Fate/Grand Order IF 星詠みの皇女 作:ていえむ
そして、大統王の最後の戦いが始まろうとしていた。
その日の朝はいつもよりも日差しが強く、熱い一日になるであろうことが予想できた。
嵐の前の静けさとでも言えばいいのだろうか。
青く澄み切った空は、まるで眼下の大地で争いが起きているのが嘘のように美しく鮮やかな色であった。
そこから降り注ぐ日差しがカドックの意識を覚醒させる。
乱れたシーツから這い出たカドックは、枕元に置いた時計で時間を確認し、転ばないように細心の注意を払いながらベッドから降りようとした。
体幹のバランスが崩れたこの体は、特に起き抜けが言うことを聞いてくれない。
カドックは一息を吐くと、まずは右足を床に降ろし、力が入る右手で体を支えながら左足を降ろした。
そのまま両足にゆっくりと力を入れながら立ち上がり、上体がふらつく前に右手を壁につけて倒れる体を支える。
丁度、窓の外に体を晒す形となり、降り注ぐ日差しが遮られて自分の影がアナスタシアの顔にかかった。
「あら、もう時間かしら?」
「まだ時間はあるから、もう少し寝てても大丈夫だ」
「そう……おはよう、カドック。起こしてくださる?」
「しかたないな」
壁に手を付きながらベッドの反対側に回り込み、右手を彼女の背中に差し込んで力を込める。
冷気を纏った肌は冷たく、彼女の柔らかい背中の感触が手の平に伝わってくる。
カドックは自分の鼓動が早鐘を打つのを感じながら、努めてそのことを意識しないようにしながら横たわるアナスタシアの上体を起こした。
すると、起き上がったアナスタシアの顔が間近に迫った。
はだけたシーツの隙間から小さな2つの光が見え、一瞬、視線が重なったカドックは吸い込まれるような彼女の瞳に息を呑む。
「――――!」
「どうかしたの?」
「……いや、大丈夫だ」
自分に言い聞かせるように言うと、カドックは床に脱ぎ捨てたままだった靴を拾ってベッドの端に腰かける。
立香との決闘を経て心に余裕ができたからだろうか。いつも顔を合わせていたはずなのに、まるで出会ったばかりの頃のようにアナスタシアのことを意識してしまう。
冷静になれと言い聞かせながらカドックは不自由な指で靴紐を結ぼうとするが、今日はいつになく調子が悪いのかなかなかうまく結ぶことができない。
すると、ベッドから降りたアナスタシアが床の上に跪くと、こちらの手をそっとどかして解けた靴紐を指先で掴む。
「履かせてあげます」
「いらないよ、靴紐くらいならもう結べるから」
「わがままを聞きなさい。私がしたいからするだけなの」
(普通、わがままを言うな、だよな?)
相変わらず、よくわからない理由で悪戯を仕掛けたりこうして世話を焼いてくる皇女に振り回されながら、カドックはいつもと同じように着替えて執務に出かける。
大統王補佐官としての最後の仕事をするために。
□
カドックは大統王補佐官として時間いっぱいまで仕事をこなした後、首都王城の外に集結している遠征軍のもとへと向かった。
外の広場には入りきらないため、彼らは塀の外に集まっている。
この日のためにエジソンがアメリカ中の資源という資源を使い潰して生産した機械化歩兵部隊。
加えて志願・徴兵を含めた後方部隊と時代を先取りした数々の兵器達。
仕組みなどがわからず戦車や戦闘機を作ることはできなかったが、ずらりと並んだ砲兵隊はエジソンが開発した直流駆動のセンサーにより従来のものよりも遥かに正確な砲撃を行う事ができ、銃器類も形こそ旧製品と同じだが重量の軽減や装弾数の増加が図られている。
それらが一列に並ぶ光景はただただ圧倒されるばかりだ。
更にその後ろにはカドックが苦心した補給部隊が列を成す。
何とか搔き集めることができた成馬達が引く馬車の中には武器弾薬や食糧、医薬品が積み込まれており、西部軍の総力が進軍するこの戦いにおいても一週間は戦い続けることができるだろう。
いわばエジソンとカドックがこの特異点で積み重ねた努力の集大成だ。
「なるほど、これだけの兵力とサーヴァントがいれば北軍も何とか持ちこたえることができるだろうな」
昨日は姿を見せなかった黒衣の女性が、整列する兵士達を見て意味深に頷きながら言った。
先に来ていた立香に尋ねると、彼女もまた自分達に協力してくれるサーヴァントなのだという。
名をスカサハ。
アルスター伝説に登場する戦士にして影の国の女王。
彼のクー・フーリンを鍛え上げ、呪いの魔槍を授けた人物だ。
人理焼却という未曽有の事態に対して、彼女もまたランサーのサーヴァントとして召喚されたらしい。
立香達がレジスタンスとして行動をしていた時も、陰ながら助力していたとのことだ。
毎度のことながら、彼の英霊を引き付ける人徳のようなものは非常に羨ましい。
こちらも戦争という一大事でなければ是非とも一席を設けたいところだが――。
「見立てでは3日後の夕暮れが開戦となるだろう。不測に備えて北軍は早々に動いた方がいい」
(折角、会えたのに話をする暇もなしか。影の国のスカサハ――くそっ、癪だがびじ――っ!!」
不意に耳を引っ張られ、カドックは声にならない声を上げる。
振り向くと、どことなく不機嫌そうなアナスタシアがこちらを睨んでいた。
「な、なにを……」
「下心が視えていました」
「そんなんじゃない。だって、スカサハだぞ。影の国の女王。北欧のスカディと由来を同じくする神格とも言われていて、こんな時でもなければ召喚すらできないかもしれないんだぞ」
「私のヴィイはバロールに連なる魔眼の魔性です」
「そういうところで張り合わなくていいだろう。第一、君を他人と比べるつもりはないし、そもそも君以上のサーヴァントなんていない」
「そう、私は……えっと……えぇ――と……」
アナスタシアは急に黙り込み、頬を上気させて視線を泳がせる。
らしくない姿を見てカドックも首を捻る。ひょっとして、自分は何かおかしなことでも言っただろうか。
「わ、私はマシュに挨拶に行ってきます。5分で戻りますので――」
結局、アナスタシアは霊体化して行ってしまった。
「ハッハッハ! カドック君、アメリカは自由の国だ。サーヴァントとそういうこともアリだと思うがね」
「エジソン? 何を言っているんだ?」
「何、気づいていないのならそれもよい。それもまた必要なことだ。時が何れは解決する」
意味深な含み笑いを浮かべるエジソンの言葉の意味がいまいち理解できず、カドックの胸中に何とも言えないモヤっとした感覚が渦を巻く。
だが、いつまでも気にしていては時間の無駄だと自分に言い聞かせ、話題を変えることにした。
「もう出発できそうか?」
「昨晩の内に取り付けた増幅装置は万全だ。機械化歩兵部隊はサーヴァントの速度にも追随することが可能だろう」
「なら、すぐにでも出発しよう。本命は南の方だ。僕達は派手に動いて敵を引き付けた方が良い」
「うむ。では、ここでサヨナラだな、カルナ君」
カルナはラーマと共に南軍に加わることになっている。
無事にワシントンを攻略できればその時点で特異点の修復は成されるため、再会することは適わないだろう。
「言おう言おうと思って機会を逸していたのだが……私のような者の懇願に応じてくれて感謝する。君がいたから、ここまでやってこれた」
そう言ってエジソンは大きな手でカルナの手を握り、固い握手で感謝の念を示す。
それに対するカルナの態度は極めて淡白であった。
「何。気にするなエジソン。武運を祈るぞ」
ただの一言、しかしその言葉には彼自身の全てが込められていた。
薄情なわけではなく、彼の本心には本当にそれ以上の感情が存在しない。
請われたが故に力を貸す。そこにカルナの感情が挟む余地はなく、彼自身もそれを是としている。
その上で彼はエジソンに対して友情を抱き、アメリカを守るために腐心してくれた。
始まりは成り行きであっても、辿り着いた先には確かな繋がりが生まれていた。
だから、それ以上の思いはない。
戦士として力を貸し、友として共に歩む。
苦悩する友のために力を貸さない友人がいるだろうか。否、存在しない。
カルナはそういう男なのだ。
「カルナ」
「カドック、オレの友を頼む。最後まで共に戦ってやってくれ」
「ああ。あなたの方こそご武運を。成り行きとはいえ、ここまでの舞台を用意できてよかった」
でなければ、自分はカルナにワシントンへ対して破れかぶれの特攻を命じていたかもしれない。
もちろん、本心ではそのようなことは望んでおらず、英雄に相応しい華やかな舞台で鬨を上げて欲しいと思っていた。だが、必要とあらば私情を切り捨てて理詰めで行動を起こすのが魔術師という生き物だ。
立香に敗北し、結果的とはいえ両陣営の総力戦という舞台を用意できたのは今となっては僥倖だった。
できることならカルナには、何のしがらみもない戦場で思う存分にその力を振るって欲しい。
「ふっ、やれと言うなら玉砕も引き受けるさ。だが、向こうにアルジュナがいる以上はそうもいかない。オレにとってはこの流れは願ってもないことだ」
どこか遠い目で、カルナは遥か彼方の空を見上げる。
あの方角はケルトが拠点としているワシントンがある方角だろうか。
そこにはカルナの異父兄弟にして生涯の宿敵であるアルジュナがいる。
授かりの英雄アルジュナ。
クル王の息子、パーンダヴァ五兄弟の三男にして雷神インドラの息子でもあるアルジュナは、カルナに匹敵する武芸者であり、様々な事情が絡み合ったことでカルナと対立する形となった。
だが、公正明大で非の打ち所がない英雄の鏡と言えるアルジュナは、戦場においてカルナを半ば謀殺に近い形で命を奪ってしまった。
それに対してカルナがどのような思いを抱いているのかを、カドックは問い質すことはしなかった。
これはカルナとアルジュナの間にある問題であり、無関係な他人が入り込んでいいものではない。
だが、普段は冷酷とも取れるほどの高潔さを秘めたカルナが僅かでも執着を抱いていることから見ても、彼が複雑な思いを抱いていることは明白だった。
願わくば、生前には叶わなかった悔いのない戦いができることを願わずにはいられない。
「カドック、オレは以前、お前が何かに恐怖していると言ったな。あの言葉は取り消そう。今のお前は恐怖とは異なる感情を胸に秘めている。藤丸立香との戦いで、己が器の矮小さを知ることができたか。分相応な願いは身の破滅を呼ぶだけだ」
「…………」
「どうした?」
「いや、続きを待っていた」
以前、カルナは自分は言葉が足らないと言っていた。突然の扱き下ろしに驚いたが、以前の発言や彼の性格を考えれば今の言葉は明らかに言葉足らずだ。
カルナは彼なりに何かを伝えようとしていて、言葉が足らずに誤解を招く表現になってしまっている。
「褒めたつもりだったのだが」
(あれでか?)
「己の器に収まりきらぬ願いを追うこともまた良きことだ。それは誰もが簡単にできることではない。そして、挑むという行為に貴賤はない、とオレは考える。良い結末に辿り着けることを願っているぞ」
恐らくは、先ほどの言葉で足らなかったであろう部分をカルナは口にする。
言葉を繋げるとさっきとは全く別の意味になってしまう。これでは誤解を招くのも当然だ。
彼は過去にも聖杯戦争に召喚されたことがあると言っていたが、その時はマスターもさぞコミュニケーションに苦労していたであろう。
「あ、ここにいたのね子ザル」
こちらの姿を認めたエリザベートが駆け寄ってくる。
これから戦争に赴くというのに、彼女はどういう訳か大きな旅行鞄を提げていた。
きちんと閉め切っていないカバンの隙間からは色取り取りの衣装がはみ出しているが、ひょっとして彼女のステージ衣装なのだろうか。
そういえば、道中で兵士を歌で慰問すると息巻いていたが、それに使うつもりなのかもしれない。
みんなと協力して断固、阻止しなければ。
「出発前にエレナが最後の打ち合わせをしたいそうよ。子イヌ達も先に行ったわ」
「わかった。ところで、どうして子ザルなんだ?」
「もう子ブタも子リスも子イヌもいるし、貴方は子ジカって感じじゃないでしょ。見所あるし、私のプロデューサー候補として目をかけてあげようかなって」
(その時はリボンでも結ってアマデウスに送りつけるか)
下手な拷問よりも恐ろしいと思わず背筋を強張らせながら、カドックはカルナに別れを告げてエレナのもとに向かった。
□
西部に動きあり。
この知らせはワシントンから全てのケルトの戦士に伝えられ、それと共に一つの勅命が下された。
全軍、総力を以て迎え撃てと。
凶王クー・フーリンはこの戦いを以て北米大陸を巡る東西戦争を終わらせる腹積もりのようだ。
北部方面の指揮を任されていたベオウルフは、その号令を耳にして少しばかりやる気を出そうかと思案する。
戦うことそれ自体には忌避感はない。そもそも自分は狂戦士。バーサーカーのクラスとして召喚された以上、自分のやりたいように振舞って死ぬのが相場というものだ。
だが、この北米での戦いは些か勝手が違った。
圧倒的な力を持つクー・フーリンと女王メイヴによって頭を押さえられ、思うように振舞うことができない。
課せられた目的は人理定礎の破壊。
このアメリカの大地を蹂躙し、時代そのものを虐殺する。
それは最早、戦いと呼べるものではない。何かを生み出すための破壊はなく、ただただ作業的に命を奪うだけの日々。
聖杯はおろか、争い自体に関わりがない無辜の民すら等しく殺し尽くす畜生の所業だ。
ベオウルフは戦士でありまた王でもある。屠殺はそのどちらの仕事でもなく、故に此度の召喚では消極的に役割をこなすことに徹していた。
しかし、泣いても笑っても次の戦いが最後となるのなら、羽目を外しても文句は言われないだろう。
聞くところによると西部は軍を2つに分けて進軍しており、自分が守る北部方面には西部の首魁であるエジソンが指揮官として同行しているらしい。
大将首ともなれば凄腕の猛者がついているはずだし、運が良ければアルカトラズで自分を下したカルデアのマスターにオウム返しができるかもしれない。
そう思って重い腰を上げたベオウルフであったが、彼の耳に飛び込んできたのは信じられない知らせであった。
「報告します。先遣隊が何者かの奇襲を受け全滅。また我が軍の備蓄食料や進軍先の井戸水などに毒が盛られており、服毒した者が多数出ています」
「ほう、敵の工作って訳か。被害の規模は?」
「凡そ、六割。誤情報が行き交い遭難や同士討ちをし始めている部隊もあります」
「そいつらは捨てておけ。それよりも生き残った奴らを纏めるぞ」
「はっ」
どこの誰かは知らないが、かなりの罠の名手が西部にはいるようだ。
未だこちらは敵の主力と会敵していない状況で、既に戦力の六割は失われてしまった。
戦争のセオリーを考えるならば、その時点でこちらの敗北は必至だ。
ベオウルフはしてやられたことに対する細やかな怒りと、この英雄らしくない姑息な手段で損害を与えた人物への興味で表情を歪ませた。
自分が痛い目に合わされた。戦う動機としては十分だ。
「お前ら、戦争の時間だ!!」
号令と共にケルトの戦士達が戦場へと出陣する。
撤退や増援を待つことを進言する者もいたが、ベオウルフはそれを拳で黙らせて進軍することを押し通した。
自分は狂戦士。戦争のセオリーなど糞くらえだ。
戦って戦って、最後には気持ちよく負けて死ねればいい。
気持ちよく勝てればもっといい。
その先に残るものが何か一つでもあれば尚のこと良い。
故にここは進軍あるのみだ。
我が軍に痛手を負わせた仇敵に目にものを見せてやろう。
□
西部軍が進軍を始めてから凡そ3日、エジソン率いる北部方面軍は遭遇したケルトの軍勢を蹴散らしながら、荒れ果てた荒野を進軍していた。
事前に先行したロビンフッドがかく乱したことで、遭遇した敵の部隊は大半が壊滅状態だ。
ある部隊は毒の食物を食べて苦しみ、ある部隊は糧食を失って餓死者が出ており、ある部隊は武器を失ってこちらの騎馬隊に翻弄され、ある部隊は同士討ちにより全滅していた。
それらの残党を滅ぼしながら、カドック達はワシントンを目指す。
恐ろしいのはこれだけの被害を受けて尚、ケルトの兵士達は逃げることなく戦いを挑んでくることだ。
戦術として逃げることはあっても、降伏や敗退は認めない。
士気も精力もガタガタの状態でも最後の1人まで戦いを投げ出さずに向かってくる精神性は異常としか言いようがなかった。
結果、相対した敵は全て倒さねばならず、予想よりも進軍のペースを遅らせざる得なかった。
「ムニエル、南の方はどうだ?」
『目下、ケルト軍と戦闘中だ。カルナがアルジュナを押さえてくれているおかげで、藤丸達の方が押している』
「こちらはひと段落がついて野営の準備をしているところだ。向こうが落ち着いたら通信を繋いで欲しい。今後の動きについて相談したい」
『あいよ。ドクターにも伝えておく』
ムニエルとの通信が切れ、カドックは外の空気を吸おうと天幕の外に出る。
周囲では兵士達が突貫で野営の準備を行っているが、戦力の規模に対して天幕の数は非常に少ない。
機械化歩兵の配備によって生きた兵士の数が少なくなっているからだ。そのおかげで持参する糧食の量も抑えることができ、野営の設備も最低限にすることができた。
色々と問題があったエジソンの大量生産と自動化であるが、人的コストを抑えることができるというのは間違いなくメリットであるだろう。
200年後の未来では様々な分野で自動化が進んでいったことも頷ける。
そのエジソンはというと、ここまでの行軍で消耗した機械化歩兵のメンテナンスを同行させた技術スタッフと共に行っていた。
邪魔をしては悪いと思って踵を返したカドックは、ふと視界の端に緑の衣が通り過ぎたことに気づく。
ロビンフッドだ。
彼は集団から離れたところで1人、何をするでなく岩にもたれかかって黄昏ている。
彼はレジスタンスのメンバーだ。自分達とは少し前まで敵対する関係であったため、この場に馴染めずにいるのだろうか。
もちろん、それは勝手な思い込みだが、そう思ってしまうと無視することも難しい。
「隣、いいか?」
「お、いいですけどね、いつも一緒にいるお姫様はいいんですかい?」
「少し前にエリザベートを引きずっていった。歌わないように見張るそうだ」
嬉々としてマイクを取り出したエリザベートをヴィイの目にも止まらぬ鮮やかな平手で黙らせた時は、思わず事情を知る者達から拍手が起きたほどだった。
「あれと拷問趣味さえなけりゃ、優良物件なんですけどね」
「僕からすれば、あんたこそ立派な優良物件だ」
事前に敵の戦力を削ぐ破壊工作、百発百中の弓術、姿を隠す宝具。ステータスもそれなりの水準でまとまっており、通常の聖杯戦争ならば間違いなく優勝候補だろう。
事実、ここまで大きな被害を出さずに進軍できたのは彼の実力あってのものだ。だが、それを聞いたロビンは自嘲気味に笑うばかりだった。
自分はそんな褒められたことはしていないと、自己を卑下する言葉を漏らす。
「オレは基本的に人でなしの卑怯者だからね。ああいう姑息なことしないと勝てないし、いざとなったらケツまくる臆病者さ」
「それに何か問題でもあるのか? やり方はともかく効率的なことはいいことだ。憶病なのも蛮勇より遥かに利口だと思う」
「お褒めに預かり恐悦至極。ここまで特異点を修復してきたマスター様は言うことが違いますね」
「僕は……そんなんじゃないさ。あんたと同じ、臆病者の人でなしさ」
ロビンの皮肉に対して、思わずカドックは自嘲する。
ここまでの旅はどれか一つをとっても、自分の身の丈に合わない偉業ばかりだ。
いつだっていっぱいいっぱいで、自分には到底できっこないと何度も挫けそうになった。
それでも運よく目的を達することができ、四番目の特異点において魔術王という存在に出会ってしまった。
自分の小さな器に注ぎ込まれる破滅的な水量に耐え切れず、さりとてグランドオーダーから逃げ出すことも諦めることもできなかったが故に空回り、カルデアの仲間に迷惑をかけてしまった。
仮に立香に敗れなかったとしたら、エジソンを勝利に導いたとしても胸の内に慚愧が残ったであろう。
仲間を裏切り、グランドオーダーを棚上げし、あの炎の街で誓った言葉を破ることになっていた。
人でなしと言うならば間違いなく自分はその分類だ。
「へえ、もう1人のマスターから聞いてた感じじゃもっと尊大な奴かと思ってたんだが、殊勝なところもあるじゃないの。いいんじゃないの、人でなし結構。誇りなんて何の得にもなりませんし、人間ってばひねくれているくらいが丁度良いんじゃない? それにオタクは口でそう言いながらも逃げずにここにいる。自分で思っているよりは真人間なんじゃないですかね、マスター」
「そう言ってくれるなら、気も楽になるよ」
「そりゃどうも。オタクとオレはどうやら似た者同士みたいだ。お互い基本的に後ろ向きなタイプだろ?」
「お前よりは貪欲なつもりだ。僕は人理修復を諦めたつもりはないし、魔術師としてもまだまだ上の位階を目指している」
「オレだってやるときゃやりますよ。これでも一応、騎士見習いですからね。罠とハンサムだけの男じゃないですよっと」
「なら、あんたの騎士としての矜持、見せてもらうぞ皐月の王」
「へえへえ。禿鷹にも一握りの矜持ね。そう言ったのは誰だったかな――」
そう言ったロビンの顔は、不思議と穏やかで懐かしいものを見ているかのような優しい表情を浮かべていた。
「ああ、確か――」
ロビンが何かを言おうとした瞬間、懐の端末がカルデアからの着信を告げる。
南部の方で動きがあったのだろうか。
『カドックくん!』
ホログラムに映し出されたのはムニエルではなくロマニだ。
それが意味する事は一つ、立香達に何か重大な出来事があったということだ。
『南軍に動きがあった。カルナが――カルナが戦死を遂げた――』
一瞬、我が耳を疑った。
あのカルナが死んだ。まさかアルジュナに倒されたのだろうか。
ケルトの軍勢の中でカルナに比類する力を持つ者はアルジュナだけだ。
だが、続くロマニの言葉は更に驚愕の事実を伝えてきた。
『クー・フーリンが戦場に現れたんだ! カルナは彼に……クー・フーリンにやられた!』
凶王自らが戦場に立ったという事実に、カドックは戦慄を隠し切れなかった。
コツコツ書き溜めて何とか脱稿。
ペース回復はもう少し先になりそうです。