Fate/Grand Order IF 星詠みの皇女   作:ていえむ

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幕間の物語 -何気ない日常の一コマ-

そこはとある国のカルデアと呼ばれる田舎町。

どこの国にもある下町の片隅に、ひっそりと看板を掲げた小さな事務所があった。

名を「藤丸立香探偵事務所」。だが、その町の住民はその名前で呼ぶ者は誰もいない。

所長1名、所員1名、看板犬(?)一匹の零細事務所を、町の住民は口をそろえてこの名で呼ぶのだ。

「藤丸立香サーヴァント事務所」と。

 

『ようこそいらっしゃいました、藤丸立香サーヴァント事務所へ』

 

『探偵ね。マシュ、探偵事務所ね』

 

藤丸立香。

下町生まれの2代目探偵。

亡き師オルガマリーから事務所を引き継いだものの、たまに舞い込む依頼は迷い猫などのペット探しばかりで毎日が開店休業。

お人好しで困っている人を見過ごせず、町のみんなからは2代目と呼ばれて慕われている。

 

『お任せください。弊事務所の所長先輩はこの春一番の名探偵ですので、大船に乗ったつもりでいてください』

 

マシュ・キリエライト。

自称後輩の押しかけ助手。

立香を所長先輩と慕い、事務所の管理から日々の生活の世話までこなす後輩の鑑。

スポーツ万能にして生まれてこのかた風邪一つ引いたことがない健康優良児。

そんな2人が切り盛りする小さな事務所にある日、1人の依頼人が訪れる。

何の変哲もない迷いタマモキャット探し。それはある一族の悲しい歴史を紐解くプレリュードであった。

 

『きゃぁぁぁぁぁぁっ!!』

 

『ラ、ランサーが死んだ!?』

 

斜陽の資産家岸波一族の屋敷で引き起こされる血の惨劇。

跡取りである姉弟を巡って対立する正室(ネロ)愛人(玉藻の前)による骨肉の争いと、わらべ歌に見立てて次々と殺されていく槍兵とその派生達(クー・フーリン)

密室から消えた聖杯の謎。

暗躍する怪人「欠片男」とは何者か。

黙して語らぬ猫の目はいったい如何なる真実を捉えたのか。

 

『わかりました。この事件の犯人は――』

 

きっと最後は崖っぷち。

だいたい3人くらい死んで候補が絞られた辺りで藤丸立香は真実に辿り着く。

真犯人の服毒自殺には注意せよ。

「ようこそ藤丸立香サーヴァント事務所へ」こううご期待。

 

 

 

 

 

 

「――と、いうのはどうでしょうか?」

 

医務室のベッドの上で、寝間着姿のマシュがぐいっと顔を近づけてくる。

興奮冷めやらぬといったところだろうか。一通り語りつくして息が上がったのか頬が赤く呼吸も荒い。

 

「どう、と言われてもな」

 

「面白いと思うよ。ねえ、カドック」

 

「いや、わからないよ」

 

第五特異点から帰還した後、マシュは体調の悪化から医務室に入院することとなった。

その際にひと悶着があったのだが、それは今回とは関係がないので割愛する。

とにかくマシュは入院することとなり、カドックと立香は訓練の合間を縫って彼女の見舞いに訪れたのである。

本当はアナスタシアも連れてくるつもりだったのだが、彼女は何やら用事があるらしく来れないとのことだった。

そして、見舞いの最中にマシュが突然、話し出したのが冒頭の妄想というか与太話であった。

 

「入院しているとすることがありませんでして、端末でお話などを考えてみたんです」

 

「結構、元気そうだな君は」

 

目の前で倒れられた時は心底から焦ったというのに、肝心のマシュはいつもと余り変わらない。

不謹慎かもしれないが、心配して損をしたとつい思ってしまう。

 

「俺は好きだな。ハートフルな人情ものって感じで」

 

「見立て殺人に密室に怪人だぞ。ハートフルボッコの間違いじゃないか?」

 

アナスタシア経由でマシュがミステリー好きであることはカドックも知っていたが、どうやらかなり重度のマニアであったようで、彼女が入院中に考えてみた物語というのが、古今東西の推理小説で使われたネタを拾い集めて煮詰めて混ぜ合わせたてんこ盛りのスペシャルコースであった。

ここまで詰め込まれると聞いている方は胸焼けを起こしそうになる。

そんなミステリーネタのバベルの塔とも言うべき話を妄想してしまうくらい、彼女は暇を持て余していたらしい。

 

「物語として成立するのか、これ? 文章を書くならもっと構成を練らないと破綻するぞ。後、クー・フーリン死に過ぎだろう」

 

「むぅ、ならカドックさんは何か面白いお話が書けるんですか?」

 

「僕がか? そうだな――」

 

 

 

 

 

 

時は20XX年。雪と氷に閉ざされた街ヤガ・モスクワはこの世で最悪の暗黒街と化していた。

マフィアが暗躍し麻薬が横行。公権は賄賂で塗れ権威は失墜し、裏路地には失業者と娼婦と犯罪者が溢れ返る。

ここでは男はタフでなければ、女は強かでなければ生きていけない。

 

『僕の名前はカドック・ゼムルプス。この冷たくも懐が深いヤガ・モスクワで探偵をしている』

 

この街はトラブルの玩具箱。生きていくにはいつだってリスキーで、不運と踊るのも日常茶飯事だ。

カドックの下に奇妙な依頼が舞い込んだのは、そんなある日のことだった。

 

『私を探してください』

 

『大人をからかうのはよすんだ、レディ』

 

いつもと変わらない、冷たい雪が降る夜に出会った不思議な少女。

アナスタシアと名乗った少女からの奇妙な依頼は、やがてカドックを否がおうにも雪の街の暗部へと巻き込んでいく。

 

『彼女はロマノフ家の人間なの。手を引いた方が身のためよ』

 

『だが、彼女の味方になれるのは僕しかいない――』

 

何者かからの脅迫めいた忠告の通り、アナスタシアを狙う悪漢達がカドックの前に立ち塞がる。

敵は異端の技を駆使する狩人達。

根源を目指す魔術師、異端狩りの代行者、魑魅魍魎の血族、謎のイタリア料理人。

 

『その闇を見ろ。そして己が名を思い出せ』

 

『喜べ少年。君の望みはようやく叶う』

 

『出口などない、ここが貴様の終焉だ』

 

『これはいったいどういうことかな?』

 

何故、彼女が狙われなければならないのか。

ヴィイの魔眼とは果たして何なのか。

 

『君を探し出す、そういう依頼だったな。待っていろ、地獄の果てだろうと必ず見つけ出してみせる』

 

真実を知り、依頼人を守るためにカドックは夜の街を走る。

果たして、彼らに真実の朝は訪れるのか。

 

『これは証明だ。さあ、3つ数えようか?』

 

 

 

 

 

 

「――どうだ?」

 

「バリバリのアクションですね。ミステリー要素は申し訳程度です」

 

「ここまで尖っていると逆に微笑ましいというか、懐かしいというか」

 

何故だか、こちらに向けられる2人の視線は哀れみに満ちている気がした。

 

「何だよ? 空想の中でくらい、格好つけても良いだろ!?」

 

「方向性がね、凄くティーンというか」

 

「固ゆで卵がお好みのようです」

 

「タフなアナキストは画になるだろう」

 

途中で捕まって拷問を受けても屈することなく窮地を脱し、公僕とマフィアの両方を敵に回しながらも己の信念を貫くタフガイ。

正義を執行しながらもその手法は悪辣で暴力的。理性的に狂った破滅主義者。実にロックじゃないか。

自分としてはハリウッド映画のような火薬を使った派手なアクションよりも香港映画のような肉体派の方が好ましい。フライングギロチンという武器が登場するカンフー映画があるが、中盤のGEORGE四天王との戦いは正にそんな感じだ。

 

「そういうお前はどうなんだ? キリエライトは古典、僕はサスペンスだ」

 

「カドックさんのはどう聞いてもB級アクションです」

 

「いちいち細かいな。で、どうなんだ? もうネタは出尽くしたぞ」

 

「うーん、そうだなぁ――」

 

 

 

 

 

 

来るべき近未来、人類は聖杯の力でかつてない繁栄を築いていた。

だが、その輝かしい平和の影で激しくぶつかり合う2つの力があった。

世界征服を策謀する秘密結社「BE団」。

 

『我らビッグエリちゃんのために!』

 

かたや、彼らに対抗すべく世界各地より集められた正義のエキスパート達「カルデア」。

そしてその中に史上最強のロボット、ジャイアントバベッジを操縦する1人の少年の姿があった。

名を藤丸立香。

 

『砕け、ジャイアントバベッジ――』

 

 

 

 

 

 

「ちょっと待て、ミステリーどこいった?」

 

物凄く生き生きとした目で立香が語るのは、巨大ロボットのギミックとアクションばかりでミステリーのミの字も出てこない。

一応、ここまでの話の流れは探偵ものをお題として物語のプロットを語るというものだったはず。

マシュは古典的な謎解きミステリーを、自分はハードボイルドな探偵アクションを考えたのだが、立香の考えたプロットはどう聞いても巨大ロボが活躍するカートゥーンか特撮である。

 

「主人公が少年探偵」

 

「ジャイガンターか」

 

「知っているの!?」

 

「目を輝かせるな! ロボは守備範囲外だ。男がメカに頼ってどうする?」

 

「夢と浪漫がわからないかな。燃えるだろ、軋む関節に地響きの音。聳え立つ鋼の巨人」

 

「先輩はバベッジさんと一緒に行動する時は心拍数が上昇します。わかりやすく言うと、メカに興奮するということです」

 

「ドクターの話じゃ、近代以降は英雄よりも兵器が英霊に昇華されやすいらしいから、遠い未来では巨大ロボなサーヴァントが召喚できるかもしれないよね?」

 

彼はまだ知らない。翌年のハロウィンで巨大ロボなサーヴァントが引き起こした事件に巻き込まれることを。

 

「大した妄想だな。本にすれば売れるんじゃないか?」

 

「あー、本気にしてないなその顔は――」

 

不服そうに頬を膨らませる立香に対して、カドックは呆れたように首を振る。

こればかりは趣味嗜好の問題なので、分かり合えることはないだろう。

その時、不意に時計のアラームが12時を告げた。

 

「もうお昼か。マシュはまだ食堂には行けないの?」

 

「はい、もう少しだけ様子をみたいとドクターが」

 

「うーん、残念。カドック、食堂に行こうか?」

 

「いや、僕はこれで済ませるから1人で行ってくれ」

 

そう言ってカドックは懐から固形栄養食品の箱を取り出して見せた。日本の医薬品メーカーが製造している黄色い箱のあれである。

 

「この後、訓練の予定を入れているんだ。罰則のトイレ清掃もあるし時間は有効に――」

 

カドックが包装を破ろうとした瞬間、背後から音もなく忍び寄ってきた何者かが手にしていた黄色い箱を取り上げた。

振り向くと、心なしか険しい顔つきのアナスタシアが立っていた。

 

「アナスタシア、用事があったんじゃ?」

 

「もう終わったわ。それよりもカドック、こんなものばかり食べていたらダメよ」

 

「栄養バランスはきちんと考えている」

 

「なら、最近食べたものを言ってみて?」

 

「えっと……今朝は栄養ドリンクを飲んで、昨日の夜は研究が捗っていたからゼリー飲料で済ませた。昨日の昼はこいつのフルーツ味とプロティンバーを1本ずつ……」

 

「うわぁ、特異点にレイシフトしている時の方がちゃんとしたもの食べているよね。まさか北米から帰ってから?」

 

「ああ、ずっとだ」

 

北米では昼夜を惜しまず働きづめだったので如何に食事を手早くかつ効率的に摂取するかは一つの命題であった。

その時の習慣がまだ抜けきっていないのか、つい食堂へ足を運ぶのを億劫がってこういったもので済ませてしまう。

一応、一日に必要な栄養素はきちんと計算して食べてはいるが。

 

「食事はただ食べるだけではダメよ。ちゃんとしたものを食べていれば心にも栄養が送られて元気になるの。イパチェフ館で過ごしていた時が丁度、そうだったわ」

 

「君が言うと生々しいな」

 

イパチェフ館はアナスタシアが生前の最後を過ごした屋敷の名である。

彼女はそこで2ヵ月ほどを家族と過ごした後、警護兵の手によって銃殺されたのだ。

そんな凄惨なエピソードを引き合いに出されては、さすがのカドックも反論の言葉は持たなかった。

しぶしぶ栄養食品の箱をアナスタシアに預けると、食堂に向かうために椅子から立ち上がる。

 

「わかった、今日は一緒に食べよう」

 

「よろしい。マシュ、また後で来るわね」

 

「はい、がんばってください、アナスタシア」

 

「……?」

 

2人にやり取りに奇妙な違和感を覚えたが、カドックは促されるまま医務室を後にする。

去り際に一瞬だけ視線があったマシュの表情は、何故だか微笑んでいるように見えた。

 

 

 

 

 

 

昼食時の食堂はいつも人で賑わっているが、まだピークの時間には至っていないのか、空いている席が多かった。

厨房を覗くと赤い外套の青年と白装束の女性が慣れた手つきで食材を捌く姿が見え、その周りでは猫なんだか狐なんだかわからない生き物が2人のフォローをしつつ接客を行っている。

グランドオーダーが始まったばかりの頃はまだ彼らがおらず、厨房の手伝いとして野菜の皮むきをしていた事がもう遠い昔の出来事のようだ。

 

「お帰りなさいませだワン、ご主人達。ささ、目つきの悪いご主人はこちらをどうぞ」

 

「って、僕はまだ注文していないぞ」

 

「それはおかしい。そこの真っ白な皇女様が先に注文をしていたぞ。よお、憎いねこの果報者」

 

隣に立つアナスタシアに視線を送ると、彼女は誤魔化す様にそっぽを向いていた。

問い質しても無駄なことは経験で知っているので、カドックは内心でため息を一つ吐くとタマモキャットからトレーを貰って空いている席につく。

自分の注文分を貰ったアナスタシアと立香もそれに続いた。

出された料理を並べてみると、それぞれの嗜好というものがよくわかる。

アナスタシアのトレーにはやや大きめの器に注がれた野菜スープと固めのパン。北国育ちの彼女は煮込み料理を好んで食べる。

席についた彼女は早速、好みの味を出すために備え付けのお酢や塩の瓶を振っていた。

立香のトレーには深めの皿に盛られた麺料理。曰く、うどんというらしい。

生の卵を落として食べるという狂気の産物だ。日本人は魚も生で食べるし発酵させて匂いがきつくなった大豆を白米にかけるなどよくわからない食文化が非常に多い。

中国料理は足があるものなら机以外は食すと言われているが、カドックからすれば日本食の方が遥かにクレイジーだ。

そして、自分の目の前のトレーにはアナスタシアが事前に注文していたという料理が盛り付けられている。

幾つかの料理で構成されたランチセットだ。

賽の目状に刻まれた野菜やゆで卵、鶏肉などをマヨネーズで和えたサラダ。

厚めに切られた冷製サーモン。

白っぽいのは魚のスープだろうか。

メインディッシュは牛肉の煮込みのようだがシチューと呼ぶには肉の比重が多い。付け合わせは揚げたジャガイモである。

香ばしい香りが鼻孔をくすぐり、不覚にも胃が空腹を訴えるように音を立てる。

 

「いただきます」

 

「…………」

 

立香が料理に向かって両手を合わせて一礼し、アナスタシアが胸の前で手を組んで祈りを捧げる。

どちらの習慣もないカドックは2人がそれらを終えるのを待ってからスプーンを手に取ると、迷うことなくメインディッシュの牛肉へ手を伸ばした。

脂身が少なくて柔らかい牛肉は、片手でスプーンを突き刺しただけでも簡単に切ることができた。

口に含むと温かいクリームの香りが広がり、舌全体に柔らかい肉の感触が伝わってくる。

ゆっくりと味わいながら咀嚼し、形がなくなってから嚥下する。

 

(いつもと違うな)

 

こうして机を囲むのが久しぶりだからか、或いはまともな食事自体が久しぶりだからか、食べ慣れたはずの食堂の味がとても新鮮に感じられた。

こちらが片手でしか食器が使えないことを気遣ってくれたのだろか。

料理は全て柔らかく煮込まれ、細かく切られているのでスプーンだけでも容易に食べることができる。

スープも程よい温かさで飲みやすい。ただ、全体的に味が濃いめなので少し胸焼けが起きそうになった。

半分ほどを食べ切ったところで水を飲んで一息を入れると、食堂もいつの間にか人で賑わい出していた。

パッと目についたのはジャックとナーサリーライムの幼女組。2人は子ども向けのランチを食べているようだが、ピラフに立てられた旗を倒さないように四苦八苦しながら食べている姿がとても微笑ましい。

少し離れたところには昼間だというのに酒を飲んでいるドレイクと、そんなドレイクを離れたところから見つめている黒髭の姿があった。

いったいどういう経緯があったのか、レオニダス一世とスパルタクスとフェルグスが同じ席を囲んでいる。暑苦しい上に肌色が多い。近くにいたエリザベートが気まずさで少し距離を取っている。

気まずいといえばこちらも何故か席を並べて黙々と料理を頬張るアルトリアとアルトリア・オルタ。その鬼気迫る食べっぷりは居合わせてしまったモードレッドが思わず引いてしまうほどの迫力だ。あのモードレッドがだ。後から来たアルトリア・リリィなんて泣きそうになっている。

少し前にやってきたエジソンとニコラ・テスラは――調理用の家電は直流と交流のどちらが適しているかで喧嘩を始めていた。

目の前でうどんをすする立香は気づいているのだろうか。先ほどから清姫が少しずつ背後に迫っていることに。

 

「ふむ、ここで会うのは久しぶりだな、カドック(マスター)

 

カドックがトレーを空にした辺りで、厨房から出てきたエミヤがこちらを見つけて話しかけてきた。

 

「ああ、北米から帰ってきてからはずっと自室で食べていたからな」

 

「その辺は皇女様から聞いているよ。まあ、私からとやかく言う権利はないのだろうが、できるのならこういう場に出てきた方が良い。誰かと一緒に食事を取るというのは、ただそこにいるだけでも気持ちが明るくなるものだ」

 

「ああ、そうだな」

 

閉め切った暗い部屋で、作業のように栄養を取るだけでは気づけない暖かさがここにはある。

賑やかな喧騒は煩わしいがだからといって耳障りではなく、色々な味を舌の上で転がす楽しみは栄養剤やゼリー飲料ではとても味わえない。

何だか心が少し軽くなったような気分だ。

 

「ところでマスター、今日のランチはどうだったかな? できれば感想を聞かせて欲しいのだが」

 

「おいしかったよ。さすがはうちのチーフシェフだ」

 

味付けが濃くて胸焼けがしたというのは黙っておく。

エミヤは善意で厨房を手伝ってくれているのだ。そこにケチをつけては彼に申し訳ない。

 

「そうか、それはよかった。彼女も頑張った甲斐があったというものだ」

 

「……? これはあんたが作ったものじゃないのか? ならタマモキャットかブーディカが?」

 

「いいや、そこにいる可愛いお嬢さんさ。労いの一つでもかけてあげるべきだぞ、マスター」

 

意味深に笑いながら、エミヤは手を振って去っていく。

その背中を追う内に何となく立香と目があい、そのまま自然ともう1人の同席者に4つの視線が注がれる。

心なしか頬を赤くしたアナスタシアが、上目遣いにこちらを見つめていた。

か細く震える唇が、ともすれば喧騒にかき消されてしまうような小さな声を絞り出す。

 

「その……みんなに教わって、作ってみたのだけれど……」

 

「君が……作ったのか?」

 

「練習したのよ。ちゃんと練習したんだから……」

 

「どうして泣きそうになっているんだ。ちゃんとおいしく食べれたよ」

 

「うぅ……もっと自信満々にドーンと出すつもりだったのに……」

 

いざ本番を前にして、急に恥ずかしくなってこんな回りくどい出し方をしたらしい。

こちらのことを考えて料理を作ってくれたのは嬉しいが、相変わらず変なところで空回りをする皇女様だ。

カドックは仕方がないと内心で一息を吐くと、悟られぬように気を入れ直して涙目になっているアナスタシアに向き直った。

こういう時は、下手な小細工をするよりも直球で臨んだ方が効果的だ。

 

「ありがとう。おいしかったよ、アナスタシア。できればまた作って欲しいな」

 

「……っ!?」

 

耳元まで真っ赤に染まったアナスタシアは、ヴィイを抱えたまま黙り込んでしまう。

様子がおかしいパートナーを見て、カドックは選んだ言葉が逆効果だったのだろうかと頬を掻いた。

 

「また料理を……これから先も……つまり、それは……ケッ……」

 

「エミヤ!! コーヒー持ってきて!! ブラックで!!」

 

「何だよ藤丸、食事中くらい静かにしろ」

 

「そういうところだぞ、カドックぅ!!」

 

見回すと周囲にいた何人かも同じように厨房に殺到していた。

そして、このどさくさに紛れて清姫はちゃっかり立香の隣に座っていた。

 

「まったく、なんなんだよ」

 

いつまで経っても復帰しないアナスタシアと変なことを言い出す立香にカドックは困惑し首を傾げる。

そうして、その日の休憩は過ぎていった。

 

 

 

 

 

翌日。

その日、立香は1人でマシュの見舞いに訪れていた。

カドックはアナスタシアと共に微小特異点の修正に向かっていて今はいない。

なので遠慮なく昨日の食堂での出来事をマシュに話すことができた。

だが、一通り話し終えた辺りで立香の脳裏にとある疑問が過ぎった。

自分達が北米から帰還してまだ3日と経っていない。

アナスタシアはカドックの食生活を心配してエミヤ達に料理を習ったと言っていたが、彼の食生活が偏ったのは北米にレイシフトしてからだ。

それ以前はきちんと食堂で提供されている料理を食べていたので、彼女の言葉を鵜呑みにすると練習期間が余りに短い。

しかも、帰還直後にマシュが倒れたことでそういうことをしている余裕もなかったはずだ。

 

「あれ、それってつまり――」

 

「先輩、それは野暮というものですよ」

 

豆腐の角に頭をぶつけたくなければ、気づかないふりをしていた方がいいとマシュは言う。

つまり、そういうことなのだ。乙女心というものは何とも難しいものだと立香は改めて実感した。




最初はジョジョのイタリア料理回なことを考えてました。
すぐに挫折して他のプロットと合体した結果が今回です。

次の6章は今までで一番、オリジナルな展開が多くなると思います。
今から賛否がちょっと怖い。

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