Fate/Grand Order IF 星詠みの皇女   作:ていえむ

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北米神話大戦イ・プルーリバス・ウナム 第7節

目の前で繰り広げられる戦いに、藤丸立香は戦慄を隠し切れなかった。

グランドオーダーの中で、多くの英雄達を目にしてきた。

いくつもの特異点を駆け抜け、その中には戦争や魔獣による凄惨な蹂躙もあった。

悲惨な光景も燦然とした戦いも、何度も見てきたはずだった。

だが、たった今、目の前で行われている戦いはそれらが陳腐な絵空事であったかのように錯覚してしまうほど、神々しくも激しい戦いであった。

相対するは2人の男。

1人は黄金の鎧を身に纏い、雷神の槍を振るう槍兵。

1人は流麗な白衣を纏い、炎神の弓を振るう弓兵。

インドの古代叙事詩「マハーバーラタ」に名を連ねる2人の英雄、カルナとアルジュナは互いの持てる技量の全てを駆使してぶつかり合っていた。

カルナが槍を振るえば空間が引き裂け、眼光が山々を抉る。

アルジュナが矢を放てば、炎の渦としか形容できない矢の雨が大地にクレーターを穿つ。

それぞれの肉体から噴き出す炎は敵も味方も区別なく焼き殺し、酸素すら殺し尽くされた死の戦場の中で両者は激しく睨み合う。

フランスのファヴニールなど目ではないほどの破壊を、神の血を引くとはいえ人間が引き起こす様を立香は間近で目撃し、武者震いが全身を駆け抜けた。

 

「マスター、わたしの後ろに。もっと離れなければ危険です」

 

「う、うん。わかった」

 

思わずサーヴァントへの指揮すら忘れていたことに立香は唖然となる。

それほどまでに両者の戦いはすさまじく、見る者を圧倒する強い力があった。

 

「アルジュナ。いついかなる時代とて。お前の相手はオレしかいるまい」

 

「聖杯戦争にサーヴァントとして召喚される度、私は貴様の姿を探し続けたのだろう。正しき英雄であろうとしながら、貴様の姿を探し求めては落胆したはずだ……こんな機会は恐らく、二度と巡り会うことはあるまい」

 

「…………」

 

「お前がそこに立った時点で、他の全てのものが優先事項から滑り落ちた。カルナ、続きを始めるとしよう」

 

「そうだな。オレもお前も、癒えることのない宿痾に囚われているようだ」

 

憤怒にも似た感情をぶつけるアルジュナに対して、カルナは何の感慨も抱いていないかのように淡々と答える。だが、その唇は自然と吊り上がっていた。何に対しても執着を持たないカルナが、宿敵に対してだけは心を動かされる。

それに気づいているからこそ、アルジュナもまたカルナの態度を受け入れることができた。

自分がカルナを認められないように、カルナもまた自分を無視できない。

自分達はそういった宿命にあるのだと知っているから、彼の清貧な眼差しを注がれても己を自制できている。

この世界にはアルジュナを助ける者()カルナを縛るもの(呪い)宿命(生前のしがらみ)すらもない。

ないからこそ、2人は互いの決着を最大の望みとした。

今、この瞬間、西部も東部もない。2人の目に映るのは互いの存在のみ。

全ての因縁に決着をつけるため、神の子たちはそれぞれの得物を取る。

 

「世界を救うことに興味はない。滅ぶならば滅ぶのだろう。しかし、貴様はこの世界を救おうとする」

 

「無論だ。オレは正しく生きようと願うものを庇護し続ける。この力はそのために与えられたもの」

 

「ならば私は滅ぼす側だ。貴様が善につくのなら私は悪につく。それでこそ対等だ。今度こそ、対等のものとして貴様の息の根を止めねばならん!」

 

生前における最後の戦い。

カルナは呪いにより全力を出せず、父インドラの策略で黄金の鎧を失い、内通者によって戦車は轍に車輪を取られた。

その上でアルジュナは、戦士としての道義に反してまで無防備なカルナに矢を放った。

あの機会を逃せばカルナを殺すことができない。だが、あの場で弓を引いたことで癒しようのない瑕を自分は負った。

その清算を成すために、アルジュナは悪であることを許容した。再びカルナと対峙し、今度こそ対等な立場で生死を分かつために。

 

「さて、アルジュナ。腐れ縁だが付き合いは誰よりも長いのがオレ達だ。その縁に免じて、一つだけ約束しろ。オレを討った時は本来の英霊としての責務を果たせ。その『炎神の咆哮(アグニ・ガーンディーヴァ)』で世界を救え。その手の仕事は……言いたくはないのだが、貴様の方が遥かに上手い」

 

「……いいだろう。だが、それを敗北の理由にしないことだ」

 

「敗北のために戦うことはない。この槍と肉体(よろい)に誓って、父と母に誓って勝利を奪う」

 

「私も父と母、そして兄弟に勝利を誓おう」

 

再び2人の英雄は得物を振るう。

槍が炎と共に大地を裂き、矢が焔となりて空を焼く。

カルナは不死身にも等しい自らの頑強さを盾に全身を焼き尽くされながらも大地を蹴って距離を詰めようとするが、アルジュナの正確無比な射撃がそれを阻む。

炎を纏った矢は最早、壁と表現するしかない密度を以て施しの英雄の動きを封じ、その五体の悉くを撃ち貫いた。

鎧が持つ治癒の力によって傷は瞬時に再生されるが、続けざまに放たれる炎の矢はその速度を上回る。

身動きの取れぬカルナの体は次々と急所を撃ち抜かれていき、黄金の輝きがほんの僅かに後退した。

このままアルジュナが矢を射続ければ、やがてはカルナの力が尽きて勝負が決してしまう。

無論、そう易々とそれを許すカルナではなかった。

 

「『梵天よ、地を覆え(ブラフマーストラ)』!」

 

炎の壁が、カルナの眼力によって消し飛ばされる。

本来であれば、生前の呪いによって自分以上の実力を持つ者に対しては放てぬ弓術の奥義。

カルナはそれを、アルジュナに対してではなく自らの足下に放った。結果、粉塵を伴う強大な爆発が壁となって矢の弾幕を遮る形となった。

噴煙が視界を遮り、肉眼では互いの姿を捉えることができない。

だが、2人はその視線の先に宿敵の存在を正確に感じ取っていた。

雷神の槍がその矛先を、炎神の弓が番えた矢を、黒煙の向こうにいる相手に向けて正に今、解き放たんと両者は力を込める。

刹那、凶獣が戦場に現れた。

 

「――『抉り穿つ鏖殺の槍(ゲイ・ボルク)』」

 

その瞬間を目撃した者は、一様に言葉を失った。

マシュは何が起きたのかすぐに理解できなかった。

ラーマはそれに気づけなかったことを悔いた。

ナイチンゲールは他の負傷者がいなければすぐにでも駆け付けようとしただろう。

そして、藤丸立香はただただ恐怖していた。

目の前に立つ1人の男。

黒いフードを身に纏った、自分がよく知る男の姿を見て言い表すことができない感情が込み上げていた。

 

「悪く思うな、施しの英雄。何しろこいつぁ、ルール無用の殺し合いでね」

 

ケルトの首魁。凶王クー・フーリン・オルタが、手にした魔槍でカルナの心臓を背後から抉り抜いていた。

 

「クー・フーリン……貴様!!」

 

「うるせえ。好き勝手に一騎討ちなんぞ始めやがって。テメエの趣味に走るのは趨勢が決まってからだろうが。後ろから刺されなかっただけでも感謝しな、授かりの英雄」

 

クー・フーリンの言葉にアルジュナは唇を噛み締める。

望んで止まなかった宿敵との戦いに横やりを入れられ、沸騰するほどの怒りを抱きながらも、僅かに残った理性が彼の言葉を肯定してしまったからだ。

曲がりなりにも客将として迎え入れられている以上、本来は私情よりも優先すべきは集団の益であると。

故にアルジュナは怒りに震えながらも動くことができず、クー・フーリンが立香のもとへ向かうのをただ見ていることしかできなかった。

 

「クー・フーリン……本当に、クー・フーリンなのか? 冬木でマシュを助けてくれた……あの……」

 

「あいにく記憶にねえ。正真正銘、別人だろう」

 

切り捨てるように、クー・フーリンは告げる。

召喚されたサーヴァントの記憶は座に送還される際に記録として持ち帰られるが、それが必ずしも次の召喚に反映されるとは限らない。

程度も英霊によって違い、正確に覚えている時もあれば、まったく記憶に残らない者もいるらしい。

事実、カルデアに召喚されたサーヴァントの大半は特異点での出来事を覚えていない。

だから、このクー・フーリンは別人だ。

マシュやカドックを助けてくれた、あのクー・フーリンとは別人だ。

立香は必死でそう思い込み、自らのサーヴァントに命じる。

 

「マシュ、あれは敵だ」

 

「――はい、わかっています」

 

殺意を隠そうとしないクー・フーリンに対して、マシュが震える腕で盾を構え直して相対する。

その後ろに立つ形となった立香は、過呼吸気味な自分の体の手綱を必死で握りながら、思考回路を働かせた。

クー・フーリンがここにいる。

自分達の命を奪うために彼はここにいる。

それが意味することはただ一つ。

 

「スカサハを……どうした?」

 

「ああ、殺したよ」

 

あっさりと、さもどうでもいいようにクー・フーリンは言った。

進軍の途中で、スカサハは迎撃に出るであろうクー・フーリンを抑えるために先行すると言って自分達と別れた。

誰かがそれをしなければ、戦場は彼によって蹂躙される。

狂戦士として現界したクー・フーリンはそれほど危険な存在なのだ。

だが、その彼がここに立っているということは、スカサハは敢え無く敗北したということになる。

 

「悔やむ必要はねえ。すぐに同じところに送ってやる」

 

槍を構え直したクー・フーリンが姿勢を落とす。

膨れ上がる凶悪な魔力が魔槍の矛先へと凝縮し、再びその呪いを解き放たんとする。

因果逆転の魔槍。秘められた呪いは先に心臓を穿つという結果を生み出し、遡って必中の一撃を生み出す。

あれを放たれれば避ける術はなく、例えマシュの盾でも防ぐことはできない。

切り札である令呪も既になく、残る手段は全力でここから遠ざかるしかない。

 

(ダメだ、間に合わない。マシュとナイチンゲールの宝具で相殺できるか? やるしか――!!)

 

最早、離脱は間に合わず、迷っている時間もなかった。

立香が判断を下すよりも早く、クー・フーリンが己の宝具の真名を解放するだろう。

 

「…………っ」

 

今にも解放されんとしている呪いの魔槍。

無力なマスターが命を刈り取られんとしている様を見ながら、アルジュナは歯噛みすることしかできなかった。

アメリカを平らげ、人理定礎を破壊せんとするクー・フーリンの所業は紛れもなく悪であり、アルジュナの英霊としての矜持はそれに対する憤りを呼び起こした。

だが、カルナと戦いたいがためにケルトの軍門に加わり、今日まで犯した所業が彼の指先を戒める。

私情のために悪へと堕ちた自分が、今更このような感情に突き動かされることが許されるのだろうかと自問する。

正しくあらんとする意志と自己否定にも似た嫌悪感がせめぎ合い、決断を下せない。

生前にカルナを仕留めた時のように、自らに助言するクリシュナはここにはいないのだ。

そして、宿敵へと目をやったのは、果たして偶然だったのであろうか。

心臓を穿たれ、生気を失いながらも立ち上がらんとするカルナの姿を見つけたのは、果たして偶然だったのであろうか。

彼は起き上がった。

夥しい出血など意にも介さず、手にした雷神の槍に残された魔力を込める。

幽鬼の如きカルナの槍が、まっすぐにクー・フーリンへと向けられる。

そんな事をすれば消滅は一気に加速する。

黄金の鎧の力を以てすれば、或いは魔槍の呪いにも抗えるかもしれぬというのに、カルナは己の生よりも人理の敵を打倒することを選択した。

その瞬間、アルジュナの指は動いていた。

自分の妄執に付き合い、一騎討ちを受諾してくれたカルナが、最期の瞬間に英霊としての責務を果たさんと余力を振り絞っている。

その高潔な意志がアルジュナの英霊としての矜持を突き動かした。

 

「チィッ!! このコウモリ野郎が!」

 

宝具の解放を中断し、飛来した矢を打ち落としながらクー・フーリンは毒づく。

ほんの一瞬、彼の注意が立香達から離れてアルジュナへと向けられる。

時間にしてほんの僅か。だが、それはカルナが残された全力を振り絞るのに十分な時間であった。

 

「焼き尽くせ、『日輪よ、死に随え(ヴァサヴィ・シャクティ)』……」

 

真名と共に解放される雷神の槍。

その矛先から放たれた強大な熱量を前にして、狂戦士たるクー・フーリンは咄嗟に腕を交差して防御を試みた。

師より賜ったルーンの力を総動員し、狂化による肉体の補正を限界以上に引き上げて焼却の無限熱量を真正面から受け止める。否、受け止めざるをえなかった。

その隙にアルジュナは大地を疾駆すると、立香とマシュを抱え上げて戦線を離脱する。

 

「アルジュナ……後は……」

 

その言葉が届いたことを願って、カルナはこの時代から消失した。

残された全てを出し尽くしても、クー・フーリンを仕留めるには至らない。

アルジュナとの死闘、そして呪いの魔槍による奇襲によって本来の力を出し切れなかったのだ。

だが、それでもクー・フーリンは全身に夥しい火傷を負い、片膝をつかねばならぬほど消耗していた。

 

「最後の最後で足掻きやがって……いいだろう、来るなら来い。ワシントンで戦ってやる」

 

吐き捨てるように宣告し、クー・フーリンはその場から姿を消した。

誰一人として、それを止められる者はいなかった。

 

 

 

 

 

 

同日、北部戦線。

荒野一帯を埋め尽くすケルトの兵士を前にして、エジソン率いる西部合衆国軍は何とか持ちこたえることができていた。

連日に至る戦闘、傷つき戦線を離脱する同志達。地力で勝るケルトの猛者達を前にして彼らはよく持っているといえる。

その中心となって戦っているのは、エジソンを始めとするサーヴァント達だった。

 

「ほいほい、また来ましたよ、と」

 

つい先ほども追い返したばかりだというのに、息つく暇もなく現れたケルトの増援にロビンは険しい表情を浮かべる。

ここまで彼は持てる技能の全てを駆使して敵の戦力を消耗させてきた。

食糧や水に毒を混ぜ、物資に火を点け、峡谷に追い込んでの水攻めや岩落とし。更には誤情報や身内の裏切り工作まで行った。

そうして六割の戦力を削る事に成功しても、敵はまだこちらに拮抗しうるだけの数を残している。

数の有利だけではない。半数以上の仲間が倒れればどのような軍隊であろうと士気は下がり、戦力を立て直すために撤退するのが常道である。

なのにケルトの猛りに陰りはなく、誰一人として逃げずに向かってくるのだ。

異常ともいえる戦闘意識。国民全てが狂戦士と呼んでも過言ではないだろう。

 

「子ザル、向こうはどうなってるの!?」

 

「……カルナが戦死した」

 

エリザベートの問いかけに、砲兵隊に指示を飛ばしていたカドックは表情を曇らせながら答える。

カルデアからの報告が偽りではないことはわかっていたが、それでも素直に信じることができなかった。

あの出鱈目に強く、誰よりも気高い意志を持った英雄が倒れるなどと誰が信じるだろうか。

 

「エジソンのオッサンには言うなよ。ガックリ落ち込むぞ、多分」

 

「わかっているわよ、それくらい。子イヌ達は無事なの?」

 

「クー・フーリンは負傷して撤退。今もワシントンに進軍中だ」

 

当初の予定よりも南軍の戦力低下が激しいが、北部方面も予想以上に敵の防衛戦が厚く、作戦の変更はできそうにない。

このままワシントンへの侵攻が南軍に任せ、自分達はここで敵を押さえるしかないだろう。

 

「エリザベート、悪いがアンコールだ。フォローを頼む」

 

「どうするつもりなの!?」

 

「僕とキャスターが中央を押さえる」

 

こちらの意図を汲んだアナスタシアの視線が戦場を縦断する。

直後、煌びやかな光と共に無数のケルトの軍勢が白銀の彫刻と化す。

更に彼女の背後から這い出たヴィイの影が巨大な平手を振り回し、氷結を免れた兵士達を片っ端から薙ぎ払っていった。

遮るものがなにもない開けた戦場は、視線を媒介に魔術を行使するアナスタシアの独壇場だ。

 

「よし、砲兵隊はありったけの砲弾を撃ち込め。このまま中央を食い破るぞ!」

 

「聞いての通りだ皆の衆! 今こそ直流が最強であることを知らしめるのだ!」

 

「直流万歳! ブリリアントドミネーション!」

 

エジソンの檄を受け、士気の高まった兵士達によって何十ものも火砲が次々と火を噴いた。

それと共に機械化歩兵の軍団が手にした重火器で生き残った敵兵を蹂躙し、魔獣達の断末魔が辺りに響き渡る。

反撃に転じようとしたケルトの兵士達も遊撃的に動き回るエリザベートとロビンによって各個撃破されていき、西部軍はかつてないほどに破竹の勢いで戦線を押し込んでいく。

全てが順調にいっているように思えた。無論、それは束の間の幻想でしかないのだが。

 

「――そう上手くいかねえのが人生ってもんだな」

 

突如として吹き荒れた破壊の風が、進軍する機械化歩兵部隊を薙ぎ払う。

降り注ぐ瓦礫の向こうから現れたのは、全身の至る所に傷を負った半裸の男だった。

カルデアに交戦記録が残っている。

あの男はベオウルフ。

かつて巨人を素手で倒し、竜をも殺して見せたバーサーカーだ。

 

「お前か、俺の部隊を引っ掻き回してくれた小狡いアーチャーは」

 

「へえ、オレってば褒められてるのかな?」

 

「おう、褒めてるぜ。罠だけで六割減らすとはな」

 

「そいつはありがたい。ありがたついでに――さよならだぜ、竜殺し」

 

ベオウルフが踏み込んだ瞬間、事前にロビンが仕掛けた罠が作動する。

不意を突いた魔力の爆発で地面が破裂し、ベオウルフの巨体が大きく揺れた。

同時にエリザベートは翼を広げて滑空し、ベオウルフの脳天目がけて手にした槍を一閃する。

示し合わせもないもない、阿吽の呼吸による連携。誰の目から見ても鮮やかな奇襲により、北欧の竜殺しは成す術もなく倒されたとその場にいた全員が確信した。

だが、あろうことかベオウルフは手にした剣でエリザベートの槍を弾くと、空中で硬直する矮躯を容赦なく蹴り上げて少女を悶絶させる。

更にロビンが確実に仕留めるために放った矢すらも反対側の手に持つ剣を一閃させて叩き落す。

狂っているとは思えない、極めて理性的な立ち回りと技の冴えが、却ってベオウルフの不気味さを演出する。

 

「野郎!」

 

「悪いな、俺はバーサーカーにしては比較的頭がトんでなくてね。精々、ちょっと凶暴になった程度のもんだ。培った技はそうそう萎えることがねえのさ」

 

そう言ってベオウルフは両手の剣を構え直し、起き上がろうとしたエリザベートへと振り下ろす。

咄嗟に尻尾で地面を蹴って転がることで難を逃れたエリザベートが見たのは、まるで大砲が直撃したかのように陥没した地面の穴であった。

ベオウルフがその膂力で以て地面を叩き割ったのだ。あんなものをまともに食らえばひとたまりもない。

エリザベートはすぐさまロビンと協力して反撃を試みるも、巨人殺しにして竜殺しであるベオウルフの突撃は留まることを知らず、2人はジリジリと追い詰められていく。

カドック達も援護に向かおうとするが、ここに来て敵兵の抵抗が激しくなり、誰も2人の救援に駆け付けることができない。

 

「まずいわ、このままじゃ――」

 

「――では、儂が行くとしよう」

 

いつの間にそこにいたのだろうか。

中華風の装束に身を包んだ赤髪の東洋人が、手にした槍を構えてベオウルフの前に立ち塞がっていた。

その男は目にも止まらぬ槍の冴えを以てベオウルフの剛剣をいなすと、傷ついたエリザベートがその場を離脱するまでの間、その場に踏みとどまった。

 

「おいおい、何者だ?」

 

「通りすがりの神槍である。真名を李書文」

 

「李書文……二の打ち要らずの李書文か!?」

 

その名を聞いたカドックは、すぐさま男の正体に至って驚愕する。

神槍李書文。魔拳士とも言われた伝説的な八極拳士であり、牽制やフェイントの為に放ったはずの一撃すら相手を絶命させる威力を持つことから「二の打ち要らず」の称号持つ中国拳法史史上の中でも最強の拳法家の1人だ。

そういえば、カルナがマスターのいないはぐれサーヴァントの槍使いと一戦を交えたと言っていたが、ひょっとして彼のことなのだろうか。

 

「なに、縁ができたが故に手を貸すまでのこと。こちらはこちらで勝手にするので、お前達が気にする必要はない」

 

「言うじゃないか、二の打ち要らず! 大層なハッタリだな、オイ!」

 

「うむ。ただの誇張か通り名か、試してみてはどうかな? こちらとしては名高きベオウルフと打ち合えるとは光栄の至りよ。素手で巨人を殺した英雄と我が異名。偶然にもこんな場所で無手で戦えるサーヴァントが2人、出会ってしまったのだ。運命とは真に数奇なものよ」

 

「確かに……つまりはアレかい。いわゆる素手喧嘩(ステゴロ)か?」

 

「我が拳が果たして届くかどうか、試させてもらうとしよう」

 

李書文が手にした槍を捨て、震脚と共に構えを取る。

対するベオウルフもまた、両手の剣を捨てて引き締まった上腕筋に更なる力を込める。

灼熱の戦場において、2人の周囲だけがまるで氷点下のように静謐な空気に満ちていた。

まるで、限界まで張った表面張力のように、2人は互いの気がぶつかり合う瞬間を今か今かと待つ。

 

「あのグレンデルより手強そうな奴が俺の目の前にいる。だったら、やらない手はないよなぁ!!」

 

「応とも! 我が八極、受けてみせませい!!」

 

咆哮と共に、生まれた時代も国も異なる拳雄がぶつかり合う。

巨人をも殴り殺した剛腕を、4千年の英知が紡ぎ上げた合理の術が迎え撃つ。

その応酬に割って入れる者など、誰一人としていなかった。




北米はもっと短くなると思ってました。
長いね。これでも削った方です。

筆がノルと寝不足になりますね。
危うく今日は仕事に送れるところでした(笑)

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