Fate/Grand Order IF 星詠みの皇女   作:ていえむ

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北米神話大戦イ・プルーリバス・ウナム 第8節

北国の春のように短く、太陽にも似た灼熱の時間であった。

大地を砕き、巨人の頭蓋をも叩き割る剛腕。最早、筋肉の塊としか表現できぬほどの膨れ上がった両の腕が起こす破壊。人の身で受ければ容易く消し飛び跡形も残らぬであろう一撃を、李書文は鍛え抜いた功夫で以て真っ向から迎え撃つ。

打ち合えたのは数合か、はたまた数十合か。

一瞬だったかもしれないし、何時間も打ち合っていたかもしれない。

そして、記憶が曖昧になるほど濃密で激しい死闘を制したのは、暗殺者が誇る中華の合理であった。

互いの拳が交差する刹那の一瞬、李書文はベオウルフの拳打をいなすと共に大地を踏み抜き、そこから立て続けに正拳と肘打ち、掌打の連携を叩き込む。

三度の打撃が一度に見えるほどの連携。その一撃一撃が、震脚による大地の反動を利用した強烈な痛打であった。いわば、李書文の体を出力とした、大地のエネルギーを打ち出す中華の極意。

その名も八極拳絶紹『猛虎硬爬山(もうここうはざん)』。李書文が最も得意とし、生涯を通じて頼りとした必殺の套路だ。

 

「数千年の間、練り上げられた功夫だ。ただの殴り合いが拳闘に昇華されたように、我らは殺し合いを技に昇華した」

 

「二の打ち要らず……その名、確かに刻ませてもらった。ああ、くそ! 図体のでかいグレンデルの方がまだ殴りやすかったぜ」

 

「来る攻撃を捌くのも技術の一種。次に召喚されるまでに、せめて拳闘の技術でも学んでおくがよかろうよ」

 

「自分の両腕を壊しといてよく言うぜ。それに殴り合いの最中にものを考えるなんざ、手前で夢から覚めるようなもんだ……そんなもの、願い下げ……だ……ぜ……」

 

満足げに笑みを浮かべながら、ベオウルフは力尽きる。

霊核こそ無事だが、あの様子では当分の間、動くことはできないであろう。

無論、相対した李書文も無事ではなかった。さすがは名だたる巨人殺しにして竜殺し。

狂戦士の名は伊達ではなく、全身全霊を賭けて放たれた拳打は代償として李書文の拳を砕いていた。

そこまでしなければ勝てぬ相手だったのだ。

だが、紙一重といえど勝利は勝利。自軍の将が倒れたことで、恐れ知らずのケルトの兵士達の間にも動揺が走る。

これを好機と見たエジソンは、すぐに全軍に対して突撃の号令をかけようとした。

これを逃せば勝機はない。更なる援軍が訪れる前に、何としてでもこの一波を凌がねばならないのだ。

しかし、エレナの一喝がそれを制する。

 

「待って、ミスタ・エジソン。すぐに全軍を退がらせて!!」

 

その真意を問い質す暇はなかった。

戦場にいた誰もが、その存在を認識したからだ。

例えるならば水槽に放り込まれた巨大な肉食魚。

或いは整然と並べられた家屋を蹂躙する鉄甲の重戦車。

それは何の前触れもなく、風船が破裂するかのような勢いで以て現れた。

先ほどまで合衆国とケルト、敵と味方が入り乱れた荒野を引き裂き、巨大な地響きと共に現出したそれは、禍々しい肉と眼球で構成された幾本もの柱。

捻じ曲がり、絡み合ったその柱は機械化歩兵もケルトの兵士も見境なく押し潰し、咆哮を伴う閃光で焼き払う。

見間違うはずもなかった。

それは、魔神柱だ。

二十八本の魔神柱が、戦場に現れたのだ。

 

 

 

 

 

 

一方、ワシントンのホワイトハウスにおいても北部戦線に負けず劣らない激戦が繰り広げられていた。

ここに至るまでに脱落した兵士は数知れず、最終的に敵陣へと乗り込めたのは立香とサーヴァント達のみ。

残る戦力はホワイトハウスの外で魔獣達が押し寄せるのを必死で食い止めている。

形としては完全に敵の膝元で包囲された状態であったが、立香達には微塵も焦りはなかった。

何故なら、自分達の戦闘に立っているのは彼の授かりの英雄。戦死したカルナの生涯の宿敵であるアルジュナだからだ。

カルナが最後の力を振り絞ってクー・フーリンを撤退させた後、姿を晦ましたアルジュナはホワイトハウスでの決戦において、カルデアに味方する戦士として馳せ参じたのである。

 

「……チ。酷い有様だな、メイヴ」

 

自身に向けて放たれた一矢を代わりにその身で受けたメイヴに対し、クー・フーリンは静かに語りかけた。

眉間には皺を寄せ、淡々と言葉を紡ぐその様はまるで燻る炎のようだ。

戦闘に割って入ったことを責めているのか、それとも共に歩んできたパートナーが命を落としたことに思うことがあるのか。

フードに隠れたその表情は怒っているようにも笑っているようにも、或いはあらゆる感情が欠落しているかのようにも見て取れた。

 

「ええ、私、今にも死にそうよ。でも、役割は果たしたの……」

 

「――そうか。お前にしてはよくやった。やればできる女だよ、お前は」

 

その言葉にどれほどの意味があったのか、部外者である自分達では推し量ることも許されないと立香は思った。

そして、最愛の凶王に看取られながら、女王の瞳は生気を失った。

胸に深々と矢が刺さり、痛みに顔を歪めながらも、女王メイヴは笑いながら消えていった。

 

「……何を呆けていやがる? 来ないならこちらからいくぞ」

 

メイヴが消えるやいなや、クー・フーリンは再び槍を構え直した。

まるで彼女など最初からいなかったかのように、動揺の気配は微塵もない。

感情の読み取れない虚無的な瞳がこちらに向けられる。

 

「仮にとはいえ共に歩んだ女王が消えても動じぬか、クー・フーリン」

 

「誰だろうと死ねばそこまでだ。それに、あいつは責務を遂げた。それで十分だ」

 

アルジュナの問いかけに、クー・フーリンは淡々と答える。

決して蔑ろにしているわけではない。だが、省みることはない。

それが狂戦士クー・フーリンの在り方であり王道なのだろう。

常人には到底、理解できない生き様ではあるが。

 

「あくまで機構(システム)に徹するか。貴様を見ていると虫唾が走る」

 

「同族嫌悪か、授かりの。よくその面を出せたもんだな。カルナの敵討ちか?」

 

「舐めるな、私と奴の間にそのような感情はない。これは戦士(クシャトリヤ)としての約定だ。(カルナ)が英霊としての責務を果たしたのなら、私もまたそれに殉じよう。今度こそ、私は奴と対等の場に立つ!」

 

一触触発。両者の気迫が大気を震わせ、今にも爆発しそうなくらいに膨れ上がる。

それに水を差したのはカルデアからの通信だった。泡を食ったようなロマニの悲鳴が、張り詰めていた空気を引き裂いたのだ。

 

『大変だ! 北部戦線で、魔神柱の反応だ! それも、二十八……二十八体の魔神柱が出現した!!』

 

「二十八体……だって?」

 

驚愕する立香の呟きは、どこか場違いな響きがあった。

だが、無理もない。あの手強い魔神柱が一度に二十八体。これで呆けるなという方が無理がある。

 

「女王メイヴの伝説は知らないか? 俺を倒すために生み出された集合戦士。その名も『二十八人の戦士(クラン・カラティン)』」

 

『まさか……あり得るのか? いや、本当に可能なのか!?』

 

「ドクター、いったいどうしたんだ? 『二十八人の戦士(クラン・カラティン)』っていったい……」

 

『みんな、一刻も早くクー・フーリンを倒すんだ。でなければ――カドックくん達が死んでしまう!!』

 

 

 

 

 

 

伝承に曰く、女王メイヴは自分に屈辱を与えたクー・フーリンに奇怪な戦士を送り込んだ。

クラン・カラティン(カラティンの一族)と呼ばれる彼らは二十七人の兄弟がまるで1人の人間のように振る舞える集団であるとも、二十八人が1つの体を共有する魔術的存在であったとも言われている。

そして、この北米大陸において人理定礎破壊を担うメイヴの執念はその伝承を最悪の形で再現して見せた。

即ち、魔神柱の二十八体同時召喚である。

 

「……何、コレ……」

 

「何ってそりゃ……大ボス、だろうな」

 

被害を免れたエリザベートとロビンが絡み合う肉の柱を見上げて言葉を失う。

足下では逃げ遅れたのであろうケルトの兵士達が無残な肉塊に成り果てていた。

 

「カドック……何なの、これ……」

 

「キャスター、どうした?」

 

「お願い……手を握って……気持ち悪くて、1人では耐えられない……」

 

「落ち着け、僕はここにいる。君の側にいる」

 

動揺するアナスタシアを落ち着けようと、カドックは冷え切った彼女の手をしっかりと握り締める。

魔神柱に動きがないのが幸いした。戦場のど真ん中で、こんなことをしていれば格好の的であっただろう。

 

(こんなことが可能なのか? 伝承の枠に魔神柱を当て嵌め、多重召喚を行うなんて。できるできない以前に術式としか可能なのか?)

 

魔神柱の出現と同時にロマニから通信があった。

女王メイヴは魔神柱を『二十八人の戦士(クラン・カラティン)』の枠組みに押し込むことで、その集合体を召喚したと。

魔神柱は魔術王の使役する使い魔が受肉した存在だ。ならばその霊基はサーヴァントと同格以上。下手をすれば神霊レベルに匹敵するかもしれない。

聖杯を所有している以上、理論的には可能だとしても、それを一介のサーヴァントがまとめて二十八体も召喚するなど、余りに無謀な試みだ。

これほどの大儀式を成したとなると、その代償は確実にメイヴの霊核へ影響するだろう。

正に死を引き換えとする異形。この魔神柱達は女王メイヴがその命を代償に生み出した最悪の子ども達だ。

 

「カドック君!!」

 

「エジソン、ブラヴァツキーも無事か」

 

「ああ、生き残った者達は後方に下がらせた。ケルトの兵士も大部分をあれに喰われたようだ」

 

「残っているのはあいつと私達だけよ」

 

つまり、ここが正念場ということだ。

カルデアからの通信によると、立香達もクー・フーリンを追い詰めているらしい。

例えこの魔神柱を倒すことができなくとも、彼らがクー・フーリンを倒して聖杯を回収するまで持ち堪えることができればこちらの勝利だ。

だというのに、エジソンの顔色は優れない。その理由はすぐに察することができた。

覆しようのない圧倒的な差を見せつけられ、胸の奥に通っていたはずの芯がポッキリと折れてしまった者の顔だ。

どうしようもないくらいに怖気づき、進むことも逃げることもできなくなった敗北者の顔だ。

それはまるで、少し前までの自分を見ているようだった。

 

「……終わりだ。こんなものに勝てるはずがない。一体だけでもサーヴァント複数でかからねば倒せぬ相手が二十八体も……」

 

「エジソン、あなたがパニックになってどうするの!」

 

エジソンの嘆きにエレナの悲痛な叫びが重なる。

無理もない。努力して、努力して、努力した先に待っていたのは自分ではどうすることもできない絶望だったのだ。

その気持ちは痛いほどよくわかる。その嘆きは苦しいほど理解できる。

彼の言葉に賛同して、一時でも心を慰めれば幾ばくかは救われるだろうか。

絶望で折れた心に、諦観という救いを与えられるだろうか。

 

『俺達のリーダーはカドックなんだ』

 

心が揺れ動いた瞬間、立香の言葉が脳裏に思い浮かんだ。

迷い悩んだ末に多くの仲間に迷惑をかけた自分のことを、それでもリーダーだと言ってくれた男の言葉が、折れかけたカドックの心をギリギリのところで踏み止まらせた。

アナスタシアの手を握る右手に力を込め、感覚の鈍い左手で自身の胸元を握り締める。

こんな自分のことを受け入れてくれたあいつのためにも、諦める訳にはいかない。

戦力差がなんだ。こんな苦難はこの旅の中で何度も遭遇してきたし、強い奴に圧倒されるのは自分の人生では日常茶飯事だ。

歯を食いしばり、両の足に力を込めて踏み止まれ。

自分達は立香達に後を託し、この戦場にやってきたのだ。

ならば采配を下した者としてその責務は何としてでも全うするのだ。

 

「エジソン、あんたが僕に言った言葉、覚えているか?」

 

「カドック君?」

 

「1%のひらめきがあれば、後は努力でどうとでもなる。トーマス・エジソン、僕がその1%を担う。だから、諦めないでくれ。ワシントンで戦う僕の……僕の……仲間のためにも、もう少しの間、力を貸して欲しい」

 

「そうよ、ここを守り切れば私達の勝ち! ここで私たちが諦めたら戦線は崩壊でしょ! 子ザルの言う通り、諦めちゃダメよ!」

 

「まあ、逃げるんなら時間稼ぎくらいはしますけどね。オレはまあ、何でか知らないけど誰かさんなら逃げるなって言う気がするんですよね。顔も思い出せないジイさんですけど」

 

「立って戦いなさい、ミスタ・エジソン。あなたは斧と銃を手にしたアメリカの開拓者。未知を拒絶し未来を望むのがあなたの取り柄でしょ」

 

エリザベートとロビンがそれぞれの得物を手に魔神柱へと向き直る。

恐慌から脱したアナスタシアとエレナもそれに続いた。

エジソンは沈黙したままだったが、カドックはそれ以上の説得は無理だろうと思い、無言で彼に背を向けた。

自分がそうだったからよくわかる。こうなってしまうといくら言葉を投げかけても効果は薄い。

行動で示さなければ、彼の心を動かすことはできないだろう。

 

「みんな、とにかく生き残ることを優先してくれ。勝機は……必ず僕が見つけ出す」

 

魔神柱に動きがあった。

まるで空間そのものが震えているかのような錯覚の後、幾本もの肉の柱が鞭のようにのた打ち回り、炎と閃光が迸る。

その暴力を掻い潜りながら、エレナの支援を受けたエリザベートは果敢に衝撃波を発して魔神柱を抑えつけ、ロビンの矢が的確に弱所を撃ち抜いていく。

後方ではアナスタシアが冷気を操作して2人を援護しつつ、戦闘の余波がエジソン達に及ばぬよう宝具である城塞を召喚してこちらを匿った。

乱れ飛ぶ衝撃波と毒矢と吹雪。

肉の柱はたちどころに凍り付き、腐り落ち、崩れ去る。

だが、傷ついた端から再生した柱は何事もなかったかのように鳴動すると、群がる虫を払うかのように肉の触手を伸ばしてエリザベート達を薙ぎ払った。

 

「っ…………」

 

「よすんだな李書文。あれは魔神柱の集合体、サーヴァント程度には手に余る存在だ。万全ならいざ知らず、その壊れた拳じゃどうにもならん」

 

エリザベート達の救援に走ろうとした李書文を、ベオウルフは呼び止める。

 

「さすがに、な。だが、儂にも事情がある。こやつらには勝ってもらわねば困るのさ」

 

自嘲気味に呟き、李書文は戦地に跳んだ。

肉が裂け骨すら傷ついたその拳が更なる深手を負うのも構わず、その五体を破壊の機構として異形の怪物へとぶつけて見せる。

肉の柱は瞬く間に砕かれていくが、やはりすぐに再生が始まった。

対人宝具や対軍宝具では足りない。諸共を消し飛ばせる対城宝具かそれに匹敵する火力。或いは必死を呼び起こす何かしらの概念が必要だ。

それがなければ勝ち目はない。

 

「ああ、くそっ! 矢も毒も効きやしねぇ!」

 

「……ハァ、ハァ、ハァ……マネージャー、水頂戴。喉枯れそう」

 

「マネージャーってオレかよ? いや、持ってますけどね」

 

「プロデューサー、喉に優しいもの、何かない?」

 

「僕のことか? いや、持ってはいるが――」

 

攻撃の合間を縫って、エリザベートはこちらから奪い取った喉飴と水を口に放り込む。

彼女の攻撃手段は槍と口から発する音速のドラゴンブレスだ。必然的に戦闘が長引けば喉に負担が溜まり、その効果にも支障が出てくる。

ここまでの戦闘による疲労が溜まっていたのもあり、魔神柱を押し留める彼女の歌にも少しずつ陰りが見え始めていた。

エレナの広範囲攻撃を以てしても焼け石に水であった。

一方で対人間に秀でたロビンと李書文では魔神柱と相性が悪い。

渾身の力でぶつかれば一本や二本は滅することができるだろうが、敵はたちまちの内に再生してしまうのでキリがないのだ。

 

「マスター、急ぎなさい! 私の城塞も長くは保ちそうにありません!」

 

「わかっている! キャスター、何か視えないか? 僕の解析魔術じゃ何もわからない! 君の眼には何が視える!?」

 

カルデアから送られてくる情報もほとんどがアンノウンばかりだ。

何とか読み取れたステータスと再生能力を考えると、カルナの宝具ならば対抗できたかもしれないということだけだろうか。

何か新しい情報が得られなければ、突破口は見つけられそうにない。

 

「アレは二十八本が冒涜的に絡みついて生み出された異形の結合体。複数に視えても本質は一体と見て良いわ」

 

「伝承通りの『二十八人の戦士(クラン・カラティン)』というわけか」

 

本物の『二十八人の戦士(クラン・カラティン)』はクー・フーリンを追い詰めた際、その戦いを見守っていたフィアハの助太刀によって倒された。

その枠組みに押し込まれている以上、例え本物でなかったとしても倒すことはできるはずだ。

策も既に自分の中で形になりつつある。だが、戦力が足りない。

せめてもう一騎。できれば更に一騎の力が必要だ。

或いは令呪が一画でも残っていれば、アナスタシアの宝具を強化してまとめて吹き飛ばせたかもしれない。

 

(藤丸との戦いで令呪を使い切らなければ……いや、あの戦いに後悔はない。ないものを強請るな。考えろ!)

 

頬を叩き、精神を集中させる。

必ずどこかに勝機はある。自分の役目はそれを見逃さないことだ。

ここを乗り切れなければ、自分は本当にカルデアのみんなと合わせる顔がない。

 

(ローマ(スパルタクス)を思い出せ! あいつの言葉を思い出せ! 圧政だ! どんな叛逆だろうと僕は圧制する! それが僕なりの叛逆だ!)

 

もう諦めて鬱屈していた頃の自分とは決別するのだ。

自分は口先だけで逃げ場所を探していた子どもではない。

この程度の逆境で諦めてなるものか。

 

「ヤバッ!?」

 

足を滑らせて態勢が崩れたエリザベートの頭上に巨大な肉塊が迫る。

気づいたロビンが駆け出すが間に合わない。カドックはアナスタシアとエレナに肉塊の破壊を命じるが、2人の魔術によって砕き焼き尽くされるよりも、地面に激突する方が早い。

エリザベート自身ですら、自らの終わりを覚悟した。

悲鳴染みたカドックの叫びが戦場に木霊する。

その時、一匹の獅子が咆哮を上げた。

 

「ふんぬ!!」

 

魔神柱の前に躍り出たエジソンが、片腕で受け止めた肉の触手を電撃で焼き尽くす。

その腕の中には、助け出されたエリザベートがまるでお姫様か何かのように小さくなって収まっていた。

 

「――立って、戦うことの何と難しいことか。だが、幾多の絶望を踏み越えるるからこその英雄。この小さなお嬢さん(リトル・レディ)にばかり負担を強いるなど、未だ戦い続ける友の背中を黙って見つめるなど、アメリカ人の名折れである! 受けるがいい、『W・F・D(ワールド・フェイス・ドミネーション)』!!」

 

エレナを後ろに下がらせると、エジソンの肉体から迸る閃光が、周囲に群がる魔神柱をまとめて焼き払う。

宝具『W・F・D(ワールド・フェイス・ドミネーション)』は虚構の存在を許さない。

エジソンが生前に成し遂げた三大発明。照明の普及により闇を照らし、蓄音機が消え去る音を記録し、映写機が現実をありのままに映し出す。

即ち神秘の剥奪であり、あらゆる魔術的存在に対して特攻を持つ。

さしもの『二十八人の戦士(クラン・カラティン)』もこれには一たまりもなかった。

だが、それでも足りない。

エジソンが暴き出す現実は、圧倒的な虚構によってたちまちの内に塗り潰されてしまう。

彼の力を以てしても、『二十八人の戦士(クラン・カラティン)』を倒し切ることができなかった。

 

「ダメか……」

 

「いや、待て! オッサン、何するつもりだ!?」

 

迫りくる魔神柱の触手に押し潰されそうになりながらも、エジソンはその場に留まったまま宝具を展開し続ける。

加速度的に上昇していく光の出力は視界を焼き、物理的な熱量さえ伴いながら周囲の空間ごと肉の柱を焼いていった。

無論、その中心にいるエジソンとて例外ではない。

彼は自らの宝具を暴走させているのだ。

 

「今の我々では魔神柱を滅ぼすことは不可能だ! 私にはもうこれくらいしか思いつかん!」

 

「ダメだエジソン、そんなことをしたって一分保つかどうか……」

 

「それでも構わん! 私には少しでも君達を長く守る責務がある! 大統王としてでも、発明王としてでもない。遠い未来、この土地を収奪し、この国に住まうようになった人間として、その責務がある!」

 

「エジソン――寄せ、トーマス!!」

 

「カドック君、後は頼む! こんな不甲斐ない上司で本当にすまない――」

 

今にも光の渦に飲み込まれようとするエジソンの顔は、不思議と穏やかであった。

自分のことを信頼してくれているのだろうか。彼は全てを出し尽くして、満足しながら消えようとしている。

こんな結果なんて微塵も望んでいなかった癖に、誰かの礎としてその命を使い果たせるのなら悔いはないと。

僅か一分の時間稼ぎが、きっと勝利に繋がると信じて、エジソンは最後の力を振り絞ろうとしている。

それを黙って見守るしかできないことが悔しくて、そんな風に笑いながら果てようとする姿が羨ましくて、カドックは声にならない叫びを上げた。

雷鳴が轟いたのは、その直後だった。

 

「無様なりエジソン。そのような勝手を言う前に、まず右に避けろ!」

 

突如として飛来した電撃がエジソンの頬を掠め、今にも押し潰さんと迫りくる魔神柱の群れを吹き飛ばした。

 

「ハハハハハ――無様なりエジソン。所詮は凡骨、この私の前に立ちはだかる資格などない! 疾く、項垂れ消え失せるがいい!」

 

無数の雷鳴と共に響き渡る哄笑。戦場には似つかわしくない自信と傲慢に満ちたその笑い声を、カドックはよく知っていた。

忘れられるはずもなかった。完膚なきまでに自信を打ち砕かれたあの霧の街での出会いを、忘れられるはずがなかった。

そして、その忌まわしい声と無駄に大きな高笑いを、エジソンもまたよく知っていた。

忘れられるはずがなかった。

かつての部下であり、生涯に渡る天敵である彼のことを、忘れられるはずなどなかった。

 

「まさか、お前は――」

 

「そのまさか、だ! この真の天才、星を拓く使命を帯びたる我が名は――」

 

「すっとんきょう! ミスター・すっとんきょうかぁ――――!!!」

 

「ニコラ・テスラ! である!」

 

顕現したのは、ロンドンにおいてマキリ・ゾォルケンに操られていたニコラ・テスラだった。

ニコラ・テスラはその雷撃で瞬く間の内に肉の柱を蹴散らすと、エジソンの隣に並び立つ。

 

「しばらくぶりだね、カルデアの勇者と麗しのレディ」

 

「ニコラ・テスラ? あの時のニコラ・テスラなのか!?」

 

「然様。今の私はあの霧の街から霊基が続いている。何、あの時の借りを返しに来たまでのこと。そこの凡骨の相手はさぞ疲れたであろう。後は黙って見ているが良い。はははははははははは――――」

 

まるでこの日の為に練習してきたとしか思えない堂の入った高笑いと共に、ニコラ・テスラは雷鳴を轟かせる。

無論、黙っていないのはエジソンだ。直流式発電を推すエジソンにとって交流式発電を広めたニコラ・テスラは不倶戴天の敵であり、生前も事あるごとに対立していた。

そんな相手に形はどうあれ命を救われたとあっては、黙っていられるはずもなかった。

 

「ふざけるなテスラ! 所詮貴様など突出しただけの異常者だ! 真の天才とはそれを普遍化したもの。結婚もできなかった生涯独身が何をホザくか!!」

 

「――愚かな。私についていける女がいなかっただけのこと。天才は生涯孤独。やはり貴様は凡骨だ」

 

少しだけ傷ついたのか、ニコラ・テスラの回答には僅かな間があった。

 

「凡骨ではない、社長である! 私は天才など見飽きている! ベル君とかな! 天才達をうまく使ってこその社長! それが分からないとは、ばーかばーか!」

 

その言葉に対してニコラ・テスラはまたも皮肉めいた言葉を返し、逆上したエジソンは理性が抜け落ちたかのような低レベルの罵詈雑言をまくし立てる。

稀代の天才とは思えぬ子どもじみたやり取りに、傍らで見守っていたカドックは思わず言葉を失った。

百年の恋も何とやらだ。別に恋はしていないし尊敬の念が消えた訳ではないが。

 

「カドック、指揮官が呆けてていいの?」

 

「――あ、ああ。すまない、ブラヴァツキー」

 

エレナの呼びかけで現実に引き戻されたカドックは、すぐにニコラ・テスラのステータスを確認する。

強力な発電能力と電気を魔力に変換するガルバリズム。

そこにエジソンの能力を加味すれば、想定しているプランは十分に遂行可能だ。

鍵を握るのはアナスタシアともう1人のサーヴァントだ。

 

「ニコラ・テスラ! トーマス・エジソン! 2人には悪いが、今だけは協力してくれ。2人の力で魔神柱の動きを封じるんだ」

 

2人の電撃によって吹っ飛ばされた魔神柱の肉片は既に結合し、元の大きさにまで復元を終えていた。

このまま悪戯に攻撃を続けていたのではイタチごっこだ。

打開するためにはまず、2人の力でこの化け物の動きを封じなければならない。

 

「電気檻か!?」

 

「仕方あるまい。無論、こちらの方が高威力だ、同調させろ」

 

「そこは認めてやろう。では、多少過負荷を与え間断なく――」

 

「――尽未来際に渡って殺し続けられるほどの雷をくれてやる」

 

距離を取ったエジソンとニコラ・テスラの手から電流が迸り、それは絡み合って巨大な檻と化す。

さながらとぐろを巻く大蛇とも取れる電流の檻は暴れ続ける魔神柱に巻き付き、表面の皮膚を焼きながらその動きを封じる。

再生は即座に始まるが、互いに電力を同調させた2人の電気檻はそれを上回る速度で肉の肌を焼き、結果として焼却と再生が拮抗する。

もちろん、この状態では2人は動くことができず、またこれ以上の攻撃を行うこともできない。

何れ魔力が尽きてしまえば魔神柱を再び動き出してしまうだろう。

勝負はこの数分間の内に決しなければならない。

 

「加速しろ、キャスター! 後のことはいい、全力で宝具を回せ!」

 

「ええ。ヴィイ、魔眼を使い全てを射抜きなさい。『疾走・精霊眼球(ヴィイ・ヴィイ・ヴィイ)』!」

 

黒い影が現出し、青白い双眸が光を灯す。

いつものような吹雪はない。どのみちアナスタシアの宝具では『二十八人の戦士(クラン・カラティン)』を殺し尽くせない。

なので、その分の魔力を魔眼に注ぎ、見抜いた箇所を弱所とするという力を強化する。

途端にカドックは膝から力が抜け、その場に蹲った。

カルデアからの供給だけでは足らず、残されたなけなしの魔力すら持っていかれたのだ。

だが、そのおかげでヴィイの魔眼が魔神柱の肉の一片に至るまでその視線を浴びせることに成功した。

後は、決着をつけるだけだ。

 

「さあ、君が決めろ――」

 

整えられた盤上で、カドックは最後の命令を下す。

それはチェスで言うところのチェックメイトであった。




今回で終われるかなと思ったら終われませんでした。
10月に入りましたが今年のハロウィンはどうなるんでしょうね?
チェイテ城に何が乗るんでしょうね(笑)

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