は機動力のある部隊だけを率いて、北軍が首都攻略の役を担うまでだ」

 

最も、インドの二大英霊を擁する部隊が押し込まれることなどそうそうないだろう。

念のためナイチンゲールも加えれば、多少の損耗も気にせず行軍することができる。

後は聖杯回収のために自分と立香のどちらかが加わる必要があるのだが――。

 

「南軍は、お前に任せる」

 

「え?」

 

「アメリカはお前とキリエライトが守るんだ、藤丸」

 

 

 

 

 

 

決戦を明日に控えた夜、カドックはふらりと首都王城を出て夜の街を眺めていた。

床に就いたのは2時間も前なのだが、いまいち寝つきが悪く目が覚めてしまったのだ。

途中、同じく夜の散歩に出ていたナイチンゲールと出会っていくつか話を交わしたが、やはりというべきか会話は噛み合わなかった。

スパルタクスと同じく狂化の度合いが特定方向に働いていて、思考回路が固定化されているのだ。

だが、彼女が「治療」という行為に対して如何に真摯に取り組んでいるのかはよくわかった。

去り際に彼女が残した言葉はとても印象に残っている。

 

『エジソンの病は癒え、王としての責務を和らげることができましたが、あなたの病はまだ完全には癒えてはいない。残念ながらあなたの病はこの旅の更に先を目指すことでしか癒えないのでしょう』

 

なので、彼女は北米での戦いの後も経過観察のために自分達について行くと言い出した。

こちらが特異点が修正されれば召喚されたサーヴァントは座に帰還すると説明しても、まるで聞く耳を持たなかった。

結局、彼女とは別れるまで話が噛み合わなかったが、1人になったカドックはナイチンゲールが度々、口にした自分の病という言葉を思い返してふと夜空を見上げていた。

自分が罹患した病。それは魔術王に恐怖したことでも、エジソンに同調してカルデアを離反したことでもない。

まだまだ未熟な後輩、藤丸立香に対して抱いた醜くもみっともない嫉妬心だ。

ずっとずっと、才能の差というものに悩まされ、周囲への劣等感に苛まれてきた。

それがいつしか当たり前になっていた中で、ふと出会うことができたのが藤丸立香という少年なのだ。

自分よりも未熟で、勝るものが何一つとしてない、ただの凡人。

どこにでもいる、当たり前の平凡な人間だ。

彼がカルデアに来た経緯は、ほとんどクジに当たったようなものだった。

枠が空いていた最後の47番目。それを埋めるために裾野を目一杯広げて見つけたただの一般人。

最初はそんな人間が自分と同じ舞台に立つことに嫌悪した。

ここまで積み重ねた努力を、レイシフト適性という才能一つで覆されたような気がしたからだ。

次に彼に抱いた感情は優越感だ。

未熟な少年に対して、一丁前に先輩風を吹かす姿は煩わしくも気持ちが良かった。

皮肉にもそれは、今まで自分を見下してきた才能あるエリート達と同じであった。

自分よりも劣った者を侮蔑し、見下し、比較した上で優越感に浸る。そうしたくて接していたわけではないが、彼に対してそういう気持ちがあったことは嘘ではない。

だから、彼が少しずつ自分に追いついてくることが怖かった。

共に特異点を駆け抜け、実績を積み上げ、やがては自分の地位を脅かすほどのマスターになるという予感があった。

事実、彼はあの決闘の場で自分に追いついた。それも弱いまま、未熟なままで全てをぶつけた上で自分に勝利した。

自分では彼のようには振る舞えない。言い換えるのなら、彼のように振る舞いたかった。

弱さを言い訳にせず、ただ当たり前にできることだけを積み上げて前へと進みたかった。

あの敗北は必然だ。歩むことを止めた者は、いつしか歩き続ける者に追いつかれる。

詰まるところ自分の病とはそういうものだ。足が止まったのなら再び歩き出せばいい。

だが、あの敗北の経験がなければ、きっと自分はいつまでも立ち止まったままであっただろう。

これではスパルタクスやティーチに笑われるどころか呆れられてしまう。

あんなに苦労して彼らに認められ、学んだはずの強さを失って立ち止まっていたなんて。

 

「カドック? こんな夜更けに何をしているの?」

 

振り向くと、件の後輩がそこにいた。

ランニングでもしていたのか、額に汗をかいていて息が上がっている。

 

「ただの散歩だ。そっちこそ、どうしたんだ?」

 

「寝付けなくてひと汗かこうかなって」

 

「明日に響いても知らないぞ」

 

そう言ってカドックは、腰に提げていた水筒を立香に差し出した。

 

「ほら、いるか?」

 

「ありがとう」

 

受け取った水筒を、立香は一口呷る。

そのまま2人は何となく近くにあった理髪店の待合ベンチに並んで腰かけると、満天に輝く星空を黙って見つめた。

しばしの間、沈黙が2人を包む。それを先に破ったのは立香の方だった。

 

「本当に、俺とマシュで良かったの?」

 

「何をだ?」

 

「カドックだってアメリカをケルトから守りたいんだろ。そのために頑張っていたじゃないか」

 

エジソンの無茶な方針を実現するために、寝食を捨てて尽力してきた。

それはエジソンが願うアメリカの勝利を実現するためだ。

立香に敗れはしたがその気持ちを捨てたわけではなく、今でも胸の内に燻っている。

だが、それと昼間の会議で決まった明日の編成はまた別の話だ。

敵の首魁と戦うことだけが戦いではない。それに自分がその場に立てば、また前のようなみっともない見栄や嫉妬に駆られてアナスタシアの力を引き出せないかもしれない。

だから、今回はこれでいいのだ。

自分は彼のサポートに回ると、そう決めたのだ。

 

「大丈夫だ、お前ならやれる。もっと自信を持て」

 

「その言葉、カドックにだけは言われたくないな」

 

「素人マスターが生意気なこと言うじゃないか」

 

不自由な左腕を立香の首に巻き付け、右手で思い切り締め上げる。

堪らず、立香は喉を詰まらせて降参の意を示した。

 

「あの時の言葉、結構くるものがあったよ。生きたいから戦うか……お前にもちゃんと、戦う理由があったんだな」

 

「あー、あの時のね。カッとなってつい言っちゃったというか、その場の勢いというか」

 

「本気じゃないのか?」

 

「まさか! けど、半分なんだ。その気持ちは、半分なんだ」

 

照れくさそうに笑いながら、立香は頬を掻く。

まるで親に隠し事を知られた子どものように、視線を逸らしながら立香は言う。

 

「フランスの時のこと、覚えている?」

 

「ああ」

 

いつの夜だったか、こんな風に2人で話をしていた時のことだ。

自分は彼がグランドオーダーを引き受けた理由を聞き、彼はそれを他に担う者がいなかったからだと答えた。

その時は彼の正気を疑ったものだが、ひょっとして本心は違ったのだろうか。

 

「あの時はああ言ったけど、本当はあの娘の――マシュのことが放っておけなかったからなんだ」

 

「キリエライトのことが?」

 

「ファーストオーダーの時、俺はドクターと一緒にいたから無事だったけど、冬木には行けなかった。管制室で傷つく彼女を見ていることしかできなかったんだ。俺さ、冬木から戻ってきた彼女の手を握ったんだ。不安とか悲しみとか、色んな気持ちが混ざって震えていたマシュの手が――あの手があんまりも細くて弱々しかったから。彼女が背負う重荷を――きっとこれから彼女が背負う責任を、半分だけでも引き受けられないかなって」

 

それが、グランドオーダーを引き受けた本当の理由だと、藤丸立香は告白した。

何ということはない。誰かの力になるために、自分にできることをしたいという如何にも彼らしい理由だ。

 

「ああ、良いんじゃないか、それで」

 

自分だって似たようなものだ。

アナスタシアに誓った証明のためにグランドオーダーを完遂する。

彼女が死の間際に抱いた諦観を吹き飛ばせるほどの偉業を。

不可能に挑み、無為に散った後にも残るものがあるのだと証明するために自分はこの旅を続けるのだ。

 

「つまり、彼女のことが好きなんだな」

 

「ちょっ、待って、別にそんな――」

 

「まあ、お似合いじゃないか。彼女は無口で大人しいが素直だし自己主張も少な――なんだよ、その目は?」

 

「ねえ、それマシュのこと? 彼女のどこが大人しくて自己主張が少ないって? いや、その通りなんだけど違うというか……カドック、今まで何を見てきたの?」

 

「そんな可哀そうなものを見るような目で見るな!」

 

マシュはそんなにギャップの激しい性格だったのであろうか。

Aチーム時代も含めれば一年以上の付き合いになるが、そんな一面など見たこともない。

それとも自分が知らなかっただけど、他の人間には当たり前のことだったのだろうか。

こっちは一世一代のつもりで思春期らしい冗談を言ったつもりなのに、何だかとても恥をかいた気分だ。

 

「ごめんごめん。別に責めてないって」

 

「別に、気にしていない――――なあ、藤丸」

 

一拍、間を置いてから立香の名を呼ぶ。

この言葉だけは、今しか言えない気がしたからだ。

他の誰かが見ていたらきっと言えない言葉。

不甲斐ない先輩として、未熟な後輩に送らねばならないと思った大切な言葉。

 

「お前は必ず生き残れ。キリエライトと一緒に、な」

 

それが、その夜に立香と交わした最後の言葉となった。

 

 

 

 

 

 

立香と別れた後も、カドックはすぐに自室へ戻らず星を眺め続けていた。

どれくらいそうしていたのかはわからないが、まだ東の空は暗いままだった。

不意に隣に人の気配が現れる。

アナスタシアだ。いつからそこにいたのだろうか。

いつまでも戻ってこないことを心配して迎えに来てくれたのか、それとも最初から霊体化してついて来ていたのだろうか。

彼女は小さな微笑みを浮かべながらジッとこちらを見つめると、夜空に吸い込まれるかのように小さな声で囁いた。

 

「おかえりなさい」

 

それがどういう意味なのかすぐにはわからなかった。

何度も言葉を反芻し、自分のこれまでの行いを検め、その言葉が何に対してのものなのかを考える。

そうして辿り着いた答えは単純なものだった。

迷走を終えたカドック・ゼムルプスの帰還。

エジソンの力となり、アメリカを守るために奔走していた自分は彼女と共にグランドオーダーを駆け抜けたカドック・ゼムルプスではなかった。

そして、カドック・ゼムルプスは歩みを止めることを止めて再び歩き出す。

幼年期は終わり、痛みを抱えてもう一度歩き出すのだ。

それを祝福を意味する言葉。

自身のマスターの帰還への言葉。

ならば、自分が返すべき言葉は一つだけだ。

 

「ただいま、アナスタシア」

 

その言葉に、ここからもう一度、歩き出すという意志を、カドックは強く込めるのだった。




イベントは順調ですか?
ひと段落ついたので何とか書きあがりました。

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