Fate/Grand Order IF 星詠みの皇女   作:ていえむ

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神聖■■■■エルサレム 第8節

そこはまるで一つの街であった。

地下であるはずのその空間には空があり、光が差し込んでいる。

それが例え人工のものであったとしても、ここで学ぶ者達の心に健やかな気持ちを育むことだろう。

そういう意味ではここは理想的な学び舎と言えた。

だが、実際のこの場所は兵器の廃棄場だ。

現在地は地下500メートル。アトラス院の中心部に位置する広間にカドックとアナスタシアは足を踏み入れていた。

警戒していた防衛機構もほとんど働かず、ここまでこれといった躓きもなく到達することができた。

入る事は容易く、出ることは難しい。

それが文字通りの意味であるならば、抵抗が予想されるのは脱出の時かもしれない。

 

「ここ、カルデアの管制室に似ているわ」

 

アナスタシアの言う通り、この広場の造りはどことなくカルデアの管制室に酷似していた。

大きな違いは中心に置かれているのがカルデアスではなく巨大な3本のオベリスクだというところだろうか。

カルデアと通信が繋がれば詳しい情報をロマニから説明してもらえるのだが、残念ながらここも外の砂漠と同じで端末は何の反応も返さなかった。

そうなると必要な情報は全て自力で探さねばならない訳だが、果たして自分にこのアトラス院のデータベースを操作できるであろうか。

 

「その心配は無用だ。必要な情報ならば私が引き出そう」

 

冷徹でやや神経質そうな男の声が広場に響く。

どうやら初めからここに潜んでいたのか、コートを纏ったイギリス人らしき青年がオベリスクの向こう側から姿を現した。

コートで体格は分かりにくいが恐らくは痩せ型。凡そ180センチほどの長身で鷲鼻と鋭い顎が目立つ。

その身なりと特徴を、カドックはどこかで知っているような気がした。

 

「やあ、こんにちは諸君。そしてようこそ、神秘遥かなりしアトラス院へ」

 

声に似合わずにこやかな笑みを浮かべた青年は、親愛の印だとでも言いたいのか手袋を脱いで握手を求めてきた。

相手の正体がわからず、不用意に誘いに乗って良いものかと迷うカドックではあったが、傍らに立つアナスタシアは特に警戒を抱いていないようであった。

透視の魔眼を持つ彼女の前では隠し事はできない。暗器も伏兵も全て彼女が見通してしまうからだ。なので、少なくともこの男は丸腰かつ1人でここにいるのだろう。

そう結論付けて差し出された手を握ると、男は思いの外に強い力でこちらの右手を握り返してきた。

 

「左手が不自由のようだね。名誉の負傷かい?」

 

「っ……!?」

 

「それと音楽を嗜むようだ。ギターかね?」

 

こちらが何かを言う前から、男は次々と言い当ててくる。

何かしらの魔術か超能力の類で記憶を覗かれたのだろうか? だが、そういった力を発動した痕跡は一切見られない。

ならば、この男は自分の佇まいや身体的特徴からそれらを推理したというのだろうか?

確かにロンドンでの後遺症から左手が使えず、右手でばかり荷物を持つようになったので手の平の皮は厚くなっている。

ピックを使わずにギターを引いていれば指先も自然と人より固くなっているはずだ。

それらの機微を彼は一瞬の内に見抜いたというのだろうか。

 

「あんたは、いったい?」

 

「私はシャーロック・ホームズ。世界最高の探偵にして唯一の顧問探偵。明かす者の代表として、キミ達を真相に導く者だ」

 

シャーロック・ホームズ。

言わずと知れた世界で一番有名な探偵。

作家コナン・ドイルの名で発表された小説は世界中で愛読され、多くのファンを生み出した、ミステリー或いは探偵という概念の先駆者。

カドック自身は知らないことだが、先ほどのホームズの推理は生前の彼がワトソン博士との初対面の際にやって見せた推理を踏襲したものであり、彼なりのファンサービスのようなものだった。

もしもここにミステリー好きのマシュ・キリエライトがいれば間違いなく狂喜乱舞していたことだろう。

 

「ふむ、ここに至ったのがミスター・ゼムルプスとそのサーヴァント・アナスタシアのみというのは些か気になるね」

 

「あんた、僕達の名前を……」

 

「知っているとも。私とキミ達は既に情報を介して間接的に出会っている。ロンドンでは無事に私が用立てた情報を手に入れてくれただろう?」

 

「時計塔に先立って侵入していたのはあんただったのか」

 

アンデルセンが時計塔の資料室を調べた際に感じた違和感。

意図的にわかりやすい位置に置かれていた聖杯戦争の資料。

何者かが自分達よりも先に侵入していたと彼は推察していたが、その人物こそがホームズであったのだ。

 

「あまり露骨に揃えていてはマキリに気づかれる恐れがあったのでね。この殺人事件の解決者になる為にも、キミ達はあの情報を知る必要があった」

 

探偵としての性なのだろうか。ホームズは魔術王による人理焼却を殺人事件と称した。

その神話級の殺人事件に対するカウンターとして自身は召喚されたと言う。

ただ、彼には彼なりに事情があるようで表立った行動ができないらしく、手助けは行うが人理焼却自体はカルデアに任せる腹積もりのようだ。

 

「まあ、顔に似合わず厚かましい人」

 

「止すんだ、アナスタシア」

 

「ははは。よく言われるよ」

 

人を食ったような笑いでアナスタシアの言葉を流しながら、ホームズは広場中央の端末を操作する。

音も振動もなかったが、その操作によってここに組み込まれた何かが動き出したことをカドック達は実感した。

 

「さて、キミ達が必要とするものはこの疑似霊子演算器トライヘルメスの中だ。カルデアに送られた霊子演算器トリスメギストスの元になったオリジナル、という事だね。キミ達にはまず、ある記録を知ってもらう。私でも遡ることができなかった、ある秘匿された出来事の記録だ」

 

「その記録というのは?」

 

「あらゆる記録、記述から抹消されたある事件。2004年の日本で起きた、聖杯戦争の顛末さ」

 

2004年の聖杯戦争。

それはカルデアにとって重要な意味を持つ言葉だ。

自分の運命を決定づけた最初の任務。

レフ・ライノールが正体を現し、多くの犠牲者を出したテロ事件。

アナスタシアと出会うことができたあの炎の街。

ファースト・オーダー。或いは冬木の聖杯戦争。

そこに人理焼却を読み解く上で重要な要素があるとホームズは言う。

 

「だが、あの儀式は失敗だったんだろう? 街は炎で焼かれ、多くの犠牲者が……」

 

自分で言ってから、その言葉の矛盾に気づく。

順番が逆だ。儀式が狂い、街が炎で焼かれたのは特異点化した冬木であり、自分達はその時代で行われていた本来の聖杯戦争については何一つとして知らないのだ。

 

「あらゆる記録は抹消されていたが、私は何とか参加者の名簿を手に入れることができた。そこにはキミがよく知る人物。オルガマリー・アニムスフィアの父にして、亡くなったカルデア前所長も参加していた」

 

ホームズが言い終えると共に、トライヘルメスより質問への回答が提示される。

 

『2004年、聖杯戦争。開催地、日本。勝者、マリスビリー・アニムスフィア』

 

情報の蔵には、確かにそう表示されていた。

マリスビリー・アニムスフィア。自分をマスターとしてスカウトしたカルデアの前所長。

彼は極東の血生臭い魔術儀式に参加し、6人の魔術師を殺して万能の願望器を手に入れた。

その後、彼は魔術師として大成し、机上の空論とされていたレイシフトの実用化と英霊召喚システムを確立。カルデアを国連傘下の研究施設へと発展させたらしい。

そして、ここが最大の引っかかりなのだが、その聖杯戦争にはマリスビリーの助手としてロマニ・アーキマンが参加していたらしいのだ。

 

「彼は聖杯戦争の後、医療部門のトップとして異例の大抜擢を受けている。それ以前の一切の出自が不明であるにも関わらずにね」

 

「あんたはドクターが怪しいと睨んでいるのか?」

 

「あくまで重要参考人だ。カルデアを壊滅させた主犯。レフ・ライノールがカルデアに接触したのが1999年。5年のズレにどのような意味があるのかわからない以上、結論を出すことができない。少なくとも彼が何かを隠しているのは事実だからね」

 

レフが聖杯戦争以前からカルデアにスパイとして潜り込んでいたのなら、ロマニはこの件とは完全に無関係なただの助手ということになる。

現状、それを証明できる手立てがないのでホームズはそれ以上の言及はせず、またこちらにも他言無用であることを念押ししてきた。

カドック自身としても、人理修復のために文字通り命を削っているロマニが魔術王の企みに何か関係があるとは思いたくはない。

彼は立香と同じく平凡な人物だ。

持って生まれた才能はなく、努力の積み重ねで獲得したスキルで采配を振るう凡人。

カルデアの誰もが知っている。自分達と通信越しに暢気な会話をしながら、彼は血反吐を吐いていることを。

レイシフト先での意味消失を防ぐために寝ずの番を行い、職員への指示や自分達のバイタルチェック、不調が起きた際の機器の調整、情報の解析。

英雄譚でお茶が美味いなどと宣いながら、彼は強壮剤とブドウ糖で意識を強引に保たせつつグランドオーダーに臨んでいるのだ。

そんな悲壮なロマンチストに欠片でも悪意があるとは思いたくない。

 

「不可能なものを除外していって残ったものが、たとえどんなに信じられなくてもそれが真相である。だが、現状では確証が足りないのでこの件はここまでとしよう。それよりもヘルメスの調子が良くない。後一度、情報検索をしたら電源が落ちそうだ」

 

「一度だけ? なら、獅子心王について調べられないか?」

 

「獅子心王について出てくる情報はリチャード一世についての記述ばかりだろう。それよりもキミ達は聖杯爆弾とは何かということを知る必要がある」

 

「トリスタン卿のメッセージね。十字軍は本当に聖杯を爆弾として使うつもりなのかしら? だって、聖杯よ? その真偽は分からずとも、十字軍にとってあのお方に関する遺物かもしれないものは尊いものでしょう?」

 

「残念ながらこの時代を貶めているのは偽りの十字軍なのだ、アナスタシア皇女。最早、信仰は別のものへと置き換えられているいる。では、検索の結果が出るまでキミ達に質問をさせて欲しい。特異点を巡る旅のどこかで魔術王と接触した者はいないかね?」

 

ホームズの質問にカドックは唇を噛む。

忘れたくても忘れられない。

第四の特異点。あのロンドンの地下大空洞で自分達は魔術王と相対した。

まるで手も足も出ず、自分の惨めさだけを味わう事となった屈辱の記憶だ。

あの時、自分はアナスタシアの能力で視界を封じられていたので魔術王の姿を見ることはできなかったが、アナスタシア自身は魔術王の姿を目にしているはずだ。

 

「そうね、とても恐ろしい存在だと思います。けど、強い違和感を感じました。彼は乱暴で、冷静で、時にはこちらに無関心な素振りを見せていました」

 

まるでサイコロの目が転がるように、言動が不安定で予兆なく変化していたとアナスタシアは言う。

確かにモードレッドと話をしていた際は口調が荒々しかったような気がする。

ひょっとしたら覚えていないだけで、自分やアンデルセンと話していた時も口調が変わっていたのかもしれない。

 

「ふむ、恐らく魔術王は鏡に似た性質を持っているのだろう」

 

保持する属性が多すぎて、それが相手に合わせて出たり引っ込んだりしているのだろうとホームズは推理する。

一方でカルデアに対して無関心なのは既に目的を達成したことで興味を失っているからだ。

人理焼却はその原理こそ解明できていないが、理屈としては2016年までの歴史を魔術的に焼き払うことである。

カルデアは奇跡的に焼却を免れたが、人類史が2016年より先に存在しない以上、その時が訪れればカルデアもまた同じ運命を辿ることになる。

もし人理焼却それ自体が目的ならば、魔術王はもっと本腰を入れてカルデアを排除しようとするはずだ。

それをしないということは、焼却自体が目的ではなく、それを行った上で新たに何かを成そうとしているのではないだろうか。

その案件にかかり切りのため、カルデアに対しては無関心を貫いているのではないだろうか。

 

「逆に言えばそこに付け入る隙がある。未だ焼却を迎えていないキミ達だけは、その事実を覆すことができるのだからね……おっと、そうしている間に検索が終了したようだ」

 

読み込まれた情報に目を通し、ホームズは眉間に皺を寄せる。

どうやら、相当にきな臭いことが書かれていたらしい。

一読の後にもう一度だけ文面を読み直したホームズは、険しい顔つきのままこちらを見まわすと、勿体ぶるようにゆっくりと口を開いた。

 

「キミ達は聖杯爆弾をどんなものだと思うかね?」

 

「そのままの意味だろう? 聖杯の中の魔力を火薬代わりに爆発する爆弾。似たような礼装だってあるだろう」

 

「私は門外漢なのでその辺は何とも……」

 

「なるほど。では、その認識の違いを訂正しよう。聖都に眠る聖杯爆弾。それは人理定礎そのものを打ち砕く魔術的装置だ。いわば対人理破壊爆弾と言っていいだろう。物理的に炎をまき散らすのではなく、人類史という概念そのものを破壊する爆弾だ」

 

「…………」

 

ホームズが語る言葉のスケールの大きさに、カドックは言葉を失った。

確かに自分は聖杯爆弾をただの兵器としか考えていなかった。だが、実際は人理定礎そのものを破壊する概念的なものであるとホームズは言う。

そんなものが発動すれば、中東の地は文字通り跡形も残らず歴史上から消え去ってしまうだろう。物理的にという意味ではなく、人類史という時間の流れにぽっかりと穴が空く形となる。

それは規模こそ違えど魔術王が成した人理焼却と同じ結果を呼び起こすのではないだろうか。

十字軍はそんな恐ろしいものを建造しようとしているのか。

 

「普通の爆弾であれば、最悪の場合、何らかの宝具や魔術で防ぐこともできよう。だが、この爆弾は何であっても防げない。爆発したら最後、この時代は完全に死滅する。そうなる前に無力化するしかないだろう」

 

「ま、待ってくれ。人理そのものを破壊する爆弾? いくら願望器でもそれは不可能だ」

 

聖杯はあくまで世界の内側の法則に働きかける装置だ。そこに住まう人々を皆殺しにすることもできよう。その土地に破壊の炎をまき散らすこともできよう。

だが、人理という一つの概念そのものを破壊するなどという所業はもう魔法の領域である。だからこそ、魔術王に屈した各特異点の黒幕達は各々の策謀を以て人理定礎の破壊を目論んだのだから。

 

「普通ならね。だが、容量が足りなければつぎ足せばいい。キミ達は聖都に連れ去れる人々を見たかね? 彼らはただ人体実験のために連れていかれたのではない。恐らく、足りぬ聖杯の魔力を補うためにその魂を生贄として捧げられているのだろう。破壊力を増すために、意図的に聖杯を汚染している可能性もある」

 

例えば拷問による苛烈な責め苦で絶望を与える。

例えば蟲毒のように殺し合わせて生への渇望を起こす。

例えばわざと捕虜の間に格差を与えて嫉妬や怒りを誘発する。

様々な所業で汚し貶められた悪性の魂を生贄に捧げれば、無色の魔力は呆気なく染められてしまうであろう。

より破壊の方向へ、より悪辣な性質へ、黒く黒く汚染する。

聖杯爆弾とはそういうものなのだ。

 

「それが本当なのだとしたら、もう一刻の猶予もない」

 

カウントダウンは始まっている。

起動に必要な魂の量がどれほどかはわからないが、既に何万人に近い犠牲者が出てしまっている。

すぐにこの事実を太陽王とハサン達に伝えなければ、全てが手遅れになってしまうかもしれない。

“山の翁”はこのことを知っていたのだろうか?

恐らく、知っていたのだろう。知っていながら彼は静観を決め込んでいた。

思えば彼の行動は一見すると矛盾だらけだ。

獅子心王の目的を知りながら自らは動こうとせず他のハサン達に動向を見守っていた。

太陽王に暗殺を仕掛けながらもとどめは差さず、警戒を強めさせたことでエジプト領と十字軍の全面戦争にブレーキをかけた。

そして、事の仔細を知りながらも自分達をアトラス院に向かわせた。

その目的が何なのかはわからないが、結果として盤上は彼が思い描いた通りに運んでいるのだろう。

一手が遅れれば必死。この抜き差しならない状況こそを彼は望んでいたというのだろうか。

最早、トライヘルメスが答えることはない。

物言わぬ石と化した演算器を残し、カドック達は決戦に備えるためにアトラス院を後にした。

 

 

 

 

 

 

入る事は容易く、出ることは難しい。

目的を終えて帰路についたカドック達を待ち受けたのは、無数の防衛装置と脱出妨害のための罠の数々であった。

侵入時は沈黙していたそれらは、こちらが経路を逆に辿り始めた瞬間に産声を上げる赤ん坊のように喚き始め、施設からの脱出を阻もうとしたのである。

ホームズはマスター不在ということもあって霊基が不安定なのか、まともな戦闘力は期待しないで欲しいと言い出したため、アナスタシア一騎での突破を余儀なくされたことで、帰路は行きの倍以上の時間を要することとなった。

一方で確かな手応えをカドックは感じていた。ここ最近はずっと仲間と共に戦ってきたために実感できていなかったが、アナスタシアと契約したばかりの頃と比べて確実に自分達は強くなっている。

細かく指示を出さずとも互いに呼吸を合わせ、彼女が最大のパフォーマンスを発揮できるように援護を行う。敵のステータスを瞬時に読み取り、彼我戦力を考慮して的確な策を練る。

ほんの少し、敵に煩わされただけで苛立ちを覚えていた頃の自分はもうどこにもいなかった。

 

「私はここで諸君らとはお別れだ。次は荒野ではなく賑わいのある都市で出会えることを願っているよ」

 

出口付近まで来たところで、ホームズとは別れることになった。

彼は彼で他に抱えている事件があるので、最初に言ったように同行はできないということだった。

自身では戦えないと言っておきながら、彼の護身術はゴーレムや自動人形を相手にしても一歩も引けを取らなかったので、一緒に来てくれれば、かなりの戦力アップに繋がったかもしれない。

それを思うとここで別れるのは残念で仕方がなかったが、彼自身にその意思がないのであれば説得をしても時間の無駄であろう。

そう思う事にしてカドックは出口となる扉を潜り、灼熱の砂の世界へと帰還した。

数時間振りの日差しは容赦なく肌を焼き、視界が一瞬白く染まる。

太陽の位置から見て、中に入っていたのは数時間から半日といったところだろうか。

 

「あ、戻ってきたわ」

 

こちらに気づいた三蔵が腕を振る。

藤太やニトクリスも一緒だ。

あの謎のバーサーカーを任せる形になってしまい、さぞや苦戦を強いられたであろうと思っていたが、意外なことに3人には消耗らしい消耗は見られない。

それどころか天啓を得たとばかりの晴れやかな顔つきだ。特に三蔵なんて露骨過ぎて気持ち悪いくらいである。

 

「何かあったのか?」

 

「おう、朗報だぞマスター。うむ、口で言うよりかは直接、会ってもらった方が良いだろう」

 

「そうそう、驚くわよ。ささ、馬はこっちで用意しておいたから」

 

いつの間にか人数分の馬が用意されており、カドックとアナスタシアはあれよあれよという間にバーサーカーが向かったとされる北のキャラバンへと連れていかれる。

道中、何度も問い質したが3人とも含みのある笑みを浮かべるばかりで肝心な答えを返してくれない。

どうやらバーサーカーは無事に倒せたようだが、その際に何かがあったようで、それを自分達に見せたいということらしい。

そうして、数時間ほど北上したところで目的の場所へと到着したのだが、そこにいたのは隊商ではなく騎士の一団であった。

アナスタシアはこの一団の一部を見てキャラバンと誤認したのだろう。実際は一つの軍事拠点と言える程の規模を持つ集落であった。

しかも、ここにいるのは西洋人だけではない。砂漠の民に山の民、聖地に住まう民が皆、それぞれの部族の武具や馬を持ち寄っているのだ。

統一性のなさは騎士団というよりはローマで見た軍団(レギオン)に近い。

 

「とある騎士様が離反した元十字軍や太陽王と山の翁のどちらにも属せなかった者達をまとめ上げた集団だそうだ。彼らもまた、聖都奪還のために十字軍と戦う腹積もりらしい」

 

「よく、今まで見つからなかったな」

 

「荒野はいつ獅子心王の裁きが降りるか分からぬ故、神獣に襲われるのを承知で砂漠に拠点を築き、太陽王に悟られぬよう常に部隊を移動させていたらしい。寄せ集めと侮れぬ統率力よ」

 

彼らは打倒十字軍という志でのみ結託したはみ出し者の集団である。それをここまで完璧にまとめ上げるとは、余程のカリスマか智将が長に収まっているのだろう。

そして、自分達がアトラス院に潜っている間、藤太がある人物を通してこの集団との協力体制を取り付けてきたらしい。

彼が自分と会わせたいと言っているのは、その橋渡しをしてくれた騎士なのだそうだ。

 

「では、拙者達は外で待つ故、ごゆるりと」

 

「え? あ、ああ」

 

「あ――!?」

 

テントを潜ろうとした瞬間、アナスタシアが息を詰まらせる。

何事かと振り返るが、彼女は何でもないとばかりに首を振るばかりだった。

このテントの中を透視して、何かを見たのだろう。止めに入らないということは、とりあえずは安全ということだが――。

 

「――――っ!?」

 

天幕を潜り、そこにいた2人を見てカドックは言葉を失った。

何故、みんなが黙っていたのか。

どうして、アナスタシアが驚いたのか。

その理由が今、わかった。

そこにいたのは自分がよく知る人物だからだ。

黒髪に黄色の肌、如何にも人畜無害で人の良さそうな笑顔の少年。

色素の薄い髪と白い肌、黒と紫の甲冑、か細い腕には不釣り合いな巨大な盾を持つ少女。

バーサーカーの自爆から難民達を守るために、爆炎へと消えたはずの2人。

藤丸立香とマシュ・キリエライトが、そこにいた。

 

「なっ―――――!!」

 

何故、2人がここにいるのか。

どうやってあの爆発から生還したのか。

生きているならどうして、今まで連絡の一つも寄越さなかったのか。

色々な考えが頭を過ぎり、カドックの思考回路は瞬間的なパニックに陥る。

それは傍らのアナスタシアも同じであった。

 

「や、やあ、カドック」

 

「えっと……その、ご心配をかけてすみません」

 

視界の端を白いドレスが駆け抜ける。

この時ばかりは動転していたのだろう。何があっても手放すことがないヴィイを放り投げて、アナスタシアは気まずそうに頬を染めているマシュに抱き着いたのだ。

 

「きゃっ、アナスタシア?」

 

「よかった……本当によかった……」

 

生きていてくれて、本当によかったと、彼女は何度も繰り返す。

アナスタシアにとって近しい者の死は何よりもトラウマを刺激する。

イパチェフ館での最後の日、彼女は運悪く即死を免れたことで家族や友人の死を目の当たりにしたのだ。そして、ヴィイとの契約が成ったことで死後もその瞼を閉じることができずに全てを見つめ続けた。

だから、マシュが無事に生きていてくれたことが堪らなく嬉しいのだ。

それはカドックも同じである。

目の前で照れくさそうに鼻の頭をかいている唐変木に言ってやりたいことは山ほどある。

自分がいったいどれだけの死線を潜り抜けたのか。

2人が犠牲になったことで、どれだけ自分を責めたか。

ハサン達やアーラシュとの出会いにどれだけ救われたか。

“山の翁”と太陽王に謁見し、死を覚悟したこともあった。

兎にも角にも言いたいことは山ほどある。けれど、感情が高ぶって言葉が出てこない。

自分が今、泣いていることに気づくのにそう時間はかからなかった。

 

「……な――」

 

「カドック? ひょっとして泣いて――」

 

「何でもない! 生きていたなら連絡くらいしろ、バカ!」

 

本当は嬉しくて堪らないのに、意地を張ってついそんな悪態を吐いてしまった。

そこから先はとても人様に見せられるようなものではなかった。

最初こそ心配をかけてすまなそうに頭を低くしていた立香ではあったが、カドックがみっともなく意地を張るものだから段々と態度が横柄になっていき、終いには売り言葉に買い言葉で取っ組み合いの喧嘩になる始末。

やれ、こっちはお前がいなくて何度も死にかけたんだぞと頬を抓り。

やれ、こっちは数日前まで本当に死にかけていたんだぞと鼻の穴を抉り。

半人前、未熟者、ど素人と罵ったかと思うと、器用貧乏、嫉妬深い、口が悪いと言い返す。

戸惑うアナスタシアとマシュを尻目に大の男が子どものような喧嘩を繰り広げる。

そうして、お互いの言い分を思う存分にぶつけ合い、腹の底に溜め込んでいたものを全て吐き出した後、2人は自然と笑い合いながら互いの肩を叩いて自分達の健闘を讃え合った。

本当に、君が/お前が無事で良かったと。

 

「それで、行方知れずの間に何があったんだ?」

 

疲れ果ててとりあえず椅子を借りたカドックは、立香とマシュにあの爆発の後のことを問いかける。

目尻にはまだ僅かに涙の跡が残っていたが、さすがに立香もそれを指摘するほど野暮ではなかった。

2人の話によると、爆発をマシュの宝具で防いだところまではハッキリと覚えているが、そこからどうやって助かったのかはわからないらしい。

ただ、気が付くとある英霊が側にいたため、彼女が自分達を助け出してくれたのかもしれないとマシュは言う。

当然、2人はすぐにでもこちらと合流したかったのだが、爆発の際に立香が大きな負傷を負ってしまい、砂漠地帯にいるからかその英霊の魔力によるものなのかカルデアとの繋がりも断たれていたため連絡もできなかったらしい。運悪く治癒のスクロールを始めとした荷物も焼けてしまったために、その傷が癒えるまで動くことができなかったのだそうだ。

それからは立香をこの騎士団に任せてマシュは自分達を助けてくれたと思われる英霊のもとに通い、カルデアに力を貸してはくれないかと説得を行っていたとの事だった。

 

「気難しい方々でしたが、何とか協力を約束してくれました。俵藤太さんから聞かれていると思いますが、ここの方々も聖都攻略の際は共に戦ってくださるとのことです」

 

「なら、マシュを助けてくださったのはここの騎士団長様?」

 

これだけの兵力を十字軍や太陽王の目から隠し通せたその手腕、力を貸してくれるのならばさぞや頼りになるだろう。

だが、意外にもマシュは首を振って否定した。ここの騎士団長は自分達を救ってくれたと思われる英霊ではないと。

 

「騎士団長はその英霊に仕える騎士です。名をアグラヴェイン。円卓の騎士が1人、堅い手のアグラヴェインです」

 

堅い手のアグラヴェイン。

彼のガウェインとは兄弟であり同じ円卓の騎士の1人。

戦場に出れば常に無傷で生還したことから『堅い手』や『傷知らず』といった異名を持つ。

彼が最も有名な逸話は不貞を働いた同僚であるランスロットの告発であろう。

彼は主君の妻とランスロットが通じていることを知り、騎士を引き連れてその現場を取り押さえた際に逆上したランスロットに切り殺されてしまう。

その事件がキッカケとなって円卓は2つに割れ、やがては叛逆の騎士モードレッドの謀反へと繋がっていくのである。

他の円卓の騎士が召喚されていたのでもしやとも思っていたが、アグラヴェインも召喚されていたらしい。

そして、どうやら彼は正常なまま十字軍と敵対しているようなのだ。

 

「ちょっと待ってくれ。アグラヴェインが仕える人物って…………」

 

「はい、その通りです」

 

円卓の騎士が主君と仰ぐ人物。それは1人しかいない。

選定の剣を抜き、ブリテンを平定した選ばれし王。

数多くの戦いを潜り抜け、滅びゆく島国を蛮族から守り抜いた誉れ高き騎士。

燦然と輝く聖なる剣を掲げ、十二の英雄を従えし騎士王。

 

「ランサー――アルトリア・ペンドラゴン。わたし達を助けてくださったのは、聖槍ロンゴミニアドを持つ英雄。アーサー王その人です」




前回、2人の因縁の対決と言ったな。ありゃ嘘だ(笑)

はい、そこまで書くと長くなるのでここでいったん切ります。
次回こそはVSランスロットの最終戦とアッくんの登場になります。
ちなみに立香達が助かっていたことのヒントは既に出ています。
爆発の時、カドックが聞いたある音ですね。
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