Fate/Grand Order IF 星詠みの皇女   作:ていえむ

61 / 122
神聖■■■■エルサレム 第2節

炎の燻る荒野の一角に、小さな土の山が築かれている。

ほんの少しだけ地面より盛り上がっているその山は、黒い狂戦士によって殺された人々の墓だった。

バーサーカーを辛くも退けたカドック達は、立香とマシュの提案で犠牲となった彼らを埋葬することにしたのである。

灼熱の炎天下の中、ロクな道具もない作業ではあったが、文句を言う者は誰一人としていなかった。

穴を掘り、遺体を運び、再び土を被せて弔いの祈りを捧げる。

墓標はなかった。あれば人食いどもに墓を荒らされてしまう。

聖地を追われ、安全な場所を求めて荒野を彷徨った難民達の行きついた果てがこの墓標のない墓では居た堪れない。

それでもここに埋葬するしかなかった。

疲れ果てた彼らはおろか、自分達ですら大勢の遺体を安全な場所にまで運ぶ余力はない。

せめて人食いや魔獣に食い荒らされぬよう、偽装を施すのが精一杯であった。

 

「改めて礼を言いましょう。きっと彼らの魂も報われるでしょう」

 

白面の暗殺者――ハサン・サッバーハがこちらに向き直り、改めて頭を下げる。

 

「いや、こちらこそ助けてもらって感謝している。あんた……あなたが来てくれなければ危なかった」

 

「楽で結構ですよ。作法は大事ですが、礼は言葉ではなく姿勢に表れるもの。ましてやあなた方は恩人だ。気を害する者などおらぬでしょう」

 

(見た目と違って物凄く低姿勢だな、この暗殺者)

 

ハサン・サッバーハ。

暗殺教団とも呼ばれる宗教教団の教主の名として代々襲名されてきたものであり、呪腕のハサンと名乗るこの男もその内の1人である。

彼の話によれば他にも数名のハサンがこの時代に召喚されており、同胞が住まう山の集落を守っているらしい。

バーサーカーに襲われた一団は住んでいた集落が十字軍に襲われ、他の集落へと逃げる途中だったらしく、呪腕のハサンは彼らの護衛を亡くなったハサンから引き継ぐために駆け付けたとのことだった。

 

「すみません、俺達がもっと早くに気づいていれば――」

 

「いえ、あなた方がいなければ誰一人として助からなかったでしょう。聞けば人理修復のためにはるばる未来からやってきたとか?」

 

「はい。この時代を歪めている元凶を突き止め、正すのがわたし達の目的です」

 

「本来ならば私もあなた方に同行するべきなのでしょうが、この同胞達を放っておく訳にもいきません。せめて私が知る限りのことをお教えしましょう」

 

呪腕のハサンが語った内容は、少し前にカドックが野盗達から聞き出した話と概ね一致していた。

違うのはより詳細に時系列が整理されていたことだ。

彼の話によると、元々は十字軍とこの中東の民との間で聖地を巡る争いがあり、その争いに太陽王オジマンディアスが突如として介入したとのことだった。

オジマンディアスとは紀元前十四世紀から十三世紀頃の人物であり、古代エジプト最大最強の大英雄にして広大な帝国を統治した偉大なファラオだ。

彼の介入と共に中東の一角は砂漠に覆われてしまったが、十字軍は壊滅状態に陥り聖地から撤退。これにより聖地を巡る争いは終結すると誰もが考えていた。

だが、程なくして獅子心王を名乗る人物が十字軍を再編し、再びエルサレムに戻ってきたのである。

新たな十字軍は太陽王の軍勢と互角の兵力を有しており、陥落した聖地は彼らの手で聖都として要塞化。

太陽王との戦いも膠着状態に陥り、今に至るとのことだった。

 

「異教徒とはいえ十字軍も人間。そう思っておりましたが、最早奴らは同じ人とは呼べぬ外道です。奴らは聖地を要塞化し略奪を働くだけでなく、生き残った人々を捕まえては連日、聖都に連行しています。中で何が行われているのかはわかりませんが、定期的に中から遺体が運び出されていることを考えると、余りよい想像はできませんな」

 

ハサンは忌々しいとばかりに拳を握る。

確かに聞いていていい気分のしない話だ。

聖地を要塞化するという神をも恐れぬ所業。

現地の人間からの略奪と強制連行。

十字軍達はこの地で我が物顔に振る舞っている。

一方で太陽王も太陽王でこの地の人々を積極的に救済することはない。

彼はあくまでエジプトのファラオとして十字軍と敵対しているだけであり、思想的にもハサン達とは相いれない。

結果、ここ中東では十字軍と太陽王が争い合う中で、ハサン達を中心とした山の民がゲリラ活動を行っているという状態であった。

 

「確か、正しい歴史では十字軍は撤退したのよね?」

 

「ああ。だが、奴らは獅子心王という人物を擁立して帰ってきた。となると、十字軍がこの時代を歪めていることになるわけだが……」

 

野盗達も十字軍は世界を焼こうとしたと言っていた。

この言葉に偽りがなければ、既に十字軍は自分達が知る歴史の十字軍とは大きくかけ離れている可能性が高い。

だが、その指導者として君臨している者の名が引っ掛かった。

獅子心王という名はリチャード一世の別名である。彼は第三回十字軍で勇名を馳せた中世ノルマンディーの君主にしてイングランドの王であり、誉れ高い騎士としての逸話や冒険譚を数多く持つ人物だ。

根っからのアーサー王フリークであるリチャード一世は騎士道を重んじると共に冷徹なリアリストでもあり、また宗教的偏見も薄いため異教徒に対して苛烈な弾圧を行うような人柄ではない。

もちろん、実際のリチャード一世が偏屈な民族主義者でそれが伝わっていなかったという可能性もあるが、カドックはどうしても彼の獅子心王が十字軍を率いていることが信じられなかった。

加えて煙酔のハサン率いる難民を襲撃していたバーサーカーが持っていた近代兵器の数々。

本来ならばこの時代に存在しないものを、彼はどうやって手に入れたのか。

何かを見落としているような、釈然としない不安がカドックの胸中に渦巻いていた。

 

「ハサン殿、こちらは準備が整いました」

 

「うむ。では、煙酔のに代わり後の護衛は私が引き受けよう」

 

「色々とお世話になりました、ハサンさん」

 

「いえ、こちらの方こそ。何かありましたら北の山岳地帯へ来なされ。約定により詳しい場所は明かせぬが、山に入れば我らが巡らす網にかかるでしょう。できる限りの援助をすることを約束致します。それと十字軍は太陽王の神獣に匹敵する魔獣を番兵として飼い慣らしているようです。できるなら近づかないことをお勧めしますが、どうしても行くというのなら無理だけはなさらぬように」

 

「感謝する、呪腕のハサン。生憎、祈る神を持たない身だが、みんなの無事を祈っているよ」

 

「いえいえ。それでは」

 

一礼したハサンは難民達を連れて北の山に向かって歩み出す。

その背中をしばらく見送った後、カドック達もまた当初の目的地である東の聖都に向けて歩き出した。

ここからなら休息を挟んでも2日とかからないだろう。途中、何度か魔獣に遭遇したが、幸いなことに野盗に出くわすこともなく旅は順調に進んでいく。だが、延々と続く草木のない荒野は4人から少しずつ体力を奪っていった。湿度こそないがまるでフライパンで熱せられているような暑さが常に付きまとい、たまに吹く風も砂混じりでお世辞にも心地よいとは言えない。スタミナに乏しいカドックと外反母趾を持病に持つアナスタシアの歩みはいつしか少しずつ立香達から遅れだし、日が完全に沈む頃には立ち上がるのもやっとという有り様になっていた。

 

「くそ……このくらいの運動で……」

 

『はいはい、無理しないでアイシングしてね。ただでさえ君は体に負担が溜まりやすいんだから』

 

通信の向こうにいるロマニから呆れ交じりにドクターストップをかけられ、その日の行軍は終了となった。

アメリカでは移動手段として馬や馬車があったのでそう気にならなかったが、やはり体力の低下は深刻なようだ。こればかりは時間をかけて体を慣らしていくしかないとはいえ、このままではみんなの足手纏いになってしまう。

名誉挽回とばかりにカドックは魔獣除けの結界を張ると、立香と協力して今晩の寝床の準備を行う。女性陣はその間に夕飯の準備だ。食事が済んだら夜明けまで交代で仮眠を取ることになっている。

 

「結界張るのも随分と早くなったね。最初の頃は結構、時間かかってたのに」

 

「実践に勝るものなしという奴だな。今の僕なら即席麺も10秒で食べられるようにできるぞ」

 

自分で言っておいてなんだが、根源を目指す魔術師としてそれはどうなのだろうか。

グランドオーダーが始まってもう1年近くになり、様々な魔術の開発や改良を行ったが、代々の研究成果はグランドオーダーではまるで役に立たず、魔術師としてはどうでもいいような魔術ばかりが上達していく。

自分は神秘の探求者であり、代々と続いた英知を積み重ねることで根源を目指すはずが、どうして肉の臭みを取る魔術や水を使わずに保存食を戻す魔術なんてものを身に付けているのだろうかと、時々は自分を問い詰めたくなる。

 

「いいさ、全てが終わったら今まで僕を馬鹿にした連中に特製の野外料理をお見舞いしてやるさ。どぉんどんおみまいしてやるさ……」

 

「カドック、何だか目が怖いよ。その料理大丈夫なんだろうね?」

 

「お前も道連れだからな。アシとして手伝え!」

 

「えー、俺は関係ないだろ」

 

「なくないだろ。お前は僕の――」

 

そこまで言いかけて、カドックは喉元まで出かかった言葉を飲み込んだ。

勢いに任せて自分は何を言おうとしていたのだと我に返り、羞恥から顔が真っ赤になる。

今まではずっとその感情を否定し続けてきた。

自分は魔術師だし、それを抜きにしてもこいつにだけはそんな気持ちは抱くことはないと思っていた。

けれど、アメリカでの一件以来、彼への見方が変わりつつある。

行動を共にし、一緒に訓練を行い、空き時間はくだらない話で時間を潰し、時々は意見の食い違いから喧嘩を起こす。

今までの自分の人生の中にはなかった関係。

それはまるで――――。

 

「カドック? どうしたの? 何を言いかけ――」

 

不思議そうにこちらを覗き込む立香の顔を見て、思わず苛立ちが込み上げてくる。

自分は何て馬鹿なことを考えているのだろうかと呆れかえり、反射的に手が出てしまった。

 

「うるさい、何だかその顔がイラつく!!」

 

「まー! 首! 首がぁ! 俺、何かした!?」

 

疲労と苛立ちでテンションがおかしくなったカドックの容赦のないアームロックが立香を襲う。

その様子を少し離れたところから、女性陣が冷ややかな目で見つめていることに2人は気づかなかった。

 

 

 

 

 

 

おかしなことを言い出して立香に絡む自分のマスターを見て、果たしてあれは仲良くじゃれ合っていると表現しても良いのだろうかとアナスタシアは頭を悩ませた。

彼はどちらかというと引きこもり気味なので、他人と親交を深めてくれるのは非常に嬉しい限りなのだが、あそこまで壊れた姿はあまり見たくはなかった。

 

(何をやっているんだか)

 

弟のアレクセイはあんな風に暴れることはなかった。

まあ、そもそも周りは自分を含めて女性の姉妹ばかりな上に血友病を患っていたので余り無理な運動はできなかったせいもあってか、幼少時の弟は内気な性格であったが。

それでも10代に差し掛かると軍隊への強い憧れを持つようになり、食生活の改善も行ってとても強い男の子に育っていった。

そんなアンバランスな人となりはどことなくカドックに近しいものがあり、彼と一緒にいるとついアレクセイのことを思い出してしまう。

13歳で非業の死を遂げた皇族。そんな可哀そうな弟がもしも無事に年を重ねることができたのならば、ひょっとしたら彼のように意地っ張りでひたむきな少年になっていたのかもしれない。

 

(考えても仕方のないことだけれど)

 

これ以上は何だか気持ちが落ち込んでしまうかもしれないと思い、思考を切り替えることにする。

とりあえずカドックの分の非常食にはマスタードを大目に混ぜておいて、後は何を仕込もうかと考えながら隣で焚火の番をしているマシュに話しかけた。

 

「そういえば、あのバーサーカーと戦っている時のマシュは、何だかいつもと違う感じがしたわね」

 

見かけによらず戦闘時は勇ましいマシュではあるが、あの黒いバーサーカーと打ち合っている時はいつもと何かが違っていた。

いつだって敵を倒すことよりもマスターや仲間を守ることを優先する彼女が、あの時ばかりは前のめりな姿勢を見せていた気がする。

バーサーカーの所業を許せないという気持ちは自分にもあったが、それとは少しだけ違う、言葉にできない違和感をアナスタシアは感じ取っていた。

 

「どうなの、マシュ?」

 

「そうですね。思い返すと自分でもそんな気がします。あの黒い狂戦士。バーサーカーと対峙すると、胸の底で何かがざわつくというか」

 

戦っている時も、正面から打ち合う自分をどこか他人のように見下ろしている自分がいるとマシュは言う。

見下ろしている方の自分は何かを訴えるように声を張り上げているのだが、何を言っているのかはマシュ自身にもわからない。

戦うこと自体に支障はないとはいえ、こんなことは今までになかったことのため、マシュ自身もどう捉えて良いのかわからないようだ。

 

「ひょっとしたら、わたしと融合した英霊が何か関係しているのかもしれません」

 

「マシュと融合した英霊。真名はわからないの?」

 

「はい。自分でも調べてはみたのですが、融合実験のことはわたしのクリアランスでは閲覧できなくて。いえ、そもそも召喚された英霊の真名をカルデアが把握しているかどうか」

 

「こればっかりは私の魔眼じゃ視えないものね」

 

「真名がわかれば宝具も十二分に使いこなせる……と思うのですが」

 

今のマシュは宝具を仮想登録し、疑似的に力を引き出しているに過ぎない。

それでも十分に強力な宝具なのだが、戦いが激しくなるにつれて敵の宝具に対して力負けすることが増えてきたのも事実だ。

彼女としては自分が足手纏いにならないかと不安で仕方がないのだろう。

 

「大丈夫。マシュが宝具を使いこなせなくても、私の城塞があります。足らないのならみんなで力を合わせましょう。私たちはチームなのですから」

 

そう言って、アナスタシアはマシュの頭を優しく撫でる。

遠い日の彼方、まだ家族みんなで平和に過ごせていた頃に父母や姉にしてもらい、妹や弟に自分がしてあげたように、柔らかいマシュの髪の毛を優しく撫でる。

この二度目の生でできた大切な友達。彼女が悩んでいるのなら力になりたい。彼女の不安を払拭できるのなら、いくらでも自分が慰めよう。

戦う以外で自分が彼女達に返せるものなど、これくらいしかないのだから。

 

「さ、夕飯にしましょう。いい加減、私達のマスターが首を長くして待っているわ」

 

「ふふっ、そうですね」

 

暗闇の荒野で焚火を囲み、中東での初日の夜が更けていく。

魔獣はおろか小動物すらいない静かな夜であった。

明日はまた聖都に向けての旅が続くのだが、いったいそこではどんな困難が待ち受けているのだろうか。それは誰にもわからなかった。

 

 

 

 

 

 

どことも知れぬ闇の中、その男は鎖に縛られた狂戦士を見下ろしていた。

漆黒の全身鎧。今は消耗から宝具の力も失われており、その姿をハッキリと見ることができる。

いつもならば狂気に囚われた咆哮を上げて暴れ回るのだが、今の彼はまるで借りてきた猫のように大人しい。

それもそのはず。その左胸にはあるべき心臓が存在しないのだから。

 

「おお、バーサーカー。お前がここまで痛めつけられるとは」

 

生前、狂った逸話を持つこの英霊は精神を蝕むタイプの宝具と非常に相性が良かった。

余りに相性が良すぎたせいで、こちらの宝具のよる加護を受けた瞬間、彼の霊基は変質。

本来はセイバーとして召喚されていたこの騎士は浅ましい狂戦士へと成り果て、バーサーカーとして見境なく暴れ回る狂犬と化した。

故に男はこのバーサーカーを野に放ち、未だに生を永らえているこの地の民を殺す役目を与えた。

如何に自分が狂っていたとしても、この狂犬を囲い込むことに対するリスクがわからないほどではない。

彼には最低限の命令と装備だけを与え、後は好きなだけ暴れてもらうのが一番だ。

彼自身の望みが果たされるその日まで、永遠に。

 

「何だ、たかが心臓が潰されただけではないか。では、新たな心臓を与えよう。なに、紛いものだがきちんとサーヴァント用に調整されたものだよ。地獄のような苦しみが伴うだろうが、君には麻酔なしで埋め込んであげよう」

 

「Arrrrrr……Uaaaaaaaaa!!」

 

「はははっ! さあ、狂うがいいバーサーカー! 君の望みが果たされるその時までね!」

 

偽りの心臓を埋め込まれる痛みにバーサーカーは悶え、苦悶の悲鳴を漏らす。

その様を愉快そうに見つめているはずの男の顔は、その声に反して何故だか能面のように冷め切っていた。

 

 

 

 

 

 

聖地エルサレム。

本来であるならばこの中東の民にとっても西洋諸国の人間にとっても宗教上において重要な意味を持つ土地だ。

人々はこの地を敬い、日々の祈りや巡礼の旅を何よりも尊いものとした。

だが、その神聖な土地は今、荒野にそびえる武装都市とかしていた。

高い外壁に囲まれ、その上部にはいくつもの銃座や見張り櫓が並ぶ。甲冑姿の騎士が巡回しているのが下からでも見て取れた。

外壁は不自然な凹凸がいたるところにできている。何らかのレリーフなのだろうが、ディティールが大きすぎて何を彫られているのかはわからない。

ひょっとしたら単に登攀防止のための細工なのかもしれない。

そして、何よりも身の毛がよだつのが周囲に気づかれている死体の山だった。

無造作に並べられた亡骸は白人も混じってはいたが、大多数が中東の民だ。

女性や子ども、老人の遺体も見境がなく積み上げられている。銃殺された者、首や手足をはねられた者、腹を割かれた者、そもそも人としての形を残していない者。

無数の肢体がゴルゴダの丘のように積み重ねられており、それを見たカドック達は余りに凄惨な光景に思わず息を呑んだ。

胃の中の何かが逆流してくる。吐き出さなかったのは単なる意地だ。

今までも多くの死体を目にしてきたが、ここまで惨たらしい光景は見たことがない。

 

「――とまあ、こういう状態なわけさ。わかったかい、旅の人?」

 

「ああ、よくわかったよ。道案内ご苦労」

 

「何、自分の命は大事だからな。悪いことは言わないから、あんたらもあの街には近づくんじゃねぇぞ」

 

カドックに縄を解かれると、縛られていた手首の感覚を確かめながら男は言う。

彼は道中で襲いかかってきた野盗の1人だ。元ムスリム商人らしく言葉も流暢で頭も回るため、捕まえて聖都までの道案内を行わせたのである。

 

「ほら、さっさと行け」

 

「へいへい。そんじゃ御達者で」

 

男が立ち去るのを待ってから、カドックは周辺に人払いの結界を張った。

既に日が暮れてから久しいが、念のためだ。

ここからは完全に十字軍の縄張りだ。迂闊な行動をして連中の目に止まってしまえば目も当てられない。

呪腕のハサンの話では十字軍は神獣に匹敵する魔獣を番犬として使役しているらしいので、中に潜り込むにしても何か作戦が必要だ。

 

「アナスタシア、中の様子は?」

 

「……ダメね。何らかの「視られる力」が働いているみたいで、壁の向こうを透視できません」

 

『こちらからも観測は不可能だ。少なくとも大勢の人と大きな魔力の反応があることはわかるけれど』

 

後は直接、中を見ないことには探れないらしい。

闇に紛れて巡回の騎士の1人でも捕まえられれば暗示で内情を聞き出せるのだが、そううまくいくだろうか。

 

「とりあえず、まずは偵察を送ろう。使い魔を作るからネズミやカラスがいないか探して――」

 

言いながら、何気なく聖都の外壁を見上げたカドックは、あるものを見つけて言葉を失った。

 

「っ――!!」

 

有り得ない。

ここにいるのは十字軍のはずだ。

イングランド皇太子が十字軍国家を攻撃されたことに対する報復として組織された軍隊。

仮に指導者がリチャード一世であったとしてもその流れを汲む以上、組織の主流はイングランドであるはずだ。

だからこそ、あの旗はありえない。

風になびくあの意匠の旗だけは絶対にありえないのだ。

仮にあの旗が真実なのだとしたら、ここにいるのは最早、十字軍などではない。特異点によって歪められた偽りの十字軍だ。

であるならば、その指導者である獅子心王の正体とは――――。

 

「カドック、あれは俺でも知っている。俺でもあれがヤバい奴だってことはわかる」

 

「あそこにいるのはリチャード一世ではない」

 

「聖杯からの知識のおかげでわかります。十字軍を再編したという獅子心王の正体が」

 

「ああ、あれは――」

 

言いかけたその時、カルデアからの通信が入った。

 

『みんな、聖都に向かって何かが近づいてきているぞ。大勢の人間の反応が動いている』

 

端末に地図が表示され、指摘された方角を見てみると騎士の一団に護衛された馬車が荒野を走っていた。

護送車か何かだろうか。木ではなく鉄でできたその荷台は馬車と呼ぶには非常に大きく、大型のワゴン車並かそれ以上の大きさであった。

造りとしては運搬用のキャラバンに近いが、あれほどの大きさなら10トン近い荷物が積めるはずだ。

 

「カドック、あれは……」

 

「ああ……」

 

カドックの隣で立香が手の平に爪を食い込ませ、マシュとアナスタシアの顔が蒼白になる。

馬車の荷台に積まれていたのは人間だった。

男性も女性もいた。

老人も子どももいた。

中には服を着ていない者もいた。

彼らはまるで荷物か何かのように荷台に押し込まれ、積み上げられていた。

狭い荷台の中で動くこともできず、生死の境を彷徨う虜囚。

それでも僅かに残った生への欲求が助けを求めているのか、鉄格子から手を伸ばして言葉にならない呻き声を上げている。

 

「……っ!」

 

「行くな! 僕達の使命はこの特異点を修正することだ。今、出て行って彼らを助けても十字軍に目をつけられるだけだ」

 

「けどっ!」

 

「せめてチャンスを待て。こんなところで騒ぎを起こせば聖都から増援が来てあっという間に囲まれる」

 

『藤丸くん、ボクも同意見だ。悔しいけれど、今は状況が悪い」

 

「…………」

 

納得しきれないのか、悔しさから握り締めた立香の拳から赤い雫が落ちる。

またアナスタシアも聖都へと運ばれていく馬車の荷台の人々を見て生前のトラウマが呼び起こされたのか、血の気が失せた唇が小さく震えていた。

居た堪れない2人の姿を見ていられなくなったカドックは、何とか彼らを助けることはできないものかと知恵を巡らせた。

自分とて悪魔ではないつもりだ。不当に扱われている者を見て胸が痛くなる程度の良心は持ち合わせている。だが、今の自分達の手持ちの戦力だけではどうやっても彼らを無事に助け出す方法が思いつかない。

一気に奇襲をしかけ、混乱している内に馬車を奪って逃亡する。

言葉にすれば簡単なのだが、あれだけの人数が押し込まれた馬車では大した速度は出ない。

追手に追いつかれるまでにどれだけの距離を稼げるのか。問題なのはその一点だ。

思考がループし、ただ時間だけが無為に過ぎていく。

そして、4人の誰もが彼らを見捨てるしかないのかと絶望に顔を沈めかけたその時、西の空から獣の咆哮が轟いた。

 

「見てください、何かが飛来します!」

 

『高密度の魔力反応! これは竜種か? いや、違うぞ!』

 

「視えた。人の顔の……獅子!?」

 

「スフィンクスか!?」

 

エジプト神話に伝わる王家の守護聖獣。天空神ホルスの地上世界での化身であり、獅子の体と人の貌を持った幻想種だ。

位階こそ竜種に劣るものの、その秘められた力は場合によってはそれを上回ることもある危険な存在だ。間違っても人の身が挑んで良いものではないし、こんなところを飛び回っているのもおかしい。

まさか太陽王の斥候だろうか。スフィンクスの連隊は聖都に向かってまっすぐ飛来すると、その身に炎と暴風を纏って聖都の外壁に体当たりを仕掛けてくる。

たちまちの内に聖都から脅威の襲来を告げる警報が鳴り響き、外壁のあちこちから松明の火が上がる。

だが、弓矢や銃座での攻撃では神獣に対して傷一つつけることはできない。我が物顔で暴れ回るスフィンクスを相手に迎撃に出た騎士達は成す術もなく屠られていき、護送車を護衛していた騎士達も危険を感じて聖都に近づくことができないでいる。

 

「カドック!」

 

「ああ。やるからには全員、助けるぞ。僕が馬車を奪うまで援護してくれ」

 

聖都との距離こそ近いが護送車を守る者は僅かに数人。

他の騎士達はスフィンクスの迎撃の加勢に向かっており、今ならば馬車を奪うのは容易だろう。

そう思って駆け出したカドックではあったが、次の瞬間、衝撃的な光景を目にした。

なんと、聖都の外壁が突如として動き出したのだ。

レリーフだと思っていたものは、巨大な禍々しい生き物だったのだ。

いくつもの節と無数の足を持つ害虫。

実に壁を七巻き半もする巨体。

有り得ざるほど巨大な大百足が聖都の壁に巻き付いていたのだ。

 

(あれがハサンが言っていた魔獣? 何て巨大な化け物だ!?)

 

確かにあの大きさなら神獣に匹敵する力を持つかもしれない。

向かい合って互いに威嚇する光景はまるで出来の悪いモンスター映画か何かのようだ。

 

「カドック!?」

 

「作戦は続行だ!」

 

戸惑う立香を一喝し、ぶつかり合う巨体を尻目に荒野を走る。

戦いは一進一退ではあるが、数の利と小回りが利く分、わずかにスフィンクスの方が有利なようだ。

襲いかかる大百足の巨体をするりと躱してがら空きの胴体に爪を食い込ませ、炎で焼き切る。

周囲一帯に鼻が曲がりそうになるほどの異臭が漂い、仲間であるはずの騎士達からも悲鳴が轟く。

 

「今日は少し押されているな」

 

「今日はまだエサになる竜種を与えてないからな。腹を空かせているんだ」

 

「なら太陽王の飼い獅子は丁度いい朝飯か。エサをやる手間が省けるってもんだ」

 

「むっ、何だあいつら? 実験体を連れ去る気か! おい、円卓を呼べ! あいつにはお似合いの汚れ仕事だ!」

 

大百足とスフィンクスの戦いを見守る騎士の言葉を聞き、カドックは己の耳を疑った。

あの大百足は竜種を食すというのだ。最強の幻想種であり、この世界の頂点に君臨する生き物と呼んでも過言ではないあの竜種を奴は食べているのだ。

ならばあの大きさにも納得がいくと同時に、その所業のおぞましさに背筋が凍り付いた。

もちろん、今は恐怖に震えている暇はない。

既に先行したマシュが騎士達と戦闘を始めている。アナスタシアの援護もあり、騎士達はロクな反撃をする暇もなく制圧されていく。

聖都の連中には気づかれてしまったようだが、スフィンクスと大百足が暴れている限りはこちらを追うのも容易ではないだろう。

 

「よし、これなら――」

 

瞬間、暗い夜空を引き裂く灼熱の閃光が頭上を駆け抜けた。

 

「なっ――!?」

 

そこには1人の騎士が立っていた。

本来は白亜であるはずの鎧は所々が黒く淀み、端正な顔立ちは見る影もなく歪んでいる。

聖都の正門の前に陣取ったその男の手には一振りの剣が握られており、その意匠にカドックは見覚えがあった。

自分が最初にレイシフトした冬木市の大空洞。そこで大聖杯を守護していた黒き騎士王が持つ聖剣とその剣は非常に酷似していた。

 

『観測した魔力数値はAランク相当。データベースに類似した波形あり。騎士王の宝具『約束された勝利の剣(エクスカリバー)』と45%の一致が出ている!』

 

「『約束された勝利の剣(エクスカリバー)』……だと!? なら、あの剣は……あの男の名は……円卓の……サー・ガウェイン!?」

 

アーサー王伝説に登場する円卓の騎士が1人。アーサー王の甥にしてもう一人の聖剣の担い手であり、王の影武者とも言われた男。

完全なる理想の騎士。或いは太陽の騎士と呼ばれるその男の名はガウェイン。そして、その彼が所有する聖剣こそ湖の乙女によってもたらされたエクスカリバーの姉妹剣ガラティーン。

転輪する勝利の剣(エクスカリバー・ガラティーン)』だ。

その灼熱の剣閃はスフィンクスの一体を焼き尽くすと、カドック達が乗り込もうとしていた馬車のすぐ真横を駆け抜けて大地に巨大な亀裂を作り出す。

 

「カドック!!」

 

「ああ、さっさと逃げるぞ」

 

「マシュ、時間稼いで!」

 

「はい、マスター!!」

 

残るスフィンクスを大百足に任せ、ガウェインが憤怒にも似た表情を浮かべて大地を疾駆する。

一歩一歩が大地を抉るかのような跳躍で一気に距離を詰めたガウェインの聖剣がマシュの盾とぶつかって火花を散らした。

その後ろでは御者台に乗り込んだカドックが手綱を引いて馬車を反転させており、背後についたアナスタシアと立香が追いかけてくる騎士達を牽制する。

予想外で事態はあったが、事は順調に運んでいる。

どうやらガウェインは十字軍によって何かしらの処置を施されているようで、半ばバーサーカー化しているようだ。

攻撃は苛烈ではあるがその剣筋に冴えはなく、マシュでも何とか打ち合えている。

今が夜なのも幸いした。伝説通りであるならばガウェインは昼間の間、その能力が3倍にまで跳ね上がる特殊体質を持っているはずだ。

 

「……にげ……な、さい……」

 

「ガウェイン卿!? 意識が……」

 

「にげ……う、ぐあぁ、Guaaaaaaaaa――!!!」

 

マシュと打ち合いの最中、急にガウェインは己の胸を押さえて苦しみだす。

直後、凡人の立香ですら感じ取れるほどの濃密な魔力のうねりがガウェインの体から迸った。

同時に焼けつくような熱量が拡散し、諸にその熱を受ける形となった荷台の捕虜達から悲鳴が上がるのをカドックは聞いた。

 

『何なんだこれは!? ガウェインの魔力量がどんどん上がっていくぞ。それにこの熱量は太陽に匹敵する! こんなことがありえるのか!? ガウェイン卿の体内には太陽が存在する!?』

 

痛みに苦しむガウェインの胸から手が落ちると、マシュはそこに禍々しい深紅の輝きを見た。

ガウェインの左胸。丁度、心臓に位置する場所に煌々と燃え滾る深紅の球体が埋め込まれていたのだ。

その球体から迸る熱量がガウェインの胸を焼き、痛みで理性が喪失しているのである。

あれは太陽だ。

外法の術で埋め込まれた偽りの太陽がガウェインの体に埋め込まれている。

それにより夜でありながら、ガウェインは能力が3倍となるスキル「聖者の数字」の恩恵を受けているのだ。

その代償は肉体への負担と精神への苦痛。

如何なサーヴァントといえど太陽の熱量には耐えられない。

彼はそれを無理やり埋め込まれ、力を代償として死の苦痛を受けているのだ。

 

『あんな無茶苦茶な強化じゃ長くは保たない! いずれは霊基が焼き切れるぞ!』

 

「なら、それまで耐えられれば……」

 

「そううまくいくかはわからないが――くそっ、聖剣がくる! 藤丸、キリエライトにありったけ強化をかけろ! キリエライトは戻ってキャスターと宝具を使うんだ!」

 

言い終わる寸前、再びガウェインの手にした聖剣に魔力が収束していく。

本来ならば一切の不浄を焼き払う焔の聖剣が、今は禍々しい深紅の輝きを放っている。

既に精神は限界を迎えているのか、ガウェインの顔には醜く血管が浮き出ており、瞳からは理性の光が消えている。

言葉にならぬ真名解放と共に大量の吐血が鎧を汚し、まるで倒れ込むかのように振り抜かれた剣閃が大地を薙ぐ。

 

「Guaaaaaaaaaaaa――!!!!!」

 

魔力の放出と共にガウェインの体は荒野に倒れ伏す。

聖都から逃げる馬車を追う炎の閃光。

まっすぐに向かう死の刃を前にして、馬車の荷台に降り立ったマシュはアナスタシアと並び立って自身の盾を構え直した。

不思議と恐怖はなかった。

恐ろしい威力を誇る聖剣を前にして、以前の自分ならば震えていたであろう。

だが、今は頼れる仲間がいる。

そして、この旅で培ってきた絆と確かな力が自分にはある。

だから、貶められた円卓の騎士になどは絶対に負けない。

負ける道理がない。

 

「仮想宝具展開! 『人理の礎(ロード・カルデアス)』!」

 

皇帝(ツァーリ)の威光をここに! 『残光、忌まわしき血の城塞(スーメルキ・クレムリ)』!」

 

顕現した盾と砦が聖剣の光とぶつかり、空間を揺るがすほどの衝撃が起こる。

その暴風を背にして、彼らを乗せた馬車は荒野を疾走した。

遠く、遠く。

少しでも遠くに向けて、自由に向けて馬車は走る。

聖都からの追っ手はない。

ガウェインは力尽き、他の騎士達はスフィンクスの対応に追われている。

カドック達は見事、捕虜達を救い出したのだ。

 

 

 

 

 

 

聖都から距離を取り、追っ手が来ない事を改めて確認してから荷台を解放したカドック達は、改めてその凄惨な光景に絶句した。

捕虜は実に40人近くが押し込められており、皆、十字軍によって受けた暴行やガウェインの聖剣の光による火傷によって傷ついていた。

中には既に息絶えてしまった者もいたが、カドック達が応急処置を施したことでほとんどの人間が何とか命を繋ぐことができた。

だが、いつまでもここに留まっている訳にもいかない。これだけの人数に与えられる水と食料はないし、いつ聖都から追っ手がやってくるかもわからない。

酷ではあるが体力に余裕がある者には歩いてもらうことにし、夜が明けると共にカドック達は北の山岳地帯に向かうことにした。

現状、この特異点で頼れる者は先日に知り合った呪腕のハサンだけだからだ。

 

「アナスタシア、後ろの様子は?」

 

「今のところは大丈夫よ。カドックこそ、疲れていない?」

 

「腕が足りない分を魔術で補っているからね。まあ、少し疲れが溜まってきている」

 

「このまま順調にいけば昼までには山岳地帯に入れるでしょう。そこから先は登山となりますが……」

 

「みんなの体力を信じるしかない……か……」

 

弱っている難民達を見て、立香は小さく言葉を漏らす。

途中、目についた食べられそうな生き物は片っ端から狩りつくしてきたが、それでもこれが限界だ。

これ以上の体力の回復は望めない。後は彼らの地力を信じて山を登るしかないだろう。

加えて山に入ってもうまく呪腕のハサンがこちらを見つけてくれるとは限らない。

最悪の場合、山間部での野宿も覚悟するしかないだろう。

 

「あら? 待って、何かが……ロマニ! 聖都の方角を見て! 約15キロ!」

 

霊体化して見張りをしていたアナスタシアが何かを見つけたのか、声を張り上げる。

馬車を運転しているカドックはそれを見ることは叶わなかったが、すぐにロマニからの通信が返ってきた。

その声は非常に切羽詰まっており、事の重大さが嫌でも伝わってくる。

 

『馬鹿な、あれはあの時のバーサーカー!? 呪腕のハサンに倒されたはずじゃ……』

 

「あのバーサーカーが、まだ生きていた?」

 

「しぶとい奴だ。速度は? 後、どれくらいで追いつかれる!?」

 

『5分もあれば最後尾に追いつかれる。急いで迎撃しないと……』

 

「いえ、それはまずいわ。彼、爆弾を背負っている」

 

「それは本当か、アナスタシア!?」

 

手にした武器は何でも宝具に変えてしまう謎のバーサーカー。

以前の戦いでも手榴弾を宝具化していたが、もし大量の爆弾を背負ったまま突撃されたら防ぎようがない。

足を止めて迎撃すると爆発に難民達が巻き込まれてしまうかもしれない。

 

『荒いけど何とか映像で確認できた。火薬の種類が不明だからわからないけれど、TNTだとしたら民家くらいは吹っ飛ぶ大きさだ。ましてや宝具化しているとなると、この辺一帯が吹き飛ぶ可能性も……』

 

サーヴァントに爆弾を持たせて特攻させる。

そんな狂気の沙汰があっていいのだろうか。

彼を使役しているマスターはバーサーカーを英霊とは見なしていない。一個の兵器、一つの武器としてしか見ていないのだ。

 

(どうする? 誰かに馬車を任せて迎撃するか? 爆弾の威力は宝具で相殺できるだろうが、もしも相手が爆弾を捨てて強引に押し込んできたら?)

 

底が知れない以上、他にどんな隠し玉を持っているのかわからない。

何度か戦った感覚からしても、あの英霊はアーサー王やガウェインに匹敵、或いはそれ以上の力を有しているはずだ。

無理やりな強化で技術が失われていたガウェインと違い、狂化と技の冴えを併せ持つあのバーサーカーを撃退するのは簡単ではない。

ならば取れる手は、誰かが囮となって奴を引き付け、その隙に山岳地帯まで逃げ延びることだ。

 

「藤丸、キリエライトに運転を変わるから後を頼む。あのバーサーカーは僕達が――」

 

「ううん、あいつは俺とマシュが押さえる。カドック達はみんなを頼むよ」

 

こちらの言葉を遮った立香の言葉は、有無を言わせぬ力強さがあった。

覚悟は決めている。そんな凄味が伝わってくる。

 

「何を言っているんだ。守り一辺倒で勝てる相手じゃない。僕達には魔眼も城塞もある。いざとなればフランスのように城塞を犠牲に……」

 

「まだこの先、何があるかわからないんだ。ここで城塞は捨てられない。足止めだけなら俺達の方が向いているよ。それにカドック達じゃあいつから逃げ切るの難しいだろう。まだマシュの方が足は速い」

 

「馬鹿なことを言うな。だったら4人でいくぞ」

 

「いいえ、カドックさん達はみなさんをお願いします。彼らを安全な場所まで引っ張って行けるのはカドックさんだけです。それに、あのバーサーカーとはわたしが戦わないといけない。そんな気がするんです」

 

「キリエライト……」

 

「すみません」

 

「ごめん、行ってくる」

 

立香を担ぎ、マシュが馬車から飛び降りる。

爆走するバーサーカーが迫ってきているのか、背後には大きな土煙が上がっていた。

その煙目がけてマシュは盾を構え直し、一歩後ろに下がった立香が彼女の肩に手を添える。

その様子をカドックは見ることができなかった。

振り向きたかった。

言葉をかけたかった。

できることなら助けに行きたかった。

けれど、あの強い眼差しがそれを拒んでいた。

藤丸立香の眼差しが、自分に来るなと言っていた。

それを自分は受け入れてしまった。

生き残るために、難民達を生かすために、グランドオーダーを成し遂げるために、彼らが自らを捨て石にする選択を受け入れてしまった。

 

「なんで……なんでなんだ……どうしてこの馬車は曲がらないんだ……どうして、僕はあいつらに振り向いてやることすらできないんだ」

 

自分の魔術師としての性が心底嫌になったのはこれが初めてだった。

合理的な判断がここまで憎らしいのは初めてだった。

自分は彼を見捨てた。

生まれて初めての――を見捨てた。

 

「畜生! 僕はまだ何も言っていないんだぞ! お前に、僕は――!!」

 

「カドック!!」

 

手綱を握りながら泣き喚く主人の姿を見て、アナスタシアは堪らずその背中を抱きしめる。

直後、背後から大きな爆発音が轟いた。同時にカドックは、雷鳴にも似た馬の嘶きを聞いたかのような錯覚を覚えた。

濃密な魔力の奔流。宝具化した爆弾とマシュの宝具がぶつかり合い、爆心地を中心に奇妙な扇形のクレーターができあがる。

彼女はその最後の瞬間まで守ることを全うし、爆風が馬車に及ばぬようその身を犠牲にして爆発を逸らしたのである。

 

『バーサーカーの反応ロスト……マスター・藤丸立香、シールダー・マシュ・キリエライトの消失を確認』

 

カルデアからの非情な報告が胸を叩く。

慟哭が空を裂いた。

カドックは叫び、アナスタシアは泣いた。

周囲にそれを咎める者はいなかった。

遠いカルデアのスタッフ達もまた、共に戦ってきた仲間の喪失に心を痛めた。

目的の山岳地帯は、すぐそこまで迫っていた。




例によって円卓は敵なのですが、ガウェインはこういう感じになってます。
その内容で3倍設定はありなのかって意見が出そうで怖いですが。

バサスロット消えていないんだろうなって感想がきてましたが、はいその通りです。
でもって闇の中でバーサーカーに話しかけていた人がオリジナルの敵キャラなんですが、本格的に出番がくるのはもっと先のことになります。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。