Fate/Grand Order IF 星詠みの皇女   作:ていえむ

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神聖■■■■エルサレム 第3節

何も知らない素人。

住む世界が違う一般人。

人畜無害な少年。

けれど、堪らなく苛立ちが募る後輩。

それが藤丸立香に対する第一印象だった。

彼は自分と同じくレイシフト適性のみを見出されてカルデアにやってきた。

その境遇が自身と重なり、そして旅を経て実績が積み重ねられていく内に焦りはどんどん募っていった。

卑屈で野心に汚れた自分と違って、この男はなんて眩しくてまっすぐなのだろう。

自分が凡人だとか役立たずだとか、そういうことを彼は一切、考えない。

ただ自分がやれることをする。最高ではなく最善を尽くす。

それが堪らなく羨ましくて、比べた時に自分が酷く矮小な存在に思えて辛かった。

魔術王への恐怖、グランドオーダーへの諦観はそれに拍車をかけた。

そうして前にも後ろにも進めなくなった自分の背中を押してくれたのは、皮肉にも藤丸立香その人であった。

彼と戦い、初めて真正面から向き合い、やっと自分の中のどろどろとした感情を飲み込むことができた。

ここから変われる。

ここから始められると、その時は思った。

だから、その機会を与えてくれた少年には、せめて自分の持てる全てを返そうと、そう思っていたつもりだった。

そのつもりだったのに――――。

 

(僕は――を見捨てた)

 

剥き出しの岩山を昇りながら、カドックは先日の出来事を反芻する。

立香とマシュの遺体は見つからなかった。

あれからカルデアの計器やアナスタシアの魔眼、使い魔での捜索も行ったが、2人の遺体はおろか遺留品すら見つからない。

バーサーカーの自爆と共に跡形もなく吹き飛んでしまったのかもしれない。

2人の喪失はカルデアに大きな動揺を与え、職員の中にはショックから一時的に職務を離れる者もいた。

指揮官であるロマニは何とか平静を装っているが、それでも動揺を隠しきれていない。

彼にとってマシュは娘や妹のような存在だ。実験体扱いであった頃の負い目もある。

その彼女がまだ若い命を散らしたことに心を痛めていないはずがなかった。

ダ・ヴィンチも、ムニエルも、その他のみんなも、誰もが心を痛めていた。

そして、誰もカドックを責めなかった。

立香達を送り出した時の判断を責めず、彼らが犠牲になったことを咎めず、消沈する心を慰める。

一度とはいえカルデアと敵対した自分を彼らは責めることなく受け入れてくれた。

ああ、何て善き人達に自分は囲まれているのだろうと思った。

だからこそ、せめて自分だけはこの痛みを、この罪を忘れてはいけないと強く心を戒める。

立香とマシュのためにも、この難民達は必ず安全な場所まで連れていく。

そう決意してカドックは山を登った。

 

「カドック、あれを見て」

 

先行するアナスタシアが眼下の荒野を指差した。

その先に目をやると、平地にいた頃には気づけなかった巨大な窪みがいくつも荒野に広がっていた。

クレーターというのだろうか。写真で見たことがある隕石の落下跡とよく似ている。

 

「あれは獅子心王がやったんだよ」

 

難民の1人である少年――確かルシュドという名前だった――が答える。

曰く、聖都が光ると荒野のどこかに巨大な窪みができるとのことだ。あの場所には十字軍と敵対している集落や砦などがあったらしい。

 

「敵対勢力を潰しているのか」

 

『恐らく、何らかの宝具によるものだろうね。大気中の魔力濃度が高いのも宝具が頻繁に撃たれているからだと思う』

 

この大地は獅子心王によって滅ぼされようとしている。

そして、ここに住まう人々には最早、行き場がない。

荒野にいてはいつこの裁きが落ちてくるかわからず、砂漠に逃げても太陽王の魔獣が待っている。

辛うじて無事な山岳地帯もロクな草木が生えておらず、生き延びるには過酷な環境だ。

全てが焼き尽くされようとしている世界。それがこの特異点の現状であった。

 

「物見から「我らの同胞を助け、ここに向かう者がいる」と聞きましたが、やはりあなた方でしたか」

 

不意に聞き覚えのある声が山間に響き、影の中から白面の異形が姿を現す。

山の翁。先日、バーサーカーとの戦いの際に自分達を助けてくれた呪腕のハサンだ。

彼が言っていた通り、こちらが山に入ったことに気づいて姿を現してくれたのだ。

 

「数日振りですな、カルデアの皆様」

 

「ええ、そちらも元気そうで何よりです、山の翁」

 

一礼するハサンに対して、アナスタシアが代表して返答する。

今のカドックにはそれを行う余裕すらなかった。

 

「……何かあったようですな。それにそちらは聖地の……」

 

「匿ってくださらないかしら。聖都から追われてきたの」

 

「彼らは我ら山の民を迫害した聖地の人間だ。村の者がどう思うか……」

 

ハサンが渋る様子を見せると、難民の1人が彼に縋り付くように頭を下げる。

難民達の取りまとめ役を買って出てくれた男性だ。

 

「虫のいい話なのはわかっている。今まで散々、迫害してきたんだからな。けれど、もうここにしか逃げる場所がないんだ。せめてケガ人と女子どもだけでも……」

 

「……その罪悪感があるのなら良い。この村の者達は素朴な、善い心の持ち主ばかりだ」

 

「……ありがとう」

 

「ありがとう、ドクロのおじちゃん」

 

頭を垂れる男に倣って、傍らにいたルシェドも頭を下げる。

その姿を見た途端、ハサンは何かに驚いたかのように身を強張らせた。

 

「まさか……ルシュドではないか?」

 

「うん、久しぶりだね」

 

「ああ。いつ以来だったか……」

 

遠い過去を懐かしむように頷くハサンの目が1人の難民の女性に止まる。

女性はルシュドの母親だった。火傷を負い、衰弱が著しい彼女はまだ体力に余裕がある男性に肩を借りていた。

彼女もまたハサンの姿を認めると、複雑そうに視線を迷わせた後、小さく一礼する。

 

「お久しぶりでございます、山の翁」

 

「……ああ、久しぶりだな。本当に……久しぶりだ」

 

一瞬、重苦しい沈黙が2人を包み込む。だが、すぐにハサンは頭を振って難民達を先導すると、自分が守る村へと案内を始めた。

その様子を見守っていたアナスタシアは、誰にも聞かれぬよう小さな声でカドックに耳打ちする。

 

「あのハサン、この時代の生まれなのね」

 

「ああ、2人とも知り合いみたいだ」

 

自分が生きた時代が特異点と化し、十字軍によって蹂躙されている。

同じく召喚されている山の翁達の中でも彼の苦悩は人一倍であろう。

そんな複雑な状況の中でも彼は自分に課せられた役目を全うしようとしていることに、カドックは同情と尊敬の念を禁じ得なかった。

やがてカドック達はハサンの案内で、山間の隠れ里へと辿り着いた。

草木も生き物もロクにいない山肌に作られた隠れ里。失礼ながらさぞや貧相なあばら家が並んでいるのだろうと思っていたが、意外にも立派な石造りの家屋が立ち並んでいた。

集落自体も山陰に隠れるように建立されており、麓からでは決して見つからないように隠されている。

入り組んだ地形もあり、よほどの土地勘がなければここまで辿り着くことはできないであろう。

一方で住民の生活は困窮そのものだ。飢餓とまではいかなくとも、僅かな余裕もないだろう。

それを考えると、ハサンが自分達を招き入れてくれたのは苦渋の決断であったのではないのかと思い至る。

 

「お、戻ってきたか」

 

集落に入ると、見張り台らしき櫓から1人の青年が飛び降りてきた。

軽装に身を包んだ気の良さそうな青年だ。髪や肌の色から考えるに西アジア寄りの人間だろか。

身のこなしからして只者ではない。サーヴァントだろうか。

弓兵なのかその手には深紅の大きな弓が握られている。

 

「変わりはありませんか?」

 

「ああ、今のところは静かなもんさ。そっちは聖都からの難民か?」

 

「ええ。今から村長に話をつけてきます。誰か、代表でついてきてくれまいか?」

 

「では、私が……」

 

ハサンは青年に一礼すると、難民の1人を連れて集落の奥へと消えていった。

残された難民達はとりあえずの安息を得たと安堵し、家族で無事を喜び合う姿や複雑な胸中で聖都の方角に目をやる姿があちこちで見られた。

ルシュドもぐったりと横たわっている母親に対して手で煽って風を送り、少しでも痛みを和らげようとしている。

改めて数を数え直すと、欠けている者は1人もいなかった。

助け出すからには全員を助け出す。そう言ったのは誰だっただろうか。

あの憎たらしい素人マスターだったか、それとも口数の少ない彼のサーヴァントだったか。

まだ予断を許さぬとはいえ、状況が落ち着いてくるとカドックの心は益々、消沈していった。

まるで重い枷のようなものがはめ込まれた気分だ。

ここにいるべき2人がいない。

その事実を改めて突きつけられ、カドックの表情は更に曇っていった。

そんな様子を訝しんだのか、弓兵の青年がこちらに駆け寄ってきた。

 

「よお、お前さん達は他の難民とは違うみたいだな。そちらのお嬢さんはサーヴァントかい?」

 

「ええ、キャスターのサーヴァント。アナスタシアと申します。こちらは私のマスターのカドック。人理焼却を防ぐため、遠い未来の天文台(カルデア)からやってきました」

 

消沈しているカドックに代わり、アナスタシアが青年に事情を説明する。

それを聞いた青年は最初こそ笑みを浮かべていたが、やがては真剣な表情を浮かべ、最後は消沈しているカドックを慰めるようにその肩に手を添えた。

まっすぐな、何もかも見通しているかのような澄み切った眼差しが、沈鬱としたカドックの暗い瞳を捉える。

 

「そうか、とんでもない大任を背負っちまったんだな」

 

「別に……大変なのはみんな同じだ……」

 

「そうか。そう言えるだけの余裕があるのなら、お前さんは立派なマスターだよ。そういえば、自己紹介がまだだったな。俺はアーラシュ。見ての通りのアーチャーで、しがない三流サーヴァントだ」

 

不意に発せられた言葉にカドックは目を丸くする。

気持ちが落ち込んでいたのもあったのだろう。何でもないかのようにサラリと告げられたアーチャーの真名を、カドックはつい聞き流してしまった。

それに気づいてから激しく後悔し、同時に強い羞恥の念が湧き上がってくる。

何て畏れ多いことをしてしまったのだろう。

彼は今、自分のことを何と名乗った?

アーラシュと言っていたように聞こえたが。

 

「アーラシュ? アーラシュ・カマンガー? あのアーラシュなのか?」

 

「おお、急に元気になったな。多分、そのアーラシュであっていると思うぜ。こんなマイナーな英霊、よく知ってたな?」

 

「マイナーだなんて! あなたほど高名な弓兵を僕は知らない!」

 

古代ペルシャにおける伝説的な大英雄。

六十年に渡るペルシャ・トゥルク間の戦争を終結させ、両国の民に平穏と安寧を与えた救世の勇者。

異名であるアーラシュ・カマンガーとは英語表記すればアーラシュ・ザ・アーチャー。すなわち弓兵たるアーラシュ、弓を射るアーラシュという意味であり、西アジアにおいては弓兵の代名詞として知れ渡っている偉大な英雄だ。

その威光は神代が遠く過ぎ去った今なお衰えず、地元では彼に因んだ祭りが開かれるほど信仰されている。

無知な立香でも彼ほどの大英雄ならばきっと知っているはずだ。

いや、知っていなければぶつ。もしくは徹夜で教え込む。

 

「あの、失礼だけれどそんなにすごい方なの? その、知識はともかく実感が私にはなくて……」

 

「何を言っているんだアナスタシア。アーラシュだぞ。アーラシュ・カマンガー。人でも魔獣でも怪異でもない、戦争という無慈悲な災禍を射抜いた伝説の大英雄。ペルシャ……いやアジア……いやいや世界で彼の名前を知らない人はいない。そもそも聖杯戦争で弓兵のクラスがどうしてアーチャーなんだ? アーラシュの間違いじゃないのか? レオニダス一世が春の盾持ち英霊、堂々の第一位なら彼は秋の射手英霊、圧巻の第一位。寧ろ殿堂入りの勢いだ。それくらいすごい英霊なんだ」

 

「そ、そうなんだ」

 

先ほどまで立香達の死に消沈していたとは思えないテンションの高さにアナスタシアは思わず一歩遠ざかる。

元気になったのは良いことだが、少し怖い。

 

「そこまで真正面から褒められると面映ゆいな。お前さん、よく勉強したもんだ」

 

「マスターなら当然だ。ああ、ということはその弓が女神(アールマティ)の加護を受けて作ったという? なら、ならこれが大地を割ったのか? これがあの…………その、触っていいかな? いや、触らせてください。後、できたらその……あなたの体にも……おお、これが、傷も病も負わない伝説の……おお……」

 

「ははっ、くすぐったいぞ少年。そうだ、これから狩りにいくんだが一緒に行くか? 弓の射方を見せてやるよ」

 

「良いのか? 行こうアナスタシア、何を休んでいるんだすぐに出発だ。足が痛い? なら僕が背負ってやる」

 

「ちょっと、その腕じゃ無理でしょ。もう、カドック!!」

 

半ばアナスタシアを引きずりながら、カドックは先を歩くアーラーシュの後に続く。

その様子に困惑しながらも、アナスタシアはマスターが一時とはいえ悲しみを忘れられたことに安堵した。

今の彼は酷く傷ついている。その傷を癒す時間が、今は必要だ。

 

 

 

 

 

 

山の民の隠れ里を訪れて、一週間が経過した。

全く衝突がなかったわけではないが、ハサンの仲介もあって難民と村人達は早期に打ち解けることができた。

傷が快方した者は順に村の仕事を手伝い始め、新しい小屋の建設や井戸の整備を行っている。

カドック達も難民の治療や食糧調達のための狩りを手伝っていた。

 

「おかえりなさい、アナスタシアお姉ちゃん」

 

「ただいま、ルシュド君。今日は何をしていたの?」

 

「今日はみんなで新しい水場を作ってた。後、カドックお兄ちゃんの診察の手伝い」

 

「偉いわね。後でご褒美をあげなきゃ」

 

「おお、結構結構。それはそうとして俺にお帰りはないのかルシュド?」

 

「アーラシュの兄ちゃんか……まあ、お帰り」

 

「むぅ。待遇違い過ぎないかぁ。そういう子どもはこうだーっ!」

 

「ひゃー! くすぐったいー!」

 

アーラシュの悪戯に身を捩ったルシュドは、彼の手から逃れようと踵を返す。

興が乗ったのかアーラシュはまるで怪物か何かのように両手を広げると、逃げるルシュドを脅かす様に声を上げながら追いかけていく。

 

「あの人、子どものあやし方が上手なのね。それに自分が英雄であることもちっとも鼻にかけなくて。透徹、水晶、高潔な人」

 

「水晶のように透き通っていて高潔な精神の持ち主だ、か」

 

「カドック、サリアさん……ルシュド君のお母さまのご様子は?」

 

「相変わらず容体が安定しない。キリエライトがいればカルデアとラインを繋いで、医薬品が取り寄せられるんだが」

 

カドックの治癒魔術によって一命こそ取り留めたが、カドックの技量ではこれ以上の治療は不可能であった。せめて抗生物質や消毒液が手に入ればもう少しよくなるのだろうが、現状ではそれらを手に入れる手段がない。カルデアから物資を取り寄せるための召喚サークルはマシュが持っている盾を媒介に構築されるからだ。

残念ながら彼女がいない今、カルデアからの補給を受けることができず、この先も苦しい戦いを強いられることになるだろう。

 

「彼女のこともそうだが、僕達のこれからについても、そろそろ決めないといけないな」

 

『そうだね。あの様子では間違いなく特異点の原因は十字軍にある。人理修復のためにも、もう一度、聖都に行く必要があるだろう』

 

問題は、現状の戦力でどこまで戦えるかということだ。

軽く見積もっただけでも十字軍は近代兵器で武装した騎士達に常時3倍の強化を受けたガウェイン、聖都の外壁に巻き付いた大百足。ひょっとしたらそれ以上の戦力がまだ控えているかもしれない。

対してこちらのサーヴァントはアナスタシア1人だけだ。ハサンとアーラシュは協力を引き受けてくれているが、明日の食糧の調達にも苦心している村の現状を考えると、彼らを引き抜くことには抵抗がある。

そうなると後は太陽王の協力を取り付けることだろうか。

十字軍との争いが膠着しているのなら、裏を返せば自分達が介入すればそのバランスを崩すことができるということだ。

相手はファラオ故に交渉は難しいだろうが、やってみる価値はあるだろう。

だが、そうなるとあの謎の砂漠を越えなければならない。

カルデアの計器でも観測ができないあの砂漠は、ダ・ヴィンチ曰く太陽王が生前に統治していた時代そのものらしい。

この中東とは時間のピントがズレているため、近未来観測レンズ・シバでは見ることができないとのことなのだ。

 

「砂漠を超えるとなるとカルデアからの支援は一切、期待できない。オジマンディアスに会うまでに何らかの小競り合いも予想されるだろう」

 

「結局のところ、戦力が足りないのね」

 

自分(キング)アナスタシア(クイーン)だけではチェスはできない。

何をするにしても早急な戦力の確保が必要だ。

 

『明日、呪腕のハサンに打ち明けて相談してみるのがいいかもね。彼はこの時代に詳しいし、ボク達は一応、宿を借りている身だ』

 

「そうだな、出ていくにしても家主の許しを得ておかないとな」

 

翌日。

午前の仕事を終え、ひと息を入れたカドックとアナスタシアは今後の方針を相談するためにハサンのもとを訪れた。

幸いなことにアーラシュもその場にいたため、カドックは現状の戦力の乏しさと太陽王との協力の必要性を説き、2人の反応を待った。

アーラシュはいつもと変わらない。爽やかな風のような佇まいを崩さず、隣に立つハサンの動きを待つ。

ハサンは仮面に隠れていて表情は読み取れなかったが、唇を強く噛み締めていた。

当然だ。彼らが敬う神とエジプトのファラオではその思想は根本から噛み合わない。

加えて形はどうあれ太陽王は中東の地に自らの領土を築いている。ある意味では彼もまた侵略者だ。

だが、それを承知でハサンは首を縦に振った。

その思い、その決断がどれほど重いものなのかは、その場にいた誰もが理解していた。

 

「我ら決して獅子心王には屈せぬ。各村に散った山の翁はそれぞれのやり方で力を蓄え、反撃の機を狙っています。我らは戦い、抗わねばならない。そのために形振りを構っていられぬというのはわかります」

 

「…………」

 

「そして、鬼を倒すために鬼の手を借りる必要もありましょう。あなた方の提案、この呪腕のハサンは確かに受諾しましょう」

 

「ありがとう」

 

「なに、ここであなた方を見捨ててはそれこそ初代様に首を落とされよう。「節穴の目であれば髑髏もいるまい」と。それに他のハサンめがどう思うかはまた別の話。太陽王を説得するための材料も用意しなければいけませんしな」

 

そう、それが問題だ。

太陽王の協力を取り付けるためには、自分達が有用であると証明する必要がある。

呪腕のハサンの話では後、数日もすれば各地に散った同士が今後のことを話し合うためにこの村に集まってくるとのことだが、暗殺者が数名とその配下が集まったところで焼け石に水だろう。

太陽王を説き伏せるには後、もう一手が必要になるだろう。

だが、その悩みは意外なところから解決策が転がってきた。

 

「なんだ、ファラオの兄さんと話をつけるのか。なら、何とかなるぜ。あの兄さんとは色々と縁があるからな」

 

「なっ?」

 

「えっ?」

 

「……そういえば、同じ時代の英雄だったな」

 

生前に絡みはなかっただろうが、互いの存在は人づてに伝わってるかもしれない。いや、アーラシュの口ぶりからすると、ひょっとして知り合いなのだろうか。

何れにしても、太陽王と交渉の目途が立ったのなら、幸先は明るい。ここまで自分を生かしてくれた立香とマシュのためにも、すぐにでも準備を終えて砂漠に出発しよう。

そう思って立ち上がった時、小屋の外から何やら叫び声が聞こえてきた。

 

「頭目! 頭目!」

 

「あの声は山頂部の見張り役ですな。何かあったと見えますが……」

 

訝しんだハサンが小屋を後にし、他の面々もそれに続く。

山頂から急いで駆け降りてきたのだろう。見張り役の男は息を切らせていたが、それでも言うべきことを言わんと喉を鳴らし、ハサンに向けて声を張り上げる。

 

「大変だ、西の村から狼煙が上がっている!」

 

「なにぃ!? 色は? 色は何と出ているのだ!?」

 

「……チ、敵襲だぜありゃあ! 西の村が敵に見つかっちまったらしい!」

 

「十字軍の旗よ。率いているのは……あの甲冑は、モードレッド!?」

 

千里眼と透視の魔眼、それぞれの眼で捉えたモノを見てアーラシュとアナスタシアは驚愕する。

特にアナスタシアの言葉をカドックは聞き捨てられなかった。

モードレッドは第四特異点で共に戦った戦友だ。その彼女が敵として召喚され、あの恐ろしい十字軍に使役されている。

まさか、ガウェインのように何らかの処置を施されているのだろうか。

 

「助けに行けるか? ここから村までどれだけかかる!?」

 

自分達にとっても山の民にとっても彼らは貴重な戦力だ。決戦を前にして失わせるわけにはいかない。

だが、ハサンの顔は曇っていた。これからどう急いだとしても、西の村まで行くには2日も日数がかかるからだ。

 

「百貌の姉さんは長引かせるのは上手いが、もって半日だろう」

 

「なら、村を捨ててこっちに逃げてもらえば? それなら途中で合流できるんじゃ……」

 

「いや、何人助かるかもわからないし、この村の備蓄じゃこれ以上の人間は受け入れられない。何とかして西の村は死守しないと」

 

何か空を飛べる乗りものか、空間を越える魔術でもあればいいのだが、ないものを強請るわけにもいかない。

考えるのだ。一足飛びで西の村に駆け付けられる方法を。

 

「空……空か……それなら間に合うかもしれん」

 

こちらの呟きを聞き取ったのか、不意にアーラシュは何かを思いつく。

 

「いやあ、一度だけ、かつ片道でいいのなら、空を飛んで一気に移動する事はできるぞ!」

 

ただし、それなりのリスクがある上に西の村まで一気に飛ぶことはできないとアーラシュは言う。

だが、迷っている時間はない。カドックとアナスタシアは二つ返事で了承し、その力強さにハサンは感涙する。

縁も所縁もない山の民のために戦う2人に対して、ハサンはただただ感謝を禁じ得なかった。

そうして案内されたのは見晴らしのいい高台だった。

比較的開けたその場所は元々は家屋が並んでいたのか、瓦礫や粘土の破片が積み上げられている。

端末で位置を確認すると、この高台は丁度、西の村がある山に向けて開かれていることがわかる。

 

「そこに潰れた家の屋根を粘土で補強した土台がある。よく見ろ、取っ手が付いているな?」

 

「……そうね、踵まで入る穴もあります」

 

何かを察したアナスタシアの顔が蒼白になり、着ていたローブの一枚を脱いでヴィイを包むと、自分の腰に巻き付けて落ちないようにしっかりと固定する。

 

「この取っ手を掴んで穴に足を……四つん這いになるのか……」

 

「無駄口は後だ、しっかり掴んでろ! カドックはアナスタシアの隣だ。しっかりマスターを掴んでろよ。時速300キロ以上は出るからな」

 

「アーラシュ・カマンガー。いったい、何をしようというんだ?」

 

彼は村から持ってきた縄を使って土台を何かに固定している。

気のせいだろうか、その形は何となくではあるが彼が持っている深紅の弓に似ていた。

 

「何って、土台に縄を張って固定、そのまま特大の矢に繋いでいる。今日は追い風だ。西の村の手前までは飛ばせるぞ!」

 

既にハサンは土台にしがみつき、その時が来るのを待っていた。体の震えや泳ぐ視線から彼の焦りがこちらにまで伝わってくる。

伝わってくるのだが、それとこれとはまた別の話だ。

どうやら聞き間違いではないのだろう。彼はこの土台を矢に見立てて飛ばそうとしているのだ。

 

「ああ、その通りだ。命がけの、酒盛りの時の定番ネタだぞ! 土台と矢を繋ぐ。思いっきり矢を放つ。矢、20キロ先まで飛ぶ。一緒に土台も飛ぶ。な? 簡単だろ?」

 

「そんな訳あるか!!」

 

ボブ・ロスみたいにあっさり言ってのけているが、下手をすると命の危険に関わる。

ただでさえ自分は左手が使えないというのにこの鬼畜の所業。今だけは彼への尊敬の念を捨て去ってもいいかもしれない。

そもそもこんな方法で空が飛べるのだろうか。命綱なしでバンジージャンプをした方がまだマシかもしれない。

 

「いいから! 舌を噛むぞ、真面目にやれ!」

 

こちらの事情などお構いなしとばかりにアーラシュは巨大な弓の弦を引き絞る。

発射は秒読みに入っていた。

こうなってしまってはもう議論の余地はない。

せめて少しでも危険を減らそうとカドックは魔術回路を励起させ、自身に強化の魔術を施し、ポケットの中から役立ちそうな礼装を片っ端から取り出した。

風除けの加護、幸運を呼ぶ石、交通安全の御守り、etc。

 

「激突した瞬間、土台は木っ端微塵だからな! 各々、いい感じで受け身を取れ!」

 

そして、西の空目がけて矢が放たれる。

遅れて矢に結ばれた縄が引っ張られ、カドック達が乗る土台が宙を舞う。

視界が反転する。

凄まじい風圧と加速によるGが体を襲い、カドックは一瞬、意識がブラックアウトした。

魔術で強化していても取っ手を握る手から力が抜けそうになる。

余りの加速で体が僅かに浮き上がり、振り落とされるのではないのかという恐怖がカドックを襲った。

すると、隣のアナスタシアから這い出てきたヴィイがその大きな手でこちらが落とされぬよう背中を支えてくれた。

無言のアイコンタクトが2人の間で交わされる。

それは、着地までのほんの一瞬の出来事であった。

 




実際に6章をプレイしていた時に抱いた感想です。
アーラシュの「な、簡単だろ」でボブの絵画教室を思い出しまして。
「カレスコをつける、弓矢作成を使う、宝具を使う。『流星一条(ね、簡単でしょ)』」

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