Fate/Grand Order IF 星詠みの皇女   作:ていえむ

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神聖■■■■エルサレム 第4節

夢を見ていた。

何もない真っ暗な暗闇を、ふわふわと漂う夢だ。

まるで体が闇に溶けてしまったかのように感覚がなく、自分がどこを向いていてどこに向かっているのかもわからない。

上を向いているのか下に沈んでいるのか。前に進んでいるのか後ろに下がっているのか。

微睡みの中では自分は風に煽られる木の葉のようだ。

例えそこに意識が存在したとしても、自らの意志でどこにも向かうことができない。

ただ流されるまま、充てもなく彷徨うだけだ。

 

『さて、初めましてと挨拶をするべきかな?』

 

どこからともなく声が聞こえてくる。

透き通るように美しく、それでいてどこか軽薄な調子の声だ。

夢の中で語りかけてくるということは、夢魔の類だろうか。

 

『おや、僕の存在に気付いていると。意外と侮れないね、キミ』

 

余計なお世話だと反論する。

夢魔の類なら適当に生気を持っていて構わないから大人しくしておいて欲しい。今はとても眠いのだ。

 

『そこは遠慮なく持っていくけれど、その前に話しておきたいことがある。さて、どこから話すべきか。既にこの物語は僕が視た物語とは大きく変わってしまっている。本来ならば、君はここにはいないはずだったんだ』

 

この声の主はいったい何を言っているんだろうか。

自分が本来は存在しない? 馬鹿馬鹿しい。

そういう哲学的な話はよそでやって欲しい。

事実、自分はここにこうして存在しているじゃないか。

 

『いやいや、僕が視た中東はもっと別のものだった。だが、カルデアが崩壊したあの爆発――キミがあの炎の街に初めてレイシフトした瞬間、この特異点はまるで絨毯を引っくり返すかのように様変わりしてしまった。原因こそわからないが、起点となったのは君だろう。君が生き残ってしまったことがこの特異点を生み出したと言ってもいい。おかげで鳴り物入りで送り出した切り札がとんでもないことになってしまったよ』

 

言っていることの意味がわからない。

この声の主は何か重要なことを言っているような気がするが、微睡んだ頭ではその言葉の意味を半分も理解できなかった。

 

『キミがどんな結末を迎えようと僕は構わないけれど、人類史が終わってしまうのは困る。キミだって自分の数少ない楽しみを奪われるのは嫌だろう? だから、今回ばかりはキミに助言を与えることにした。いいかい、山の翁(ハサン)に会うんだ。歴代のではなく最初にして最後の翁を』

 

最初にして最後の山の翁。

それはいったいどういう意味だろうか。

この声の主は、いったい何を伝えようとしているのだろうか。

わからない。

微睡む頭は思考を拒否する。考えることを拒み、怠惰に身を任せようとする。

 

『ここのことは忘れて構わない。けど、さっきのことだけは覚えておくんだ。初代の山の翁に。グランドアサシンに会うんだ』

 

そこで、夢は途絶えた。

 

 

 

 

 

 

気が付くと、時刻は夕刻を過ぎようとしていた。

いつの間にかアナスタシアの膝に頭を預けて眠ってしまっていたようだ。

何か大事な事を夢に見ていたような気がするが、疲労がまだ抜け切れていないのかうまく思い出すことができなかった。

確か、十字軍の襲撃から西の村を守るためにハサン達と共に飛び出したような気がするが。

 

「あ、起きたのね。まだ楽にしていて良いのよ」

 

「随分とぐっすり眠っていたな。お前さん、ちょっと無理し過ぎなんじゃないか?」

 

夕暮れの空の下にアナスタシアのアーラシュの顔が浮かんでいる。

そうだ、アーラシュの奇策により大幅に移動時間を短縮した自分達は、何とか西の村が全滅する前に駆け付けることができたのだ。

そこで対峙したモードレッドは、太陽の騎士ガウェインがそうであったようにその身を十字軍によって弄ばれていた。

彼女は何らかの洗脳処置が施されていたのであろう。目につく全ての人間をアーサー王と誤認しており、内に溜め込んだ怒りを落雷のような暴力で以て周囲に当たり散らす狂戦士と化していた。

一度でも彼女の視界に入れば敵も味方も民間人も関係がなく、目につく全てを破壊するまで止まらない。

更にガウェインと違って保有しているスキルは十二分に力を発揮しているため、アナスタシアと呪腕のハサン、アーラシュの3人が力を合わせても苦戦を免れなかった。

勝ちを拾えたのは奇跡に近いだろう。半ば偶然にもアナスタシアの「シュヴィブジック」がモードレッドの動きを止めることに成功し、アーラシュとハサンの連携で何とか退けることに成功した。

同じことをもう一度行えと言われても恐らくはできないであろう。彼女の「暴走」を押さえるためには盾が必要だ。

マシュ・キリエライト。

頼りになる仲間とは思い始めていたが、知らず知らずの内に彼女の守りに依存していたようだ。

彼女抜きでも防御を疎かにしないよう、戦術を練り直す必要がある。

 

「こちらでしたか、カドック殿。お待たせして申し訳ない」

 

陽が沈み、松明に火が灯され出した頃合いにハサンは帰ってきた。

西洋人が歩き回っては事情を知らない村の民が驚くということで、彼が1人で村の見回りや頭目と話をつけてきたのだ。

 

「皆様のおかげで被害は最小限に抑えられました。この呪腕、西の村の頭目に代わり礼を言います。まことにかたじけない」

 

「そうだな、あそこで諦めていたらこの村は救えなかった。後先考えない行動だったが、カドックの賭けは正しかったってことだ!」

 

あっけらかんと笑うアーラシュに対して、カドックは答えるだけの気力はなかった。

短い空の旅だったが、あの恐怖は鮮烈に心に刻み込まれている。思い返しただけでも胃の中から何かが逆流してきそうだ。

ハンマーのような風に顔を叩かれ、体が空中に投げ出されそうになる浮遊感、視界はぐるぐると回転するし記憶も所々抜け落ちている。足だって今もまだ震えている。

ヴィイがいなかったら自分はここにはいなかっただろう。

 

「『アーラシュ空を飛ぶ事件』。カルデアの歴史に長く語り継ぎましょう。さすがの私もあれは……引きます」

 

今後はアーラシュが矢に縄を結び出したら要注意だ。また自分達のような被害者が出るかもしれない。

 

『ところでハサン君、今後のことだけど、どうするんだい?』

 

閑話休題。自分達はアーラシュを連れて太陽王との交渉に臨むつもりだったのだ。

他のハサンとの連携もあるので、このまま東の村に戻るべきか、この村のハサンと面通ししておくべきか決めておいた方が良いだろう。

 

「無論、ここまで来たのです。よい機会故、この村の頭目と引き合わせましょう。あやつも皆様には感謝していましたから、話も円滑に進むでしょう」

 

カカっと笑う呪腕のハサン。すると、影から染み出るように1人の黒装束の女性が姿を現した。

呪腕のハサンと同じ意匠の白面から察するに、彼女がこの村の頭目であるハサン・ザッバーハだろうか。

 

「噂をすれば影とはこのことか。百貌の、この者達が先ほど話した、我らの新たな同胞だ」

 

「お待たせ致しました。この度の助力、感謝の言葉しかありません」

 

百貌のハサンと呼ばれた女性はこちらに対して恭しく一礼する。

呪腕のハサンもそうだが、非常に礼儀正しく生真面目な性分のようだ。

暗殺教団の教主ということでおっかないイメージを抱いていたが、その印象も随分と変わってくる。

 

「生憎と、明日の食糧にも困る有様でして、何のもてなしもできぬことをお許しください」

 

「別に、お礼が欲しくて助けたわけじゃない。ああ、そうだ。あいつなら、きっと……」

 

きっと、打算抜きで助けに行ったはずだ。

自分は何て愚かしいことを考えていたのだろう。この期に及んで彼らを獅子心王と戦うための戦力としてしか見ていなかった。

そうではないのだ。そんなことを抜きにしても、あの男は彼らを助けようとしただろう。

自分はその代わりを果たしただけだ。

立香の代わりに、彼らを助けただけなのだ。

なら、それでいいではないか。

戦力が手に入ったという打算も、彼らからの感謝の言葉もいらない。ただ、目の前の命を救うことができた。

その事実だけで十分だ。

その事実だけで、彼は喜んでくれるはずだ。

 

「しかし、太陽王との共闘とは……呪腕の、貴様も思い切ったことを考えたものだ」

 

「なに、そうするだけの価値と必要性を見出しただけのこと。既に事態は山の民だけの問題ではない故な」

 

「そうか。業腹だがお前がそう言うのならそうなのだろうな。だが、そうなると例の件も何とかなるかもしれん」

 

「例の件?」

 

「はい。率直に言いますと、山の翁の一人が敵に捕らわれているのです」

 

これが他の山の翁であれば情報の漏洩を防ぐ為に自らの命を絶つのだが、囚われた翁は長としてはまだ年若く、ある事情により自分では自害もできない厄介な体質であるらしい。

命欲しさに秘密を漏らすような人物ではないが、拷問の果てに何かしらの情報をうっかり漏らす可能性もあり、早急な救出が必要とのことだ。

だが、その翁が囚われている十字軍の砦は警護が非常に厳重で、何度か侵入を試みたが帰ってきた者は1人もいないらしい。

 

「砦……っ……」

 

「アナスタシア」

 

「大丈夫、大丈夫よ……ねえ、カドック、何とかしてあげましょう。同情はよくないのかもしれないけれど、その翁様がとても可哀そうよ」

 

捕らえられた翁の話を聞いてイパチェフ館での出来事を思い出したのか、アナスタシアの顔から血の気が引いていた。

不安を紛らわせるようにギュッとヴィイを抱き抱え、助けを求めるように視線を泳がせている。

そんな風に懇願されるとカドックとしても断り様がない。

どのみち、今回はあいつの方針に倣うつもりなのだ。

捕まった山の翁を助けることに対して異論はない。

 

「おお、そう言って頂けるとこの呪腕、確信していましたぞ」

 

「何から何までかたじけない。この礼はあなた方の力となることで、必ずやお返ししましょう」

 

 

 

 

 

 

山の翁が捕まっている砦まで丸一日はかかるということで、カドック達はその日の内に出発することになった。

道中の案内は百貌のハサン。彼女が村を空ける代わりとしてアーラシュが村に残り、村人の護衛と食料の調達を行う手筈となっている。

頼れる弓兵が抜けたことは痛いが、それはそれとして斥候の妙手であるハサンが2人もいるのだ。

道中に遭遇する魔獣もまるで子どもの手習いの如く、一蹴の下に蹴散らしていく。

そうして荒野に降り立つと、視界を覆う程の強烈な砂嵐が巻き起こっていた。

 

「ククク。我らにとって砂嵐など揺籃の習い。まさに吉兆よ」

 

何だか小難しいことを言っているが、呪腕のハサン曰く百貌のハサンはこう言いたいらしい。

『砂嵐であれば聖都の兵に見つかるまい。我々はツイている。今の内に急ごう』と。

実際、この砂嵐ではロクに視界が利かないので頼りになる道しるべもない荒野で目的地に向かうのは至難の技だろう。

カドック自身も魔術で風除けを行わなければ立っていることすらやっとの暴風だ。

一方でハサン2人とアナスタシアは風をものともせずに先行している。

ハサンには「風除けの加護」があり、アナスタシアは魔眼によって視界が遮られる心配がないからだ。

特に後者はその気になれば目を瞑ったままカルデアの施設を一周することだってできる。

 

『む、サーヴァントの反応だ。キミ達の進行方向に一騎、凄まじい反応だ』

 

「サーヴァント反応だと!? 強いのか? Aランクの強者か!?」

 

ロマニからの警告を受けて、百貌のハサンが目に見えて狼狽えだす。

何となくそんな気はしていたが、この暗殺者はすごく神経質で小心者の気が強いようだ。

彼女は自分が円卓の騎士と真っ向から戦えば敵わないことを熟知しており、だからこそ今日まで生き残ってこれたのであろう。

 

『うーん、凄いというより面白い反応だ。何て言うか、キラキラしていて、それでいてふわふわしていて、でもガッシリしている。円卓の騎士では有り得ない、カラー豊かなサーヴァントの反応だ』

 

「それって色モノ……」

 

アナスタシアの呟きに、カドックはどこかの竜の娘(ドラドル)を思い出す。

まさか、北米に続いてこんなところにまで召喚されているのだろうか。まだハロウィンまで日があるというのに。

 

「いえ、多分、違うと思う……うん、あれは違うわね、きっと……」

 

魔眼で一足先にサーヴァントの姿を捉えたアナスタシアが言葉を濁らせる。

いったい何を見たのかだろうか。その表情は何とも言葉では表現できない曖昧なものであった。

少なくとも円卓の騎士や十字軍の関係者ではないのだろう。4人は警戒をしつつも急ぎ足で反応があった場所へと向かう。

やがて、砂嵐の先に表れたのは、巨大な魔獣に掴まれて今にも食べられそうになっている東洋人の少女であった。

 

「たーすーけーてー! あたし美味しくなーいーわーよー!? あ、やめて。火とか吐かないで、熱いから。よし、あたしすごく美味しいってうーわーさーよー! だから乱暴な調理(こと)はしーなーいーでーよー! もー、トータのバカー!」

 

少女は今にも魔獣の口に放り込まれそうな状態であった。

泣き喚きながらも必死で抵抗しているが、哀しいかな少女の細腕では魔獣の強靭な筋肉を押しのけるには至らない。

魔獣もそれに気づいているのか、まるで少女の反応を楽しむかのようにその肢体を舐め回したり火で焙ったりしている。

 

「あー、そういえば食べれば不老長寿になるって言い伝えだもんな」

 

「カドック、あの娘のこと知っているの?」

 

「あー、そういえば面識はなかったか。とりあえず、助けてあげてくれ」

 

「しからば」

 

呪腕のハサンの姿が消えたと思った瞬間、魔獣の喉笛から赤い鮮血が迸る。

さすがは伝説的な暗殺教団の教主。相手が魔獣であったとしてもその技術に曇りはない。

最も、鮮血を諸に浴びることになった少女は更に大きな声で泣き叫んでしまったが。

 

「うう、ひっく……こわかった……こわかったよう……あたし、何もしてないのに……あ、うそです、ちょっと水場を独り占めしてたけど……それだって荒野の動物たちの分くらいは残してたのに……うう……」

 

泣き疲れたのか、やっと大人しくなった少女は特に誰も聞いていないのに自分の身の上話を語り始めた。

曰く、半年ほど前に現界し、十字軍の横暴を止めるために聖都を目指していたこと。

砂漠などに寄り道しつつも道中で弟子のサーヴァントを1人迎え、十字軍と敵対するまでは良かったが、へまをやらかしてその弟子は十字軍に捕まってしまったらしい。

そして、自分はというと弟子を助けるために十字軍の砦を目指していたが、荒野で道に迷って魔獣に襲われていたとのことだった。

 

「面白いサーヴァントね、この娘」

 

「悪い奴じゃないんだ。ただ自分勝手で根拠もないのに自信満々でチャレンジ精神が空回っているだけなんだ」

 

「うー、それ褒めてないわよ悟空……あら? 須菩提祖師(カドック)? ごめんなさい、間違えちゃった」

 

「久しぶりだな、玄奘三蔵。あの時以来か」

 

自分の記憶が確かなら、彼女は玄奘三蔵。或いは三蔵法師と呼ばれる僧侶だ。

紀元7世紀頃、仏典の原典を求めてシルクロードを旅し、インドから六五七部に及ぶ経典を唐へと持ち帰って法相宗の開祖となった徳の高い高僧である。

一方で中国の小説『西遊記』の主要人物としても知られており、そちらでは西海龍王の息子が変じた白馬に乗り、斉天大聖孫悟空を始めとする3人の弟子と共に天竺を目指す旅を行ったされている。

そして、例の如く女性でありながら特に理由もなく史実・創作ともに男性として伝わっていた偉人の1人である。

男装していたアーサー王やネロ帝はともかく、この水着のような破廉恥極まりない改造僧服と惜しげもなく晒されたグラマーな肢体のどこをどう切り取れば男性として伝わるのか、歴史家に問い詰めたい気分だ。

彼女との馴れ初めはひと月ほど前に起きた召喚事故によって自分と立香が巻き込まれたとある騒動なのだが、それについては長くなるので割愛する。

簡単に説明すると、立香が孫悟空、自分がその師である須菩提祖師《すぼだいそし》の役割を当て嵌められて彼女と共に天竺を目指す旅を行ったのだ。

 

「本当、久しぶりね。相変わらず顔色が悪いけど、ちゃんとご飯食べているの?」

 

「食べているよ! そっちは相変わらずだな、へっぽこ法師」

 

「むー、あたしへっぽこじゃないもん。何よ、相変わらず偉そうに。悟空(藤丸)はどうしたの?」

 

「それは……」

 

一瞬、言うべきかどうか迷って言葉を詰まらせる。

彼女は立香を一番弟子として扱い、特に可愛がっていた。

その大事な弟子が死んでしまったなどと言えば、彼女はきっとまた泣いてしまうだろう。

感情が豊かなのは彼女の美徳だが、だからといって悪戯に泣かせるのは自分の好むところではない。

だが、その迷いが彼女に伝わったのだろう。三蔵は優しく微笑むと、小さく震えているカドックの肩にそっと手を置いた。

 

「そ、頑張っているのね、お弟子一号は。なら、あたしも頑張らなきゃ。ここで会えたのも何かの縁、あたしにも協力させて」

 

三蔵は祈るように手の平を立てる。

その眩しい笑顔が今はありがたい。

大切な2人の――の死を忘れずにいることはとても辛いのだ。

その苦しみを捨てるつもりはないが、それでも無理をすると心も体も鉛のように重くなる。

そんな時、彼女の笑顔は力をくれる。困難に立ち向かうための強い勇気をくれる。

そういうところに、彼女の徳の高さがあるのだろう。

 

「見ていなさい! お釈迦様の掌みたいにドーンとみんなを救ってわげるわ!」

 

 

 

 

 

 

十字軍の砦は、砂漠との境界を守るように建てられていた。

百貌のハサン曰く、それなりに厚い守備を固めているが、侵入自体はそれほど難しくないらしい。

アナスタシアの遠見によると、地上の外壁付近と城壁の上にそれぞれ10人ずつの兵士が詰めているとのことだ。

 

『スキャンが終わったよ。サーヴァントの反応はニ騎。どちらも地下からだ』

 

「地下牢ね。道順は覚えたから、案内は大丈夫よ。それにしても酷いことを……カドック、宝具を使いましょう」

 

「落ち着け、目的は捕まっている2人の救出だ。騒ぐのは構わないが、余計な消耗は避けたい」

 

何度か送り込んだ精鋭が戻ってこないことを考えると、この砦は外部よりも内部に戦力を固めていると考えて良いだろう。

侵入させないのではなく侵入した賊を逃がさない。そういう何かがここにはあるのだ。

ならば正面突破など行わず、できるだけ消耗は避けて中に入りたい。

 

「では、陽動ですかな。一方が侵入している間にもう一方が兵を引きつける」

 

「それは私に任せるがいい。カドック殿達が事を成す間、きっちりと仕事は果たそう」

 

言うなり、百貌のハサンの体から幾人もの黒装束が這い出てきた。

姿形が似ている者もいればまったくの別人もいる。

長身痩躯の男、巨漢の男、小柄な老人、妙齢の女性、他にも幾人もの百貌のハサンが現れては散っていく。

これこそが彼女――彼女達の宝具『妄想幻像(ザバーニーヤ)』。

その名の如く百の顔を持つ彼女の正体は複数の人格を持つ多重人格者。

生前は人格の切り替えによって様々な技能を発揮したことが宝具にまで昇華されたことで、人格ごとに全く別の個体として現界可能な特殊能力として発現している。

これにより彼女は個人でありながら非常に優秀な「諜報組織」となるのである。

 

「百貌が時間を稼いでいる間に我々も急ぎましょう。まずは塀を跳び越えねばなりませんが……」

 

「えっと、この塀を? あたしはちょっと……難しいかな……」

 

「では、三蔵殿は私が抱えましょう。アナスタシア殿はカドック殿をお願いします」

 

「ええ、ヴィイに引っ張り上げてもらいます」

 

「頼むよ」

 

砦の反対側で騒ぎが起きたことを合図に、4人は地下牢を目指して疾駆する。

事前にアナスタシアが透視してくれていたことで、侵入自体は容易であった。

だが、何らかの遺跡を流用したと思われる地下牢は思っていた以上に長く、深い。

慣れた者でなければ感覚を狂わされ、自然と迷ってしまう天然の地下迷宮がそこにあった。

 

「ここね。手前に男性が1人、奥に女の子が1人」

 

「手前にいるのはトータね。トータ!? 無事なのー!!」

 

目的の牢がある区画につくなり、三蔵は大きな声を張り上げて1人で先に行ってしまう。

すると、声の反響と共に手前の牢屋から低い男性の声が返ってきた。この声の主が、三蔵の新しい弟子だというトータなる人物らしい。

三蔵の声が大きすぎて何と言い返しているのかはわからないが、とりあえず無事なようだ。

そちらは三蔵に任せてもいいだろう。

 

「……?」

 

ふと、視界の端に何かが転がっていることに気づく。

人間の死体のようだが、肌が酷く変色していて気味が悪い。

身なりも裸同然だったが、僅かに残っている装飾品などから推察するに山の民のようだ。囚われているハサンを救出するために侵入した者達だろうか。

詳しく調べてみたい欲求に駆られたが、生憎と今は時間がないのでハサンの救出が第一だ。

件の山の翁は奥の牢獄の壁に鎖で繋がれており、ぐったりと衰弱している様子だった。

どれほど苛烈な責め苦を受けたのかは周囲に散乱している器具や夥しい血の量で容易に想像することができる。

これほどまでに体を痛めつけられてもまだ生きているのは、彼女がサーヴァントであると同時にその特殊な体質が影響しているのだろう。

 

「よくここまで耐えた、静謐の」

 

「あなたは……東の村の……」

 

「この鎖、令呪とよく似た力を秘めているのか。なるほど、これならばお前が逃げられなかったのも無理はない。今、楽にしてやるぞ」

 

まるで手品か何かのように呪腕のハサンは鮮やかな手つきで囚われていた翁――静謐のハサンを救出する。

外された鎖は何らかの魔術的な一品なのか、表面から僅かに魔力の残滓を感じ取ることができた。

詳しく調べている暇はないが、ハサンが言っていたように令呪に似た術式が組み込まれているのだろう。

円卓の騎士を操っている方法といい、十字軍の獅子心王とは実に悪趣味な嗜好の持ち主のようだ。

 

「いけない……私に構わず急いで逃げて。奴が来ます」

 

よろよろと立ち上がりながら、静謐のハサンはか細い声を張り上げる。

直後、背後に強烈な圧迫感を感じ取ったカドックは、いつでも魔術が使えるように回路を励起させながら真横にステップを踏んだ。

一拍遅れて巨大な拳が先ほどまで立っていた場所に振り下ろされる。

一糸纏わぬ裸の巨漢がそこに立っていた。

全身を浅黒く変色させ、極端に肥大した上半身と獣のように理性を感じさせない眼が特徴の狂戦士だ。

その体からは何がか腐り落ちるかのような鼻につく異臭が発せられており、気を抜くと意識を持っていかれそうになる。

 

「看守!? けど、ヴィイの眼には!?」

 

『何だこれは? 確かに人間なのにサーヴァントの反応もある。デミ・サーヴァントだとでもいうのか?』

 

「あれは私の写し身です。十字軍は私の血から能力を複製し、あの看守に植え付けました」

 

「むぅ、できそこないのサーヴァントというわけか。道理で送り込んだ同胞が帰って来ぬはずだ。だが、これはまずいぞ」

 

目の前の敵はアサシンクラスの「気配遮断」スキルと静謐のハサンの宝具の劣化コピーを有している。

アナスタシアの透視の魔眼はあくまで見えるもの視るだけなので、気配を消されていて気づけなければそれを見落としてしまう。

この看守は最初からここで息を殺して自分達のような侵入者が来るのを待ち構えていたのだ。

そして、厄介なことに静謐のハサンの宝具は生きとし生けるものを悉く死に至らしめる毒の総身『妄想毒身(ザバーニーヤ)』。

その身自体が毒の塊であり、例えランクが落ちていても人間が相手では致死の兵器と化す。

恐らく、この看守は静謐のハサンの血を輸血されたことで彼女の霊基を取り込んだのだろう。

そのようなことを行えば霊基を取り込んだ肉体もただではすまない。ほとんどの場合、英霊側の情報量に耐え切れず魂が焼き切れるか肉体が崩れ落ちるはずだ。

仮にうまくいったとしてもその命は数日とて保たないはず。それほどまでに英霊の魂を取り込むという行為は危険が伴うのだ。

それを考えると、マシュ・キリエライトの融合が形だけとはいえ成功したのは本当に奇跡的な確率だったのであろう。

そして、恐ろしいことにこの看守は1人目ではない。先ほど、視界の端に捉えた死体はハサンの同胞ではなく先代以前のここの看守だったのだ。

十字軍はこの恐ろしい化け物にここを守らせると共に、捕らえた山の民を使って英霊の力を複製するための実験を行っているのだ。

 

「キャスター! こいつに触らないように注意しろ!」

 

耐毒の護符を握り締めながら、カドックは冷気の魔術で看守をけん制する。

吹き荒ぶ冷気が視界を塞ぎ、こちらの姿を見失った看守は腕をやたら滅多に振り回して暴れるが、その拳をアナスタシアの影から出現したヴィイが押さえつける。

直後、動きが止まった隙を突いて呪腕のハサンの投擲が看守の首元を狙う。

狙い違わず命中した2本の短刀は、紛い物のサーヴァントである看守の命をさながら死神の鎌のように刈り取るはずであった。

だが、短刀は命中した途端に先端から腐食し崩れ去ってしまう。

静謐のハサンから複製した毒の影響だ。如何なる武器もその身に触れた途端、腐り果ててしまうのだ。

これを打ち破るためには何らかの耐毒の加護か、完全に腐りきる前に肉を打ち破れるだけの威力を持つ攻撃を仕掛けなければならない。

 

「やはり利かぬか」

 

「キャスター、凍らせられるか!?」

 

「ダ、ダメ……ヴィイの制御に集中しないと、振り解かれそう……」

 

いったいどれほどの措置を施されたのか、看守の力はヴィイの剛腕を振り解きかねない膂力を秘めている。

呪腕のハサンでは決定打を与えられず、静謐のハサンはまだ戦える状態ではない。

逃げの一手を打ちたいところだが、看守が出口を塞いでいるのでそれも叶わない。

 

「ふむ、詰みましたかな、カドック殿」

 

「そう思うか?」

 

「いえ、アレがあるのでしょう。既に準備は整っているようですよ」

 

「わかった、みんな後ろに跳べ!」

 

合図と共に、カドックは拳を翻す。

同時に赤い光が霧散し、床に叩きつけられると共に一画の令呪が消えて不可視の檻を形作った。

ほんの僅かではあるものの、サーヴァントの動きを阻害する令呪の檻。

それは紛い物のサーヴァントである看守も例外ではなく、カドックを中心にその場にいた4人のサーヴァントの動きが重力で縫われたかのように遅くなる。

こんなことをしたところで、まともに動けるのが自分だけでは意味がない。

自分の魔術程度ではこの看守を倒すことができない。

だが、ここに1人、それが可能な人物がいる。

毒の体に触れることなく、その身を打ち貫く力を持ったサーヴァントがいる。

 

「まずは礼を言おう。サーヴァント、アーチャー。真名を俵藤太と申す。これより貴殿の弓となり、共に戦うことをここに誓おう」

 

何が起きたのか、看守自身もわからなかったであろう。

何しろ、突然、体が重くなったかと思った瞬間、背後から心臓を矢で射抜かれたのだから。

それを成した人物こそ、静謐のハサンと共に囚われていた三蔵が弟子と言い張る1人の男。

東洋の魔性殺しとして名高い勇将、俵藤太であった。

 

 

 

 

 

 

何とか看守を撃退したカドック達は、急ぎ百貌のハサンと合流して砦を後にした。

自分達が地下に潜っている間、百貌のハサンもかなりの激闘を繰り広げていたようで、撤退間際は疲労で頭がうまく回らない有様だった。

どうやら彼女の宝具は短時間に酷使すると脳に強い負担をかけるようだ。

 

「食べるか、未来の砂糖菓子だ。いくらかマシになるだろう」

 

「かたじけない。はあ……生き返る」

 

飴玉を豪快に齧りながら、百貌のハサンは馬上で一息を入れる。

今は砦から奪った馬で西の村に戻る途中だ。

あのサーヴァントもどきの看守以外は取り立てて厄介な敵はおらず、円卓の騎士も現れなかったので救出作戦は大成功と言っていいだろう。

しかも、三蔵と藤太という強力な助っ人も招き入れることができた。

絶望的だった十字軍との戦いにも、これで光明が見えてくるというものだ。

 

「後はアーラシュと合流して、太陽王との交渉だ。やれるぞ、これなら……」

 

カドックはかつてない手応えを感じ、曇りがちだった眼差しにも強い光が戻ってくる。

もう立香はいない。マシュもいない。けれど、2人の願いはここにある。

自分が彼らの代わりに、必ずグランドオーダーを成し遂げる。

2人の無念も希望も、全てを背負って7つの特異点を駆け抜ける。

その決意を新たにし、カドックは馬を走らせた。

異変に気付いたのは、その直後であった。

 

「見て、西の村が……」

 

西の村が、燃えていた。




ニトクリス誘拐未遂がないから百貌がまるで別人のようだ(笑)

カドックくんは耐毒スキルがないので静謐ちゃんからの好感度は低めです。
まあ、仮に彼女が迫ってきたらヴィイの平手が飛びますが(カドックに)。
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