Fate/Grand Order IF 星詠みの皇女 作:ていえむ
戦い始めて十数分、もう何度も同じ光景が繰り広げられていた。
白兵戦で劣るキャスターをマシュが庇い、その隙を突いてキャスターは果敢に攻撃を続けるが、その悉くがセイバーの対魔力によって弾かれてしまう。
そうしている内に何度目かの攻撃を受け止めてマシュが吹っ飛び、振り抜かれた剣圧がキャスターを切り裂く。
「どうした、その程度か?」
無様に地に伏す2人を前にして、セイバーは追撃をかけることなく彼女達が立ち上がるのを待っている。
決して油断している訳ではない。
現にその手は聖剣を握ったまま、両の眼は2人の動きを捉えて放さない。
全力を出さないのは2人を試しているからだ。
2人の実力を測り、どこまで自身に立ち向かってこれるのかを見定めているように思えてならない。
そして、立ち上がる度に傷つき土に塗れる2人の少女をカドックはただ見ていることしかできなかった。
攻撃も防御も地力に差がありすぎるため、半端な強化は意味をなさない。
サーヴァントが相手では人間の魔術師程度の牽制などそよ風のようなものだろう。
広く何もない洞窟では利用できるものも何もない。
故に少年にできることは、自分のサーヴァントが1分でも長く存在を保てるよう、僅かな回復をし続ける事だった。
「キャスター、まだやれるか?」
「ええ、何とか・・・」
「わたしも、まだいけます」
再び立ち上がる少女達ではあったが、その声には最早、覇気は感じられない。
キャスターはまだ体力に余裕があるが、マシュは回復が追い付かず肩を大きく揺らしていた。
巨大な盾を何とか構えるのがやっとという有り様だ。
カドックの見立てでは打ち合えるのは後数合といったところ。
それまでにあの騎士王を攻略できなければ、押し切られてこちらの敗北が決定する。
何もできなければ、キャスターが消える。
(っ―――)
何もできなかった。
魔術による援護も、挑発も、陽動も、こちらが講じる策の全てがあの黒い騎士王には通用しない。
ただただ純粋に真っ向から力でねじ伏せてくる。
半端な小細工は通用せず、力の差をまざまざと見せつけられるだけだった。
何もできないまま、後はただ敗北を受け入れる事しかできなかった。
一瞬でもそんな考えが過ぎった事が腹立たしくて、カドックは無意識に左胸を抑えて唇を噛む。
(こんなはずじゃ―――)
目の前では最後の一太刀を受け止めたマシュが放物線を描き、自分の前に倒れ込む。
彼女を庇うキャスターに油断なく向けられる聖剣。
振るわれた黒い刀身はキャスターの氷塊による防御を粉々に打ち砕き、こちらにまで飛び散ったつぶてがカドックの頬を切る。
それが詰みとなった。
未だに闘志を絶やさぬキャスターではあるが、守りの要が動けなくなったのでは騎士王の剣をその身で受けるしかない。
セイバーのチェックメイトが、厳かに宣言される。
「折れぬか・・・ならば応えよう、その瞳に。主を護らんとするその教戒に」
空間すらも捻じ曲げるほどの膨大な魔力が聖剣に集まり、その刀身が輝きで膨れ上がる。
悪寒が背筋を駆け抜けた。
あれを撃たれたら終わりだ。
こちらに受ける術はなく、どこにも逃げ場はない。
キャスターは消え、自分もマシュもオルガマリーも死ぬ。
自分の価値も力も証明できないまま、無意味に散っていく。
恐怖はとっくに麻痺していた。
それほどまでにあの輝きは禍々しく、そして美しかった。
オルガマリーが悲痛な声で叫びを上げ、マシュのもとに駆ける。
キャスターはちらりと振り返り、無言でこちらを促した。
僅かな逡巡。
躊躇う時間が与えられただけでも幸運なのだろう。
カドックは覚悟を決め、自身のサーヴァントに死の宣告を下した。
「キャスター、宝具で僕達を護れ」
小さく首肯し、キャスターは騎士王に向き直る。
迎え撃つべき己の敵を。
静かな決意で持って相対する。
「卑王鉄槌。極光は反転する」
「鷲よ、
膨れ上がった魔力が臨界まで達し、騎士王は聖剣の真名を開放する。
対するキャスターも自身の切り札である宝具の名を紡ぎ、振り抜かれた聖剣の一撃を迎え撃つ。
「
「
瞬間、黒と白の光が視界の全てを覆いつくした。
嵐の具現ともいえる黒い惨劇を受け止めるのは、壮麗なる北国の城塞。
祖国を護り、勇士が集い、時に権謀の巣窟と化したキャスターの生きた時代そのもの。
かつての栄華の再現が、誉れ高き騎士王の剣を真正面から受け止める。
「っ・・・あぁぁっ!」
斬撃を受け止めた衝撃に耐えかね、キャスターは悲鳴を上げる。
光の奔流を受け止めた城塞は、少しずつ融解を始めていた。
長くは持たないとカドックは歯噛みする。
『
それはキャスターの祖国に点在する城塞を幻想で持って再現し、堅牢な防御を成す宝具。
如何なる賊の侵入も許さず、反抗する者には容赦のない制裁を与える血塗られた城。
無辜の民の願いによって未来を奪われ、彼女がその生涯を終えた忌まわしき街。
それ故に、対城宝具には成す術もなく蹂躙されてしまう。
その根幹が城塞であるが故に、聖剣の力には抗う事ができない。
穿たれた穴が少しずつ広がるように、城塞の一角が崩れる毎にキャスターは痛みで悶える。
それでも彼女は己の主を護るために、呪われた城塞を維持し続けた。
(そうだ、この城塞は彼女にとって威光であると共に絶望の象徴。革命に追われ、家族と共に命を奪われた血塗られた城。使いたくなどなかったはずだ。思い出したくなどなかったはずだ。大切な人が殺され、僅かとはいえ自分だけが生き残ってしまった事など)
彼女は人類の滅亡を受け入れた方が楽だと言った。
生前の彼女はどうだったか。
革命に翻弄され、処刑されるその日までをどんな思いで過ごしてきたか。
ああ、それは確かに辛い。
生きる事を諦めた方が遥かに楽だ。
けれど、キャスターは約束してくれた。
自分が諦めなければ、力を貸すと。
その約束に応えようとしてくれているのならば、自分はまだ諦める訳にはいかない。
「マシュ!」
「はい!」
オルガマリーの号を受け、マシュが飛ぶ。
キャスターが全力で稼いだ数秒間が、盾の少女を立ち上がらせたのだ。
振り下ろされたのは十字の盾。
名も知らぬ英霊の力を仮想し、真名を偽装し、その名前を高々に叫ぶ。
「宝具、展開します・・・!」
城塞の前に躍り出たマシュの前方に、巨大な光の壁が出現した。
光の壁は血の城塞を包み込むように広がり、黒い魔力の奔流を受け止め減衰させる。
聖剣の一撃を前にして、マシュの決死の覚悟は怯むことなく前を向く。
その瞬間が、最後のチャンスとなった。
「令呪でもって我が皇女に奉る。キャスター、その眼で騎士王を射抜け!」
右手の甲に鋭い痛みが走り、令呪の一角が掻き消える。
令呪はマスターが持つサーヴァントに対する絶対命令権。
それは時に従者を縛る戒めとなり、時にその力を増大させる源となる。
「ヴィイ、魔眼を使いなさい」
厳かな、絶対的な支配力がこもった宣言が木霊する。
キャスターが常に抱えている形代が、黒いイースターエッグから何かが這い出し、キャスターの背後に立った。
その黒い異形の頭部には炎が灯るかのように青白い双眸が広がり、その視線が黒い騎士王へと向けられる。
そして、大空洞は絶対零度の地獄と化した。
「我が霧氷に、その大いなる力を手向けなさい『
ヴィイ。
それは東スラブ神話における死の眼を持つ地下世界の生物。
小人の親玉、或いは吸血鬼と伝えられ、地面にまで垂れた鉄の瞼を持つという。
魔物達が身を隠した僧を見つけ出すためにその瞼を開けると、ヴィイはたちどころに隠れた僧を見つけ出した。
それがキャスターの能力の正体。
彼女が契約した北国の精霊。
その本質は、あらゆる虚飾を暴き立て、因果律すらも捻じ曲げて弱点を創出する事。
ヴィイの視線は黒い奔流をかき分け、その剣を振るうセイバーを見透かし、驚愕する彼女の肉体を凍り付かせていく。
同時に爆発のような極寒のブリザードが聖剣の光を飲み込み、勢いに押されたマシュが地面に倒れ込んだ。
「や、やったか?」
魔力の消耗から片膝を突いたカドックは吹雪の向こうを見据える。
視界が晴れると、聖剣ごと右腕を凍らされた騎士王がそこにいた。
鎧は弾け飛び、全身が凍傷を起こして壊死しかけている。
だが、それでもまだセイバーは立っており、こちらに反撃せんと腕に力をこめている。
「ここまで・・・か・・・・」
「いや、よくぞここまで持ちこたえた」
蒼い風が駆け抜ける。
どれほどの死闘を繰り広げたのか、衣を脱ぎ捨て、傷だらけになりながらもアーチャーを下したクー・フーリンが目の前に降り立った。
お前はここまでよくやった、後は任せろと肩を叩く。
それが自虐的なカドックに取ってどれほどの救いになるのか、彼は知らなかった。
カドックはただ静かにキャスターに寄り添い、戦いの結末を見届ける。
クー・フーリンの宝具。
彼が召喚した木々の巨人が凍り付いたセイバーを拘束し、諸共に燃え尽きていく。
炎が消えた後に残されたのは、霊核を焼き尽くされ、四肢の消滅が始まった黒い騎士王の姿だった。
多分、次回か次々回あたりで冬木のエピローグにいけるはず。