Fate/Grand Order IF 星詠みの皇女 作:ていえむ
中東の地に忽然と現れた砂漠地帯。そこは太陽王オジマンディアスの領域であり、中東とは位相がズレた完全なる別時代である。
近未来観測レンズ・シバによって一つの時代を観測するには膨大な電力と演算処理が必要であり、臨機応変に異なる時代に焦点を合わすということができない。そのため、この砂漠地帯ではカルデアとの通信が途絶され、一切の支援を受けることができなくなる。
ここは正に別次元にして異世界。数々の特異点を越えてきたカドックにとって前人未到の魔境であった。
そして、試練は早くも訪れた。
「Arrrrrrrr!!」
咆哮と共に撃ち出された銃弾の嵐が砂塵を吹き飛ばし、展開された氷の壁を粉砕する。
塵となって霧散する結晶は煌びやかで、これが戦場でなければ思わず見惚れてしまうほどだ。
そんな幻想的な光景に一切の感慨を抱かず、漆黒の狂戦士は新たに手にした大筒を担いでその照準をこちらに向ける。
繰り出されたのは大戦車用の爆弾パンツァーファウストだ。
「何でもありか、あのバーサーカー!!」
魔術の効果が切れるタイミングを見計らって強化をかけなおしながら、カドックは悪態を吐く。
砂漠に入って一日目。順調にはいかないだろうとは思っていたが、いきなりサーヴァント同士の戦闘に巻き込まれるとは思わなかった。
しかも、その一方は立香達と共に自爆したと思われていた黒い狂戦士。どうやってあの爆発から生還したのかはわからないが、この謎のバーサーカーは相変わらずいくつもの近代兵器で身を固めており、エジプト人らしき少女のサーヴァントに襲い掛かっていたのだ。
「マスター、あなたは後ろに! いざとなったら城塞の中に!」
「わかった。三蔵、お前はとにかく逃げ回って注意を引け!」
「ぎゃってぇ、無茶言わないでよ!!」
そう言いつつも三蔵はバーサーカーの気を引くために砂の上をジグザグに駆け回り、撃ち込まれる爆弾を紙一重のタイミングで躱していく。
その動きは無軌道過ぎてまるで予測がつかず、さしものバーサーカーも彼女を捉えることができない。すると、バーサーカーはどこにしまっていたのか新たに2丁のパンツァーファウストを取り出すと両肩に構え直し、逃げ回る三蔵に向けて次々と爆弾を撃ち込んでいく。
手数を増やして面を制する。シンプルだが効果的な策だ。さしもの三蔵も攻撃の数が倍に増えては対処しきれない。
「うわ~ん、ごくう~」
「ええい、情けのない声を出すんじゃありません。出ませい!」
カドックの後ろで傷を癒していた少女が、泣き喚く三蔵の姿に見かねて術を行使する。すると、バーサーカーの足下に突如として漆黒の穴が開き、その中から何体もの死霊が這い出てきて狂戦士の足を取ろうとする。
無論、狂っていて尚、技の冴えを失わぬこのバーサーカーは即座にそれに気づいて飛びずさろうとするが、その一瞬の隙を突いてアナスタシアが「シュヴィブジック」を発動。さしもの狂戦士も因果の逆転までは対応することができず、十分に気づく時間がありながら死霊に羽交い絞めにされることを許してしまう。
「仏罰覿面!」
仕返しとばかりに三蔵が経を唱えると、虚空に現れた金色の円環がバーサーカーを縛り付ける。
これにより、漆黒の狂戦士は完全に動きを封じられる形となった。以前の爆弾による目くらましを警戒して手足も完全に封じているため、最早バーサーカーにこの窮地を脱する術はない。
後は待ち構えていた藤太の矢が霊核を砕けば自分達の勝利だ。
そう思った刹那、バーサーカーの体から爆発染みた魔力の奔流が迸る。
まるで肺から息を絞り出すように、体の中心から全身、鎧の一端にまで浸透していく黒色の魔力。それは鎧から伸びているひも状の装飾にまで行き渡り、まるで意志を持った生物のように動いて足下に転がっていた短機関銃を拾い上げた。
「まずい、みんな避けろ!」
地面に向けて銃弾が撃ち込まれ、砂塵が宙を舞う。
視界が晴れた時にはもう、バーサーカーの姿はどこにもなかった。
「マスター、ケガはないかしら?」
「ああ、おかげで無事だ」
三蔵と藤太も目立った負傷は負っていないらしい。
三蔵は囮に使われて少々、ご機嫌ななめのようだが。
それにしても、あのバーサーカーがあんなことまでできるとは思いもしなかった。
最後のあれさえなければ、立香達の仇も討てたというのに。だが、終わってしまったことを悔やんでも仕方がない。今は次の機会に備えて対策を練るのが先決だ。見たところ武器は使い捨てているようなので、どこかで補給されない内に叩ければ何とか倒せると思うのだが――。
「おほん」
それにアトラス院のこともある。
カルデアとの通信は使えないので、事前に用意できた不正確な地図と星読みのスキルが頼りだ。
方位を読み違えて迷ってしまえば恐らく、二度とこの砂漠から出ることはできないであろう。
「おほんおほん」
太陽王との交渉もある。
オジマンディアスは偉大なファラオだ。
こちらには“山の翁”がついているとはいえ、素直に首を縦に振ってくれるかどうか――。
「ええい、不敬ですよ!」
褐色の少女が声を張り上げる。
そういえば、バーサーカーから襲われていたところを助け出したのだった。
あの狂戦士の何でもありのインパクトに霞んですっかり忘れてしまっていたが。
「忘れていたとは何ですか! 天空の神ホルスの化身、このニトクリスに向かって何と不敬な!」
(ああ……これは面倒なパターンだ)
ニトクリスは古代エジプト第六王朝にて、僅かな時期に玉座に在った魔術女王。
記録が余り残っていないのと、在位期間の短さで具体的に何をしたのか不明な点も多いが、古さだけでいえばオジマンディアスよりも遥かに前の時代のファラオである。
「すまない、別に蔑ろにするつもりはなかった」
「まったくです。助けてくれたことには感謝致しますが、ファラオを無視するなど不敬にも程があります」
杖を振り上げ、精一杯の威厳を見せつけるように胸を逸らす。
残念ながらその姿は恐ろしいというよりは微笑ましい。
本人は真面目に振る舞っているのに、一周回って何とも言えない残念な感じを醸し出している。
「ファラオ・ニトクリス。本当に申し訳ありません。それと、私達は訳あって先を急いでおります。ここに留まっていてはまた襲われるかもしれませんので、これで……」
「そうそう、先を急がなくちゃ。またあの黒い騎士が襲いかかってくるとも限らないしね」
「うむ、非常に名残惜しいが先を急ごう。また襲われても敵わぬ。ささ、マスターも」
「あ、ああ……じゃ、ファラオ・ニトクリス。僕達はこれで……」
何となく、3人が何を言わんとしているのかを察して余計なことは言わないでおく。
案の定、自分達が離れようとすると妙にそわそわしだしたニトクリスは、頬を赤く染めながらこちらを呼び止めた。
「待ちなさい。折角です、あなた達にファラオを神殿まで護衛する栄誉を与えましょう。その働きを以て先ほどの不敬は不問とします」
バーサーカーに襲われたのが余程、怖かったのだろう。
神の化身を名乗りながら、ニトクリスの肩は僅かに震えていた。
□
そこはまるで、砂の海に浮かんだ海上都市であった。
積み上げられた石の柱、壁に彫られた壁画、幾つもの彫刻、湧き出す泉と草木まで存在する。
昼間は熱波が空を覆い、夜は極寒、時に砂嵐すら牙を剥く死の大地において、ここは天上のオアシスだ。
こここそが太陽王オジマンディアスが君臨する太陽神殿。複合神殿ラムセウム・テンティリスである。
「すごい、やはり太陽王の建築だ。この壁画は生前の逸話か? ファラオの前に描かれているのは女性のようだが……そうか、そういうことか。ならこっちは……」
神殿に入るやいなや、その光景に目を奪われたカドックが周囲の目も気にせずに壁画の一つへと駆け寄る。
当然ながら蔑ろにされたニトクリスは顔をしかめたが、アナスタシアが宥めたことで何とか事無きを得た。
「本当、こういうことになると見境がなくなるわね、あの子は」
「太陽王オジマンディアス。ラムセス二世とも呼ばれていますが、紀元前1300年頃に君臨した最強最大のファラオです。エジプトに多大な繁栄をもたらしましたが、特に建築において「地上の神殿は全て私が作ったものだ」という発言が残っているほど有名でして」
「詳しいな、皇女殿」
「寝物語で聞かされては覚えるというものよ」
「あ、色々と苦労しているのね、あなたも」
複雑な表情を浮かべるアナスタシアに対して、三蔵は同情するように声をかける。
「あ、待ちなさい! 誰も中に入っていいとは言っておりませぬ!」
ニトクリスの叫びに振り向くと、神殿の奥へ奥へと進んでいくカドックの姿が目に入った。
どうやら、興奮の余り周りが見えていないらしい。
「もう、子どもなんだから」
「笑っている場合ですか! 勝手にファラオの神殿に踏み入るなど不敬です!」
「いや、何れは来なければならなかったのだ。それが早まっただけと考えよう。ご免、エジプトのふぁらおとやら」
言うなり藤太が駆け出し、アナスタシアと三蔵もそれに続く。
呆気に取られていたニトクリスではあったが、その場から誰もいなくなってからようやく事態を飲み込み、ヒステリックに声を張り上げながら一同の後を追う。
そうして、カドックと合流した一同が目にしたのは、天頂から眩い輝きが降り注ぐ巨大な広場であった。
そこは謁見の間なのだろうか。いわゆる玉座であると思われる椅子が広場中央に設けられた階段の上に据えられており、そこに1人の青年が退屈そうに腰かけていた。
そう、その者こそファラオ・オジマンディアス。
褐色の肌に陽光色の瞳。180センチに届くかというほどの長身。無駄なく引き締められたその肉体は黄金比で構成され、さながらギリシャの彫刻のような美しさを秘めている。
正に美しさと力強さにおいてこの世の頂点に君臨する世界最高のファラオ。
そのファラオ・オジマンディアスが、遥か頭上からこちらを見下ろして静かに口を開いた。
「来たか、異邦からの旅人よ」
その音色はさながら天上の調べであった。それでいて厳かで、聞く者を圧倒する尊大な響きがあった。
“山の翁”とはまた違った威圧感があり、万力のように胸を抉じ開けてその存在を刻み付ける圧倒的なまでの王気。
先ほどまでの興奮はとっくに冷め切っていた。
この神々しいファラオの前では誰もが敬意を抱き畏まることだろう。
彼は偉大な王であり、神にも等しい存在。この世を見下ろし席巻する太陽の如き存在だ。
そんな大英雄が今、自分達の目の前にいる。
「本来ならば謁見のための試練を与えるところだが、お前達にはニトクリスが世話になった。その礼を以て、ファラオの玉座に無断で立ち入った不敬を許そう。我が名はオジマンディアス。神であり太陽であり、地上を支配するファラオである」
(こいつが……いや、この方が……太陽王…………)
神に連なる英霊とは何度か相対してきたが、目の前のファラオは格が違う。
彼は王者であり、太陽であり、正しく神だ。
向けられる視線は陽光の如き輝きであり、光芒は等しく大地を照らす直射の炎。
万物を等しく慈しみ、等しく侮蔑する神の如き目線。
この世のどこにも自分に勝る者などないと、心の底から信じ切っている王の中の王だ。
この男の前では下手なことは言えない。しくじれば首を晒されるか、神獣の餌にされるだろう。
ファラオはそれを躊躇なく実行する。自らの気分を害する存在あれば、埃を払うようにそれを排除するはずだ。
こうして目を合わせているだけで恐怖で足が竦んでしまう。後退らなかったのは、きっとすぐ横にアナスタシアがいてくれたからだ。
情けない見栄がなければ神とも相対できない。自分はやはりちっぽけな存在だ。
だが、それでもやらなければならない。
本来ならばアトラス院での調査を終えた後に太陽王と謁見するつもりだったが、こうなってしまってはこの場で交渉を進めるしかないだろう。
「お前達がカルデアからの使者である事、五つの特異点を修復した者である事。そして、この第六の楔にて獅子心王と対峙する者である事、全て承知している」
「ご存知、でしたか……」
「当然だ。余に知らぬことはない。お前達が彼の大英雄の献身によって生き残った事も、余は知っている。北東の空に輝いた光。あれは正に大地を割る彼の英雄の一矢であろう」
何かしらの宝具によるものなのだろうか。オジマンディアスは中東における自分達の動向を全て承知していた。
聖都に向かう途中で人助けを行っていた事、十字軍から難民を救い出した事、山の民と協力して円卓の騎士と戦った事も全て知っていた。
一言を語るごとに熱が入る。一節を言い終える毎に怒気が孕む。
端正な顔立ちは少しずつ歪んでいき、こちらを見る視線に明らかに侮蔑と怒りが込められていく。
「何故、いの一番に余のもとへ来なかった! であるならば、大英雄アーラシュはその命を散らさなかったであろう!」
「…………!!」
「そんな、言いがかりを――」
「止すんだ、アナスタシア!」
反論しようとするアナスタシアを制する。
オジマンディアスが言うことも全くの的外れという訳ではない。
早くから太陽王と十字軍が争い合う関係にある事は知っていたのだ。彼の協力を取り付けられていれば事の次第は変わっていただろう。ただ、砂漠越えが困難であったから棚上げしていたにすぎない。事実、ニトクリスが同行してくれなければ砂嵐や蜃気楼でここまで辿り着くのは容易ではなかったであろう。
「確かに、僕達は選択を誤ったのかもしれない。あなたの言う通りにしていれば、彼の大英雄は死なずに済んだ」
「その通りだ。その過ちは命を以て償うべきだが、小癪にもお前達は大英雄に救われた者達だ。その命を余の手で詰むことは余の矜持が許さない。余の気分が変わらぬ内に失せるがいい!」
「それはできない! 僕達はあなたに力を乞わねばならない!」
刺し殺されるかのような熱と殺意を持った視線を真正面から受け止め、精一杯の虚勢を張る。
なけなしの勇気を振り絞り、太陽王に向けて啖呵を切る。
もう後には戻れない。だが、不思議と後悔はなかった。
隣にアナスタシアがいる。
この胸の内に立香とマシュがいる。
3人の存在が自分に力を与えてくれる。
こんな抜き差しならない修羅場は初めてではない。
いつだって絹糸のように細い活路を駆け抜けてきたじゃないか。
だから、恐れはあっても迷いはなかった。
「僕達は人理修復のために十字軍と戦わなければならない。そのためには太陽王、あなたの力が必要だ!」
「笑止! そのような戯言を本気で口にしているのか!? 彼の大英雄は既におらず、お前達には万に一つの勝ち目もなかろう。いや、仮に獅子心王を倒したとしても、魔術王の焼却から人類史を救う手立てはない!」
「その口ぶり、あなたにはあると言うのね?」
氷のようにゾッとするほど冷たい声が広間に響く。
隣にいるアナスタシアだ。太陽に関するサーヴァントが相手になると多少、棘が出てくる彼女ではあるが、オジマンディアスに対してもそれは変わらないらしい。
神に等しいファラオを相手に真っ向から視線を切り結ぶ様はまるで氷の女王だ。
「そう睨むな、魔眼の娘。お前の言う通り余には策がある。余の神殿――『
「では、人理を救う気はないと? それなら十字軍と戦っているのは何故ですか?」
「あやつらは余の領地を土足で荒らす蛮族だ。不遜にも余に弓を引き、この地を貶めんとしている輩にはファラオの神罰が必要なだけよ」
十字軍と敵対しているのはあくまで成り行きにすぎないと、オジマンディアスは言う。
逆に言うと、そこに付け入る隙がある。
彼には本来、人理救済のために積極的に動く理由がない。だが、十字軍の悪行を見過ごせないから敵対を続けているのだ。
そのファラオとしての使命感と英雄の矜持に働きかければ、自分達を認めさせることができるかもしれない。
「ファラオ・オジマンディアス。十字軍を許せないのは僕達も同じだ。ならば共に戦うことはできないだろうか!?」
「くどい! 凡百のサーヴァントが集ったところで毛ほどの役にも立たぬわ! それとも、それだけの力があると? 貴様らは世界を救うに足る者であると証明できる何かを持っているのか?」
ここだ。
自分達には力がある。
一騎当千の隠し玉があるとぶちまけてやれば、オジマンディアスは必ず食いついてくる。
そこから先は出たとこ勝負だ。彼が合理的に物事を判断できる人物ならばそれで良し。
仮に激情のまま食い下がる男なのだとしたら、場合によっては一戦を交える必要があるかもしれない。
「
「なに、始まりの翁だと……」
自信に満ちていた太陽王の表情が初めて曇る。
ここに至るまで、徹底的にこちらを見下していた眼光に初めて警戒の色が浮かぶ。
知っているのだ。この男は初代の翁を知っている。
その底知れぬ力を彼は知っているのだ。
「それは死神の如き姿の剣士の事か? まさか、貴様らは奴の助言で我が砂漠を訪れたと?」
「この地に眠る遺跡――アトラス院を訪れることを条件に、彼の暗殺者は協力を約束してくれた。僕達はその許しを得るためにここに来た!」
ハッタリである。
ここに来たのは偶然で、オジマンディアスと出会ってしまったのは神殿を目の当たりにした興奮で知らず知らずの内に迷い込んでしまったからだ。
だが、太陽王はそのことを知らない。彼が知っているのは自分達カルデアがこの中東の地で何を成したかということだけ。
そこに至った感情の機微についてまでは知る由もないはずだ。
これで立場は不埒な侵入者から、遺跡への立ち入りを求める謁見者へと変わった。
さあ、どう出る太陽王。
「確かにあの者が付いているのなら、話は変わってくる」
「ファラオ・オジマンディアス。始まりの翁とはいったい?」
事情に疎いニトクリスが口を挟む。
平素ならば会話に割って入れば忽ちの内に怒りが飛ぶのだろうが、“山の翁”の名が余程衝撃的だったのか、オジマンディアスは言葉に僅かな動揺を含みながら無知なる従者に説明する。
「山の翁どもの頭目よ。そして、余が十字軍やあやつ同様に警戒した相手だ。あの者の存在があったからこそ、余は守りを固め戦線を現状に留めざるをえなかった」
オジマンディアスが言うには、彼が最初に十字軍を打ち破って山の民とも敵対した際、人知れず侵入してきた“山の翁”と相対したらしい。
“山の翁”はオジマンディアスがその存在に気づいた瞬間には既に仕事を終えており、宝具である神殿内でなければそのまま即死していただろうとのことであった。
もしも再び暗殺を企てられれば打つ手がない。故にオジマンディアスア十字軍との戦いに本腰を入れることができず、機を伺っていたと言うのだ。
「なるほど、大英雄を欠いて始まりの翁を懐柔したか。つくづく厚顔な者達よ」
「何よ、さっきから聞いていたら言いたい放題! 聞けばエジプト最強のファラオなんでしょ! だったら世界の一つや二つ、守ってやるぐらいは言ったらどうなのよ!」
「――――!」
三蔵の言葉にオジマンディアスは意外にも絶句する。
彼女の言葉には合理性の欠片もない。強い力を持っているなら正しいことに使えと、真正直に言い放っただけである。
自分にどのような義があるのか、戦うことでどんな不利益を被るのか、戦いを終えれば何が残るのか。そんな至極、当たり前のことを度外視した子どもの理屈だ。
そして、単純な理屈であるが故に感情に訴えかけるのもまた事実だ。
「ファラオ・オジマンディアス。確かに僕達は大英雄を失った。この身は彼に生かされた弱き命かもしれない。それでも、彼は僕達に託してくれた。あの一瞬の輝きに込められた願いを僕達は受け取った。だから、どうかあなたの力を貸して欲しい」
切れるカードは全て切った。
こちらには“山の翁”がいる。
戦うべき理由もある。
理屈を並べ、感情に訴え、残るは天運に任せるのみだ。
この偉大な王は何を考えるか。
次に出てきた言葉次第で、全てが決まると言っても過言ではないだろう。
「……答えるがいい、異邦のマスター。お前は本当に十字軍と戦い、獅子心王を倒し、この時代を救おうというのか?」
「その通りだ。だが、この時代だけではない」
「なに?」
「僕は……僕達は全ての時代を救う。人理を取り戻すためにここにいる。その為に力を貸せ、太陽王!」
玉座の間に静寂が訪れる。
その場にいた誰もがオジマンディアスの次の言葉を待っていた。
その場にいた誰もがカドックの発した言葉に目を丸くしていた。
あろうことか、太陽王に向けて力を貸せと言い切った。
ここまで下手に出て、慎重に言葉を選んできた男が、最後の最後で啖呵を切ったのだ。
「はは。ははは。ははははははははははは!!」
笑っていた。
心底可笑しそうに、太陽王は笑っていた。
哀れな道化を目にしたからか。否、オジマンディアスは正に太陽の如き存在。その灼熱は苛烈であるが故に平等であり、決して勇者の言葉を蔑ろにはしない。
「そのような戯言を聞いたのはいつ以来か。だが、許そう。異邦のマスター、お前の眼は欠片も臆していない。その風格、その大望は未だ分相応とはいえ尊ぶべきものだ。お前は本当に、心の底からそうしたいと願っている。そうでありたいという何かをお前は得たのだな」
「…………」
「元より勝ちの目のある戦いだ。同盟を断る道理もない。ならば異邦のマスターよ、当然の事ながら代価を支払ってもらうぞ。お前は余に何を献上する? 何を以て余を動かす」
戦う理由は正統で、手を貸すことはやぶさかではない。だというのに、このファラオはこの期に及んで代価を要求する。
これは試されているのだ。
自分達は先ほど、アトラス院に立ち入らなければ“山の翁”の協力を得られないと説明した。
言い換えるのなら、ここでオジマンディアスがアトラス院に立ち入る許可を出さなければ“山の翁”の協力は得られず、太陽王との敵対も決定的なものとなる。
そうならないために何を賭けるのかと、このファラオは自分を試しているのだ。
その答えが満足のいくものならば、彼は全幅の信頼の下に力を貸してくれるだろう。
だが、何と答えればいいのだろうか?
富か?
金銭で助力を乞うのは定番ではあるが、生憎と自分達や山の民にそんな余裕はない。
奴隷か?
それでは山の民から今までの生活を奪うことになってしまう。
領土か?
論外だ。ファラオとは神であり地上は全てが所有物。最初から所持しているものを貰ったところで意味はない。
ならば、答えはなんだろうか?
カドックはしばしの熟考の後、イチかバチかの賭けに出た。
「何もない」
「ほう……」
「あなたは
全てがファラオの所有物なら、自分達がその処遇を決めることは不敬に当たる。
既に世界は王のもの。ならば何の遠慮があるだろうか。
彼は自らが望むものを望むだけ持っていけばいい。
それだけの力と権利をファラオは有している。
地上の民に神の法を断じる権利はないはずだ。
「…………」
一度だけ、こちらの顔を覗き込むように見直したオジマンディアスが玉座から立ち上がる。
「ニトクリス、この者達の共をし、アトラスの遺跡へと案内しろ!」
「ファラオ・オジマンディアス、この者達を勇者と認めるのですか?」
「ファラオに二言はない! 少年、先ほどの約束、違えることは許さんぞ」
静かに、しかし力強く頷き返す。
有無を言わせぬ鋭い眼光を、自分はしっかりと受け止められていることに気づく。
“山の翁”と相対してからだろうか、ほんの少しではあるが心が強くなったような気がする。
今まで、重い荷物を背負っているかのように常に付きまとっていた胸のつかえが取れた気分だ。
思えば立香を失う前から、自分は多くのモノを失ってきた。
五つの特異点で多くの命が失われ、志半ばで英霊達が散る様を見送ってきた。
そもそも、元を正せばレフ・ライノールによる爆破工作で多くの仲間を自分は失っている。
その重荷を、遂に降ろす時が来たのだ。
自分の野心のためでも、失った命への贖罪でもない。
胸を張って、世界を救うと言えるだけの勇気が、やっと自分も持てるようになったのだ。
□
ニトクリスの加護もあり、アトラス院への道中は穏やかなものであった。
砂嵐もなく、スフィンクスの襲撃もない。
三蔵が突拍子もないことを言い出し、いちいち面白い反応を返すニトクリスを藤太が宥める。
その様子は、立香やマシュと共に旅をしていた頃を髣髴とさせた。
夜が訪れる度に、カドックはそんな事を考えてしまう自分のセンチメンタリズムを自嘲した。
やがて、アトラス院も間近という所まで近づくと、一際大きな砂丘が目の前に現れた。
ニトクリス曰く、この砂丘を越えた先にアトラス院への入口があるらしい。
「アトラスの遺跡はオジマンディアス様ご執心の地です。くれぐれも、粗相のないように」
道すがら、耳にタコができるほど聞かされた注意をニトクリスは再度、繰り返す。
根が小心者なのか、ファラオとしては後輩にあたるオジマンディアスに対して彼女はとにかくへりくだっていた。
そういえば、自分がオジマンディアスと問答をしていた時も、そのやり取りに一番目の色を変えていたのは彼女だったと藤太が言っていた。
特に自分が太陽王に啖呵を切った時は、この世の終わりのような顔をしていたとのことだ。
「カドック、アトラス院はどういうところなのかしら?」
「詳しくは知らない。基本的に協会同士での交流はないからね。錬金術に特化していることと、礼装の研究が盛んに行われていることくらいかな」
特に演算装置に関しては魔術・科学を問わず世界中のどの機関にも負けないものを有しているはずだ。
何しろここは学び舎とは名ばかりの墓所。数多の兵器が作られては破棄され、人の営みと共に増えていく情報を蓄積し整理するための保管庫。
入る事は容易く、出ることは難しい。
正に牢獄の如き奈落がそこに広がっている。
「ロンドンの時と同じなら、中の防衛機構は働いているはずだ。みんな、中に入ったら必ず僕の指示を――」
「っ!? マスター、伏せろ!」
急に藤太が覆い被さり、カドックは砂の山に顔を突っ込むような形で倒れ込む。
直後、頭上で何かが通り過ぎたかのような気配と共に少し先の砂上に何かがぶつかって砂塵が舞う。
攻撃されたと理解するのに時間はかからなかった。
すぐに魔術回路を励起させ、砂上を転がるように身を起こして藤太の背後に回り込む。
指差された方角を見ると、遥か彼方に銃を構える騎士甲冑の姿があった。
バーサーカーだ。
この時代で何度も相対している狂戦士。
奴がまたしても襲いかかってきたのだ。
「Arrrrr!!」
バーサーカーは砂を蹴りながら手にした対戦車ライフルPzB41の引き金を引く。
本来ならば銃座などで固定して使う代物だが、サーヴァントの膂力ではその反動はないに等しい。
加えてその射撃は正確で弓兵である藤太がいなければ今頃、自分の頭はトマトのように潰れていたことであろう。
「またあの騎士ですか!? ここをオジマンディアス様の領土と知っての狼藉ですか!!」
怒り心頭とばかりにニトクリスは砂塵を巻き上げ、視界を覆いつくさんとばかりの砂嵐を引き起こす。
通常ならば視界が利かず、まともに歩くこともできない暴風だ。だが、バーサーカーの疾走は止まらない。
砂を掻き分け、風を切り、砂塵で故障した銃を捨てて新たな武器を取り出しこちらへと迫る。
手にしているあれは剣だろうか。砂嵐で照準がぶれるため重火器を使ってこないのか、それとも全ての火器を使い切ったのか。
いずれにしろこれはチャンスだ。重火器さえなければ、あの厄介な宝具化の能力も意味を成さないはず。
そう思ってカドックが迎撃の指示を出そうとした刹那、バーサーカーはどういう訳か急に方向転換し、北に向かって走り去ってしまう。
先ほどまで殺意を滾らせて疾走していたとは思えない行動だ。
火器を失い、自身が不利と感じて撤退したのだろうか。
「……いけない、向こうにはキャラバンがあります!」
「人がいるのか。アナスタシア!?」
「ええ、大勢の人がいます。バーサーカーはそちらに向かっています!」
アナスタシアの魔眼は、バーサーカーの進行方向にキャラバンを見つけたらしい。
理由はわからないが、どうやらバーサーカーはキャラバンに向かって暴走を始めたようだ。
このまま放置すれば、煙酔のハサンが殺された時のように多くの犠牲者が出てしまう。
「はて、あちらに集落などなかったはずですが……」
ニトクリスは首を傾げているが、今は問い質している暇はない。
急いでバーサーカーを追いかけなければ手遅れになる。
だが、駆け出そうとしたカドックを藤太は手で制した。
「いや、追うとなるとマスターとアナスタシア殿の足では間に合わぬ。ここは拙者達に任せて、お二人はアトラス院に向かわれよ」
「あのサーヴァントは強敵だ。まだ何か隠し持っているかもしれないんだぞ!」
「だからこそ、だ。これ以上、かかずらっていては聖都攻略に支障をきたす恐れがある。何、倒せずとも人々を守り切れればそれでよし。優秀なキャスターが2人もいることだしな」
「当然。御仏の加護、見せてあげるわ」
「その中には私も入っているのですね。まあ、オジマンディアス様は遺跡まで案内しろとしか仰っておりませんでしたし」
迷っている時間はなかった。
一瞬でも判断が遅れれば犠牲者の数が増える。
「わかった。頼んだぞ、みんな」
□
砂を蹴る。
砂を蹴る。
砂を蹴る。
どこまでも続くかと錯覚するほどの広大な砂漠。その境界にその集落はあった。
幾つかのテントで構成されたキャラバン。ある理由のために集められた騎士達の拠点だ。
だが、この狂戦士の目的はそこではない。
まるで引き寄せられるかのように現れたオアシス。
そこに飛び込んだ狂戦士は、遂に待ち望んだ相手と再会した。
邪魔立てするは2人の騎士。
黒い甲冑と盾の少女。
そして、2人に守られるように佇む王が1人。
その王を守る騎士の1人が、こちらに向けて忌々し気に言葉を吐いた。
「――そうか。貴様はまた、我が王を裏切るか」
その言葉の真意を、狂戦士は知る由もなかった。
このペースだと、まだまだ続きそう。
漸く折り返せた辺りかな、これは。
ここまでバサスロが出ずっぱりになるとは思いませんでした。
次回はいよいよ、あの2人が対決ですね。